─────「きみは何も知らないんだねえ。自分が何も知らないということさえ、知らない。無知の知ならぬ無知の無知ということかな」
─────綾瀬夕映は日常が色褪せて見えていた。
より正確には、心から尊敬していた哲学者である祖父の綾瀬泰造の死後、世界が退屈でくだらない物で構成されている───そんな錯覚すら起こしていた。
彼女が中学生ながら、興味のある事については天才的な学習能力があった事も助長していた。
そんな彼女は麻帆良学園の図書館島探検部に仮入部した。
それは本好きな自分が、本の中へ逃避しようという考えもあったかもしれない。
彼女が親友と呼ぶべき少女と出会ったのはその時だ。
宮崎のどか。
前髪で顔を隠している恥ずかしがり屋の少女は、夕映と同じく本好きであり、そして図書館島探検部に入部したという共通点があった。
恥ずかしがり屋の引っ込み思案ののどかと、知的好奇心に忠実で行動力のある夕映と。
性格も衝突するような物ではなく、夕映がのどかを引っ張るような感じで相性が良かったのもあったのだろう。
二人が友人関係から親友と呼ぶべき間柄になるのに、そう時間は掛からなかった。
時間が経つに連れ、夕映には友人が増えてきた。
早乙女ハルナ。
漫画研究会と図書館探検部を兼部している、一部の冷徹サイドポニーや褐色スナイパー。細目ニンジャと圧迫系笑顔保母の様な一部の規格外程ではないが、幼児体型である夕映には激憤不可避な中学生離れした胸部装甲を持った眼鏡腐女子。
女子寮で同室ということや、のどかや夕映には無いお調子者的な明るさもあり、瞬く間に仲良くなった。
彼女は祖父が亡くなって感じていた諦観は、最早無くなっていた。
奇妙だが心暖かいクラスメイト。
掛け替えのない親友達。
興味の無い勉強を、決してサボらせてはくれない美女教諭。
成る程、彼女は正しく充実していた。
そんな彼女は部活動中に、とある一冊の本を見付けた。
何フロアも地下に広がっている図書館島にはある程度規則がある。それは図書館探検部と言えど変わらない。
それは、中等部の生徒は地下三階より下には入れないという一点。
そんな入れないフロアに、しかし夕映は探検中に偶然入り込んでしまったのだ。
勿論わざとではない。
図書館島には多数の侵入者や盗難から蔵書を守るために様々な罠があり、余りに複雑なためそのままにされている。
夕映はその罠に掛かり、本来入れない区画にまで足を踏み入れてしまったのだ。
そこで引き返していれば、話は始まらなかっただろう。
恥ずべき失敗談程度で済んだろう。
しかし彼女には長所であり短所があった。
それは彼女は興味の無い事柄には無気力になるが、興味をそそられた事柄には並外れた行動力を発揮すること。
そして本来長所だったそれは、その場において好奇心を煽る物でしかなかった。
千載一遇のチャンス。
そんな風に考えてしまった彼女は、そのまま足を踏み出してしまった。
そうして、一冊の本を見付けた。
「『初心者でも分かる、まほネットの扱い方』……?」
その本は比較的新しい、これまで図書館島でよく見る歴史のあるであろう古本等ではなく、まるで最近寄贈された様な物だった。
その本の内容に目を通そうとすると────
「これはこれは。此処まで来れる生徒は珍しいですね」
背後に、まるで魔法使いのようなローブを着た長髪の男が立っていた。
「────────ッッ!!?」
声無き悲鳴をあげた彼女は本を抱えて逃げ出してしまった。
無理もない。
胡散臭いこと極まりない笑みを浮かべて、背後に突然現れ耳元で囁いてきたのだ。
誰だって逃げる。
「おやおや……」
そんな夕映を見ても、仕方無いと言わんばかりに変わらず胡散臭い笑みを携え続ける。
「一応、神秘を担う者としての義務だけは果たしておきましょうか。それに本来貸出しは禁止しているのですが……まぁ、構わないでしょう」
────その方が面白そうだ。
その男────アルビレオ・イマは、逃げる夕映に聴こえるように言霊を飛ばして姿を消す。
『それを用いることは構いませんがその後に起きる、子供の貴女が起こすことの責任は大人が背負える程度にするべきですね────────』
「……!」
────────大人とて、背負えない責任というものがあるのですから。
第二十二話 無知は罪なり、知は空虚なり、英知持つもの英雄なり
「ハッ……ハッ……
夕映がどうやって自分の寮の部屋に帰ってきたのか、彼女は覚えていなかった。
先程の恐怖体験が幻覚であったかと思いもしたが、己が手にしている一冊の本が現実だと証明していた。
「どうしよう……のどかやハルナを置いて、一人で帰ってしまったのです」
