現在、俺こと天草空は起きるに起きれない状況にある。
別に金縛りにあっているという感じではない……いや、ある意味では金縛りだな……
ええいっ! 説明するのがめんどくさい! 直に見るといい!
俺はチラッと薄く目を開ける。そこには——
——唇をゆっくりと俺の口元へ近づけているレキがいた。
レキと俺の唇の距離は後5センチメートルあるかどうかぐらいだ!
やばいだろ!? 絶対にこれやばいだろ!? さっき10秒前ぐらいに起きたが、一瞬で意識が冴えたわ!
でも、ソラさんはレキとキスがしたいから無粋なことはしないんですよ!
もう一回、薄く目を開ける。
……ほとんどレキと俺の距離がなくなっていた。あと、5ミリくらいだ。
もう触れてんじゃないのか……? それにしてもなぜレキは目を瞑ったままキスをしようとしているんだ……?
ピコン!
俺の脳天に閃きという名の雷鳴が落ちた。
天草プロジェクト:作戦コードネーム『俺からキスをしよう』
内容は作戦から読み取れ。以上。
ついでにいうと、ここまでの思考で0.01秒経過した。
さあ行け天草空! 未知の世界へ突入ぅうううう!!
俺は目を開けて一気に口をレキに近づけた
——スカッ! ブシュウウウウウウウウウッ!!
あれっ? なんか空振りの効果音の後に、血が吹き出てるような効果音が……
あれっ? なんでレキさんそんなに離れてるんですか? さっきまで5ミリぐらいしかなかったのに、今では50センチも離れているんですけど……
あれっ? なんで俺の頭に銃剣が生えてるの? もしかして刺さったとかそんな感じじゃないよね?
あれっ? あれっ? あれええええええええええええええええええ!?
「頭いてぇええええええええええええええええ!? 銃剣刺さったアアアアアアアアア!!」
布団の上をのたうち回る俺。
そんな俺を見下しているレキさんが一言。
「——死んでください」
ぐすっ! こんな男でごめんね!
この後、軽くだけどキスしてもらえた。
*
ここは食堂、俺とキンジとアリアで昼食を取っていた。この場にいるべき人材であろう、白雪はやることがあって忙しいらしい。そして、レキはその白雪の護衛だ。
「それで、お前らの方では何か発見できたか?」
俺は、昨日に感じた妙な視線について伝えた。なので、次はアリアとキンジチームが得た情報についての話を聞いているところだ。
「ああ……最重要なことがわかった」
キンジが深刻そうな顔をしてそう言う。
ほう……これは重要な情報を得たんだろうな……期待できる。
「それで、なにがわかったんだ?」
「ああ、俺が得た情報……それは——」
「アリアと白雪と暮らしていたら俺の体がもたねえ」
「真面目な顔してバカなこと言ってんじゃないわよッ!」
ゴスッ! とアリアによってキンジの脳天に鞘付きの刀が叩き込まれる。
叩きつけられたキンジの顔面は食堂のテーブル——しかも食っていたカツカレーの中にダイビングした。
「アチイイイイイイイイイイイイ!!」
キンジが顔面にカレーとトンカツの衣を付けたまま絶叫する。
でも、俺も今のはお前が悪いと思うわ。真面目な顔して何言ってんだお前。
洗面所まで走って顔を洗っているキンジの代わりにアリアが昨日のことを俺に話す。
「とりあえず、このバカキンジは置いといて、結局のところ私たちは何も分からなかったわ」
「ん、そっか」
やっぱり情報なんて簡単に得られないよな。
存在しているかどうかもわからない『
「それじゃあ、引き続き……」
「ええ、護衛は続けるわ。お互い頑張りましょう」
「そうだな」
「おい待てお前ら! 俺を抜かすなっ!」
*
あれから2日経った。
特に目立ったこともなく、平和な日々が過ぎている……あ、先日キンジがアリアに海に叩き込まれて風邪引いてたな。
しっかし、敵の姿すら見えないというのもやりづらいものだ。
こっちのモチベーションが落ちていく。何かがきているという予感はするのだが、その証拠も意見も出来はしない。
おかげでやる気がめちゃくちゃ落ちていく感じだ。
今はアリアとキンジが白雪のボディーガードを務めている。3人とも強襲科棟でアドシアードに向けての準備中である。
確かキンジが武藤と不知火とかとバンドを組んで閉会式で弾くって言ってたな。アリアは閉会式でチア?だっけか、そんな感じのをやるらしい。白雪はチアの振り付けを考えた人として、チアの練習をまとめているんだってさ。本人はやらないらしいけど。
とまぁ、暇な俺は校内をブラブラと探索していた。
探索といっても何かを探しているというわけでもない。つまり、単なる散歩だな。
それにしても校内でもアドシアードの準備をしている生徒が多いな。
俺は今、2学年生の教室がある階を歩き回っているんだが、これがまた、2学年の生徒が一生懸命作業をしている。
横目でチラリと見ながら、やっぱり大変そうだなあとの感想を抱き、白雪の護衛を引き受けて正解だと思った。
と、歩いていると目の前に——防弾制服姿の白雪がいた。
「あれ? 白雪じゃん」
「えっ!? あ、ソラくん。こんにちは」
ペコリと礼儀よく挨拶をする白雪。相変わらず可愛いなぁ。
——それでチアは? 練習中じゃねえのか?
