天草空は乳を揉みたい   作:ゲリラ

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武器の調整にはご用心

 

 俺は今、装備科(アムド)棟の地下3階にいた。辺りを見渡すと、無数の銃器がラックに収められており、それが廊下の果てまで続いている。

 その中を歩いて、『ひらがあや』と平仮名で書かれた表札のついたB201作業室をノックする。

 

『はーい! 開いてますのだー』

 

 中から子どもっぽい女の子の声が聞こえる。

 昨日は出かけてたみたいだけど、今日はいたんだな。よかった。

 俺は扉を開ける。

 部屋の中は、相変わらず武器や物がたくさん置いてあってゴチャゴチャしていた。

 

「おーい、あややぁ! 武器のメンテに来たぞー」

「おー! ソラくんですのだ!」

 

 奥の作業室からアリア並みに小さい女の子が出てきて、こちらへ駆け寄ってくる。

 彼女は『平賀(ひらが)(あや)』。俺は親しんで『あやや』と呼んでいる。めちゃくちゃ小柄で見た目小学生のような容姿をしているが俺と同学年だ。

 そして、装備科専門のAランク武偵でもある。しかしこのあやや、只者ではなく実際の実力はSランク相当である。

 誰も作れないような装備を誕生させたり、殆どの物を改造できるなど、装備科におけるセンスは超一流であるのだが……よく違法改造するのと装備品の壊れやすさ——及び動作不良が原因でSランクから降格させられているのだ。

 それでも彼女に武器の改造を頼む生徒も多い……けど、メンテナンスを頼む生徒はあんまりいないかも。

 俺は、いつも使っている刀とガントレット、最近、理子に貰ったS&WM686をあややに渡す。

 

「ん? コルト・パイソンはどうしたのだー?」

 

 あややがS&WM686を見ながら言う。

 あー、やっぱりコルト・パイソンのことを聞かれたか。

 

「この前のハイジャック事件で壊れちゃったよ」

「えー!? どうして、ここに持ってこなかったのですのだ!?」

 

 それは暗に私が修理してあげますよってことだよな? まぁ、でも思いっきり風穴空いてたしなぁ……

 俺は、そのことをあややに伝えるとあややも、うーん…うーん……と唸りながらも渋々納得していた。

 

「じゃあ、この銃を新しく扱うってことですのだ?」

「そゆこと」

 

 へー、と言いながらS&WM686をいろんな角度から見ているあやや。その行動は武器職人としての本能だろうか? それにしてもかなり様になっている……小柄な体型がネックだけど。

 

「じゃあ、いつも通りシングルアクション限定にカスタムするのだ!」

「おう。よろしくたのむよ」

 

 先ほどから見ていて分かると思うが、俺とあややは結構親しい。

 彼女と初めて関わったのは一学年の春からである。つまり、ほぼ最初だ。

 しかし、その時は単なる商売相手としての関係だった。俺もあややもお互いについてあまり知ろうとしなかったのである。

 そんな俺と彼女が深く関わるようになったのは、一年生の冬——つまり、俺がEランクからSランクに上がろうと奮起していたときである。

 当時の俺は自分でも思うほどめちゃくちゃで、武器のメンテナンスなんてまともにやっていなかった。

 そして、俺が持っていたボロボロな刀と銃を偶然見たあややが俺に怒り顔で近づいてきたってわけだ。

 当時の俺は、初めはガン無視をかましていたんだが、あややがガチの怒り顔と泣き顔を見せてきて、メンテナンスは無料でやるからって言うので、俺も折れてメンテナンスを頼んでいた。おそらくだが彼女は、ボロボロな刀と銃を見ていられなかったという職人気質的なもので引き受けたんだと思う。

 そして、それで関係は終わりでもう二度と彼女にメンテナンスを頼むことなんてないだろうと思っていたら、その次の次の次ぐらいの時の依頼で疲労とか怪我とかの蓄積で俺がぶっ倒れた。

 彼女は一度、武器のメンテナンスをした縁的なやつでお見舞いに来たが俺の側に置いてあった刀と銃を見て、またしても怒り顔と泣き顔。

 けどそれは、最初に見せた顔とは違って、銃と刀以外にも俺の心配もしていたみたいだった。それで、俺も入院していて心が弱っていたため、あややに弱音とか心の中に抱えてた黒い物とかを全部ぶつけてた。

 あややはそれをずっと無言で聞いていて、話が終わった後に俺にこう言ったんだ。

『ソラくんの武器は、文がこれからずっと無料でメンテナンスしてあげるのだ! だから、ソラくんの無理に付き合ってくれてるこの武器たちをしっかりと労ってあげて欲しいのだ!』

 当時のあややは既に魔改造職人として有名だったし、武器を大事にとかお前がなに言ってんだ、って思ったんだけど、その時のあややの顔見てたら、とてもじゃないが言えなかった。

