魔王生徒カンピオーネ!   作:たけのこの里派

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第三十六話 怒り

 ネギ・スプリングフィールドにとって、アカリ・スプリングフィールドとは最早過去の人間であった。

 人生の半分を共に過ごし、しかし人生の半分を別れて暮らした二人の関係は絶縁に等しかった。

 

 恐らく事情を知っていた二人の故郷の村人達とは違い、ウェールズのメルディアナではその容姿からアカリの存在が世間的には不明だった英雄ナギの妻を邪推しない者が居ないわけがない。

 そこから、幼くも元々聡明なネギが母親と真実を知る可能性もあったが──────

 

 幸か不幸か、ネギにとって命の危機でヒーローと思っていた父に助けられた直後の、彼が最も英雄ナギともう一つの感情に夢中で熱狂していた時期でもあった。

 当時、そして現在に至るまで彼が裏事情を知ることは無かった。

 

 アカリがネギとの接触を嫌っていた事。

 そんな邪推から来る忌避の視線から逃れるために、全てを襲撃の夜に識ったアカリが煩わしさから独りで暮らした事もあり、現在のネギにとって双子の存在は思い出の中の存在でしかなかった。

 

 ────『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』。

 彼らは世のため、人のために陰ながらその力を使う、魔法世界でも最も尊敬される称号である。

 その代名詞こそネギの父、『千の呪文の男(サウザンド・マスター)』ナギである。

 子は親に憧れるものだ。

 公式では死亡しているが、発表の五年後にネギは父と再会している。

 ネギの目標は立派な魔法使いになって、行方不明になっている父親のナギ・スプリングフィールドを探し出すことであるのも、何ら不思議な事ではない。

 その為の修行として与えられた課題は、日本の学校で生徒をする事。

 

「はぁ……」

 

 体育系統の授業が終わった後、疲弊のあまり机に突っ伏す。

 その指には、封印用の魔道具は無い。

 彼の魔力は封印されておらず、魔力暴走防止訓練の成果が認められていることの証明である。

 

 だが、魔力封印処理が解除されたと言えど、当たり前ながら肉体強化は現在行っておらず、疲弊するのは当然である。

 しかしそれは、飛び級故の体格差故の疲労だけではなかった。

 

 最初は困惑があった。

 今まで魔法学校で生徒をしていて、その卒業後の修行で学生を遣れと言うのには頭を傾げたものである。

 だが、修行先の麻帆等学園に編入して、直ぐ様学ぶことがあった。

 

「まさか、魔法が使えないだけでここまで不自由だなんて」

 

 それは逃避の言葉だった。

 成る程走ることさえ億劫に成る程、ネギが己に掛けていた魔法の依存率は高かった。

 魔法と神秘は秘匿するもの。

 世間との魔法使いの差異は、相当なものだった。

 

 しかし、それでもネギは今に至るまで生徒や一般教師に魔法がバレたことはない。

 ネギの秘匿能力が高かった訳ではない。

 寧ろ逆だろう。

 初日にくしゃみによる魔力暴走で、早々に呼び出しと魔力封印を食らったネギに、最早自信など無い。

 それは単に、協力者の存在故だろう。

 

「ふーん僕は魔法なんて使えないから実感が無いね。でも、携帯を使えなくなるみたいだったら辛いかなぁ」

「携帯も勿論便利ですよ」

 

 ネギのクラスメイト、飴屋一空。

 おそらく最も親しい友人であろう彼は、魔法関係者だった。

 と言っても、彼本人は魔法使いではなく、その恩恵を受けた一般人に過ぎない。

 しかしそんな彼だからこそ、一般人目線でネギの魔法事情を知りつつフォローすることができた。

 

 一空自身、英雄の息子であり年齢比から非常に素直なネギに好感を抱いている。

 同時に、非常に純粋であることも。

 

 故に彼はタイミングを図っていた。

 勿論、ネギと皐月をどうやって交遊を深めさせようか、というタイミングである。

 

 学園内なら兎も角、超が情報源である一空の神殺しの魔王の印象は極悪である。

 無論皐月に対しては、学年を越えたまとめ役として信頼を置いており偏見など持っていない。

 だからこそ、ネギが『魔王』という名と他の魔王達の所業によって偏見を持つ前に皐月と交流させたがっていた。

 

 しかし皐月とネギの距離はクラスメイトとしては些か遠い。

 皐月はネギとの接触を最低限にしている節があった。

 

『いやさ、俺って教育に悪くない?』

 

