天草空は乳を揉みたい   作:ゲリラ

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魔剣《Ⅴ》迷イノ霧ト一陣ノ風ト青イ大空

俺が今いる場所。

 ここはレキにとって狙撃できる地点であり、同じくティリア・ミストにも狙える場所である。

 レキは狙撃科棟にいる。

 しかし、ティリア・ミストの位置は全く把握できない。

 おそらく高い所にいるのであろうが、この東京武偵高校及び、その付近には高い建物はかなりあるのだ。つまり、ヤツの影すら俺は掴めていない。

 このままではヤツに一方的に蹂躙されてしまうだろう。だが、俺は一切その心配をしない。

 ——レキがティリア・ミストの位置を知らせてくれる。

 俺はただそれを待てばいい。

 ヤツの狙撃に耐えて、レキがヤツの居場所を特定するのを待てばいいのだ。

 簡単だ。簡単なことだ。

 

 俺は装着しているガントレット越しに鞘付きの刀を片手に持つ。S&W M686は胸ポケットに入れたままだ。

 ——全身の感覚を研ぎ澄ませる。

 俺の周囲から風を裂く何かの気配を感じながらも俺はその場を動かない。

 俺がいる場所は人の姿が一切ない場所だ。

 だから一般人を巻き込んでしまうことはない。そして、無闇に動き回って一般人を巻き込むような事態になってはいけないのだ。

 

 ——背後から何かが飛来してきているのがわかる。

 

 俺は体を横にずらしてそれを躱した。そして、躱しながら俺の横腹があった場所を通っていくそれを見る。

 

 銃弾——.338ラプア・マグナム弾だ。

 

 .338ラプア・マグナム弾はそのまま彼方へと飛んでいく。

 銃弾は後方から飛んできた……だが、俺は後ろを振り返って、ティリア・ミストの姿を探そうとはしない。

 ヤツの武器は自由自在の跳弾射撃(エル・スナイプ)だ。

 ティリア・ミストにとって絶対半径(キリングレンジ)3845メートルとは360度好きな方角から狙い撃てるということだ。

 つまり、その方向から銃弾が飛んできたからといってその方角にティリア・ミストがいるとは限らないのである。

 

 ——それに探っている余裕なんてものはない。

 

 先ほどから至るところで金属同士のぶつかる音が聞こえる。

 これはきっと跳弾射撃(エル・スナイプ)の前兆だろう。

 ティリア・ミストによって放たれた銃弾が俺の周囲……3845メートル圏内の建物や設置物に弾かれているのだ。

 

 ——左側と右側の両方から何かが飛来してくるのがわかる。

 

 俺は鞘付きの刀を持ったまま、体を素早く一回転させる。そして、その回転の勢いを利用して刀を横に振るった。

 ——回転切りだ。

 

 ガキンッガキンッ! と2連続で金属と金属とがぶつかる音が鳴り響く。

 そして、地面に二発の.338ラプア・マグナム弾が転がった。

 

 ……これだ。これがティリア・ミストにとっての最大の技。跳弾を利用した時間差攻撃。

 先に放った銃弾を縦横無尽に跳弾させ、後に放った銃弾と同時に着弾させるという技。しかも、後に放った銃弾も跳弾させて角度を変えている。

 ……人間のできることじゃない。

 こんな技は狙撃科Sランクのレキでも不可能だ。

 これはヤツの『運命の一族』としての因果律を書き換える力—–『異能』が作用しているからか? 

 ……だが、『異能』が跳弾射撃(エル・スナイプ)といった技術まで作用するとは思えない。

 『異能』は、俺たちの行動に影響を及ぼす力だ。

 例えば『悪運』であれば、偶然逃げ切れた……『幸運』であれば、偶然宝くじが当たった……とかそんな感じだ。

 つまり、普通であれば『異能』を制御することなんてできないハズなのだ。

 偶然、『跳弾射撃(エル・スナイプ)』を成功できたとしても、それを360度好きな方角から狙い撃つことなんて出来ない。

 『異能』とはそういうものだ。

 そうであるからば、このティリア・ミストの狙撃の技は純然たる彼女の技能……? 

 少しは『異能』が作用しているかもしれないが、大まかな要因は彼女の力だということなのか……?

