部屋の中に差し込む朝日……けたたましく鳴っている目覚まし時計。
「うぁぁ……頭イテェ……!」
もちろん頭突き的な意味で。
俺——遠山キンジの姿をした『天草ソラ』は、キンジの部屋で朝を迎えていた。
今日は不幸にも学校だ。
正直なところ、学校に行きたくない……行きたくないが……アレ? 行かなくてよくね? 別に俺、単位なんて既に取って——
……キンジのやつ、単位ギリギリだったっけ……なにやってんのあいつ!? ちゃんと真面目に依頼受けろよ! 武偵ランク上げろよぉおおおおお!!
……仕方なし。とりあえず学校に行く準備をすることにした。
——ピン…ポーン——
慎しげなインターホンが鳴った。
きたか、第一の関門——星伽白雪……!!
ヤツは、朝にキンジの部屋に来ては、ご飯を作っていくらしい。
うん。それはいい。それはいいことなのだが……アリアがこの部屋にいると二人して惨劇を引き起こすらしい(キンジ談)
とりあえず俺は、出ることにした。
「あっ、キンちゃん! おはようございます」
俺の顔見た瞬間、満面な笑みを浮かべる白雪ちゃん。俺というよりかは、キンジなのだが。
「お、おはよう……それで、何しにきたんだ?」
「えっと……キンちゃんが朝ご飯を食べてるかなって、気になっちゃって……」
ムカッ。
「キンちゃんっていつもコンビニ弁当で済ませるよね? だ、だから私が朝ご飯、作ろうかなって……」
ムカムカムカムカッ。
「えへへ、3日続けて朝ごはんを作るなんて、まるで……お嫁さんのよう——キンちゃん!? どうして扉に頭を打ちつけてるの!?」
イラつくんだよこの体に! 全部ぶっ壊してやる! 滅んでしまえこんな体!
「気にすんな。俺はいつもこんな感じだ。それよりも朝ご飯か……是非とも作ってくれ」
「え! あ、うん。じゃあお邪魔します」
「白雪の作るご飯は美味いなぁ」
「ふふっ! お粗末様です!」
はいはい可愛い。俺に隠れて腕をグッとガッツポーズしてる白雪ちゃん可愛い。
「——あ、そういえば、ついさっきソラくんがレキちゃんから追いかけられてるの見たけど、あの二人って相変わらず仲良いよね」
………………げふっ。一瞬、食いもんが胃から飛び出るとこだった。
「お、追いかけるって……それは、普通に追いかけっこなのか……?」
「ううん。レキちゃんが銃を構えて、ソラくんに向かって撃ってたけど」
ソラくんなら大丈夫だよね! と言う白雪。
全っ然、大丈夫じゃないから! それ、絶対にヤバいやつだから!
……しかし、キンジのやつなにしたんだ? レキが朝っぱらから狙ってくるとは思えないしな……アイツ、妙なところの常識は培ってるから。
「そ、そうか……! まぁ、俺——じゃないや、ソラなら多分大丈夫だろう……たぶん」
「あれ? いつものキンちゃんなら、アイツはバカ中のバカ、キングオブバカだから死んでも死なないヤツだろ? って言って心配しないのに、珍しいね」
あいつ! 俺のことそう思ってやがったのか!? 俺は、古代エジプトのキングオブエロリストか!? 千年アイテムなんて集めてねえよ! 俺が集めているのは巨乳の可愛い子ちゃんが載ってるエロ本だけだからなっ!
「そ、そうだったっけ? ま、まぁ、たまにはアイツのことも心配してやんねえとな? な?」
「え……あ、う、うん。そうだね」
まずいまずい、俺以外の人物が俺のことどう思っているのかが赤裸々になっちゃうよ! 絶対評価高くねえよ! 間違いなく悪口ばっかり言われてるよ俺!
「あぁ、それにしてもアリアのやつは一体どこ——」
「——どうして、私が居るのに、他のオンナの話をするの?」
ゾワッと全身に鳥肌が立った。
し、白雪さん………? どうして、そんなに黒いオーラを出していらっしゃるのでしょう
どうして、貴方の綺麗な黒い瞳のハイライトを消していらっしゃるのでしょうか……!?
ふざけんなよ! お前の容姿からするとマジで、Nice boat. の流れになりかねないんだよ! 中に誰もいませんよ状態になるわ!
あ、今のキンジの中には俺がいたわ……じゃねえよ!?