 明日菜とこのか。

 二大キチガイの影響は、案外彼に大きな衝撃を与えていた。

 特にアスナは記憶封印も早々に破壊され、雪姫主導で過激な特訓を積んだ。そこは皐月も承知している。他人の責任にするつもりは無い。

 だが、ソコからキチガイになったのは酷くショックだった。

 激痛からの逃避など、精神負担を軽くするモノだと本気で心配した時もあったが、そんな皐月の心配に配慮した雪姫の様々な診察の後、そんなことも無かった事が解った。

 

 つまり、彼女本人の気質が表面化しただけだったのだが、原作を知る皐月は原作の彼女のようになるのでは、と思っていたのだ。

 しかし、蓋を開ければ原作屈指の非常識(ジャック・ラカン)の道へまっしぐら。

 この世界(ネギま!時空とカンピオーネ時空)は並行世界論を採用しており、原作の神楽坂との遭遇が発生した場合原作の彼女にSAN値チェックの判定不可避だろう。

 そんな変化は、確実に自分が原因だ。ではネギもそんな風な変化でキチガイ化するのではないか?

 それが皐月の不安だったりする。

 

 無論、一空はそこまで知らないのだが。

 

「ふーん、色々あるんだね。僕自身、彼女を大切にしている人は知ってても、彼女自身と会ったことはないから言伝てにしか知らないんだけどね」

 

 話を戻せば、ネギは何故そんなに草臥れているのか。

 理由は、とある人物─────アカリに起因する。

 

「複雑かい?」

「……分からないんです」

 

 五年前、訳も言わずに姿を消した妹。

 それが麻帆等学園に存在すると言われ、そして当然ネギは会いに行った。

 

 姿や、名前さえ変わり果てたアカリに。

 

「あの眼を、僕は覚えている」

 

 五年前、アカリが姿を消す前にネギに向けた、憐れみと不気味ささえ籠められた眼を。

 それが、再会と同時に憤怒に変わった。

 

「アカリは父さんを嫌っていた……ううん、違う。鬱陶しがっていた。そんな父さんに憧れる僕を、心底可哀想だと、父さんを素晴らしいと褒め称える大人の人達の簡単な嘘に騙された子供を観るような目で見ていたんです」

 

 五年前、ネギはアカリを『可哀想』だと思っていた。

 父に助けられた自分とは違って、生き残りはしたが魔法を唱える力を喪っていた妹。

 当時、アカリに優越感と憐憫を抱いていたネギにとって、その視線は言葉を喪うには充分だった。

 

 その後間も無く、アカリは姿を消した。

 

 驚いたし、心配した。

 従姉のネカネなど分かりやすく取り乱していたのだ、良く記憶している。

 

 だが、それだけだった。

 当時、いや今尚彼は憧れの父しか見えていないのだから。

 誰もが讃える英雄、皆が認める『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』になるために。

 

 

『────────何だそれは、この五年間、貴方は一体何をしていた』

 

 

 そんな幻想(執着)を、再会したアカリはアッサリと絶ち斬った。

 

『無知故と言えど、やらなければならない事は解っていた筈。仮に感情に呑まれ復讐に走ったとしても……流石にこれは無い。酷すぎる。これでは雑兵にも劣る』

 

 再会と同時に、ネギが欠片も反応できなかった魔剣を突き立てて、腰を抜かした彼に怒りと殺意さえ向けて。

 

『見るに能わない。道化以下の怠惰とは、例え家畜の豚と云えどもう少し勤勉でしょう。醜悪極まる───消えろ下郎、目障りだ』

 

 彼は向き合わなければならない。

 己が偽り続けた己の暗い炎と、父母が消化しなければならなかった闇のすべてを一身に背負った自身の半身を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十六話 怒り

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なーなーせっちゃん。なんかアカリ、双子君に厳しゅあらへんかった?ボロクソやったけど」

「……そうですね」

 

 その再会に鉢合わせていたものが居た。

 

 このかと刹那。

 別荘の一室で寛ぐ二人は、英雄の子供達の再会を思い出す。

 

「アカリさんにとって、双子の兄───確かネギ少年、でしたか。彼は唯一己と同じ基準で見るべき対象なのでしょう」

 

 兄のネギと違い、アカリは両親に何の興味も関心も無い。

 寧ろ両親の負の遺産ばかり背負わされた彼女からすれば、殊更忌避すべき存在である。

 

「かつて、アカリさんは己が生涯を全て捧げてでも、故郷の石化した村人の方々を助ける事を目的としていました」

 

 アカリは、ズルとも言える方法で様々な情報を得た。

 両親の軌跡と遺した業。

 魔法世界の真実と復讐の矛先。

 しかしこれ等を得た彼女が行おうとした事は先ず贖罪である。

 

