私の隣にスウォンがいる。まだ夜にうまく眠れない私を心配してくれているのだ。優しい子に育ったのを嬉しく思う一方でこんな時に頼りにしっぱなしになるしかない状況を情けなく思う。涙と頭痛が否応なしに私の体力を奪っていく。いつの間にか気を失うように寝落ちていた。
「おい、ヨンヒ。早く起きろ。もうイルとカシが来ているぞ」
耳に馴染む渋い声で目を覚ました。ユホン様だった。うまく頭が働かない。ゆっくりと身体を起こすと隣にスウォンがいないことに気付いた。
「スウォンはどこいるのですか? 私の隣で寝ていたはずなんですが――」
「スウォン? スウォンならもうヨナとハクと一緒に庭で遊んでいる」
ホッと一息ついた。ヨナといるなら安心だ。
「ユホン様がいなくなってから、スウォンがどんどん私から遠い存在になっている気がして、少しでも目の届かないところにいると怖いんです」
思わず不安が口を突いた。ユホン様は怪訝な顔をした。
「ヨンヒ、何を言っているんだ? 俺はここにいるじゃないか」
「え? あぁ、そうですね」
確かにそうだ。なんで私はユホン様がいなくなっていたなんて思っていたんだろう。
「さぁ、早く支度しよう。俺たちが呼んでおいて待たせちゃ悪いからな」
それを聞いて私の頭が冴え渡った。そうだ、今日は城からカシを招いているんだった。久々にカシに会える嬉しさに胸が湧きたった。すぐに私はベッドから立ち上がると仕えの者を呼んだ。ユホン様はさきに行って相手をしていてくれるという。私も急がないと。不思議と身体が軽かった。
庭の東屋に近づいて行くと、遠くからでも不穏な言い争いをしている声が聞こえてきた。ユホン様とイル様の声だった。普段聞かないイル様の大声に恐る恐る中を覗くと、東屋の中ではユホン様とイル様が机の上に置いてある粽(ちまき)を間にして手にそれぞれ小鉢を持って向かい合って立っていた。覗いていると東屋の奥にいるカシと目が合った。カシは微笑むと手招きをした。私は二人の邪魔をしないようにそっと端を通ってカシの隣に座った。
「イル様とユホン様どうしたの? もしかして喧嘩?」
私はすぐにカシに耳打ちした。まさかと思うが粗相があったのではと考えると胸が痛くなる。けれども、カシは笑って首を振った。
「いえ、そんなことありませんよ。お土産に持ってきた豆沙(餡子のこと)入り粽に合う調味料の話が白熱しているだけです」
カシの言葉を聞き、私はこわごわとユホン様とイル様の会話に耳を傾けてみた。
「だから、粽には豆鼓(コクが出る辛くない豆板醤)に決まってるって言ってるだろ」
「いや、兄上は分かっていない。粽にはゴマをまぶすに限るよ」
カシの言う通りだった。聞こえてくる会話の内容はたわいないものだった。そういえば、ユホン様とイル様が二人で話すのを初めて聞いたかもしれない。イル様が声を張り上げるのは珍しいが二人の時はこんな距離感なのだろうと感じた。私は、ホッと胸を撫でおろした。
「イル様がこんなにユホン様とはこんな風に話をするなんて知らなかったわ。心配して損した」
「そうですねよね。私もこんなに楽しそうなイル様を久しぶりに見ました」
私たちはお互いに見つめ合って笑った。そんな私たちを気に留めもせずユホン様たちは口論を続けていた。
「それにしても、この粽初めて食べたわ。美味しい。もしかして、城の料理人の新作?」
「いえ、これは斉国からの輸入品です。イル様がユホン様とヨンヒ様に珍しいものを食べさせようとわざわざ取り寄せたんですよ。それと、こちらのお茶もどうぞ。粽にとてもよく合いますよ」
そう言ってカシに渡されたお茶はとても花の香りが強く、これまた初めての味だった。
「へぇ、これもすごいわね。すごくいい香り。それに味も少し渋めで粽の甘い豆沙と相性がいいね。これも斉国からの輸入品?」
「これは、地の部族の物らしいです。何でも、自生していたのを城の薬師が薬草として摘み煎じてみたところ香りがよく、薬よりも料理に向いてそうだと気付いた薬師の友達の料理人がお茶に仕立ててくれたそうです」
「地の部族の土地にはこんないい物が自生しているのね。失礼だけどてっきり鉱物資源しかないと思っていたわ」
「鉱物も草木もどちらも天然の物ですからね。どちらも地の部族の自然の豊かさの賜物なのでしょうね」
カシは少し得意気に言った。なんだか嬉しそうだ。
「本当に美味しいわ。スウォンにも食べないか聞いてみましょう」
「スウォンなら、ヨナたちと一緒に庭で遊んでいますよ。ちょっと見に行きましょうか」
カシは私の手を取るとユホン様とイル様を傍目に東屋から庭へと出た。
「スウォン!」
私は大きな声で呼びながら庭を歩いていると、草木の向こうから
「母上」
とスウォンの呼ぶ声が聞こえた。肩が揺さぶられている。
「母上!」
再びスウォンの声が聞こえた。ハッと気が付くと私はベッドの上に居て、スウォンの心配そうな顔が目の前にあった。
「母上、大丈夫ですか。うなされていたようでしたが」
「あ…。えぇ。大丈夫よ」
ひどく、頭が痛い。