「ち、違うんだよ。白雪のめちゃくちゃ美味しいご飯をアリアにも食べて欲しいなぁ、って思っただけなんだよ……ね?」
俺は、白雪の様子を伺いながら宥める。
キンジのやつ、こんなDEAD A LIFE 送ってんのか……? アイツも普通の人間じゃねえな。
「そうなんだ! 私のご飯美味しいかったからなんだね! もっとおかわりあるからいっぱい食べて!」
「お、おう……」
わかった。わかったから……俺の茶碗にご飯たっぷりおかわりすんのやめて!
*
ここはバスの中。俺たち——遠山キンジの姿をした『天草ソラ』と天草ソラの姿をした『遠山キンジ』は力無く椅子に座っていた。
「白雪……怖すぎじゃねえか……?」
「……だろ」
「レキ……怖すぎだろ……」
「……まぁな」
とまぁ、こんな感じに無気力になっているのである。
「というか、なんでお前はレキに追われていたんだ?」
朝に白雪から話を聞いて思ったが、レキは朝っぱらから襲うようなヤツではない……ハズだ。
「ああ、実はな……朝にレキが部屋に来てから、最初は普通に話してたんだが……途中から、警戒心剥き出しになっていって……最終的に俺に銃を向けてきたんだ」
な、なんじゃそりゃ……
「そしたらな、レキが『ソラさんが一度たりともセクハラしないなんてこと、あるハズがありません——貴方、一体何者ですか』って言ってきてよ……俺、お前のこと舐めてたよ。お前も自分の命がヤバイ生活を送ってんだな」
「お、おう……なんかすまんかった」
レキの俺への認識ってそんな感じなの? レキにとっては、セクハラ=天草ソラなの? 俺、そんなにレキにセクハラしてたっけ?
「そういや、なんで今日はアリアのやつはいないんだ?」
ほとんどの日に朝っぱらからアリアはいるって聞いていたんだが……白雪に聞いても、全然答えてくれなかったし。
「あぁ……そういえば『
「おいおい、もっと前に言えよ。アリアの話をして白雪に殺されるかと思ってビクビクしたわ」
——白雪の前で他の女の話をしたんだな、それはお疲れだった。と言うクソキンジ。いや、今はバカソラ。
ところで、『
じゃあ、アリアのやつは1年を引き連れてるのか……アイツが誰かを特訓する、ね。……まぁできるんだろうなぁ。
「とりあえず、これからはお互いの性格をしっかり出していくべきだな」
でないと、レキにバレたように他の奴にもバレる可能性がある。
だが、キンジのやつは嫌そうな顔をしていた。
「えぇ……俺、変態を演出しなきゃいけないのか……」
——おい。俺だって根暗を演出すんのは嫌なんだが。
「別にいいだろそんぐらい。お前の面倒な『ヒステリアモード』は、今は俺が持ってんだからよ」
「それはそう——いや、やっぱり変態になるのは嫌だ」
わがまま言うなバカ野郎。バレて死ぬ目に遭っても知らないからな。
おっ、バスが着いたみたいだ。
『お前の
いや、本当に祈ってるわ。マジで。
*
今は、昼休み。
俺はキンジっぽく振る舞うために根暗を取り繕うとした。
根暗っぽく俺に話しかけんなオーラを出したり、休み時間中はずっと寝たフリをしたり……草むしりをしようとしたら——キンジのやつに頭ぶっ叩かれたり、とそんな感じだ。
キンジのやつも俺のフリをするために、会話の至るところに下ネタを挟んだり——おい。俺はそんなに会話に下ネタは入れてないハズだ。
白昼堂々エロ本を読んだり——おい、俺は普段からはそんなことしてない。
服を脱ごうとしたり——流石に頭ぶっ叩いた。と、キンジもこんな感じである。
それで俺は今、屋上へと向かっている。
屋上に来る生徒はあまりいないため、根暗にはいいスペースなのだ。
……と思ってたんだけどなぁ。
「——レキ」
屋上の壁に寄り添って体操座りをしているレキ。しかもヘッドフォンをしているようで俺に気づいてない。
だが、俺に気付いていないのは好都合だ。ここで、レキに話しかけて俺とキンジのことがバレてしまったら最悪中の最悪である。
つまりここは無視が安定だ。
「——キンジさん」
ノォおおおおおおおお!? な、なぜ!? なぜ話しかけてくるんだレキたん!
