魔王生徒カンピオーネ!   作:たけのこの里派

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投稿先間違えすぎィ!!


第三十三話 そして物語が始まる

 皐月によって超が缶詰めにされている最中、カリンを何の装飾も無い黄金の十字に封じ込めたアカリが片膝を着いた。

 

「はッ……はッ……!」

 

 数多くの剣群の射出ではない。

 今回用いた黄金の花吹雪という、数億の花弁状の刃の同時操作。

 それは、かの英雄『千の刃』の、強靭極まる肉体を切断するほどの威力を持つカリンの一撃を受けた彼女には過度な負担であった。

 

 というより、そもそも数億の刃────『花吹雪』は皐月の発想による奥義である。

 

『アカリって、コレ出来んの?』

 

 と、本当に気軽にその漫画を見せた彼には、他意など無かったのだろう。

 実際、当時のアカリには出来なかった事であり、事実それを申し訳無く思いながら彼女は己が心酔する主にその事を告げた。

 

『そっかぁ、無理かぁ。御免な無茶苦茶言って』

 

 そりゃそうか。そんな無茶振りに対して謝罪する皐月の表情には、納得の中にほんの僅かな落胆があったのだ。

 

 それを、アカリが見逃すわけが無かった。

 別荘に籠った彼女が、翌日皐月に完成した奥義を見せ吃驚させたのは、彼女達の保護者である雪姫なら容易に予想できた事だったが、兎も角。

 とまぁそんなアカリの執念によって生み出された技は、確かに奥義と呼ぶべき性能をしていたのだ。

 そして、それに相応しい負担と共に。

 

「……くッ」

 

 アカリが脇腹を押さえる。

『花吹雪』の制御の負担に、その直前に剣壁を掻い潜り叩き込まれた聖剣ならぬ聖拳。

 腕を切られても傷口をくっ付けるだけで完治するどこぞのバグと違い、アカリの耐久力はその戦闘能力に不釣り合いな程低かった。

 

 彼女の防御は剣群による物。

 攻撃は最大の防御と言わんばかりの魔刃の波濤こそ、彼女の矛であり盾。

 それらを掻い潜りながらアカリへ攻撃を加えるなど、皐月さえ困難である(尤も魔王はその防御の上から爆炎で磨り潰すのだが)。

 

「些か、相性が悪かったですね……」

 

 襲撃者を封じた十字の封印剣を見上げる。

 

 今までの筋違いな正義感に暴走させられた魔法使い達とは格が違う相手だった。

 というより、相性が最悪だった。

 幾ら串刺しにしても無傷の不死者など、殺人術に特化したアカリに封印以外の勝機など無かった。

 一体愚父は彼女に何をしたのだろうか。

 

「──────アカリちゃん!?」

 

 そんなアカリに、瞬動を繰り返しながら此方に向かう者の声が聞こえる。

 

「明石さん?」

 

 明石裕奈。

 振り向いた其処には、魔法生徒でありクラスメイトの姿があった。

 

 成る程魔法生徒ならば人払いも突破は容易だろうが、それでも態々近付いてくるとは思わなかった。

 

 アカリに注がれる視線は、1つ2つでは足りない。

 あれほどの戦い、姿こそ見せていないが数多くの魔法使いが観戦していた。

 

 手を出さなかったのは、単純に出せなかったから。

 

 単純に魔王一行が近付き難く、学園側の魔法使いにとって技術系統の違いから行動理由が分からないということもある。

 だが、何より今の戦闘に圧倒されていたというのが強かった。

 一方は大量の操剣で人間を容易く滅多切り串刺しにする英雄の娘。

 一方は全身切り刻まれながら傷一つ付かず、神聖ささえ纏いながら光速で踏破する不朽の不死者。

 上位最強クラスとまではいかないものの、相性次第ではそれらをも凌駕しかねない者同士の激突だ。

 呆然と、或いは恐怖で足を止めてしまっても無理はない。

 だからこそ、そんな恐怖で足がすくみ腰を抜かす戦いの直後にも関わらず躊躇する様子もない裕奈の足取りに、アカリは思わず嘆息する。

 

