初同人誌『グラインドハウス』に収録した作品。pixivに投稿したもの(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=12316311)と同一内容です。
未発表作も含めて自作としては数少ないアクション要素の強い作品だったりします。
紗南も早くボイス実装してくれよな~頼むよ~。
「お前ら、狩りは好きか!?」
呼びつけるなり開口一番、なにやら物騒な台詞を言い出すプロデューサーさん。
場所はというとここは事務所のとある倉庫。部屋中に無数の段ボールが山積みにされていた。中に入っているのは仕事で使われる備品といったところだろう。
そして集められたのは私・三好紗南と、呼ばれるまで一緒にミリタリーFPSの話をしていた亜季さん、それと個別にプロデューサーさんに呼ばれてきたのかレイナちゃんの姿もある。
それはそうと。
「……なんでまた、狩り? まあ狩りゲーは好きだけど」
「敵軍の掃討を狩りと捉えるのでしたら、私も望むところであります!」
「よくわかんないけどイタズラってことならこのレイナサマの出番ね!」
「さすが俺の見込んだ通りだ! ということでこれからお前たちには狩りをしてもらう!」
いつまで続くんだこのノリ。
だいたいこんな薄暗く殺風景な倉庫じゃ、なにかゲームをしようって雰囲気もなさそうなもんだけど。
「いや実はな、さっき乃々にこれから撮影で使う衣装を着せたはいいんだが、いつもの調子で逃げられちゃって」
「乃々ちゃんに? なに着せたの?」
「水着」
そりゃまあ、いつも以上に人前に出たがらないだろうことは想像に難くない。
「それで後を追いかけたら、どうもこの倉庫の中に逃げ込んだらしい。けど俺一人でこの段ボールの山から乃々を探し出すのも骨が折れる話でな」
「なるほど、そこで我々に森久保殿の捕獲を任ぜられようということでありますな」
「話が早くて助かる」
要は乃々ちゃんを探すのを手伝ってくれと、ただそれだけだった。遊び感覚にして乗せたかったのかもわからないけど、これのどこを狩りというのか。
でもまあ、これだけある段ボールの山からどこかに隠れている乃々ちゃんを探し出すとなると、実際かくれんぼをしているような気にはなる。その点では、遊び感覚と言うのもあながち間違ってはいないかもしれない。
「ちょっと。どうせならもっと『狩り』らしくしない? たとえばこんなもの使って」
レイナちゃんのどこかうきうきするような声がして見てみれば、どこから持ってきたのかその腕に水鉄砲を抱えていた。
「それ、どうしたの?」
「なんかそこの段ボールに入ってたのよ。せっかく目についたんだし、ゲームっぽく演出するならおあつらえ向きってとこね」
「銃とくればますます私の得意分野であります!」
レイナちゃんのみならず亜季さんもノリノリで、赤・青・黄とカラフルな大型の水鉄砲を受け取る。リアルな銃とかでなくてもその気になるらしい。
ふと気になって足元の段ボールの中身を覗いてみると、そこには衣装――それも私たちが仕事で着るのとはまた違うものが入っていた。
あの水鉄砲といい、もしかしたらここにはちひろさんのコスプレ用具も含まれているのかもしれない。あまり荒らすと後で怒られそうなものだけど。
「ほら紗南も。誰が先に乃々を仕留められるか競争よ」
手伝いの名のもと合法的にイタズラまがいのことができると心底嬉しそうなレイナちゃん。まあ私としても、たまにはこういうアウトドア(?)的なゲームも楽しいかもしれぬと、彼女の差し出す水鉄砲を受け取った。
「ち、ちょっと待てお前たち! 水鉄砲なんて使うのか!?」
「向こうは水着なんだから濡らしたっていいでしょ」
「丸腰の相手を撃つのはいささか心が痛みますが、降伏しないのでしたらやむなし」
「いや、ここ一応仕事で使う備品とかあるからさ、あんまり派手に濡らされるのは……」
「体よく手伝わせといて今さらやめてくれなんて、ちょっと都合よすぎるんじゃない? プロデューサーさん」
さっきあれだけ狩りがどうのと変なテンションでいたのに、こちらがいざその気になると慌て出したプロデューサーさんがおかしくて、ついからかいたくなってしまう。
そうとも乗せたのはプロデューサーさん。任されたからには少しぐらい羽目を外したって相応、あるいは想定内ということで、ひとつ。
そう思うと、この段ボールの山の中でシューティングごっこに興じるというのも、それこそ私の好きなゲームを彷彿とさせてくれるもの。