 

 ——そうじゃない気がする。

 予感だが、この人間離れした技は彼女の純然たる技能だけが要因ではない気がする。

 

 

『そう? 私は別に殺すつもりはなかったわよぉ? だって騎士(ナイト)さんに防がれるの分かってたし、ね?』

 

 俺の頭にこの言葉が思い返される。

 この言葉は、レキの頭を狙った彼女に対して俺が言ったことへの返事として告げたことだ。

 どういう意味か尋ねると彼女は、トップシークレットと言っていた。

 つまり、これは彼女の根幹に関わるもの……

 防がれるのは分かっていた……分かっていた(・・・・・・)、か。

 それじゃあまるで——

 

 ——プルプルプル。

 

 俺の携帯が振動する。着信だ。

 俺は片耳に付けている完全ワイヤレス式イヤホン——AIR POPをタップする。

 このイヤホンには、タップするだけで携帯を操作せずとも自動で電話に出てくれるという優れた機能が搭載されている。

 

『—–見つけました』

 

 無感情な声。

 俺がよく知っている声が頭の中に響いてくる。

 

「待ってたぜ——レキ……!」

 

 俺の相棒(パートナー)。一度、その関係を霧に引き裂かれたが、俺たちは再び舞い戻った。以前よりも強固な信頼を持って。

 

『ティリア・ミストがいる場所は——強襲科棟の屋上です』

 

 強襲科棟か……ちょうどレキがいる狙撃科棟と俺がいる場所の直線に位置する建物だ。

 

「レキ。お前はそこからティリア・ミストを狙えるか?」

「できません。私がいる狙撃科棟から強襲科棟は約3000メートル離れています」

 

 3000メートルか……

 

「ティリア・ミストの絶対半径(キリングレンジ)圏内だな。気を付けろよ」

「はい」

 

 レキとティリア・ミストの距離は3000メートル。俺とレキの距離は1000メートル。

 そして、俺とティリア・ミストの距離はざっと——2000メートルといったところか……? 

 

 レキの絶対半径(キリングレンジ)は2051メートル。

 ティリア・ミストの絶対半径(キリングレンジ)は3845メートル。

 レキが狙撃科Sランクであるところから見ると、ティリア・ミストの化け物っぷりがよくわかるもんだな。

 だが、俺はレキが一切劣っているとは思わねえ。

 彼女には彼女の武器がある。例えば、耳の良さだとか、視力の良さだとか。尻の形の良さだとか……ティリア・ミストにはないであろう長点をたくさん持っている……特に最後。

 それに俺とレキには最高の信頼関係がある。それがある限り、俺たちが負ける事は絶対にない。

 

『ティリア・ミストが扱っているAWMは装弾数5発でセミオート式の狙撃銃ではないですが、彼女の装填速度はかなりのものです。先ほどから、銃弾を様々な方角に向かって放っています』

「ああ、俺を殺すための跳弾射撃(エル・スナイプ)の準備だろうな。やっぱり化け物だなアイツ」

  

 これから先、俺の身にどんな銃撃が待っているのか。怖くて身震いするわ。

 だが、このままヤツの好き勝手にやらせるつもりはない。

 しかし、このまま強襲科棟に突っ走っても蜂の巣にされてしまうかもしれない。

 さて……

 

 

 

「——レキ、俺に秘策がある。もし、やってみて失敗したら大惨事になるが……聞いてみるか?」

 

 俺はレキに提案する。そして、レキの答えは——

 

『聞かせてください』

 

 即答。

 さすが俺の相棒(パートナー)だわ。最高すぎて俺の心臓が高なっちまうよ。

 

「——よし。じゃあ話すぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は今、強襲科棟目指して突っ走っていた。

 先ほどから何発もの銃弾が俺の体を掠めていく。

 

 ——真正面から銃弾が飛来する。

 

 俺は刀を前に突き出した。

 

 キィイィィイイイインン!!

 

 金属が裂ける音がそこら一体に鳴り響く。

 俺は銃弾を真っ二つに斬ったのだ(・・・・・)

 

 今の俺の手には——ガントレット越しに持たれている抜身の刀がある。

 人間に振るえば簡単に斬り裂いてしまう殺しの武器。

 俺はそれを手に持っていた。

 

 鞘から解放された刀は溜まっていた鬱憤を晴らすようにギラギラと刃を輝かせている。

 とんだ暴れもんだコイツは。

 

 いま現在の俺とティリア・ミストの距離は1500メートル。

 やはり、ヤツの銃弾が邪魔してなかなか前に進めない。だが、それでも俺は前へと走っていく。

 

