プロデューサーと居酒屋で飲む早苗。酔いの勢いで警察時代の話になり、彼女はかつて自身が銃の持つ圧倒的な力に魅了されたことを語る。だがプロデューサーが席を立った時、早苗は自分の席の近くに「あるもの」が落ちているのを見つける。

 同人誌に収録予定だったもののお蔵入りとなったSS。pixivに投稿したもの(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=12209088)と同一内容です。
 全編が早苗さんのモノローグ形式となっています。世にも奇妙な物語的なノリで読んでいただければ。

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執筆当時は不条理ホラー的なSSばかり書いてた頃でこれもそのひとつ。
そのキャラクターをひどい目に遭わせたいというより、理不尽な状況に置かれる時にその人物が発揮する一面・個性・魅力を引き出したいという欲求からかと思われます。


ブルースチール

 遅いッ! そっちから時間と場所まで指定しといて、いったいどれだけ遅れてきたと思ってるの!?

 

 専務との会議が長引いたぁ? 言い訳無用! 人を待たせておいて他人のせいにするんじゃない! 誠意を見せないよ誠意を。こうなったら朝まで付き合ってもらうんだからね! は? プロデューサー君のオゴリに決まってるじゃない、オ・ゴ・リ!

 

 なに、もうずいぶん飲んでる? ったぼーよ! あたしがどんだけ待ちぼうけ食わされたと思ってんの! それに何か頼まなきゃお店にもシツレーでしょうが!

 ほらプロデューサー君も座る! んでなんか頼む! あすいませーん、生大二つ追加でー!

 

 

   *

 

 

 で、そのディレクターなんつったと思う? 「同じ二十八歳でもこんなに違うのか」だってよ!? そん時はシラフだったからシメそうになる自分を抑えることもできたけど、なにさあれは! 本人の前で言うフツー!? 飲んだら瑞樹ちゃんだって似たようなもんでしょーが! いや飲んでなくたって大して変わんないわよ! だいたい違うってなにさ! あたしのが出てるとこ出てるってことならいいけど、そうじゃないでしょあの言いぐさは。あんたら男は「大人の女」ってのに何を求めてんの! カラダだけでダメならあとどうすりゃいーのよ! ちょっと聞いてんの!?

 

 飲みすぎてないかって? こんなの飲んだうちに入らないわよ。それよりプロデューサー君、さっきからぜんぜん減ってないじゃない。あたしに付き合う気なら中途半端は許さないんだからね! ほらいったいった! 明日仕事? 飲みに行くって了解したのはそっちでしょ! 男らしく腹を決める!

 

 ……おー、いい飲みっぷりじゃないの。そうこなくちゃ張り合いがないってもんよ。もう今夜は無礼講よ! どんなぶっちゃけた話でもお姉さんにしてみなさい! もちろんあたしもグイグイ行っちゃうからさ! ほら、これでパーフェクトコミュニケーションってやつでしょ?

 

 ほんと、二人きりで飲むなんて、すごく久しぶりなんだし。

 

 

   *

 

 

 あっはっはっはっはっはっはっは!

 なにじゃあそんなヤンチャしてたんだ君も! なっはっはっはっは!

 ええ? あはははは! それじゃほぼ下心じゃないの! 今までそんな目であたしたちのこと見てたわけ? あ~? 最初だけ? そんな下半身してる男ほど信用できないもんもないのよ! あーはっはっは!

 

 いやないわよ! あたしはそういう経験ないもの! 寄ってくるのはロクデナシばっかで、ほかのはこっちが近づくと逃げてくっていうか……ってなんてこと言わすのよ! そんなにシメられたいわけ?

 

 警察やってた頃は、なおのこと声かけてくる人なんかいなかったし……合コンとかも何度か行ったけど、お開きになったと思ったら後々あたし以外でそれぞれ二次会やってたとかなんとか……。「そりゃあ」? 何さそりゃあって。言いなさいよ続き。あたしの何がどーしたってのよ! おら!

 

 何? 近すぎ? だから何だってのよ! こんだけ近づいても逃げない男なんてプロデューサー君だけなんだから、そりゃ行けるとこまで行きたくなるわよ! つーかそっちから来なさいよ! 男として恥ずかしくないの?