タイムコップとか、バーチャクライシスとか。
「さあて、張り切って撃ちまくっちゃおうかな」
「紗南、くれぐれも残弾管理には気をつけるよう。相手は丸腰といえど、窮鼠猫を噛むという言葉もあります」
「どうだか。今もきっとアタシたちの話を聞いてどこかで震えてるに違いないわ」
すっかりやる気の私たちと、対照的にみるみる不安の色に染まっていくプロデューサーさん。都合よくタダ働きなどさせようなんて考えが甘かったね。
しかし三人がかりとはいえ、この段ボールの山をかき分け探していくのはそれこそ骨が折れるというもの。
ちなみにどれほどの雑多ぶりかというと、私たちの背よりも高く積み重ねられた段ボールもあるくらい。箱の大きさもバラバラで、人がすっぽり収まりそうなものも少なくない。
「さて、乃々はどこにいるのかしら?」
手にした水鉄砲を構えるレイナちゃん。青色の二丁拳銃、中に満タンの水が揺らめいている。
ふと思って、私はスマホを取り出して乃々ちゃんの番号へ電話をかけてみた。まさかとは思うが。
『セーイッパーイ♪ カーガヤクー♪』
こもったような電子音が鳴り響く。目を向ければそこにはちょうどプロデューサーさんの足元に置かれた「しめじ」の印刷の段ボール。
「そこかァァァ――ッ!」
それを開戦の合図として、真っ先にレイナちゃんが水を乱射する。だが狙いは全部外れて、そのうちの何発かがすぐ傍のプロデューサーさんの眼球を直撃した。
「あっがあああぁあぁぁああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ」
「うっわクソエイム!」
「う、うるさいわね! おもちゃなんだからどうせ銃身とかいい加減に作ってあるんでしょ!」
「二人とも、段ボールが逃げていきますぞ!」
亜季さんに促されれば、「しめじ」の段ボールが目を抑えて床を転げるプロデューサーさんをはね飛ばし、うず高く積み上がった段ボールの奥へ逃れていく。
無論、段ボールがひとりでに動くわけがない。間違いなくあの中に乃々ちゃんが隠れている。
「逃げられると思わないことね!」
それを躊躇なく追いかけていくレイナちゃん。その小さな姿はすぐ段ボールの山に隠れて見えなくなった。
「レイナ! 単独行動は危険であります!」
「危険って、相手は丸腰なんだし、それも乃々ちゃんなんだから……」
まあ亜季さんも本気で心配したわけじゃなく、このシチュエーションでそういう台詞を言いたかっただけかもしれないけど。
にしても、これはあっさりカタがついてしまうかな。
「さあ観念なさい! まあおとなしく出てきたところで蜂の巣だけどね! アーハッハッハアッ――!?」
いつもの高笑いからむせ返る流れかと思ったら、段ボールの山が倒壊する音にそれはかき消されてしまう。直前に短く聞こえたのは断末魔の叫びだったかもしれない。
「レイナの救護にあたります! 紗南、援護を!」
言って、水鉄砲を構え急行する亜季さん。物影を丁寧にクリアリングしつつ。このあたりの動きはさすがとしか言いようがない。
それから私も後を追って合流すると、崩れた段ボールに下敷きにされ動けなくなっているレイナちゃんの姿があった。亜季さんがその足を掴んで引っ張り出す。
「の、乃々の分際でっ、忌々しいっ……!」
「レイナちゃんが自爆しただけじゃないの?」
「ち、違うわよ! あいつが段ボールを落としてアタシを生き埋めにしたのよ!」
文字通り顔を真っ赤にして地団太を踏むレイナちゃん。真偽は怪しいところだが、まあそういうことにしておいてあげよう。
「見てなさい、次こそは全身乾いたところがないくらいずぶ濡れにして……」
いきり立つレイナちゃんだが、その両手にはなにも持っていない。彼女自身、そこまで言ったあたりではたと思い出したかのように、あたりを見回している。
「……アタシの水鉄砲は?」
「いや、知らないけど……」
「と、取られたっ! 乃々にアタシの水鉄砲、持ってかれたっ!」
「装備がないなら、敵の武器を鹵獲し活用する。この段ボールの中に紛れ込む判断といい、森久保殿にはゲリラ戦の素質がありますな」
「感心してんじゃないわよ!」
いや、正直私も段ボールに隠れて動き回っていたのを目にした時点で、かの装備は全て現地調達なゲームのことを思い出さずにはいられなかった。
そう、これぞほんとの段ボール戦記!
