「のわァアアアアアアアアあああああ!!」
俺——天草ソラは、現在、夜の道路を全力で逃走中であった。
——ヒュン!
俺の頬を1発の銃弾がかすめていく。
レ、レキのドラグノフの銃弾だ……!! ア、アイツ、俺をマジで
俺の携帯に着信音が鳴る。
相手は当然ながらレキだろう……。
俺はAIR POPという、うどんのような形状の完全ワイヤレス式のイヤホンを片耳につける。これは、運動する際によく邪魔になるコードを全て取り去ったイヤホンである。
そして、電話に出て、開口一番に怒鳴る。
「おい! お前、ふざけんじゃねえよバカ野郎っ! マジで殺すつもりか!」
俺の怒りの返事としてイヤホンを通じて返ってきたのは——1発の銃弾、と電話から聞こえてくる無感情な声。
『アリアさんのお兄ちゃん呼びは興奮しましたか?』
——ビクッ!
俺の体が震える……正直、アリアのお兄ちゃん呼びにはめちゃくちゃ興奮しました。
『平賀さんの手は柔かったでしょうか?』
——ビクビクッ!
再び俺の体が震える……正直、あややの手はめちゃくちゃ柔らかくて温かったです。
『白雪さんからの頬へのキスは嬉しかったですか?』
——ビクビクビクッ!
またまた俺の体が震える……正直、白雪のキスにはめちゃくちゃ喜びました。
『他にも
えへへ、レキちゃん、俺が女の子にいっぱい手を出しているから怒ってるのね。でもね、ソラくん思うんだ。
「レキの声、久しぶりに聞いたなぁ……と思いました」
『……そうですか。私もソラさんの声を久しぶりに聞きましたが、これで最後になるとは思いませんでした』
お、俺も最後になるとは思わなかったよ……というか思いたくねえよ!
——背後から3発の銃弾が迫ってきているのがわかる。
俺は、体を捻りながら躱していく……だが、レキは、この程度の狙撃で俺が撃てるとは思わないだろう。なんていっても
だが、俺もレキのことはよくわかっている……つもりだ! 最近はよくわからんけど!
——そぉら、来たぜ『
躱したハズの3発の銃弾は道路に設置されている道路標識に当たって跳ね返りながら俺を撃ち抜かんとしている。
このまま、避けてもきっと跳弾でジリ貧になるだけだ。連続の跳弾すらも制御するなど普通なら不可能だが、レキなら
だから、ここは躱さない——弾く!
俺は鞘付きの刀を取り出して、銃弾を弾いていく。
弾かれた銃弾は、そのまま力無く地面に転がり落ち——
——ヒュン!
……頬が少し切れていますね。目の前の地面に銃弾が一発減り込んでいますね……
『——狙った獲物は逃しません。そして、貴方を捕まえて監禁します』
……あらやだ! レキちゃんったら大胆ねぇ! 人のことを『獲物』だなんて『監禁』だなんて……冗談じゃねえよ!?
「うおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
俺は刀を納めて全力で逃走する。
レキの『
だけどな……俺にとって
——後ろからまたしても銃弾が飛来してくるのがわかる。『勘』だがな。
体を逸らしながら、近くにある道路標識に蹴りを入れる。
ガァアアアアアンンン!! と激しい金属音を撒き散らしながら、道路標識は振動する。
その道路標識に先ほどの銃弾が跳ね返って衝突し——そのまま落下した。
「へっへっへ! レキの『
と、勝ち誇ったように宣言するが、ここで調子に乗らないことが大事である。つまり——逃走を続けよう。
『……どうしても、私のモノにはなってくれないのですね』
イヤホンから少し悲しげな声が聞こえてくる……
俺は立ち止まってレキに駆け寄りたい衝動に駆られるが、すぐに思い返して逃走を続ける。
「はっ! 『私のモノ』ってなんだよ。俺と婚約でもしたいってか! 俺とズッコンバッコンしたいのか!」
慰めない代わりに、全力でレキに『
そう、そしてこれはいつも通りの本気3割、冗談7割の……約、冗談なのだが、レキから返ってきた答えは予想を覆すものであった。
『——婚約、ですか。それもいいですね……それでは、貴方を捕まえて婚約します』
「……は?」
いつものレキと同じく無感情でありながらも、どこか意思の籠もっている声。
まさか、レキは本気なのか……?