「はぁ……」

「ちょ、溜め息!?何で!」

「誉めの嘆息です。喜んでください」

「どんなプレイだよ!?」

 

 だが、好ましいのは確かなのだ。

 数多の悪意や無邪気で残酷な正義感に害されたアカリだからこそ、丁度良い案配の善意は心地良い。

 それは、麻帆等学園の生徒達の長所だった。

 

 だからこそ、彼女は油断してしまった。

 

「──────」

 

 ビキリ、と小さな小さな音が響いた。

 或いは、術者故に行使した術の状態を誰よりも早く認識できる。

 弛緩していたアカリの身体に、緊張と共に魔力が纏われる。

 だが、まるで遅い。

 

「下がって!」

「えっ」

 

 瞬間、亀裂は封印全体に走り、内側に留めていた者が喰い破っていく。

 

 そも、かの十三使徒は神の子に祝福された存在。

 そんな存在を封じ込めることなど、封印に特化した術者でも複数人必要だ。

 あくまで補助としての技能として取得しているに過ぎないアカリの封印符では力不足だったのである。

 復讐にその身を焦がす不死者が余りに似つかわしくない聖気でもって、完全に油断していた怨敵の娘にその感情をぶちまけた。

 

「クッ──────」

 

 魔力が足りない。

 ダメージも相俟って咄嗟に形成した剣の精度が一段と落ちている。

 これでは並の高位術者相手なら兎も角、この復讐者には薄氷に等しい。

 アカリだけが避けることなら可能だが、そうなれば背後の裕奈がどうなるか。

 魔法生徒でしかない筈の彼女の肉体は、砕いたビスケットのように粉砕されるだろう。

 

 故に、アカリは片腕を犠牲にすることに決めた。

 襲撃者────カリンの技量はそこまで異常ではない。

 元々が宗教家の弟子でしかなく、その後の千年以上は村娘として各地を点々としながら過ごしてきた彼女に、超越者特有の異常技量は存在しないし、必要がなかった。

 対処は可能。

 幾ら恩寵による光速化だとしても、片腕を犠牲にする覚悟で捌いて見せる──────────

 

 

「──────────『出でよ(アデアット)』」

 

 

 そんな覚悟は、アカリの前に踏み込んだ裕奈の姿に霧散した。

 アカリとカリン両者共に虚を突かれ、唐突な乱入にほんの一瞬意識を奪われる。

 

 神聖な白光として在る少女の顔面に、闇色の炎を宿すグローブが突き刺さる。

 封印を破った直後の不意打ちだからかソコに回避も防御もなく、そもそも神の恩寵を与えられているカリンにそんなモノは必要がない。

 本来なら発生する痛みによる硬直も、復讐の炎に苛まれている現在期待できない以上、突き刺さった拳ごと裕奈は叩き潰されるだろう。

 だが、

 

「────せいッっっ!!!」

 

 しかして拳は、轟音と共に振り抜かれた。

 威力が予想より大きかったのか、崩れ掛けていた封印剣をぶち破ってカリンの五体を吹き飛ばす。

 そんな攻撃を、先程の剣群を凌いだ様に直ぐ様起き上がって反撃するだろう。

 アカリは不出来な魔剣を再構築。少ない魔力ながら鎖の付いた魔剣を形成する。

 明らかに封じ込める為のものだ。

 

 人間を殺す術に長けているということは、人間を殺さない術に長けているということでもある。

 先程の愚は犯さない。

 如何に神の恩寵が優れようとも、次は人間が構造上身動き出来なくなるようにするだけのこと。

 

「……?」

 

 しかし件のカリンは、倒れてからまるで起き上がる気配が無かった。

 

「何が……」

 

 不死殺し?

