ここは学校だ。
午前中の授業も終わり昼休みの時間に入って、生徒たちは教室でダラけたり、食堂に飯を食いに行ったりしている。
そして、俺——遠山キンジは現在進行形で憂鬱な気分になっていた。
先日、司法取引を済ませて帰ってきた峰・理子・リュパン4世にアリア共々「ドロボーやろうよ!」と言われ……そのドロボー相手は、この前戦ったジャンヌ・ダルク30世のような化け物揃いが沢山いるイ・ウーの中でもナンバー2という馬鹿げた話だ。
だが、理子はドロボーをする代わりアリアの母親のかなえさんにかかった冤罪を晴らすために『武偵殺し』として証言をすると約束し、俺自身とも『兄さん』についての情報を渡すということなので、俺もアリアもやらないわけにもいかないのだ。
それでも……やっぱりドロボーは嫌だ。
俺は、後に一緒にドロボーをするであろう右隣の学生椅子に座っている『
「…………、」
……今日のソラはどこか様子がおかしい。
普段のようにセクハラなどはするが……その頻度が少なく、黙っていると思ったら、何か考え事をしているかのようにずっと窓の外をぼんやりと見ている。
いつもとは雰囲気の違うソラを見て、同クラスの生徒たちは『ナンパでも失敗したんじゃない?』と軽口に言っているが、そんなことは日常茶飯事であるので、ソラがこんなに静かなのはとても珍しいことなのだ。
——ガラガラガラッ!
教室のドアを勢いよく引く音が教室中に響き、それと同時に——
「たっだいまー!」
ヒラヒラの改造制服を着ている理子が教室の中に入ってきた。その瞬間、2年A組に歓声が巻き起こる。
先日の「ドロボーやろうよ!」の出来事があるため、俺は苦々しく理子の顔を見る。
どうやら理子は、4月から長期の極秘犯罪捜査でアメリカに行っていて、昨日帰ってきた……ということになっていた。おそらく……というよりもほぼ確実に理子が流した情報だろう。さすが大怪盗リュパンの子孫だな。
「みんなー、おっひさしぶりー! りこりんが帰ってきたよー!」
教壇に上がってクルリと回る理子に、クラスのバカどもが喜んで教壇の前に集まって「りこりん・りこりん!」などとコールしている。
よし、今、教壇の前でコールしているヤツらとは友達をやめよう。
——と思うのだが。
「…………、」
真っ先に教壇の前に行って『りこりん』コールをしそうなソラがイスからも立ち上がらず、ただボーッと理子の方を見ている。
正直……不気味だ。
流石にこんなに沈黙しているソラは気持ち悪いので、俺は話しかけることにした。
「——おい。ソラ」
「…………、」
無視………? いや、単純に聞こえてないだけか。
ソラは先ほどから理子の方をずっと見ている。
昨日、理子からソラもドロボー大作戦に誘うと言っていたので、それについて何か考えているのだろうか。
とりあえず俺はソラの肩を揺さぶった。するとソラは、うん……? とボヤいて、まるで長い眠りから覚めたように背筋を伸ばした。
「どうかしたのかキンジ?」
そう言ったソラの様子はいつもと同じであるが……先ほどからの印象も相まって、どこか変に見える。
「お前、何かあったのか? 今日のお前……妙にボーッとしてて気持ち悪いぞ」
「ははっ、なんだそりゃ。気持ち悪いってひどいな」
……普段と違うから心配している。
とは気恥ずかしくて言えないが、俺の『親友』だから、きっと俺が心配していることも伝わっているだろう。
「心配させて悪かったな。でも、何も問題は起きてないから安心してくれ」
ほらな。
「ん……そうか。ならいいんだ」
最近のソラは一人で何かを抱え込んでいた気がしたから、また何か抱えているのかと心配だったんだ。
ソラは……『武偵殺し』のときも『
以前、一度、ソラに聞いた『運命の一族』とやらとでも戦っているのだろうか……
