天草空は乳を揉みたい   作:ゲリラ

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魔剣《Ⅲ》二人ヲ別ツ迷イノ霧

ギンと別れた後、俺は病院へ行き治療してもらった。そして、現在はレキの部屋にいる。

 横腹が貫通したのに入院しないのかという話については、怪我があまり酷くなかったという事情によるものである。

 体内を貫通している割には、内蔵の損傷があまりなく、俺自身も入院はしたくないという旨を話していたため、治療だけで済ませてもらったのだ。

 ギンが刺した場所がよかったのだろう。

 アイツの優しさに感謝だな……その怪我もアイツに負わされたもんだけども。

 

 それでレキの部屋に俺が戻ってきたときには、午後7時半になっていた。

 なぜか、レキの部屋の中にいたアリアにはたいそうドヤされたもんだ……俺にも事情があるってのによ。

 

 

「——俺が得た『魔剣(デュランダル)』の情報はこんな感じだ」

 

「やっぱり『魔剣』は実在してたのね……」

 

 俺はアリアとレキに今日あったことを話していた。ただし、ギンについてや、運命の一族——ティリア・ミストのことについては言っていない。

 

 俺の話を聞いていたアリアはウンウンと頷いていた。

 アリアの勘通りに『魔剣(デュランダル)』が実際にいたんだ。多分、嬉しい……のかな?

 

「それで、怪我はなかったの?」

「……はい?」

 

「はい? って……白雪の格好をした『魔剣』を追い詰めたんでしょ? その時に怪我はしなかったのかって聞いてるの」

 

 怪我は、してますね。

 思いっきり……腹に風穴あいてますね。今はある程度、治ってるけど。

 

「してないよ。俺、強いからさ」

 俺は腕をぶらぶらさせて健在っぷりをアリアに照明する。

 

「そう。ならよかったわ」

 アリアもそれを見て話を切り上げた。

 よかった、ごまかせたようだ。

 

「ところで、アリアはどうしてレキの部屋にいるんだ? キンジはどうしたんだ」

 

 俺がそう言うとアリアは一気に不機嫌そうな顔をした。

 うわ……地雷踏んだかな。

 

「私は、レキの部屋から遠隔で監視。今はバカキンジ一人に白雪の護衛をさせてるわ」

「そうですか」

 

 どうしてここにいるかの理由は教えてくれないんですね……

 しかし、アリアにはアリアなりに何か考えがあるということなのだろう。

 それに、これは少しばかり好都合かもしれない。

 俺は今、『魔剣』と『霧』の二人を相手取っている状態だ。正直、かなり厳しい。

 だから、アリアが遠隔で護衛している今、俺が『霧』一人に集中してもさほど問題はないのではないだろうか……いや、だめだ。

 俺が受けた依頼は『白雪の護衛』だ。今は、私情よりも依頼を優先するべきだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——さん。ソ——さん。起きて——さい」

 

 ボンヤリとした意識の中、誰かが俺の名前を呼んでいるのが聞こえる。その声に応じて、重たい瞼を薄く開けた。

 

 くっきりとしない視界に見覚えのあるライトブルーの髪と黄金色の瞳を持つ少女が映っている。

 

「う…ぁ……レキ…か……?」

「はい。ソラさん、起きてください」

 

 レキが俺の肩をゆさゆさと揺らしている。身体を横に動かされて、俺はだんだんと意識が覚醒してきた。

 

 

「……おはよう。レキ」

「はい。おはようございます」

 

 俺は……寝ていたのか。腕時計で時間を確認すると午前6時半だった。

 

「いつぐらいに俺は寝てたんだ……?」

「昨日の午後8時には既に寝ていました」

 

 あー、じゃあ俺は考え事したまま寝ちまったのか……

 

「起こしてくれてありがとう。シャワーでも浴びてくるよ」

「はい」

 

 俺は、昨日風呂に入ってないことに気づいた。病院で体を洗ったといってもやはり風呂やシャワーは浴びたいものだ。

 

「ソラさん」

 

 シャワーを浴びに行こうとする俺をレキが呼び止める。

 

「昨日、アリアさんから指示がありました」

「へぇ、なんて言ってた?」

 

