横浜ランドマークタワーの屋上。
月明かりが照っており、夜にもかかわらずその景色がよく見える。
屋上には4人の人間と、1体の化け物の姿が表れていた。
4人のうち1人は後ろで膝をつき体を癒しており、他の3人は化け物に武器を向けて対峙している。
一方、化け物の方は人間たちに背を向けて、屋上にあるアンテナの元へと近づいていた。
——バキッ。
化け物——ブラドは5メートルほどあるアンテナを引きちぎり、金棒のように片手に持った。
「化け物め……!」
3人の人間のうちの1人——遠山キンジが驚愕の表情を浮かべながら、ブラドの方へ銃を構える。
彼は今、ヒステリアモードになっており、身体能力も思考力も全ての力が向上していた。故に、あのアンテナで打たれたとき身体がどうなるか……それをよく分かっていた。
「
頬に冷や汗を流しながら緋色のツインテールの少女——神崎・H・アリアが呟く。
「それでも俺たちはやるしかねえんだ。各々の目標のためにな」
アリアの隣にいる、抜身の刀を持った男——天草ソラがブラドの方へ鋭い視線を送りながら言う。
3人に敵意を向けられているブラドは、巨大な金棒を持ったまま彼らの元へと向かっていく。
「ゲバババッ! お前たち、簡単にくたばるなよ。俺を楽しませろ」
余裕。見下し。今のブラドはそういった感情を抱いている。それもそうだろう。
彼にとって今、自分に立ち向かっているのは
「ソラ、キンジ……」
アリアの声。
「——いくわよっ!」
その声がきっかけで戦いが始まった。
キンジとアリアはその場でブラドに向かって銃を放つ。だが、ブラドは一切避ける仕草を見せず、銃弾はそのまま直撃した。
「……っ!」
キンジが小さく舌打ちをする。
それもそのはず、銃弾はブラドの右肩、左足、横腹と直撃し、体を撃ち抜いたハズなのに、ヤツの体はものの数秒で何もなかったかのように
吸血鬼の力——傷の修復。
だがキンジの目にはブラドの右肩にある傷に血が流れているのが見えた。
ヤツの右肩には白い『目』のような刻印が刻まれている。他にも、左肩と右の脇腹にも同じ刻印がある。
キンジは以前、ジャンヌ・ダルク30世にブラドのその刻印についての情報を聞いていた。
ヤツの体には4つの刻印が刻まれている。その刻印を同時に全て潰すと、ヤツの持っている吸血鬼としての力が全て失われる、と。
(ヤツは——小夜鳴は言っていた、『吸血』によって力を手に入れたと。つまり、ヤツの吸血鬼としての弱点もカバーされていると考えた方がいいだろう)
ヒステリアモードにより覚醒したキンジの思考が素早く展開していく。
(ならば、勝機はヤツの弱点となりうる4つの刻印を撃ち抜くこと。だが——)
ヤツの体には3つの刻印しか見えない。あと1つは一体どこに……
キンジにはそれがわからなかったが、ブラドの弱点については既にアリアと交換していた。
キンジは思考を終えて、ブラドに向かって一本の矢の如く突っ込んでいくソラの姿を目で追った。
キンジ、そしてアリアもソラの行動に従ってブラドへと向かっていく。
ブラドに勝つには4つ目の刻印を見つけ出すしかないのだ。つまり、ヤツに接近して確かめる。
先に突っ込んだソラが、ブラドに向かって飛びかかった。
その瞬間——世界が揺れた。
ビャアアアアアアヴィイイイイイイイイ———–ッ!!
ブラドの咆哮——!!
キイィィィン!! と凄まじい音がキンジの耳に鳴り響いた。
あまりの爆音にアリアとキンジの体が後ろへと吹き飛ばされそうになる。
いや、それだけではない……
(ヒステリアモードを……解かれた!?)