「——ソーくんもキーくんもこっちにおいでよっ!」
考え事をしていたら、教壇にいた理子が俺たちの方へ手を振っていた。
俺は理子に良い印象を抱いていないので、プイッと顔を逸らしたら。
——鉛筆をへし折っていたアリアと目が合ってしまった……
すぐさま反対の方向——ソラの方を向くと、ソラは手を理子に振り返しながら寝たフリをかまし始めた。
……やっぱり今日のソラは変だ。
「——キンジッ!」
さて、この赤い悪魔のアリアさんをどう対処しますかな。
*
俺——天草ソラは現在、ぶらぶらと外を歩き回っていた。
2年A組の中には理子やアリア、キンジがいたのだが、なんとなく外を出歩きたかったのだ。
ボーッとしながら歩いていたら——いきなり視界が暗くなった。
「——だーれだ?」
背後から可愛らしい女の子の声が聞こえてくる。
なるほど、この目に感じる温かさは手の熱か。とりあえず、俺は背中から感じるその女の子の匂いから判断する。
「……白雪か?」
「せいかーい!」
よかった、正解だったようだ。
白雪は俺の目から手を離して前に躍り出た。
「よく分かったねソラくん」
「ああ、白雪の豊満なおっぱいが当たってたからな、それで判断した」
「えっ!? 当たってたの!?」
嘘なんだが……当てて欲しかったな。
「まぁ、当たってる当たってないはどうでもいいんだが、俺に何か用なのか?」
俺がそう聞くと白雪は「どうでもいいんだ……」と妙に不満気な顔をしたが、すぐに切り替えた。
「用といっても雑談みたいなものなんだけどね。昨日、ソラくんを占ってみたの」
へぇ、それは気になるな。
白雪は大きい神社の娘さんだからな。占いの的中率も素晴らしいハズだ……前回、占いをしてもらったときに書かれていた『女難の相がある』はハズレだろうけどな。
俺は少しワクワクしながら聞こうとすると。
——なぜか白雪サンが怖い笑顔を浮かべていた。
「それで占った結果だったんだけど、ソラくんは——『女の子の首輪と、女の子の愛と、女の子の初めてに近いうちに絡む』って出たんだけど、……これってどういうこと? ねぇ、どういうことなの? 教えてよソラくん」
怖い笑顔を浮かべながらジリジリとにじり寄ってくる白雪サン。
ぼ、僕が教えて欲しいでございます。
そして、最初の『女の子の首輪』は、今朝にレキにあげたチョーカーのことを言っているのでしょうか……
「う、占いだろ? そんなもの当たらねえって、な?」
「——へぇ、ソラくんは私の占いが当たらないって思ってるんだぁ。へぇ、そうなんだぁ……」
「うえっ!? あ、あれだよ! 普通の占いは当たらないけど、白雪の占いは当たるって思ってるから!」
「じゃあ、『女の子の首輪と、女の子の愛と、女の子の初めてに近いうちに絡む』は当たってるってことだよね? ね? どういうことなのソラくん」
白雪サンの黒い瞳が光を失ってますます黒くなっていらっしゃる!?
な、なんだこの状況は……!? なんで俺が白雪に追い込まれてるの!?
「そ、そもそもお前はキンジの事が好きなんだろ!? 俺が女の子とどんな関係になったって別にどうでもいいじゃねえか!」
白雪サンに追い詰められながらも、俺はなかなか的確な反論をしたと思う。
その証拠に白雪は、はうっ! と呻きながら一歩後退していた。
これはチャンスだ。一気に押し通す!
「ほらほらっ! キンちゃんのことが大好きな白雪さん! 他の男なんぞにかまけてていいんですかぁ!?」
俺が言うたびにビクッ、ビクッ、と反応する白雪。そして、彼女は徐々に後退していた。
「俺のことは放っといてキンちゃんの元へでも——」
「で、でも! ソラくんはキンちゃんの1番の親友さんなんだから、女の子との関係はしっかりしないとダメだよっ!」
なっ!? なんだと!?