共に図書館島で探検していた、そして一緒に帰るのを約束をしていた親友に対して申し訳無さが溢れる。
だが、それは後で謝るしかない。
一応詫びのメールを送ったものの、罪悪感が今すぐ消えるわではない。
「今、考えても仕方ありません」
今考えなければならないのは何か。
あの男は何者なのか。
その疑問が沸き立つものの、先ず彼女が行ったのは戦利品の検分だった。
「思わず持ってきてしまったですが……」
図書館島の一階フロア以下の蔵書の貸出しは基本厳禁である。
なので夕映は教師に連絡し、謝罪と共にこの本を図書館島へと返却しなければならない。
だが、
「まぁ、返すのはじっくり読んだ後でもいいですよね?」
所詮彼女は中学生。
好奇心には勝てなかった。
「しかし、『まほネット』とは一体……」
本の表紙に書かれている単語に覚えは無い。
そして彼女は、ページを開き読み始め────首を傾げた。
実際にPCを立ち上げ、特定の窓口を本に載っていた通りに通過すると容易くアクセス出来た。
『まほネット』自体については理解は早かったのだ。
既存のネットから独立した情報ネットワークであることは理解できたのだが、問題は扱っている情報。
(ムンドゥス・マギクス? メセンブリーナ連合? 帝国? アリアドネー? 『立派な魔法使い』? 英雄『紅き翼』? ────意味が分からない)
甚だ理解不能な文字の羅列だけではない。
画像や動画が数多く記載され、その文章の真実味を強くするような物が多数あった。
尤も、それだけならば合成やCGだと切り捨てることが出来たろう。
「……高畑、先生?」
────己の知る人間がそれに載っていなければ。
ソレは、たった一人で学園内の幾多の抗争・バカ騒ぎを鎮圧した広域指導員である。
『
麻帆良学園治安維持の抑止力であり、出張こそ多いものの生徒に対する柔らかい態度故に、生徒から親しまれる先生だ。
夕映自身も何度も話したことがある。
そんな先生の特集のように纏められていた記事には、夕映が知らない彼の経歴が載せられていた。
出張が多いとは思っていたが、『NGO』に所属しているとは、彼女には思いも依らなかった。
そして殆どの記事に共通する一つのキーワード。
「魔法……。まさか、こんなファンタジックな単語を大真面目に口にする日が来ようとは」
オカルトかつ非現実的かつ非科学的な戯言。
比喩表現でなければ本の中にしか使用されないソレ。
もしそんなシロモノが実在すると仮定するのなら。
「
それらのある麻帆良学園が、『魔法使いの造った』と考えれば、非常に納得できる、と。
そして今更ながら己の通う学園の異常性に気付き、違和感を覚えた。
何故、そんな当たり前の事に気付かないのか。
それは瞬時に違和感から疑問に変わる。
「範囲内の認識を歪める方法が……認識阻害魔法!?」
『まほネット』で検索すれば、その程度の情報は直ぐ様手に入れることが出来た。
魔法という神秘────しかし、上述の様な心を操るような物まである。
忌避する人間もいるだろう。
既に認識阻害という魔法により自身が心を弄ばれているのだ。そんな考えを持つものも必ず居る。
「魔法……魔法……!」
しかし、夕映は肯定的な類いの人間だった。
魔法という未知への好奇心。
まるで物語の主人公になったような気分だった。
誰かに教わるのではなく。誰かが使っている姿を見て知ったのではなく。
己自身で知ったからこそ、彼女の感動は凄まじかった。
「私も……使えるのでしょうか」
魔法使いに、なれないものか。
それは当然の思考だった。
故に彼女が『まほネット』────魔法にのめり込むのもある種当然の思考である。
「────ゆえ……どうしたの?」
「の、のどか……! お帰りです、すみません先に帰ってしまって。えっと、ハルナはどうしたのですか?」
いつの間にか帰っていた親友に気付かないほどに。
サイドロングに前髪で目元まで隠れている大人しそうな、年相応の体躯の少女────宮崎のどか。
その声色と前髪に隠れた瞳は、引っ込み思案な彼女の性格を表していた。
「ハルナは締切が、その、しゅらば……? だって言って、多分今日は学校に泊まるんじゃない、かな?」
「成る程……」
図書館島探検部と漫画研究会と兼任、寧ろ後者の比重が日々増えているもう一人の同居人の行動は、納得のいくものだ。
「ゆえ、さっきから何を観てるの?」
そしてソレは、夕映にとって都合の良いことでもあった。
「────……のどか、これはですね」
大切な親友と秘密を共有出来る。
魔法というある意味非社会的な事を秘する背徳感と、一人で抱える事への不安感が「親友を巻き込む」という選択を夕映にさせた。
早乙女ハルナは如何せん口が軽く、かつ情報伝達能力が異常である。