『ソラさん。背後から二発、その0.4秒後に右から一発、そして、0.6秒後に左後ろと正面から一発ずつ来ます』

「おうッ!!」

 

 

 俺は視覚と聴覚を頼らず、自分の直感とイヤホン越しから聴こえてくる相棒(レキ)の言葉を信じて体を捻り刀を振るう。

 ——体を捻る前にあった場所には俺を貫かんと銃弾が通り、刀を振るった先には銃弾が飛んでいる。

 

 ギリギリ。本当にギリギリだ。

 先ほどから俺を殺さんとする何発ものの銃弾が360度から飛来してくる。

 だが、レキのサポート及び俺の直感がその銃弾の位置を教えてくれる。後は俺が避けきれるかどうかだ。

 そこは俺のSランク武偵としての実力が試されているというわけである。

 

 ——あと、1200メートルだ。そして、僅かにティリア・ミストの跳弾射撃(エル・スナイプ)が収まっている……よし、今だ!

 

 俺はイヤホン越しにレキへと叫ぶ。

 

「信じてるぜ——相棒(レキ)ッ!!」

 

『はい。こちらも信じています——相棒(ソラさん)

 

 いつもの掛け声。

 だが、今までよりも信じている度合いが格段に違う。

 お互いがお互いを絶対に死なせないように全力を尽くす。

 

 イヤホンから詩を詠むような声がする。

 

『——私は一陣の神風』

 

 レキがターゲットを狙撃する(・・・・)際に言うクセのようなものなのだが……いつもとは少し違うようだ。

 

 俺はそれを聞きながら全力で前へと進んでいく。とにかく全力で走り続ける。

 今は一定のペースで走ることが肝心だ。

 ティリア・ミストの狙撃の手が緩んでいる今こそが好機なんだ……!

 

「うおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 銃弾を避け続けたことによる神経の摩耗、肉体の疲労……それらを全てかき消すように俺は叫ぶ。

 

 俺たちを迷わせる霧を払う。もう少しだ……もう少しでヤツに届く。

 あと半分……1000メートルだ。

 真正面から飛来する銃弾を切り裂いて前へと進んでいく。

 

『神風は全てを吹き飛ばす。故に、何も残らない——』

 

 イヤホンから聞こえてくる声は、まるで俺を応援しているかのようだ。

 あと800メートルくらいだ。

 もう少しで……もう少しでティリア・ミストに勝てる……!

 俺の目に光明が見える。明るい未来という光明が……!

 

 

 

 

 

 

 だが、それは霧の中に見えた微かな光であっただけだった。

 

 そう、俺はまだ霧の中にいたんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 ——ズガンッ!!

 

 

 

 

 

 

 ……俺が走るために前に出した右足の甲に熱が発生する。そして熱が足全体へと広がっていく。

 右足を見る……空洞だ。

 靴を……足を貫通して、わずかにキラリと輝く何かが地面にめり込んでいる。

 だが、それは徐々に見えなくなっていった。

 ——俺の血によって。

 

 ……真上からだ。

 俺の真上から.338ラプア・マグナム弾が降ってきやがった。

 足……そして、全身に伝わってくる激痛は俺の走りを止めるのに十分であった。

 あまりに突然な痛み。

 脳が揺れて、思考が止まる……だが、俺の直感は伝えてくる。

 

 ——背後から頭部へ3発。

 

 ——右上から全身へ3発。

 

 ——左上から同じく全身へ4発

 

 計10発が俺を殺さんと足を止めた俺に近づいてくる。

 ……オーバーキルすぎる。.338ラプア・マグナム弾であれば、ここまでやる必要はないだろ……

 

 ティリア・ミストは手を緩めていたわけじゃなかった。

 ただ、俺を殺す準備を整えていただけであった。

 

 俺は周囲の四方八方の全てを警戒をしていた。なぜなら、ティリア・ミストは自由自在の跳弾射撃(エル・スナイプ)ができるからだ。

 だが、真上——頭上までは警戒していなかった。

 ティリア・ミストは俺の頭上で銃弾と銃弾とを跳弾させて右足の甲を狙い撃ったのだ。

 そして俺の足を止めた後、俺の全身を狙う背後と横からの狙撃。

 ……完全に彼女の手のひらの上だった。俺はまだ彼女の霧に包まれていたんだ。

 これが『不可思議で不明瞭な射手(ミステリアス・シューター)』と呼ばれる彼女の本当の実力。

 