 

 ………………。

 

 ……悪かったわよ、ごめん。調子乗り過ぎた。

 

 そうよね、こんな絡み癖あったらそりゃ誰も近寄らないわよね。てっきり無条件で喜ぶっていうか、鼻の下伸ばすもんかなって、あたしの思い込みかな。つか、君のこと舐めすぎか。君がそういうとこ真面目っていうかさ、そんなのわかりきってたのに。

 

 わかってるから、こんな気持ちにさせてくれるのに。

 

 君のこと……。

 

 あたし、プロデューサー君のこと……。

 

 ……わっ!? な、なに注文? あたし呼んでないけど……あ、プロデューサー君が呼んだの? そ、そう……。え、あたし? えーとじゃあハイボールで。あともろきゅう、チャンジャ、それに山芋の鉄板焼き、梅水晶。あ、ハイボールは二つね!

 何、頼みすぎ? そりゃあたしのお金で飲むんじゃないもーん。今夜は絞り取ってやるんだから、覚悟しなさいよね。

 え、何よ誤解を呼びそうって。勝手に変な想像するのが悪いのよ。記者って、個室なんだから大丈夫よ。聞こえやしないわ。だからもっと突っ込んだ話とかしましょうよ。明日、思い出したくもないくらい恥ずかしいことでも、後ろめたいことでも。むしろ聞いてきなさいよそっちも。あたしに言わせてみたいこと。今夜はお酒が味方よ。何だって話してやるわ。

 

 ……さっき言いかけたこと? ふざけんじゃないわよそっちから遮っておいて。何、狙ったわけじゃなかった? いい加減なことを……。絶対許さないんだからね。

 

 何してんのよさっさとジョッキ空けなさいよ! テーブルごちゃつくでしょ!

 

 

   *

 

 

 あっはっはっはっはっは!

 

 何、それで? へへ、はは、あっはっはっはっはっは!

 サイテーよサイテー! あはははははははは! あひっ、ひひひひひっ!

 あははっ……何ですって? いまなんつったのよ? 聞こえたわよ酔っ払いだと思って舐めてんじゃないわよ。「何でケーサツ入れたんだこいつ」って。なに無礼講? 言っていいことと悪いことがあんでしょ。まずお姉さんを「こいつ」呼ばわりしたその口! 罰としてあたしのハイボール飲む! 飽きちゃったのよ二杯もいらなかったの! ほら飲む!

 

 ……いーじゃない、いい飲みっぷり。何だかんだでプロデューサー君もお酒強いんじゃない? って今「おえっ」って言ったわね「おえっ」って! お姉さんと間接キスしたのがそんなに嫌か! それなら関節のほう決めてあげようか!? 決めるっつーかシメる!

 何、飲みすぎた? お酒強いとか思った矢先にこれかぁ。ねえやめてよあたしより先に酔い潰れるの。誰があたしを送ってくれるのよ。タクシー? あたしはビタ一文出さないからね。

 

 ……しょうがないな。それじゃあ落ち着くまで、お姉さんの昔話でもしてあげましょうか。何って、さっき言ってたじゃない。「何でケーサツ入れたんだ」って。気になるんなら教えたげるわよ。

 

 そりゃちゃんと試験受けて、警察学校も出たわけだけど……聞いてるのはそこじゃないわよね。そうね、どこから話そうかな……。学生の頃は柔道に打ち込んでたりして、その経験を活かして警察になろうと思った、ってこともあるんだけど……それは後押しであって、そもそものきっかけじゃないわね。

 

 まだ柔道はじめる前、中学ぐらいの頃なんか、あたしもけっこうヤンチャしててさ。自分の将来なんて考えたこともなかったし、考えたくもなかったよね。けどそのうち進路の話が出てくると、親と顔合わせるのも嫌になって。それで当時の仲間と夜遊びして、朝まで帰らなかったりとかさ。あはは、今日とおんなじね。

 

 当時も喧嘩には自信があって、そこらへんのチンピラなんかちぎっては投げってくらいに強かったのよ。誰が呼んだか「東中の暴れ牛」よ。いや、札付きってほどじゃないわよ。そんなひどい悪さはしてないわ。ただその、テキトーに生きてただけ。考えたくもない将来のことなんか、どーにでもなっちゃえ、的な。

 

 けどある日、喧嘩してたところを警察に見つかってね。あたしは何とか逃げたんだけど、後でその時の警察官と町でばったり会っちゃってさ。いや補導はされなかったんだけど、すごく怒られてね。町中でよ? ほかの人も見てる中でよ? しかも若い女性警官でさ、背もあたしと大して変わらないくらいで。