キンジの体から先ほどまで漲っていた力が抜けていく。
キンジは驚きに目を見開かせながら、ブラドの方へ目をやった瞬間——
ヒュン、とキンジは自分の横を何かが通っていくのが見えた。
そして、それが人型の形をしていて、知っている人物であったということもわかった。
「ソ、ソラァアアアアアアアア!!」
キンジは思わず後ろを振り返りながら叫ぶ。
ズッガシャアアアアアン!! と音を立てて、屋上にあった小さい建物に人がぶつかるのが視界に収まった。
「ゲババババッ!! どうだ、『ワラキアの魔笛』は? それにしても人間ってのは相変わらず軽いもんだなァ!」
聞くだけで嫌悪感が溢れ出てくる邪悪な笑いが聞こえてくる。
……ソラは、『ワラキアの魔笛』のあまりの爆音によって空中で動きを止められ、その隙を突いてブラドは持っていた金棒で空中にいたソラを攻撃したのだった。
ソラは持っていた刀で金棒が直撃するのを防いだが、そんなもの吸血鬼のパワーを持ってすればあまり関係のないこと。
よって、ソラはまるでピンボールのように弾かれてしまったのだ。
「——キンジッ! 何してるのッ!?」
「え……?」
ヒステリアモードを解かれ、ソラもやられて、思考が止まっていたキンジの頭にアリアの声が鳴り響く。
そこでようやくキンジは気づいた——
「ゲバババッ! よそ見か遠山侍!」
目の前にブラドがいることに。
ブラドは金棒をキンジ目掛けて横に振るう。
だが、キンジにはどうしようもなかった。彼は今、超人となれるヒステリアモードの遠山キンジではない。ただの……普通の遠山キンジであったから。
「危ないッ——」
アリアがキンジの体を突き飛ばす。だが、その代わりにアリアがブラドの一撃をくらってしまった。
アリアはなんとか銃を自分と金棒の間に置いたが、ブラドの腕力によって、まるで交通事故にあったかのように横に跳ね飛ばされた。
「ア、アリアァァアアアアアア!!!」
キンジはアリアが吹き飛ばされた方を見る。
アリアは屋上の端ギリギリのところで倒れていた。
あともう少し飛ばされていたら、今頃アリアは296メートルの空中を舞っているところだった。
「くっ——」
キンジは真っ正面にいるブラドに向かって銃を構える。
だが、既にブラドは金棒を振り上げていた。
「————っ!」
キンジは察していた。
このまま銃をブラドに撃ってもヤツには何も効かず、ただ自分の体があの金棒によって叩き潰されるのを。
つまり、自分が死ぬことをキンジは察していた。
ブラドの金棒がキンジ目掛けて振り下ろされる。
キンジにはその光景がスローモーションで見えていた。
(これが死ぬ前の瞬間ってやつか……)
間も無く死んでしまう、というのにキンジはどこか冷静になっていた。
恐怖を感じていないのは、無意識に『死』というものを避けているからなのか。
キンジはゆっくりと目を閉じた——もうすぐ来る『死』を感じないように。
——ズガギイィィィインン!!!
……人が潰される音でも、金棒が地面に叩きつけられる音でもない。
キンジはゆっくりと目を開ける。
そして、映った景色は——口元から、頭から血を流しているソラがブラドの一撃を刀で受け止めていた。
「ソ…ラ……」
「キンジ…ィ…! 早くっ…アリアのところに行けぇ!」
振り絞るような声。
その声を聞いた瞬間、キンジの意識は覚醒した。
「——すまんッ!」
キンジはすぐにその場から離れて、倒れているアリアの元へと向かう。
(今の、
仮にソラと一緒に戦おうとあの場に残っていたとしても、ブラドの金棒の一撃を避け切れない。とキンジは察していた。
ブラドが異常なのは金棒を振り回すパワーだけじゃない、スピードも人間を超えている。
だから、キンジはアリアの元に駆け寄る。アリアを助けて、ソラと一緒に戦うために。
それが今のキンジが一番やるべきことだ。
「——ほゥ、オレの一撃を受け止めるか」
ガチガチッ! と金属同士が擦れる音が響く。発生源は一本の金棒と刀。
ブラドが振り下ろした金棒をソラが刀で受け止め、そのまま膠着状態に陥っていた。
だがソラが限界を迎えているのは、受け止めているその体の震えを見れば一目瞭然だ。
(くっ……! なんつー1撃だ……! 少しでも力を抜けば身体が押し潰されそうだ……っ!!)
