強化合宿を終えて数日。
修と空閑は、肩身狭くなんの味もしない…というより、あまりの緊張ゆえに感じられないジュースを啜り、渇いた喉を潤す。空閑に関しては、普段からトリオン体であるがために喉が渇くことはないのだが、針の筵にされている現状に、喉が渇いたように錯覚したらしい。
その原因は、先日の強化合宿にある。千佳から事実を聞いた太刀川と生駒によって、玉狛支部に大海恵とパルコ・フォルゴレが頻繁に出入りするという噂…というより事実がボーダー中に広まってしまったのだ。しかも、二人とも目的は修だという、なんとも厄介な情報付きで。
結果。三雲修に関する噂に尾鰭がこれでもかと引っ付きまわり、アンサートーカーを駆使すれど、噂の訂正も叶わなくなってしまったというわけである。人の口に戸は立てられないとは、よく言ったものである。
「……基地の中で落ち着いて休めた試しがないよな、オサムって」
「ぐっ…」
落ち着きたいのは山々だが、周りが落ち着かせてくれないだけだ。そう言えたら、どれだけ気が楽だっただろうか。
思ったことをズバズバ言って退けるところまでユーと似ているな、と思いつつ、修は横目であたりを見渡す。
「『あっち』より注目を浴びるハメになるなんて、思わなかったぞ」
「それだけ恵さんとフォルゴレさんが人気なんだよ、この町では」
そんなやり取りを交わすも、状況が改善するわけもなく。
暫しの沈黙ののち、空気に耐えきれなくなり、二人はすごすごと休憩室を後にする。
流石にあの中で食事をしようと思うほど、面の皮は厚くない。
少し歩くだけでも、何処かしらで騒めきが聞こえるあたり、相当広まってしまっているのだろう。今日とて清麿に折檻されている太刀川と、複数人を誘ってカラオケにて歌えもしない演歌大会を開いている…参加している夏目からの情報…生駒を軽く恨みつつ、先日の模擬戦の反省点を討論する。
「空閑は僕に劣らず無茶しすぎるきらいがある。僕や千佳と違って、安定した点取りが出来るのは強みだけど、それは相手にもわかりやすい。おまけに、自分に向けられた戦力を一身に引き受けることが癖になってるのもかなりの欠点だ」
「ほうほう。オサムの指摘は的確だから、タメになりますな」
「あの戦いで嫌でも身についた」
最初は、ユーと別れたくない一心だった。それが、彼の夢を聞いてからは、「ユーを素敵な王様にする」という目的に直走っていた。そのための努力の結晶として身についたのが、相手の人となり、癖を瞬時に見分ける能力である。
今になって思えば、ユーと別れた後も、ユーに助けられてしまっている。
素敵な大人の道のりは遠いな、と思っていると。疲れ果てた様子の忍田が、ふらふらと修たちの前を通った。
「…や、やぁ…、三雲隊員…。すまないが、肩を貸してくれないか…?