「5月5日、キンジさんと白雪さんが葛西臨海公園に行くようなので、遠隔からの護衛をしろと」

 

 あ? なんでアイツらそんなところ……あぁ、そういえば近くのウォルトランドで花火が上がるんだっけか。

 大方、キンジがお家の神社からの制限が理由で外へ自由に行けない白雪を外に連れ出そうと思ったのだろう。

 

「それは俺一人で行けってか?」

「いいえ、私も行きます」

 

 レキと二人で護衛ね。まぁ、それなら万が一があっても対応はできるだろう。

 

「キンジさんと白雪さんは7時に部屋で待ち合わせをしています。その時間の前に私はキンジさんと護衛についての近況報告をする予定がありますので、ソラさんは先に葛西臨海公園へ向かってください」

 

「わかった。花火自体は何時ぐらいにあるんだ?」

「午後8時とその30分後の2回、どちらとも10分ほど花火があがります」

 

 ふーん、よく調べたもんだな。さすがレキだ。

 とりあえず、俺は午後7時半ぐらいに着いとけばいいかな。

 

「5月5日に葛西臨海公園で遅くても午後8時までに現地集合するってことでいいんだな?」

「はい」

 

 そうかい。

 とりあえず、話も終わったので俺はシャワーを浴びることにした。

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 現在、5月5日の午後7時40分だ。

 というわけで、俺は葛西臨海公園にいる。

 辺りを見渡すと、森と言えるぐらいの木が生い茂っている。

 空もだいぶ暗くなり所々にある電柱や蛍光灯が公園を照らしていて、なかなか風情のある感じになっている。

 

 それにしてもまだこないのだろうか……

 まぁ、花火まで後20分もあるんだ。気長に待とう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は時間を確認する。

 

 ——午後8時00分

 

 

 空を見上げると、一発目の花火が上がっていた。

 わー、きれいだー。

 しかし、俺一人で見る花火などなんの価値もない。むしろ虚しい。

 そもそも花火見にきたわけじゃないし……なんで、キンジたちいないんだよ。

 レキもきてねえし、メールに連絡もきてねえし。

 

 

 

 

 

 

 ——午後8時20分。

 

 一度目の花火も打ち終わった。だが、誰も来ない。

 そこで、俺は辺りを散策していたら、遠目でだが人工なぎさの方でキンジと白雪が線香花火をしているのが見えた。

 お前らそこにいたんかい……との感想を抱いたが、線香花火をしているんだ。おそらく、一度目の花火に間に合わなかったのだろう。

 

 とりあえず俺はリア充爆発しろ。と満点の星空に願いをかけておいた。

 

 

 

「ソラさん」

 

 背後から声をかけられる。

 その声は聞き覚えのある無感情な声で、正体は俺でもハッキリとわかった。

 

「おいおい、遅いぞ。レ、キ……?」

 

 声のする方へと振り返りながら文句の一つぐらいでも言ってやろうと思っていたんだが、これは予想外すぎる。

 

 ——レキが浴衣を着ていた。

 蝶と紫陽花(あじさい)が描かれている明るい緑色の浴衣だ。

 まぁ、いつもどおり背中にドラグノフ狙撃銃を背負ってるんだけど。

 

「なんで浴衣?」

 

 それじゃあ、動きづらくないか?

 遠隔の護衛といっても動かないわけじゃないんだからなぁ。

 レキは狙撃手(スナイパー)だからあんまり動く必要はないのか……?

 

「……どうやら、私とソラさんがこの時間に出かけるという情報が漏れていまして、それで私の知人に……着せられました」

 

 流石にその格好は護衛として不味いと思っているのか、レキが気まずそうに言っている。

 それより一体どこからその情報は漏れたんだ……

 俺は一切口にしてないぞ。

 

「それと、キンジさんとの報告会が長引いてしまい。遅れてしまいました。申し訳ございません」

 

 ペコリと頭を下げて謝るレキ。

 なるほど。それで遅れたってわけね。

 

「気にすんな。事情があるならそれでいい」

 

 単なるど忘れとかだったら文句でもぶちまけてやろうかと思ったんだが、ちゃんと事情があったんだ。許すのが当然だ。

 

「それで、ソラさん……」

「ん? どうした」

 

「……あの」

 