ソラは奥歯を噛み締めて必死に耐える。
「ゲバババッ! 下等な人間よ! もっとオレを、楽しませろォォ!!」
ブラドの金棒を振り下ろす力がさらに増していく。
このままでは、押し潰される。そう察したソラは——
「くっ……うぅぁああアアアアア!!」
刀で金棒を受け止めながら横に転がり込む。
ズガァアアアアアンン!! と横の地面に金棒が叩きつけられる音が聞こえ、ソラはすぐに立ち上がった。
「なっ——」
「ゲババッ!」
だが、既にブラドは金棒をソラの頭目掛けて横に振るっている。
——ヒュン!!
しゃがんだソラは、髪先にとてつもない速度で通り過ぎていく何かを感じていた。
ソラは一旦、距離をとるため後ろに跳躍するが——
「おせェ!」
その巨体に見合わない豪速でブラドが距離を詰めてくる。そして、そのまま金棒をソラに向かって振り下ろした。
「——っ!」
ソラは横に転がり込んで躱す。だが——
ブラドは叩きつけた金棒の勢いを保ったままソラ目掛けて地面を抉り横にスライドする。
ソラは不安定ながらも立ち上がり、その横の攻撃を避けるために再度後ろに跳ぶ。
——ズガァアアアアアアアアンンン!!!
と言う音ともに金棒が通った地面が粉々に砕け散り粉塵が舞う。
もし、ソラの体に当たっていたら、一体どうなっていたのか……
(攻撃する隙も……刀を構える暇も、何もねえ……! ただ、躱すだけで精一杯だ……っ!)
一方的な戦い……これが、上位と下位の生物としての力の違い——吸血鬼と人間との圧倒的身体能力の差。
ソラは先ほどまで目の前にいたブラドの姿がないことに気がついた。そして、すぐに察する。
ブラドは遥か上空へと跳躍して、ソラに向かって隕石のように落ちてきた。
「——っうぉ!?」
ソラはブラドの落ちてくる風に煽られるように後ろへ跳び、先ほどまでソラがいた場所にブラドが落ちた。
巨体のブラドが落ちたことで地面が砕け、その破片がソラに向かって飛来する。当然、不安定な状態にあったソラに避ける術はない。
顔や体の至る所に破片がぶつかっていく。
「——っ!」
だが、攻撃はそれだけではなかった。
ブラドが金棒を地面に突き刺し、それを支えにして空中にいるソラに向かって、飛び蹴りを仕掛けた。
——ズドォン!