 アカリはその権化を身近に、敬意の視線を向けながら共に過ごしてきた。

 だが、明石裕奈(彼女)がそんな大層な存在にはとてもではないが見えない。

 

「全く、ヒヤリとさせるな」

 

 呆然と倒れ伏すカリンを見ていたアカリの背後から、思考を打ち切る聞き慣れた声が響く。

 

「ゆ、雪姫先生!?」

「まさかお前がカリンのトドメとは思わなかったぞ、明石」

「……成る程、貴女関連でしたか。高みの見物とは感心しませんね」

「悪かったな。だが、良い経験になっただろう?」

「……」

 

 ふわりと、浮遊感を見せながら現れたのは、先程から見物に徹していた不敵な笑みの雪姫である。

 尤も、見物に関してはアカリにバレていた様だが。

 

「一緒に居たタカミチさんは?」

「学園側への説明に行かせた。私が此方に来たのは──────」

 

 彼女はゆっくり、労りさえ見せながらカリンを抱き上げる。

 その表情には罪悪感と懐かしさがあった。

 

「……どの様な関係で?」

「不死者繋がりでな。魔女狩りを乗り切った仲だ。──────さて、さっさとこのかに治療して貰いに行くぞ。ついでだ、お前も来い明石」

「へっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十三話 そして物語が始まる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「治すえー」

 

 出落ちの芸風みたいなこのかの声が響く、瑞葉家となったログハウスの更に奥、ダイオラマ魔法球内の城内テラス。

 そこに一同は集まっていた。

 

 黄金の棺桶を椅子代わりに寛ぐワイ。

 そんな皐月の向かいにソファに座り足を組む雪姫。

 当事者の一人であり、アカリの負った傷を完治させたこのかがこの場に居た。

 加えて────

 

「では、事の顛末を語ろう」

「と言っても、大したことは無いんですけどね」

 

 そう語るのは、大きなフチ無し丸眼鏡で大きく眩しいでこを広げている黒髪のお下げに、小柄な学生服姿を白衣で包む少女。

 未来人とか転生者とかのバックグラウンドを持たず、完全な素で未来人(天才)に頭脳で食らい付く麻帆等学園女子中等部2ーAが誇るもう一人の天才。

 出席番号24番、葉加瀬聡美である。

 

「既に雪姫先生や羅刹王に話している様に、もし取引、というより懇願が失敗した場合の事を考えて実行した作戦でした。結果は半分成功半分失敗─────いや、もう完全に失敗ですね」

 

 葉加瀬は、俺が寛いでいる棺桶を見つつ苦笑する。

 

「……もしかして、その棺桶って」

 

 恐らく最も挙動不審で状況に着いていくのに必死な裕奈が、口をひくつかせながら指を差す。

 曰く彼女が結城夏鈴、今はイスカリオテのユダか。そんな一級の禍払いでも傷一つ負わせられなかった十三使徒を打倒したと聞いた時は驚いた───とか、そういうことは無かった。

 

「超さんは無事ですか?」

「無事だよ。()()()()()()()()()()

「……………………ソレ以外は?」

「最初は、人間が苦痛に感じる音をひたすら流し続けようと思ったんだが……」

「ウチの感度サンゼンバイを採用して貰ったんよ」

「ファッ!?」

 

 顔を紅く染めて、裕奈が短い悲鳴を上げながら棺桶を凝視する。

 一体棺桶の中でナニが起こっているのか、それは俺にも判らぬ(すっとぼけ)。

 超にとって悲惨であることには変わりがないだろう。

 度を越した快楽は拷問でしかない。

 天才美少女を指一本触れずにアヘ顔ダブルピースにさせるとは実に罪深いなァ(愉悦)

 

 しかし貞操こそ無傷ではあるものの、同性にとっての地獄を笑顔で提案したのはこのかだ。

 他称魔王パーティーの二大キチガイの称号は伊達ではないのだろう。

 

「とまぁユルい雰囲気が流れ始めた事で、羅刹王には今回の見解をお訊きしたいのですが────」

「その前に、明石」

「ファイ!?何でしょう先生!」

「お前はどうやってカリンを倒した?」

 

 チラリと、雪姫はテラスの奥の部屋のベッドの上で寝かされている張本人を見る。

 彼女は傷一つ無いにも関わらず眠り続けていた。

 症状は気絶である。

 直接戦ったアカリが最も理解しているが、神の子に愛された恩恵は原作でもヤバかった。

 まさか本当に百年後の続編キャラクターと会えるとは思わなかったが。

 

