俺とソラは小柄なフライトアテンダントにアリアの『部屋』まで案内させていた。
その道中、俺はソラに確実に聞いておきたいことがあったため尋ねた。
「お前は『武偵殺し』の犯人を知っているのか?」
これだけは聞きたかった。これを聞けば俺とアリアは『武偵殺し』に対して圧倒的に優位に立てる。
だから、俺は訊ねて、
——ぞわっ。
突然、全身に寒気が走った。原因はわからない。だがコレには悪意が込められている。
ソラはいつも通りだ。
じゃあ一体誰が——こんなに体が底冷えするような殺気を放っているというのだ。
それでも俺はソラに質問の返答を聞くために視線を向ける。
「——知ってる」
「ッ!」
ソラならば知っていると思っていたが、素直に言ってくれるとは思っていなかったため、俺は息を呑んだ。
しかし、その後ソラは再び俺に予想外の返答をする。
「知ってるけど————教えられない」
知ってはいるけど教えられない……?
「お前ッ! ふざけてんじゃ——」
「勘違いすんな。『教えない』じゃない、『教えられない』って言ってんだ。今は少なくともな」
だからなにをッ——いや、落ち着け俺。よく考えろ。
『教えない』じゃなくて『教えられない』とコイツは言っている。
『武偵殺し』の真犯人をソラは教えることができないってことなのか? そして俺はコイツがそう言うときにはいつも何かを背負い込んでいることを知っていた。
「それは、お前にとって大切なことなのか?」
「あぁ……今の俺にとって一番大切なことだ。今のお前にとってアリアが一番大切であるのと同じようにな」
「……。わかった、じゃあ聞かない」
俺はソラに真犯人を聞くのを諦めた。こういう時のソラは絶対に言わないだろう。
武偵殺しの正体を言わないことでたしかにコイツは俺たちにとって不利益なことをしているように思えるが、ソラは絶対に『最低』なことはしない。
ソラは大切に思っている人の為にやっているハズだ。
ただ、『武偵殺し』の真犯人を言わないことが、どうして大切な人のためになるのかはわからないが……、
「——んあ? すまねえ」
「いえ、こちらこそ」
ソラが茶色のスーツとソフト帽を着用した男性とすれ違っていた時に肩がぶつかり合っていた。
非常事態かもしれないのにコイツは何やってんだよ。お前、本当に今の状況を読めてんのか?
少し心配になった俺は前を先導するアテンダントに聞こえないように小さい声でソラに呟く。
「お前……今の状況わかってるよな?」
「おう、わかってるよ」
なんだ、わかってたのか。じゃあよかった……。
「——だから、
「はっ? お前、何言って——」
ソラは俺の言葉を待たず、アリアの部屋とは逆の方向——つまり、さっきまで歩いていた通路に走り去った。
「なんなんだよ……アイツは……!」
ソラの姿が徐々に小さくなっていくのを俺はただ見ていることしかできなかった。
「ここですぅ!」
小柄なアテンダントがとある一室を指差して言う。
今俺たちが乗っている飛行機は通称『空飛ぶリゾート』と呼ばれるものだ。
一階にはバーやレストランがあり、2階には一般客の搭乗席及び——高級ホテルのような12個の個室が造られている。それぞれの部屋にベッドやシャワー室などが完備した、いわゆるセレブご用達しの新型機だ
アリアのやつ本当にリアル貴族なんだな。
俺は部屋に中に入る。
「——キンジッ!?」
アリアが紅い目を見開かせてこちらを見る。
「あんたがここに来たってことは——」
「ああ——」
「『武偵殺し』だ」
*
今回の事件——『武偵殺し』
ヤツは初めからアリアを狙っていた。
