天草空は乳を揉みたい   作:ゲリラ

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武偵殺し《Ⅳ》峰理子は『空』を感じていたい

 ——先制攻撃だ!

 

 俺とアリアはそう判断した。

 俺はベレッタを、アリアは2丁のガバメントを構える。

 そのまま理子に照準を定めて、銃弾が放たれたが、

 

「あーらら♪」

 

 機体が揺れる。

 突然の揺れに体勢が崩され、見当違いの方向に銃弾は飛んでいく。

 

 ——パァン!

 

 俺の銃が理子の銃——ワルサーP99から放たれた銃弾によって弾き飛ばされた。

 アイツは、こんな不安定な足場でも狙い撃てるのか……!?

 

「ノン、ノン。ダメだよキンジ。今のお前じゃ、戦闘の役には立たない。それにそもそもオルメスの相棒は、戦う相棒じゃないの。パンピーの視点からヒントを与えて、オルメスの能力を引き出す。そういう活躍をしなきゃ」

 ウットリした様子で語る理子。

 

「引っ込んでなさいキンジっ!」

 

 それを見て、アリアは二丁拳銃を構えて襲いかかる。

 くっ! あんなに息巻いてたのに、早速、足手纏いかよ……! やっぱり『ヒステリアモード』じゃない普通の俺では——、

 

 なんて弱音吐いてなんかいられねえよな……!

 

 それにしてもコイツら、とんでもない動きをしていやがる。

 アリアも理子もお互い銃をぶっ放しているのに、一発も被弾しない。お互いの小柄な体が、的を絞らせにくいのだ。

 常に防弾制服を着ている武偵の近接戦闘において、拳銃の一発は一撃必殺の致命傷にはなり得ない。

 と、なれば大事になるのは総弾数だ。

 あの広いスカートの中に、弾が20発でも30発でも入るUZIを隠し持っていたら不利だが、基本的に理子のワルサーP99は通常16発までしか入らない。

 対して、アリアが扱うガバメントは7発。チェンバーにあらかじめ入れておくか、エジェクションポートから手で一発入れておけば、8発まで入る。それが二丁だから16発。お互いの総弾数は互角なのだが……

 

「——2丁拳銃はアリアだけだと思った?」

 

 理子がもう一つのワルサーP99を取り出す。

 ……最悪だ。これで総弾数は完全に負けている。

 

 ——突如、一定の距離を保っていたアリアが距離を詰める。

 このままでは先に弾切れになって不利になると思ったのだろう。

 理子は突っ込んでくるアリアに銃を放つが、身体をクルリと回転させながら躱していくアリア。

 そのまま回転した状態で理子の横腹に回し蹴りを入れる。

 

「——ッチ!」

 

 横腹に一撃入れられた理子は、横に弾かれながらも二丁のワルサーP99をアリアに向ける。

 アリアは一丁の拳銃と一本の刀を手に持ち、理子に追撃を仕掛ける。

 

 ——距離を取りたい理子と距離を縮めたいアリア。

 

 理子の放った二発の銃弾がアリアの頬を掠めるが、それを通り過ぎて一気に距離を縮めようとするアリア。

 銃を撃って隙ができた理子はこのままアリアの一撃を食らうだろう——ハズだった。

 

 理子がグニャリと顔を歪めて笑う。

 

双剣双銃(カドラ)——アリアの2つ名だよね。でもそれは完全のモノじゃない」

 

 理子の髪の二本のツインテールがウネウネと動き出した。そのツインテールの先には一本ずつタクティカルナイフが握られている。

 

 ——な、なんだアレは!? 一体どういう……!?

 

「理子も双剣双銃(カドラ)の二つ名を持ってるんだよね。双剣双銃(カドラ)の理子——」

 二丁の拳銃と二本のナイフの同時攻撃。それが理子の本気だということか!

 

 タクティカルナイフを握っている二本のツインテールは、アリアの首を掻っ攫おうと接近する。

 よくわからない力だ。一度様子を見るべきだが、アリアは一切迷わず、そのまま拳銃と日本刀を構えたまま突っ込む。

 彼女の赤色の瞳が一瞬だけ俺の姿を映した。

 

 ——わかっているよ、アリア!

 

 アリアは一本目のナイフを体勢を軽く崩しながらもギリギリのところでかわす。しかし、すぐにもう一本のナイフが追撃でやってくる。

 このままではアリアは避けきれず致命傷を負ってしまうだろう。

 

「くふっ」

 

 それが分かっているのか理子は笑う。

 それはまさしく勝者の笑みで——とても愚かだった。

 

「——キンジッ!」

「おうっ!」

 

 俺は一丁の拳銃——ガバメントで理子の腹を撃った。

 

「うぐっ!? な、なにがッ——」

 

 不意を突かれた突然の一撃に理子は戸惑いの声を上げる。

 理子は防弾制服を着ているため致命傷にはなり得ないが、それでも重い衝撃が腹に伝わっていることには違いはなく、後ろに体勢を崩しながら弾かれていく。

 当然、アリアがその隙を逃すはずもなく、まっすぐ理子に突っ込んで行く。

 

「行けっ! アリア——ッ!」

 

 俺は勝利を確信する。

 理子は苦し紛れにツインテールに結ばれている一本のタクティカルナイフをアリアに伸ばそうとするが、近接戦闘に強いアリアならそんな一撃なら軽く避けられる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、俺の目に映ったのは——アリアの鮮血だった。

 

 

「あッ——アリア————ッ!!」

 

 俺はぐったりして意識を失っているアリアの側に駆け寄る。

 マズい……側頭部を斬られている。頚動脈を切られるよりは軽いが、それでも死んでしまう危険性がある……。

 

「————は?」

 

 疑問の声を上げたのは、意外にも理子だった。

 理子にもどうしてアリアが倒れているのかわからないのだろう。本来なら倒されているのは間違いなく理子であった。

 どうして…どうして……アリアが……!?