「お、おう。どうしたんだレキ」
俺は必死に平静を保とうとしながらレキの話を聞く。
「ソラさんは……怒っていなかったでしょうか……」
はい……? 怒る?
「え、俺——じゃあねえわ、ソラが誰を怒るんだ?」
「私……です」
俺がレキを怒る……なんで?
「昨日、ソラさんを襲撃して、今朝もソラさんの部屋に行ったのですが……私に一度もセクハラをしてくれなかったので……」
なるほど。レキもなんだか少し怯えているような顔をしているように見える。
つまり、レキは俺が昨日のことを怒っていて、今日の朝はセクハラをしなかった、そう思っているわけね。
——いや、おかしくね? セクハラしなかったら怒ってるっていう認識おかしくね? お前ら、普段の俺のことどういう風に見てんのよ?
「怒ってはいないと思うぜ」
「そうでしょうか……」
俺がレキを怒るなんて考えられないので、その旨を伝えようと思ったんだが、レキは納得いってないらしい。
「大丈夫だって、ソラはレキのことを大事に想ってるからな。セクハラをしなかったのは、多分だけど……調子が悪かったんじゃないか」
「……はい」
「それによ。前にソラが『レキが俺のことを大事に想わなくなっても、俺はレキのことをずっと大事に想ってる』って言ってたぜ?」
そう言って俺はレキにニヤリと笑う。
……アレだな、俺が天草ソラの姿で言ったらめちゃくちゃ恥ずかしく思うんだろうけど、キンジの姿をした今の俺だったらいくらでもこんなこと言えそうだわ。
「ソラさんがそんなことを……言っていたのですね」
「ああ、間違いなく言ってた」
「そうですか」
無感情——だが、俺にはわかる。今のレキは安堵の笑みを浮かべていることを。
そういう、感情が時折溢れているところも可愛く見えるんだよな。
「だから、レキはソラのこと襲撃してもいいんじゃないか? ソラならたぶん大丈夫だろ」
レキは(俺の姿をした)キンジのこと襲撃してもいいだろ。(俺の姿をした)キンジならたぶん大丈夫だろ。
「そうですね。ソラさんは、私の一生を賭けて捕らえなければいけない獲物なので」
そう言うレキは、少し微笑んでいるかのように見えた——いや、おかしいだろ。
え、俺って獲物なの? 俺って主人公のように見えて実はヒロインだったの? だから俺って、変態って言われてるけど、本当は変態じゃなくね? とか言われてんの?
「べ、別にソラを一生を賭けてまで捕らえようとしなくてもいいんじゃないかな……?」
「……私の故郷では、一生の内に一匹、生涯を賭けて捕らえる生物を指定するのです」
へぇ、そうなんだ——って待たんかあああああああああああい!!
それってつまり俺のこと動物もしくはペットとして見てるってことだよね!? 一人じゃなくて一匹って言ってるってわけだよね!? レキって実は俺のことそういう風に見てたのか!?
……なんて、レキが言いたいことはそうじゃないよな。
「——私にとってソラさんは『大空』です。誰にも縛られず、誰よりも自由で、誰よりも優しく、誰よりもカッコいい……そんなあの人の傍にずっといられたら……どれほど幸せなのでしょうか」
そう言ってレキは、青い大空に向かって手を伸ばす。当然ながら、手は空へと届かない。どれだけレキが大きくなっても届かないだろう。
レキにとって俺を捕らえようとすることは虚空を掴んでいるのと同じなのだろうか……
ったく……バカなやつだなぁ。俺なんぞにそんなに真剣になりやがって。
「レキの手が『大空』に届かなくても、『大空』の方からもレキに手を伸ばしたらきっと繋がるんじゃないか?」
「………………」
レキは無言で俺を見る。いつも通りの無口・無感情・無表情だ。
今回の入れ替わりの経験は良かったと言えるだろう。
おかげでレキのことを少しは知れたかもしれない。
「『大空』はいつだって全てを照らす快晴でいるわけじゃない。悲しみが心を暗くして曇りにも雨にもなるんだからよ。そういう時に必要なのは、全ての雲をぶっ飛ばす『風』だろ? レキがソラの『風』になればいいんじゃないか?」
「……そうですね。私もソラさんの『風』になりたいです」
あーあぁ……俺の将来の進路決まっちまったかぁ? 俺、まだまだセクハラしたいんだけど。
やっぱ、進路決定すんのはまだいいや。高校3年生になってもまだギリギリ間に合うよな?