け、結構ズシッとくる言葉だが、キンジも俺とあんまり変わらねえんじゃねえのか!?
だが白雪は、「そうだよ! ソラくんはキンちゃんの1番の親友さんなんだから、キ、キンちゃんの、お、お嫁さんである私がしっかりと正してあげなきゃダメっ!」と一人で盛りあがっている。しかも、『キンちゃんのお嫁さん』の部分で、えへへってるし。
とりあえず、今もブツブツと一人で何か盛り上がっているようなので俺は今のうちに退散することにした。
バイビー白雪!
「——ああっ!? ソラくん逃げちゃダメっ! キンちゃんのお嫁さんである私がソラくんのことも管理するんだからっ!」
……後ろから何か怖い言葉が聞こえてくるんだが俺は気にせず走る。
最近の女は『監禁』やら『束縛』やら『管理』やら、男を縛るのが好きなんですかね?
*
俺は今、
その中を歩いて、『ひらがあや』と平仮名で書かれた表札のついたB201作業室をノックする。
『はーい! 開いてますのだー!』
お、今日はいるのか。
俺は扉を開ける。
部屋の中は相変わらずコードや機材などでごちゃごちゃしている。
「あやや、武器を取りに来たぞー!」
「おー! ソラくんですのだ!」
部屋の奥からあややが手を振ってやってきた。頭にゴーグルをしているため、何かしらの作業中だったんだろうな。悪い時に来てしまった。
「武器のメンテナンスは終わっているのだ」
そう言ってあややは奥の棚から1本の刀と1丁の拳銃とガントレットを取り出して、俺に渡した。
「おう、いつも悪いな」
「ソラくんの武器のメンテナンスをやるのは楽しいからいつでもバッチこいなのだ!」
メンテナンスが楽しい……ね。俺にはよくわかんない感情だが、これは
俺がそんなことを考えていると、あややは何か閃いた顔をしていた。
「今から、ソラくんに面白いものをあげるのだ!」
面白いもの……正直、期待できねえ。
あややは武器の改造やメンテは一流だが、動作不良やバグがよく起こるので、こういう『面白いもの』は大抵、事故が起こるものだ。
そして、あややが奥から引っ張ってきたのは——
やっぱ、ロクでもないものなんだと思いました。
*
俺——遠山キンジから報告がある。
天草ソラの様子がおかしいということだ。
……おかしいと言っても、普段のようにセクハラばかりしておかしいと言っているわけじゃないぞ。
むしろ、普段がセクハラばかりしているからこそ、今のソラがかなりおかしく見えるのだ。
俺は今、秋葉原のとあるメイドカフェにいる。
勘違いしないで欲しいのだが、俺は別にそういうメイド趣味があるわけでもないし、生まれたわけでもない。それに、俺がいるこのメイドカフェの個室にはアリアと理子とソラもいるしな。
それではなぜ俺がメイドカフェにいるのか……それは、理子が俺たちをここに呼んだからだ。
俺たちを呼んだ理由、それはここにいるメンツを見ればわかるが……理子主催のドロボー作戦会議である。
それで、俺はここにいるアリアと理子の仲の悪さに心臓を痛くしながら会議に参加していた。
理子が会議の途中で見せた、俺たちが実際に盗みに入る場所——横浜郊外にある『紅鳴館』の詳細な情報や、プロ並みの緻密な作戦計画を1週間で作ったと言われた時はかなり驚いたものだ。
そして、この作戦立案術を学んだのが、この前俺たちが戦ったジャンヌ・ダルク30世であるというからさらに驚いた。
理子とジャンヌがいたイ・ウーというのは、こいつらみたいな天才たちがたくさんいて、それで天才どもがお互いに教えあってさらに天才性を上げていくという目的によって作られた組織であるらしい。バカみたいな話だ。
それで本題だが、俺たちがドロボー作戦について話し合っている途中、天草ソラは先ほどから何も言葉を出していない。
寝ている……というわけでもなく、話もしっかり聞いているため、作戦については俺たちに任せるということなのだろうが……最近のソラはなんだかおかしい。
教室でもかなり静かで何か考えごとをしているようであったが、今日のソラもそんな感じである。
理子もアリアもそんな感じで静かな様子のソラを見て、目をパチパチして驚いているが、やはり何故なのかはわからないのだろうな。
俺は、ソラが何か考え事をしているのに理子が関係していると思っている。
なぜならば、ソラがこうなったのは理子が帰ってきてからであり、ソラも理子がいるときは特に静かになっている。
結局は、その理由もわからないが……ソラは別に理子のドロボー作戦に反対というわけでもないだろうし、一体どうしてなのだろうか……?
