「オサムって、たまにアステロイドを放つとき、『タングル』とか、『ブルクオ』とかって言うよな?」
訓練を終え、昼食を摂っている最中。
空閑は修に対し、前々から思っていた疑問を投げかける。
修はアステロイドを生成するとき、10回に一度は「タングル」と言う。
また、攻撃の種類によって、「ブルクオ」や「オルダ・タングル」など、様々な名称に分けていた。
質問を投げかけられた修は、少し悩んだのち、口を開く。
「…儀式みたいなものだ。
僕が経験した戦いでは、これをどのタイミングで読むかが重要だった」
「たしか、百人の魔物の子供の中から、勝ち残った1人を王にする…だったっけか。
本が燃えたらアウトなやつ」
空閑が確認すると、修は首肯した。
彼が経験した戦いは、一言で言えば、「王位争奪戦」である。
選ばれた百人の子供が、その座を狙い、争い合うという、千年に一度の儀式。
ルールとしては、特定の人間にしか読めない本を駆使し、相手を潰し合うもの。
本に書いてある文字を読めば、本を読んだ人間の心の力を消費し、子供達が攻撃を放つ。
これを駆使して、相手の本を燃やす…というのが、おおまかな流れである。
本を燃やされた子供は、脱落扱いになり、魔界に帰ることとなる。
三雲修は、その中の1人である「ユー」という少年のパートナーだった。
「ああ。本にある呪文を読んで、相手と戦う。僕の本は翡翠って色で、呪文は…15はあったかな?」
「へぇ。じゃあ、一番強いのは?」
「まだボーダーでは言ってないけど、『シン・オルダ・タングルセン』だな。
アレは街一つ吹っ飛ばせるくらい強かった」
使ったのは、数度だけではあるが。
そんなことを思いつつ、修は空閑をまじまじと見つめる。
こうして見ると、本当によく似ている。
元は黒い髪だったそうだが、白の髪がより、かつての相棒の姿を彷彿とさせる。
「…でも、なんでアステロイドと言い間違えたんだ?呪文にも、傾向があるんだろ?」
「……僕のパートナーの術は、ハッキリ言うと、まんまアステロイドなんだ。
第一の術…、一番弱い『タングル』だと、一つの…拳くらいの大きさのキューブを生み出して、射出するくらいしかできない」
流石に細かい調整などはパートナーに任せていたが、大体の軌道は、予め修が彼と相談して決めていた。
修自身は、鉄パイプ戦闘術…母曰く「棒のようなもの殺人術」。前科持ちでないことを切に祈る…で戦っていた。
しかし。三雲修はどれをとっても、誰かの下位互換でしかなかった。
ただ、自身の実力が通用しないものというのは、とっくの昔に自覚していた。
通用しなかった場合の策を、幾重にも練っていたのだ。
心が出す力が勝敗を分ける戦いにて、修の「そうするべきと思ったことへの責任感」と、「それを達成するための行動力」、さらには「誰よりも弱さを自覚すること」が織りなす強さは、勝者であった清麿とガッシュ・ベルのものよりも強大であった。
…彼らと決着をつけることは、残念ながら、ついになかったが。
「…なるほど。だから数が少ないのに、あんなに上手いのか」
「トリオン量が心の力と同じだったら良かったんだがな」
「アンサートーカーで増やす方法とか調べないのか?」
修のぼやきに、空閑がふと思った疑問を口にする。
だが、修は首を横に振った。
「……空閑。自分の脳に指突っ込めるほど、僕の体が柔らかいと?」
「………脳に指突っ込むのか?」
「ああ。もうずっ…ぷりと」
「…………………こわっ」
修がトリオン量を増加しなかったのは、修の体の作りが、自身でそのツボを押すのに、文字通り死ぬほど向いていなかったのだ。
その他の方法になると、もう「他者のトリオン器官を移植する」くらいしかない。
そんな芸当ができる医者もいなければ、修のスペックではそんなことはできない。
そもそも、トリオン器官は抜けば死ぬ…ということを、修は知っていた。
となれば、必然的に方法は前者に絞られる。
清麿は脳に指を突っ込むなどということは拒否するだろうし、躊躇いなくやるだろうデュフォーは放浪中。
結果、修はボーダーでは、普通に戦うしかなかったのだ。
「シェリー・ベルモンド」という、フランスの名家ベルモンド家の令嬢に、ボーダーの云々を相談したところ…。
『強くなれ。
ブラゴだったら、そう言うと思うわよ』
と、なんともまあシンプルな返答をされた。
強くなれとざっくばらんに言われても、トリガーを使った戦闘において、修は不才の部類に入っていた。
アンサートーカーを抜きにすれば、最早、最弱と言ってもいいくらいだ。
…最弱は、今に始まった話ではなかったが。
「…強くなるって、大変だな、オサム」
「……本当に。強くなるってのは、大変なことだな」