「——それでは、ソラさんの『風』となるべく、ソラさんの煩悩を吹き飛ばしたいと思います」
そう言ってレキが取り出したのは——巨乳モノのエロ本だった。
な、なぜ……!? 今回の隠し場所は絶対にわからないと思ったのに!?
「ど、どこにあったんだ。それ?」
「テーブルの裏の収納ケースに入ってました」
か、完全にバレてやがる!? なんて
「そ、それでそのエロ本をどうするつもりだ……?」
嫌な予感しかしない嫌な予感しかしない嫌な予感しかしないぃいいいいい!!
「ソラさんに100回ほど貧乳大好きと言わせて、この本を破かせます」
ま、マジすか……? それはヤバすぎっすよレキ姐さん……! そんなことさせたらソラさんが精神崩壊起こしちゃいますよ!
でも……今の『天草ソラ』は遠山キンジくんが入っているので大丈夫でーす!
「そうだな。それぐらいやったほうがいいだろうな。うん」
「はい」
うんうん。(キンジに)やったれ。俺は止めない。
「——ありがとうございました。ソラさん」
レキがペコリと頭を下げて俺にお礼を言ってきた。
「フッ、良いってことよ。レキも頑張れよ、じゃあな」
「はい」
天草ソラはクールに去るぜ。
*
今は、放課後……学校もようやく終わって、寮に帰っている途中だったのだが……
「——って聞いてんのバカキンジ!」
「きいてるきいてるー」
「なによその腑抜けた返事っ!?」
今日、お前出ないかと思ったのによぉ、なんで来るんだよアリアぁ……
「——あんた」
「ん? なんだよアリア」
「本当にキンジなの?」
——ビクッ! 体が震える。
「な、なに言ってんだよ? 俺が誰かぐらいわかんだろ?」
「ふーん。そう……まぁ、勘だったから別にいいけど……」
別にいいなら、その訝しげな目はやめてください。俺の体さっきから震えまくりです。
こ、これがアリアの勘か……本当に唐突だな。
「で、お前は『
「ああ、いいのよ。『あかり』なら、今頃友だちと一緒に遊びに行ってるわ。そもそも、今日一日限定の朝練のつもりだったし」
「へぇー」
確かキンジが言ってた気がする……アリアの『
「それで、アリアは何をする予定なんだ?」
俺がそう言うとアリアが——呆れた目で見てきた。
「はぁ……? あんた昨日言ったこと忘れたの?」
「え、えーと……なんでしたっけ?」
「呆れた! 本当に呆れた! バカ! バカの金メダリスト! ノーベルバカで賞!」
めっちゃバカって言ってくるじゃん。普段の俺に負けないぐらいにキンジもバカって言われてるじゃん。
「——特訓! これから、真剣白刃取りの特訓するって言ってたでしょ!」
……なんだと!? 俺、全くそんな話聞いていないんだが! キンジのやつ、俺に隠してたな!?
「ま、まじすかアリアさん……勘弁——うをぉ!?」
「避けるんじゃないわよ。受け止めるのよ?」
アリアが有無を言わさず日本刀を振り終ろしてきた……鞘付きだけど。
「ま、待て……ちょっと、俺の話聞いてくれ」
「ダメ。そんなこと言って逃げるつもりなんでしょ?」
やばい! このままじゃ本当に真剣白刃取りなんかやらされる! 流石にこれはもう、アリアさんに本当のことを言ったほうがいいんじゃないだろう——フォオオ!?
「ま、待てって! 刀振るうの早いって! 俺、まだ慣れてないんだって!」
この体にまだ慣れてないんだよ! 自分の体じゃなくて違和感バリバリなんだよ!
——くっ! このままじゃあダメだ! 一回ガチで受け止めるしかねえのか!
「……仕方ねえ。こいっ! アリア!」
「ふん。ようやく覚悟決めたのね——いくわよっ!」
俺は振り下ろされる刀を受け止めようと膝をつき、両手を前に突き出す。アリアと俺の身長差は結構大きい——だから、手を上にではなく前に突き出す感じでいいハズだ!
よしこいっ! 受け止めてやるぜ!
アリアは刀を振り下ろす——前に、一歩前に踏み込んだ……へっ?