 何をそんなに言い澱んでいるんだよ。

 

「いえ、なんでもありません……」

「あ、そう。じゃあ、キンジと白雪の監視でもすっか」

 

 ……なんでもないような顔をしているようには見えないが。本人が何でもないと言うのであれば、なんでもないのだろう。

 

「——あ。そうだレキ」

「はい。どうかしましたか?」

 

 

「その浴衣似合ってんな。可愛いぞ」

 

 俺はレキに背を向けて言う。素直に褒めるのはソラさんも恥ずかしいのだ……

 背後からビクッと震える音が聞こえたが……俺に褒められて嬉しく思ってくれてるなら俺も嬉しい。

 

「ソラさん」

 

 レキが俺を呼ぶ。

 恥ずかしさも消えてきたので、俺はレキの方へ振り向く。

 

「ありがとうございます」

 

 そう言ってレキは少し微笑んでいた。

 自然の笑み。とても可愛い。

 普段の俺であったらここで抱きしめてチューチューしていることだろう。

 

 ——こちらを見ているレキの横面に何かが迫ってくる予感を感じなければ。

 

 

「レキッ! 伏せろッ!」

 

 俺の言葉にバッと反応したレキがすぐにしゃがむ。

 俺は鞘付きの刀を取り出して、先ほどまでレキの顔があった場所に刀を振るう。

 

 

 ガキィイイン!!

 

 俺の刀が何かにぶつかった。

 ぶつかった何かは弾かれて木へと減りこんだ。

 俺とレキはそれを見つめる。

 

「——銃弾!?」

 

 それは銃弾だった。

 レキがその銃弾を見つめて何かを言う。

 

「.338ラプア・マグナム弾……」

 

 おいおい………! それってつまり——。

 

 先ほど飛んできた銃弾の方向から身を隠すように俺たちはすぐ側にある物を盾にした。

 

 レキは自動販売機、俺はその少し隣にある燃やすゴミと燃やせないゴミなどを収納する大きめの金属製のゴミ箱に隠れた。

 

「.338ラプア・マグナム弾ってことはつまり——」

 

「はい。敵は—–狙撃手(スナイパー)です」

「ッ! やっぱりか!」

 

 相手が狙撃手(スナイパー)っつうことは、俺たちは誘い込まれたってことかよ!

 『魔剣(デュランダル)』を()らえに来たのに、逆に俺たちが(とら)えられてるってわけか。

  だいたい、.338ラプア・マグナム弾なんて使ってんじゃねえよ! 殺す気満々じゃねえか!

 下手したら、どんな獲物でも撃ち殺せる武器なんだぞ。

 人間に当たったらほぼ即死じゃねえか!?

 いくら高性能な防弾制服だと言っても、当たれば貫通は避けられない。

 それに今のレキの格好は……

 

 俺はガントレットを装着して、鞘付きの刀とS&W M686を取り出す。

 レキもドラグノフを腕に持ち、先ほど飛来した銃弾の方向の様子を伺っている。

 

「敵の居場所は掴めたか?」

「いえ……わかりません」

 

 そうか……なかなか厳しい状況だな。

 敵に居場所を掴まれているのにこちらはヤツの影すら掴めていない。

 

 

 ——どん。

 

 遠いところから聞こえてくる爆発音。遠いが、こちらへと十分音が伝わってくる。

 

「花火か……!」

 

 最悪だ。これで敵の銃声を聞き取りづらくなってしまった!

 何もかも計算されたうえでやられてる……! 俺たちは今、敵の手のひらの上でバカ踊りを踊っている状態か。

 

 ——ゾワッッッ!!

 

 俺の背筋に冷たいものが流れた。

 マズい……何かがマズい! とんでもなく嫌な予感がする!

 

 俺はレキの方を見ると——またしてもレキの横面に何かが飛んでくる予感がした。

 

「クッ——ッ!」

 

 俺はS&W M686をレキの方へと向けて銃をぶっ放す。

 

 ガキィン!

 

 銃弾と銃弾が擦れ合う音。それはレキの横顔に当たる直前で発生していた。

 パスンと音を立てて、俺の足元の地面に銃弾がめり込む。.

 338ラプア・マグナム弾だ……!

 しかし、一体どうして……!?