 ぶっちゃけ、その時のあたしでも張り倒せるんじゃないかってくらい。

 

 先に言っちゃうと、その人があたしを警察の道に引っ張ってくれた張本人なんだけどさ。でもその時のあたしは話半分に聞き流して、適当にあしらおうと思ってたあたりで……ふと相手の腰に、拳銃の入ったホルスターが提げてあるのが目に留まったの。

 それを見て、こんなに強気に出れるのも「銃」っていう、絶対的な武器があるからなんじゃないかって、ひねくれて考えたりもしたわけよ。

 

 実際のところ、それは思い違いも甚だしかったんだけど。というのもその人がね……って、聞いてるのプロデューサー君? あなたが聞きたいっていうから話して……。

 何、気持ち悪い? じゃあトイレ行ってきなさいよ! 何が「吐きそうですサンタマリア」よ! ここで吐いたりしたら一人で帰るからね!

 

 ……まったく。もうちょっと強いと思ってたのに……。

 

 ………………。

 

 ………………………………。

 

 ………………………………………………。

 

 ……まだかかるのかしら。出すもの出してさっさと戻ってくればいいのに。もっと注文追加しちゃおうか。

 ハイボールはもういいや。ビールに戻そうか、日本酒でしっとりいくか……チャンポンはよくないけど、明日はオフだし、多少は無茶したって……えっと、メニュー……。

 

 あら?

 

 これって……。

 

 何でこんなところに? いや、そんな……。

 

 ………………。

 

 

   *

 

 

 あ! お、お帰り! 大丈夫? スッキリした? な、ならよかったわ。

 ほら、お冷頼んどいてあげたわ。もうお酒はいいから、代わりにお姉さんの話に付き合いなさい。

 

 えーっと……どこまで話してたっけ? もう、中途半端なとこで切るもんだから……。

 まあいいや。そしたらあたしの武勇伝でも聞く? その方が楽しそうだし興味もあるでしょ? 違うわよヤンチャしてた頃じゃなくて警察やってた時の話!

 

 プロデューサー君があたしをスカウトした時のこと、覚えてる? ほら、路上駐車を取り締まろうとしたでしょ。けどそればっかりが仕事じゃなくて、時には事件の解決に奔走したこともあったわけよ。そうそう、コンビニ強盗を取り押さえたこともあったなー。あ、非番の時にたまたま居合わせただけだったんだけどね。

 

 いや、刑事課じゃなかったわ。憧れてたし、ゆくゆくはあたしも刑事になりたいって思ってたんだけど、やっぱ現実は厳しいわね。もともと書類仕事とか、お堅い規則に縛られるのも嫌で、ぶっちゃけ警察自体向いてないんじゃないかって思い始めたあたりだったからね。君にスカウトされたの。あは、だから辞めたことこれっぽっちも後悔してないわよ。さっき話した恩人もさっぱり送り出してくれたしね。

 

 そう、もう何から何まで規則規則。やんなっちゃうわね公務員って。それに日本じゃ、拳銃だってまともに扱えないんだから。一発撃っただけで署内外から突っつかれまくりよ。ドラマや映画みたいにバンバン撃てたもんじゃないわ。

 

 ………………。

 

 ……ええ、あるわよ。撃ったこと。訓練以外でも。

 

 と言っても、銃撃戦とか人質救出とか、そんな期待してるようなことはしてないわ。ほんの数える程度よ。それも散々上司から怒られたし、マスコミにかぎ回られたりしたからね。もうこりごり。

 

 二年目のことだったかしら。その時は交番に勤めてたんだけど、署の方から盗難車の情報が入ったのよ。盗まれた車がこの近くで目撃されたってね。ちなみにそれ、持ち主が車を取り返そうと百メートル以上引きずられて重傷を負ったなんておまけ付き。その犯人なら捕まえたいと思うと同時に、おっかないとも思うでしょ?