「白雪はなんでこんなところにいるんだ?」
「えっとね。チアの練習が早く終わったから武藤くんの車で送ってもらって、ここまで戻ってきたの」
なるほど、武藤のやつは白雪のことが好きだからなぁ……確かにパシリでもなんでもしそうだ。
「へぇ、早く練習が終わるってことは、今年のチアの出来栄え良い感じなんだ。俺も是非とも見たいわ」
「うん、良い感じだから閉会式でしっかり見るといいよ。あ、でもエッチい視線ばっかり向けちゃダメだからね」
俺にメッ!と人差し指を差し出してくる白雪。可愛い。
「わかってるって、胸の辺りを注視するだけだから」
「それをエッチい視線だって言ってるの!」
ハイハイわかってますって。心配いらないから……タブン。
「そういや護衛の2人はどうした? キンジとアリアは?」
今の白雪は一人だ。かといって遠隔で護衛しているレキの姿があるわけでもない。
俺はキョロキョロと辺りを見渡すが、やっぱりあの二人の姿は見つからない。
「アリアはどこかに用があるって言って行っちゃった。だから、キンちゃんに私の護衛を頼んだんだけど、キンちゃん今トイレ行ってるから。後で合流する予定なの」
「キンジのやつぅ……」
あのバカキンジめ、ちゃんと護衛しろよな?
「それじゃあ私、そろそろ行くね? これから生徒会室で会議があるから」
「そっか。生徒会長、頑張れよ」
「うん。ソラくんも私の護衛なんか任せてごめんね」
気にすんなよ。というか気にしてるんなら体で支払え。と言ってやりたいが大人な俺は我慢する。
会話を終えた白雪が俺の横を通り過ぎる。
白雪も大変だ、これから生徒会で会議なんてあるんだからな。
さて…と。白雪も頑張ってるみたいだし、俺もやるべきことはやるべきだよなぁ…………とりあえず。
——俺は背中を向けている白雪に向けて鞘付きの刀を振るった。
「——!?」
白雪は、驚いた顔をして俺の方を見ながらバックステップで躱す
「ソ、ソラくん!? 突然どうしたの!? 危ないよ!」
白雪は、大声で俺に向かって言う。
その大声に反応して、同じ階にいる2年生がこちらに注目する。
危ない……か。よくいうぜ。
……長話は嫌いだ一気に核心を突いてやる。
「お前、白雪じゃねえだろ。一体、何もんだ?」
「——!? なっ! なに言ってるのソラくん!? 意味がわからないよ!」
「意味がわからないか? じゃあハッキリ言ってやる。お前は白雪のニセモンだ」
「——ッ! い、いい加減にしてよっ! 突然、攻撃してきてニセモノだなんてワケがわからないよっ!」
白雪の大声に、数多くの2年生が集まってくる……よし、こんだけ集められたら取り押さえるのに楽になる。
「じゃあ、お前がニセモンだって証拠を言ってやろうか?」
「い、言ってみてよ! 何度もバカにして! いくらソラくんでも許さないよっ!」
バカにして……? 許さない……? それはこっちのセリフだこの野郎。
俺は、この白雪がニセモノだという証拠を握っていた……それを突きつけてやんよ!