 俺たちは一発目の銃弾が飛来した方角から身を隠していた。だというのに今度は、ほとんどその真横からの狙撃。銃声も全く聞こえなかった。

 もし、敵が移動して撃ってきているのならそれもわかるが、ここは静かな森のような公園だ。それなのに、誰かが走っている音も何も聞こえなかった。

 それに、一発目と二発目の銃声の間隔は10秒ほどだ。それぐらいの時間で、何も音を発せずに移動できるものなのか……

 

「レキ……! 敵の居場所は掴めたか……!?」

 

 俺は出来るだけ声を縮めてレキに聞く。

 もはやほとんど意味がないだろうが、狙撃手(スナイパー)が相手の時はできるだけ声は縮めた方がいい。こちらの居場所を探られてしまう。

 

「……わかりません」

「ッ! そうか……!」

 

 耳が良いレキだったらもしかしたらと思っていたが……やはり、花火の音が邪魔なのか。

 

 まるで敵が掴めない…実体すらも読めない…一体、なんだこれは……!

 心臓に冷たいものが広がっていく。まるで心臓に直接、水をかけられたみたいだ。

 息苦しくなってくる……

 まるで…かなり重厚な霧の海の中を漂っているようだ……

 

 ……『(ミスト)

 

 ——プルプルプル。

 

「——ッ!」

 

 俺の携帯に着信が入る。

 俺は周囲を警戒しながら携帯を取り出す。

 相手は——非通知。

 

「電話、出るぞ」

 

 レキは頷く。それを見て俺は着信に応じた。

 

『ふふふ、こんばんは。貴方の心と心臓を射止めるスナイパーよ』

 

 大人っぽい喋り方。しかし、子供のように幼い声。

 ……俺はコイツを知っている。

 

「ティリア・ミスト……!」

 

『うふふ、覚えてくれていたようで何よりだわぁ。どうだったぁ? 私のソ・ゲ・キ。痺れたでしょぉ?」

 

 ——ッ! この野郎ッ!

 

「テメェ……! 殺す気満々じゃねえかよ……!」

『そう? 私は別に殺すつもりはなかったわよぉ? だって騎士(ナイト)さんに防がれるの分かってたし、ね?』

 

「どういう意味だそれ。防がれるのがわかっていたって……」

『ふふふ、それは私のトップシークレットだから教えなぁい。それよりも、私の居場所わかるぅ? 教えてあげようかぁ?』

 

 間延びした声。俺を煽る態度。俺の頭に血が上っていくのがわかる。

 

 コイツには……コイツら『運命の一族』には、どうしても激情が湧き出てしまう……!

 

「ああ、教えろや。今すぐテメェをぶっ殺してやる」

 

『あらあら怖いわぁ。そんな電話越しに殺気を当てられたら、私ぃ身震いしちゃう』

 

 台詞と声の調子が合ってねえんだよ……!

 全然怯えた様子ねえくせによ。むしろ喜んでいるように聞こえるぜクソ女。

 

『それにいいのかしらぁ……?』

「何がだよ?」

 

『貴方が私を狙うのは勝手だけどぉ……私を追っている間、貴方の可愛いパートナーちゃんが蜂の巣にされても知らないわよぉ』

「——ッ!?」

 

『貴方は銃弾を察知できる予感のようなものを持っているのかもしれないけれどぉ、その子は持っているのかしらぁ?』

 

 ……そうだ。今の俺は一人じゃない。レキがいるんだ。

 俺一人で突っ込んでいったら誰がレキを守るってんだ……

 しかもレキは防弾制服じゃない……動きづらい浴衣の格好だ。

 頭を冷やせ俺。いつも通り行っちゃダメだ……ここにはレキがいるんだ。

 

『ふふふ。可愛い浴衣を着て羨ましいわぁ。今度私もそのお店に行ってみようかしら』

 

 コイツ……! 白々しい真似を!

 

「テメェだろうが……! 俺とレキが今日ここに来るっていう情報を学校中にばら撒いたのは……!」

『あらあら、バレちゃってるわぁ。でも、彼女の可愛い姿を見れて嬉しかったでしょぉ?』

 

 やっぱりそうだったか……!