 イシュト・カリン・オーテ。

 原作続編の主要メンバーの不死者である。

 そんな彼女の不死性が輝くほどに、彼女を張り倒した人物が気になるのだが。

 

「えっ、と。それは私のアーティファクト『栄光は我が(ドミネ・エクサルテトゥル)手中にあり(・マヌス・グロリア)』のお蔭です」

 

 パクティオーカードを懐から取り出した彼女は、己が主兵装を披露した。

 

「……『Xグローブ Ver.V.R.』じゃん。またパクリかよアーティファクトネタ大杉」

「─────────えっ?」

「パクリなん?」

「イクスグローブとやらは解らんが、確か『栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)』を参考にしたアーティファクトだった筈だ。カリンへの攻撃の様子から、炎を灯すことで何等かの効果を出すアーティファクトの様だが……」

 

 栄光の手。

 曰く、絞首刑に処された罪人の右手を用いて燭台を作成する、分かりやすいポピュラーな魔導具である。

 つまり木乃伊のグローブだ。

 

「冒涜的だなぁ」

「あくまで参考にしただけだろう」

「それで、どないな効果があるん?」

「確かに。禍払いさえ性質上受け付けなかったカリンの恩恵を貫いた能力には、流石に興味を惹かれるな」

 

 そんな物を、恐らく頻繁に身に付けている彼女は相応のリアクションを取るべきなのだろう。

 

「………………………………へぁ?」

「どしたんゆーな。アイディア失敗したのん?」

 

 だが彼女は、ソレよりも前にあんぐりと口を大きく開けながら絶句していた。

 

「……まさか」

 

 改めて彼女を観察する。

 髪色はオレンジの様な明るい茶髪をサイドポニーに束ね。その体型は真名や楓の様な規格外(どう見ても成人女性)ではなく、高校生間近な少女であることを示し、加えて高校生としても成熟したスタイルは、クラスメイトに乳牛(ホルスタイン)と呼ばれるほど育っていた。完全に(俺が)セクハラである。

 最近の娘っこは育ちが早いなぁ、と鼻の下を伸ばしやすい、しかしそこまで異常は無い彼女。

 

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 髪色の差は、決定的だろう。

 そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と来れば、最早疑う余地は無いだろう。

 以前の集会の時、彼女の失言を聞き逃さなかった時は、思わず口先が吊り上げるのを堪えるのに必死だった。

 

 今の呆然とし続ける彼女の姿は滑稽極まり、同時にとても愛しく感じる。

 恋愛感情ではない。喩えるなら外国でたった一人の中、日本人を見付けた様な親近感。

 

 一人ではないのだと、安堵を。

 しかし、あの反応は漸く気付いたのだろうか?

 魔王なんて特大の差異、早々に同郷という可能性を考えられる筈だが。

 溜め息と共に彼女に近付き、両手で頬を盛大に挟む。

 

「せい」

「ふぁむっ!?」

「それはまた今度で、今はアーティファクトの説明はよ」

「ふぁ、ふぁい」

 

 ん?と周囲がいぶかしむ中、頬を痛みと羞恥で紅く染めながら、ゴホンと気を取り直し雪姫を見る。

 

「私のアーティファクトは、デバイスなんです」

「何?」

「リリなのの?」

「そうそう!」

 

 即ち、魔法使用の補助として用いる武装一体型魔道具()である。

 魔法情報を蓄積したり、それを担い手の裕奈の魔力供給さえあれば有事に際し自動的に最適な魔法の術式を代理演算、行使するアーティファクト。

 

「つまり、私が馬鹿で魔法の術式演算やら長ったらしい詠唱が出来なくても、魔法さえこの子が覚えてくれれば代わりに魔法を発動したりグローブに充填出来たりするんだよ!」

「おぉ!」

「何と素晴らしい!!」

 

 このかと葉加瀬が裕奈の誇らしげに語る様に、素直に驚きの声をあげる。

 だが、皐月の表情は複雑そうであった。

 

「……充填って、ソレ思いっきり『闇の魔法(マギア・エレベア)』なんじゃ……。大丈夫なんアレ」

「無論だ。元々道具に魔法を込めることはそこまで珍しいことではないしな」

 