俺は指を差した……白雪——のおっぱいを!
「白雪のおっぱいはなぁそんなに小さくねえんだよ! バカにすんのも大概にしやがれ! アイツのおっぱいはなぁ! アルプス山脈のように高く! マリアナ海溝のような谷間を持ち! 太平洋のように広大なんだよ! それに比べてテメェのおっぱいは、形はいいけど大きさは全然白雪に足りてねえじゃねえかバカ野郎がッ! 出直してきやがれ並乳ッ!」
フッ、言い切ってやったぜ。コイツが偽物だという証拠をな!
コイツが白雪の偽物である理由……それはおっぱいが小さすぎるということだ。
白雪のおっぱいを普段から凝視している俺は、白雪のおっぱいの大きさを頭の中にいつでも思い浮かべることができる。
しかもそれは毎日毎日、白雪のおっぱいを見ることでバックアップを更新している。
だから、俺は白雪のおっぱいの成長記録も掴んでいるというわけだ!
「さぁみなさん! この白雪のニセモノを取り押さえてやってください!」
俺は見ている2年生の諸君に白雪を指差しながら言う。
「……そうだな、取り押さえなきゃいけないな」
2年生の一人の男子生徒が言う。
そうだ! コイツは取り押さえなきゃいけない!
「ええ、犯罪者は罰さなきゃ、ね?」
次に2年生の女子生徒が言う。
その通りだ! 犯罪者は罰するべきだ!
「その通りだ。そして今、僕たちの目の前に犯罪者がいる」
「コイツは後の世のためにも滅さなきゃいけない存在だ」
「そうね。こいつさえ消えれば世の中キレイになりそうだもの」
「よし。だったらみんなでコイツを取り押さえて……」
『——ボコボコにしよう』
そ、その通り……? で、でもなんかやりすぎじゃない? 誰かが白雪に変装しているだけだぜ? お前らやりすぎだろ……
——ところで皆さん。
「どうして、皆さんは俺を指差してその台詞を言っているのでしょう……?」
『お前を殺すため』
あら、皆さんキレイに息が合いましたね。
「さあ、行くぞみんな——飛びかかれええええええええええ!!」
『うおおおおおおおおおおおおおっ!!』
「おいっ! テメエらふざけんな! 俺は真面目に言ってんだよ! お、おいっ!? 髪ひっぱんな! ……お、おいって——……テメエらふざけんなよゴラァ!! 俺を誰だと思ってやがんだッ! 全員ぶち殺してやるッ!!」
*
「ハア…ハア……!」
俺はなんとか襲いかかってきた全員をぶちのめして、校門まで来ていた。
あの偽白雪は騒動の間に逃げ出していた。
「チッ! 逃してしまったか……最悪だ。全部アイツらのせいだぜ」
本当に最悪だ……未だ実体を掴めていない『
わざわざ白雪に変装していたんだ。アレが『魔剣』で間違いないだろう……
俺はイライラしながら校門の外へと出る。
ムカムカするのでもうこのまま帰ってやろうと思っていた。
「ん? あれは……?」
——見知った人影を見るまでは。
俺はそいつの側に駆け寄る。そいつも俺に気づいたのか、軽く手を振って答えた。
そいつは——氷のような銀色の髪をつむじの辺りまで上げた2本の三つ編みで結っている。肌も白人のように白く、目もキリッとしていて遠目に見る彼女は、高貴さを感じさせるものもあってまるでどこかのお嬢様のように見えた。
そう、彼女は俺の友人——ギン・ダイヤモンドだ!
「おい、ギンじゃねえか! 久しぶりだな!」
「ああ、天草、久しぶり……なのか? まだあんまり経ってないような気がするが……?」
深いことは気にすんなって!
