ラインハルト様が皇女殿下二人とイチャイチャする話 作:川崎忍ノ介
ラインハルト・フォン・ローエングラムが戦争の天才―――つまり、神憑り的な指揮能力を持つことは遠くは自由惑星同盟まで知られた周知の事実である。
だがしかし、その類稀な采配能力とは別に、格闘戦における技能もずば抜けていることを知る者は意外と少ない。
例えば、彼の親友であるジークフリード・キルヒアイスなどは齢十八の頃、当人たちはそうとは知らぬこととはいえ、かのローゼンリッタ―連隊長シェーンコップと白兵戦を演じ、引き分けたこともある。
そしてそのキルヒアイスは曰く―――『ラインハルト様の戦闘技能は自分に決して劣ってはいない』と―――
つまるところ、ラインハルトが即座に負けを認めるような相手など、故人となった『ミンチメーカー』オフレッサー装甲擲弾兵総監くらいのものなのである。
突き出される拳を、ラインハルトは紙一重で見切りそのまま腕を絡めとった。そして、振るわれた拳の勢いを利用して投げを打つ。
寸前で意図を悟った敵手は、転がされることを嫌って逆方向に踏ん張った。
今度は、相手の腕を取ったまま、懐に潜り込み逆方向に足を刈った。
なす術もなく転がった相手に馬乗りになり、喉元に手刀を当てる。
「それまで!」
終了の合図を受けたラインハルトは力を抜き、立ち上がって相手から退いた。
「いや、閣下。お強いですな。一体どこでそれだけの技能を?」
審判役をやっていたミッターマイヤーが問い掛けてきた。
「なに、私もこう見えて若いころは敵が多くてな。いつどこで寝首を掻かれるともしれんので、このような技能も身に付ける必要があったのだ」
未だ二十歳をいくつも超えていない若者が『若いころ』などというのがおかしくて、ミッターマイヤーはつい苦笑してしまった。
「司令官が武器を取って白兵戦を演じるようでは戦は負けだ、などと言う者もおりますが、強襲揚陸艦などという代物が存在する以上敵兵の乗り込んでくる可能性はゼロではありませんからな。腕を磨いておくことは悪いことではありますまい」
近づいてきたロイエンタールはそう言った。
「それはそうとビッテンフェルト。卿は相変わらず猪突が過ぎるな。力と速さは群を抜いているのだから、もっと立ち回りを考えればよかろうに」
ミッターマイヤーは先ほどの立ち合いで負け、悄然としていたビッテンフェルトにそう声をかけた。
「そう言ってやるな、ミッターマイヤー。私が今使った業は装甲服を着ていればそうそう使えんものだ。対応出来ずともさほど問題はない」
「そう、それです。相手の力を利用して―――いや、コントロールして? 己の力は最小限で相手を投げる。閣下は、そのような技術をどこで学ばれたのですか?」
同じくギャラリーをやっていたミュラーが問い掛けてきた。
「……私の婚約者―――エリザベートとサビーネのことだが。彼女たちが、いわゆる『古典文学マニア』なのは知っているか?彼女たちが、特に好んでいるのが西暦で言うところの二千年代初頭の作品でな。武道だの武術だのといった絵付きの文学作品も多いのだ」
ラインハルトからしてみればあれを文学作品、などと称するのはどうにも許し難いのであるが、今の世でそう分類されている以上如何ともし難いところではあった。
「はぁ……。つまりその、古典の再現をして身に付けた、と……?」
「私一人であればどうにもならなかったがな。キルヒアイスがいたから、あいつと暇な時間に試行錯誤して、立ち会ってみて―――とやっていたら、意外と形になったのだ」
実を言うと、ラインハルトとキルヒアイス、二人の天才をもってしても再現の叶わなかった技は多い。
例えば手からエネルギー波のようなものを出すことなど、やって見ようとすら思わなかったし、相手の正中線に何連撃だかを打ち込む、だとかゼロ距離から相手の胸を陥没させるほどの打撃、だとか四つに分身してそのうちの一つが敵に致命の技を打ち込む、だとか、足でかまいたちを作り出して頸動脈を切り裂いたりだとか脳内麻薬を意志の力で出してみたりだとか―――。
「か、閣下。いささか顔色がお悪いようですが……?」
同じく話を聞いていたメックリンガーに声を掛けられた。
「ああ、すまん。古の地球人は化け物ぞろいか、と軽く絶望していただけだ」
「……念のために申し上げておきますが。閣下のお読みになった作品、それはおそらくは大衆娯楽作品の一部であろう、と思われます。現代でこそ『古典文学』などと言われてはおりますが、荒唐無稽なフィクションも数多くございますので……」
「なん、だと……。それでは、俺たちは、俺とキルヒアイスは、端から実現不可能な技の再現に挑んでいたと卿は言うのか……!?」
芸術家提督の無慈悲な宣告に絶句するラインハルト。
「ま、まあ中にはリアル志向の作品も含まれておりまして……」
壁に手をつき、目を閉じてこれまでの努力が実は徒労であったという事実に耐えるラインハルトであった。
のちに提督たちは述回する。
「『何とかと天才は紙一重』、と口に出したくなる衝動を堪えるのに、あの時ほど苦労したことはない」
と―――
おまけ
「ラインハルト様ラインハルト様ぁっ!」
駆け込んでくるサビーネ。コーヒーを片手に読書に勤しんでいたラインハルトは、胡乱な目でサビーネを見る。
「なんだ、サビーネ。言っておくが貴女の口車には乗らんぞ。もう提督たちの前で恥を搔くのはごめんだ」
「今度は本物です!間違いありません!なんと今回は、いにしえの技術書を手に入れたんですっ!読んでみてください!」
当時不可能だった技術を今再現することにどんな意味があるのか、とラインハルトは思ったが黙っていた。妻(予定)の戯言に付き合うのも夫(予定)の務めだ、という半ば悟りの境地である。
「ふむ……人型の兵器の仕様書か……。ジー・ユー・エヌ・ディー・エー・エム……。確かに、今の技術であれば再現は可能だろうが……いや、そもそも人型である必然性があるまい」
「……ダメ、ですか……?」
あざといとすら言える露骨なおねだり。つい無意識に頷いてしまいそうになるラインハルトであったが、寸でのところで堪えた。
「い、いやダメだ!効果の定かでないものに予算は割けぬ。それをしてしまえば、俺は歴代の愚帝と変わらぬではないか」
露骨にしょぼんとするサビーネ。
「ま、まあ貴女が自費でもって研究者技術者を集めるというのであれば俺は何も言わぬ。婚約者として、私財の範囲で援助もしよう」
パッと花が咲いたように顔を綻ばせるサビーネ。
「やった! 大好きですラインハルト様っ!」
サビーネに抱き着かれ、疲れたように溜息をつくラインハルト。だが、その表情はまんざらでもなさそうなのであった。
数年後、銀河帝国宇宙艦隊ワルキューレ部隊はその様相を一変させることを、今はまだ誰も知らない―――
(大嘘)