魔王生徒カンピオーネ!   作:たけのこの里派

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遅れて済まぬ。


第三十九話 『叡知』の覚醒への胎動

「いやはや、実際結構困っててね。この都市を目指したはいいものの、日本には興味深い物が多すぎる。本当に目移りばかりしてしまったのさ」

 

 例えば、都市の防衛戦とか。

 そう照れ臭そうに嘯く青年に、ネギは恐怖を欠片も持たなかった。

 明らかに剣とおぼしき凶器を持っているにも拘わらず。

 足下に侵入者とおぼしき術者が倒れていなかったら、本当にネギは彼を唯の遭難者と勘違いしていただろう。

 それほどまでに、その青年には邪気が感じられなかった。

 

「貴方は─────」

「うん? 僕かい? 僕の名前はサルバトーレ・ドニ! 気軽にドニと呼んでくれると嬉しいかな」

「えっ!? ……ドニさん、ですか。僕はネギ・スプリングフィールドと言います。取り敢えずその……」

「申し訳ないが、そこの倒れている彼を渡して貰いたいな」

 

 ドニと名乗った青年の言葉に、迷いながらネギが話し掛けようとした時。

 ネギをドニの視線から隠すように、前に出たタカミチが笑顔で会話に割り込む。

 

「ふむ?」

「流石にそのままではそこの彼は出血で大変な事になってしまう。あぁ、ボクは麻帆等学園広域指導員の高畑というのだけど……構わないかな?」

「おぉ! そうなのかい? ならお願いするよ、出会い頭で襲い掛かられたから思わず遣ってしまってね」

 

 和やかな会話とドニの雰囲気に、ネギの緊張が解れた。

 返り討ちにしたと言って居るのにも拘らず─────

 タカミチは構わず、そんなネギと高音、愛衣に男を回収するよう指示をした。

 

「三人とも、お願いするよ」

「ッ、……はい」

「お任せください」

「……? どう――――」

「ネギ君、君にも頼むよ。女の子だけに力仕事をさせる訳にはいかないだろう?」

「はッ! 勿論だよ!! すみませんドニさん、ボクはこれで」

「あぁ、頑張ってねネギ君。よく知らないけど」

 

 タカミチの言葉に、青ざめた二人が固く答える。

 そんな二人を疑問に思い、質問しようとネギが口を開く前にタカミチの言葉で思い直して、気絶した術者の傷口を魔法で辛うじて塞いだ二人の後を追う。

 そんなネギを、ドニは人好きのする日向のような笑みで見送った。

 

「さて……」

 

 タカミチは三人が十分離れてから()()を切り出す。

 そこには、決死の覚悟を決めた戦士がいた。

 

「剣王が、この学園に何の御用で?」

「先輩を探しに来たのさ!」

 

 呆気らかんと、彼は自身の正体をバラしつつ目的を告げた。

 世界でも4番目以内の戦士を自称する人類最高位の剣術家であり、「卿」の敬称で呼ばれる『イタリア最強の騎士』。

 そしてケルト神話の神王ヌアダを殺して七人目のカンピオーネとなった、その天才的な剣技から『剣の王』と称される神殺しの魔王である。

 

「ヴォバン侯爵の『死せる従僕』が相当数向かったと知ってね。それを残らず迎撃した上に、その迎撃した者の中には2年前の神獣も居たそうじゃないか!」

 

 二年前にヴォバン侯爵が起こした彼と炎王、剣王の三者が激突した『魔王の狂宴(ワルプルギス)』。

 その根本原因であるまつろわぬ神の招来儀式によって顕現した英雄神を、猫ババ(ヴォバン侯爵的表現)したのが彼である。

 この麻帆良学園の外部でヴォバン侯爵を除き、魔王としての皐月と正面から相対し存命している唯一の存在だった。

 

「止めは直後に彼の居城に爆撃が行われた事だ! 僕はあくまで伝聞でしかないけれど、ヴォバン侯爵の傷を更に上塗りするほどのモノだったらしい。これは報復と見て間違いない、そう思ったからやって来たのさ!」

「……」

 

 タカミチは思案する。

 自身で魔王を打倒するのは絶対に不可能だ。

 それはドニとは全く違う戦闘スタイルの、しかしドニ自身が目的とするとある生徒から明らかだ。

 だが、流石に皐月の秘匿は限界だろう。

 それは彼自身理解しており、先日感じた悪寒によりとある方策をタカミチに授けていた。

 