 で、当時の相方と一緒にパトカーで巡回に行ったのよ。ちなみに相方は新卒の新人で、おどおどしてるような女の子。それから内勤になったのもあってか今でも警察続けてるみたいだけど。

 

 そんなわけで、何かあったら先輩でもあるあたしがリードするしかないでしょ? ましてや犯人逮捕なんて場面に遭遇したらさ。うん、見つけたんだその盗難車。駐車違反の場所に停めてる車があってね。相方と一緒に様子を見に近付こうとしたら、ちょうど持ち主らしい男が下りてきたの。すかさずあたしは呼び止めて、こう言ったの。この車、あなたのじゃないでしょ? って。

 そいつ、あたしたちが警察だと気付いた瞬間さーっと青ざめてね。釘付けになったみたいに棒立ちで動かなくなったわ。相手が抵抗するなら腕ずくでねじ伏せる気でいたんだけど、これなら穏便に済ませられそうかなと思って、そのままパトカーに連行しようとしたのよ。

 

 そしたら突然、そいつはポケットからナイフを取り出してこっちに向けてきた。正直、別の意味で驚いたわね。だって抵抗してくる素振りがまったくなかったんだもの。とっさに後ろへ飛び退ってナイフの間合いから離れたわ。その時の距離が、だいたい二メートルくらいだったかしらね。

 けどそいつ、顔は病気なんじゃないかってくらい真っ青で、唇からナイフを持つ手まで全身がくがくと震えてたわ。つまりそれだけ気が小さかったのよ。なら説得できるんじゃないかとナイフを捨てるよう言ったんだけど、暴れ出すこともなければそのまま言う通りにする気配もないの。こっちの声が聞こえてないんじゃないかってくらい、勝手に追い詰められてる感じで。

 

 相方は私の後ろで固まってて、当てにできそうもないし。それに刃物を持ってる相手を取り押さえるなんて、そういう訓練を受けてないわけじゃないけど、実践したことなんてなかったもの。

 

 そりゃ、怖いに決まってるじゃない。うっかりしたら刺されて、死んじゃうかもしれないんだし。

 

 だから説得できないと悟ったあたしは、腰のホルスターに収めた拳銃を構えたわ。

 五連発のリボルバー、その名もスミス&ウェッソン・M360J「サクラ」! またの名を「チーフスペシャル・エアライト・スカンジウム」……あれ、そういうのは興味なかった? まあいいわ。

 

 で、銃を男に向けて、まずは警告。ナイフを捨てなさい、って。

 けどそいつは言う通りにしない。今度は怒鳴るように言ったわ。ナイフを地面に捨てなさい、と。

 それでも男は震えるばかりで、ナイフを離そうとしない。

 だからあたしは男を睨みながら、両手を空に掲げて、引き金を引いたわ。

 

 ばーん!

 

 要するに威嚇射撃ね。相手に向けて撃つのは、それでダメならってあたり。もちろん、そうならないよう制圧できるに越したことはないけど。

 で、頭の上で銃声が聞こえたのと同時に、そいつははっとしてあたしの両手を見た。すかさず振り下ろすようにして銃口を向けると、その視線もつられて動いたわ。そこであたしは三度目の警告をしたわ。ナイフを捨てなさい、って。

 捨てるというより、男はぽろっとナイフを落として、その場にへたり込んだわ。すぐナイフを遠くに蹴っ飛ばして、片手でそいつの背中を押してうつ伏せに寝かせた。そこまで来てまだ突っ立ってる相方に「手錠!」って怒鳴って、慌てて飛んできた彼女がそいつを拘束して、一件落着ってとこかしらね。

 

 とまあ、それが初めて外で銃を撃った日よ。それも後日、新聞とかニュースに取り上げられちゃって、上司から睨まれちゃったんだけど。何でか? 軽々しく撃つな、ってよ。それくらいの相手なら取り押さえられただろうって。じゃああんたがやってみなさいよって話でしょ。

 でもその時は、そうした小言も話半分にしか聞けなくて。あたしの脳裏に焼き付いてたのは、あたしの向けた銃に文字通り屈服した男の姿。そして両手には、空に威嚇射撃した時の反動がじんとして、筋肉痛みたいに残ってた。おかしな話でしょ? 今まで訓練で何回も撃ってきて、慣れてるはずなのに。威嚇射撃だけでさ。

 うっすら悟ったのは、銃って相手を殺傷するだけじゃなく、そうして威圧する威力があるんだってこと。あ、より厳密にはその「威力」がどれほどかを、悟ったのかな。

 

 だってプロデューサー君。人から銃を向けられたことなんてないでしょ? 向けられて、どんな気持ちになるかなんて、わからないでしょ? 想像じゃなくて、実際のところって話よ。

 

 あたし自身、初めて人に銃を向けて、銃声を聞かせて、それを知った。

 すごい力があるんだって。

 不謹慎だけど、ちょっと興奮した。

 こんなに小さいのに、引き金を引くちょっとの力だけで、大の男だろうとねじ伏せられる。

 柔道で鍛えたあたしの腕より、ずっと絶対的な力を持ってる。

 

 ん?