かつて居た相棒は、もういない。
しかし、彼が居なくても、立派に立っていることを示さなくては。
隣にいる新たな相棒の言葉に、修は笑みを浮かべた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「三雲修、だな?」
昼食であるラーメンを啜っていると、ふと、横から声が聞こえた。
修は箸を置いてそちらに向くと、背丈の高い、冷徹そうな印象を受ける青年が、修を見下ろしていた。
「えっと、そうですけど…。貴方は?」
「…二宮匡貴。B級一位…No.1の射手といえば、分かるな?」
そうは言われるが、修は少しばかり困った表情を浮かべた。
修は戦闘データを頻繁に閲覧するが、誰がどの順位に位置するか、どんな事情を抱えているかは一切把握していない。
以前経験した戦いは、強さの指標があてにならない場合が多かった。
最弱候補とまで呼ばれたガッシュ、キャンチョメ、ユーの三人が勝ち上がったのだ。
修がランキングを見ないのも、自然なことであった。
「………すみません。僕、ボーダーの事情に非常に疎くって…」
「そんなことはどうでもいい。昼食を終えてから、ランク戦ブースに来い」
本日は日曜日。予定がないとでも思われているのだろうが、残念ながらある。
今日は三雲家に、かつての仲間たちが来るのだ。
定期的に行なっている集会で、この日だけは必ず予定を空けていた。
三雲もまた同じように、なんとか予定を調節して、本日を午前中だけの防衛任務だけで済ませるようにしたのだ。
修は申し訳なさそうに、おずおずと口を開く。
「今日は昼に自宅に帰る予定です。
昔の友人たちが訪れるので、今度にしてくれませんか?
僕にとって、とても大事な友人なので」
「ランク戦くらいはできるだろう。十本くらいならすぐに終わる」
「…………わかりました」
言っても引き下がらないタイプだ。
アンサートーカーがなくとも、そのことを悟った修はため息をつく。
二宮と名乗った男は踵を返すも、即座に修を一瞥した。
あの目は、「逃げたら分かるな?」と圧をかけているのだろうか。
「…ブラゴを思い出す…」
とことん圧に弱いなぁ、などと思いながら、修はスープを飲み干した。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「な、なんと言うことでしょう!!
最近話題をかっさらう三雲隊員!
あの二宮隊長を完封しています!!
…しかし、アステロイドを『タングル』とか何やら言い間違えるのは、一体全体なんなんでしょうか!?」
二宮と修の戦いが始まって、早くも七戦目。
戦績で言えば、二宮に軍配が上がっている。
しかし、五戦目から、修の動きがアンサートーカーを使用したものに変わった。
普段、アンサートーカーを使うことのない修が、二宮相手にそれを解禁したか。
その理由は、至極単純。
五戦目。二宮が開口一番に、「どれだけ高尚な信念を持とうが、弱ければ意味がないな」と煽ったのである。
その言葉を聞いて、修は「手加減するのは失礼だ」と判断した。
二宮の放った言葉は、修とユーを奮い立たせてきた言葉。
あらゆる存在が「格上」と言える中、勝ちをもぎとってきた「戦士」を、二宮は目覚めさせてしまったのだ。
アステロイドのことを躊躇いなく「タングル」と言ってしまっているが、その違いすら気にする余裕もなく、二宮の体が弾け飛ぶ。
「おお。オサムが『タングル』って言ってるってことは、本気だな」
「……俺の時は言ってなかったけど…。
それ、何か意味あんの?」
「オサムにとっては、すごく大事な意味があるんだぞ、みどりかわ」
先日、タングルという単語…もしくは術について聞いた空閑は、食い入るように修の戦いぶりを見守る。
八戦目。
二宮が珍しく表情を崩し、余裕なさげにアステロイドとハウンドを放つ。
しかし、それらの隙間を縫うように放たれた、中程の大きさのアステロイドが、二宮の腕を吹き飛ばした。
「狙撃手かよ…」
「あのメガネ、一体どんな頭してんだ…?」
しかし、それで終わらない。
ハウンドを打ち消し、ブラインドとして放たれたアステロイドが、二宮が慌てて出したシールドに着弾する。
が。その隙をついて投擲した、細長い形のレイガストが、二宮の胸に突き刺さった。
「…うむ。やっぱり、オサムのお母さんがあって、オサムが居るな」
「……三雲先輩のお母さんって、どんな化け物なの?」
「棒のような何かを持たせたら、市街地に出たモールモッドに投げて貫通させるくらいには、人間やめてるな」
「えっ…?アレ、三雲先輩のお母さんだったの…?」
実は先程の戦法は、修が魔物との戦いでよく使っていたものであった。