 怨敵の排除は彼女にとって『前提条件』であり、優先することはあくまで私事。

 何よりすべき事は、そんな彼女達英雄の子供達の『とばっちり』を受けた完全な被害者である村人達を救うことであると。

 アカリは最初にそう定めた。

 

「そういう意味では、アカリさんにとって彼女の『力』の代償は大き過ぎました」

 

 呪文詠唱の欠落。

 タカミチ・T・高畑と同じ、呪文詠唱の出来ない体質である。

 

「自力で石化の解呪がどう足掻いてもできひん、ってのはアカリにはキツかったやろな」

 

 彼女が味わったその絶望は、即座に他力という方向性を与え、自立という選択肢、そして未知の可能性を与えた。

 結果はよく分からん魔王がよく分からん内に一切合切解決してしまった為、その決意は忠誠心にロス無しで変換されてしまったのだが。

 

「それ故に、ネギ少年への怒りはある程度理解は出来ます」

 

 ネギは大戦の真実や両親の顛末、復讐するべき怨敵の正体など何も知らない。

 だが、アカリに言わせれば「そんなことよりも先ず村の人達を助けるための努力をしろ」であった。

 実際、ネギにはそれだけの才能があった。

 

 魔法開発力。

 ことそれに関しては当代に於いて最高と言える才能を、ネギは有していた。

 とはいえ、流石に永久石化の解呪術式を五年間で開発しろなどと酷なことを言うつもりは無い。

 

 そもそもネギがこの五年間術式開発に専念していた訳ではない事も、ネギの編入時の資料からアカリの主である皐月は把握済みだったりする。

 

 即ち、復讐の為に力を求めていることを。

 

 その事をアカリへそれとなく伝え、アカリ自身知っていた。

 

「それで、あの豚以下の扱いに……ですか」

「……まあ、五年間爪を磨いてきたと思ってた双子の兄が、蓋を開けてみれば糞雑魚ナメクジやったと。そらお前、五年間何しとってんちゅう事になるわ」

「しかし……新鮮ですね」

「せやね」

 

 アカリとの付き合いが長い二人だが、彼女がそんな厳しい、言い方を変えれば遠慮が皆無な対応をする相手は居なかった。

 

「せやけど、双子君ってつっくんから聞いてる限り、才能云々ならアカリと同じくらいなんやろ?何でそないなクソザコナメクジやったん?」

「そうですね……」

 

 刹那の目から見ても、アカリの魔剣が切断した障壁の()()以外は体捌きや反応や反射に至るまで年相応の子供でしかなかった。

 障壁の厚みも、魔力量なら遺伝が大きいことから彼自身の努力を思わせるほど逸脱していた訳ではない。

 

「確かに私達やアカリさんは別荘を用いていますが、それ抜きにしても彼がアカリさんと同等の才を持つというのは……」

 

 外的要因でならばネギの才能は証明されている。

 魔法学校飛び級主席卒業─────などではない。

 超鈴音。

 彼女のDNAに間違いなくウェスペルタティア王家のソレが確認されているからだ。

 である以上、そんな彼女の言う未来のネギの功績に信憑性が出てくる。

 

「差は……色々あるでしょうが、一番なのは環境でしょうね」

 

 その『環境』を、刹那は直接的には知らない。

 無論このかも、あるいは皐月という魔王の旗本に居る者の大半は知らない事である。

 

 蝶よ花よと育てられたネギが、戦闘者として優れている訳がないというのは、当然のことなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────断る」

「……どうしても駄目かの」

 

 学園長室で、そんな問答が起こっていた。

 困ったように眉に皺を寄せる近右衛門と、涼しげに高い茶を飲む雪姫である。

 

「ネギ君の指導……そこまで頑なに断る理由は何じゃ」

 

 雪姫は才能のある人間を好む。

 無論それに相応しい精神性は不可欠だが、ネギの場合はそれ以前。

 精神など幾らでも鍛えられよう。

 素直な生徒を、教師である雪姫が嫌う訳がないのだから。

 だが、その教師であることが今回枷となっていた。

 

「あのな爺……例えば私がまだ中学生やってた頃なら、まぁ受けていたかもしれなかった」

「では」

「だが今の私は一学級を受け持つ教師だぞ?唯でさえ何人も抱えている中、あのぼーやの面倒まで見切れるわけないだろうが。当たり前に忙しいんだ私は」

 

 教師という職業はそこいらの職種に比較すれば、かなりのブラックである。

 仕事が忙しい。

 英雄の息子を育てる栄誉を、極めて真っ当な理由で拒否していたのだ。

 

 それに、理由はそれだけではない。

 