 

『……霧のように貴方達を包み、迷わせる。そして、迷い続けた哀れな旅人さんたちは、気づけば自分たちが死地にいることに気がつくの……でも、その時にはもう遅いの……だって既に——』

 

 

『死ンジャッテイルカラ』

 

 

 ——死。

 

 

 

 

『だから、やめてよ…ぉ……! 勝手に一人でいなくなろうとなんてしないでよ……! あんたがいなくなれば、どれだけ悲しむ人がいると思ってるのよぉ……!』

 

 ……アリア。

 

『ソラさん。私を頼ってください』

 

 ……レキ。

 

『もし、私がお前のところに帰ってこれたら、そのときは思いきり抱きしめてくれ』

 

 ……ギン。

 

 

 

 

 …………みんな、俺が死んだらどう思うんだろう。

 

 悲しんでくれるだろうか……泣いてくれるだろうか……

 

 

 アリアも、レキも、ギンも、キンジも、白雪も、あややも、理子も、武藤も、不知火も、蘭豹先生も、2学年のみんなも……俺のせいで悲しむのだろうか……

 

 

 

 …………あぁ。

 

 

 

 

 

『あんたがもし死んだら、あんたに命を賭けようとした人たちはあんた以上の苦しみを背負って生きていくことになるのよッ!』

 

 

 

 

 …………あぁ。

 

 

 

 

『貴方は絶対に死なない。なぜなら私が守るから。私は絶対に死なない。なぜなら貴方が守ってくれるから……そうですよね?』

 

 

 

 そうだな……まだまだ……まだまだ死ねねえなぁ……!

 

 

 

 意識はボヤけているのに身体が勝手に動いていく。

 前傾姿勢となり、全身の体重を足に傾ける。

 

 右足が痛むのを歯を食い縛って我慢し、足の指先で地面を強く——蹴った。

 

 

 

 

 ズガガガガガガガッッ!!

 

 

 

 何発もの銃弾が地面を抉っていく音が背後から(・・・・)聞こえてくる。そして、俺の頭の上を数発の銃弾が通過していくのがわかった。

 

 

『——ただ、大空と共に舞うだけ』

 

 相棒(レキ)の声……そうだ秘策があったんだ…………応えなければ。

 

 

 後ろから、俺の頭上に向かって一発の銃弾が向かってきているのを察知した。

 だが、その銃弾からはティリア・ミストの放つ銃弾と違い、死の感覚を全く感じなかった……

 ——風を纏った銃弾。俺の愛すべき相棒の銃弾。

 

 俺の頭上にあるその銃弾を——刀で斜め上に逸らすように弾いた。

 

 俺は、その銃弾の行方を目で追う。

 

 銃弾が向かった先は、強襲科棟の屋上……紫髪の少女。

 

 ——ティリア・ミスト。

 

 そして、その彼女が扱う銃——AWMの銃口に突き刺さった。

 

 

 ……俺はもう止まらなかった。

 強襲科棟の屋上を目指して全速力で駆け抜ける。

 

 俺が言った秘策とは至極単純だ。

 レキが俺に向かって放った銃弾をティリア・ミストのAWMの銃口目掛けて刀で弾く。それだけだ。

 

 しかし、この一連の行動でレキは実力以上の力を発揮してくれた。

 

 レキの絶対半径(キリングレンジ)は2051メートル。

 だが、あの時の俺とレキの距離は2200メートルほどあった。

 自分の実力以上の力が求められている中、彼女は当初の作戦通り、俺の頭上に向けて極めて正確に狙い撃ったのだ。

 

 

 

 全力で駆け抜けて30秒が経過した。

 俺はついに強襲科棟にたどり着き、その建物の所々にある窓ガラスの淵を利用して上に登っていく。

 そして、あと一段で屋上であると同時に俺は——高く翔んだ。

 

 屋上のはるか上空。

 下を見下ろせばこちらを見て驚いているライトパープルに包まれたミディアムヘアの少女——ティリア・ミストがいる。

 俺は抜身の刀を振り上げて、彼女の銃——AWM目掛けて振り下ろした。

 

 パキンッ!

