御待ちいただいた方には、謝罪と感謝をば。
別の小説の次話投稿しておりました。
お騒がせして本当に申し訳ない。
夕映が図書館島下層で本を見付けてから、一週間が経った。
麻帆良学園は表裏問わず平和であり、まつろわぬ神が顕現したり羅刹王が殴り込みに来ることもなく、穏やかな学舎そのものだった。
夜の警備もフェンリルの散歩という名の狩猟により被害など出ようがなく、魔法生徒達にとって極めて安全に実践経験を積める場になっていた。
そんな中────、
「プラクテ・ビギ・ナル、“
彼女は、魔法の発動に成功していた。
発火魔法。
それも杖先からライター程の火を灯す程度の初級も初級の魔法である。
しかし、一週間前まで魔法の魔の字も知らなかった夕映が行った快挙とも言える。
いや、仮に彼女が見付けた本が魔法に関する蔵書であれば大したことは出来ない。
知識が有ろうと、仮に技術を持とうとも魔法を使うには絶対に必要な物が存在するからだ。
そもそも魔法世界伝来の現象操作技術────魔法は、精神エネルギーを媒介に大気中のマナを取り込み、魔法という形に変換、出力する技術である。
そこには術式や詠唱、魔力など複数の絶対要素が必要だが、中でも最も重要な物があった。
魔法発動体。
おおよそ魔法と呼べるものは、詠唱無詠唱問わず全てこれが必要になる。
幾ら魔法に興味が沸こうが、これがなければ話にならない。
だが、世の中便利が過ぎる時もある。
本来夕映のような一般人が持つ筈の無い、星に棒が付いたような形状の玩具の杖に炎が灯っていた。
「……やったです」
「すごい! すごいよ夕映!!」
それを表情が乏しいながらも、達成感で夕映は震えていた。
それを見守り、手伝っていたのどかは普段の大人しさからは珍しく両手を挙げて喝采する。
────まほネット。
ネットワークである以上、通販も当然存在していた。
そして玩具の魔法発動体は彼女でも十二分に購入できる安価。
更に初歩の初歩ではあるが、魔法行使の
ソコに彼女の好奇に対する熱意と、本来目覚める事の無かった魔法の才が合わさり。
結果、彼女はまほネットで情報をかき集め、独学で一週間足らずに初歩魔法の行使を可能にしていたのだ。
「勘の良いハルナの目を盗みながら呪文詠唱をするのは流石に現代人がやるのは堪えましたが、こうした結果が出れば達成感で胸もすくというものです」
「大変だったね……」
そしてそれは、夕映だけの功績ではなかった。
彼女の秘密の共有者である、のどかの協力あってこそ。
だが、問題はそこからだった──────。
第二十三話 大停電と狼王の足音
「────足りない」
初級魔法を修得した彼女は、しかし焦れていた。
魔法という圧倒的未知の前に、魔法の修得の達成感は更なる未知への好奇心の呼び水に過ぎなかったのだ。
しかも習得と言っても初心者推奨魔法。
その後様々な魔法を習得しようと努力し、実らせた。
だが、基礎魔法をおおよそ習得したのちに────壁にぶつかる。
術式の複雑さが増し、独学の欠点が鎌首を傾げ始めたのだ。
「映像や資料だけでは限界が……」
彼女は、真っ当な魔法使いによる指導の必要性を感じていた。
独学と指導を受けた場合の修得速度の差は、彼女とてよく知っている。
だが、馬鹿正直に麻帆良学園の魔法先生に教えを乞えばどうなるか。
最悪記憶消去の憂き目に逢うかもしれない。それは彼女にとって万が一にもあってはならない事である。
裏の人間としての顔が表とさして変わらない事を知らない夕映には、馬鹿正直に教えを乞うことは自殺行為にしか思えなかった。
魔法使いである以上、魔法の秘匿は大原則。魔法世界の干渉下にある魔法使いがそれを犯せば、待っているのはオコジョの刑というふざけた罰。
何より、彼女は魔法という特別を独占したかった。
誰かから教えられたのではなく、自ら見付けたことが彼女の足を引いていた。
故に己の力のみで。焦りもあり、そんな意固地になっていたのだ。
「教えを乞うことは無理でも、使う姿を直で見れれば……」
まほネットから、この学園への侵入者が絶えないことも把握住みである。
故に警備を行っている魔法先生と侵入者の戦いを盗み見て、魔法の会得の礎とする。
しかしそんな彼女の思惑ははずれた。
警備においてその衝突を察知してから現場に到着しても、戦闘痕すら見当たらず。
あるのは大きな獣の足跡だけ。
魔法戦闘など見られなかったのだ。