「それに、アカリの傍にあれを置いておけば、その内アイツが殺しかねん」

「……そこまでか」

「言ったろう。私でさえナギの息子、アカリの兄としては期待外れだと」

 

 才能如何は一旦置いて、現在のネギはアカリやナギを知る雪姫にとって『雑魚』であり、アカリの兄であるが故に彼女と比較は免れない。

 五年前、呪文詠唱の欠陥を負ったアカリがそうだったように。

 

「アカリは自身に苛烈と言えるほど厳しい。症状としてはサバイバーズ・ギルトのそれだろう。私に噛み付くのも、皐月への忠誠心からそうしなければならないという強迫観念もあるかもしれん。そんな厳しさを唯一他人に向ける対象が、あのぼーやだ」

 

 アカリはこの五年間、別荘を多用したとは言えその間に準最強クラスと呼べるまでに成長した。

 正確には、成長するしか他にやれることが無かったと言える。

 

 だがネギはどうだ。

 外見が父に酷似し、才能も溢れ頼れる相手は数多存在しただろう。

 

 雪姫が師として存在していた、という要素は一見アカリのアドバンテージに見えるだろうが、ネギがその気になればジャック・ラカンを筆頭に数多くの著名人の教えを受けることなど難しい事ではない。

 それだけの立場と血筋というコネが彼にはあった。

 

 だが、結果は御覧の有り様。

 年齢にしては優秀、その程度の力しか持っていなかった。

 

「皐月と会う前の奴は、贖罪を求める罪人だった。そしてその罪を、アカリはあのぼーやにも適用させるだろう」

 

 もし仮にアカリがネギならば、最初に行うのは人材探しである。

 永久石化の解呪、或いは緩和を求め、加えて元老院を打倒するために様々な著名人に接触するだろう。

 実際、非は元老院にある。妨害も受けるだろうが、それこそ英雄の役割だろう。

 魔法世界ならジャック・ラカンを、地球ならタカミチ達を頼ればいい。

 元老院が仇であることなど、自身の出自を調べるか生きる証人である『紅き翼』に迫れば一発なのだから。

 

 無論それは最適解を選び続けた最短ルート。

 それが出来なかったとしても、彼処まで責めはしない。

 

 問題は、復讐を選んだにも拘わらずアカリに比べて脆弱過ぎたこと。

 

「己が兄の不甲斐なさから来る苛立ちのあまり、殺しかねないと言っている」

 

 何故なら英雄と災厄の魔女の子である自分達に、怠惰など赦される訳がないと定めている故に。

 

「ぐむぅ……」

「そういうことだ。師を求めるなら……アルにでもしておけ。流石にアイツも無闇にふざけられんだろうからな」

 

 アルビレオ・イマ。

 生きる英雄の一人であり、ネギの憧れるナギの友にして戦友である。

 当然、ナギの戦い方もよく知るものだ。

 修行の最中、憧れの英雄譚を聞くのも良いだろう。

 最大の懸念要素であるその非人間性も、魔王に刺された釘がある。

 

「精々アカリに殺されないよう鍛えるんだな」

 

 尤も、ネギが魔法使いである以上相性は最悪なのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 何とかFGOの水着イベ前に更新できました。

 さて、今回のお話は『アカリ、キレる』の巻。
 作中何度もネギ君をクソザコナメクジ扱いしていましたが、あくまでアカリと比較したらという前置きが存在しています。
 ネギ君の年齢にしては普通に凄いです(なおアカリ)。

 今回は「原作で実質的に別荘入れても二年前後でラブコメキャラからバトルものの最強クラスまで成長してる」事から「それまで何してたん?」という作者の無粋な想いが文章になってしまいました。
 まぁ、魔法学校で勉強してるのと世界最強の魔法使いのスパルタ教育では比較するのも烏滸がましいのですが。

 普通はそれを理由にネギを罵倒するのは、勿論不条理だし理不尽ですが、そんな指摘を行えるキャラがアカリです。
 唯一彼と全く同じ、或いは劣悪な環境でもがいていた彼女にとって弱さがイコール怠惰であったと云うわけです。
 そんな彼女の怒りを周囲は察していますが、ネギ君は勿論よく解ってません。解るか。

 そんな訳で流れるように変態茄子にシューッ!されたネギ君。果たして別荘無しで学園祭までにどれだけ鍛えられるか。

 次は時間が原作三巻直前まで飛ぶと思います。
 ぶっちゃけネギ君が2―Aに関わることで発生するイベントが悉く潰れていますから。
 もうすぐカンピオーネキャラも出さないと、クロスだと忘れられそうですし。

 ではまた次回お逢いしましょう。


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