その後に振り下ろされた刀は俺の手に収まらずガツンと衝撃を与える。
そして虚空にあった俺の手は——アリアの胸を掴んでました。
「——ちょ!? ちょっと!? あ、あんたどこ触ってんのよ!?」
頬を赤くして怒鳴るアリア。赤い理由は照れているからなのか怒っているからなのか、それともどちらもあるからなのか……とりあえず、俺は——何も考えず揉むことにした。
「ちょ! ちょっと!? 何、揉んでっ……んっ!」
モミモミ。
ほうほう、アリアの貧乳なんて、揉むじゃなくて撫でるぐらいしかできないと思っていたんだが、普通に揉めるな。
しかも、ほとんどないと思っていたが、ブラジャー越しにもわかるこの柔らかさ。
女の子ってのは柔らかさの宝庫なんだな……
頭がボンヤリしてくる……なんだこの感触……なんか俺以外の何かが飛び出そうになってやがる……あぁ、意識が切り替わってきた。
——女の子を守らなければ。
「ちょっといい加減にしなさいよっ!」
アリアが刀を横にブンッと振るう。俺はバックステップで距離を取って躱した。
「バ、バカキンジ! あんたって——」
「——悪かったよアリア」
俺は、顔全体を真っ赤にして怒るアリアの頭を撫でる。
「ちょ——ちょっと!?」
「もう一度……もう一度、真剣白刃取りをしよう」
「へっ!? あっ! そ、そうね!」
アリアは、真っ赤な顔してワタワタしながら刀を持ち直す。
「これで、受け止めることができたら今日のところは終わりでいいかい?」
「そうね……いいわよ。その代わり全力で!」
「もちろんだ」
俺は、膝をつき両手を上に構える。
「——いくわよっ!」
アリアが踏み込んで、刀を振るう。
なるほど、先ほどとは全く違うな……スピードが段違いだ。
さっきまでの俺だったら到底受け止めきれない——そう、さっきまでの俺だったら。
今の俺は、調子がいい。
身体がバカみたいに動く。視野が広がって背後までくっきりと見える。
アリアが振るっている刀がスローモーションで見える。
——パシッ!
俺は、アリアの一太刀を受け止めた。真剣白刃取り成功だ。
「それじゃあね。バイバイアリア」
「あ、あんた……!」
俺はアリアに背を向けて走り去っていく。
アリアが俺を見ながら何か言っているが……正直今はそうも言ってはいられない。
俺は、とりあえず路地裏に行って——全力で吐いた。
「オロロロロロロロロロロ!!」
き、気持ち悪い……! なんださっきの俺は!? 女の子を喜ばせようと猫撫でするような声出しやがって!
もしかしてアレが、キンジがなっている『ヒステリアモード』なのだろうか。
凄まじいな……身体能力の向上と性格の変わり様。
特に身体能力については、信じられないぐらい向上しやがった。
確かにあれほど強くなれれば、Sランク武偵にもなれるわな。
とりあえず……一旦、寮に帰ろう。
*
「……疲れた」
部屋に帰った俺は、防弾制服の上着を脱ぎ捨ててベッドに寝転がった。
——ピン…ポーン——
……慎しげなインターホン。白雪か……
「……はぁ」
俺はため息を吐きながら、扉を開ける。
「あっ、キンちゃん! こんばんは」
「おう……」
「つ、疲れてるね……大丈夫?」
大丈夫に見えるかこれが……?
「ああ、大丈夫大丈夫。元気だから、白雪の顔見たら元気になったから」
「えっ!? あっ、そんなダメだよキンちゃん……! そんなこと言われたら私……!」
うわっ……つい、いつもの天草ソラのノリで言ってしまった。白雪がすんげえエヘヘってる。
「とりあえず、中に入るか?」
「えっ、あ、うん。お邪魔します」
「それで、何か用なのか?」
「あ、うん……夕ご飯、作りたいなって思って……」
そう言ってどこか不安そうにする白雪。
俺が断るんじゃないかと思っているのだろうか。
「そうか。是非とも頼む」
「うん!」
飯は食べなきゃいけないし、断る理由もねえよな。
白雪が俺に背を向けてキッチンに立つ。その後ろ姿はとてもウキウキしていて——俺は罪悪感を抱いた。
白雪がここにいるのは『遠山キンジ』のためだ。『天草ソラ』のためじゃない。
俺は、このまま白雪とキンジの空間に居座っていいのだろうか……?
「——白雪」
「ん? どうしたのキンちゃん」
俺は……俺は……!