『武偵殺し』が今まで起こしてきた事件、『バイクジャック』、『カージャック』
次に俺とアリアが実際に経験した『チャリジャック』と『バスジャック』。
これらの事件は起きるたびに規模が拡大しているように見える。それに加えて、俺は理子からとある情報を得ていた。
『カージャック』の後に、俺の兄が死んだ『浦賀沖海難事故』が起こり——それこそが『武偵殺し』が起こした『シージャック』だという情報だ。
つまり、『カージャック』と『チャリジャック』の間に『シージャック』が入るということだ。
それで、もう一度よく『武偵殺し』が起こした事件を考えてみると、一つのことに気がついた。
それは、事件の規模がとある一点でリセットされていること。『シージャック』と『チャリジャック』の間だ。
『武偵殺し』は爆弾を扱うとき電波を使った遠隔操作で行う。しかし、『浦賀沖海難事故』では電波は使われていなかった。
だから、『浦賀沖海難事故』は『可能性事件』として扱われた。
『可能性事件』とは、事故という見解がなされているが、実際は『武偵殺し』の仕業で、隠蔽工作で分からなくなっているだけかもしれないヤツであると理子が言っていた。
『武偵殺し』が遠隔操作をしなかったのならば、なぜ『シージャック』なんてものが起こったのか。それは単純、『武偵殺し』本人が船に乗っていたからだ。
——そして、兄さんと直接対決をした。
『武偵殺し』は初めから兄さんを狙っていたのだ。
ここまでくればもうわかるだろう。
俺たちが実際に経験した『チャリジャック』と『バスジャック』では次に来るとしたら——飛行機、『ハイジャック』だ。
俺たちが乗っているこの飛行機こそが今回起こる『武偵殺し』の犯行現場。そして、ヤツはきっと飛行機内に姿を現している。
それは全て、兄さんと同じく、アリアと直接対決をするためにだ。
これらは初めからアリアに対してのメッセージだった。かなえさんに罪を着せアリアを掌で踊らせていた——武偵殺しの挑戦状。
「——というわけなんだが……大丈夫かアリア?」
「だだだだだだ、大丈夫ぅ〜」
アリアに俺の推理を伝えたんだが、聞いていた当の本人は豪雨の中の雷にビビってベッドの中で蹲っている。
仕方がないやつだ……。
「俺の手でも握っとくか?」
「う、うん」
今日のアリアは偉く素直じゃないか。普段からこんな感じならもっと可愛げあるんだが……いや、それはもうアリアじゃないな。
素直なアリアを見せてくれた雷様に感謝だな、と思っていると。
——パンッ! パァンッ!
二発の銃声が機内に鳴り響いた。
急いで俺は室内から出ると、やはり大混乱になっていた。
12の個室から出てきた乗客たちと、数人のアテンダント——文字通り老若男女がわあわあ騒いでいる。
銃声がした機体前方を見ると、コクピットの扉が開け放たれている。
「——っ!」
そこにいたのは、俺とソラを案内していた小柄なフライトアテンダント。
そいつが、ずる、ずる、と全く動かない機長と副操縦士を引きずり出している。
そして通路の床に彼らを投げ捨てたアテンダントを見て、俺は慌てて拳銃を引き抜いた。
「——動くな!」
銃を構える俺に対して、口をニイッと吊り上げるアテンダントは、一つウィンクをしてコクピットの中に引き返そうとしながら、
「
ピン、と音を立てて胸元から取り出したカンをほうり投げてきた。
俺の足元に転がったそれに、背筋が凍る。
「キンジッ!」
雷の恐怖を押し殺して部屋から出てきたアリアが悲鳴を上げる。
カンは空気の抜けるような音を立てて、白い煙が中から噴き出てきた。
——くっ、これはやっぱりガス缶か!
もし毒ガスだったら、ここにいる全員が死ぬ!