と重い打撃音が響く。
ブラドの飛び蹴りがソラの胸に直撃したのだ。
飛び蹴りをくらってしまったソラは屋上の小さい建物に背中からぶつかる。
「が…はぁっ……!」
胸、そして背中からの鈍い衝撃により、ソラの口から血が吹き出る。
そして——
ブラドが豪速でソラの元に駆け、その勢いのままソラの頭を掴み壁へと叩きつけた。
「ぐぁ…アアアアぁ、アア!!」
ブラドは邪悪な笑みを浮かべたまま、ソラを壁にえぐり込む。
ソラの手から刀が滑り落ちた。
——決着。
ブラドが圧倒的な力を見せつけ、ソラをねじ伏せた。その勝敗の結果。
ブラドは不気味な笑いをしながらソラに顔を近づける、そして、ソラの首筋にその大きな顎で——噛み付いた。
「ゲババ、人間にしてはやる方だったが、所詮は
「ぅ……ぐ、あぁ……!」
ブラドは嘲りながら、ソラの首に深く、さらに深くへと牙を突き立てる。牙が侵食する度にソラの首から血が霧のように噴出していた。
「天草ソラ——お前は負けたんだ、オレにな! ゲハバババババッ!」
ブラドが高笑いのようなものをする。
「敗者は勝者にただ嬲られるだけだ! お前も、そして、あの牝犬——
「——ッ!」
「お前たちは所詮、オレに支配されるだけのただの——」
『ゴミ』、とブラドが続けることは出来なかった。
なぜならば——
ブラドの右目に、S字型の綺麗な曲線を描いた純銀の銃剣——ヤタガンが突き刺さっていたからだ。
「キ、キサマ…ァ……!」
初めてブラドが苦しそうな声をあげる。そしてあまりの痛さに、噛んでいたソラの首から頭を離す。
その隙をソラは見逃さなかった。
右目に刺さったヤタガンを引き抜きながら、体を捻りブラドへ渾身の蹴りを入れる。
「うぐっ…ぁ……!?」
ブラドは目から血を撒き散らして仰向けに倒れた。
だが、ソラも力尽きたように背中を壁に預けて座り込む。
「キ、キサマァァ……!」
ブラドは右目を押さえながらよろよろと立ち上がる。
いかに傷を修復できる吸血鬼といってもダメージは負っているようだった。
「……俺は負けてねえよ」
力の無いソラの声。
「理子も、負けてねえ……」
だが、その声には確かに意志が込められていた。
「俺も、理子も、ずっと戦ってんだ……そして戦い続ける限り、負けにはなんねえんだよ」
「負け惜しみか……天草ソラ…ァ……!」
ブラドは完全に治った右目から手を離し、金棒を振り上げる。
「死ねッ! 天草ソラァァァァ!!」
ブラドは金棒を振り下ろした。
身体を動かす力が残っていないソラには避けることはできない……
——ガシャアアアアアアアアンンン!!!!
ソラが背を置いていた小さな建物ごと金棒によって叩き潰された。
パラ、パラ、と崩れ落ちた瓦礫に石が転がる。