「彼は、此処には居ないよ?」

「……えっ?」

「神獣狩りを依頼されてね。残念だけれど」

 

 万が一己の不在の中に狼王以外の魔王が現れた場合、自身の所在の発覚よりも脅威の誘導を行うこと。

 というかそもそも、狼王を除き皐月と縁がある魔王はドニのみ。

 仮に彼ならば、正直な対応こそ最も被害が少なくて済むと。

 少なくとも、ドニは圧倒的格下をなぶる趣味はないのだから。

 

「うーむ、炎のカンピオーネ……居ないのかぁ。でもいいさ!」

 

 だが、都合よくいかないのが絶対勝者(カンピオーネ)たる魔王の所以なのだが。

 なまじ平時の皐月との付き合いが長いタカミチには、想像も出来なかっただろう。

 

「貴方に会えた!」

 

 魔王という存在が、ここまで行き当たりばったりであることを。

 

「……なんだって?」

「素晴らしい使い手と見たね! 或いは聖ラファエロにさえ匹敵するほどの、だ。先輩に会えなかったのは残念だが、これはこれで良いんじゃないか?」

 

 その時、タカミチは皐月によって他の魔王の特徴を一言で伝えられた事を思い出した。

 

 最古参ヴォバン侯爵は『戦馬鹿』。中国の羅濠教主は『独尊仙人』。アイーシャ夫人は『傍迷惑脳内幸せ回路通り魔』。

 アメリカのジョン・プルートー・スミスは『コスプレ女秘書』。イギリスのアレクサンドル・ガスコインは『腹立つ魔理沙』。

 そしてドニは、上記の最古参二人と同様の───

 

剣馬鹿(バトルジャンキー)……ナギさんを爽やかにしたらこんな感じかなぁ」

「さぁ、戦おう!」

 

 ニッコニコと、お日様の陽射しさえ後光のように輝いている笑みで、ドニは剣を抜いた。

 それは、断頭台にギロチンをセットするかのような寒気を周囲一体に撒き散らし、空間を軋ませる。

 

「……」

 

 懐かしい、とタカミチは思った。

 20年前の大戦時、当時青山の姓だった詠春が全盛期と表現すべき時代に纏っていた、剣気である。

 恐ろしいが、それでもタカミチは微笑んだ。

 

「どうかしたのかい?」

「いや、何でもないよ」

 

 気と魔力を、両手に宿し。合一させる。

 即ち咸卦法。またの名を『気と魔力の合一(シュンタクシス・アンティケイメノイン)』。

 左手に「魔力」、右手に「気」を溜めて融合し、体の内外に纏って強大な力を得る究極技法である。

 それを見たドニの笑みが盛大に深まる。

 

「────ここに誓おう。僕は僕に斬れぬ物の存在を許さない!」

 

 権能の発動の為の聖句が唱えられる。

 ドニの持つ名剣が、彼の権能によって万物を切り裂く銀の腕へ変貌した。

 そんなドニを尻目に、タカミチは内心呟く。

 

(だって、魔王同士の戦いは無傷で済むとは思えない。皐月君が傷付けば、きっと────あの子は泣くだろう?)

 

 タカミチは、もう明日菜に泣いてほしくないのだから。

 

 

 

 

 

 

第三十九話 『叡智』の覚醒への胎動

 

 

 

 

 

 

 

 ─────轟音が、響いた。

 

 その発生源より遥かに離れていたネギは、思わず振り向く。

 正しい肉体強化の魔法を学園にて習得したネギの視力は、その光景を確りと捉える。

 

「えっ?」

 

 そこには────肩口から片腕を切り落とされたタカミチの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界樹広場に陣地を構築していた近右衛門の元に駆け込んできたのは、暴れるネギを影で必死に拘束しながら侵入者とおぼしき男を連行している高音と愛衣であった。

 

「な、何事じゃ!?」

「緊急事態です!!」

 

 息も絶々といった風体に本陣へ帰還した二人を出迎えた彼は、高音の口にした言葉に絶句する。

 

「カンピオーネ、剣王が現れました」

「な─────」

「高畑先生は、殿に残られ……ッ」

 

 魔王の襲来。

 前年の死せる従僕の襲撃と危険度が段違いである。

 ネギの有り様も成る程よく理解できる。

 彼にとってタカミチは旧知の友人で、おそらく拘束しなければ魔王の元へ突撃するような状況を垣間見たのだろう。

 