いや、なんか違うような。
「えぇいもう! 乃々ごときに銃なんて必要ないわ! 誰が森久保なんか、森久保なんか怖かないわぁぁぁぁぁ!」
あっと思うと、レイナちゃんは素手のまま奥へと消えていく。どたばた暴れるせいで周りに積まれた段ボールが揺れる。
「アタシの水鉄砲を返しなさ……あ、ち、ちょっと待って! やめっ……」
けどやがてそれも静まる。またレイナちゃんが段ボールに埋もれたかと思ったけど、先ほどのような倒壊する音は聞こえない。
それからふらふらと、なぜだか股のあたりを手で隠すようにしてレイナちゃんが出てきた。あごの先からおでこまで、顔全体が羞恥の色に染まっている。
そして、手で隠しきれていない短パンの一部が濡れているのが見えた。
「れ、レイナちゃん……まさか……」
「兵士たるもの、戦場では数多の恐怖を体験し一人前となっていくものであります。粗相とて日常茶は」
「んなわけないでしょッ! 乃々のやつに水鉄砲でひっかけられたのよ! よりにもよってこんなとこ狙わなくなって! ああもうああもうッ!」
まあわかってはいたけど、しかしぱっと見じゃほんとにおもらししたようにしか見えないあたり、本人にとってはけっこう恥ずかしいのだろう。
「見てなさい……絶対このままじゃ済まさないんだから!」
「うべっ!?」
まだ床で寝ていたプロデューサーさんを踏み抜きながら、レイナちゃんは倉庫の外へと走り去ってしまう。踏まれたプロデューサーさんもしばらく痛みに悶絶したのち、静かになった。
というかレイナちゃん、あの格好で走り回ったら事情を知らない人にそれこそおもらししたと勘違いされるんじゃ。
「しかし、これで敵は武器を手にした上、それも地の利を最大限に活かした戦い方を仕掛けてくるとわかりました。いよいよ油断はできませんな」
一応、今度は亜季さんがやる気らしい。気合を入れるように水鉄砲の下の部分をがしゃんとスライドさせた。
「私が先導しますから、紗南は後方からカバーを願います」
「りょーかい。なんかほんとにFPSとかやってる雰囲気になってきたよ」
「バーチャルの撃ち合いもまた一興ですが、サバゲーで実際の戦場へ身を投じる興奮も代えがたいものですぞ。まあ年齢上諸々の制約もありますから、本格的に始めるとすれば紗南が十八歳以上になってからの話ですが」
「十八かぁ、しばらく先だなぁ」
今から四年後。でも亜季さんには悪いけど、私としては正直サバゲーよりZ指定ゲームが気兼ねなく買えるようになることのが重要だったりする。
グランドセフトマニュアルとか、メダルオブデューティとか。
ともかく。
「ところで亜季さん、さっき乃々ちゃんがどんな段ボールかぶってたか、覚えてる?」
どこかに潜んでいるだろう乃々ちゃんに聞こえないよう、先導する亜季さんに耳打ちする。
「もちろん。『しめじ』と印刷されていましたな。しかし向こうとて、こちらがそれに気づいていると知ったら別の段ボールに換えている可能性もあるでしょう」
「じゃあ、どうしよう?」
「しかし我々にはその『しめじ』の段ボール以外に手がかりがないことも事実。仮に脱ぎ捨てていたとしても、その位置から森久保殿の行方を追う手がかりになるかもしれませぬ。まずはそれを探しましょう」
異論はない、と頷くと、亜季さんも頼もしい笑みを浮かべてそれに返したのち、正面へ向き直る。
先ほどレイナちゃんが短パンを濡らされたあたりに来た。床は散乱する段ボールで足の踏み場もない。うっかりつまづいたりしないように気を付ける。
そこからさらに奥まで行くと、不自然に段ボールが避けられたような、さながら森の中のけもの道を思わせるスペースが目についた。
「あの先に逃げ込んだと見て間違いないでしょう」
亜季さんが先行し、私も後に続く。スペースといっても幅はやっと一人が通れるかといった具合。首を動かせば、両脇に山積みにされた段ボールが鼻の先に触れそうになる。
今さらだけど、仕事の備品といいちひろさんの私物といい、ちょっと量が過ぎるんじゃないだろうか。これで地震でもあったら大惨事だろうに。
などと思っていた矢先、段ボールの崩れる音がしてはっとする。振り向けばたった今通ってきた道が、段ボールによって塞がれてしまっていた。
「し、しまった、退路を断たれるとは……!」
「ついてないね。まあ元より積み方に無理もあったんだろうけど」
「いや、これは偶然などではありません。間違いなく森久保殿が我々を袋小路に誘い込むべく仕組んだ罠……!」
「か、考えすぎじゃ……?」
「いえ、外部との連絡を遮断し、孤立した部隊を各個撃破する……寡兵であることを逆に活かし誘い込むこの手際といい、してやられました……」
悔しそうだけど、それと同じくらいには楽しそうにも見える。
ともあれ、道を塞ぐこれだけの段ボールをどかすとなると、少なからず手間がかかる。戻ろうにもそう簡単な話じゃなさそうだ。
「閉じ込められたとして、どうする? やっぱり進むしか?」
「いかにも。引き返そうとこの段ボールをどかすとなれば、その間は完全に無防備になってしまいます。向こうも武器を持っていることを忘れるわけにはいきません」
武器っていうか、食らっても水鉄砲で濡れるだけだけど。
でもさっきのレイナちゃんを思い返すに、もし乃々ちゃんが私や亜季さんにも、その狙いを「あの部分」に定めているとしたら。