「ごめん……俺はキンジじゃない、天草ソラなんだ」
……やっぱ、こいつらの中に居座れねえよ。
俺には俺の空間があるんだから……
「うん。なんとなくだけど、そうじゃないかなって思ってた」
「え……?」
白雪は、料理の手を止めて俺の方を振り向く。
「だって、いつものキンちゃんよりも優しいように感じたから……あっ! 別にキンちゃんが優しくないってわけじゃないよ!」
わかってるわかってる。キンジは優しいよね。うんうん。
「それで、確証があったわけじゃないけど……今日のキンちゃんはソラくんに似てるなぁって思ったの」
「そうだったのか……」
白雪は、やっぱりすげえな……キンジのことが本気で好きなんだな。
「飯作るのやめて帰るか?」
「ううん。ソラくんにも私の料理食べて欲しいからこのまま作るよ」
「そっか。じゃあ俺も作るの手伝うよ」
うん、と頷いて白雪は料理を再開する。
俺もその隣に立って、白雪のお手伝いをすることにした。
「うん、美味いわ白雪の料理。マジうま」
「ふふっ、お粗末さまです」
スッカリいつも通りの口調に戻した俺は、いつも通り白雪と接していた。
「白雪ちゃん俺のお嫁さんになっちゃう?」
「え、ええっ!?」
うん? いつも通りの冗談なのに……あ、キンジの姿してるの忘れてた。
それにしても、そんなに顔赤くして……ムッ!
俺は机をバンと叩いて立ち上がる。
「——白雪!」
「ひゃい!」
その俺の行動に白雪がビクッと反応した。
「これから——白雪改造計画を始動する!」
「…………え?」
「ちょ、ちょっとソラくん……恥ずかしいよぉ……」
「今の俺は、ソラくんではないだろう」
「あっ、ごめんねキンちゃん……」
「そうそう。俺はキンちゃんなんだから……俺に身を委ねちゃいなよ」
「そんな……でも、私……!」
「そんなこと言って……体はこ〜んなに、俺に擦り寄ってるぜ」
「ダメっ! もうダメっ! 私もう限界っ!」
——バッ! 白雪が俺から離れた。
「おいおい離れちまったら改造計画が成功しないだろう?」
「だ、だけど——キンちゃんの体に抱きついてそのまま耐久なんてムリだよっ!」
だろうな。だから改造計画なんだけど。
白雪改造計画とは、遠山キンジくんに全く耐性のない星伽白雪ちゃんをキンジくんに密着させることで、白雪ちゃんに耐性を身につけさせるというものである。
「だけど、このままじゃアリアにキンジを取られ——」
「——それはダメェエエエエエエ!!」
——パチーン!
俺の頬に白雪のビンタが叩き込まれる。
…………………え、なんで?
「……あ。ごっ、ごめんねソラくんっ! つ、ついっ!」
ブンブンとまるでヘッド・バンキングのように頭を振りながら俺に謝ってくる白雪。
『ついっ!』で頬をぶっ叩かれる俺の気持ちになってみろバカチン……というか、以前にもこんなやり取りがあったと思うんだが、俺がキンジの姿になってもそこは変わらないのな!
「で、でも、やっぱり無理だよぉ……キンちゃんの体に密着だなんて……」
そう言って白雪はシナシナとバナナが萎れていくように座り込んでいく。
「本当に耐性がないな。じゃあ……段階を踏んで行こう」
「段階……?」
「うん。まずは——握手だ」
俺は白雪の手を握る……できるだけ強く。
「………………」
「……………ソラく…ん」
白雪が消え入りそうな声で俺を呼ぶ。その白雪の顔は真っ赤だ。
だが、俺は一切手を抜かない。これも白雪のためだ……でも、白雪たんの手、やわっこくて、あったかいですなぁ。
「もう……む…り……」
「我慢だ白雪……お前のキンジへの耐性のなさは、キンジそのものに無いのも確かだが、男という存在自体に対しても無いのが原因だ」
つまり、白雪にとって普通に接することのできる俺は、男として見られていないということだ…………ぐすっ! 泣いてないもん!