 

 彼女が持っていたAWMは銃身から真っ二つに切断される。

 

 ……狙撃手(スナイパー)にとって銃は誇りそのもの。

 以前、俺の相棒(レキ)がそう言っていた。

 そう、俺はティリア・ミストの誇りを叩き切ったのだ。

 つまり——

 

 

「俺の勝ちだ」

 

 

 

 勝負は決したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ、ふふ……負けちゃった」

 

 ティリア・ミストは屋上の床に膝をつきながらそう言う。

 俺はそんな彼女を見下ろしながら、彼女に聞きたいことがあるのを思い出した。

 

「ティリア。お前の『異能』は一体なんだ?」

 

 『ティリア』と俺が呼んだ瞬間、彼女はビクッと肩を震わせて俺を不思議そうな目で見てきた。

 

「あなたって、敵にもそうやって親しくするの?」

 

 どうやら俺が彼女の名前を呼んだことに対して言っているようだ。

 

「敵もなにも、俺とお前の戦いは終わった。それに、俺はお前に言ったハズだぞ……お前には感謝してるってな」

 

 お前が、大切なものは失った後に気づくってことを俺に教えてくれたおかげで俺とレキの絆はもっと強固になったんだからよ。

 そんな大事なことを気づかせてくれたお前に嫌悪感だけを抱くことはなんてしない。

 

「ふふふ、皮肉めいたこと言っているのに、本人は皮肉として言っていないのが一番イヤね……いいわよ。私の『異能』のこと教えてあげる」

 

 彼女はゆっくりと立ち上がって言う。

 

「私の『異能』は——無運(No Luck)よ」

 

無運(No Luck)……? それって『異能』が無いってことか?」

 

 俺がそう聞くとティリアは首を横に振った。

 

「『無運』とはすなわち、幸運も不幸もないということ……つまり、『運命』も、それを揺るがす『異能』すらも超越した存在……それが私」

 

 

 ——そして、と彼女は続けて。

 

 

「——貴方」

 

 

 ……俺? どういうことだ。

 

「それは俺が『無運』であるということなのか?」

「そういうこと。ただし、私と違って後天性だけど」

 

 後天性……つまり、俺の『無運』とやらは後についたってことか。

 

「じゃあ、お前は生まれついた時から『無運』だってことだよな」

 

 ティリアは頷く。

 彼女の『異能』はわかった……だけど、それでも俺には納得できないことがある。

 

「ティリア——お前はまだ特殊な力を持っているよな?」

 

 俺がそう言うと、ティリアはため息を吐いて頷いた。

 

「私の『無運』以外のもう一つの力。それは——『未来予知』」

 

 ……そうか。

 だから、ティリアは——

 

「その力があったから、お前は跳弾射撃(エル・スナイプ)の時間差攻撃ができていたということだな?」

 

「そういうこと。私の『未来予知』は本来は気分屋で全く役に立たないことが多いんだけど、銃を撃とうとするときだけは言うことを聞いてくれるのよ」

 

 ——迷惑な話よね。と言うティリア。

 いや、本当に迷惑だな。その力のせいでどんだけ俺が苦しめられたか。

 

「でも、やっぱり予知はやっぱり予知なのよねぇ。確実に起こるというわけじゃないの」

「……どういうことだ?」

 

「今の貴方のように運命にも幸運にも不運にも左右されない『無運』の者には完全には通用しないというわけよ……」

 

 

 ……なるほどな。

 

「そして、『無運』の力は私の『未来予知』を打ち破るだけじゃない、『異能』の力からも抜け出ていく。つまり、『無運』の者は『異能』を持っている者が相手であっても、『異能』を気にせず戦えるジョーカーになり得るということ」

 

 そうか。だから俺は武偵殺し事件で、悪運の強いダキュラ・クラウディを追い込み、倒すことができたといわけか……

 

「まぁ……私たちの『組織』にいる『お姫様』の力の前ではあんまり関係ないんだけどね」

 

 ——それに、とティリアは続ける。

 

「私の先天性の『無運』と違って、貴方のは後天性……つまり、貴方が元々持っていた『異能』がなくなったからそのオマケとして付いているだけ」

 

 俺がもともと持っていた異能は『幸運(Fortune)』。

 それを無くしたからこそ俺は『無運』の力を得たということなのか。

 

「——ねぇ、天草空くん」

 

 『霧』を冠するティリア・ミストが俺の目を見つめる。

 彼女の髪色と同じ色をした瞳に俺の顔が映る。

 

「貴方は『幸運』の力を取り戻したらどうするの?」

 

 …………、

 

「……どうするもこうするもねえだろ。俺は今まで通りSランク武偵としてやっていく——」

 