……正直、ほかの人におもらししたなどと誤解されたくはない。となれば、負けるわけにはいかなかった。
「伏せてッ!」
と、亜季さんのたくましい腕で頭を抑え込まれ、床に寝転がされる。直後、ついさっきまで私の顔のあったところを水流の弾丸が飛んでいった。
「ど、どこから……!?」
「せめてどの段ボールか見分けがつけば……くっ!」
うつ伏せのまま、水鉄砲で弾が飛んできた方に牽制射をかける亜季さん。なんだか不格好に上半身を反って見えるのは、接地している胸が邪魔なせいだろうか。九十センチ超えは伊達じゃない。
発射された水が暗がりの奥でびちゃびちゃと段ボールに染みる音がしたが、しかし乃々ちゃんに当たったという確証はない。そもそもどの段ボールに隠れているかすら定かでなければ、まださっきの「しめじ」を使っているかどうかもわからないのだ。
なにか居場所を突き止める手がかりはないか。ゲームのボス戦ならこういう時、なにかしら方法があるものだ。
考える。思い返す。思い出して、もう一度亜季さんに耳打ちする。
「ねえ、もう一度電話して、着信音を鳴らさせるってのはどう?」
「……しかし、向こうとて先ほどの例があるのですから、同じ手にかかるようには」
「でも、ほかに手がかりもないし……乃々ちゃんのことだから、さっきは慌てて電源切るのも忘れてるかも。一か八か賭けてみない?」
私の提案に悩む素振りを見せる亜季さんだったが、それでも決断するまでの間はそれほど長くなかった。頷き、銃を構え直す。
「やるからには、チャンスは一度きりです。私が囮になって、森久保殿をおびき出します。紗南は合図を受けたら、彼女に発信を」
「囮って、危なくない? 向こうはどこから撃ってくるかもわからないのに」
「……森久保殿が装備しているのは拳銃ですから、それほど射程は長くないはず。先のレイナの言い分ではないですが、精度もそれほどよくないとなれば、向こうは確実にこちらを仕留められる距離で仕掛けてくると踏みました」
「な、なるほど」
「対するこちらは、大型ゆえの威力と長射程で相手の射程外から撃つことが可能です。森久保殿もそれがわかっていれば、うかつに撃ってきたりはしないでしょう」
さっきの牽制射を思い出しても、亜季さんが手にする水鉄砲はかなりの量と勢いの水を発射していた。直撃すれば段ボールの中まで浸水することだろう。
気取られぬうちに作戦決行。私は手近にあった大きめの段ボールをかぶり、乃々ちゃんに背後をとられることがないよう壁を背にして座った。もちろん周囲の段ボールに彼女が潜んでいないか、よく確認した上で。
そして亜季さんは勝負に臨むたくましい表情をたたえて、段ボールひしめく暗がりへ一人進んでいく。
彼女も段ボールをかぶるなりして少しでも被弾面積を減らすべきだったけど、手にする水鉄砲はその大きさから両手で持たねばならず、射撃に専念するためには諦めるしかなかった。
かつん、かつん。
息を殺し、耳を澄ませても、聞こえてくるのは亜季さんの足が床を打つ音だけ。乃々ちゃんが動き回るような気配は感じられない。
日頃いつの間にか逃げ出していたり、プロデューサーさんの机の下に潜んでいたりと、気配を消すことに関してはうちのアイドルの中でも屈指のものがある乃々ちゃん。
まさに私たちが戦っている相手が、かの伝説の傭兵であるかと錯覚させるほどに。
かぶった段ボールの隙間から、亜季さんの背中を見送る。その近くで動く物影は見受けられない。
亜季さんもまた、近くに転がる段ボールをひとつひとつ、丁寧かつ迅速に確認しながら進んでいたが、やがてその足が止まった。
こん、こん、こん。
つま先で小気味よく床を打つ亜季さん。合図だ。
私は手元でスタンバイしていたスマホから、すかさず乃々ちゃんの番号へとダイヤルする。
『セーイッパーイ♪ カーガヤクー♪』
電子音が鳴り響く。亜季さんの立つ場所からさらに奥の段ボール。「しめじ」の印刷があった。
「そこだッ!」
亜季さんが構え、銃口から太く激しい水流が噴き出す。狙いあやまたず、水は段ボールの全身を湿らせた。
「やった!」
思わず口に喜びを出したのは、乃々ちゃんを仕留めたということよりも、二人の作戦が成功に結実したことに対するものだっただろうか。まあ、どうでもいいことではあるけど。
しかし亜季さんはそれに合わせて勝ち誇る表情を見せることはなく、まだ銃の構えを解いていなかった。何事かと思ったが、すぐに私も違和感に気づく。
『カーガヤークー♪ ホシニーナーレー♪ ウンメイーノドアーアケヨー♪』
段ボールから流れてくる着信音が、鳴り止まない。
乃々ちゃんとてもし気付いたのなら、自分の居場所を知らせるだけにほかならないのだからすぐ消すはずだ。それが今も鳴り続けているということは……。
おそるおそる、歩み寄った亜季さんが、「しめじ」の段ボールを持ち上げる。そこに乃々ちゃんの姿はなく、着信音を鳴らし続けるスマホが置かれているだけだった。
私は手元のスマホを操作して呼び出しを止める。しん、と倉庫が静寂を取り戻した。
ふと、しゃがむ亜季さんのすぐ横に、ちょうど人が入れそうな大きさの段ボールが置かれているのが目に留まる。
箱の側面には、外を覗くのにちょうどよさそうな大きさの穴が開いてもいた。
「しまっ……」