「お前の負けだ。天草ソラ」
ブラドは崩れている瓦礫の中から僅かに見える、天草ソラ……だったものを見ながらそう呟く。
そして、もう用はないと後ろを振り返り——嗤った。
振り返ったブラドの視界に映ったのは3人の下等な虫ケラの姿。
「ゲババババッ! まだ虫ケラがどもが残っていたなァ。忘れていた」
それぞれ日本刀とナイフを構えている3人の人間。
「まだ……私たちは負けてないわよ……ブラド!」
頭から血を流している満身創痍のアリアが二本の刀を持ち、吠えるように言う。
「俺たちが戦い続ける限り、お前に負けることはない」
アリアの存在によってヒステリアモードになった遠山キンジがバタフライ・ナイフを持つ。
「今日で、全部終わらせるんだ。お前に縛られる人生を!」
理子が2本のタクティカル・ナイフを手に持ち、ブラドに向けている。
それぞれがブラドに向かって戦う意志を示す。
そんな3人を見ながらブラドは、ますます嗤いを深めた。
勇ましい……勇ましい人間どもだ。だが……なんと弱々しいことか。
(……オレが求めているものは、こんなものではない。もっと気高い心を持った者に——)
そこまで考えて、ブラドは自分が何を思っているのかと疑問に思った。
今の思考は、まるで自分が下等な存在である『人間』に何かを求めているようではないか。
(……何をバカなことを。なぜ、オレ様が虫ケラ如きに求めなければならない)
そんなことを思ってしまったのは、全て——瓦礫で寝ている
『
……くだらない。実にくだらない。
(どうして、ただの一介の人間如きをオレが意識しなければならない……)
——終わらせよう。
ブラドは己の内に
「ソーくん……」
理子は瓦礫の山に埋もれているであろう男の姿を想う。
彼はずっと自分のために戦ってくれた。そして、今はブラドにやられて倒れ……もしかしたら死んでしまっているのかもしれない。
ソラに対する罪悪感が理子の胸の内にもくもくと湧き上がってきた。
——それでも理子は『戦わない』とは絶対に言わない。
今日、今、ここで、ブラドとケリを着けると彼と約束したから。だから、彼がどんなことになってしまっても、ヤツを倒すことこそが彼に報いるための最高のお礼になる。
だから理子は、自分を縛り続けてきた『首輪』を自分の手で引きちぎるために戦う。
「ソーくん……理子は戦うよ。もう、逃げたりなんかしないから……ソーくんにちゃんと助けを求めるから……」
今の自分には1人でも戦える力がある……
「ソーくん……理子を助けてよ……」
今の自分には1人でも戦える勇気がある……
「たとえ、理子が自由になっても……傍にソーくんがいてくれなきゃつまらないよ」
だけど、彼と一緒に戦いたい……!
