「厄介だな…」
『物量的にも、特殊性においても、こちらが劣っている。あまり相手の土俵で戦うな』
ラービットに囲まれた空閑が、苦々しい声色で吐き捨てる。
眼前に居るのは、アフトクラトルの黒トリガー『窓の影』の適合者たるミラ。アフトクラトルが遂行する作戦の要であろう彼女ですらも戦場に駆り出されるあたり、アフトクラトル側も相当切羽詰まっているらしい。
先ほど知らされた情報によれば、C級の方にも黒トリガーを持つ男の襲撃があったらしい。既に三割強のC級がキューブにされ、遠征艇に送られたという。
修が向かっても、被害が出た事に変わりはない。今、空閑にできることは、目の前に佇む女を倒すことだ。
「黒トリガーとリンクしている自立型トリオン兵…。ヴィザ翁の言葉を借りるようですが、玄界の進歩もめざましい…ということでしょうか?」
「……戦場で無駄口叩かない方がいいぞ」
空閑の背に、中心に『強』と刻まれた赤い円陣が展開する。
「《強》印」の「五重」。トリオン体の動きを強化する印を、五重に重ね合わせ、襲いくるラービットを一蹴する。
急所のみを器用に刈り取られたラービット二体が崩れ落ちるのを踏み台にし、空閑は天高く飛び上がった。
「《射》印、二重!!」
空閑が散弾銃のように弾幕を放ち、ラービットの動きを鈍らせる。
そのまま足元に「《弾》印」を顕現すると、それを強く踏み込んで、凄まじい勢いでミラへと迫った。
「『窓の影』」
「《門》印四重プラス《弾》印!!」
空閑との直接対決を嫌ってか、門を開いてどこか遠くへと飛ばそうとしたミラの眼前に、空閑が開いた門が現れる。
空閑はその中に飛び込むと、付与されていた《弾》印を踏み台に、さらに加速する。ボーダーで体験した、緑川の「グラスホッパー乱反射」。それを《門》印によるワープも交えながら、加速を繰り返す。
既に目視でもレーダーでも追えない速度になっている。ミラはそれに薄く笑うと、自分を取り囲むように、彼女が『窓』と呼ぶものから突き出る棘のようなものを、幾重にも重ね合わせ、簡易的な防壁を設置した。
「良い案だけど、甘…」
「《鎖》印、二重!!」
「なっ!?」
瞬間、ミラの真下から空閑の声が響き、トリオンで構成された鎖がミラを縛り付ける。
今、加速しているのは、空閑ではなく、レプリカであった。空閑は途中でレプリカのみを《門》印のループに置き、そこから抜け出していたのだ。あたかも、今も加速しているのが空閑であるかのように見せるために。
実はこの引っ掛けは、強化合宿の際、緑川を使った修にやられたことがある。その時引っかかったのは、転送されて数秒と経っていない味方チームの木虎だったが、まんまと乗せられて夏目に打ち抜かれてしまったことは覚えていた。
空閑はミラを巻き取った鎖を思いっきり引っ張り、叫ぶ。
「レプリカ!!」
『了解した。《強》印、二重』
「っ…!!」
迫るレプリカを飛ばす『窓』を作るのは間に合わないと踏んだのだろう。ミラは鎖ごと自分を通す『窓』を即座に作り、レプリカの軌道から自分を外した。
それだけではない。おそらく、自分をフリーにしてでも重要な任務ができたのだろう。閉じていく窓の先は、ここではない別の場所へと通じていた。
それを追おうとするも、ミラが置き土産として転送したトリオン兵たちが、空閑に殺到した。
「レプリカ、反応は追えるか?」
『ああ。…まずいな、黒トリガーと交戦しているオサムたちの元へ現れたようだ』
「……答えは出てるのか?」
『………「現時点では勝てる状況ではなくなった」のは確からしい。私が参戦したところで、キューブにされるのがオチだとも言っていた』
「………クソッ」
アンサートーカーですらもお手上げらしい。もはやこれまで、万事休すか。
《門》印の精製も、ミラの『窓』の数十分の一ほどの範囲にしか働かない。《弾》印で向かおうにも、ハイレインの黒トリガーの脅威がある。
空閑が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていると。
自分によく似た声が響いた。
「よっ、オサムのトモダチ。アイツの相棒同士、いっしょにオサムを助けに行こうか」
赤の相貌には、自分をさらに縮めたような少年が、満面の笑みを浮かべているのが映っていた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「クソッタレ…!復活して早々なんなんだよ、このトリオン兵の多さは!!」
「同感。ゴキじゃないんだから…」
「モールモッドがいるからか、余計そう見えますよね…」
「やめろ、笹森。俺たち、帰ったら抜いた昼飯食うんだぞ」