 俺とレキが今日、葛西臨海公園に行くという情報がどうして漏れたのか……

 俺は誰にもそこへ行くとは言わなかった。

 そして、無口なレキのことだ。俺と同じでおそらく誰にも言わないだろう。

 後、このことを知っているといえばアリアだが、彼女はSランク武偵だ。そんな情報を漏らしてしまうようなボカをするとは思えない……たぶん。

 じゃあ、後は信じたくないが……俺たちの部屋が盗聴されてしまっていたという場合。

 彼女——ティリア・ミストがここまで俺たちを手玉に取れる理由もわかるというものだ。

 

『私はねぇ、「不可思議で不明瞭な射手(ミステリアス・シューター)」と呼ばれているの』

 

「……ミステリアス・シューター」

 

『そう……霧のように貴方達を包み、迷わせる。そして、迷い続けた哀れな旅人さんたちは、気づけば自分たちが死地にいることに気がつくの……でも、その時にはもう遅いの……だって既に——』

 

 

『死ンジャッテイルカラ』

 

 ゾワアァッ! と背筋に冷たい何かが流れた。

 

 ——俺はとっさに頭を下げる。

 

 ズガンッ!! と頭上から金属製のゴミ箱に何かが当たる音が聞こえた。

 

『ふふふ、すごぉい……! 本当にすごいわぁ! 今のは本当に殺そうと思ったのよぉ? ウフフ、ちょっと、私も楽しくなってきちゃった……そろそろ時間もないから、電話切るねぇ。バァイバイ』

 

 ——ツーツー。

 

 通話が切れる。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 俺は気づけば息が荒んでいた。

 先ほど音が聞こえてきた頭上を見る。

 やはりそこには.338ラプア・マグナム弾が金属製のゴミ箱にめり込んでいた。

 

 ——死の予感……だろうか。今のは。

 心が恐ろしいほど冷たくなった。自分が自分で無くなるように感じた。

 これが『狙撃手(スナイパー)』の狩りなのか……

 

「ソラさん……」

 

 レキがこちらを心配そうに見つめている。いや、それだけじゃない……どこか罪悪感というか、俺に対して悪いと思っている顔をしている。

 

「敵の居場所は……掴めたか?」

 

 レキは首を横に振る。

 ……そうか。わからないか。

 そうか……そうか……じゃあやるしかないな。

 俺は、レキの元へと歩んでいく。

 

「レキ」

 

 

 

「——お前の命、俺に預けてくれ」

 

 俺の頼み。それにレキは——

 

「はい。喜んで」

 

 即答した。

 それを聞いて俺はレキの前に立つ。レキは今、自販機と俺に挟まれている状態だ。

 今の追い詰められている俺たちが生き残るためにはこれしかない。

 

「——信じてるぜ、相棒(レキ)

「はい。こちらも信じています相棒(ソラさん)

 

 いつもの掛け声。

 俺たちはこんなところで絶対に死ねない。

 

 俺は銃を防弾制服の内側の胸ポケットに収めて、レキを守るように刀を構える。

 レキは、自分の誇りとも言えるドラグノフ狙撃銃を地面に置き、膝をついて目を閉じ、耳を研ぎ澄ませる。

 

 俺たちが今やっているのは、ごく単純なこと。

 俺がレキを守り、レキが敵を探る。それだけだ。

 だから、俺は敵を探るようなことはしない。ただ、レキを守るために、全神経を尖らせる。

 レキも自分の身の危険のことなど考えない。敵を探るために全神経を外へと向ける。

 お互いの長所を活かした捨身の姿勢。

 花火の音が耳の中に響いてくる。

 

 俺は息を大きく吸って——吐き出した。

 

 

 スゥーっと頭の中が落ち着いていくように冷たくなる。

 先ほどまで響いていた花火の音が聞こえなくなった。

 今、俺の感じている世界には、踏み締めている地面もそこら中にたくさんあった木も、何もかもがなくなっていた。

 ただ、俺の後ろにいる大切な者だけは鮮明に俺の意識の中に浮き出ている。

 

 ——その大切な者を撃ち抜かんとレキの横面に銃弾が飛来するのを予見した。

 

 それを感じて俺は刀を振るう。

 ガキィン! と金属音が響きながら、銃弾がどこかへ弾き飛ばされていくのを感じた。

 だが、俺の直感はまだ危機の警鐘を鳴らしている。

 