 そもそも魔導具とは道具に術式を刻み魔法を込めることで製作するもの。

 肉体に魔法を取り込み体現するからこそ『闇の魔法』は凄まじく、危険なのだ。

 

「いやそっちじゃなくて……ヘイ嬢ちゃん、その『魔法さえこの子が覚えてくれれば』ってのはどうやんの?」

「へっ? えっと、それはこうやって……」

 

 彼女は右手の手の平と左手の手の甲を相手に向けて組み合わせ、四角形を作る独自の構えをとり、同時に両手の『栄光は我が(ドミネ・エクサルテトゥル)手中に有り(・マヌス・グロリア)』に炎を灯す。

 すると炎はノッキングするような、不規則に放出して瞬くようなものへと変貌する。

 どう見ても死ぬ気の零地点突破・改です本当にありがとうございました。

 

「この状態で魔法を受けると吸収してくれて、完了! ついでに受けた魔力を自分の強化呪文の強化に充てることもできるんだぜぃ!!」

「おぉー!」

「ヒャァッ! 我慢できません! 解析させて下さい!!」

「駄目に決まってんでしょ!?」

 

 敬語と固さが取れた様子で、明石裕奈はクラスメイトとじゃれる。

 恐らくアレが彼女の素なのだろう。

 

 だがそんな事より重要なのが、今彼女が言った『魔法の吸収変換』である。

 無論吸収上限があるのだろうが、あそこまで優秀なら吸収変換した魔力を防御に使って中和相殺も可能に見える。

 即ち、『闇の魔法』の真髄にして雪姫が未完の極意─────

 

「アレ太陰道じゃね?」

「………………………………し、しかし成る程、拳によるインパクト時に充填した魔法を炸裂させる事も可能と……。カリンを殴って気絶させられる訳だ」

「どゆこと?」

「まぁお前はそこまで炎系以外の魔法に詳しくなかったか。───闇系統の魔力属性を思い出せ」

「……あぁ、精神攻撃」

 

 特級の不死者であるイシュト・カリン・オーテ、彼女は決して無敵でも最強でもない。

 相応の、それこそ永久系の封印などをされれば彼女の正体からどうしようもなく。

 月に転移させられれば救助を待つしかない。

 そして何より肉体は絶対でも、精神は決して不死ではない。

 精神攻撃は、彼女へのメタの一つである。

 

「でも……本来なら身体が動かなくなる程度で、こんなに長く気を失うなんて……」

「疲れ溜まってたんやないの」

「えー……」

 

 サラッとしたこのかの言葉に、微妙な声を裕奈が漏らすも、しかしあながち間違いではなかった。

 思い違いとは言え、大切な者が殺され復讐の為に駆けずり回った結果、復讐対象は既に亡く。

 親の罪が子に有っていい訳がないと理解しながら、激情のままにアカリを襲った事実は、彼女(カリン)の精神を余りに磨耗させていたのだ。

 彼女が起き、雪姫と再会するのは少し後になる。

 

「それで、お前は超をどうするんだ?」

「そりゃまぁ、俺が決めるこっちゃねぇわな────アカリ」

「はい」

「どうしたい? お前の好きに決めろ。あぁ、大丈夫無茶は言わない」

 

 俺の言葉に、葉加瀬が静かに息を呑む。

 彼女にとっての親友の裁定が今行われていると理解しているからだ。

 

「【銃は私が構えよう。照準も私が定めよう。弾を弾装(マガジン)に入れ遊底を引き、安全装置(セーフティ)も私が外そう。だが殺すのはお前の殺意だ】なんて脅迫を言うつもりは無い。殺意を向けるのが億劫なら別の方法で制裁を決めていい。だが、これから(コイツ)が学園に広めた情報でお前は面倒を被ることになるかもしれない。だから本当に気軽でいいんだ────────何かないのか?」

「ありません」

 

 そんな俺の言葉を、アカリはバッサリ切り捨てた。

 

「仮に超さんの手引きが無くても、あの不死者はきっと私を襲ったでしょう。或いは、愚兄を」

 

