ラインハルト様が皇女殿下二人とイチャイチャする話 作:川崎忍ノ介
元帥府の地下には、高級士官専用のバーがある。落ち着いた雰囲気で時折ピアノ、ヴァイオリンといった楽器演奏等も行われており、運の良い者は『芸術家提督』と名高いエルネスト・メックリンガー中将の生演奏を聴けたりもするのだ。
だが、今日に限っては少々様相が異なるようだった。
「……き、聞いたか、ロ、ロイエンタール」
「も、もちろんだとも、ミッターマイヤー。今、て、帝都はその話題で持ち切……持ち切りだ」
ローエングラム陣営の最高幹部と名高いオスカー・フォン・ロイエンタール大将とウォルフガング・ミッターマイヤー大将の二人である。
グラスを傾ける二人は、少しどころではなくおかしかった。目尻は下がり、口の端は微妙にぴくぴくと痙攣している。グラスを持つ手は小刻みに震えていた。
「決起集会をやり遂げ、ど、ドヤ顔で帰宅してみたら、切り札であるて、帝位継承権を持つ娘が、いえ、家出していたそうな」
「け、血相を変えて捜索あそばされた両氏は、娘が、娘が憎き『金髪の孺子』宅に転がり込んだことをし、知ったそうだぞ」
「ブ、ブラウンシュヴァイク公はショックのあまり寝込みあそばされ、リッテンハイム侯はご、ごっそりと髪の毛が抜け落ちたらしいっ!」
ここで、気の利いた士官二人がふらりと立ち上がり、『え、エリザベ~ト~』と呟きながら倒れるブラウンシュヴァイク公の真似をし、『サビ~ネ~!』と叫んで放心するリッテンハイム侯の真似をした。
そこまでが、限界だった。あろうことか、帝国軍きっての名将二人が腹を抱えて笑い転げだしたのだ。
「ブハハハハハッ!き、貴様っ!門閥貴族共の、ま、回し者だなっ!?大将たるわ、我ら二人を、笑い死にさせようとはっ!」
「ク、クハハハハッ!ゆ、許してはおけんな!そこへな、なおれ!成敗してくれよう!」
何たる不幸か、そこへ、たまたまスキンヘッドの某大佐が通りかかった。見た目に寄らずユーモア精神に溢れた彼は、髪の毛の抜け落ちたリッテンハイム侯の真似を披露したのである。
二人の勇将はついに声も出なくなり、よじれて引きつった腹を抱えて悶絶する羽目に陥ったのであった。
「―――というのが、先日の『元帥府大爆笑事件』の顛末です」
「そうか、ご苦労だったな、キルヒアイス。ロイエンタールとミッターマイヤーには反省文を提出しろと伝えておいてくれ。剃髪は勘弁してやる、ともな」
「それは、両提督とも喜びましょう」
とりあえず当面の間は、ということで秘書として採用されたヒルダは、『本当に喜ぶのかなぁ』と思ったが空気を読んで黙っていた。というか、渦中の人物の一人でもあるため、両提督にはビンタの一つでもかましてやりたい気分ではあったのだが。
「仮にも門閥貴族筆頭を、あまり虚仮にすると後が怖いと思いますけど」
そう言うに留めておいた。
「まさにそこが狙いだ。奴らの雀の涙ほどの理性が、残らず吹き飛ぶだろうな」
「何もやらないうちから士気どん底。怒りに狂って制御不能。これで勝てたら軍隊不要、というものです」
人の悪い笑みを浮かべて言うラインハルトと、涼しい顔で突き放すキルヒアイスであった。
「帝国軍は、もっと堅い組織だと思っていたのですけど」
「エリザベートとサビーネに進言されたのだ。『笑いの絶えた軍隊程危険なものはない』とな。手始めにジョークを推奨してみた」
笑いの絶えない帝国軍、というのもそれはそれで不気味だ、とヒルダは思ったがやはり黙っていることにした。何やらやたらラインハルトが楽しそうだったので。良いことなのだろう、多分。
「それで、そのエリザベート様とサビーネ様は今日どちらに?お姿が見えませんけれど」
「ああ、今日は姉上に付いて刺繡と料理を習うと言っていた。何とか修行の一環だ、と言っていたな」
「『花嫁修業』ですラインハルト様。そこを誤魔化しては二人が報われません」
「……最近、突っ込みが厳しくないか、キルヒアイス」
「甘やかしては当人のためにならぬ、と悟りましたので。これからは容赦致しません。人道から外れそうになったら『修正』して止めて差し上げますので」
「良く分かった、キルヒアイス。もはや俺の癒しはエリたんとサビたんだけ、ということだな」
聞き捨てならぬ呼称が聞こえた。ヒルダとキルヒアイスは思わず顔を見合わせた。
「……普段は、そのように呼んでいらっしゃるのですね。可愛らしいところがおありになるのですわね、閣下」
「少々胸やけがひどいので早退してもよろしいでしょうか、閣下」
「い、今のは違うのだ。そ、そう、あの二人がな、一度で良いからと……」
『はいはい、ごちそうさまです』
いつになく平和な元帥府なのであった。
キルヒアイスが提督たちとの作戦立案会議に出席するために退出すると、後にはラインハルトとヒルダが残された。
ヒルダとしては、先日皇女二人に『わたくしたち三人で、ラインハルト様を公私に渡ってお支えするのです』などと言われてしまったばかりなので、どうにも居心地が悪いのだったが。
―――公はともかくとして、『私』の方は『そういうこと』よね……
赤面するヒルダだった。
「どうした、ヒルダ。……悪阻か……?」
「手も握ってくれないヘタレのくせに、よくそんな冗談言えますねっ―――この童貞!!」
あまりといえばあまりの暴言に部屋の隅で膝を抱えるラインハルト。ぶつぶつと小声で『そうだ、今度姉上にやり方を教えてもらおう』などと呟いている。
「ご、ごめんなさいっ、ラインハルト様!あと、それはやめておいた方がいいです。それやっちゃうと多分キルヒアイス提督がキレちゃうと思うんで!」
―――ヒルダは、いじけるラインハルトをどうにか立ち直らせることに成功した。年上の弟を持った心境、とは後年のヒルダの言である。
『ロイ・ミッタ、アウト~』
どこからともなく響く声。次の瞬間、二人はありえないものを見た。
そう、女装したラング治安維持局長である。士官たちによって取り押さえられ、身動きできない二人にラングが迫ってくる。
唇を突き出し、頬はうっとりと赤く染まっている。
両者の距離は徐々に縮まり、そしてゼロに―――
『う、うわあぁぁぁぁああ!!』
「―――という罰はどうだろうか?」
「帝都が火の海に沈みます、閣下」
「ラング局長の代わりを閣下がお勤めください。高値で売れますわ」
オーベル「そろそろ綱紀を粛正する必要がありそうですな」