はっと気づいて逃れようとする亜季さんだが、手遅れだった。覗き穴からほとばしる二本の水流が、確かに彼女の股間を捉えていた。
「あっ、あああっ」
撃たれた箇所を押さえて、亜季さんはその場に崩れ落ちる。水流を発射した段ボールはすぐさま奥へと逃れ、姿を消してしまった。
「あ、亜季さん……!」
かぶっていた段ボールを放り捨て、駆け寄る。
打ちのめされたというような顔で俯く亜季さん。へたり込む床の上には先ほど彼女自身の放水による水たまりが広がっており、奇しくもその「おもらしっぽさ」をよりそれらしいものとして演出していた。
「か、完全に、してやられました……この大和亜季、一生の不覚っ……!」
「亜季さん! 乃々ちゃんがかぶってた段ボールはどんなのだった!? あたしよく見えなかった!」
「それは……教えるわけにはいきません……」
「な、なんでっ!?」
「サバゲーでは撃たれた時点で味方にいかなる情報も教えてはいけないのです……死人に口なし、霊界通信はご法度であります……」
心底残念そうにうなだれる亜季さん。うん、あたしも残念だけどさ、でも違くて、そうじゃなくて。
「いやいやいや、これサバゲーじゃないでしょ!? 関係ないから知ってるなら教えてよ!」
「しかしゾンビ行為は最も忌避されるマナー違反でありまして……」
「ああもう!」
なにもそんなところで変にこだわるというか、真面目に試合とかしてるつもりでなくたっていいのに。
とにかく亜季さんもやられたとあっては、いよいよあたし一人で乃々ちゃんと戦うしかなくなった。
手にした水鉄砲を見やるけど、それはあからさまにおもちゃ然とした小さい拳銃サイズ。デザインも光ちゃんの好きそうな光線銃みたいな感じ、といえば伝わるだろうか。乃々ちゃんの手にある二丁拳銃のような手数・連射力もなければ、亜季さんの使っていたもののような威力にも乏しいのは明らかだった。
ともあれ光線銃もとい水鉄砲を構えて、あたしは乃々ちゃんが逃れたと思しい方へ一人進んでいく。
見渡してみれば、やはりあたりは積み上げられた段ボールが壁をなし、足元にも大小無数の箱が散らばっている。その中のどれに乃々ちゃんが隠れているのかも定かでないことの恐怖が心中に渦巻いていた。
次の瞬間には、すぐそこの段ボールから放たれた水があたしの股間を濡らしているかもしれない。
そんな想像が思考を支配していることに気付くと同時に、むしろあたしたちこそが逆に「狩られる」側となっていることを思い知った。
あたしも、狩られる?
乃々ちゃんに?
「うひゃう!?」
そこで突然、ポケットに入れたスマホが振動して、あたしはみっともない悲鳴を抑えきれなかった。
マナーモードにしてあったので着信音は鳴らなかったのは幸いだったけど。まあ鳴ろうが鳴るまいが乃々ちゃんにはあたしの居場所など元より筒抜けな気はする。
というか、スマホの着信はその乃々ちゃんからのLINEだった。
〈諦めて出ていくなら攻撃はしませんけど〉
〈一人じゃ正直もりくぼには勝てないと思うんですけど〉
〈無理だと思うんですけど〉
まさか向こうから降参を促してくるとは。
それもあの乃々ちゃんが、これほど強気に出てくるなんて。
いや実際、レイナちゃんに亜季さんまでやられて、あたし一人の勝ち目が限りなく薄いのは認めざるを得ない。対する向こうは地形を活かし、完璧なカモフラージュを味方につけ圧倒的優位に立っているのだ。
けれどこうして乃々ちゃんから「見逃してやる」なんて台詞、ともすれば挑発まがいの文を飛ばされたときて、ふとあたしの中には燃え上がるなにかがあった。
別に乃々ちゃんを見下しているわけじゃないけど。
よくも調子に乗ってくれたなとは思っている。
「……いいよ、そもそも最初がヌルゲーすぎたんだ」
一方的なゲームは楽しくないし、フェアじゃない。五分と五分か、むしろこちらが逆境というくらいの方が、熱くなれるというもの。
そうだ、これはゲームだ。ゲームなんだ。
「だったら、萎え落ちとか途中抜けはするわけにいかないよね」
あたしは乃々ちゃんのメッセージに返信する。
〈あたし逃げない〉
〈決着がつくまで諦めないよ〉
送信と同時に既読がついた。スマホをずっと眺めていられるくらいには余裕らしい。
いいとも、その余裕を突いていつもの「むーりぃー」を口から引き出してみせようじゃないか。
と意気込んだものの、装備がこの貧弱な水鉄砲一丁では段ボール越しに乃々ちゃんを濡らすことは難しい。覗き穴に直接撃ち込めれば別かもしれないが、それには可能な限り距離を詰める必要があるだろう。
とりあえずどこから撃たれてもおかしくないので、あたしは足元に落ちていた段ボールをかぶって身を守ろうと、それを拾い上げる。
「あ……」
どけたそこには、水着姿でスマホを触る乃々ちゃんが座っていた。
「ひ、ひぃぃぃぃっ……!」
「いたぞおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
あたしも慌てて水鉄砲を連射するが、悲鳴を上げながらもすさまじい速さの乃々ちゃんに逃げられてしまった。どうやったらあの地を這うような体勢でこんなスピードが出せるのだろう。
奥の段ボールの山へ文字通り飛び込んでいく乃々ちゃん。あたしもそれを追いかけたい衝動に駆られたが、しかし下手に深追いして返り討ちにされるのは怖いと、それを押し留めた。