「おいおい、冗談はよせよレキ。婚約だなんて…まだまだ年若い高校生なんぞがするもんじゃねえよ? 俺たちにはこれから先にもっと良い人が見つかるかもしれねえんだからよ」
俺は、レキの様子を伺いながらも
『……良い人ですか。そうであるならば——私はもう見つけました』
——それは貴方です。と続けて言うレキ。
俺は舌打ちをした。レキの野郎は本気だ。アイツにとっての婚約ってのが普通ならば、それでもいいかもしれないが…………普通じゃないレキのことだ。絶対に婚約も普通じゃないハズだ。だって、めちゃくちゃ嫌な予感がするもん!
というか、普通の婚約もしたくねえ!
「テメェふざけんじゃねえぞ! 俺は絶対に婚約なんてしないからな! そんなもんをした暁には、他の可愛い子ちゃんに対してセクハラできねえじゃねえか! ざけんじゃねえぞ! 俺は命張ってセクハラしてんだよ! 俺にとって、セクハラは命そのものなんだよバカ野郎ォ!」
他の人が聞いていたら、絶対に、コイツサイテーと思うであろうことを俺は全力で叫ぶ。
『…………最低です』
あっ、サイテーって直に言われちゃった。
『でも……だからこそ、私は、貴方のその心に惹かれたのです。天高くに在り続ける大空のような、何者にも縛られず、
風……か。大空と風は切っても切れないような関係だからな。きっとお前なら俺の側に寄り添ってくれそうだ。それは俺にとっても嬉しいことだ。だけど……だけどな——
「今はまだお前と婚約するつもりはねえ! ……というわけでそろそろ諦めてください!」
俺は、全力疾走を続けて——
『そうですね。今日はここら辺で諦めます——また明日お会いしましょう』
プツッと切れる通話。どうやら合っていたようだ。
俺は、レキの『
だが、油断はしない。万が一ということもあるのだ……レキが2051メートル以上をぶっ放すなんてことも充分あり得るしな。
だから、そこの角を右に曲がったら止まろう……そう思っていた。
俺が、右に曲がった瞬間——目の前には人の顔が。
「キン——」
走馬灯のようにゆっくりとその人の方へと近づいていく俺の身体。だが、決して止まることはできない。
その人——遠山キンジが、驚いた顔をして俺を見ている。
とりあえず俺は、このゆっくりと流れている時間の中でこう思った。
——キンジ、すまねえ。後でロリ本貸してやっから許してくれ。
*
俺の意識が覚めた時——見えた空は僅かに青かった。時間的には午前4時くらいか?
あぁ……頭痛い。キンジとぶつかったところもだけど……なんかそれ以外にも頭痛がする。
それに……な、なんか体の調子が変だ……? 少しばっかし違和感? というか俺の体じゃないような……? 体が重い……筋肉落ちたか、俺?
俺は、体を起こす——ん!?
「な、なんで俺の体が倒れているんだ!?」
起き上がった先にあったのは、仰向けにぶっ倒れている俺の体。
俺は、仰向けに倒れている俺の体を起こして、肩を揺らす。
「……う、うぅ……頭、痛い……」
倒れている俺の体から聞こえてくる声。
……当然ながら、俺は一切声を出していない。
じゃ、じゃあ!? こいつは一体何者なんだ——ッ!?
「………俺?」
もう一人の俺が、俺の姿を見て、『俺』と言って——ああもう! ややこしいなぁ!?
「なんで俺がもう一人いるんだ!?」
もう一人の俺が、俺の姿を見ながらそう、告げ……えっ……? 『俺がもう一人』だと……待て、つまり、俺は天草空で、相手も天草空というわけなのか……? いや、なんかそんな感じじゃない気がする……まさか!?