俺はギンに出会えて気分が最高潮に上がっていた。
ギンとは一度しかあったことがない仲だが、俺は、彼女とは他の友人たちと同じくらい関係が深いと思っている。
そんなギンに出会えたんだ、嬉しいに決まってるよな。
「それにしても、なんで防弾制服なんて着ているんだ? というか、なんでここにいるんだよ?」
ギンは東京武偵高校の制服を着ていた。
「ああ、今年の秋からフランスのパリ武偵高からの留学生としてここに通うことになるんだ。それで今日は、制服を買ったんだがな……思ったよりも気に入ってしまった」
「マジでか!? それじゃあ秋からは一緒だな! そして、あいかわずコスプレ趣味もあるようで何よりだ!」
「おっ、おい!? あんまりコスプレのことを大きい声で言うなっ!?」
ギンは俺の口をガッと押さえる。
少し息苦しいため、わかった。わかったから、とギンの手をペチペチと叩く。ギンもそれをわかってか俺の口からゆっくりと手を引いていった。
「ふぅ……あんまり大きい声で言わないでくれ……頼むから」
「いや、すまんかった。ギンに会えたことが嬉しくてな」
「そ、そうか? ま、まぁ、私も…会えて……嬉しい……」
そう言うギンは指をもじもじと弄りながら頬を赤くしていた。
…………可愛い——グハッ!?
「お、おい!? 突然吐血してどうしたんだ!?」
「くっ……ギンが、尊すぎる……」
「は!? な、なにを言っているんだお前は!?」
俺はもうダメかもしれない。だが、こんな天使に送られるならそれで良いかも……
「——さて、それでギンはこれからどうするんだ?」
「と、突然切り替えるなよ。びっくりするだろう……それで、私か? 私は……そうだな、適当にブラブラと出かけるつもりだ」
——特にこれからの予定はないしな。と言うギン。
「ほうほう、つまりギンはこれから可愛い服探しの旅に出かけるということか」
「なぜそうなる!?」
いや、実際その通りだろ? お前がテキトーに出かけるつったら可愛い服探し以外に何があると言うんだか。
「だ、だがまぁ、それも少しは含めているつもりだ。だ、だがっ、勘違いするなっ! 少しだからな! そ、それで……な、なんなら天草。お前も来るか……?」
ギンからのお誘い……返事は。
「是非よろしく! じゃあ、これからギンとデートだな」
「デ、デ——ちょ、調子に乗るな!」
*
それから俺とギンは色々なところを巡った。
可愛い服探し、コンビニ、可愛い服探し、コンビニ……と色々なところだ。
同じ単語が続いているような気がするが、一概にコンビニと言っても色々あるためなんら問題はないのだ。可愛い服探しも言わずもがな。
そして、驚くべきことにギンはコンビニを知らなかった。
コイツは今までどうやって生活していたのか……フランスにコンビニはないんだろうか?
あ、そういえばギンはフランス出身らしい。それにしても日本語が上手いなぁ。最近の武偵は随分と高性能であることだ。
「ふーっ! 色んなところ巡って楽しかったな!」
俺は後ろを歩いているギンに顔だけ向けながらそう言う。
「ああ、だが今日は私のお眼鏡にかなう可愛い服を見つけることができなかったことが残念だ」
「そうかぁ? 俺は結構似合うのあると思ったんだけどなぁ……」
「それはだな天草。お前にファッションセンスがないからだ」
——おい。俺はこう見えてイケメンだって言われてるんだぞ! 自称だけど! そんな俺にファッションセンスが無いわけないだろうが!
——プルプルプル。どこからか着信音がする。
「うん? 俺の携帯か?」
「ああ、私ではないようだ」
じゃあ俺だな。
俺はテキトーにポケットをまさぐる。
あ、あった。相手は……非通知? なんじゃそりゃ……とりあえず出るか。
「はい、もしもし」
『もしもし……貴方は天草空さんで合っているかしら』
「ええ、そうですけど……貴方は誰ですか?」
女性の声だ。喋り方は大人っぽい……けど、声は子どものように幼く聞こえる。
『ああ、ごめんなさい。私、私の名は…………って言う必要ないわね』
「いや、どうして?」
『だって貴方——今から死ぬんだから』
「——は?」
——ドスッ!