 仮定の話。

 仮にそうなれば、問題は今回と比較にならないほど大きく深刻になっただろう。

 ネギ・スプリングフィールド。

 彼は才能と将来性溢れる、しかしアカリの様な特殊ではない普通の少年である。

 無知故の復讐に焦がれたイスカリオテのユダに襲撃されれば死は免れない。

 

「それは、お前に問題をおっかぶせた事になるんじゃねぇの?」

「……実は先日、私の愚父についての話をガンドルフィーニ先生からされたことがありました」

「ほう」

 

 ガンドルフィーニ教諭。

 高音女史が分かりやすい本国出身の魔法生徒なら、彼は分かりやすい本国出身の魔法先生である。

 無用な独善や横暴な気質は無く、原作では最初超を庇うネギの言葉を受け入れている。

 勿論、対外的には極悪犯であるエヴァ姐へのヘイトは高いが、そこは本国出身として仕方がない範疇だ。

 例えるなら某魔法世界の名前を言ってはいけないあの人(ヴォルデモート卿)の立ち位置なのだから、本国におけるエヴァンジェリンの恐怖神話は極めて根強い。

 

 だがその魔法世界出身という側面は、即ち『紅き翼』延いてはナギ・スプリングフィールドへの尊敬と憧れを持っている事を意味する。

 そんな存在の娘という疑惑があるのならば、その真偽を確かめたいと考えるのは酷く普通だ。

 事実彼は己と同じ意見の者数名と共にアカリへ質問をしたという。

 隠すつもりなどないアカリは当然肯定し、彼らは興奮しながら更に問い掛けた。

 英雄の父をどう思っているのか、と。

 

 

「──────『育児放棄(ネグレクト)を行い無様に死んだ血の繋がっただけの他人に対し、何を答えろと?』」

 

 

 心底不思議そうに答える彼女に、彼らが沈黙したのは当然の帰結だった。

 

「……お、おぅ」

「そう答えたら、悲痛な表情で深く謝罪された後、他の方々は何か仰っておりましたがガンドルフィーニ先生が『御家族にお土産を買って来る』とおっしゃり、連れの方と共にお帰りになりました」

「絶対おめめグルグル無表情で答えとるよアレ」

 

 アカリの英雄ナギへの感情は『嫌悪』ではなく『無関心』と『忌避』。

 関わり合いになりたくない、という拒絶である。

 そんな彼女へその様な質問をしても、碌な返事が返ってくる訳が無いのだ。

 加えて、ガンドルフィーニにはアカリの言葉に他の魔法生徒の連れとやらとは違い、衝撃と消沈を覚える理由があった。

 

「あの人、娘居たっけか」

「あぁ……アカリの年齢を逆算して理解すれば、そんな娘とそう変わらない子供がそんな言葉を言えば感じ入るものもあると?」

「ソレ以来、噂の存在にも拘わらず私への詰問はありませんでした」

 

 つまり、ガンドルフィーニ教諭がそれらを差し止める側に回ったというのだろう。

 子供を持つ他の魔法先生と連携すれば、難しいことではない。

 普通に考えれば、アカリの境遇は彼等が察せられる過去の一端程度で十二分に悲惨なのだ。

 実質的に親に捨てられ、五歳の頃に故郷を焼き払われ、以降現れる理不尽な襲撃者を撃退し続けてきたとか、悲惨通り越してファンタジーの域であるとは千雨の言である。

 

「故に、私の実害は殆ど今回だけ。この程度で首を落とすのは、些か過保護が過ぎますよ?」

「───────ぬぅ」

 

 アカリには珍しい、見るものを魅了する微笑みで魔王(オレ)を黙らせていた。

 こう言われれば超に手を出す訳にはいかなくなる。

 鬱陶しい父親扱いは御免なのだ。

 

「かー、しゃあねぇな畜生。ハカセちゃんだっけ? お宅らの計画、乗ってやるよ」

「ほ、本当ですか!?」

「おう」

 

 元々超がいらない手回ししたからややこしくなったが、俺にとってそこまで悪くない計画内容だった。

 それに原作有数の大イベントである世界樹大発光時の麻帆良祭の黒幕を手元に置けると考えれば、安全性は比べるまでもない。

 仮に成功すれば魔法世界編が完全に消化試合に出来る。

 

