なだらかな丘を越えた先にある村が漸く見えたか、あれがカルネ村―――ンフィーレアは疑問を頭に浮かべた。村の周囲を囲うように丸太を主軸に据えた頑強そうな壁なんてなかった筈だと、それはルクルットも同じように感じ取ったのかもしれない。思わず弓へと手を伸ばしながら警戒するその先には先日戦ったのと同じゴブリンの姿があった。
「そこで止まってくだせえ。武器も手放すのをお忘れなく」
「ゴブリン……全員囲まれてるぜ」
忠告と同時に草むらに隠れていたゴブリンが一斉に顔を出す。総数的には20そこそこ、弓や槍、剣を構えたゴブリンたちに周囲を完全に取り囲まれている。数の優位を捉えている上に完全な包囲、不利を通り越して負け確実な状況に漆黒の剣の面々は顔を顰めた。この状況を脱する手立てが思いつかなかった、モモンやアーサーの力があればなんとかなるだろうかと思うが二人は真っ先に両手を上げて戦闘の意志がない事を表明した。
「落ち着きましょう、向こう側も戦闘を積極的に行うつもりはないようで。ンフィーレアさんもいますし避けられるのなら避けましょう」
「御理解の程、感謝しやすぜ旦那方。出来れば此方も戦闘は避けたい、特に旦那方とはね」
不敵に笑っているが向こう側としても自分達の実力の差が明らかになっているのも分かっている、故に穏便に済ませたいと思っているらしい。ペテル達もそれに沿うべきかと武器を収めようとした時に門の近くへと近寄ってくる少女ともう一人、鮮やかな着物を着崩しながら弓を背負っている勇ましい男の姿見えてきた。
「おおっ客人かな」
「エンリの姐さんに藤太の兄さん、丁度いい所に」
「ゴブリンさんどうしたのってンフィーレア!?」
「エッエンリ!!?」
そこに現れたのはカルネ村に向かう前に救った少女、エンリ・エモットとキャメロットから派遣したアーチャー・俵 藤太であった。何やら誤解が解けたのか村の中へと入る事が出来た一行。ンフィーレアは一度エンリと話をする為に離れ、漆黒の剣は少し休憩する事にしたらしいのでモモンとアーサーは藤太と話をする事にした。
「藤太、カルネ村の復興は順調そうか。村を囲う壁は見たが」
「尽力させて貰っておりますぞ、カルネ村の皆も五体満足無病息災意気軒昂!!何せ喰う事に限っては困らせる事はあり得ないですからなっ!!ハハハハハハッ!!!」
高らかに笑う藤太に村の中を見渡すモモンは確かに、と言葉を漏らした。荒れている部分は無く綺麗な村へと生まれ変わっている、田畑も十二分にあり収穫も期待出来る。そして試験的にコメを育てる田なども小さいながらに完備されている辺り流石日本人の英雄だと言わざるを得ない。カルネ村では白米は好評らしい。そしてある部分を指差すとそこでは村人たちがゴブリン達に習いながら弓を引いて矢を藁を束ねた的目掛けて放っている。
「弓、ですか。藤太さんが教えたのですか?」
「俺も教えはしたが基本はゴブリンらだな、俺のような和弓を使える者は少数でな」
「でも全然じゃないっすか?」
「ハハハハハッいやはや手厳しいな!!だが10日ほど前までは全然だったのだ、それを踏まえれば上々なのですよルプスレギナ殿」
マシュやルプスレギナの言葉に暖かい目線を作る藤太に二人は同意だった。彼らは戦う術を持たなかった村人だった。だが家族を奪われた経験がそれを変えた、自分達の身を、家族を守るための力を付けたいという思いが実を結び始めている。家族を助けてあげれなかったが未来へ向かう事は助けられる、それが出来て少しばかり安心した。
「さてそれでは俺は皆の為に飯でも作りに行こうかな、今日は腕を振るうとしようか!!マシュ殿もルプスレギナ殿も期待してくれてよいですぞ」
「はいっ藤太さんのお料理はエミヤさんにも負けない程ですから楽しみです」
「おおっキャメロットの副料理長さんにも負けない程なんすか、それは楽しみっすねぇ」
「ハハハハッ美しいお嬢さん方に期待されると気合も入るなぁ!!」
高笑いをしながら遠ざかって行く藤太を見送りながら胸を撫で下ろした、心の何処かでカルネ村の事は気になっていたらしい。だがこれなら安心出来る。だがそこへ息を切らすように走ってくるンフィーレアが迫ってきた。
「あ、あのっ……モモンさんとアーサーさんはアインズ・ウール・ゴウンさんとアルトリウス・ペンドラゴンさんなのでしょうか!!?」
「んなっ!!?何処でそれを……!?」
「馬鹿……認めてるようなリアクションすんな……」
「あっ……」
誤魔化そうかと思っていた所にモモンの慌てぶり、もう隠しようもない……マシュは盾を握る力を強め、ルプスレギナは瞳を鋭くしているが抑えるように言いつつも溜息混じりに認めた。
「ああそうだ、事情があって名を隠していた」
「やっぱり―――あ、あのすいません僕は別に言いふらそうとかじゃなくてその……ぼ、僕の好きな人を、エンリを助けてくれた事へのお礼を言いたくて……」
顔を赤らめながらも素直に白状するンフィーレア。矢張りポーションを持つ者への興味と製法を知りたかったという知識欲から依頼を出したらしい、と言っても二人からすれば実害もない上に自分達の事も秘匿してくれるという事なので咎めるつもりもない。可能であればこれからもいい関係を築いて行けたらと思いながら去っていく背中を見送った後―――アルトリウスはモモンガの頭を一発殴った。