俺がそこまで考えて、思考を終えると……理子が立ち上がって何かを宣言しようとしていた。
「——アリアとキーくんとソーくんには、紅鳴館のメイドちゃんと執事くんになってもらいます!」
……………………え?
このドロボー作戦会議から数日が経った。
俺は、理子に言われた『
——紅鳴館の関係者は主人のブラド・謎の管理人・雇われのハウスキーパー2人で、ハウスキーパー2人が休暇を取ったので、理子は派遣会社の営業を装って紅鳴館の採用通知をもらっていた……ちゃっかり3つも。
元々は2人なのによく3つも取れたなと思う。
それで俺は理子から潜入捜査の練習の一環として、とある場所にくるようにメールで言われていた。
そこは、救護科棟1階、第7保健室。
俺は文句を垂れつつも来てみたら、無人で……しばらく途方に暮れていた。
大きいロッカーとその隣にある結構大きめで人間が一人ぐらい入りそうなダンボールがあったので、それをジロジロ見ていたら——女子たちが何人か喋りながら入ってきた。
つまり俺が今いる場所は——ロッカー、というわけだ。
それで、俺はロッカーに先に住みついていた先住民の方に話しかける。
「……で、なんでお前がいるんだ武藤」
「そいつぁヤボな質問だぜキンジ。お前も女子の再検査をノゾキに来たんだろ?」
「この状況で言っても説得力は皆無だと思うが、真実だから言っておく——違う」
「まぁ、どっちでもいいが、外には大型バイクを隠しているから、もし見つかったら2ケツで逃げんべ。ソラも連れてな」
ん……? ソラもいるのか?
確かにアイツなら女の裸を見るためならノゾキでもなんでもしそうなもんだが、一切、姿が見えないぞ。
「ソラはどこにいるんだ?」
俺がそう言うと、武藤は外にいる女子にバレないよう声を潜めつつも大きく笑った。
「やっぱり、お前も気づかないよな? 俺もソラに話を聞くまでは全く気づかなかったぜ。流石、強襲科Sランクの武偵だよな」
……それで、ソラはどこにいるんだよ。
「それでソラはな——あ、待て。女子どもが脱ぎ始めた」
そう言ってロッカーの隙間から武藤がジロジロとノゾキをする。
……俺も少しだけ見てみた。
——外には下着姿の女子が何人もいた。
メンツとしては……理子、平賀文、レキ、それと——アリア。
俺がアリアの子どもみたいなトランプのイラスト付きの下着を見た瞬間。
——なってしまった。ヒステリアモードに。
嘘だろ……? なんでアリアのガキみたいな下着姿を見ただけで……
——がら。
という扉が開く音がして、女子たちが色めき立った——非常勤講師の小夜鳴先生だ。
中に入ってきた小夜鳴先生は下着姿の女子たちから目を逸らして。
「……ぬ、脱がなくていいんですよ? 再検査は採血だけですから。メールにも書いたじゃないですか。はい、服着るっ!」
と言って奥の丸イスに座った。
一方——女子たちは右往左往しながら、それぞれの服を取りに行っていった。さすがに男よりも男勝りな武偵娘たちでも恥ずかしかったらしい。
だが……一人だけ、制服を取りに行かない生徒がいる——レキだ。
彼女は窓の外……武藤がバイクを置いたと言っていた方をじーっと見ている。
「……………」
引き続き、じーっと見ている。
……それにしても、ロボットとまで言われているレキが青色と白の縞々模様の下着を身につけているなんて、1年の頃からすると考えられないな。
たしか……ソラがそういう縞パンとか好きとか言ってなかったっけか。
もしかして、レキはソラの変態趣味に付き合わされているんじゃないだろうか……流石にそれはない、と信じたい……でも信じられないな。
と、俺がそんなしょうもないことを考えていると。
——突然、レキが俺たちの方へ走ってきた。
そして俺たちがいるロッカーを思いっきり引き開けて、俺たちを引っ張り出す。
「わ、悪かっ——」
女子たちが悲鳴をあげるよりも——武藤が許しを請おうとするよりも——先に、もっと大きな音が鳴り響いた。
——ガシャああああああああん!!