 今度は、後ろからレキの心臓への狙撃。次は、横から俺の肩を狙った狙撃。

 

 そのどちらの銃弾も俺は刀で弾いて躱した。

 後ろの相棒(レキ)が耳を研ぎ澄ませる範囲をどんどん狭めていくのがわかる。

 

 そして、後ろから俺の頭を狙って銃弾が。

 右から俺の右腕を狙う狙撃が。

 左から俺の左脚を狙う狙撃が。

 

 だが、どの銃弾も俺には届かない。

 一発目は躱し、二発目と三発目は弾く。

 

 

「——見つけました」

 

 相棒(レキ)の声。

 レキは敵の居場所を指で差す。

 

 そこは、先ほどから銃弾が飛来していた、右でも、左でも、後ろでもなく——正面だった。

 

 3000メートルほど離れたとこにある6階建てのビジネスホテル。

 その屋上を彼女は指差していた。

 

 俺はそこを見る。

 なるほど、たしかにそこに狙撃手(スナイパー)がいた。

 感覚が研ぎ澄まされている俺の瞳にヤツの姿が鮮明に映っている。

 

 ヤツは——ティリア・ミストは、アリアよりも体は小さく、ライトパープルのミディアムヘアの少女だった。

 その彼女の口元には微笑みが浮かんでいる。

 

 彼女は自分の背丈の8割ほどある銃をこちらに構えていた。

 そして——放った。

 

 まっすぐにこっちへ銃弾が飛来しているのがよくわかる。

 

 ガキィイン!!

 

 俺の刀と銃弾が衝突する音がそこら一体に鳴り響く。

 これでヤツの攻撃は終わりだ。

 俺たちの、勝ちだ。

 

 

 

 

 スパンッ!!

 

 

 

 後ろから、俺の横腹(・・)を何かが(かす)めた。

 そして、それはそのまま地面に食い込む。

 俺は自分の頭の中が真っ白になっていくのを感じた。

 

「.338ラプア・マグナム弾……」

 

 それを見ながら俺は呟く。そして、俺は紫髪の少女の方を見た。

 彼女は遠目だが、口パクで何かを言っている……

 

 

「エル……スナイプ……!?」

 

 

跳弾射撃(エル・スナイプ)

 

 ——全身に冷たい汗がほとばしった。身体中の至る所に鳥肌が立ち、俺の全ての意識が集中から驚愕へと切り替わる。

 

 ……ま、まさか、アイツは——ティリア・ミストは、先ほどから跳弾射撃(エル・スナイプ)を利用して俺とレキを狙っていたのか!?

 

 俺たちの正面に位置しながら、わざわざ横から、後ろからと狙っていったのか……!?

 

 もはや意味がわからなかった。

 1回の跳弾では俺たちを様々な方角から狙うことはできないだろう。

 つまり何回も何十回ものの跳弾を利用して、俺たちを狙撃していた……?

 それは、人間技なのか……? それにここから、あのホテルまでは3000メートルも離れているんだぞ……

 

 まるで意味がわからない。

 だが……1つだけ言えることがある。

 

 彼女にとって、先ほどの狙撃は遊びだったということ……

 ——最後の弾。

 アレはたまたま俺の横腹を(かす)めたわけじゃない。

 俺が狙われた横腹は——ギンに刺された場所の近くだった。

 つまり、これは彼女なりの挨拶……『霧』の狙撃。

 

 ——天草空をいつでも殺せるというティリア・ミストの宣言。

 

 気づけば、紫髪の少女はいなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここは電車の中。俺とレキが載っている車両には俺たち以外の人の姿がない。

 

 ティリア・ミストの襲撃の後、花火は既に終わっており、キンジと白雪も既に帰っていたので、俺たちも電車で帰ることにした。

 

 レキがティリア・ミストのことについて言っていた。

 まず、彼女が扱っていた銃はイギリス製の『Arctic Warfare Magnum』通称——AWMと呼ばれる狙撃銃であるということ。

 次に、ティリア・ミストは主にフランスで活動する暗殺者(アサシン)であり、絶対半径(キリングレンジ)は3845メートルという驚異的な数値であるということ。

 最後に、彼女は跳弾射撃(エル・スナイプ)の名人で、自由自在に跳弾を操りターゲット(標的)を射殺することができるということ。

 