彼と共に自由な生活を送りたい……!
——彼と一緒に幸せになりたい!
「だから、もう一度立ち上がってよ——ソラ!」
理子の悲痛な叫び。
倒れている者にもう一度立ち上がらせようと鼓舞する叫び。
そして、その叫びを嘲笑う者が1人。
「ゲバッ、ゲババババッ!! 既に死んだ者に縋るとはお前は所詮——」
……言葉は最後まで続かなかった。
そして、嘲笑が驚愕へと移り変わっていく。
——瓦礫の中から何者かが
「バ、バカな…何が、一体何が
崩れている瓦礫の中から1人の男がよろめきながらも立ち上がった。
「なぜお前は立ち上がるんだ、天草ソラ——ッ!?」
天草ソラ——そう呼ばれた男は、全身の至る所から血を垂れ流し、体の力が抜けている。
だが、その眼だけはギラギラと鈍く光っていた。
「……月とは違う……
「ソーくん……ッ!」
ソラは瓦礫から抜け出て、地面に刺さっている抜身の刀を引き抜く。
「夜は…明けて……朝日が巡ってくるんだ……」
ポツリポツリと呟くその言葉は、己に対して、そして誰かに対して、言っていた。
「理子の長い『夜』が明ける時が来たんだ……今日、この時を以って理子の夜は終わる。明るい空が理子を包むんだ……だから——」
「お前が理子を縛るのは今日限りだ——ブラド……!」
*
——
血塗れになりながらも立ち上がった『人間』のことを、ブラドはそう思った。
その男を見て、彼の内に湧き出てくる2つの感情。
怒り、そして——狂喜。
ブラドは今、目の前に立っている『人間』のことを
「……誉めてやろう『人間』。オレは今、お前になら倒されてもいいと思った」
最大級の賛辞。
本来、上位種である『
だが、ブラドは無性にこの『人間』のことが、格好良く見えた。
たった1人の人間のために自分の全てを投げ打ち、己を打ち倒さんと向かってくる者を。
「光栄に思え『人間』。お前は今、世界最強の種族——吸血鬼。そして、その王に認められたのだ」
「へっ……どうせ認められるなら、お前じゃなくて…ロリコンの方のお前に認めてほしかったね……!」
減らず口を叩く。
そうだ……結局のところ、認めようが貶そうが、やることは何も変わらないのだ。
敵を打ち倒す。それだけが、今の2人が交わし合える言葉。
だからブラドは敬意をもって『天草ソラ』に向かう。
「天草ソラ。お前に噛み付いたその首の傷」
ソラの目が、先ほどから止めどなく血が流れ続けている首へと移る。
「オレたち吸血鬼は、噛み付くことで『吸血』ができる。だが、お前に仕込んだのは単なる噛み付きだ——この鋭利な牙でな」
ブラドは鋭く尖った己の牙を見せる。これが意味することは——
「この牙は簡単に止血ができないようになっている。つまり、お前はそのまま大量出血で死ぬということだ」
「……、」
「どうする……逃げてもいいぞ、オレはお前以外にも片付ける虫ケラどもがいるからな」
本来の自分では絶対に言うことがない言葉。そして、下位種である『人間』にかけるべきではない言葉。
だが、ブラドにはわかっていた。この男が——
「逃げるわけねえだろ。ここで理子を見捨てて逃げちまったら、そんなもん死んでいるのと同じだ」
そう答えるのを。
ニィィ、と無意識に頬が吊り上がっていくのがブラドはわかった。
——吸血鬼は誇り高い。
昔からよく言われてきたことだ。
だが、吸血鬼が本当に『誇り高い』か……そんなもの嘘っぱちにも程がある。
ブラドが知っている『吸血鬼』は皆、『人間』を下等な生物とみなし、当然のように食らいつき、最終的にやられてしまったものだ。
偶然にも人間としての知識が身についたブラドは狡猾に生きてきたが、結局のところは、他の吸血鬼と何ら変わらない。
だがブラドは今、ハッキリとわかった。
今の自分は打ち倒されるべき『化け物』であり、それを打ち倒すのは『人間』なのだと。
そして、目の前に立っている、この気高き男こそがオレの永遠の宿敵——
「いいだろう。真正面からお前ら人間どもを叩き潰してやる」
吸血鬼としての本能を駆り立てる。持っている金棒に力を込めて、叫んだ。
「命を賭けて、かかってくるがいい!」
——その言葉をきっかけに戦いが再開した。
『うぉおおおおおおおおおおおおッッ!!』
中央にいるブラドに向かって2本の刀を構えているアリアを中心にキンジと理子が飛びかかる。
その反対側から、ソラが刀を持って突っ込む。
アリアとソラの刀による同時攻撃。
『——ッ!』
それをブラドは素手でアリアの攻撃を、金棒でソラの一撃を受け止めた。
そして、アリアの腕を掴み、続けてこちらに向かってきているキンジと理子に向かって投げ飛ばす。
「うぐっ!」
投げ捨てられたアリアはキンジと理子にぶつかり3人の動きが止められる。
(次は天草ソ——)
『天草ソラを片づける』。
そうブラドが思う前に、ソラは、抜身の刀を持っているのとは反対の手——左手で、『鞘』を握りブラドの顔を打ち抜いた。
ブラドの頭が後ろに跳ねられる——だが、そんなこと不死身の『吸血鬼』には関係のないことだ。
つまり——敵の攻撃を意に介さず反撃する。
ブラドは蹴りをソラの腹に叩き込んだ。
「ぐ…ふぉ……っ!」
腹部への重い一撃によって吐血しながらソラは建物に激突する。
ソラの手から離れた抜身の刀が宙に舞い、地面に刺さった。
——バリバリバリッ!!