何者かが窓ガラスを叩き割って中に入ってきた。
ソイツは人ではなかった。
それは、銀色をした、巨大な——オオカミだ。
絶滅危惧種・コーカサスハクギンオオカミの成獣だろう。
オオカミは、先ほどまで俺たちがいたロッカーを押し潰して佇んでいる。
「……くっ!」
武藤が押しつぶされたロッカーに挟まれながら苦悶の声を上げる。
俺はレキにロッカーから引き出されたが、武藤は俺よりも巨体であるため、間に合わなかったみたいだ。
狼は近くにいる人間——レキに飛びかかった。
「レキッ! 危な——」
その行動を見て言っても当然間に合わない。
レキも避けようとしているが、人間並みの大きさをしているオオカミだ。おそらく躱しきれない。
レキがやられ——
——ガシッ!
ロッカーの隣にあったダンボールから人が出てきて、オオカミの一撃を鞘付きの刀で受け止めた。
「オイオイ、人の女に手を出してんじゃねえよワン公」
俺はダンボールに隠れていた変態——ソラに向かって叫ぶ。
「な、なんでお前がそんなところから出てくるんだよ!? ソラ!」
ソラは俺の声を聞きながら自慢気に、へへへと笑いながら、オオカミの方をジッと見ている。
……確かに今はオオカミを対処する方が先だな。
「さてオオカミくん……ん?」
「どうしたんだよ……」
「このオオカミ……なんて名前なんだっけ?」
いやいやそこはどうでもいいだろっ!?
「コーカサスハクギンオオカミだ! いいからなんとかしろバカッ!」
女子は今、防弾制服を着ていないため、跳弾する可能性がある拳銃を使うことはできない。
つまり、俺も武藤もあまり戦闘手段がないということだ。だが、基本的に刀を武器に戦っているソラなら充分にやれるだろう。
……だというのにコイツときたら!
「コ、コーカサスだと……!?」
だなんて言って驚いてるし!? 意味がわかんねえよ! どこに驚いてんだお前は!
「コーカサスといえば……スーパーアタッカー型で有名な強さ180の、あのコーカサスオオカブトの親戚か!?」
「それはお前、カブトムシの話だろうが!」
そんなばかなこと言ってないで早くオオカミを——
「バウッ!」
「あ」
あ……ソラが狼に手で地面に叩き落とされた。そしてそのまま押し潰されている。
「——お前は何やってんだあああああああああ!?」
俺はバタフライ・ナイフを取り出してソラの救出に向かう。
だが、その前にオオカミは奥の方へ跳んだ……奥で佇んでいる小夜鳴先生の方へと。
「う、うわっ!?」
そしてオオカミは小夜鳴先生にその巨体で体当たりをした。
……し、しまった。小夜鳴先生はここにいるイカれ教師どもと違って、普通の一般の教師だ。つまり、対抗する手段が——
小夜鳴先生は車に跳ねられたように弾き飛ばされ、オオカミは外へと逃げ出して行った。
弾き飛ばされた小夜鳴先生の方を見ると、アリアたちが介抱していた。アッチはおそらく大丈夫だろう。
「キ、キンジっ! これ使え!」
武藤が俺にバイクの鍵を投げ渡す。
「おう!」
俺はそれを受け取って外へと飛び出す。
……おいおい。
「BMW・K1200Rか……」
世界最強のエンジンを搭載したネイキッド・バイクじゃないか……武藤の野郎、どこまで逃げるつもりだったんだよ。
俺はバイクに鍵を差し込んで電源をONにした時——ドラグノフ狙撃銃を背負ったレキが下着姿のまま俺の後ろに
「レキ!? 戻れ! 防弾制服を着ろ!」
「
確かにそうだが……うん?
