アフトクラトルという大国は、その膨大な国土に比例して、歴史も相応に長い。
少なくとも、3000年ほど前から現在の王朝が続いており、多少の内乱があったものの、国宝たる「星の杖」を含め、保有している黒トリガーの多さという抑止力によって、一見すれば政治はかなり上手くいっている。
更には、近年開発された「トリガーホーン」により、国力の強化にも努め、その影響力は近界にある国の中でも一線を画す。
そんなアフトクラトルも、一度は壊滅状態に陥ったことがある。
今回の指揮官たる指揮官たるハイレインとその弟、ランバネインが生まれた家は、その災害から生き残った唯一の家として、アフトクラトルにおいて大きな存在であった。
その災害の名は『シン・オルダ・タングルセン』。
玄界を手に入れようとしていたアフトクラトルの広い空を埋め尽くすほどの弾丸が、無慈悲に築き上げた殆どを奪い去っていった。
それを放ったのは、記録上においては、玄界の幼い少年二人だったと言う。
アフトクラトル含む近界に浮かぶ国家が、千年近く玄界に一切手出ししなかったのは、彼らがこの災害を恐れたことにある。当時は今と同じ規模の大地を保有していたが、その九割方が消し飛んだのだ。それだけ広い大地が壊滅状態になって、他国が怖気つかない訳がない。
その膠着が破られたのは、千年前。ゴーレンという魔物が猛威を振るい、ダウワン・ベルとパートナーのウィリー、それに協力した3人の魔物が、撃破して数日。
ウィリーと旅をしていたダウワンらの前に立ちはだかったのが、当時勢い付いていたキオンの属国であった。
トリオンを使う彼らの技術に、既存の兵装は役に立たず。トリオンの性質と魔力の性質が限りなく近いことを見抜いたウィリーの機転で、トリオン兵や注ぎ込まれた戦力を撃破していった。最終的にはなんの偶然か、奇跡的に辿り着いた魔界にもその手を伸ばし、彼らの力を王杖の力を悪用して封じ込めた。…その際、ウィリーらが魔本によって魔界に来訪したことにより終息したが。
しかし、その国はキオンからの圧力で引くに引けず。軍が壊滅したその後も再び襲撃を図った。
それが、運命の決定打だった。
属国が引いた後の、暴走する先王との戦いで既にダウワンのコントロールを離れつつあったバオウが、その国に渦巻く悪意を感知し、国を母トリガーごと噛み砕いたのだ。
それをキッカケに、ダウワンはバオウを操ることが出来なくなった。子が生まれ、バオウをガッシュに継がせるまでは、人間界を守るという最低限の縛りを設け、近界に放逐するという非情の決断をすることによって、バオウの危険性が外に漏れることはなかった。その証拠に、ダウワンは王座に就いてから、一切バオウの姿を見せることはなかったと言う。
実は、バオウが噛み砕いた国は一つではない。千年近くもの間、多くの国がバオウの腹の中へと消えていった。
属国の八割が消えたキオンに、半分を喰われたレオフォリオ。バオウを恐れる国家は、決して属国を多少喰われただけのアフトクラトルのみではない。国によっては、その名を呼ぶことすら禁じられる。バオウが食うのに時間がかかるような大国が喰われていないのは、暴走するバオウに対する、ダウワンのせめてもの抵抗であったのだろうか。それを知るのは、ダウワン・ベルただ一人である。
空閑やレプリカがその情報を知らないのは、滞在国家が軒並み、バオウについての徹底的な情報統制を行っていたことにあった。
話を戻すと。今回の遠征に国宝含む黒トリガーが四つも注ぎ込まれているのは、その災害を恐れてのことであった。
「……ふぅ」
「少し思い詰めすぎでは?