「ったぁ!?」
「もうちょっと腹芸っていうのも覚えようぜモモンガさん。驚いたのは分かるけどさ」
「も、申し訳ありません……」
「しっかしあのポーションがこの世界だとそんなに価値があるなんて……なあモモンガさん、いっその事彼にポーションの研究を委ねてみるのも悪くないんじゃないのか?」
「えっどういうことですか先輩っじゃなくてマスター」
口調を直しながらのマシュの疑問に答える、基本的にユグドラシルのアイテムは補充はする事が出来ない。魔法を封じ込める
「悪くないですね、可能ならば彼がカルネ村に移住して研究してくれると一番いいんですが……」
「その辺りは今後の交渉次第じゃないでしょうか、資金や設備を持つという条件にしつつそれらを使って効果を高めたポーション販売は許可するとかにしたら……」
「無理矢理は駄目なのでしょうか」
「出来る限り穏便に行いたい。折角友好関係を築けている、そこは有効に使うべきだ」
「成程っ流石至高の御方々!!!」
「ここからが薬草の採集ポイントになりますので護衛をお願いします」
談話も終了し、休憩も十分にとってから漸く本題である薬草採取へと入る事になる、森の賢王と呼ばれる強大な魔獣のテリトリー。そのテリトリーが故にある種安全は確保されているが件の魔獣が問題になる位だろう。それでもモンスターと遭遇する可能性が高まりかなり危険な行為であるので冒険者である皆は入念に準備を整えてきた。
「モモンさん達が居るなら何とかなるだろ、あれほどの力を持っている方が一緒なら心強いですし」
「万が一森の賢王と出会った場合なんですけど、出来れば倒さずに追い返すことは可能ですか?カルネ村が被害に遭わなかったのも賢王の縄張りだったからです」
「何とかやってみましょう、それに賢王と呼ばれるのであれば戦う事が不利益と考えてくれるかもしれないしな」
正直な所、力付くで上下を分からせてやった方が簡単で楽なのだが……此処はそう言う事にしておこう。実際は自分達の力を知らしめる為にモモンガがアウラに指示を出して森の賢王を誘き出させている。敢えて戦う事で名声を高めようのが目的。殺さないという約束もあるので爪の一本や尻尾を切り取って持ち帰る程度にしておくとしよう。
「……おい不味いぜ、なんかでかいのがすげぇ速度でこっちに来てる……!!」
順調に薬草採取が行われていき、十分な量に達しようとしていた時の事だった。ルクルットが森の異変と凄まじい気配が迫ってくるのを感知。馬の速度などではない、それ以上の速度で乱立する木々の間を縫うように爆走している。もう間もなく此処へとやってくると警告を飛ばす。
「森の賢王か!?」
「分からないけどそう仮定した方がいいかもしれねぇ!!」
「では打ち合わせ通りに此処はモモン殿らにお任せし、我らはンフィーレア殿を連れて退却するとしよう!」
「それが一番だ!!」
「はいっ!!」
前もって決めていた通りに手早く荷物を纏めてンフィーレアを守るようにしながら漆黒の剣は撤退していく。行ったのを確認すると武器へと手を掛け構えを取る。そしてその直後に木々の隙間から突如としてとんでもないスピードで鞭のような物が身体を貫かんと迫りアーサーへと炸裂しようとする―――直前にマリーが前へと出るとそれを完璧に受け止めて別の方向へと受け流す、するとそれは一気に森の中へと消えていく。
「マリー手応えは」
「まるで鋼鉄のようでした……しかもあの速度とあんなに自在に……」
―――それがしの初撃を完璧に防ぐとは……天晴でござる。
「「……それがし……ござる?」」
マリーの分析をまるで上書きするように響いてくる声の言葉を聞き返すかのように呟いてしまう、そんな言葉をギルドメンバーの武人武御雷、弐式炎雷がそんな言葉を使っていたような記憶がある。
―――さて、それがしの縄張りに土足で侵入してきた者よ。いま退くのであれば、先程の見事な防御に免じて追わずにおくでござるが……どうするでござるか?
「愚問だな。そういう貴様こそ姿を見せたらどうだ」
―――言うではござらぬか……ならばそれがしの偉容に瞠目し、畏怖するがよいでござるよ!
声と共に木々の間から声の主が姿を遂に姿を見せる。その姿を見たモモンとアーサーは思わず言葉を失った、まさかこんな魔獣が居るなんて思いもしなかった、いやユグドラシルでもいなかった。彼らの常識では当てはまらない魔獣がそこにいた。
―――驚愕に動揺、それに支配されているようでござるな。それは正しい反応でござる、生物として正しい反応でござる。
マリーとルギナはそんな事ないと二人の顔を見る、そこには動きを完全に止め、驚愕している姿があった。まさか至高の御方である二人を驚愕させるなんてと……と思う中で強い警戒心を抱く中で二人は思わず口を揃えるようにしながら言ってしまった。何故ならば―――
「「お前の種族……ジャンガリアンハムスターって言わないか?」」
「―――なんとぉっ!!もしやそれがしの種族を知っているのでござるか!?」
その姿は余りにも巨大で20メートル近い尻尾が異様ではあるが、どう見ても見た目はジャンガリアンハムスターだ。愛玩動物としてペット人気も高いあのハムスターが目の前にいたらそりゃ驚くだろう。
「大きいフォウさん、みたいです」
「いや流石にフォウ君とは違うと思うよマシュ……」