ブラドの脚が撃ち抜かれる。銃弾が飛んできた方向をブラドが見ると、そこにはキンジの姿が。
「はァァァッ!!」
また、さらに上からアリアが刀を振り下ろしていた。
金棒でアリアの一撃を受け止め、足を掴みそのまま地面へと叩きつける。
「が…はぁ……!」
アリアは吐血するが、ブラドはそのまま金棒でアリアを串刺しにしようと振り上げる。
「させないッ!」
理子がアリアを掴んでいる方のブラドの腕を2本のナイフで切り裂く。
「うおっ……!?」
ブラドは理子に切られた箇所を中心に腕の力が抜けたのを感じた。
そして、その隙に理子がアリアを救出する。
理子が切り裂いたのは人間の体でいう
そしてこれは『吸血鬼』と『人間』の体の構造がある程度同じであったからこそ通用したものであった。
だがブラドは不死身だ。すぐに再生する。
故に——
振り上げていた金棒をキンジに向けて斜めに振り下ろし、再生した腕で、理子の体に裏拳を叩き込んだ。
「……うあ、っ!!」
キンジは持っていた拳銃でどうにか防ぐも威力は殺せず、弾き飛ばされていく。
理子も上半身に重い一撃をくらい、地面を転がった。
また、理子の手から離れたアリアも、力なくそのまま地面に落ちて倒れていた。
ブラドに向かって行った全員が地面に伏せている。
「雑魚どもが、所詮お前ら人間ではオレには勝てんのだ! そして終わらせてやろう!」
ブラドはその中で唯一動けている者に右手の金棒を振り上げる。
「お前の命をな——4世ッ!」
「——っ!」
どこかに向かって這いずっている理子に金棒を振り下ろした。
その瞬間——
——グサッ!!
ブラドの白い刻印のある右肩に純銀製のヤタガンが突き刺さる。
「くっ——天草ソラァアアアアアアアア!!」
ブラドはすぐに標的を理子からソラに変え、ヤタガンが飛んできた方向に目を向ける。
その視線の先には、『鞘』を持ったソラが真っ直ぐこちらに突き進んできていた。
ソラは鞘を片手にブラドとの距離を詰めていく。
ブラドが上から金棒をソラ目掛けて振り下ろした。
「——っ!」
それをソラは横に転がって躱し、すぐにまたブラドに突っ込む。
「ッチ、こざかしいッ!」
虫を払うように金棒を横に振るう。
ソラは空中に跳び、躱す。
ここまではいい、だが空中に跳んだソラは身動きが取れない。故に隙ができてしまった。
ソラの心臓目掛けて金棒の突きが向かう。このままでは串刺しにされてしまう……!
「——テァッ!!」
ソラは向かってくる金棒に鞘を下から上へと持ち上げるようにして、自分の体を地面に叩き落とした。
金棒の突きがソラの血濡れた防弾制服をかすめていく。
「ゲババッ! 動きを止めたぞ天草ソラァァァ!!」
地面に落ちたソラがいるところは、5メートルほどの金棒を持つブラドにとって『
故に、ブラドはなりふり構わず、金棒をソラ目掛けて振り回す。
吸血鬼としてのパワーをフル活用したその破壊力は、地面をえぐり、壁を壊し、もし人間に当たってしまえば体が簡単に引き裂かれてしまうほどのものだ。
一撃必殺の攻撃。
ソラはそれを何とか躱していく。しかし、躱してもすぐにまた次の攻撃が——それを躱しても次の次の攻撃がソラの命を狙う。
だが、ソラは止まっていられない。
全てはブラドを倒すために……理子を解放するために……!!
(神経を尖らせろ……!!)
ソラは横の攻撃を掻い潜る。
(全ての力を出し尽くせ……!!)
斜めから飛んでくる金棒を横に転がることで躱していく。
(命を燃やせ……ッ!!)
上から振り下ろされた金棒を紙一重に避け、地面に叩きつけられた金棒の上に乗って、ブラドに突っ込み鞘を突き刺さんとする。
ようやく、ソラも攻撃できる範囲に入ったのだ。
だが——
「ふンッ!」
ブラドの金棒を持っていない左拳によって鞘が弾かれる。
つまり、今のソラに攻撃する手段は、ない。
それを察してブラドは勝利の笑みを浮かべ、左手の爪でソラの首をかっ切ろうと——
「これで終わり————くっ!?」
だが、何も攻撃する手段のないハズのソラの右手に——1本の抜身の刀が。
理子が、地面に突き刺さっていたソラの刀を抜き、投げ渡したのだ。
ソラの刀がギラリと鈍く輝く。
(すべては——)
ガラ空きのブラドの顔に——
(すべては、この一撃のために——ッ!!)
ソラの刀が叩き込まれた。