『とある馬鹿』のせいで発生した三徹のデスマーチを終えたばかりなんだ…」
「ですまーち…ってなんだ、オサム?」
「死ぬ気で働いたってことだよ。空閑が苦手な方で」
「あー……」
大体のことを察したのか、空閑は「ごしゅーしょーさまです」と忍田に告げる。
忍田はそれにツッコミを入れる気力も完全に削がれているのか、生返事をしたのち、フラフラと壁にもたれかかる。
かなり限界らしい。誤魔化してはいるものの、目元のクマも相まってか、いつもの逞しさはカケラも無かった。
「どこまで運べば良いですか?」
「取り敢えず、仮眠室まで頼む…」
修は躊躇いなく彼に肩を貸し、基地内にある仮眠室へと向かって歩みを始めた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「ありがとう、三雲隊員。
あのまま放って置かれたら、私は廊下で倒れて寝ていただろう。感謝する」
「い、いえ…」
数時間ほど仮眠を取って、完全とはいかずとも復活した忍田は、苦笑を浮かべながら修に感謝を述べる。
眠気に負けた忍田に、くだらない悪戯を企てた太刀川、米屋との格闘を終えた修は、忍田とは違って疲労困憊を隠さぬまま、疑問を口にした。
「なんでそんな激務を…」
「慶のバカがやらかしてな…」
聞けば、太刀川がSNSにこっそり持ち込んだきな粉餅…過去に基地中にきな粉をぶちまけ、彼のみ持ち込みが禁止されている…の画像を上げようとして、間違ってボーダー基地の内装を上げてしまったのが発端らしい。
それだけならまだ良いのだが、写した場所が悪すぎた。なんと、ランク戦ブースに映る映像も写ってしまっていたのだ。よりにもよって、木虎藍が太刀川にボロ負けしている様を。
結果、ネットはプチ炎上。その鎮火作業に取り掛かるため、少々アウトローな方たちにも協力を仰いで、上層部と裏方総出で三日に渡る激務を経て炎上はその影も無くした。
太刀川は個人のSNSすらも禁止され、断末魔を上げたが、それは置いておこう。
何度目かもわからない弟子の尻拭いを終え、碌なものを食べていなかった空きっ腹を埋めるために修らと同じテーブルに座り、ハンバーグ定食をかきこむ忍田。
修らも同じように、それぞれ注文した定食を口に運び、咀嚼する。
それに区切りが付くと、忍田は口を開く。
「三雲隊員と空閑隊員とは、一度こうして話をしてみたかった」
「は、はぁ…」
空閑は父親のことだとして、修と話をしたかったのは何故なのだろうか。
修が疑問に思っていると、忍田は笑みを浮かべながら「そんなに身構えなくていい」と、その緊張を和らげようとした。
「……三雲隊員。私は五年前に、本を持って死闘を繰り広げた君と少年を目撃している」
「なっ…!?」
動揺を隠せず、修は目を見開く。
繰り広げた死闘は数知れず。正直なところ、誰に見られてもおかしくはないのだが、まさか忍田に目撃されていたとは思わず、冷や汗を流す修。
忍田は構わず、言葉を続けた。
「豪雨の中、バケモノ相手にズタボロになりながら死に物狂いに戦っている君たちを、私は見たんだ」
────確かにおれたちは弱い…。だけどさ…!お前たちみたいに、弱いことから逃げるもんか…!!
────自分を嘆く暇があるなら、僕たちは少しでも前に進んでやる…!!第四の術《タングルセン》ッ!!
思い出した。確か、術のせいで眠った千佳を人質に取られた時のことだ。うまくいかない人生にヤケになった男が、気性の荒い魔物を引き連れ、街を破壊しようと暴れていたところに出くわしたのだ。
持ち得る術が全て通じず、それでも諦めない意志に応えてか、第四の術である《タングルセン》が覚醒し、なんとか千佳を助け出せることが出来たのを覚えている。
まさか、その現場を見られていたとは。
「…君とあのバケモノになんの因縁があったかは、私には想像もつかない。
だが、そんな君の姿に感化されて、天狗になっていた自分を見つめ直すことができた」
「え?」
天狗になっていた、という忍田の発言に、目を丸くする修。
忍田は「恥ずかしい話なのだが」と前置きをして、話を始めた。
「当時、私は『ノーマルトリガー最強の男』という称号に酔っていた。
無茶はするわ、慶のことをバカにできない馬鹿はするわ、そのくせ『鍛錬のためだ』と腹の中で舌を出し、反省の一つもしないようなかなりの問題児だった。…若い頃の失敗は、大人になってから思い返すと羞恥で死にたくなる。気をつけなさい」