バオウやシンが来ても、私の『窓の影』で飛ばせばいい話です」
「それを図ったリーベリーの属国がどうなったか、教えてやろうか」
門を使ってバオウを飛ばそうとした国は、それごと喰われた。おそらくは、シンにもなんの効力も発揮しないだろう。
それを記録していたのが、父に連れられた幼き頃のハイレインなのだ。あの時の恐怖が染み付いて離れないハイレインは、震える手を押さえつけるように、右腕を抱えた。
「油断は無しだ、お前たち。手筈通りにな」
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「あーもぉ!!後輩が頑張って戦況コントロールしてんのに、アタシらはまだジープの上って、カッコつかないじゃない!!」
その頃、玉狛支部から本部へと向かう道路では。ジープを戦場へと走らせるレイジを急かすように、小南があいも変わらずぎゃーぎゃーと喚きたてる。
玉狛支部の人間以外は全く気付いてないが、現在、戦況を裏から動かしているのは、天下の『アンサートーカー』三雲修である。しかし、市街地への被害を避けるのは不可能と聞かされていた三人は、戦況を少しでも良くするために急いでいた。
「レプリカ、戦況は?」
『投入されたラービットの四割強がオサムへと向かっている。どうやら、オサムが私を仲介して戦況をコントロールしているのがバレたらしい』
レプリカの仲介機が烏丸の問いに答えると、小南は目を丸くする。
彼女らもまた、レプリカによってラービットの情報を受け取っていた。
「ラービットって、新型よね!?それがあの弱々の修に集中してるとか、オーバーキルにも程があるわよ!!」
『アンサートーカーを抜きにすれば、オサムは比類なき弱者だからな。敵もそこは分かっているらしい。
……ただ、それでも「勝つ方法」が1%でもあるなら導き出すのがアンサートーカーだ。決まった動きのあるトリオン兵が相手である以上、彼の脱落は、まずないと考えていい』
アンサートーカーを相手取るには、まず『詰み』の状況を作る必要がある。そのためには、臨機応変な戦い方が出来る存在…つまりは頭を使うことを知っている人間でなくてはまず不可能。
トリオン兵は基本的に、プログラムされた動きに忠実である。それがどれだけ高性能な連携を取ろうと、そこに隙がある以上、そこを最適のタイミングで突く。修がトリオン兵によって倒されることは、万に一つもない。
「問題は人型だろ?」
『ああ。オサムが居なければ、被害は拡大し、A級隊員は兎に角、B級隊員は大きな被害を被っただろう。
しかし、この結果は、相手が全てトリオン兵だという前提条件がある。オサムによるとあと数分もないうちに、それが崩れる』
「あと数分で人型が来るってこと!?」
小南の素っ頓狂な声に、レイジ、烏丸の両名が気を引き締める。
レプリカは玉狛第一の面々に、淡々と現実を突きつけた。
『どんな相手かまでは分からないが、ユーマどころか、ボーダー全体が負ける可能性がある実力者が投入されるらしい』
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「天羽。お前から見たメガネくんは、どんな『色』だった?」
「どうしたの、迅さん?藪から棒に」
トリオン兵ごと更地になった一角にて。その光景の真ん中で座り込んでいたS級隊員…天羽月彦へ自身の仕事をぶん投げた直後、迅は彼に問いかける。
天羽は訝しげに迅に問うも、その瞳の圧力に負けるような形で口を開く。
「……面白そうな『色』だったよ」
「へぇ?どんな感じ?」
「宝石みたいに透き通った翡翠。トリオン量は確かに少ないけど、それを補うだけの『何か』があるんだと思った」
翡翠。その色は奇しくも、修がかつて持っていた本と同じ色であった。天羽の『透き通った』という表現からして、その色彩は修の持つアンサートーカーによるものなのだろう。
答え終えた天羽は、心底面倒くさそうにため息を吐き、迅に問いかける。