秘密を共有するというのには極めて相性が悪い。
その点のどかはその性格から、秘密を漏らすことなどあり得はしない。
その選択を責めるのは、余りに酷だろう。
彼女は予備知識無しでその神秘を知ってしまったのだ。
誰かが神秘を行使している場所に出会したのなら、話は変わっていただろう。
麻帆良学園の神秘を行使する人間など、善人の集団である魔法先生か、必然的に魔法先生へと情報が行く魔法生徒。
そして埒外だが、平時は心優しき羅刹王とその宝石たる少女達。
何れも正しい知識を正しく教え、正しく支えてくれたであろう面々。
しかし、彼女が出会った魔法使いは、広い麻帆良学園で唯一不適格な付喪神。
そんな古本の最低限の忠告すら、夕映は興奮の余り忘却していた。
彼女はある意味、当たり前に無知だった。
「ふふ、驚かないで……いや、呆れないで欲しいのですが────」
それでも、タカミチに相談を一つするだけでも良かったろうに。
その選択が、決して取り返しのつかない事態へ誘う事を────────彼女は知らない。
◆◆◆
「えっと……瑞葉。お前達から出す警備の者というのは……『彼』でいいのか?」
「以前確かめてみたら『彼女』でした。ソコ結構重要ですよ?」
「そういう事ではないのだが……」
学園長室に集まった今夜の麻帆良警備の面子が、明らかにざわめきの声を挙げる。
魔王からの増援と、期待と不安が混ざり合った感情で以てこの場に臨んでいた者達は、それぞれ又もや違った感想を溢した。
「……瑞葉さん?」
「苗字だとアカリと雪姉さんと被るんで皐月で良いッスよー」
「では……皐月さん、貴方の言う警備に出す人員というのは────まさかその子狼とは言いませんね」
「おや?」
主人の足元で丸まっている、美しくも愛らしい銀狼に高音・D・グッドマンは口元を引き攣らせた。
「こんな小さく愛らしい仔を、警備に出すと?」
「神獣────それもまつろわぬ神に匹敵するほどのモノを、警備如きに出すと?」
「────え?」
高音の、一見愛らしい姿の銀狼────フェンリルに対する感想が、刀子のソレと被った。
「く、葛葉先生?」
「高音さん。貴女はかの神獣の呪力が感じられないのですか?」
「いえ、そんなことは……しかし! こんな愛らしい仔に戦えというのは……!?」
「────はぁ……フェンリ」
「ウォン!」
そんな無用な、それこそ大きなお世話と言える気遣いに、フェンリルの姿が変貌する。
足元程しかなかった姿は、学園長室の天井に背中が届くほどの巨躯へと変わった。
「────────は?」
「これでも小さい方です。ビルとか簡単に一呑みでいけるレベルですし」
『────────』
「あ、小さくなってくれフェンリ」
大きくなったフェンリルはその顎を撫でられながら、主の言う通り再度仔狼の姿へと変わる。
しかしその小さな姿に愛らしさを感じる豪の者は居なかった。
「しかし皐月君、本当に良かったのかのぅ? 神獣を警備に使うなど畏れ多いのじゃが」
「この仔にも色々学ばせたいんですよ。それに学園の侵入者レベルなら、ヌルゲーだと思いますし」
その日の夜から、侵入者の捕縛速度が段違いで速くなったのは言うまでもない。
本 気 を 出 し て み た(いつも本気でなかった訳ではない)
感想欄で某コズミック変質者じゃね? と言われまくった変態古本。
別にあのストーカー蛇を意識した訳じゃありませんよ?(;´д`)
なので進んで陰謀張り巡らす訳ではありません。今回の夕映に対して行ったような、切っ掛けを作るだけです。
そこからどう転じるかは夕映次第ですね。
そして今回のお話の主役と言っても良いゆえ吉。
原作の修学旅行の襲撃の様な出会い方ではないため、かなり舞い上がっております。
分かりやすい危険を体験していませんので、仕方がないのですが。
なので原作を遥かに上回るほどに迂闊です。と言っても、行動の様子は原作で彼女の行ったような行動を基準にしています。なので「夕映が絶対にしない行動」はしないよう注意しなければならないですね。
初登場の本屋ちゃんですが、ネタバレになりますが恐らくエヴァやさよor茶々丸と同レベルで原作乖離するキャラです。
彼女がどう変貌してしまうのかは更新を再開してからになります。
そして最後はフェンリル。
話自体が短いですが、彼女が警備に参加する魔王側の存在です。
皐月が別荘の中での訓練ではなく、弱者を摘み取る「狩り」を彼女に知って欲しかったからですね。
というわけで宣言通り近日更新し、申し訳ありませんが別作品のfate二次を一段落させる為に一旦更新を休止します。御了承ください。
決してエタる訳ではありません。ご注意ください。
修正点は随時修正します。