 

 ——人間じゃない。

 それがその話を聞いた俺の感想だった。

 

 ティリア・ミストに完全に遊ばれていた。その事実が俺の頭の中を真っ白にする。

 悔しさと恐れのようなものが俺の中で渦巻いて、体と心を重くしていく。

 脳裏に浮かぶのは最後の一発。俺の横腹を掠めた銃弾。

 ——本当ならば俺は、間違いなく死んでいた。

 ティリア・ミストは正面から銃弾を放ち、俺にそれを弾かせる。それで俺が油断したところを既に撃っていたもう一発の銃弾を何度も跳ね返えらせて、俺の背後を取り、横腹を掠めたということだろう。

 跳弾射撃(エル・スナイプ)の名人……? そんな生易しいもんじゃない。

 ヤツにとって絶対半径(キリングレンジ)3845メートル以内は『霧』だ。

 様々な角度からの銃弾によって敵を惑わせて、気づいた時にはすでに周囲に張り巡らせた跳弾の嵐によって敵を蜂の巣にする。

 

 もし、次にティリア・ミストが襲撃してきたとき、俺はヤツに勝てるのだろうか……

 

 俺は、ヤツと同じ狙撃手(スナイパー)であるレキの方を見る。

 彼女はドラグノフ狙撃銃を握りしめていた。

 

「……すいませんでした。ソラさん」

「どうして謝る」

 

 謝ることなんて何一つないだろ。

 

「私がソラさんの足手まといになってしまった……からです」

 

「……そんなことねえよ。お前が敵の居場所を見つけてくれたおかげで俺たちは生き残れたじゃねえか」

 

 足手まといだなんてバカなこと言ってんじゃねえよ。お前がいなかったら俺たちはあのままやられてたかもしれないんだからよ。

 

「しかし……もし、あの場に私がおらず、ソラさんの一人だけであったら、もっと効率的な戦い方があったハズです」

「……あの場では、俺とお前がいた。それ以上もそれ以下もねえ。だから、もし俺一人だったらとか関係ない」

 

 ……だけど、言っていることは否定できない。

 俺一人であったら、一箇所に留まらずヤツを撹乱しながら戦えたかもしれない。

 それをレキは分かっているから、謝ってくるのだろう。

 だけどよ……

 

 

「……仮に、俺一人だけであっても結果は変わんねえよ。色々な戦い方はあっただろうけど、アイツに通用するとは到底思えねえ」

「そんなことは——」

「あるんだよ。アイツの最後の一発見ただろ……? あの一発の意味……同じ狙撃手(スナイパー)のお前にならよくわかるはずだ」

 

 凄腕の狙撃手(スナイパー)であるなら尚更な……

 レキは何も言葉を返さない。

 レキもわかっているのだ。俺が本来なら死んでいたことを。ティリア・ミストが本気で殺しにきていたわけじゃないってことを……

 

「……ソラさん」

「なんだよ?」

 

「貴方は……死ぬつもりなのですか……?」

 

 …………………。

 

「ティリア・ミストともう一度戦って……死ぬつもりなのですか?」

 

 ——そんなわけないだろ。……とは言えなかった。

 死ぬつもりはないが、死んでしまってもそれでもいいと思っていた。

 

「さあな……まぁ、俺とヤツは戦う因縁で結ばれているんだ。また、戦うことにはなるだろうな」

 

 俺とアイツが戦うことは運命によって定められている。

 

 

「——ダメです」

「は……?」

 

「戦ってはダメです……ソラさんはこれ以上、『運命の一族』と戦ってはダメです」

 

「その名前……。お前、知ってたのか?」

 

「詳しくはわかりません。しかし、ソラさんと深い関係にあることは知っています」

 

 どこでその名前を知ったのかはどうでもいい。

 レキは以前から、いや、今も俺たちが知らないような情報を知っている。だから、運命の一族についてある程度知っていてもおかしくはない。

 だが……

 

「俺がヤツらと戦っちゃいけないってどういうことだよ」

 