「オ、オイ……お前の名前はなんだ……?」
俺は、嫌な予感が的中しないようにと声を震わせてもう一人の俺に問う。
「あ? 何を言っていやがる。俺は——遠山キンジだ」
もう一人の俺——『天草ソラ』の姿をした『遠山キンジ』がそう言った。
*
「……つまり、今の俺——『遠山キンジ』は『天草ソラ』で——」
「——俺、『天草ソラ』は『遠山キンジ』だと……」
ふむふむ。そうかそうか。と頷き合う俺たち。
「「テメェ、俺の体返しやがれッ!!」」
自分の姿をした相手の胸倉を掴むという珍事。だが、こんなことをやっていても不毛であることはよくわかる。
だから俺たちは手を離して、一旦、これからのことについて話してみた。
「まず、第一に俺たちがどうやったら戻れるか……だな」
俺の言葉に天草ソラの姿をした『キンジ』が頷く。
「俺たちが入れ替わった原因は、おそらくだが……あの衝突だろうな」
「ああ、お前がいきなり突っ込んできたやつな」
「うん。正直いうとそのことについては真剣に悪いと思ってる……俺にも事情はあったけど」
レキに狙われているという事情がな……なんてことは言わないけども。
「じゃあ、また頭ぶつけるか?」
「そうだな」
というわけで、頭をぶつけ合ってみた。
途中、『オラッ! クソ根暗死にやがれッ!』、『テメェが死にやがれ変態がッ!』と叫ぶ声が聞こえてきたが、気にしてはいけないことが世の中にはたくさんある。つまり、気にすんな。
「——な、治らねえ……!」
「あ……頭イテェ……!」
お互いに頭を押さえて蹲る俺たち。
結果から言うと、結局俺たちは元に戻らず……ただ、頭を痛めただけであった。
「あ、あたまを打っても治らねえってことはよくわかった……じゃあ、時間経過で運に任せるか……?」
「あ、ああ。今のところ、それしか選択肢がないんじゃないのか……?」
だ、だよね。頭めちゃくちゃ痛いけど……それしかないよね。
「じゃあ、第二の問題にいこう——普段の生活どうする?」
普段の生活……普通に入れ替わって暮らせばいいんじゃない? なんて意見が出るだろうが、事実はそんなに簡単ではないのだ。
まず、お互いの家のプライバシーがガラ空きになること……だが、これは俺とキンジの間にはプライバシーは有って無いようなものなので問題はない。
次に、人間関係である。
俺たちはお互いに問題児を抱えている。俺にとってはレキ。キンジにとってはアリア。
正直、どっちを選んでもこれから先に訪れるのは地獄だけだろう。
最後に、これはやはり住む場所だろう。体は入れ替わっても住む場所は入れ替わりたくはないというものだ。
「…………住む場所は入れ替えず、他は入れ替える感じでいくか?」
俺はそう提案する。
だが、『キンジ』は首を横に振った。
「俺の部屋には、ほとんどの日にアリアが来ている。だから、俺の姿をしたお前ではなく、お前の姿をした俺がいたらまずいんじゃないか?」
そ、そうだわ。よく思ったらそうだったわ。俺の部屋にもよくレキが来ているんだった……
「じゃあ、住む場所も入れ替わるしかないのか……?」
コクリと、深刻そうな顔をして『キンジ』が頷く。
……仕方がない。それにバレてしまったら武偵としての性格上、絶対に面倒ごとになることは目に見えている。
だから、バレてしまっていけない……! 絶対に!
「じゃあ、『
「『
「「お前の
そう言って、俺たちは、お互いの部屋へと戻っていく……
俺たちは一体どうなってしまうんだ……?
俺たちは無事に戻れるのか……?
俺たちは、生きていられるのか……?
俺たちは……俺たちは……元の体に戻ることができるのか!?
ともかくっ! 今ここに、入れ替わってしまった男たちの物語が開幕したのである!