ラインハルト様が皇女殿下二人とイチャイチャする話 作:川崎忍ノ介
「それでは、定刻となりましたので御前会議を始めさせて頂きます。―――まずは軍務省より、前回指摘のありました―――」
ラインハルトの執務室―――午後の部である帝国宰相府にて、定期的に開催される御前会議が開かれていた。彼ら閣僚陣の名目上の忠誠の対象である皇帝は未だ幼児であるためこの場には出席しておらず、ラインハルトが代表として会議を取り仕切っていた。
―――はて、御前会議はいつから葬儀の段取りを話し合う場となったのだろう
会議の進行を仰せ付かったオーベルシュタインの陰鬱な声を聴きながらラインハルトは考えた。
―――誰だ、気の利かぬ奴め。よりにもよってこいつに進行を任せるなど
ロイエンタールは苦虫をまとめて嚙み潰したかのような表情でややそっぽを向きつつ聞き流していた。
―――やれやれ、こいつの声を聴いていると苛立ちが募る。早く帰って妻の料理でも食いたいものだ
ミッターマイヤーは若干トリップ気味に聞いているふりをした。
その他の尚書はおおむね真面目に聞いていた。蛇に睨まれた蛙の心境で、とも言う。
だが、一名だけ半分目を閉じながら舟を漕いでいる者がいた。
―――はて、あの者は典礼尚書だったか宮内尚書だったか……?
ラインハルトに次ぐ閣僚ナンバー2の国務尚書マリーンドルフ伯は影の薄すぎる同僚の名を必死に思い出そうとしていた。
「それでは最後に宰相閣下。お願い致します」
オーベルシュタインが自分を促す声に、ラインハルトはぼんやりとしていた思考を引き締めた。
「まず、皆に申し伝えておく事項がある。これまで『反乱軍』と呼称していた共和主義者連中であるが―――この度正式に国として扱い、『自由惑星同盟』という名を認めることとした」
会議の前に根回しは済んでいるため、この場で特に驚かれるようなことはなかった。それでも、正式な場で発表されると相応の衝撃は受けたようだったが。
「それに伴い、これまで必要なかった外務・外交を司る職を新たに設置する。私はこれを『外務局』と名付けようと思う。既存の省の下部組織とはせず宰相直属だ。近い将来職域と権限が増せば省として昇格することもあるだろう」
無論のことこの件も事前に伝えてある。故に驚きはなく、彼らの目下の関心事は外務局初代局長という人事であるはずだった。
目端の利く者は脳内のリストから相応しい者をピックアップし、推挙しようと目論んでいるはずだ。
「腹案はあるにせよ、初代局長の座は未だ空白だ。卿らは、相応しいと思う者を是非とも私に推挙して欲しい」
ミッターマイヤーが手を挙げ、発言を求めた。
「相応しい者が現れなかった場合、閣下は誰に局長を任るおつもりなのか、腹案をお聞かせ頂きたい」
「ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ。目下、彼女が一番状況を理解しているし、我が意を理解してもいるのでな。―――だが、私としては有能な秘書を引き抜かれるのは非常に痛い。卿らには何とかして優秀な在野の士を見つけ出して欲しいものだ」
ラインハルトが冗談めかして言うと、小さな笑いが広がった。
「最後に、対同盟の軍事行動に関して。今のところ、私は彼らに戦を仕掛けるつもりはない。かの国は現状、アムリッツァで多額の負債を負っており大規模な軍事行動を起こす余裕はないはずだ。少なくとも、人的資源の損耗を回復させるのに数年とは言わず月日を要するだろう。われらは、その間に国力を増す。民一人一人の所得を上げ、人口を増やし、経済を発展させインフラを整える」
ラインハルトは、閣僚たちの顔を見渡す。文官は例外なくこの決定を歓迎しているようだった。
一方の武官は。三人とも軍人の域にとどまらぬ広い視野を有している。今同盟領を制圧しても得るものは少ないと理解しているのだ。そのため、内心はともかく反対はしなかった。
念のため、ラインハルトは彼らに対し釘を刺しておくことにする。
「ロイエンタール、ミッターマイヤー。麾下の暴発をくれぐれも許すなよ。ことは国家百年の計に直結する。たとえ明日イゼルローンを落として凱旋して見せても私はギロチンをもって報いることになろう」
言外に、『同盟と争っている場合ではないのだ』という意味を滲ませた。
『はっ! 決して勝手な真似は許しませぬ』
鋭い表情の彼らを見るに、意図は通じたようであった。
「まあ、そうは言ってもガス抜きというやつは必要だろう。内国安全保障局が宇宙海賊の根城を数件拾ってきた。上手く使うといい」
いずれも数百から数千の艦艇数を誇る強力な海賊だ。退屈するということはないはずだった。
「お心遣い、感謝いたします。血の気の多い者を討伐に向かわせようと思います」
苦笑してミッターマイヤーが言った。
「言っておくが、卿は留守番だぞ」
ロイエンタールが皮肉気にそう言った。
「当たり前だ。卿は俺を何だと思っている!?」
会議の場であるということも忘れ、言い争う二人なのであった。
帰宅したラインハルトは、エリザベート、サビーネ、ヒルダの三名と向かい合ってティータイムと洒落込んでいた。
「さて、くだんの宇宙海賊討伐が、実は地球制圧前の露払いだ、と気づく者はいるかな?」
コーヒーを啜りながらラインハルトが言った。
「お味方に関しては大丈夫でしょう。なにがしかの意図に気づいたとしても、口を噤んでいるだけの分別はお持ちです」
エリザベートが答えた。
「テロリストどもに関しても……裏で陰謀を巡らせる者は得てして己が罠にかけられようとしている、などとは考えつかないものですから」
サビーネは、皮肉気に微笑を浮かべながらそう言った。
「ふん。宇宙の真の支配者は自分たちだ、などと思い上がった狂信者どもを根絶やしにしてくれる。今のうちにせいぜい我が世の春を謳歌しているが良かろうというものだ」
ラインハルトが、憎しみを隠そうともせずに吐き捨てた。
「お三方とも、お顔が悪すぎますよ。具体的に言うと、陰謀家達が裸足で逃げ出すくらい」
ヒルダが、コーヒーカップを優雅にテーブルに戻しつつすました顔で窘めた。
「あ、あら……今をときめく外務局初代局長閣下はずいぶんと余裕ですのね」
エリザベートがいくらか動揺しつつ反撃した。
「わ、私はあくまでも宰相閣下の忠実な秘書官です。身に余る大役はどなたか別の方にお任せします」
「いるかしらね、ヒルダさんを押しのけてまで外務局長を務めようなんて才能と野心に溢れるお方が」
サビーネが、スコーンを口に運びつつそう言った。
「そもそも、なんでラインハルト様の秘書官なんておいしすぎる職を捨ててまで外務局長なんてやらなくちゃいけないんですか!……私は嫌だといったのに……」
「それを言うなら、私たちもヒルダさんだけラインハルト様のお傍にずっといて、不公平だと思っていたんです。私たちも局長、あなたも局長、これで条件はイーブンというものです」
ここが勝機、とばかりに反撃に転じるエリザベートであった。
「ら、ラインハルト様、ラインハルト様はどうお考えなんですか、何とか言ってくだ―――」
『あ、あれ、いない?』
のちにラインハルトはキルヒアイスに語ったという。
―――女三人の諍いなどに、男が割り込むなど単身でイゼルローンに突撃を掛けるようなものだ。『三十六計、逃ぐるは是上計なり』とな
少し長くなったのでおまけはなし。
誰ですか?おまけこそが本編なんてことを言う人は。