「はぁ……。まさか、俺があの()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そんな俺の呟きは、熱帯ジャングルの空気に溶けて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、つまり麻帆良祭三日目最終日。

 学園の中央に聳え立つ世界樹広場に、凄まじい数の生徒たちが集まっていた。

 即ち、全校生徒がこの場に会していた。

 

「さて、今年度も無事最終日までこの祭りを終えることができたのを喜ぼうかのぅ。フォフォフォッ」

 

 壇上に立つのは学園長、近衛近右衛門。

 相変わらず妖怪にしか見えない容貌をしているが、それに慣れ切っている生徒たちは静かに彼の言葉を聞く。

 そして待っているのだ。

 麻帆良祭最終日の恒例、最後にして最大のイベント。

 

「まぁ老人の長話を聞くのは若者には辛いじゃろうて、早速今回のイベントの話に移るとする。皆も知っておるじゃろうが、今年度の種目は『全校生徒鬼ごっこ』じゃ」

 

 鬼ごっこ

 最早説明の必要性を感じないほどポピュラーなソレが麻帆良学園規模で行われる。

 生徒たちが逃げる側だとすれば鬼役の負担は計り知れない。

 だが、その負担をものともしない人材がこの学園に複数存在していた。

 

「では鬼の紹介をしよう」

 

 その言葉と共に生徒たちの視線が学園長の背後に移る。

 と同時に、その者たちを知る生徒や教師が白目を剥いた。

 

 麻帆良学園広域指導員『死の眼鏡』『笑う死神』にして、魔法使いにとっては『悠久の風Austro-africus-Aeternalls』所属、何より英雄『紅き翼』正式メンバーNo.7。

 タカミチ・T・高畑。

 

 中等部を中心に大学部までその制圧範囲を広げ、「PKKって知ってる?」と言いながらいじめっ子を撲滅し続けてきた『中等部の魔王』。

 裏世界における正史編纂委員会総帥にして、未だ秘匿されている日本の『神殺しの羅刹王』。

 絶対勝利者にして霊長の代表者、『炎の王』瑞葉皐月。 

 

 麻帆良学園の女帝にして『冷たい眼差しで踏んで欲しいランキング1位』。

 魔法使いにとってはタカミチの師の一人にして正史編纂委員会総帥付き特別相談役。

 真実を知るものにとっては魔法世界史上最高額賞金首、『闇の福音』『人形使い』『童姿の闇の魔王』などの悪名轟く恐怖神話を持つ元真祖の吸血鬼。

 瑞葉雪姫ことエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

 

 その三者が、今回の鬼である。

 

「一人だけ貫禄違い過ぎませんかねぇ」

「流石だよね。でも皐月君も随分大きくなったよ」

「凡才から英雄に、小学生で魔王になった奴が何を言っても説得力が無いわ馬鹿共」

「つーか『冷たい眼差しで踏んで欲しいランキング1位』って何よ」

「私が知るかッ!?」

 

 和やかに? 話す三人を尻目に皐月の権能を知る魔王一行の眼が死んでいく。

 最強クラス二人は勿論、神速に縮地を修め知覚特化の権能を持つ皐月から一定範囲内で逃げ続けることがどれほど困難なのか知っているからだ。

 無理ゲーである。やる気など出る訳がない。

 

 学園長が最後まで生き残った者には金一封とか述べているのが聞こえるが、彼女たちにとっては賞品など有って無いようなものなのだから。

 周囲の沸き上がる歓声の中、そんな消沈している彼女たちに念話が走る。

 

『尚、無様な捕まり方をした奴には罰を与える。だから精々死に物狂いで逃げろ小娘共』

 

 雪姫の残酷な宣告に顔色が変わるがもう遅い。

 この場の最適解は全力を尽くすこと以外にありはしないのだから。

 

「理不尽やでエヴァちゃん!」

「そうだそうだー」

「アーティファクトが使えれば地中に潜る方法が……」

「地面は兄さんの知覚範囲だぞアカリ」

「ニンニン、これは忍として無様は晒せないでござるな」

「翼を使うか……麻帆良祭中ならば仮装で通るだろうか?」

 