今ので仕留められなかったのは痛いが、こちらの足元でメッセージに返信しようとしていたあたり、それが済み次第すぐにでもあたしを仕留める気だったのだろう。
ふとスマホを確認すると〈じゃあ終わりにしますけど〉とメッセージが届いていた。あと少し段ボールを拾うのが遅れていたら間違いなくやられていた。生きているだけでラッキーとしておこう。
さておき改めて身を守るものを用意しようと、手近な段ボールを潰して身を守るためのシールドとする。あたしの水鉄砲は片手で扱えるので、防御しつつ攻撃ができるのは大きい。
「問題はどうやってこちらの攻撃を通すか、だけど……」
やはり覗き穴に撃ち込むしかないか。乃々ちゃんとて段ボールの中から攻撃するには外を見るための穴が必要だろう。身を隠すとすればそれらしいものを選ぶはず。
それこそ敵ボスの攻略法に火を吐く口とか、ビーム砲の銃口を狙う、みたいなのもよくある話だ。ゲーム的には相応な弱点の気もする。
いよいよそれらしくなってきたじゃないか。
わくわくする気持ちが盛り上がってきたおかげで、どこから襲われるという恐怖と緊張もむしろ心地よくすら感じてきた。
さあ、どこから来る。
とそこへ、後ろからなにかの滑り込んでくる音。振り向けばちょうど人の入れるくらいの大きさの段ボールが、あたし目がけて突進してきていた。
「奇襲とはやるね!」
瞬間、あたしの脳裏に選択肢が浮かぶ。これをかわすか、反撃するか。後者を選ぶなら、覗き穴目がけて水を撃たねばならない。
だがそうひらめいた時、滑り込んでくる段ボールにはその覗き穴らしいものが開いていないことに気づいた。
「囮!?」
あの中に入っていないなら、乃々ちゃんはどこかで別の段ボールをかぶってあたしを待ち構えている。あるいは、向こうからやって来る。
ふと突進してくる段ボールの向こうに目をやった。やはり人が一人入れそうなくらいの「konozama」とプリントされた箱が鎮座している。
さらにその文字の上には、覗き穴。
後手に回っては負けだと、あたしは動く。囮の段ボールを飛び越え、シールドで被弾面積を小さくしながら走る。向かう先の「konozama」が、たじろぐように震えるのを見逃さなかった。
「逃がさないよ!」
覗き穴目がけて水鉄砲を撃つ。だが距離もあるのと走りながらの射撃では小さい穴に届かない。二発が箱の表面を濡らしたが、やはり中まで染み渡る量ではなかった。
「konozama」の中からも、牽制の水流が飛び出す。だが威力的には私の水鉄砲とどっこいどっこいで、それらは全てシールドによって防がれる。
覗き穴から見渡せる範囲、射角には限度がある。回り込まれれば段ボールを剥がされて終わりだ。乃々ちゃんもそれがわかったのか、すぐに応戦を諦め逃走を始めた。
相変わらず段ボールをかぶりながらでもその速度はかなりのものだったが、さすがにあの体勢で逃げながら撃ってこれるとは思えない。あたしは一気に近づいて箱を剥ぎ取ってやろうと床を蹴る。
「待て待……うわっと!?」
去り際近くの段ボールの山へ体当たりする乃々ちゃん。積み重なる段ボールがあたし目がけて落ちてきた。シールドで防ぐも、道を塞がれ「konozama」の箱を見失ってしまう。
「あちゃー、また振り出しか……」
こうなっては乃々ちゃんもまた別の段ボールに乗り換えることだろう。
今のはたまたま彼女の入っていた箱に気付くことができたけれど、次もうまくいくとは思えない。それも結局は相手の出方を待つ形になってしまったのだ。
ともかく崩れた段ボールに囲まれたままでは身動きも取れないと、それをかき分ける。このタイミングで死角から襲われようものなら対処しきれない。
まずは安全な場所を作って、それからどうするか考えようと思っていたあたりで、ふとなにか硬いものを踏みつけ、足を止める。
見下ろすと、そこには二丁の青い水鉄砲が落ちていた。
「これは……乃々ちゃんの?」
乃々ちゃんに取られる前にレイナちゃんが持っていた時の姿を思い出す。間違いない。
しゃがんで、それを拾い上げる。二丁とも中に水が入っていなかった。さっきの撃ち合いで弾切れになったのだろう。
ということは、今の乃々ちゃんは再び丸腰になったということか。
「なんだか拍子抜けしちゃったなぁ」
どっと、肩の力が抜けた。後はどこかしらに隠れている乃々ちゃんを探し出して、水を浴びせればいいだけだ。少なくとも、あたしがおもらしよろしく濡らされることはない。
……本当に?
ここまであたしたちを翻弄してきた乃々ちゃんが、そんな呆気なくやられることがある?
いやでも、確かに今の彼女は丸腰のはず。この二丁拳銃の弾もなくなった今、あたしの水鉄砲を奪いでもしない限り乃々ちゃんに勝ち目は――。
水鉄砲を、奪う?
あたしの持つ水鉄砲と、乃々ちゃんがレイナちゃんから奪った弾切れの二丁拳銃。
あと一丁、あったはず。
いやそれを拾ったという確証もないけれど、とまで考えて、もう一つ気付く。そういえば乃々ちゃんは、いつ自分のスマホを回収した?
亜季さんを誘き出す囮に使った後、次の瞬間にはあたしにLINEでメッセージが送られてきていた。
あたしは亜季さんが倒された時、乃々ちゃんのかぶっていた段ボールの特徴が見えなかっただけでなく、彼女が自分のスマホを回収していったことにも気付かなかった?