「………………」
「……………あぅ」
…………………
「…………も………もう…もう無理ぃいいいいいいいいいいいいいいい!!」
ガダンと音を立てて白雪は立ち上がり、そのまま部屋から逃げ去ってしまった。
「…………あー、なんか俺も照れてきた」
あんなにテレッテレの反応見せられたら俺も照れるわ。
「なーにがー、照れてきた…よ! バカキンジ!」
そう言って部屋に入ってきたのはアリア。
「おい、アリア。すまなかったと思ってるが、俺は——」
「ソラなんでしょ?」
——ビクッ。俺の体が反応する。
「真剣白刃取りの動き見て思ったのよ。今までのどのキンジとも動きが違うなぁ……って」
「さすがSランク武偵だな。動きでよくわかるもんだな」
「あんたも同じSランクでしょ? それに、実際に受けてみたらあんたでも気付くわよ」
ふーん、そういうものなのかね? 俺には、女たちの察しが良すぎるだけだと思うけどな。
「それで、白雪になにしたのよ?」
「あ? 見てたんじゃないのか?」
「ううん。白雪が真っ赤な顔してこの部屋から走り去っていったのを見ただけ」
ふーん、そうなんだ……そうなんだ……ニヤリ。
「なぁ……アリア」
「なっ! なによ!? 突然、肩に手を置いて!」
フフッ、今の俺は遠山キンジの姿をした天草ソラ。つまり、セクハラ大好きの遠山キンジというわけだ。
「アリアは、キンジのことどう思ってる……?」
俺はアリアの耳に囁くように呟く。
「ど、どうって!? べ、別になんとも——思ってないわよ!」
嘘つけ。真っ赤な顔してなに言ってんだよ。俺は、どう思ってると聞いただけなのに、何を想像したんですかねぇ……
「そんなこと言って……白雪にキンジを取られてもしらねえぜ?」
「——えっ!?」
アリアが目をオロオロさせて不安そうな顔をする。
「で、でもっ! 私とキンジはパートナー、それだけ…だし……」
それだけ……か。昔はめちゃくちゃ欲しかったパートナーを『それだけ』って言っているんだ。無意識の内にキンジに惹かれているんだな。
「そうだな。お前とキンジはパートナーだ。だけど、キンジが白雪を選んじまったらパートナーも解消され——」
「それはダメェエエエエエエ!!!」
——パチーン!
俺の頬にアリアのビンタが叩き込まれる。
…………………え、お前も?
「あ……ごめん。つい……」
「うん。わかってる。『つい』だよね。うん」
それに俺も悪かったしな。うん。アリアも『つい』ビンタしたんだよね。うん……べ、別にショック受けてるわけじゃないからっ!
「ダメだったら、少しは素直……いや、お礼ぐらいは言ったみたらどうだ?」
「お礼……でも私っ! お礼を言うのなんて恥ずかしいよ——お兄ちゃん!」
「——ッ!?」
——がはっ!? なっ!? なんじゃあああああああああ!?
突然、ボディーブローが飛んできたんだけど!?
「う、うん。わかってる。恥ずかしいよね。じゃあ、こう考えよう……キンジはアリアのパートナーであり、アリアのドレイなんだろ? じゃあ、ドレイのキンジをシッカリとお世話しなきゃいけないだろうよ」
「キンジを私のドレイって考える……」
あんまり良いこととは言えないだろうが、アリアが少しでも素直になるためだ。
「わかったわ! じゃ、じゃあ私、言ってみるから。ソラも付き合いなさい!」
「はいはい。付き合いますよお姫様」
俺は、アリアと白雪のどちらも応援しているからな、どちらにも手を貸さないというよりも、どちらにも手を貸す方が好きなんだよな。
「じゃ、じゃあいくわよ!」
「おう……バッチ……コーイ……」
……ん? 突然、意識が……遠く……
あ……目の前が真っ暗に……
*
うん……レキと話していたと思っていたら、突然、意識が暗くなって……
目の前にいるのは、アリア……?
なんでそんなに顔を赤くして……というか、なんでいるんだ……?
俺はさっきまでソラの部屋に居たというのに……
「——キンジ!」
のわっ!? いきなりなんだよ!? そんなに大声出すなよ、まだ意識がハッキリしてないんだから、また頭が痛くなってくるだろ。
「私のパートナーになってくれてありがとうッ!」
「——は?」
あ、やっと声が出た——じゃなくてアリアは今なんて言った!?