「私にはどうしようもありませんです」

「主命で……ううん、諦めずに頑張ろう」

「ええ!何事も挑戦する前から諦めてはいけません」

「なんか打ち解けてるです……!?」

 

「え? その罰って私は入ってないよね?」

「私は兎も角、オマエ魔法生徒なんだろ明石。ならアウトじゃね」

「死ぬ時は一緒だよ千雨ちゃん!」

「はァ!? オマエとそこまで仲良くはねェだろうが!? 完全一般人の私を巻き込むんじゃねェ!!」

 

「もう……お嫁にいけないネ」

「まぁまぁ、その程度で済んで良かったじゃないですか。ソレにホラ、科学に魂を売った仲じゃないですか」

「同い年の男の人にアヘ顔晒して同じ事が言えるのカ?」

「私なら絶対引きこもります。よく此処に立っていられますね恥ずかしくないんですか?」

「雪姫先生からの罰ゲームを私の受けたアレにして、ハカセに遭わせる事を推奨すル!」

「ちょ、何言ってるんですか!」

「ハハ、魂を売ったのだろウ!? 共に陛下の顔を満足に見られなくなろうではないカ!」

「嫌です!」

 

 喧騒でありながら和気藹々とした雰囲気の中、最後の祭りの始まりの撃鉄が落ちる。

 結果は誰もが黙したが、それでも平和な一時であった。

 

 しかし平和とは、曰く動乱の時への準備期間である。

 そしてようやく───────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『卒業証書授与─────この七年間よく頑張ってきた。だが、これからの修業が本番だ。気を抜くでないぞ』

『卒業生代表、主席──────────────ネギ・スプリングフィールド君!』

「ハイ!」

 

 ──────────物語は始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




~解説コーナー・オリアーティファクト編~

所有者:瑞葉アカリ(アカリ・スプリングフィールド)
アーティファクト:千の鋒(ミッレ・アウテム・フェッルム)
魔法効果:自身の魔力を元に様々な形状の刀剣を生成でき、術者の技量によっては千の剣群を操る事も出来る。殺人術を取得し王家の魔力を持つアカリが使用することで、あらゆる魔力防御を突破し対象を惨殺する魔刃と化した。
パクティオーカード称号:MAGICAL SLAUGHTER(魔法の殺戮者)
備考
 皐月の思い付きで完全に『千本桜』化。負担こそ激しいが卍解状態も可能。
 違いはデフォルトが『殲景』であること。
 名称が二転三転した。『千の顔を持つ英雄』や『造物主の掟』などを参考に既存作品から取ろうとしたけど、結局はネギを参考に。

所有者:明石 裕奈
アーティファクト:栄光は我が(ドミネ・エクサルテトゥル)手中にあり(・マヌス・グロリア)
魔法効果:術者の魔力を用いて術式構築の補助を行い、炎として変換し打撃に乗せて放つ事が可能。術者の裕奈がその形状からの発想で魔法の中和吸収とそれによる術式のスキャニングが可能に。
パクティオーカード称号:GUARDIAN OF THE SKY(大空の守護者)
備考
 リリカルなのはシリーズのアームドデバイス型Xグローブ Ver.V.R.
 以上。


 およそ二か月ぶりの更新ですいませんでした。
 三月中旬から忙しさが爆発し、結果二話分を一つに合わせる結果に。
 一万字越えは久しぶりです。

 さて第一回麻帆良祭編ですが、主題としては超の暗躍(笑)と原作次作キャラであるカリンの登場。そして原作突入前の最後のお話、というものがありました。
 さていよいよ原作へ向かいますが、かなりの乖離があるでしょう。ここまで読んで頂いた方ならば許容して頂けるかと思いますが、何度も言うようにネギ君へオリ主ニキがアンチを行うことはそうそうありません。
 その為のアカリですので。
 裕奈視点は次回やれればと思っています。

 では今回は此処まで。
 誤字報告頂ければ随時修正、加筆いたします。
 最近帰宅後すぐさまシャワー浴びて布団に沈没する生活を送っており、執筆時間がなかなか取れずにいますが、更新自体は確実に行いますのでお付き合い頂けると幸いです。









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