 

 ああこれ? そこに落ちてた。メニュー立てるとこの裏に。

 

 あはは、どうかしらね。引き金引いてみればわかるわよ。

 もう、いいでしょそんなこと。あたしのじゃないんだから。ここに忘れてった人が悪いのよ。

 

 ……うるさいわね。

 

 ………………。

 

 ……ねえ、今どんな気持ち?

 

 

   *

 

 

 外で銃を撃ったのは、あと一度だけ。プロデューサー君にスカウトされる……半年くらい前だったかな。

 

 その日は夜勤だったんだけど、通報があってね。金属バットを持った上半身裸の男がマンションの駐車場をうろついてるって。聞くからにやばそうでしょ? それでも行かないわけにはいかないから、当時の相方……あ、さっきの子とは別の人ね。その二人でパトカーで現場に向かったのよ。

 

 現場に着いて、パトカーを降りるなり、何が聞こえてきたと思う? がこん、ばこん、べこんって、車をバットで叩いてるらしい音よ。それも周りの建物で反響して、どこから聞こえてくるのかはっきりわからないの。おまけに真っ暗で、怖いってどころじゃなかったわ。

 それでも駐車場を進んでいくと、その男がいたわ。通報にあったように上半身裸で、金属バットを持って、車のボンネットを夢中になって叩いてるの。どんな顔をしてるのか、暗い上に激しく動いてるからよく見えなかったんだけど、とにかく呼びかけたわ。やめなさい、警察よ、って。

 

 そしたらそいつ、車を叩くのをやめて、あたしたち二人を向いたの。同時にすごい声で「うるせぇ!」って叫んできた。というか、一応「うるせぇ」と言ってるようだった、って感じかしらね。うーんと……実際の発音としては「ぅるうぅせぃぇえ」っとこかしら。要するにおかしかったのよ、そいつ。目の焦点もこっちに合ってないし。

 

 後で知ったんだけど、そいつ覚せい剤やってたんだって。納得よね。わかりやすすぎて怖いくらい。

 

 男の相方が、あたしより前に進み出て、バットを捨てるよう警告したわ。あたしよりも年上で経験も多いベテランだったから、素手でいけると思ったのかしらね。刺激しないようにゆっくりとではあったけど、そのままそいつに近付いてったの。

 けど男はバットを振り回して、また車を叩き出した。相方が止めようとして、腕をバットで殴られた。彼が倒れたのを見て、そいつに追撃されたらまずいと思ったあたしは、拳銃を抜いて叫んだわ。「今すぐバットを捨てなさい、撃つわよ」ってね。

 

 男は相方じゃなくあたしに向かってきたわ。やっぱり目の焦点が合ってなくて、黒目が左右別々の方に傾いてる。警告も、向けられた銃も気にしてないみたいに、ずんずん歩いてきた。

 前みたいに、拳銃を構えた両手を空に向けて、一発撃った。それからすかさず相手に構え直す。でも男は止まらない。さっきの警告に「うるせえ」とか言ってたくせに、銃声は聞こえてないみたいだった。

 止まりなさい、と叫ぶと、男は走り出した。あたしに向かって。手にはもちろん金属バット。十メートルくらいあった距離がみるみる縮まって、暗がりでも男の顔がはっきり見えるようになってきた。目はこっちを捉えてなくても、あたしを殺そうとしてる表情だった。怖くて、思わず両目をつむったわ。

 

 ばーん!

 

 って音が手の先からして、そこからじんと痺れる感触が肩まで伝ってきた。続けて火薬のにおいがこっちに漂ってきて、思わず撃っちゃったんだと気付いた。相手に向けてはいても、どこを狙っていたかなんて、目をつむってわからなかったのに。

 

 ………………。

 

 ……いや、殺してないわよ。運よく。男はバットを落としてよろめいてた。バットを持ってた右腕を反対の左手で抑えてたんだけど、そこから血が溢れて地面のアスファルトに滴ってた。

 

 何を言えば、どうすればいいのかもど忘れしたみたいにわかんなくなって、あたしはそのまま立ち尽くしてた。そしたら男がなおも向かってきた。バットもないのに、右腕を抑えたまま、けど足はさっきみたいな速さで。表情の殺意はより色濃く。今度は目をつむらないで引き金を引いた。

 

 ばーん!