もしかしなくても、その時に。
亜季さんに知らせて確認しようかと思ったが、さっきの調子ではまた死人に口なしとか言って教えてくれなさそうだったので、諦める。
だが水鉄砲は本当に回収されていない可能性もある。迷うより、希望的観測にすがって一気に攻め込むか。
いや待て、よく考えろ。空の水鉄砲を捨てるということは、自分が丸腰だと宣言するようなものだ。ここに来て乃々ちゃんがそんなうかつな真似をするか?
いやスマホといい、滑り込んできた段ボールといい、乃々ちゃんは「囮」を仕掛けて、こちらを罠にはめようとしてきた。これにも、必ずなにかの意図が込められている。
乃々ちゃんが想定する、あたしが取るだろう行動とは。
弾切れの水鉄砲を見つけて、乃々ちゃんを丸腰だと思い込み、うかつに動き回ること。
そこを乃々ちゃんが、亜季さんから奪取した水鉄砲で返り討ちにする。
乃々ちゃんもまた決して諦めようとはしない。確実に、あたしを狩るための手段を尽くしてくる。
そして今回はこの空の水鉄砲を「囮」にして。
次の瞬間には、攻めてくる。
がしゃん、となにかを動かす音が聞こえた。さっき亜季さんが水鉄砲を構えた時と同じ音。あたしはとっさに段ボールの山へ身を隠す。
直後、たった今まであたしの立っていたところへ、どこからか飛んできた水が叩きつけられていた。一面に大きな水たまりが広がる。
やはり乃々ちゃんは亜季さんの水鉄砲を拾っていた。しかもあれは威力と射程距離で二丁拳銃を凌駕する。あたしの武器ではうかつに仕掛けたところで返り討ちにされてしまうだろう。
この水の量と勢いではシールドも焼け石に水とあたしはそれを捨てる。敵の攻撃は全て避けるつもりでなければ生き残れない。
どうすれば今の乃々ちゃんに勝てる? そう考えていたところで再びあのスライド音が聞こえた。さっきよりも近い。祈る感情が悲鳴となって口から飛び出した。
「うひゃああ!」
狙いがずれたのかすれすれを大量の水が飛んでいった。あんなもの直撃したらもはやおもらしどころではない。
向こうは常にこちらの位置を捉え続けている。逆に相手の居場所がわからないこちらとしては、極力死角を減らして立ち回るしかない。積み重なった段ボールの壁を背にして、近くに乃々ちゃんが隠れていそうな箱がないか探す。
そこへ三度目のスライド音。あろうことか真後ろから聞こえた。
振り向く間もなく伏せる。頭のすぐ上を水流がほとばしった。床に伏せたまま身を翻すと、背にしていた段ボールの壁から水が噴き出している。
その水源は「水瀬グループ」と印字された段ボール。
「このッ!」
寝転がったまま箱の覗き窓を狙い撃つ。向こうも攻撃をやめ段ボールの山から離れていく。
どの箱をかぶっているかわかった今をおいて攻める機会はない。段ボールの壁を文字通り蹴散らして、まっすぐその後を追う。
逃げる乃々ちゃんの段ボールが一度足を止める。またスライドの音。あたしは左へ飛び退く。
かわせた。
ふと気付く。あの水鉄砲は威力と射程に優れる反面、逐一スライドさせないと撃つことができないらしい。
連射の利かない隙を縫って、距離を詰め、敵の死角まで潜り込む。あわよくば段ボールを剥ぎ取って、中の乃々ちゃんを、撃つ。
一度かわせたのだ。やろうと思えば、やれるはず。
そうと決まれば、あたしは乃々ちゃんの段ボール目がけて突っ込んでいく。
スライドの音が攻撃のくる合図。
がしゃん、右に飛ぶ。
がしゃん、左に飛ぶ。
回避はそれほど難しくない。
乃々ちゃんはその場から動かずあたしを狙うのに必死だ。それもあの大きさの水鉄砲を、ただでさえ狭い段ボールの中から、さらに範囲の限られる覗き窓から撃っている。取り回しの悪さが仇となっていた。
ついにあともう一発の攻撃を避けきれば段ボールに手が届く、というところへ来て、とうとう乃々ちゃんは応戦を諦め逃げ始めた。だがこの距離ならこちらが追い付くのが先だ。
すると乃々ちゃんは地を這うこともやめたばかりか、かぶっていた段ボールをも放り捨て、生身ひとつで走り出す。
露わになったその姿は、白いフリルと水色の布地の美しいビキニ。なるほど乃々ちゃんだったら絶対人に見せたがらないだろう。それも撮影となればなおのことだった。
しかし今の乃々ちゃんはその羞恥よりも、迫るあたしとの戦いに専念することを選んだらしい。段ボールを脱ぎ捨て身軽になった体で、積み重なる段ボールの向こうへと逃れていく。
「けっこう大胆だね?」
段ボールの山の向こうにいる乃々ちゃんへ呼びかける。
「あ……当たらなければ、どうということはないんですけど……!」
「いやそれもだけどさ、水着の方」
「え……え、え、え、ひぅぅぅぅぅ……!?」