 即ち、タカミチの状況の悪さを物語っていた。

 

「ッ、直ぐ様皐月王へ連絡をするんじゃ!!」

「それがッ……」

「なんじゃ?」

 

 濁すような言い方の明石教授は、言い淀みながら報告した。

 

「既に高音さんからの念話を受け、連絡を取ったのですが────」

 

 神殺しが動員される神獣狩り、それは意外な展望を見せていた。

 

「何でも神獣が龍蛇の類いだった為か……」

「────日光東照宮か?」

 

 龍蛇。

 その言葉に、近右衛門は即座にその可能性を思い浮かべた。

 より正確には、日本全国の東照宮の総本社的存在に封印されている神を。

 

 曰く竜や龍、蛇神は地母神を示していると同時に、川等がその形から蛇や龍に例えられることもある。

 日本の龍神や蛟が水神とされるのもこれが由縁である。

 それ故か、地脈そのものが神獣として顕現することもあるのだ。

 その為、そうして顕現した神獣を消滅させることは地脈へ大きな影響を与えかねない。

 下手をすれば一帯の汚染や飢饉にさえ繋がりかねない。

 故に討伐ではなく捕縛、封印を行わなければならないのだ。

 そんなデリケートな存在相手に、火力バカの皐月に出来ることは少ない。

 

 ここで問題になるのは、日本には龍蛇に対しての切り札があった事である。

 

 その神の、東洋における竜と馬の関連性。

 猿が馬を守護する伝承より、子分にした竜蛇を庇護する性質を持つ。

 その性質から、生前の神祖や神々の手で東照大権現の神力をもって日光東照宮神厩舎奥に隠された西天宮。

 そこに封じられた『鋼』の神。

 

 呪法『弼馬温』でもって与えられた縛り名を、猿猴神君。

 その効力は日本に蛇神・龍神の類が現れ、暴れた場合に禍祓いの媛巫女の力を借りて元のまつろわぬ神に戻り、蛇神・竜神の類を調伏。

 その後は呪法の効力が戻り、再び封印されるというものである。

 

 これこそ、蛇神が多い日本の、もう一つの対まつろわぬ神の対策。

 

 無論、封印である弼馬温を解呪すればこの猿猴神君は本来の名を取り戻し、まつろわぬ神としての己を完全に取り戻してしまうだろう。

 尤も、この呪いを封印と共に解放するには、それこそ『禍払い』と呼ばれる日本ではこの百年間空白となっている特殊で稀少な媛巫女の力が必要なのであるのだが。

 

「待つのじゃ、まさか─────」

 

 近右衛門は、魔王に侍う二人の少女を脳裏に浮かべる。

 異世界の、そして当代最強最高の禍払い(マジックキャンセラー)を持つ少女達を。

 アスナとアカリを利用すれば、呪法など封印ごとまとめて消し飛ばされるだろう。

 

 そうなれば復活する。

 明代に成立した『西遊記』の主役にして、三蔵法師のお供を務めたことでも知られる中華の大英雄。

 漢人と遊牧民の伝承が融合したことで成立した、最高峰の混淆神たる────。

 

「まつろわぬ孫悟空じゃと……!?」

「既に戦闘に入っているそうです。特に、あの二人を利用されて……皐月君が激昂してるとのことで……」

 

 まつろわぬ神の顕現となれば、対応するのは神殺しの魔王において他にいない。

 勝敗は兎も角、肝要なのは皐月の帰還を期待するのは非常に困難であるという事で。

 近右衛門は眉間に皺を寄せ、タカミチさえも超える実力者の友人を思い浮かべる。

 

 この様な事態に対しての保険として、炎の魔王が最も信頼する魔法世界の魔王を。

 

「……ッ、エヴァ、雪姫先生に連絡を─────」

『もう聞いた』

 

 そこに、聞き馴染みのある声が念話越しで響く。

 

「……頼めるかの?」

『全く。魔王の相手とはなんとまぁ、皐月が私を連れていかなかったのは正解だった訳だ。

 無理難題というのが分からん訳がないだろうに、全く』

「解っておる。じゃが、今は頼れる者が居らんのじゃ。何も勝てと云うわけでは────」

『あぁ。その事だが、最近私は酷く調子が良くてな。

 魔王と戦え、等という無理難題にも応えてやろう。あぁ、それと──────』

「エヴァ……?」

 