俺は誰のことを言っているのだろうかと思い、後ろを見た。
そこには——武藤のバイクにワイヤーをダンボールに巻きつけて、そのダンボールに乗っかっているソラの姿が……
「——って! お前は何やってんだ!?」
「あはは、3人乗りよろしくぅ!」
笑いながら俺に手を振っている
できるかっ!? このバイクでダンボールなんか引きずったら一瞬で焼け焦げるわっ!?
「——とーやまくん! そのダンボールは
保健室の中から平賀さんの声が聞こえてくる。
いやいや、一体どういう素材なんだよ!? と思うが、魔改造で有名な平賀さんだから、無駄なダンボールに無駄な改造を施しそうだし、おそらく大丈夫なのだろう。
「それとソラくんも帰ってきたら、ノゾキの件と文があげたそのダンボールに隠れていた件も含めてボコボコにしてあげるのだ!」
「あ、はは……」
おいよかったなソラ。お前の臨終日が決まったぞ。
「い、行こうぜキンジ……できれば、世界の彼方まで」
どこだよ世界の彼方。どこにあるんだよ世界の彼方。
「——安心してください。たとえ、ソラさんが世界の彼方に行こうとも私がソラさんを撃ち抜きます」
「……キンジ、助けて」
「むり」
「ふざけんなネクラ野郎っ! お前も俺と一緒にノゾキしていた身分だろうが! アリアに殺されちまえっ!」
「——そうよバカキンジっ! あんた帰ってきたら覚えてなさいっ!」
俺はバイクを発進させた。
勘違いして欲しくないが、決してアリアから逃げるためにバイクを発進させたわけではない、オオカミを追いかけるためだからな。
——さて、世界の彼方までオオカミを追いかけようか。
*
俺たちがバイクを発進させて、レキが人工浮島の南端、工事現場にオオカミの足跡が見えたと言っていたので、今はそこに向かうための高架橋を走っていた。
……それにしても本当にソラが乗っているダンボールは無事のようだ。さっきからツルツルと滑りながら俺の後ろに引っ付いてきている。
平賀さんは一体、どんな魔改造を施したというのだろうか……
「ふへっ、ふへっ、レキの下着が後ろから丸見え……! その青と白の縞パンはワタクシの大好物でごぜぇます! この素晴らしい光景を見せてくれたレキさんに感謝を捧げたいと思い——」
「死んでください」
「アアアアアアアアアアアアアッ!? 両方の目ん玉に銃剣がブッ刺さったアアアアアアアアアア!?」
……ダンボールと繋がっているこのワイヤー引きちぎっていいかな。
と、こんな感じで先ほどから走っているのだが、ソラがいるとシリアスな雰囲気が台無しになるような気がする。
キッチリ決めるときは決めるヤツなんだが……その分、普段はダメダメ人間である。
この前の将来の進路希望調査の時に、ヒモ、もしくはニート、もしくは世界征服を目指したいなんて書いて、蘭豹にボディーブロー食らわされていたからな。
「おいキンジ。さっきからエンジンの熱がこっちに伝わって熱いんですけど……」
「知るかバカ。そんなこと言われても俺にどうしようもねえだろうが」
不毛だ。不毛な会話。
だが、俺はこんな感じの不毛なやり取りが一番好きなのである。
俺は前方を見ながら運転を続ける。
「————!?」
俺は300メートル先に何かがあるのが見えた——人間だ。
別に人間がいるのはいい……いや、こんなところに生身の人間がいるのはおかしいことなんだが。それはいい。
だが、その人間は普通ではなかった。
「おい、どうしたキン——」
ソラも気づいたようで刀に手をかけていた。
レキは既にドラグノフを構えている。
前方にいる人間——俺とソラと同じくらいの身長の女は一本の刀を持っていた。
その刀はまだ鞘から抜かれていないが、先ほどからこちらに対して敵意か殺意かわからないが……威圧のようなものを放っている。
——強い。
どうしてかわからないがその女の雰囲気から俺はそう察した。
「……キンジ、レキ」
後ろにいるソラが小さく俺たちを呼んだ。
……真面目な声だ。ソラの真面目な声が俺の耳に聞こえてくる。
「お前らはオオカミを追ってくれ」
それはつまり、あの女はお前が相手すると言うことか?