…………気づくのが、遅かった。
俺の横腹から何か熱い何かが吹き出している。携帯電話が手からスルリと抜け落ちていく。そのまま、カタンと音を立てながら地面に落下した。
俺は横腹にそっと手を当ててみた……手に何かついている。
血だ。真っ赤な血。
俺は横腹を覗き見る……やっぱりだ。
そこには、俺の血で真っ赤に染まっている防弾制服と、緩やかに湾曲した刀のような何かが防弾制服を突き破っていた。
あぁ……確かこの弯曲したような刀は昔、
俺は、前のめりに両膝両腕を着いて倒れる。それと同時にヤタガンが引き抜かれた。
今の俺は、いわゆる四つん這い状態だ。横腹からは血がとめどなくポタポタと地面に垂れ落ちている。
あぁ、そうか……俺は……謀かられたんだな……
俺は後ろにいるであろう下手人に声をかける。
「……ひでぇじゃねえか——ギン」
俺の横腹を突き刺したのはギンだ。これはもう間違い無いだろう……
「ああ、私は酷い女だ。私のことを友人だと呼んでいた男を刺したんだからな」
男のような口調……強気な声……俺はこの声の主をよく知っている。
「それにしても、貴様には驚かされたよ。まさか、私の変装を見破られるとは思っていなかったからな」
そうか、やっぱりあれは白雪なんかじゃなくて……ギンだったんだな……
「あのときは偶然助かったが、正直、内心焦っていたよ。そして私は、『
消すべきか……友人に対して酷いこと言うなぁ……それに『
「理子の言った通り、全くバカな男だ。敵にこうもあっさりと背を向けるとは」
ははは……ギンが前に言っていた友人って、理子のことだったのかよ……あいつ、俺のこと勝手に広めてんじゃねえよ……
「私と仲良くなれたと思ったのか? 愚かな男だ。私は全く、
……………流石に傷つく、な。
「そして、最期に私に刺される。なんと哀れなことか。流石に同情を禁じ得ないな天草空。しかし、これもお前の注意力の無さ——いや、お前の言う、
……そうか、俺が招いたことか。じゃあ仕方がないな……
「天草空。私はお前に許せとは言わない。むしろ——私を憎め。お前を騙し、裏切り、刺した、私を憎め。そうすれば怒りで少しは気分も楽になれるだろう」
………………憎む。
「貴様と過ごしたこの前と今日の2日間。貴様にはどうだったか知らないが、私には最悪の気分だったよ。反吐を吐くほど最悪だった。理子に超最低の変態と呼ばれる男に付き合わされた私の気持ちにもなれ。ストレスで精神がやられるかと思ったぞ」
………………憎む、か。
「大変だったよ。大して可愛くないドレスを着たり、白いスーツの似合ってない男の姿を見せられたり、そして、その男に照れたフリをしたり…………本当に大変だった。しかし、これまで今まで我慢してきたのは全て——貴様を殺す今日の日のために……!」
…………………
「眠れっ! 天草空!」
後ろから刀——ヤタガンが振り下ろされている気がする……もしこれが当たったら俺は、死ぬんだろうか……
まぁ……でも、ギンに殺されるならいいかもしれない……こんな天使みたいなヤツに送られるんならそれでもいいかもしれないな……
——でも、今はダメだ。
俺は全身の力を使って横に転がり込んだ。
スパンッ。
俺の顔の横にヤタガンが地面に叩き込まれている……やはりか。
「チッ! 避けたか! だがッ!」
もう一振り、ギンが大きくヤタガンを振り上げる。
俺は、膝立ちになり鞘付きの刀に手をかける。
そして、ギンがヤタガンを振り下ろすと同時に、俺も跳ねる要領で体を持ち上げ、鞘付きの刀をヤタガンを下から持ち上げるようにする。
「——ッ!」
そして、ヤタガンと俺の刀がぶつかった瞬間、俺は跳んだ勢いを活かして刀を上に跳ね上げた。
——ガキキィン!