 霊長の頂点を相手にしろ、という完全な無理難題に悪態を盛大に吐きながら勿体振って。

 しかし、エヴァンジェリンという少女は顔も見えないのに、彼女の不敵な笑みが近右衛門の脳裏にハッキリと浮かぶように告げる。

 

 

『─────別に、倒してしまっても構わんのだろう?』

 

 

 不思議と、それは虚勢ではないのだと思わせるほどに。

 

 念話が切れ、彼等がいる広場に聞こえるほどの轟音が再び響いた。

 近右衛門は、静かに世界樹を見上げて呟く。

 

「『楊』様……ッ!」

『───────』

 

 神木の主たる、総ての女仙たちを統率する聖母からの─────返事は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────おや?」

 

時は数分遡り、一刀の元タカミチの片腕を切り落とした神殺したる剣王、サルバトーレ・ドニは疑問符を挙浮かべる。

傷口を抑え、息を荒げるタカミチを、不思議そうに見詰めながら問い掛ける。

 

「おかしい。頭から両断するつもりだったのに、ズレた。それに持ち手に感じた衝撃───今のは貴方が?」

「はっ……はっ……ふう。さて、どうだろうね?」

 

するとタカミチは傷口から手を離し、懐から呪符を取り出す。

 

「それは?」

「生徒からの贈り物だよ」

 

呪符に込められた呪力が解放された瞬間、瞬く間にタカミチの喪われた腕を復元する。

このかが身内に配りまくっている、完全復元魔法が込められた呪符である。

その呪符に込められた神祖に並ぶ極東最強の魔力は、ドニでさえ目を見開かせるものだった。

 

「凄い凄い! 君の教え子は神祖に匹敵する魔術の使い手なのかい?」

「……そういえば、君と戦う理由はもう一つあったね」

「?」

 

 腕の具合を確かめたタカミチは、即座にポケットに両手を入れて独特の構えを取る。

 瞬間、はじかれたようにドニがその場を離れたと同時に、彼が立っていた場所に轟音と共にクレーターが発生する。

 

「さっき斬ったのは今のかい? はははははは! まさか拳圧を飛ばしているなんて!! しかもすごい威力だ!」

「さっきアッサリ斬った貴方に言われてもなぁ」

 

 無音拳。

 それがタカミチが彼の師である『紅き翼』のガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグから継承した技術の名である。

 ポケットを刀の鞘の代わりにして魔力によって拳速を極限にまで高めた超速拳撃を放つことで「拳圧」を打ち出す、居合い剣ならぬ居合い拳。

 

 そして咸卦法を発動した今の無音拳は豪殺と化す。

 威力は凄まじく、大砲の着弾と形容されるに相応しいもの。

 無論、通常の無音拳よりも隙が大きく予備動作が丸見えだが、

 

「先程僕の剣を弾いたのは特にすごかった。僕でさえ何時撃ったか、すぐには理解出来なかったよ」

「……参ったね、どうも」

 

 無音拳の真価は、放たれるのが気弾ではなく純粋な拳圧である上に、彼自身の鍛え上げられた技術による技の静けさによって察知不可能であること。

 それは心眼を持っていようと、難易度は困難を極める。

 それこそ、心眼を超える未来視の領域が求められるだろう。

 

 主不在不完全とはいえ神獣や従属神さえ殴り飛ばす豪殺居合い拳が大砲ならば、無音拳は連射可能な狙撃である。

 そして咸卦法を発動した今の彼は、もう一つの選択肢があった。

 

「(馬鹿正直の『大槍』では正面から斬られて終わる。なら────)

 ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグ直伝」

「ッ」

 

 弾幕が、ドニを襲った。

 無論先程の様に回避し、剣まで振るった。

 そしてその剣は見事見切り、飛来した拳圧を切り裂いた。

 

「ぉ─────おお!?」

「『千条閃鏃無音拳』」

 

 弾幕が、剣を振り抜いたドニを呑み込んだ。

 一度に千の無音拳でもって弾幕とする技が、止めどなく剣王を呑み込み続ける。

 

 技の起こりこそ凄まじいが、一撃では剣先の軌道をほんの僅かずらす事が精一杯の通常の無音拳。

 だが、千を超える弾幕を浴びせられれば如何に剣王と言えど、一つ二つ切り裂いたとて意味がない。

 一度被弾を許せば、剣を振るうことさえ困難になる───!