これに関しては完全に不運であった。
そもそもかの神獣の嗅覚による知覚範囲は主人である魔王にこそ劣るが、彼を除けばこの学園に並ぶものは居ない。
迷い込んだ一般人を認識し、危険を排除するために即座に侵入者を噛み殺したのだ。
夕映が現場に辿り着いた所で、証拠を残さず処理をするのは造作もなかった。
結果、戦闘痕でさえ夕映は観ることが出来なかったのだ。
そこからはネットに齧り付く毎日であった。
嘗ては不馴れだったPCも、のどかの持ってきてくれる資料や、偶々PCで四苦八苦していたところを見られたクラスメイトの長谷川千雨の指導によって、今や夕映は立派なネット民になっていた。
そして、
「大結界……?」
まほネットの麻帆良学園に関するスレッドの中に、そんな話題が存在した。
曰く、麻帆良学園には巨大な結界が張られており、それが大規模な侵入を阻んでいるとのこと。
それは学園の電力によって賄われており、学園の全ての電源を落すでもしない限り解除することは出来ないのだという。
スレッド中では一笑に付されていたが、彼女にとっては目を奪われる情報。
「……まさか」
その話題は麻帆良学園の防衛能力の高さを謳ったモノだったが、学園に数年以上通っている夕映のような生徒だから、気付いた。
「大停電────。もし、学園結界を電力によって賄っているのだとしたら……!」
麻帆良学園の年に一度の意図的な大規模点検。
その為に学園全体は、20~24時まで学園都市全域がメンテのため停電を起こす。
必然、学園結界はその効力を失い、侵入者はこれ幸いと攻め込んでくるだろう。
その答えに、夕映は辿り着いた。
より激しい戦いを観ることが出来るかも知れない、と。
「────のっ、のどか!」
興奮による笑みを浮かべながら、親友へ報告をしに行く。
────自分がその戦いに巻き込まれないだろうかと、舞い上がっていた為に当たり前すぎる事が頭から抜けている事すら気付かずに。
彼女は語るだろう。
決して拭えぬ後悔として。
死ぬまで償い続けなければならない罪科として。
出来るなら────その時の己を殺してやりたいと。
◆◆◆
「────大停電?」
「それに伴う学園結界の一時的な消失。その際の侵攻の間だけ、手を貸して欲しいと君達に依頼があってね」
神殺しの魔王たる瑞葉皐月が、学年でさえも魔王の称号を与えられて早一年。
彼等は中二という世界で最も愚かで馬鹿で阿呆極まる歳になっていた。
実際に裏の体面は厨二極まる彼は、教師業務で主不在のログハウスで明日菜達のクラスメイトが行っているという路上販売店の肉まんを食べながら疑問符を挙げた。
「勿論、私も参加する予定だよ」
四月中旬の休日、その昼下がり。
話を持ってきたのは、去年の顔合わせ以来
少女、と表現したが外見年齢はその長身も相俟って完全に成人女性のそれであったが、彼女は魔族とのハーフ故、数百年はこの姿で存命するだろう。
「それ、今まで通りフェンリだけじゃ駄目なの?」
「かの神獣の力は疑っていないさ。ただ今回は何か事情が合ったらしくてね、
タカミチは学園長を除けば、麻帆良学園最大戦力。
紅き翼の一員であったことや本国での評価は絶大である。
そんな彼が不在というのは、魔法先生や生徒を不安にさせていた。
「せやけど、先生一人居らへんからっちゅうて、防衛が突破される程魔法先生達は柔やないと思うんやけど」
このかの言う通り、世界基準に見ても、麻帆良学園の防衛力は高い。
タカミチを抜いても、葛葉刀子や
だが、
「今回の襲撃……些か不穏な動きがあるみたいだ」
「不穏な動き?」
「それは────」
『それは拙者が説明するで御座るよ』
その時、この場にいない人間の声が響く。
すると家具の物陰からヌルリ、と裂け目が現れ、長身長髪の女性────長瀬楓が現れた。
「おお楓か。相変わらず権能顔負けだなぁアーティファクトは」
皐月との仮契約によって得た忍者刀のアーティファクト────『天狗之隠刀』によって、幽世に一戸建ての家を内蔵した疑似空間と現世を出入りすることができる彼女は、数少ない皐月の知覚の外に居ることが出来る存在である。
「楓……、私と兄さんの会話に割り込んでくれるなよ。殺すぞ」
「ちょっと殺意高過ぎるでござらんか?」
「お前ら報告報告」
殺意マシマシで仮契約カードを懐から取り出す真名を無視して、ドン引きしながら狭間の空間に身を隠そうとする楓の報告を皐月が要求する。