 ——だけだ。そう続けようとした瞬間。彼女は俺の言葉を遮って告げてきた。

 

「それは無理よ」

 

 彼女は言葉を続けていく。

 

「武偵としてやっていくことは可能であっても、今と同じままやっていくのは絶対に無理よ」

 

「……どうしてだよ」

 

 ——聞いてはいけない。俺の脳はそう指示している。だが、俺の体は勝手に彼女の言葉を聞こうとする。

 

「だって、『幸運』の力があっただけでSランク武偵になれたんでしょう? それじゃあ、いま現在Sランク武偵である貴方に『幸運』の力が戻っていったら一体どうなると思っているのよぉ」

 

 心なしか、今のティリアにはいつもの間延びした声が戻っている気がする。

 

「まず、あなたが位置しているSランクにはいられないでしょうね。その上の存在……Rランクだったかしらぁ? 貴方の『幸運』の力が戻ったらその存在になるのは間違い無いでしょうねぇ」

 

 Rランク……事実上ナンバーワンであるSランクの上に位置している隠された武偵ランク。その強さは小国の軍隊を1人で相手にできる実力であり、世界に7人しかいない。

 彼女は俺の力が戻ったらそのRランク武偵の強さになると言っている。

 

 

「そして、『幸運』の貴方には間違いなく誰もついてこれない。『ヒステリア・サヴァン・シンドローム』も『ホームズ』も貴方の愛する『ウルス』もついてこれない」

 

 キンジとアリアと……レキのことか。

 

「貴方の『幸運』の力は、私たち『運命の一族』の中でも突出した力なのよぉ? 今の貴方の身体能力ですら普通とは隔絶した力を誇っているのにぃ、『異能』まで加えちゃったら、もぅ世界中のどこにも貴方に勝てる者はいないんじゃないのぉ?」

 

 そんなことあるわけないだろ。それによ——。

 

「俺が『幸運』の力を取り戻すなんてことないだろ。なんせ、今も失っているんだからよ」

 

 俺がそう言うとティリアは、何も知らない愚か者を嘲笑うように言った。

 

「ハッキリと言ってあげる。貴方の『幸運』の力は必ず戻ってくる——必ずね」

 

 ……未来予知か。

 

「もう一度聞くわね? それで貴方は『幸運』の力を取り戻したらどうするの? 別にいま現在の話じゃないから仮想でいいわよぉ?」

 

 ……俺が『幸運』の力を取り戻したら、誰も俺について来れなくなる。

 彼女の言っていたこの言葉。俺には嘘には見えなかった。

 つまり、彼女は本当に俺が一人になると思っているのだろう。

 

「——あ、そうだわぁ。私から一つ提案があるんだけどぉ」

 

 俺が考えこんでいると、ティリアは何か名案でも思いついたような顔をした

 

「天草空くん——『運命の一族』の族長(マスター)にならない?」

 

 そう言って彼女は笑う。

 

「『運命の一族』は本来、マスターに対して無償の忠誠を誓うものなんだけど……今のマスターの『お姫様』はまだ精神的に幼いからぁ。一族のマスターとして機能してないのよぉ」

 

 ——それに、と続ける。

 

「マスターが機能すれば他の『運命の一族』の力はマスターの力量によって強化されていくのよぉ? もし、『幸運』を取り戻した貴方がマスターになれば間違いなく『運命の一族』は世界で最強になれるわぁ」

 

 ティリアが俺に向かって手を差し出してくる。

 

 

「ねぇ、一緒に世界を支配してみなぁい?」

 

 

 もし、この手を受け入れたら俺はどうなるのだろう。

 『幸運』の力を取り戻して世界征服でもやるんだろうか。

 ……それはそれで面白そうだ。

 

 

「わりぃなティリア。俺は俺の仲間たちと一緒にいるよ」

 

 俺は、はにかんでそう告げる。

 俺の言葉にティリアはポカンとした顔をする。あ、なんか子どもっぽくて可愛い。

 

「……貴方の仲間は弱いわよ。いつか必ず貴方の戦いの邪魔になるわ」

 

 間延びした口調ではなくなっている。

 どうやら彼女は驚いたことがあるとただの大人っぽい口調になるようだ。

 俺は間延びした口調もこの口調もどっちも好きだからいいんだけどな。

 

「弱くてもいい、一緒にいてほしい仲間がいるから俺は戦うんだ」

 