 

「……!」

 

 だが、タカミチの表情は険しかった。

 今のドニは会話さえ不可能である。

 彼の行動は見事封じられていた。

 それでも──────

 

「(手応えが……ッ!)」

 

 手応えはハッキリと伝わってきていた。

 今もタカミチは、千を超える無音拳を放ち続けている。

 常人ならば死体ではなく、鑢で磨り潰されたような肉片が残るのみだろう。

 それでも、タカミチは───ドニの肉体に青アザ一つ付けられていなかった。

 それどころか、

 

「……よ、っと───」

「!!」

 

 それどころかゆっくりと起き上がり、弾幕を浴びながら歩を進めていた。

 そしてタカミチはハッキリと認識する。

 ドニの肉体に一瞬、無数のルーン文字が浮かんでいたことを。

 

「(────あれが……!)」

 

 ─────剣王サルバトーレ・ドニの保有する権能は二つ。

 最も有名なものは、『斬り裂く銀の腕(シルバーアーム・ザ・リッパー)』。

 ドニがケルト神話の神王ヌアダから簒奪した、『銀の腕』と化した右手で握ったあらゆる物体を、全てを斬り裂く必殺の魔剣へと変える第一の権能。 

 どんな敵が相手でも剣で勝負しなければならない、切断に至る前に刀身を砕かれれば一時的に無効化されるといった弱点はあるが、シンプルに「斬る」ことに特化した権能であるためかその力は絶大で、液体・気体・霊体・魔術といった形のないものまで斬ることができ、呪力を全力で注ぎ込んだときには本来破壊不可能な神具や神や魔王の権能さえ切り裂くだろう。

 事実、ドニは拳圧である無音拳さえ切り裂いたのだから。

 そして二つ目は、ヴォバン侯爵がこのかを始めとした世界各地の優秀な媛巫女を拉致し招来しようとした、ドイツの英雄叙事詩『ニーベルンゲンの歌』の大英雄ジークフリートから簒奪した第2の権能。

 

鋼の加護(マン・オブ・スチール)』。

 肉体に鋼鉄の硬さと重さ、ある種の不死性を付与する───『鋼』特有の存在自体が「剣」の暗喩、そして戦場における不死という『鋼の肉体』を与える権能である。

 

 即ち剣王サルバトーレ・ドニとは、卓越した剣技を持ち、加えて最強の矛と最強の盾の両方を併せ持つ『鋼』の魔王なのだ。

 

 そして『鋼の加護(マン・オブ・スチール)』は衝撃までは無効化できないが出力に応じて質量が増していくため、体重をトン単位で増加させて攻撃に耐えることが可能となる。

 千条閃鏃無音拳を浴び続けた今のドニは、自重で地面が陥没するほどの重量と防御力を得ていた。

 無論、使用中は微妙に関節の動きが悪くなったように感じるという欠点があるが――――

 

「くッ……!?」

「よっ」

 

 無音拳の弾幕の中をゆっくり歩くのには何の問題も無く。

 そのままスローの様に剣を上段に構え、振り下ろす。

 その無音拳の雨の中で、照準やマトモな剣筋など附けられない。

 実際その剣はタカミチを斬ることはなかった。

 問題は、その剣が地面を豆腐の様に切り裂いた瞬間。

 

「ッッ!!!」

 

 音が一瞬消えるほどの轟音と衝撃が、麻帆等学園に響く。

 重力剣という、あり得たかもしれない世界で、あるいは既にこの世界に存在しているやもしれない魔法剣がある。

 

 それは剣の重量を自在に加減重させることで威力や手回しを瞬時に向上させるものだが、今回語るのはその威力。

 50万倍もの威力になれば、巨大な岩壁を粉砕することも容易い。

 では、今回のドニはどうなるだろうか。

 言えるのは、50万倍程度では済まないだろう。

 

「ぐぅッ……!」

 

 思わず攻撃を止めざるを得ないほどの、爆心地を思わせる衝撃波。

 しかしタカミチにとって重要なのは技を止めてしまったこと。

 剣王を留めていた弾幕を止める。

 そうなればどうなるか、タカミチは誰よりも理解していた。

 

「あぁ。やっぱり近付かれると使えなくなるんだね、ソレ」

 