これにより、パートナーを吹き飛ばし、あるいは怯ませ、本を奪う。
手練れ相手にはあまり通用しなかったが、前半戦では大いに活躍していた。
そのことを鑑みると、魔物との戦いは、常軌を逸していたのだろう。
千年前の魔物との戦いに、ファウード、更には全てを滅ぼすことを望むクリア・ノート。
どれをとっても、下手をすれば…というより、高確率で死ぬ恐れがある戦いだった。
九、十戦目。
最早、二宮に余裕はなかった。
強者からの目線ではなく、久々に味わう格上との戦闘。
二宮には、油断も隙も許されなかった。
それでも二宮の弾丸は届くことなく、アステロイドが、レイガストが彼の体を貫く。
全てが終わって数秒した後、修は急いでブースを出た。
「空閑!早く帰るぞ!高嶺先輩は兎に角、他のメンツは待たせたらやばい!!」
「おわっ!?お、オサム…、まっ…、首っ…!首…っ、絞まってる…!!」
修が空閑を抱えて去っていくを皆が見届け、目を合わせる。
残された二宮は、睨みつけるように、修の後ろ姿を見つめていた。
「………三雲修。覚えたぞ」
余談だが。修が帰宅すると、案の定人だかりができていた。
母が威圧で全員を追い出すまで、修が奮闘する羽目になった。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「ブラゴ、棒持って何やってんの…ってうわっ、汗すごっ」
魔界のとある平原にて。
1人の少年が、黒い外套を身にまとい、棒切れを握る少年へと駆け寄る。
棒切れを持った少年の全身からは汗が流れ、眉間には険しい皺が刻まれていた。
「…ミクモカスミのことを思い出していた。
今思い出しても冷や汗が出る」
彼が思い出すのは、人間界へ出向き、ある魔物と交戦しようとした時のこと。
三雲修に危害を加えようとしたその瞬間、ブラゴは無様に吹き飛ばされ、更には失神させられた。
放たれた一言は、いつ思い出しても、背筋が凍りそうになる。
『次、私の息子に手を出してみなさい。
地獄の底まで追いかけて、どんな手を使ってでも大地に埋めるわよ』
名は、三雲香澄。
三雲修の実母であり、少年が知る限り、人間界最強にして最恐の女。
彼のパートナーが応戦しようとすると、無表情のまま威圧を込めて「出てけ」と言われ、半泣きになっていた。
あのデュフォーすら、彼女にだけは頭が上がらない。
彼女を人質にとって、修と交戦しようとした魔物は、例外なく彼女にぶっ飛ばされてる。
一部の魔物の間では、「三雲香澄」と言う名前は、タブーになっていた。
「ああ、オサムの母さんか。
もしかして、ブラゴまだ怖いのか?」
「アレを恐れるな、と言う方が無理がある」
ここで、香澄の武勇伝の一つを語ろう。
三雲修を狙って、ゴームという魔物が三雲家に襲撃したことがある。
しかし、そこに修はおらず、母である香澄だけが居たのだ。
ゴームのパートナーが彼女を人質に使えば、有利に戦えると踏み、襲いかかったところ。
彼女は物干し竿でゴームを叩きのめした。
術をもって拘束しようとしたところ、発動前にパートナーの本を弾き飛ばすという徹底ぶり。
更には、ただの殴打で、ゴームの頭を地面に埋めてしまったのだ。
以来、ゴームはクリアのもとにいた時も、キャンチョメと遊ぶ時も、「カスミ」という名前を聞くだけで、ビクビクするようになったと言う。
クリアすらも手を出さなかった、超常の存在であり、理不尽の象徴。
その恐怖は、彼女を前にした魔物全員が胸に刻み込んでいた。
「……未来の大将軍が、たった1人の主婦に怯えていては、示しが付かん。
オレはこの恐怖を乗り越え、更なる高みを目指す」
「そんな怖いか、あの人?」
最も三雲香澄と時を過ごしたであろう、少年が首を傾げる。
しばし、沈黙が続く。
その沈黙を破ったのは、白い髪の少年の方だった。
「………お前が未来の大将軍なら、おれは、未来の大臣だな」
白い髪の少年が笑みを浮かべる。
黒い外套の少年は、それに対し、白い髪の少年が手に持っているものを指さした。
「……………そう言うセリフは、その手に持っている課題を終わらせてから言え」
「ですよねー…」
白い髪の少年はがっくりと肩を落とすと、ふと、つぶやいた。
「……オサムに自慢できる大人への道のりは遠いですなぁ」
「……ふんっ」
少年たちの苦悩は、まだ終わりそうにない。
第一の術、「タングル」はまんまアステロイド。
第二の術、「ブルクオ」は、放った術を増やす…ただし燃費はクソみたいに悪い。
第三の術、「オルダ・タングル」は、操作可能なアステロイド。軌道は元より修がパートナーと相談して決めていた。
最強呪文の「シン・オルダ・タングルセン」については、まだ明かしません。