現在、ランバネインに東たちが対処している傍らにて。あまりにも夥しい数のトリオン兵が、街を踏み潰すかの如く跋扈する様に、復活した諏訪とその隊員たち、そして、彼らと共にいた風間隊の一人、菊地原と歌川が愚痴をこぼす。
モールモッド、バンダーなどの攻撃的なトリオン兵が無差別に破壊を広げるあたり、元々かなり数に余裕があったらしい。
それが何か想定外の事態が起きて、全てを注ぎ込み始めたようだ。
諏訪は兎に角、菊地原程の技量があれば、一匹の討伐は容易いが、ここまで数が多いとそれも苦労する。
モールモッドを三体、バンダーを二体倒す間に、その倍は戦力がつぎ込まれてくる現状。この数に押し負けて、既にB級下位は全員が緊急脱出している。
「このままじゃジリ貧だ!数が多すぎる!」
「……諏訪さん、ちょっとズレた方がいいよ。斬られたかったら止めないけどさ」
「…これでいいか?」
菊地原の言葉に、諏訪が少しばかり左にズレる。瞬間、彼の立っている場所を掠めるように、旋空孤月の斬撃が幾重にも駆け巡った。
「よくやった、諏訪隊、風間隊。ここは私に任せて、他の援護に回れ」
「し、忍田本部長!?いや、この数は…」
「安心しろ。この地区は、私一人で充分だ…!!」
ノーマルトリガー最強の男、降臨。
♦︎♦︎♦︎♦︎
現在、C級たちは完全に混乱していた。統率は完全に崩れ、各々に逃げ惑うばかり。
既に修が引き連れていた半数ほどは、キューブと化して回収された。
空閑に追い詰められ、逃げてきたミラも加わり、状況は最悪という他ない。
修もなんとか被害を縮めようと、展開された動物型の弾を打ち消してはいるが、少ないトリオン量ではそれも難しく。
結果として、C級の大半を守れずにいるというのが現状だった。
「……チッ。当たらないように立ち回られているな」
「私の『窓』も読まれています。…いかがなさいますか?」
「物量で殺す」
修が見た光景は、ハイレインが展開した、無数の弾幕だった。
それをより広範囲に降り注がせるのが狙いなのか、惑うC級たちを修諸共取り囲むように、夥しい『窓』が形成される。そこから棘が突き出そうとしている様も、よく見えた。
万事休すとはこのことか。相手を倒す答えの出せない自分を恨みながらも、修はまだ諦めていなかった。
「修くん…」
「大丈夫だ、千佳。……頼む、ユー…。僕に力を貸してくれ…!!」
思い出の眠る胸に、強く拳を押し当てながら、アステロイドを形成する。
これで状況が好転するわけがないのは分かっている。だとしても、戦えなくなるまで戦わなければ、自分が納得できない。
諦めるという選択肢は、とっくになかった。
「頼まれなくても!!」
瞬間。修の空いていた右手に、光を放つ翡翠の本が収まる。
修はそれに目をパチクリと丸くするも、すぐさまに笑みを浮かべ、指を二人に向けた。
「ストレート!!」
────第一の術『タングル』!!
ばちゅん、という音と共に、ハイレインの右腕が吹き飛ぶ。
ハイレインがそれに目を丸くしていると、小柄な白髪の少年がミラの足を掴み、思いっきり投げ飛ばした。
「きゃあっ!?」
「ミラっ…」
7歳児程の体躯だというのに、ミラをあっさりと投げ飛ばした少年。魚の形をした弾が着弾してもキューブ化しないあたり、生身なのだろう。
少年の常軌を逸した身体能力に目を剥くハイレインとミラ。凄まじい勢いで飛ばされたミラは、慌てて戻ろうと窓を形成する。
と、その背中めがけて飛んできた空閑が、拳を構えた。
「《強》印、七重…!せー…のっ!!」
「…っ!!」
咄嗟に転がったラービットの残骸を間に挟むも、木っ端微塵になったソレ諸共吹き飛ばされるミラ。
空閑と少年はそのまま修の側に着地すると、少年の方は万感の思いが詰まった笑みを浮かべて、修の顔面に張り付いた。
「オサムオサムオサムオサムオサム〜!!」
「ユー…、ちょっと、前が…見えない…」
「おー…。ネツレツだな」
「…………ゆ、ユーくん…?」
「おっ、チカ!元気そーだな!」
もごもごと物理的に口籠もりながら、張り付いた少年の襟首を掴み、なんとか退かす修。
修は少年を自分のそばに立たせると、涙をこぼしながら、笑みを浮かべた。
「……フライングも良いとこじゃないか。まだどっちも大人になれてないぞ、ユー」
「ひさしぶりの再会なのに冷たいぞ、オサム。相棒が助けにきてやったんだぞ?もっとよろこべ!」
「ああ。今、人生で一番嬉しいよ」
カッ、と修の持つ本の光が強くなる。
修はトリオン体を解くと、本に手を添えながら告げた。
「『ソルド・タングル』」
ユーの掌から精製された、身の丈程もある手裏剣の取手に手を通す。
そうだ。この鉄パイプに近い重さだ。魔物との戦いで研ぎ澄まされていった感覚が、より冴えわたってくる。