「みんな部屋に戻れ! ドアを閉めろ!」
俺はアリアを部屋に押し込むようにしながら、叫ぶ。
だが、扉を閉める一瞬前に機体が大きく揺れ、バチンッ、と機内の照明が消え、乗客たちが恐怖に悲鳴を連ねた。
暗闇はすぐに、赤い非常灯に切り替わった。
「キンジ! 大丈夫!?」
俺の体を心配するアリアに顔を上げ、自分で呼吸を確かめる。
息は問題なくできる。目も見える。手足も麻痺していない。
一本取られた。どうやら無害なガスだったらしい。
「アイツが『武偵殺し』ってわけね!」
「ああ、そういうことだな」
二丁の銃をホルスターから取り出して言うアリア。
——ポポーンポポポン。ポポーン。ポポーンポポーンポーン。
ベルト着用サインが。注意音と共にワケの分からない点滅をし始めた。
「……和文モールス」
アリアがそう呟いたので、俺は揺れる機内でその点滅を解読しようと試みる。
オイデ オイデ イ・ウー ハ テンゴク ダヨ
オイデ オイデ ワタシ ハ イッカイ ノ バー 二 イルヨ
「——ちっ! 誘ってやがる!」
「上等よ。風穴あけてやるわ!」
『武偵殺し』にこれ以上好き勝手やらせてはいけない。ここでヤツを捕まえる。
——それは果たしてできるのだろうか。
俺の頭の中に一つの不安が生じる。
兄さんは俺が知る限りの中で最強の武偵だった。誰にも負けないはずだった。しかし、俺の推理では『武偵殺し』は兄さんと直接対決をして、打ち勝っている。そんな相手に俺たちで勝てるのか……?
いや、そんな弱音はいらない……! 今ここで全てを終わらせるんだ。
——アリアと共に!
一階に降りる階段は二ヶ所有り、一方は俺たちが向かっているバー、もう一方はレストランとなっている。
床に点々と灯る誘導灯に従って、俺たちは慎重にバーテンダーへ続く一階へと降りていく。
その、バーのシャンデリアの下。
カウンターに、足を組んで座っている女がいた。さっきの小柄なアテンダントだ。
「——くっ!」
俺は彼女に銃を向けながら、眉を細める。
そいつは武偵高の制服を着ていた。
それもヒラヒラな、フリルだらけの改造制服だ。俺はこれを知っている。この飛行場に来る前、その改造制服を着ていた女と出会っていた……、
「今回も、きれいに引っかかってくれやがりましたね」
言いながら女はその顔面に被せていた特殊メイクを自ら剥いだ。
「——
「
理子はくいっと手にした青いカクテルを飲み、ぱちり、と俺にウィンクをする。
「キンジっ! 理子が『武偵殺し』だって気付いてたのっ!?」
アリアが俺の顔を見ながら驚いて言う。
「ああ、気付いていた——といっても確証を得たのは、その改造制服を見てだけどな」
俺は理子の着ている改造制服を指差す。
「ソラは、お前が『武偵殺し』だって知っているんだろ!?」
「
クソッ! やっぱりそうだったか!
「——えっ!? ソラが知ってるってどういうことなのよ!? キンジッ!」
状況を読めていないアリアが俺に説明を求める。
「ソラはこの飛行機内にいる。俺も会っていた。そこでアイツは言っていたんだ。『武偵殺しが誰なのかを知ってる——知ってるけど教えられない。それは今の俺にとって一番大切なことだ。今のお前にとってアリアが一番大切であるのと同じようにな』ってな」
俺は一息吸って「つまり」と続ける。
「今の俺にとってアリアが一番大切であるように、『武偵殺し』が誰なのかを言わない事が、今のソラにとって一番大切ってことは、つまり——『武偵殺し』が大切だってことだ」
「でもっ! なんでソラは『武偵殺し』が誰か言わなかったのよッ!?」
そんなこと……そんなこと決まってるだろっ!