 

 マズルフラッシュで一瞬だけ照らされた男の顔が、激痛に悶える形に豹変したのが確かに見えた。

 

 いや、殺してないってば。それに今度はちゃんと狙って撃ったから。ふふ、射撃は得意だったのよ? ゆくゆくは警察内の大会にも出たいって思ってたくらい。

 

 二発目は狙い通り、男の左足に当たったわ。走ってきた勢いのまま、男はうつ伏せに倒れたわ。頭がちょうど、あたしのつま先の寸前にくる感じでね。男の左足のふくらはぎまで真っ赤になってて、銃弾が貫通したことがわかった。

 言葉にならない声で呻いてる男は、あたしへの敵意を捨てようとしてないみたいにのた打ち回ってたけど、もう起き上がろうとはしなかった。後ろに回り込んで、手錠をかけようと両腕を後ろに回させるために掴んだら、撃たれた右腕が痛んだみたいでこの世の終わりみたいな悲鳴を上げたわ。ふふ。

 

 ………………。

 

 ……いや、今の笑いに深い意味はないわよ。思い出話に少しテンションが上がっただけ。人を傷つけることに楽しさを見出した覚えはないわ。

 実際、男を拘束して、パトカーで応援を呼んでから、急に吐き気が襲ってきたもの。血のにおいをごまかそうと、銃口から火薬の香りを吸い込もうとしてたくらい。

 

 こんなふうにね。

 

 あはは、自殺しようとしてるみたい? 何そんな青くなってるのよ。また吐きそうなの?

 

 大丈夫よ、殺伐とした話はこれでおしまい。結局この件もニュース沙汰になっちゃって、やっぱり上司から絞られたんだけどね。適正な使用だったと思うでしょ? ところが向こうの言うには二発目がまずかったらしいのよ。相手がバットを落とした時点で、銃を使うことはなかったって。そんなこと言われても、ねえ? 素手だろうと手負いだろうと、相手がこっちを殺そうとしてたことには違いないんだから。

 それだけの殺意を向けてくる相手には、こっちも負けないだけの威力で向かわなきゃ。

 

 つまりは銃よ。

 その方があらゆる意味で絶対的でしょ?

 そりゃ使わないに越したことはないけど。

 

 でも君、想像したことある? それだけの殺意を発揮した凶悪犯が、次の瞬間には自分の足元で悶絶してる様なんて。

 誰がそうした?

 あたしよ。

 それだけの殺意を、これだけの小さな武器で消し飛ばしたのよ。

 

 すごくない?

 魅力的だと思わない?

 

 ………………。

 

 ……いや、そんな変な意味じゃないわよ。じゃあどういう意味って、何というか……。そんな力を手にしてたってことがさ。その……。

 

 だって、ありえないでしょ? 普通に生きてたら。

 それもアメリカとかならまだしも、日本で。

 そうやって誰かを屈服させることなんて。

 そこに覚えた感情がどんなものかなんて、わからないでしょ。

 

 そういうことよ。つまりは。つまりそういうことなの。

 

 ………………。

 

 ………………………………。

 

 ………………………………………………。

 

 

   *

 

 

 はーっ、ごちそうさま! やっぱり人のお金で飲むお酒はいいものね!

 なんて冗談冗談! 今日はわがまま聞いてくれてありがとね! え、「昨日と今日」? そりゃどういう意味……あほんと、日付変わってるわ。早いものね……。

 

 ………………。

 

 そう、その言葉を待ってたわ! いやこっちが女でそっちが男なら当然の発言! てことでしっかりエスコートしてちょうだい! それも相当回っちゃったんだから。いやいや、こう見えてけっこうキてるわよ。一人で電車乗ったら絶対乗り過ごしちゃうわ。

 

 え、もう終電行っちゃった?