 一度権能の発動を止めたのか、鈍重極まる重量から脱したドニがタカミチの懐に居た。

 

 無音拳最大の弱点。

 それは射程が中・遠距離に限られ、拳圧を生じさせる際に要する初速を得る為、彼我の距離が最低でも1~2mは離れていなければならない事。

 そこまで近付かれると威力が出ない以上に、そもそもやる意味がなくなってしまう事である。

 そうなれば、普通に殴った方が手っ取り早いからだ。

 

「くっ────」

「終わりだね。有難う、楽しかったよ」

 

 そしてそれは、剣王にとってこれ以上無い隙であった。

 致死圏内。ドニの間合いであった。

 

「─────……?」

 

 しかし、訪れるべき痛みも衝撃も無い。

 それどころか、先程距離を縮めたドニの姿も大きく離れていた。

 

「何故……、ッ!」

 

 疑問符をタカミチが挙げた瞬間、弾かれるように彼もその場を離れる。

 同時に、地面に刻まれた一筋の線がマグマが沸騰するように膨れ上がり、爆発した。

 固体・液体の物質の気体への強制的な相転移現象。

 その魔法を、タカミチは知っている。

 

「断罪の剣……まさか」

 

 ドニの見ている視線を追えば、ソコには月を従えるように背後に据えた、麻帆等学園───否。

 魔法世界旧世界問わず最強の魔法使いが空に立っていた。

 

「エヴァ……」

「全く、無茶をさせられるモノだな、タカミチ」

 

 和やかな言葉と共にタカミチの隣に降り立った雪姫に、最初に歓声を挙げたのは他ならぬドニだった。

 

「ははッ! 新手かい? しかも彼とはベクトルが違うけど、とても強そうだ!! 貴女も僕と戦ってくれるのかな?」

「いや? もう終わったが」

「─────」

 

 タカミチは友人の発言に二の句が継げなくなる。

『お前はもう死んでいる』。

雪姫は霊長最強の代表者にそう言ったも同然なのだ。

だが、そこでドニに何の反応も無かった事で、彼も漸く気付く。

 

「あ……れ?」

 

 その時既に、剣王は動けなくなっていた事に。

 

 魔王は、『聖なる殲滅の特権』のような極めて例外的な魔術以外をものともしない魔術耐性を有する。

 だが、何にでも例外というものは存在するのだ。

 

「お前がお喋りで助かったよ、剣王」

 

 経口摂取などで、体内に直接魔術を送り込むこと。

 皐月が真名の接吻で飲まされた魔法薬で容易く意識を手放したように、それを遣られれば如何に魔王といえどどうしようもない。

 そこまで思い至り、漸くタカミチは気付く。

 魔道センスが著しく欠けているドニは第六感で回避する以外に成す術はない。

 そして魔王を義弟に持つ雪姫がその第六感を、研究していない訳がなかったのだから。

 

「一体、何を─────」

「タカミチが時間を稼いでくれている間に、空気中に魔法の『芽』を撒き散らしていたんだよ。口を開く度に口内から侵入し、内側から発動する永久封印呪文をな。まぁ本来は外側からその周囲を凍らせ続けるモノだが――――」

 

 その魔法の名を『終わりなく白き九天(アペラントス・レウコス・ウラノス)』。

 かつて、地球への魔法世界の侵攻を防ぐ止めとなった『闇の福音』の象徴の一つであり。

 いずれ■■■■■・■■■■に覚醒する彼女の■■の一つとなる、極大呪文だった。

 

「知らなかったのか、魔法使いの役割というのは究極的には『砲台』なんだよ。魔王と殴り合いなど───やるわけなかろう?」

 

 剣王封印、完了。




Q.魔王が負けてるんだけど
A.タカミチの奮闘、雪姫の皐月を使った魔王研究と仕込みの成果。まつろわぬ神も封印だけなら可能なこと。
何より雪姫の特殊性から封印が成功しました。
 
Q.幾ら材料用意しても、簡単に封印されすぎなんじゃね?
A.特に仕込みとか特殊技能とか無しで、不完全なまつろわぬ神に不意討ちキッスで即死した原作主人公とか居るんやで?
 
糞猿「処で俺様どうなるん?」
キチガイ「空中で爆撃地獄ね。鋼相手だと相性最高で大草原」
母を自称する不審者「そんなんやから権能増えへんねんぞ」

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