修は真っ直ぐにハイレインたちを睨め付け、手裏剣の鋒を向けた。
「答えは出た。『僕たち』が『勝つ』」
「………」
ハイレインが散乱するキューブと繋がり、トリオンを吸収して傷を癒す。
先程、術がハイレインの『卵の冠』を貫通したあたり、術の攻撃はトリオンの攻撃と限りなく近いが、キューブ化する性質がないことがよく分かる。
「…換装体を解いて、死ぬ気なのかしら?」
「『マシルバ』!!」
修が背中を指して唱えると共に、薄い透明の盾一枚が、ミラの窓から放たれた一撃を防ぐ。
ミラはそれに薄く笑みを浮かべ、告げた。
「あら?誰が一撃だけなんて言っ…」
「プラス5、『ブルクオ』!!」
修が即座に五箇所に指差すと共に、背中を守っていた盾が増え、差した箇所に移動する。
形成された『窓』からの一撃は、五箇所分。どれも急所を狙っていたが、その全てが寸分違わず読まれており、一撃たりとも修に掠ることはなかった。
「ダッシュ、5メートルストレート2!ジャンプ、前16度4!!」
修の指示を聞くや否やユーが駆け出すと共に、修もまた道路を駆け出す。
相手が生身であれば、ハイレインは格闘で相手を翻弄する他ない。であれば、相手に簡単にトドメを刺せるミラがその相手をするのは必然のこと。
ミラは修の動きを止めようと、彼の足がつく場所に罠を設置するように小さな『窓』を開くが、修はこれを読み、高く飛び上がる。
そのまま横に一回転すると、手に持っていた手裏剣を思いっきり投げ飛ばした。
「そんな大ぶりの攻撃が…」
「チェイン!『オルダ・タングル』!!」
瞬間。ミラを取り囲もうとすべく、背後から十発のタングルが迫る。
そこには、両掌をミラへと向けたユーが、滞空していた。そのカラクリは、先程ハイレインの腕を弾き飛ばしたタングル。術の効果時間は、込めた心の力の量に比例する。第一の術ともなれば、三十秒ほど持続させるのも容易い。
しかし、放った弾速はかなり遅く、ミラが余裕の篭った笑みを浮かべたその時だった。
「『グル・リフォウル』!!」
急激に、手裏剣とオルダ・タングルの速度が目視できないほどに加速する。
ミラはなんとかそれに反応し回避するも、左腕の先が引き裂かれた。
しかし、それだけでは終わらない。オルダ・タングルの弾が手裏剣に着弾すると、手裏剣がその大きさを増す。
修は迫るハイレインの打撃を躱しながら、拳を開いた。
「『グルバオ』!!」
刹那、手裏剣が弾け飛び、全方位に放たれた細かな弾幕がミラに殺到する。
慌てて『窓』を開こうにも、トリオン量が減少した故か、思うようにいかず、全身に弾幕が着弾する。
なんとか急所は避けたものの、トリオンの漏出が激しい。ここでミラが戦闘不能になると、アフトクラトルにとっては、いろいろと不都合が生じる。
ハイレインが険しい顔つきで、修に襲いかかるものの、格闘術に頼った動きでは、アンサートーカー相手に、一撃を当てることは叶わなかった。
「空閑、手段は問わない!!コイツを僕ごと飛ばせ!!」
「《強》印、四重!!せー…のっ!!」
空閑が以前、ドラマで見たちゃぶ台返しの要領で、アスファルトをひっぺ返し、ハイレインごと修を宙へと飛ばす。
ハイレインは滞空できるものの、トリオン体を解除している修では、地面に叩きつけられて終わるはず。
ハイレインが気でも狂ったか、と思っていると。飛び上がったユーが修を受け止め、掌をハイレインに向けた。
「なっ…!?」
「『テオタングル』!!」
一撃が、脇腹を抉る。
ハイレインは忌々しげに、天を背にする修たちを見上げた。
「…先ほどから放つ技の中に紛れ込む『タングル』という名…。もしかせずとも、かつて我が祖国を蹂躙した『あの厄災』の名か…!!
最早、貴様らを本国に連れ帰ろうとは思わん!!例え刺し違えてでもここで殺…」
ハイレインの叫びを遮るように、雷鳴と共に二つの咆哮が轟いた。
────バオォオオォォォォォォォオオオオオッッッッ!!!!
────ZIGAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!!!
「言ったはずだぞ、アフトクラトル」
「勝つのは『おれたち』だ」
ユー、参戦。修はトリオン体だと勝ち目薄いから生身になった。
他の隊員は撃破されたランバネインがハイレインの指示を受けて、なりふり構わず次々とトリオン兵を投下しまくってるせいで、思うように動きが取れない。消費は少ない方がいいけど、相手が雷使うんじゃ仕方ないね。怖いもんね。原作の方だと狙いが千佳ちゃんで、厄介そうな空閑はヴィザ翁が止めてたし、それを遮る相手がハイレインとミラにとってどうとでもなる相手だから、消耗は抑えてたんじゃないかな。
次回で決着かな。