「……ソラさん」
レキが呆れや怒りを込めたような声でソラを呼ぶ。まるで……私を置いていくつもりかとでも言うような声だ。
「勘違いすんな。アイツは俺たちと——俺と敵対する意思はねえみたいだ。だから、少し会ってくるだけさ」
『俺と』か……
つまり、あの女はお前と因縁のある相手ってことか。
「じゃあ任せたぞソラ」
「おう」
俺は自称・理解のある男だからな。こういう時は素直に任せるのさ。
「ソラさん……後で事情を話してください」
レキも渋々納得したようだ。
ソラは、ハイハイとテキトーに返しているが、こいつら2人にはそれだけの言葉で充分なんだろうな。
ソラはあの女一人に集中して、レキも女に一切目を向けずオオカミがいる方にだけ目を向けている。
女との距離が10メートルぐらいになった時。
ソラがダンボールから飛び出したのが見えた。
——ガキンッ!!
抜身の刀同士がぶつかる音が鳴り響く中、俺とレキは二人を避けるようにして通り過ぎて行った。
*
「……拙者に刀を抜かせたか。やるではないか天草空」
男のような口調……凛とした声。
その女は、艶のある赤紫色の髪を一つに縛って背中へ垂らしていた。
身長は俺とキンジと同じくらい高く。どこか男のような……しかし、女としての芯の強さを感じさせる女性であった。
背筋を伸ばしているその姿は、大人という言葉がよく似合っている。
可愛いというよりも美しく。可憐というよりも綺麗。美少女というよりも美女といった感じだ。
俺は抜身の刀を鞘に納める。女もそれを見て、刀を腰の鞘に納めた。
「天草空……貴殿の一人だけがここにいるということは、拙者が何者か分かっているということでいいのだな?」
「ああ、運命の一族だろ」
俺がそう言うと女は頷いた。
「拙者の名は、
『雷』鳴 綾辻……か。
「名前の通り、拙者は『雷』を冠する運命の一族だ。あいにく、私の運命の一族としての力は微弱で、ほとんど存在しないものであるがな」
それはつまり、因果律操作の力——異能の力が弱いってわけかい。
「だが、拙者にはこの刀がある」
雷鳴綾辻は刀を前に差し出す。
「拙者はこの刀一本で全て乗り越えてきた……貴殿もそれは同じであろう天草空」
……なるほど。似てるな俺たち。
「ああ、俺は刀一本……とはいかないが、この刀とはずっと一緒にやってきた。つらい時も苦しい時もな」
俺も雷鳴綾辻と同じように刀を前に差し出す。
『…………、』
しばらく二人の間に沈黙の時間が経ち——雷鳴綾辻は俺の答えに満足そうに刀を降ろした。
そして、俺に背を向ける。
「安心せよ。今回の件……我々、運命の一族は介入しない。故に、貴殿と戦うことはない——今は」
……、
「次会うときは、お互いに1人の
それだけを言い残して雷鳴綾辻は高架橋を飛び降りた。
……とりあえず俺は、ダンボールを抱えて先に行ったキンジとレキを追いかけようかな。
*
俺——遠山キンジとレキは新棟の屋上にいた。
「主を変えなさい私に」
そう告げたレキの前にオオカミが脚に擦り寄っている。まるで犬のように恭順の意を示していた。
……すごいな。これが狙撃科Sランク——ソラの相棒としてのレキの実力か。