 あややはめちゃくちゃ笑顔だったんだ。

 どうして笑っているのかと聞くとあやや曰く、『刀も銃も使用者も大バカで面白いのだ!』らしい。

 それから俺は、武器を大事に扱おうと思うようになり、自分でもメンテは出来るのだが、定期的にあややのところに行ってメンテナンスをお願いしているというわけだ。

 そのことを一度キンジに話したんだが、本当にあややに武器をメンテナンスを任せていいのか? ということと、あややからお金を取られないってお前何したんだよ的なことを言われた。

 前者はおそらくだが、あややが改造したりするものはよく動作不良を起こしたりすることを言っているのだと思う。でも、あややにメンテナンスしてもらった俺の武器は今まで一度も動作不良が起こっていないので特に気にしてない。

 後者は、あややが武器の改造を引き受ける際に、高額な料金が発生するということからきていると思う。あややは武器職人であり、商人でもあるというわけだな。

 それで、流石に俺も気になって、Sランクに上がってから一度お金のことを聞いたんだが、あややは、お金は要らないからしっかりメンテナンスをさせてくれと言ってくれたので、今も無料でメンテナンスをお願いしているというわけだ。あややには感謝だな。

 さてと、あややとの関係性については話せたので——

 

「俺は一旦帰るよ。メンテナンスよろしくお願いするぜ」

 

 そう言って俺はあややの部屋から出ようと扉に手をかけようと——

 

「あー!! ちょっと待って欲しいのだ! ソラくんには色々と聞きたいことがあるのだ!」

 

 ——さあさあ! 座って座って! と言って、俺を椅子に座らせるあやや。

 だが、別に驚きはしなかった。あややは時折、俺をこうやって呼び止めて雑談をしようと持ちかけてくるのだ。

 

「それで、何を聞きたい? ハイジャック事件のことか?」

「ううん。それは別にどうでもいいですのだ!」

 

 ……あ、どうでもいいのね。ここ最近で起きた、俺の一番の事件なのに。

 

「じゃあ何を聞きたいんだよ?」

 

 少しふてくされながら、俺はあややに聞く。

 

「うーん……そうですのだ! 最近、噂になっているレキさんとソラくんの関係について聞きたいのだ!」

 

 うげっ!? もう噂になってんの!? と俺が驚くと、あややはウンウン! と頷く。

 

「なんでも、ソラくんがレキさんを無理やり襲ったとか、ソラくんがレキさんを夜這いしたとか、そんな感じですのだ!」

「おい、一個目と二個目あんまり変わってねえよ」

「ソラくんの悪名の賜物ですのだ!」

 

 そんな悪名と賜物はいらねえ。

 

「でも、ソラくんはそんなこと絶対しないって知ってるから文は、実際のレキさんとの関係が気になるのだ!」

「え、なんでそんなことしないって思うの? 俺、一応自分でも変態だと思うけど」

「だってソラくんは優しいから、人がとても嫌がる事を絶対にしないのだ!」

 

 あー、以前にも白雪に同じこと言われた気がする……

 こういうのって自分の本性が見透かされているようで、照れくさいんだよなぁ……

 

「それで、実際のレキさんとの関係はどんな感じなのだ!?」

「お、おう」

 

 え、えらい食い気味にくるな、あやや。

 これはよく聞く話だが、あややは、他人の恋愛話が大好きらしい。

 なんでもあやや自身、自分の身体に女として魅力が無いのがわかっているため、他人の恋愛事にかなり興味を示したくなるんだとさ。

 一度俺が、あややは可愛いと思うんだけどなあって言ったら真面目な顔して『ほんとなのだ!?』と聞いてきたから、『ああ本当だ。可愛いぞ』って返したら真っ赤な顔して喜んでいた。でも、その後に『俺はデカパイ子ちゃんの方が好きだけどね』と言ったら今度は真っ赤な顔しながら俺の頭をラチェットでぶっ叩いてきたのは良い思い出——いや、痛い思い出だな。

 ……で、俺とレキの関係だっけ?

 

「俺とレキはだなぁ……そうだな、友達以上、結婚直前未満ってとこだな」

「ふむふむ。友達から結婚直前……って範囲広すぎなのだ!?」

 

 いや、でもそんなもんじゃないの? キスしてるし抱きついてるしなぁ。

 あ、でもそれじゃあ理子も一緒なのか……? 

 まぁ、いいや。

 

「そんな感じだけど……ってどうしたあやや? そんなに全身震わせて……」

 

 あややはプルプルと全身を震わせて俯いていた。

 …………うんこ我慢してんのか?

 

「おトイレ近いなら——」

「もっ、もしかして! キスとかしちゃったのだ!?」

「行っても……キス? ああ、したけど?」

 

 ——バキューン! と頭を撃ち抜かれたように仰向けにぶっ倒れるあやや。

 本当にどうしたんだよ……?