「で、でも勘違いしないでよ! たまたま! 偶然! あんたが私にふさわしいと思っただけなんだからっ! だから、これからもビシビシと鍛えていくからっ!」
そう言ってアリアは、プイっと顔を俺から逸らした。でも、顔を赤くしているのは間違いない。
「お、おい……突然、何を言っているんだ?」
「はぁ……!?」
俺がそう言うとアリアの顔が照れから驚きに切り替わる。
「ちょっと、ソラっ! あんたが私に——」
「ソラ? 俺はキンジなんだが……」
「え……? じょ、冗談でしょ? 冗談だって……うぅ! うわあああああああああああああああん!!」
顔を真っ赤にして叫びながらアリアが部屋から出て行ってしまった……何をやっているんだアリアは……
しかし、アリアが『パートナーになってくれてありがとう』……か。
というか……なぜ、アリアはソラに俺へのお礼を伝えようと……うん!? ちょっと待て!?
まさか、これは……!
俺は、洗面所の鏡まで全速力で向かった。
「や、やっぱりだ! 俺の姿が——元に戻ってる!」
天草ソラの姿をした遠山キンジじゃない! 俺は、遠山キンジの姿をした遠山キンジだ!
「——キンちゃん!」
うおっ!? 今度は入れ替わりで白雪が入ってきた。というかお前ら、なに無断で入ったり出たりしているんだよ。
でも、今の俺にはそんな事よりも圧倒的に元に戻れたことの方がデカかった。なので、事情を知らないハズの白雪に俺とソラが入れ替わっていたことを話そうと思い。
「おい白雪! 俺、元に——」
俺の言葉を遮って、どこかいつもの弱気じゃなく自然体のような白雪が——俺の腕に抱きついてきた。
「き、キンちゃん! ど、どうでしゅか!? 私の抱擁!」
「は!?」
や、やばい……!? 白雪の豊満な胸が腕に……! このままじゃヒステリアモードになっちまう!
「キンちゃ——ソ、ソラくん……? せっかく頑張ってみたんだから、何か反応を——」
「……アリアも同じことを言っていたが、俺は遠山キンジだぞ」
「————!?」
バッ! と効果音が出るほど素早く離れる白雪。
そして、あわあわと口をパクパクさせて——
「ごごごごごごごごごめんなさぁあああああああああああああい!!」
そのまま部屋を出て行ってしまった。
なんなんだアイツら……というか、もしかしてソラは、アリアと白雪に俺たちの体が入れ替わってしまったことをバレてしまったのか……?
「……まぁ、俺もバレてたみたいだから別にいいか」
*
うっ……! 最悪だ。アリア改造計画達成目前だったのに、いきなり意識が暗くなるなんて……!
一体、なにが……? うん? 誰かが俺の顔を覗き込んでる?
「こんばんは、ソラさん」
「……レキ……か」
なんでレキ? 俺、さっきまでキンジの部屋でアリアと話してたのに。
「……俺の部屋?」
周りを見渡すと、天草ソラの部屋だった……つまり、今の俺はもしかして!
「ちょ、ちょっと待っててくれレキ!」
俺はそう告げて急いで洗面所まで行き、鏡を覗いた。
「やっぱりだ! 元に戻ってる!」
そこに映っていたのは遠山キンジの姿をした天草ソラではなく、天草ソラの姿をした天草ソラであった。
「——どうでしたか、キンジさんと入れ替わっていた感想は」
背後から声が聞こえてくる。俺以外に鏡に映っているのはライトブルーに包まれたショートヘアの少女——レキ。
「ん? そりゃあ、周りからの俺の評価ってのがよく……え、なんで入れ替わったって知ってる……の?」
俺は、とある一つの嫌な予感を感じて、ブルブルと震えながら後ろを振り向く——そこには、ドラグノフ狙撃銃と昼休みに見た巨乳モノのエロ本を持っているレキが……
「では、今から100回ほど貧乳大好き、と言ってもらいます。そして、その後にこの本を破いてもらいます」
「ま、待って……い、いつから! いつから俺とキンジが入れ替わっていると!?」
「——昼休みにソラさんと話していた途中です」
ひ、昼休み!? じゃあ俺は、自分の罰を自分で決定してたってことか!?
「安心してください。婚約は諦めます」
そ、そうか! それなら少しは気が楽に——
「しかし、少しでも隙を見せたらすぐに婚約を申し込みます」
——少しも気が楽になんねえよ!? 隙を見せたらって!? 俺いつも隙だらけなんですけど!?
「ソラさんは『好き』だらけですから、すぐにでも婚約できそうです」
「上手くねえんだよ!? というかナチュラルに心を読むな!」
「それでは、罰を執行します」
「ま、待て! わかった! 俺が悪かった! だから許して——」
「許しません」
この後、めちゃくちゃセイバイされた。