「…そーゆーザンネンなトコ、たちかわさんソックリだな。流石は師弟」
「空閑。思ってても言っちゃダメだぞ」
説得力のあるお言葉である。
忍田は今でこそじゃじゃ馬具合は抑えられているものの、全盛期は太刀川とはベクトルの違う、ある意味では彼よりも厄介な問題児だった。具体的に言えば、城戸司令の車を真っ二つに叩き割ったり、川の上を走っているのを通行人に見られたりと、かなりやらかしている。
忍田がはっちゃけたことによる物的損害はかなりの額に上り、当時中学生だった小南にすら叱られた事があるほど。本部長となった今は、その被害を取り戻し、お釣りがくるほどに働き詰めであるが、当時のみを知る人間からは大層驚かれることだろう。
「君を見たあの日、私は城戸司令にこっ酷く叱られ、不貞腐れて本部…ああ、今の玉狛支部を飛び出した直後だったんだ。
私が鍛錬を重ね、更に強くなれば、皆にメリットがあるはずだと、当時は強く思い込んでいてね。そんな傲慢さから来る苛立ちを吐き捨てるように、豪雨の中を走っていた…。
そんな時に見かけたのが、鉄パイプと本を持ち、空閑隊員そっくりの少年と共に、バケモノ相手に死闘を繰り広げる君だった」
あの男は、ユーと遊んだ帰りの千佳を誘拐して修を呼び出した。豪雨の中、水を操る術で修らを苦しめ、下卑た笑みを浮かべていたことを思い出す。
相手は格上、視界は最悪。更には人質。今思えば、相当周到な人物だったのだろう。修を完封すべく、徹底的に有利になるように立ち回っていた記憶がある。土壇場でタングルセンが覚醒しなかったら、どうなっていたことだろうか。
今思い返してもゾッとする。そんな修の事情は知らぬものの、あの戦いに修がどれだけの想いをかけていたかは理解しているのだろう、忍田は真っ直ぐに修の瞳を見つめた。
「本来であれば、私は止めに入るべき立場だった。どう見ても幼い子供が殺されかけているとしか思えなかった。
でも、君の気迫が、そうはさせなかった。『自分のやるべきこと』を真っ直ぐに捉えたあの瞳に、胸が痛くなった」
忍田もまた、修とユーの戦いを想起する。
彼が見たのは一回限りであったが、その一回は彼の瞼の裏に、鮮明に焼き付いている。
「己を恥じたよ。何故、動かなかったと。
あの気迫に負けた理由を、あの日から数ヶ月ほど、ずっと考えた。
君の相手の本が燃え、傍にいたバケモノが消えたことよりも、私にとってはそちらの方がよっぽど重要だった」
そこまで見られていたのか。
もしかしなくても、上層部はほとんど全員がこの話を知っているのではないか。そんな不安を考えながら、修は忍田の話に耳を傾ける。
「それを諭したのは、最上さんだったよ」
「…こういう話だろ?」
────戦える事が偉いわけじゃない。辛いと知りながらも、大切な何かのために戦うための選択をしたことが偉いんだ。戦いのために己を鍛える事が偉いわけじゃない。鍛える理由を知っている事が偉いんだ。戦う事が偉いわけじゃない。戦わなきゃいけない理由をわかってる事が偉いんだ。
空閑が「親父もよく言ってた」と付け足し、嘯いた。
忍田はそれに目を丸くするも、「君は知っているか」と即座に笑みを浮かべる。
「あの人は待っていたんだろうな。私の鼻っ柱が折れる時を。
……まさか、それを自覚するきっかけが、ボーダーを騒がせる君だとは」
「あ、あはは…」
確かに、いろんな意味で騒がせている。ラッドの騒ぎに加え、空閑を匿ったことや、風間と引き分けたこと。即席チームで、迅やレイジ、東の率いる即席チームと渡り合ったこと。話を挙げればキリがない。
またボーダーは騒ぐことになりそうだな、と思いつつ、修は口を開く。
「…あの戦いについて、お話しします。
到底信じられない話かもしれませんが、今から話すことは、全てが事実です」
修の言葉に、空閑は目を丸くした。
「オサム、いいのか?」
「見られてるんじゃ、仕方ないだろ。それに、いつか来る再会のために準備はしておかないとな」
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「……成る程。魔界の王を決める、百人の子供たちによる戦い…。君はその中のパートナーの一人として、あの戦いはおろか、突如現れた巨人をめぐる戦いや、ロッキー山脈の一角が消し飛ぶ戦いを経験した…と。