「今回の麻帆良学園の大規模侵入に、外国の羅刹王────う゛ぉばん侯爵とやらが介入するのでは、という情報がござる」
「あ?」
その言葉で、皐月の顔色が変わる。
現存する最古の魔王、ヴォバン侯爵────サーシャ・デヤンスタール・ヴォバンは二年前にこのかを拉致、死ぬ可能性が高い神格招来の儀式の巫女として使用しようした。
そんな彼と、彼女を取り戻さんと激怒した皐月が激突。
ソコに何故か現れ、儀式によって招来された英雄神まつろわぬジークフリートを討伐しその権能をちょろまかした魔王、剣王サルバトーレ・ドニも参戦した三つ巴の激戦に発展した事件。
「介入ねぇ。でもアイツが来日する情報があれば『介入するのでは』って曖昧な表現じゃ無い筈だよな?」
ヴォバン侯爵は良くも悪くも策を巡らせるタイプではない。
特に皐月のような怨敵が相手ならば、発見次第本人が突撃していくタイプだ。
尤も、もし来日するのであれば皐月は此方に向かってくるヴォバンの旅客機ごと撃墜する予定である。
「領空侵犯は撃墜される。これ当然だよなぁ」
「日本には中々難しいけど、その点インドネシアパイセンは素晴らしい」
(兄さん絶対警告とかしないだろうなぁ……)
「つーかカグツチの権能で炙られたあのジジイの傷が、魔王とはいえ二年や其処らで治るかね? 俺が解呪しねぇと治らない筈なんだが」
その際の戦闘でヴォバン侯爵は相当の重傷を負い、敗走している。
それは致命傷と言っても過言ではなく、何よりその傷は神殺しの権能によって齎されたもの。
腕が欠損しようが一日で生えてくる魔王の治癒能力でさえ封じ、治癒阻害の傷を与えるソレは、最古の魔王でさえ容易く治せる代物ではない。
故にヴォバンは何としても皐月を倒さねばならない。
尤も、当時顔どころか全身を炎によって隠していた皐月の所在を容易く見付けられる訳もなく。
「その情報の根拠は?」
「なんでも侯爵自身に動く様子は無いでござろうが、配下の青銅某とやらが来日の準備を進めているでござる。そこから考えられるのは────」
「あー、成る程。それで学園側が応援要請して来たと」
「こちらはイタリアの中々大きい組織が不穏な動きとの話だったが、その組織が侯爵の傘下組織なら繋がりはするな」
得心行ったと言わんばかりに頭上を仰ぐ皐月に、真名が同意する。
「どゆことなん?」
「まず最初に麻帆良学園にジジイが目を付けた理由はフェンリだろうな」
ヴォバンにとって、覚えがあり過ぎる神獣が防衛している霊地。
更にその霊地には嘗て拐った媛巫女のこのかがいる。
気にならない訳がない。
「しかしヴォバン侯爵が動くにはまだ情報が足りず、身体も万全とは言えない」
「だから小手調べに従僕を向かわせて是非を問い、居るなら嫌がらせも込める腹積もりと?」
ヴォバン侯爵が恐れられる最大の要因────権能『
ヴォバンがエジプト神話の豊穣と冥府の神オシリスから簒奪した、殺した人間を自分に従属させる権能。
過去にこのかを拉致、誘拐したのもこれによって従わされた死者の魔術師によるモノだった。
死者の冒涜という、これ以上無い非道である。
「その過程で何人死のうが構わないの?」
「寧ろジジイにとっては手駒が増えて良いんじゃねぇの? あの
皐月を除く、この場の面々が殺気立つ。
麻帆良学園に皐月が居ればよし、居なくても使える人間を
狼王の暴君はそう考えているのだ。
「学園結界は魔性なら、高位であればあるほど強く作用する。そんな結界が解除されているんだ、従僕も十全に動けるだろう。
従僕の中には聖騎士────最強クラスの術師も居るだろう。
幾ら死者になり判断力が生前に比べ格段に落ちて弱体化しているとはいえ、麻帆良学園の魔法先生や魔法生徒には荷が勝ちすぎる。
「最悪、学園側には撃ち漏らしの処理を担当するために後方に下がってもらうか……」
何にせよ、学園側との相談が必要だった。
楓のアーティファクトは武装錬金の『シークレットトレイル』を想像していただければ。
最早過去になっている初の対ヴォバン戦の内容は、神速で撹乱しながらこのかや他の拉致された巫女を救出の時間稼ぎ。
そこでこのかのみの才覚でジークフリート招来&ドニに瞬殺され、乱入。巫女救出。
その後はカグツチ付与の核でまとめて薙ぎ払い、撤退────みたいな感じです。
そしてフラグを積み重ねていくゆえきち。