「アリア——逆に考えるんだ」
「逆……?」
「ああ、ソラがどうして『武偵殺し』が誰なのかを言わなかった、じゃない——もし、ソラが『武偵殺し』が誰なのかを言ったら……誰が一番不利になるんだ?」
「そんなこと——ッ!」
ようやく、アリアも気づいたようだな。
「誰が一番不利になるか、そんなの『武偵殺し』に決まってる。だからソラにとって『武偵殺し』は大切な存在だと気づいた。あとは、ソラにとって大切な存在とは一体誰のことを指しているのか考えた。アイツにとって大切な存在は——俺たち、『
アイツは仲間というものを誰よりも一番大切に思っている。……きっと自分よりもその存在を重く見据えているほど。
だから——、
「ソラは『
でも——俺はこれが全てだとは思えない。
『
アイツがそんな脅威を放置なんてしておくハズがない……。
「
「理子……!」
「ソーくんは全て分かったうえで理子を見逃している。大甘で大バカだよねソーくんって」
「お前ッ! ソラのことを——」
「——理子・峰・リュパン4世だ。『お前』と呼ぶな」
突然、理子の纏う空気がガラリと変わった。それは俺がソラに『武偵殺し』が誰かを訪ねたときに感じた殺気と同じ……。
それに『リュパン』だと……!? 探偵科の教科書に載っていた、フランスの大怪盗。
理子はあの、アルセーヌ・リュパンの
「峰・理子・リュパン4世——それが私の名前」
「でも……家の人間はみんな理子を『理子』とは呼んでくれなかった。お母さまがつけてくれた、このかっわいい名前を。呼び方が、おかしいんだよ」
「4世。4世。4世。4世さまぁー。どいつもこいつも。使用人どもまで……理子をそう呼んでたんだよ。ひっどいよねぇ」
……………まさか、ソラは。
「そ、それがどうしたってのよ……4世の何が悪いっていうのよ!」
何故かそうハッキリと言うアリア。
だ、ダメだアリア……それを言ってしまったら——。
「——悪いに決まってんだろ!! あたしは数字か!? あたしはただのDNAかよ!? 違うッ! あたしは理子だ! 数字じゃない! それをどいつもこいつもよォー!」
——闇だ。
理子の闇。それがソラを迷わせていた。
「曾お爺さまを超えなければ、あたしは一生あたしじゃない! 『リュパンの曾孫』として扱われる! だからイ・ウーに入って、この力を得た。この力で、あたしはもぎ取るんだ——
だから、ソラは『武偵殺し』が誰なのかを言わなかったのか。——アイツ自身にもどうすればいいかわからなかったから。
「だから私はッ! 今日、ここで貴様を殺すッ!
最悪だ。点と点が全部繋がっちまった。
ソラは、いつからかは分からないがこの理子の闇に気付いていて、その上で理子のことを心配していたから『武偵殺し』なんていう脅威を見逃していたんだ。
だけど、理子はいずれアリアを殺そうとする。そんなことソラが許せるはずもない。しかし、理子のことも大切だ。
その迷いこそが、ソラが『武偵殺し』が誰なのかを言わなかった原因。
しかし、理子をそのままにして置くわけにはいかない。
だから、ソラは『俺』をここに送り込んだ。アリアを守らせるために——理子の凶気を止めるために。
——大バカじゃねえか! バカ野郎! 迷い続けた結果がこれかよッ! 俺を事件に巻き込みやがって……!
とんでもない所業だ。武偵をやめようとしているヤツに対して、こんなとんでもない事件に巻き込ませるなんて。
「キンジは、ソーくんの意思がわかるみたいだね。流石、ソーくんの『元・相棒』」
「ああ、とんでもない大バカ野郎だアイツは……」
「くふっ。ソーくんに対して怒っちゃった? 憎くなっちゃった?」
……怒る? 憎む? そんなモノ日常茶飯事だバカやろー。
「俺とソラはお互いにバカをしあう間柄だからよ、アイツのこと憎んだり怒ったりするけど結局許しちまうんだよ」
——だから。
「お前が——俺とソラの関係を勝手に計るな」
「おおっ、怖い。キーくんってやっぱりソーくんのことLOVEの意味で好きなんじゃないの?」
うるさい黙れ。俺は今、かなりイライラしているんだ。ソラにもお前にも!
ソラも俺を事件に巻き込ませようとしていたが、結局それは今の事件だけ。しかし、お前は——『武偵殺し』は、チャリジャック事件の時も、バスジャック事件を解決しなきゃいけなくなった時も、全部仕組んでいやがった!
——どいつもこいつも俺を勝手に巻き込みやがって!
「くふっ、良い表情ね。さぁ、気張れよキンジ。オルメスの一族には代々優秀なパートナーがいた。曾お爺さまとオルメス1世が戦って引き分けになった時にもだ。つまり、パートナーのいる
そんなこと知ったことじゃねえ………知ったことじゃねえけど……!
「行くぞッ! アリアッ!」
「ええ! 行くわよキンジッ!」
「「峰・理子・リュパン4世! お前を逮捕する!」」