 するとあややは、バッ! と立ち上がり必死に背伸びして俺の両肩に手を置こうとする。

 

「……っ! ソラくん…っ……! しゃがむの…だ……!」

 

 プルプルと足を震わせながら、必死に背伸びして俺の肩を下げようとしていた。

 あ、しゃがめってことだったのね。おっけい。

 俺はあややと目線を合わせようと、あややの顔が真っ直ぐ見えるところまで膝を曲げる。

 

「——あっ!?」

 

 俺がそうすると、あややは変な声を上げて顔を真っ赤にしながら俺から距離を取る。

 一体、どうしたんだあやや……まるで俺が嫌われたみたいじゃないか。

 

「ソ、ソラくんの顔が……目の前に……目の……前に……」

 

 何かをボソボソと言っているあやや。流石にちょっとおかしいんじゃないか?

 

「おーい、あやや? 腹が痛かったりしたら俺に気にせずトイレ行っていいからなぁ!」

 

 俺は、何かをボソボソと言ったままフリーズしているあややの顔の前に手を振りながら言う。

 

「——っ! うきゃ!?」

 

 あややの体が突然、ビクッと反応したかと思いきや、またしても俺から距離を取ろうとする。しかし、あややのすぐ後ろは壁であるので、これ以上、下がることができない。

 ——って、絵面だけ見たら俺があややに襲いかかってるみたいだな。

 

「一旦、落ち着けあやや。さっきからおかしいぜ? もしかして熱とかあるんなら俺に気にせず療養してくれよな」

 

 それと、俺もいない方がいいよな? と言って、俺はあややに背を向ける。そのまま扉の方へ行こうと思ったら——俺の防弾制服の袖を何かが引っ張ってるような感覚がした。

 後ろを振り向くと、俯いたままのあややが俺の制服の袖を軽く掴んでいる。

 

「どうしたんだあや——」

「——ソ、ソラくん!」

 

 お、おう……突然、顔を上げて来たからびっくりしたじゃないか。

 

「文と、キ、キ、キ——手を繋ぐのだッ!」

 

 『キ』を連呼したかと思ったら、今度はすごい剣幕で顔近づけてきたよ。お兄さんびっくり。

 とりあえず俺は、あややの言う通りに手を握る。

 

「お、おう——これで、いいのか……?」

「う、うん……」

 

 俺が手を握ると、またしても顔を俯かせるあやや。でも髪の間から顔が真っ赤になっているのがわかる。

 ……そんな顔されたら、さすがに俺も照れる。

 それに、あややの手は、装備の改造とかしてるから結構固いのかなって思ったら……全然柔らかくて……こんなにも小さくて……

 俺の武器は、この手によって守られてるんだな……俺の命は、この手によって守られてるんだな……

 俺は、妙な気分に襲われていた。なんだか、あややが愛おしく見える。

 なんで最近の俺は、デカパイ子ちゃんでもないレキとかあややのことがこんなにも可愛く見えてくるんだ……?

 気づけば俺は、勝手に何かを口走っていた。

 

「——あやや、いつも俺の武器をメンテしてくれてありがとな。お前が俺の武器を修理してくれるおかげで俺はこうやって生きていられるんだ。お前のこの手が俺の命を守ってくれてるんだ……俺の命はお前によって吹き込まれているんだな……」

 

 て、照れくさい……俺は一体何を言っているんだ? 

 でも、俺自身もお礼が言えて満足というか……うわっ! やばい……顔が熱い……!

 俺ってこんな純情ボーイだったっけ!? もっと変態キャラ的な感じじゃなかったの……?

 

「あ、文も、ソラくんの武器をメンテナンスしているときは、い、いつもよりも、もっと気をつかっているのだ……だ、だからもっと強く……手を、握って……?」

 

 そう言って上目遣いに俺を見るあややはとても可愛くて、いつもの小柄で子どもっぽい様子は全くなくて、一人の女の子なんだなと思わせられた。

 

「あ、ああ……」

 

 俺はあややの手を強く握る。すると、あややも俺の手を強く握り返してきた。

 お互いの手の熱が染み込むように伝わってくる。その度に俺の全身があややに包まれているように感じて、顔がまた熱くなってくる。

 

 ——そして、そのまま俺たちは手を握り合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「——じゃ、じゃあ、武器のメンテが終わったらまた来るよ!」

「う、うん。わかったのだ……また来てほしいのだ……」

 

 や、やばい、そろそろバイバイしようと思ったのに顔が合わせられない。

 ただ手を握っていただけなのに、何があったんだ俺は……

 

「じゃ、じゃあな! いつもありがとうなっ!」

 

 そう言って俺は逃げるようにあややの部屋から出て行く。

 

 走りながら俺は自分の右手を見る。

 そこにはまだ握っていたあややの柔らかい手の感触があって—–

 

「ああもうっ! 俺はロリコンじゃないんじゃ! デカパイ子ちゃんが好きなんだァアアアアアアアア!!」

 

 俺は、そう叫びながら武偵高内を走り回った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、校内を絶叫しながら走り回ってる『変態』と、妙に幸せそうな顔をしていた平賀文が発見されたらしい。

 


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