と金属同士がぶつかる音がした後——ギンのヤタガンは上空へと弾き飛ばされていた。
カランカランと音を立てて地面に転がる。
今のギンに俺を攻撃する手段はない。
「………………」
俺は刀を納める。
「——ッ! 天草空! なぜ私を斬らない!? お前は私を憎んでいるだろう! さあ、早く私を——」
「斬れねえよッ!!」
俺はギンに背を向けて叫ぶ。
「……お前のこと、憎むなんてできないに決まってんだろ……」
「な、なぜ……っ! なぜだ天草空! 私は……っ! お前を殺そうとしたんだぞ!? お前を散々侮辱して、お前を騙して、お前の『信頼』という誇りを嘲笑った! どうしてそんな私を憎めないだなんて言うんだ!?」
「わかってるよ! それでも……! 俺は、お前を憎めないんだよ! ——そんな泣きそうなくらいに悲痛な顔をしているお前を斬るなんて、絶対に出来ねえんだよッ!!」
「……泣き、そう? この私が……? 何を、言っているんだ……天草、空」
バカ野郎。顔だけじゃねえ声も震えてるじゃねえか……それに声だけでもない、腕も、脚も、体も、心も——全部震えてるじゃねえか……
「早く私にトドメを刺せッ! じゃないと私はッ! お前はッ!」
「たとえ脅されても、たとえ殺されかけたりしても、たとえ死んだとしても、俺は絶対にお前を斬らねえ……!」
俺は、ギンの方を振り向く。
やはりギンは……泣いていた。
そして膝から地面へと座り込んで目から涙を流して全身を震わせながらも、ギンは俺を必死に睨みつけていた……でもそんな睨みは偽物だってハッキリわかる。
だから、俺はギンの傍に寄って——抱きしめた。
「俺は、どんなになってもお前を斬らねえ……だから、もう……嘘を続けるのはやめてくれ……」
そう言ってギンを抱きしめている両腕の力を強くする。
彼女を包み込んで、俺が傍にいると表すように……
「……やめて、くれ……私は、お前を……」
「——殺そうとした、か? バカなことを言うなよ。お前は初めっから俺を殺そうとなんてしてねえじゃねえか」
俺の背後にいて、完全に油断していた俺の横腹を突いたのは明らかに変だ。
もし、俺を殺したかったのなら、心臓を狙えばいい……そうだろ?
それに、ヤタガンが俺の顔の真横に振り下ろれたとき、刀は峰が下を向いていた。
つまり——峰打ちだった。そして、それはその後も同じだ。
これらのことからハッキリとわかる……ギンは俺を殺そうとしていないってことが。
でも、どうして俺を刺したのか、その理由は分からねえ……けど、今は俺の身体よりもギンの方が大事だ。
「お前がなにを思ってこんなことをしたのかはわからねえ……だけどな、俺は今もお前のこと
「——っ! バカっ!バカっ! おおバカっ! そんな、そんなこと言われたら…もう……なみだ、とめられるわけ…ないだろっ、ばかぁああぁぁあああああああ!!」
ギンは俺の体にしがみついて大声で泣き出した。顔を俺の胸へと押し当てる。
制服が血ではない、別の水で濡れていくのを感じる……
それを感じて俺はただ、ギンを強く抱きしめて頭を撫でることしかできなかった。
*
「すまなかった……天草」
泣き止んだギンが俺に謝ってくる。
泣き止んだと言っても。目はまだ赤いし、鼻も少しばっかり赤くなっている。それに俺に抱きついたままだし……
そして流石に少しばっかり怒っている俺は、ギンに意地悪をする。
「……ツーン」
「……! あ、あまくさ…ぁ……ぐすっ……!」
「——ああああ! ごめんなさい! 意地悪しちゃってごめんなさい! 俺も許しますから、ワタクシのことも許してください!」
マ、マジ泣きされてしまった。ちょっとした仕返しのつもりだったのに……! いや、俺もこういうときは悪ノリすんなよってキンジからよく言われてたよ? でもさぁ、なんかちょっと泣いてる子見てるといじめっ子の血が疼くというか……ね?
——ああもうっ! はい! 私が悪かったでございます! 完全に調子に乗っていました!
「……ぐすっ。あまくさ……わたしのこと、ゆるしてくれないのか……?」
「許します! ワタクシ許しちゃいますよ! 俺、世界一優しい主人公を自称してますから!」
だからそんな泣きそうな目で俺を見ないでぇええええええ!!
「そ…っか。なら…よかった……」
そう言って、ギンは口元を僅かに綻ばせた。
くっ! 可愛い……! そして、なんか悔しいっ! でも反応しちゃうっ! ビクンビクン!
「あー、でも、今回のことはちゃんと説明してもらうからな?」
「う…うん。わかってる……っ」
そう言ってギンは自分の着ている制服の袖で涙を拭く。
……そろそろ大丈夫か。俺も離れよう。
俺は、ギンから腕を解いて離れた。
離れる直前にギンが「あ……」と寂しそうな声を出したが、俺は負けなかった。俺すごい。
「私が天草を狙った理由は、とある女と賭けをしたからだ」
「賭け……?」
賭け……ってギャンブルって意味だよな?