「で、なんでこんなこと聞いたの?」
「さっきからずっと、メガネくんに関する未来が一切見えなくなった。勿論、ボーダーの未来もだ」
その言葉に、静かに反応する天羽。
迅はいつものようにヘラヘラとした笑みで「大丈夫だとは思うけどさ」と付け足す。
「見えなくなったと言うより、『隠されてる』感じがするんだよ。俺の知らない誰かが多く関わることは、確かだね」
「ふーん…。………あっ」
ふと、天羽は「そういえば」と付け足し、思い出したように、砂の上に指を走らせる。
数秒もしないうちに完成したのは、なんとも形容し難い幾何学的な模様であった。
「こんな模様も、重なって見えた」
その模様は、魔本の表紙の意匠と全く同じものであった。
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C級の部隊は、現在混迷を極めていた。
原因は、3バカと呼ばれる訓練生三人が撃破したバムスターから出てきた、砲撃型のラービット。
3バカ含むC級は、避難活動も傍でこなしながら逃げ惑う。ラービットはその後ろ姿を、まるで吟味するように、口腔の中にある瞳で見つめる。
千佳もまた、狙われている中の一人であり、頭に猫を乗せた夏目出穂がそばに居ることで、なんとか精神的な余裕を保っていた。
「『タングル』!!」
と。聞き慣れた声と共に、アステロイドがラービットの弱点を的確に貫く。
千佳がそちらを見ると、レイガストを片手にこちらに指を向けた修がそこにいた。全てを見透かすような瞳を見る限り、アンサートーカーを発揮しているのだろう。千佳は安堵からか、修の名を呼んで、彼の方へと駆けて行った。
「修くん、向こうは大丈夫なの?」
「ああ。レプリカを仲介して戦況は掌握してる。…ただ、これからちょっと厄介なことにな…『ソルド・タングル』!!」
修は即座にレイガストをブーメラン状に変え、夏目に向けて投擲する。
千佳と夏目がソレに固まっていると、門を介して夏目の背後に降り立った三体のラービットの内、一体の弱点を、ブーメランが引き裂いた。
「くそッ、やっぱりまとめては無理か…」
「メガネ先輩せめて一言くらいは欲しいんすけど!?」
「ご、ごめん…」
危うく物理的に首が飛びかけた夏目が、修に詰め寄って激しく抗議する。ユーであれば、先ほどのように、自分に向けられた攻撃に顔色ひとつ変えず連携してくれるのだが。
そんなことを考えながら、修は戻ってきたレイガストをキャッチし、二人を抱え、スラスターで後方に飛び上がる。
瞬間。そこから、ラービットの液状化した腕部から伸びた剣が突き出た。
「おわっ!?なんなんすか、これ!?」
「どうやら、ある程度カスタムされてるみたいだ…。厄介だけど、行動がプラスされた程度、倒せないことは…」
と、言葉をつづけようとした、その時。脳裏に出た答えに、修は咄嗟に身を翻す。
先ほどまで修のいた場所を、黒の塊で構成された弾幕が通り過ぎて行った。
「ほっほっほっ…。雛鳥二人を抱えてヒュース殿の奇襲を予見し躱すとは。
未来ある玄界の若人よ。貴殿は頭だけでなく、技量も相当なもの。
このような老いぼれまで50年近く駆り出す我が国にも、そういった頭脳と技量のある若人が欲しいのですが…」
「敵を褒めないでください、ヴィザ翁」
鉱石の集合体のようなものを纏う男の言葉に、杖を置いた老父が「これは失敬」と悪びれない様子で笑う。
修を誉めているのは、本心からの行動だろう。そして、その内心にある企みについては、答えが出ていた。
「…千佳、夏目さん。逃げろと言いたいけど、この状況じゃ無理だ。
僕の指示通りに動いてくれ。武器の使用については、レプリカが上手いこと言い訳してくれる」
『出来るだけ、善処しておこう』
「……うん」
「わ、わかったっす」
先ほどの答えより、襲撃が早い。
派手に動きすぎた弊害か、それとも修が戦況をレプリカ、迅を介してコントロールしていたのがバレたせいか。明らかに修を殺しにきている。