ソラを置いて俺とレキの二人でオオカミを追いかけた後、少しばかり抗争があったが、レキの一発の狙撃によって決着がついた。
——脊椎と胸椎の中間、その上部銃弾を掠めて瞬間的に圧迫し、身体を麻痺させるという神業。
しかも、その神業を動いているバイクに立ち上がって成し遂げたというのだから、なんとも恐ろしいことだ。
「……で、どうするんだ? その狼」
「手当てします。服従していますから」
「それからどうする」
「飼います」
「か……飼う?」
「そのつもりで追いかけましたから」
「そうだったのか……でも女子寮はペット禁止だぞ。まぁ、実際はそんなルール守られていないだろうが、流石にソイツはデカすぎる」
「では武偵犬と言うことにします」
『犬』じゃなくてソイツは『オオカミ』だろ……
武偵犬とは警察犬や軍用犬の武偵版で、武偵高では
レキは脚にすり寄っている狼に首輪をつけていた。
「なんでそんな
「この首輪は元々はソラさんにつけようと思ったのですが、逆に私がソラさんにつけられてしまったので」
そう言ってレキは首につけている黒革のベルトチョーカーを指差す。
レキよ。おそらくだが、ソラはそんなつもりでつけたわけじゃないと思うぞ、いくらアイツでも——いや、アイツだからこそ、自分から相手を縛るようなことはしないと思うんだが。
まぁ、俺には関係ないので特に何か言うつもりはないけどな。
——ドタタタタタッ!!
何者かが俺たちのいる新棟の階段を登ってきている……十中八九、ソラだろうな。
ガタンッ! と扉を勢いよく開けてダンボールを抱えたソラが俺たちがいるとこに来た。
「ぜえ…ぜえ……!」
たぶん……走ってきたんだろうな。相当、息が上がっている。
ソラは俺とレキと、そのレキの脚に擦り寄っているオオカミを一瞥して——
「何やっとんじゃクソオオカミが——ッ!!」
オオカミに飛び蹴りを喰らわした。
お、おまっ!? もしかして、オオカミがレキに懐いていることに気づいてない——
「レキの脚は俺のモンだ——ッ!!」
……わけじゃないようだ。
とりあえず俺は
「このオオカミはレキの武偵犬になったんだぞ」
「それはこのワンコロについてる首輪でわかるが、レキの脚は俺のものだからな。オオカミくんには悪いけど譲れないのさ」
譲れないって……なんでお前はオオカミと張り合ってんだよ。
つーか、レキの脚に顔をすりすりしてんじゃねえよキメエよ……あ、銃剣を頭にぶっ刺された。
「キンジさん」
レキがソラの頭を踏みながら俺を呼んだ。
「この
「そ、そうか……よくわからないけどいいと思うよ」
「ま、待て。そいつの名前はローリングドライバーの方がグベッ!」
いつまでお前はムシキングネタを引っ張ってんだ。そのままレキに頭踏みつけられてろ。
そして、ハイマキに飛ぶ蹴りしたこと謝っとけ。
「お父さんはペットを飼うことなんて断じて認めません! どうせペットの世話はお父さんとお母さんがやることになるんだから!」
「……では、私はお母さんなので問題ありませんね」
「えっ……? それって——」
「よろしくお願いしますお父さん」
「——ぶはっ!?」
……この茶番劇を見せられている俺は、天草ソラという愚か者を抹殺しても問題はないハズだ。