「賭けの内容は——『私と女、どちらが天草空を戦闘不能もしくは殺すか』」
「……は?」
俺を……戦闘不能もしくは殺す……? 意味がわからない。一体、なんのために……
「賞品は勝った方が『天草空の全てを好きにできる』というもの……当然、私には興味はなかった」
俺を戦闘不能か殺そうとしているのに、賞品は俺を自由できる権利かよ……!
「しかし、ヤツは違っていた——いや、そもそもこの賭け自体もヤツが仕掛けてきたものだった。ヤツは私にこう言っていた『参加しなければ天草空を殺すだけ』だと……」
な、なんだそれは……全部、ヤツだとかとある女ってやつが仕組んだってことか……?
「私は…天草……お前を死なせたくなかった。だから、お前を戦闘不能にしようとしたんだ」
——結果は失敗したがな。と小さく呟くギン。
つまりその賭けにギンが乗った理由は、俺をそのとある女ってヤツから守るためだったのか……だから、俺の横腹を刺したり、峰打ちで攻撃したのか……!
「だ、だけどお前、俺に剣を弾かれた後、私を殺せ的なこと言ってたじゃねえか。あれって一体……!?」
だってそうだろ!? 別に俺が負けるか死ぬかの話でギンが死ぬのは関係がないじゃないか!
「——ヤツは言っていたよ」
「……え?」
「もし私が死んだら賭けは不成立で天草空は狙わないと……」
「——ッ!」
そ、それじゃあお前は! 初めっから俺のためにずっと……死すらも覚悟してここに来たってことなのかよ!?
「なんでそんなことをする!? お前が俺の代わりに死ぬ必要は——」
「言うなッ!」
——ない、と続ける前に、ギンの怒鳴り声に俺はビクッと震えた。
「そんなこと、言わないでくれ……私はお前に生きてほしいんだ……お前は初対面なのに私に変態っぷりを発揮していた。本当にバカだと思ったよ……でも、嬉しかったんだ。そんなバカみたいに絡んでくるヤツは初めてで……それに、可愛いドレスを着て、白いスーツを着たお前の姿をカッコいいと思って照れて…… 別れた後も、撮った写真を眺めながら、ずっとお前のことを思い返していたんだ……私にとって、この前の日と今日は最高の時間だったんだ……」
バカやろう……
『貴様と過ごしたこの前と今日の2日間。貴様にはどうだったか知らないが、私には最悪の気分だったよ。反吐を吐くほど最悪だった。理子に超最低の変態と呼ばれる男に付き合わされた私の気持ちにもなれ。ストレスで精神がやられるかと思ったぞ』
バカやろう……!
『大変だったよ。大して可愛くないドレスを着たり、白いスーツの似合ってない男の姿を見せられたり、そして、その男に照れたフリをしたり…………本当に大変だった。しかし、これまで今まで我慢してきたのは全て——貴様を殺す今日の日のために……!』
全部……全部、逆じゃねえかよ……!
俺を助けるために自分を犠牲にして、俺からも憎まれようとして……大バカやろうじゃねえか!
「——ッ!」
「怒ってしまったか……そうだよな。すまなかった天草……私たちの身勝手のせいで——」
——もう限界だった。
俺はまたギンを抱きしめてしまっていた。
けれど、先ほどよりも強く、優しく、愛するように抱きしめる。
「ありがとうっ! ギン! 本当にありがとうッ! 俺のためにありがとうッ!」
ギンを抱きしめながら、何度も何度もお礼を言う。
今の俺にはこんなことしかできない。だけど、俺のために自分を犠牲にしてくれたギンにただただお礼が言いたかった。
「——っ! そ、そうか……お前は本当に大バカだな。こんなバカなことをやった私を受け入れるなんて……はぁ…理子が言っていた『天草空は大空のような男だ』という言葉の意味がようやく分かったよ……なるほど、お前は、温かいな……天草」
ギンも俺を力強く抱きしめる。
お前も温かいよギン……
「私はお前を倒せなかった。そしてこれからも倒すことはもうできない……お前は、ヤツと戦うことになるんだ……」
「……ああ、だけど俺は絶対に殺されたりしねえぞ。必ず生き残ってやるから安心しろよ」
「ふっ……その自信は一体どこから来るのやら。だが、ヤツは強いぞ……私よりも、な」
ギンよりも……強い。
「だけど、お前ならきっとなんとか出来るんだろうな……そんな気がする」
「ああ、俺はできない約束はしない派だけど、できる約束は必ず守る」
「そうか……」
「だから、約束する——俺は絶対にヤツに勝つ」
これは覚悟だ。
『
——俺の覚悟、確かに受け取ってもらうぞ。
「——今も聞いてんだろ?