「ソラさんは……『運命の一族』の件を一人で終わらせようとしています。しかし……それでは貴方はきっと死んでしまいます」

 

 俺が死んでしまう…か。きっとそうなんだろうな。

 それでも俺は止まれねえんだよ。

 

「これは俺が片付けなきゃいけない問題だ。お前に関係ねえだろ」

 

「関係、あります……」

「……は?」

 

「ソラさんが死んだら、私も死にます。私はソラさんの『相棒(パートナー)』ですから」

「……それは」

 

 一年の冬の『昇格依頼』で俺がレキにかけた鎖……そして、『武偵殺し』のときにレキが俺にかけた鎖……

 

「……バカなことを言うな。それじゃあ、俺はどうすればいいんだよ。戦うなって言われても、俺とヤツらは必ず巡り合うんだからよ」

 

「私を……巻き込んでください。ソラさんが抱えているものを、一緒に背負わせてください」

 

「お前……」

 

 レキは、俺に頼ってほしいのか。

 俺一人じゃ、いつかきっと死んでしまう。だから死なないように、死なせないように、俺と一緒に戦いたいって言っているのか。

 ……優しいやつだ。俺は良いパートナーと巡り合えた。こんなパートナーとはもう二度と巡り会うことはできないだろうな。

 

 

 

「——ダメだ」

「……!」

 

「お前を巻き込むことはできない。お前を巻き込んでしまったら、今度はお前が死んでしまうかもしれない……それは絶対に嫌なんだよ。俺のせいで誰かが傷つく姿なんて見たくねえんだよ……」

 

 ティリア・ミストのおかげでよくわかってしまった。

 ヤツらは俺の仲間を簡単に殺そうとする。

 武偵殺しの時のダキュラ・クラウディも同じだった。アイツは理子を殺そうとした。

 そして今度の刺客——ティリア・ミストはレキを殺そうとした。

 

 俺は、俺の件で誰かが死ぬ目に遭ってしまうのは絶対に嫌だ。

 しかも、その危ない目に俺の大切な仲間たちが巻き込まれそうになっている……そんなことは絶対にあってはならない。

 

「悪いが、これは俺一人で解決しなきゃいけない問題だ。たとえ、それで俺が死んでしまっても構わない」

 

「……ソラさんが死んだら…私も、死にます」

 

 わかってる。お前はきっと本当に死ぬんだろうな……俺の『相棒(パートナー)』だから。

 

 

 

「ああ、だから……『相棒(パートナー)』を解消しよう」

「—–!」

 

 レキの顔が驚きに満ちる。

 

「そうすればお前は俺が死んでも、死のうとはしないだろ」

 

 レキは、俺が『相棒(パートナー)』だから、死んだら自分も死ぬと言っていた。

 そうであるなら、俺とレキが赤の他人になれば、レキは死のうとしない。そういうことなのだろう。

 レキの黄金色の瞳が揺れている。レキの瞳に映っている俺の姿が揺れている。

 

「そんな…そんなことされて、生きていたとしても……私の傍にソラさんがいてくれなければ、私は何も…感じられませんっ……」

 

 いつもは無感情なレキの声が震えている。

 ごめん。本当にごめん。

 俺は最低だ……勝手にレキに鎖をつけて、レキに鎖をつけられたら、今度は自分から勝手に抜け出そうとしている。

 今まで散々、レキが俺のパートナーであることを望んでいたというのに、俺は、その思いを簡単に切り捨てている。

 だけど、それでも俺は——

 

「何も感じられなくなっても、それでも俺はお前に生きててほしいんだよ。俺は、俺のせいで誰かが死ぬ目に遭うところなんて見たくねえんだよ……」

「……っ!」

 

 その言葉が最後だった。

 それ以降、俺たちが電車の中で話すことはなかった。

 俺の隣では、レキが俯いている。

 浴衣が少し濡れているように見える……泣いているのだろうか。

 だけど、俺には声を掛けられない……もう、赤の他人となってしまった俺には声を掛けることができない。

 彼女は狙撃科Sランクの武偵。俺は強襲科Sランクの武偵。同じSランクの武偵。

 

 ……俺と彼女を結ぶものはもはやそれだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——そして、迎えた『アドシアード』。そこで全てが決まる。

 

 

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