エ・ランテル外周部の城壁内の四分の一、巨大な区画を丸ごと使用しているのは共同墓地。これほどまでに巨大な区画を墓地として使うのは理由がある。それは戦争の際に拠点として扱われるだけではない。死者が集まる場所、生者が死を迎えたその場所には不浄なる命が生まれてくる場合が多い。墓地に不浄なる者、即ちアンデッドが発生したとしてもある程度の数ならば隔離出来る。だがそのまま放置するわけではない。
アンデッドを野放しにし続ければ負の力が強まり、より上位のアンデッドが湧きだしてしまう。そしてより上位のアンデッドが現れれば更に負の力が強まり―――と言った負のスパイラルを防止する為にも定期的に冒険者が墓地の中へと入ってアンデッドを狩るのだが、今その墓地では衛兵たちが大騒ぎを起こしていた。
―――墓地を埋め尽くさんとする限りのアンデッドの大群が迫っている。
途轍もない数のアンデッドが壁をよじ登ろうとする、それらを阻止するために長槍を振り下ろしては持ち上げ再び振り下ろすのを何度も繰り返す。繰り返すうちに自分の鼻につく腐敗臭が嗅覚をマヒさせている、それだけ長い時間彼らは自らの役目を必死に全うしている。だが徐々に疲労が溜まっていく。疲労という概念がないアンデッドはただただ壁を登ろうとしてくる。衛兵の隊長は後退の命令を出す、自分達だけでは到底対応しきれない。応援を待って殲滅するしかないと思っていた時の事、更なる絶望が到達した。
「夜は静寂、というのが定番だと知らないらしいな」
「アンデッドにとっては今こそが騒ぎ時、なのかもしれないな」
「成程一理あるな」
彼らが着用している金属製のプレートを見て冒険者か!?と希望を抱く中でそれが銅のプレートであることに気付きそれらが無に帰そうとするが、それが如何したと言わんばかりに言った。
「門を開けろ、この先に用がある」
「よ、用がある!?今この先の墓地はアンデッドが山ほどいるんだぞ!?無数の数のアンデッドが!!」
「それがこの私に、モモンに何か関係があるのか」
圧倒的なほどに自信を持つ戦士、威圧的な言葉に思わず威圧されて何も言えなくなる。だがそんな事知った事かと、門の向こう側のアンデッドが濁流のように門を何度も何度も乱暴にぶつかり続けて行く。マナーがなっていないなと呟きながらモモンは僅かに身体を小さくすると瞬時に飛び上がった。
「では勝手に行かせて貰おう。行くぞルギナ」
「はいっすモモンさん!!」
「承知したでござる殿!」
「続くぞ、遅れるなマリー!!」
「はいっマリー戦闘開始します!!」
そんな言葉を残してその一団はまるで小さな溝を超えるかのような軽快さで壁の向こう側へと行ってしまった。嵐が過ぎ去った地のような静けさが衛兵の間に広がっていく、僅かな時間が経ってもいない筈だが衛兵たちが気付いた。アンデッドの呻き声が全くしない。壁の向こう側を恐る恐る視界に入れると居たはずのアンデッドの群れが居ない、先程まで自分達を殺そうと壁を乗り越えようとしていたあの亡者たちが……。それどころか遠くからは剣戟の音が聞こえてくる。
「俺達は、伝説を見てるのか……?漆黒の戦士と赤金の戦士―――いや英雄だ、あれは間違いなく英雄なんだ……」
「行くでござるよぉ!!」
「お願いしますっやぁぁぁっっ!!」
尾をバネに、発射装置のようにして一気に打ち上げられたように加速したマリーは大地へと突撃するようにしながら大盾を振り下ろした猛チャージでアンデッドを纏めて粉砕する。それと同時に盾を振り上げながら魔力を放出してその衝撃波でそれらを吹き飛ばしながら一気に後退しハムスケの上へと着地する。そこへと殺到するアンデッドらの前にルギナが躍り出ると笑みを浮かべながら魔法を発動させる。
「
広範囲指定を行った上での回復魔法。本来は生者を癒す為の魔法だがそれは死者であるアンデッドには毒となり、命を奪う脅威となる。それらを受けて一気にアンデッドの群れに穴が開いて行く。
「マリー殿もルギナ殿も素晴らしいで御座るな!!」
「いえ私なんてまだまだです」
「でも褒められるのは悪い気はしないっすねぇ♪」
「しかし随分と某らに集まって、来るで御座るな!!」
長い尾で周囲を一気に掃除するように薙ぎ払いながらハムスケは異常な数のアンデッドに驚く。元々アンデッドは生者を憎んでおり積極的に被害を与えるという性質がある。それ故にマリー達は集中的に狙われてしまう、モモンガもそれを理解しているのかちゃっかり指輪を外しておりアルトリウスに敵が向かいやすくなっている。
「まあいいけどさ……にしても凄い数だなっ!……こんだけの数を呪文で揃えるとして、どれが該当するか分かるぅモモンガさん!!」