「……天草?」
俺は、地面に落ちている俺の携帯電話を睨みつける。
ギンもそれを見て——気づいたらしい。
「まだ、通話中……!」
そうだ。あの非通知電話はまだ切れちゃいない。
ギンはおそらくだが、たまたま俺の電話の隙を好機だと思って攻撃したんだろう……だが、俺にはどうも、これがヤツにとっての予定調和に感じてならない。
『——あらあら、もう少し
「き、貴様、その声は……!」
喋り方は大人っぽいのに、声は子どものように幼い。
『あら、ごめんなさい。今は
「——ッ! 貴様がその名を口にするなぁあああああああ!!」
『あらあら、
間延びした声……そして独特のムカつく感じ、俺はコイツが何か知っている……
「テメェ……俺を殺そうとするくせに、俺の体を欲しがった理由はなんだ?」
『ふふっ、可愛い子。貴方の頭の中には答えがとっくに思い浮かんでいるのに、バカなフリをする……私、貴方のそういうところ大好きなの』
「——ちっ。俺の遺伝子か……?」
『ピンポーン。やっぱりわかっているんじゃないのよぉ。貴方が何もわからないバカなフリをする理由は、貴方の周りの人たちにレベルを合わせようとしているからじゃないのぉ?』
こいつ、ムカつく……
こうやって俺をムカつかせてくるヤツが前にもいたが……本当に腹立たしい。
「テキトーなこと抜かしてんじゃねえぞ。テメェに俺の何が分かるってんだ」
『わかるわよ。だって、貴方と私は同じ「人種」……でしょ?』
くそったれ……やっぱりそうかよ。
「お前、『運命の一族』の一人だな……?」
『そのとぉり。私は運命の一族の「霧」を冠しているティリア・ミスト……よろしくね? 天草空くん』
「ああ、よろしく。そして——絶対にぶっ倒してやっから待ってろや」
『ふふふ。良い殺気ね。電話越しにもビンビンに伝わってくるわぁ……いいわよ。天草空くん……貴方と遊んであげる。これからは、「魔剣」だけじゃなく、「霧」のことも意識しなさぁい——それじゃあね。バァイバイ』
——ツーツー。
通話が終了した。
俺は携帯電話をポケットにしまって立ち上がる。
「天草……」
ギンが心配そうな声で俺に呼びかける。
「アイツ、強えんだな……?」
「ああ、間違いなく——強い」
そうか……強いか。
昔の一年の頃の俺じゃあ太刀打ち出来ないかもしれないな。でも、今の俺は違う。仲間からの助けを受けて今ここに立っている俺は間違いなく強くなった。
……やってやろうじゃねえか。
「……ギン」
「わかってる……でも、本当にいいのか……?」
「ああ、今回はお前を見逃す。だけど、『
「構わない。それに、
そうかよ。
「……『ギン・ダイヤモンド』についての情報は一切話さない。それは約束する」
「あ、ああ……本当に、ありがとう……」
俺にとって『
「それじゃあ、私は行く……」
「おう……」
俺とギンは背中合わせになる。
今、2人が正面を向き合うことはできない。
これが今の俺とギンの距離。でも、いつかきっと俺たちは正面を向き合って一緒に笑うことができると思う。いや絶対にできる。
俺から離れて歩みを進めていくギン。
彼女の顔も体も見えないが、心は俺と一緒のハズだ。
「天草……」
「……おう」
「もし、私がお前のところに帰ってこれたら、そのときは思いきり抱きしめてくれ」
「おう」
「……絶対に生き残れよ。ティリア・ミストに勝て」
「おう」
——背後からギンの気配が消えた。
俺が振り替えると、そこにはキラキラと光る氷のような何かが舞っていた。
「ダイヤモンド…ダストか……」
アイツらしいな……なんて思いながら俺は、とりあえず。
「病院行こ。さっきから横腹痛すぎて吐きそうだし」
というわけで病院に行くことにした。