こうした一点狙いをされるのは、5年ぶりだろうか。懐かしい緊迫感に苦笑を浮かべながら、修は口を開く。
「千佳、夏目さん。あの黒いカケラには当たらないように。磁力のような力が働いてる」
「え?なんでわかるんすか?」
「……夏目さん、口は固い方だよね」
「………ま、まぁ」
「僕は『アンサートーカー』だ」
老人の杖は黒トリガーということしか分からないが、今尚、手の内を晒してくれている少年に関しては、そのトリガーの特異性には答えを出せる。
夏目が驚愕に目をひん剥いている傍で、修は飛んできた黒のカケラを最小限の動きで避ける。
「アンサートーカー…?副作用ではないみたいだが…、我々の敵ではないな」
「答えは出てる。僕たちは『負けない』」
「ほざけ!!」
少年の叫びと共に、残ったラービットがその猛威を奮おうと、未だに惑うC級らに襲いかかる。
と、その時。二つの斬撃が、ラービットを両断した。
「言ったはずだぞ。『僕たち』は『負けない』って」
ラービットを両断したのは、小南と烏丸の放った斬撃だった。
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「……オサムのやつ、5年見ない間に腕を上げたみたいだな」
人型が現れても、緊急脱出が発動する頻度はそこまで上がっていない。
先ほど、黒トリガー使いに風間蒼也が落とされたという情報が飛び込んできたが、それによって、緩みつつあった戦場の空気が引き締まってきている。
人型との戦闘も、被害は予見されていたよりもかなり抑えられているように見える。
銀色の少年からすれば、あの雑魚だった少年が、ここまでの策略家に成長したことに賞賛を送りたいが、そのパートナーである男は、不満げに眉を顰めた。
「俺から言わせれば無駄が多い。特に、事前にレプリカが知ってる限りの情報を引き出さなかったのは、完全にアイツの失策だ」
「…お前は弟子に厳しいな。
その前提条件を抜いても、ここまで被害を抑えているじゃないか」
「いや。黒トリガーの本部襲撃という答えを出して尚、対処しきれない時点で、未熟にも程がある」
それでもなお、失望を瞳に宿さないあたり、弟子のことをよく分かっているようだ。
少年は笑みを浮かべながら、白のマントを広げ、ビルから降り立った。
「それは起きない。お前と、この『雷帝』が降り立つのだから!」
「俺にそれを言うか、ゼオン」
少年…『ゼオン・ベル』は、長髪の男…エネドラを目掛けて、手のひらを向ける。
元祖アンサートーカーたるデュフォーは、心の力を発揮しながら、その言葉を口にした。
────第一の術『ザケル』!!
瞬間。曇天を照らす紫電が走った。
ヒュース、ヴィザ翁出勤。尚、狙いは千佳ではなく、修の徹底的な排除な模様。何この無理ゲー。
木虎は修にこっそり立ち回りコントロールされてキューブ化はしてない。諏訪さんはなっちゃったけど。現時点では、原作よりも緊急脱出してる人はそこそこ少ない。あくまでも現時点では。
ゼオン様ペア、出勤。この作品の初ザケル、ガッシュだと思った?残念、ゼオン様だ。ガッシュと清麿は未だにビッグ・ボインとの強烈なフライトを楽しんでいる最中です。
…大丈夫。忍田本部長、ちゃんと出番考えてるから。エネドラがゼオン様におもちゃにされる未来しか見えないけど。
ユーは本をなんとか抑えている途中。デュフォーに言われた通りのタイミングじゃないとダメって言われてるから、なんとか頑張ってる。
今回の新呪文、第六の術『ソルド・タングル』。ざっくり言うと、手裏剣状のタングル。修でも持って投げれるから、結構愛用してた。これが出る前は鉄パイプをへし折って投げてた。
ユーの術は、ガッシュやゼオンの術と同じように、ギガノやディオガなどの一般的な強化修飾句がない(ただし、シンを除く)。クリアとの決戦時には、ゼオン戦のガッシュみたいな強化が入っていた。