「多分っ!!ですけどこれだけの数となると!!第七位階の〈不死の軍勢/アンデス・アーミー〉だと思います!!」
迫ってくるアンデッドを狩りながら思い当たる魔法を尋ねてみると直ぐに答えは帰ってきた。流石は取得している718の魔法を暗記しているだけのユグドラシル廃人、尊敬を向けつつもそう考えるとまだまだ数が居る事になってくる。流石に時間を掛け過ぎるのもあれだろうとモモンガは<中位アンデッド創造>を発動し自らの下僕となる物を作り出しアンデッドの相手をさせていく。有象無象程度ならば無双できるので心配ない、更にこの墓地に何者かが侵入しないように、した場合の追い返す為の下位のアンデッドも創造しておく。これでいざという時は遠慮なく自分達の全力を出す舞台が出来上がった。
「マリー達は見張りも兼ねてそこで待っていてくれ」
「分かりました、お気をつけて」
「お待ちしてるでござるよ~殿~」
「お気を付けて行ってらっしゃいませ」
「カジット様……」
霊廟の入り口付近にて儀式を行っている内の一人が小声で中心部にいるローブの老人に言う。小声だろうと自分達にとっては聞こえる、声をかけるにしても名前を出す時点でアウトなのだがそれ以上に色々な所がアウト過ぎると同じく魔法詠唱者であるモモンガは溜息をつく。
「……貴様らアンデッドの群れを突破してきたのか?」
儀式を邪魔されたからか、それとも名前を呼んだ一人に苛立っているのか忌々しげにカジットが質問を投げ掛けてきた。暢気な物だ、見れば分かるだろうに。
「頭の外だけじゃなくて中もないようだな、見て分からないのか」
「……プッ」
呆れたモモンの声に思わずアーサーが噴き出した、幸いな事に聞こえていなかったらしい。肘で突かれたので咳払いしつつもアーサーは気を取り直して真面目な声で言う。
「ンフィーレア・バレアレを返して貰おう、そして―――其方にいる刺突武器を持ったお嬢さんも出てこい。隠れていたとしても俺から逃れられると思うな」
それに応じるように霊廟から一人の女が顔を出す、愉悦に歪ませながらも自分の優位を信じ切っている表情と甘ったるい声が特徴的な金色の髪をしたマントを羽織った女。
「あっははっいや~バレバレみたいだったしさ。隠れてても仕方ないなって思ったからいいよねカジっちゃん」
「お主……」
「それで其方さんのお名前を聞いても良いのかな、あっ私はクレマンティーヌ。宜しく♪」
歪みながらも良い声を響かせながら此方を品定めするかのような瞳を向けてくるクレマンティーヌに冷めた目を投げ続けながら一応アーサーとだけ名乗っておく。
「モモン、あの女は私が相手をしよう。それが礼儀だろう―――格の違いを見せてやろう」
「勿論だとも」
「クレマンティーヌとやら、あちらで戦うとしよう。君もその方が楽しめる事だろうからな」
「自信タップリだねぇ……良い声してるし私の好みの男かもぉ……そうだとしたら、少し長生きできるかもよ」
淫靡な言葉を作りながらアーサーの後に続いていく、それに揺らぐアーサーではなく真っ直ぐと歩き続けて行く。それに硬派な所も高印象と勝手に好感度を上げて行くクレマンティーヌに何やら複雑な寒気を覚えてしまう―――主に某溶岩水泳部にも似た何かと妻の何かを感じた気がした。
「それにしても本当に良い声してるねぇ~顔が見たいなぁ……見せてよお兄さん♪」
「……」
「そぉんな所もまた魅力的ィ~そぉいえば私が店で殺した雑魚はお仲間だったの、だから怒っちゃった?」
必要以上に嘲るように、彼女は言った。殺した時の感触、死にざまの表情、ベラベラと自分から様々な事を喋り出す。だがそれはそれで滑稽に思えた、彼女が殺したと思っている漆黒の剣は自分が生き返らせたのだから……それももしかしたら聖騎士でもあり竜である特異な自分故だろうか思いながらそろそろいいだろうと足を止めて振り返る。
「ここいらで始めるのぉ~いいよ、クレマンティーヌお姉さんが貴方を存分に可愛がってあげる。その兜の下が良い男だったら―――もっともっと可愛がるけどね」
「遠慮しておく」
天目村正を抜き放ち腰を落としながら構えるとクレマンティーヌは愉悦を感じながらもマントを広げた。そこにあったのは
「良い趣味をしてるな全く……」
「有難うねぇ~貴方みたいないい声で言われると嬉しくなっちゃうぅ~ン」
「皮肉だクソが……」
思わず素になりながらも更に力を込めて握る。紛れも無く、この世界における強者との戦いだ。決して油断はせず、戦うと決める―――此処が本当の意味での異世界での自分の初陣。