 それに。

 

「俺の仲間は弱くなんかねえよ。アイツらはみんな強い。どいつもこいつも芯があって真っ直ぐでバカなんだから、俺が力を取り戻してもたぶんあんまり気にしないだろ」

 

 なんとなくだけど、結局はいつものように武藤と不知火と罰ゲームを賭けたゲームをして、アリアとキンジのせいで面倒ごとに巻き込まれて、白雪にムスコを斬られそうになって、あややに人体改造されかけて、理子とギンに洋服屋を連れ回されて、蘭豹先生に居酒屋に付き合わされて、レキと一緒に寝ている気がするなぁ。

 

 

「ふ、ふふ……羨ましいわぁ。私も貴方のようにバカな生活を送ってみたい……」

 

 ティリアの震えた声。これは彼女の本心なのだろうか。

 霧のように誰からも理解されない彼女の本当の気持ちなのだろうか?

 

 もし、そうであるなら、俺は彼女に応えたい。

 

「だったら、お前も来るか? さっきまで敵として相対していたけど別に遅くはねえだろうよ。おれと一緒にいようぜティリア」

 

 俺は彼女に手を差し出す。

 

「これは別に運命の一族とは関係ないよ。俺——天草空が一人の女の子のティリア・ミストと仲良くしたいって言ってるだけだからよ」

 

 運命の一族なんてものは今の俺にとってはどうでもいいことなんだよ。

 だって、一緒に戦ってくれる相棒(パートナー)がいるんだからな。

 

「応えてくれるなら俺の手を握ってくれ。俺と仲良くなろうぜティリア」

 

 俺の言葉を聞いた彼女は、見た目相応の子どものようにオロオロとする。

 

 

 

 そして、俺の手を——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れさまでしたソラさん」

「おう、お前もな」

 

 俺は今、強襲科棟の屋上にレキと二人でいた。

 ティリアはあの後、自分から警察に出頭した。

 彼女曰く『やられっぱなしは嫌だわぁ。だから、警察にロリコン野郎が襲いかかってきましたって言うからぁ』と言っていたが、最近の俺はガチでロリコンじゃないかと思っているから大して気にしていないのだ。

 

 遠くからだが、東京武偵高校の本校から歓声が聞こえてくる。

 閉会式があっているんだろうな。

 

 

「なぁ、レキ……?」

「はい。どうかしましたかソラさん」

 

 ……うん。

 

「あのさぁ……なんで銃剣持ってんの? 戦い終わったじゃん……」

 

 レキさんは現在、銃剣を片手に持って俺の横に立っていた。

 

「わかりませんか? 『お前はずっと俺のパートナーだ』なんて私に言っておきながら、私とパートナーを解消したというこの事実。パートナーにもう一度なったからといえ私は別に許したわけではありません」

 

 そう言って少し怒った様子を見せるレキ。

 しかし、そう言う割には声が弾んでる気がするんだが……「本当は俺とパートナーが組めて嬉しいんでしょ? と思うが、死んでも口には出せないな」

 

 

「心の声が口から漏れていますよ、馬草鹿(うまくさしか)さん」

「うげっ!? また漏れてた! というかお前の中でその名前流行ってんのか!?」

 

 レキが銃剣を俺に投擲しようと構える。俺はビクッと震えて目を閉じた。

 

 

 ……………………

 

 ……………

 

 ………

 

 ……

 

 

 ……………あれ? 痛みがこない。

 

 あれ? あれ?

 

 

 俺は恐る恐る目を開けようとすると——レキの顔が目の前にあって。

 

 ——彼女はそのままキスをしてきた。

 

 

 

 ……………………

 

 

 

 ……レキはゆっくりと唇を離して。

 

「ソラさん。ごちそうさまでした」

 

「あ、ああ……こちらこそ」

 

 

 ……なんだよレキ。やっぱり嬉しそうじゃねえか。「めちゃくちゃ可愛い笑顔だぞ。もっと好きになりそうだ」

 

「そ、ソラさん……心の声が漏れています」

 

 あれっ!? また漏れたのか!? 

 

 ——あっ、でもレキが照れてるってことは、心の声漏れ作戦は大成功ってわけだな。

 

 

「レキっ!」

「はい」

 

 

「これからもよろしくな!」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」

 

 

 レキの笑顔が見れてワタクシ——天草空は大満足です!

 

 

 

 

 

 

 

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