やっぱり恥ずかしいところはあったらしい。
「まあ気持ちはわかるけどさ……追いつめられたわけだし、そろそろ終わりにさせてもらおうかな!」
乃々ちゃんが恥ずかしさに震えている今がチャンス。小さい覗き窓を狙う必要もない。むき出しのその身に一発、水鉄砲を叩き込んでやればいい。
そうしていざ向こうへ回り込もうとした瞬間、スライドの音と共に目の前の段ボールの山ががらがらと崩れ落ちてきた。
倒壊する段ボールに紛れて突進してくるのは、ほかでもない乃々ちゃんの姿。
「追い込まれたもりくぼはっ……ジャッカルより凶暴なんですけどっ……!」
その顔は羞恥と焦燥にまみれながらも、しかしはっきりと抵抗の意思をたたえていた。
手には、水鉄砲。銃口は確かにこちらを捉えている。スライドを済ませて、後は引き金を引くだけ。
この距離では、避けきれない。
やられる。
……だが、濡れない。
段ボールを蹴立ててあたしの目前に立った乃々ちゃん。水鉄砲は確かにこちらへ突きつけられている。
だが、その銃口から水が噴き出る気配はなかった。
「……あ、あれ……?」
がしゃん、がしゃんと慌ただしく銃のスライド音が繰り替えされる。水が出ない代わりに、絶望の色に染まった乃々ちゃんの瞳から涙がこぼれ出している。
考えられるのはひとつ。弾切れだった。
「……残弾管理には、気をつけるべきだったね」
あたしの狙いは乃々ちゃんの顔の真ん中を捉える。どうにか水を絞り出そうと必死な彼女も、それに気づいてはっとしていた。
「や、やめ……」
もう水鉄砲など撃たなくても涙でぐしょぐしょの乃々ちゃんの顔。それでもあたしは引き金を引く。
引き金を、引いた。
引いているのに、出ない。
何度引いても、一滴さえ絞り出せない。
……ああ、それこそ亜季さんにこう言われていた。残弾管理には気をつけるよう、と。
あたしの銃も、弾切れだった。
逆転勝利を確信しかけた笑みが、中途半端にあたしの顔を固めている。
乃々ちゃんもまた、絶望と安堵との区別がついていないような、複雑な表情で固まっている。
奇妙な沈黙が、二人の間を取り巻いていた。
「こ、これはその、引き分け、ってこと、かな……?」
これこそ拍子抜けというか、釈然としない幕切れである気もしたけれど。しかし弾もないのに取っ組み合ってまで決着をつけようとは思わない。
乃々ちゃんもそれに頷くかと思ったのだが。
「む、む、む、むぅぅぅぅりぃぃぃぃ!」
彼女は水鉄砲も放り捨て、倉庫の出口に向かって逃げ出してしまった。
「ちょ、乃々ちゃんどこ行くのさ!? 待って!」
「ややややっぱりこんな格好で撮影なんてむりくぼにはもりですぅぅぅ! か、帰りますけどぉぉぉぉ!」
あくまで、撮影に連れていかれることばかりを恐れているらしかった。
散らばる段ボールをものともせず蹴散らし、はね飛ばしながら走る乃々ちゃん。あたしもつまづきそうになりながら後を追うが、猛然なまでの彼女の速さには追い付けそうにない。
ついに乃々ちゃんは出口に差し掛かるが、そこに来て急に立ち止まる。追い付きかけたあたしが何事かと思って視線を彼女の奥へとやれば、そこには立ち塞がるように現れた一人の影。
直後、水の塊があたしと乃々ちゃんを襲った。
「うわっ!?」
「ひぃぃぃぃっ!?」
頭から足まで、乾くところなくずぶ濡れになった。同時に全身へ貼り付く冷たさに身震いさせられる。ばっちりズボンに下着まで濡れたが、ここまで来るとおもらしなんて度合いではない。
「このままじゃ済まさないって言ったでしょ! このレイナサマをコケにした当然の報いね! アーハッハッハッハッ!」
見ればそこにはジャージ姿に着替えたレイナちゃんが、バケツを手に勝ち誇りバカ笑いしていた。
いやまあ、あたしまで巻き添え食らったんだけど。
「やりましたな! 我々の勝利であります!」
レイナちゃんのバカ笑いを聞きつけてか、いつの間にか亜季さんもそこに混ざっていた。勝利っていうか、こうなるともう勝ち負けもなにもめちゃくちゃな気がするけど。
乃々ちゃんは全身ずぶ濡れでへたり込み、寒さに肩を抱いて震えている。ついさっきまであたしたちを翻弄していた伝説の傭兵のような気迫はどこにもない。
逆に言えば、あたしたちはこんな彼女に今まで恐怖を抱きつつ、本気の戦いを挑んでいたのだ。それも水鉄砲で、倉庫中めちゃめちゃにして。
あたりの惨状を見渡して、ふとすればひたすらに滑稽と愉快の混ぜこぜになった気持ちがこみ上げる。気づけばあたしも彼女たちと一緒に、このめちゃくちゃな時間の楽しさを噛みしめるように笑うのだった。
その後みんな、ちひろさんに死ぬほど怒られたんだけど。
過ぎてしまえば、みんな笑い話。