 

 ………………。

 

 ……そ、それじゃあ。

 いやタクシーって手もあるけどさ。歩いてかない? お金かさむでしょ? 出してくれるっていうならいいけど。うん、そりゃあたしの家まではかかるけど。でも泊まるところはそこだけじゃないし。

 

 ………………。

 

 ……泊めてくれない? プロデューサー君。

 

 いや、わかるわよ。わかってるわよ。まずいことぐらい。でもしょうがないでしょ、ほかに行くとこないんだから。いくら何でもホテルとか入っちゃったら、たとえやることやってなくても「やった」と思われるもの。

 いや、そんなことないわよ。ホテルとプロデューサー君の家とじゃぜんぜん違うわ。君とあたしは、あくまで仕事仲間。これからするのも仕事の話。そういうことで、そういうことにして……。

 

 ………………。

 

 ……やっぱりダメ?

 

 ……そう。

 

 ………………。

 

 ………………………………。

 

 ……待って、プロデューサー君。タクシー、やっぱ呼ばなくていいから。

 だっても何も。これなーんだ。

 

 あっはっはっは。

 

 ……あのさ、実銃とモデルガンの区別もつかないと思う?

 

 持ったことあるんだよ、本物。

 

 人を撃ったことだって。

 

 何で本物が居酒屋に落ちてたか、なんて。そんなこと知らないし、どうでもいいでしょ。重要なのはそこじゃなくて、今こうしてあたしの手にあるのが、本物だってこと。

 

 それこそ確かなこと。

 

 まだわからないの? 案内しなさいって言ってるのよ。君の家に。

 

 ……ずいぶんドリフトした告白だと思ってるでしょ。でも君がさっきしたことに比べたら、まだまだ。言ったじゃない、絶対許さないって。君がちゃんと話を聞いて、答えを出してくれるまで。

 

 ああダメ。ここじゃダメ。君の家に行ってからよ。

 そう、話をしに行くだけ。ほかにやましいことなんてないわ。

 

 で、どっち行く?

 

 ………………。

 

 わかればよろしい。そうと決まればさっそく行くわよ! ほら! 近いから何だって言うのよ、わかりきってるでしょそうすることぐらい! ほらちゃっちゃか歩く!

 

 わっ!?

 

 ……い、いや、撃ってないわよ。それに今の光は……。

 

 ………………。

 

 え、えーと……あなた、週刊誌か何かの?

 

 いやそうじゃないのよ。どこから聞いてたか知らないけど、彼は仕事仲間であって、これから仕事の話をしに行くのであって。

 

 ちょ、もう撮るんじゃないの! 撮るな! シメるわよ、コラッ!

 

 ちょっ、逃げないで! 待ってよ! 待ちなさいってば! ほらプロデューサー君、何ぼさっとしてるのよ! あたしのアイドル生命が断たれる危機よ!

 

 こらーっ! 止まりなさーいっ! 止まらないと撃つわよーっ!

 

 ばーん!

 

 ………………。

 

 ……どうする、近くまで行って確かめる?

 

 いやあのパパラッチ、ただ転んだだけかもしれないわよ。起き上がらないのも、悶絶してるだけかもしれないし。

 

 だってプロデューサー君、本物の銃を撃つ瞬間なんて見たこと、ないでしょ?

 

 ならあたしがあいつを撃ち殺したなんて、確信をもって言える?

 

 撃った時、目つむったわよね? マズルフラッシュが見えた? もしこれが、音の出るだけのおもちゃだったら? それだけで君は、あたしを人殺しだって言うの?

 

 ……めちゃくちゃ? さっきと? それくらい許してよ、酔っぱらってるんだから。これじゃ一人で帰れないでしょ。だから君が、責任をもって、エスコートしてちょうだい。

 

 考えてもみなさいよ。あたしが人を殺すと思う?

 人殺しがアイドルなんてすると思う?

 

 するって言うなら、こんなの夢に決まってるじゃない。

 夢なら、これからどんなことしたっていいじゃない。

 

 朝まで付き合ってもらうって言ったでしょ? じゃあ、目が覚めるまで朝は来ないことだし。観念することね。

 

 そうね、君にとってはひどい夢かもね。あたしが人を殺すなんて。

 もう、すごくリアルな夢よ。酔っぱらいが見るにしてはおぞましいほど。火薬のにおいと、手の痺れが、こんなにも感じられるぐらい。

 

 だから、もっと夢みたいなこと、しましょう? それでこれが夢だって証明するのよ。現実的にはあり得ないこと。これからあたしが君と、しようとしてること。アイドルには許されないこと。

 朝が来る前に、せめて悔いのないように。

 

 さあ、案内してもらいましょうか!

 

 

 <了>


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