…城戸一派が聞けば、確実に荒れ狂う情報だな、これは……」
考えたくもない可能性を口にする忍田に、修は渋い表情を浮かべた。
「あまり公言しないで欲しいんです。忍田本部長には、見られてしまっていたのと、上層部の中でも城戸司令に対して強気に出れていたので話しましたが…。
僕は大規模侵攻を控えた今の状況に、余計な確執を作る気はありません。どうか、お願いします」
再会に余計な障害は付けたくない。その一心で忍田に頭を下げる修。
忍田もまた同じ気持ちなのか、即座に頷くも、直後に怪訝な表情を浮かべる。
「無論だ。侵攻する近界民に立ち向かう仲間と、必要以上に啀み合うつもりはない。
…しかし、その戦いについては、すでに終わったことなのだろう?少しの騒めきはあるだろうが、千年という長い周期に一度だけやってくるのであれば、いくら我々でもそこまでめくじらは立てないさ」
「………そう、ですよね」
忍田の言葉は、優しくも残酷だった。
千年に一度の奇跡の出会い。魔界とこの世界を繋ぐ鍵は、アンサートーカーでも分からない。
今生の間に会える可能性が低いのは、辛いほどに分かっている。それでも、願わずには居られないのだ。
彼らには、果たさなければならない約束があるのだから。
「…どれだけ今が辛くとも、君は変わらず真っ直ぐな瞳をしているな」
「え?」
修はその言葉に、パチクリと瞬きする。
忍田は「ただの褒め言葉として受け取ってくれ」と付け足すと、踵を返し、ふと思い出したように止まった。
「これは忍田真史個人の言葉だ。君とその親友の再会を、心から願っているよ」
答えは、まだ出ない。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「…何をしている、ユー?ガラにもなく本なぞ読んで」
「おっ、ゼオン。リオウんとこでの調べ物はおわったか」
魔界にある草原にて。知恵熱用の冷えピタを頭に貼り付けながら、分厚い本を読み耽るユーに、ガッシュの双子の兄…ゼオンが歩み寄る。誤解が解けてからというものの、若干過保護気味になりつつあるゼオンが、ガッシュの側に居ないことはかなり珍しい。
それもそのはず。今回のことは、ガッシュには『サプライズ』と称して内密にしている、『とある作戦』のための布石なのだから。
「まぁ、な。…相変わらず、人の顔見ただけでガタガタ震えて、煩わしいことこの上なかったが」
「それはおまえがわるい」
リオウ。ある一族の期待を一身に受け、ファウードという特大級の兵器を引っ提げてガッシュらの前に立ちはだかった強敵。
最大の障壁となる清麿を瀕死に追い込んだものの、直後に現れたゼオンによってあっさりと打ち負かされたトラウマからか、ゼオンの顔を見るたびにガタガタ震えてしまうのだとか。
ユーの言葉に、ゼオンは「わかってる」と答えると、ユーが睨めっこしている本を覗き込んだ。
「……『ユーグルウス』。二千年前の魔界の王、か。…お前と呪文の系統が同じことから、血族ではあるだろうな」
「………やっぱりか」
魔界屈指の悪王として悪名高い、白い髪で赤い目の王。ユーが疎まれることとなった原因でもあり、恐らくは自らの先祖でもある。
物心ついた時から、両親というものには無縁だが…。だとしても、この事実を受け止めるには、自分の覚悟はあまりに小さかった。
いつも側で支えてくれた相棒なら、「そんなの無くても、ユーはユーだ」と答えてくれるのだろう。
今は聞けない声が、どうしようもなく欲しくなった。
「……しかし、本当にいいのか?お前の特性と気持ちを利用する形になってしまうが」
暗くなったユーの雰囲気を悟ったのだろう。ゼオンは話を変えて、ユーに問いかける。
ユーはいつものように、なんとも力の抜けた笑みを浮かべ、口を開いた。
「…ゼオン様ともあろう方が、いまさらな心配ですな。
大丈夫だよ。まだ、約束の時じゃないけど、今じゃなきゃダメだもんな」
────待っててくれよ、オサム。
答えは、彼らが持っている。
忍田本部長が修を見かけたのは、アリステラ滅亡のちょっと前です。
次回、小南のアンサートーカー疑似体験!(ただしアホな夢を見る副作用付き)
アホのビンタをおみまいよ♪
次次回くらいに大規模侵攻書こうかな。