 

 アリアを出血している頭が落ちないように抱えようとした時、アリアの足に何かが引っかかったような感触がした。

 それはとても細く、人の足元ぐらいの高さで真っ直ぐ伸びている。

 

「な、なんだこれ、糸……? いや——ワイヤー!?」

 

 そのワイヤーを触ってみると、とても硬く、ピンッと伸びきっていた。

 つまり、アリアはこのワイヤーに引っかかってしまって、理子のナイフをくらってしまったということか……!?

 

「ワ、ワイヤーだと……!?」

 理子が驚きの声を上げている。

 理子が仕掛けたわけじゃないのか!? じゃあ一体誰が……!?

 

 理子が部屋の端の方を目を見開いて睨みつける。

 

「理子の邪魔をして一体どういうつもりだ!? 『ダキュラ』!!」

 

 俺もその視線に続いて、部屋の端の方を見た。

 そこには、茶色のスーツとソフト棒(帽)を着た男がいた。

 

「——おぉ……怖いねぇ。そんな鬼のような形相で睨みつけないでくれよ理子お嬢ちゃん」

 

 ゆっくりとこちらへ歩みを近づけてくる男。

 こ、コイツは、アリアの部屋に行ったとき、ソラと肩がぶつかっていた男じゃないか!?

 

「貴様ッ! なぜ私の邪魔をしたッ!?」

 

 その男に激昂している理子。だが、男はヘラヘラと掴みどころのない笑みを浮かべている。

 

「私が助けてやらなければ、敗れていたというのにおかしなお嬢ちゃんだ」

「——くっ!」

 

 理子は心底悔しそうな表情を浮かべる。

 

「さて、乱入させていただいたばかりですが、早速一人、会場から脱落者を出しましょう」

 

 そう言って男は一本のダガーナイフを瀕死のアリアに向ける。

 ——投擲(とうてき)するつもりか! 

 俺はアリアを守ろうと抱えていた彼女を後ろにやろうとするが……。

 

「か、身体が動かない……!?」

 

 全身を何かで縛られたような感覚が襲い、指などは細かな部分は動かせられるが腕など大部分のモノは動かすことができない。

 よく見ると、腕や脚にワイヤーが巻き付けられている。

 一体いつの間にやられたんだ……!?

 俺は男の方を見ると、ヤツはニヤリと笑みを浮かべ楽しそうにする。

 

「キミとアリア嬢のコンビは実に良かった。 アリア嬢が理子お嬢ちゃんに回し蹴りをして、その時の一瞬でアリア嬢が持っていたガバメントをキミに渡し、アリア嬢は即座に刀を引き抜き、理子お嬢ちゃんに拳銃を持っていないことの違和感を感じさせなかった……! 二人の信頼と強さが輝いた実に素晴らしいコンビプレイだ。見ていてとても興奮していたよ……!」

 

 俺とアリアが企てていたこと全部がバレていやがる……!

 しかも、こいつは今『見ていた』と言っていた。つまり、ヤツはずっとこの部屋に居たってことかよ!?

 

 男の視線が理子の方へ向く。

 

「——それに比べて、理子お嬢ちゃん。君には本当に呆れてしまったよ」

 

 その視線は俺とアリアに向けていた興味深そうに見るものとは打って変わって酷く冷めていた。

 

「まさか、まだ未完成中の未完成なこの二人にやられる一歩手前までいくとは……そんなだからあんな化け物なんぞ(・・・・・・)に縛られ続けるのだよ」

 

 男が告げた言葉に、理子は大きく目を開かせて、

 

「だ、黙れぇええええええええええええええ!!」

 

 声を震わせて何かを振り払うように叫ぶ理子はワルサーP99を男に向けた。

 

「おやおや、同じ『組織』に所属する者に対して銃を向けるのですか? まぁ、ウチではそれが普通なので問題はないでしょうが……仮にも私たちは——同じミッションをこなした協力者(・・・・・・・・・・・・・・・)でしょう? もう少し仲良くしましょうよ」

 

 (おど)けながらそう言う男は握手でもするように理子に手を向ける。

 何かを警戒してか理子はその手から離れるように後ろに跳ぶが、また別の何かに引っかかるよう(・・・・・・・)に尻餅をついた。

 

「クッ!?」

「ふむ。脱落者は別に貴方でも構わないでしょう……では、サヨウナラ」

 

 男はアリアから転倒した理子に対象を変えてダガーナイフを向ける。

 

「ダキュラァアアアアアアアアアアアアアア!!」

「——煩いぞ犬が」

 

 酷く冷めた視線を向けて——男はダガーナイフを理子に投擲した。

 俺の目に宙を舞うダガーナイフが見えた。それは理子に向かってまっすぐ線を描いている。

 酷く時間がゆっくりと流れているかのように感じた。

 理子の顔にジワジワとナイフが迫っていく。

 鋭利なナイフは理子の顔を切り裂き鮮血を撒き散らすだろう。

 この場にいる誰もが止めることのできない事象。理子の死は確定したのだ。

 

 

 ——ズガンッ!!

 

 一発の銃声音が一階のバーの中に響き渡る。

 放たれた銃弾は投擲されたダガーナイフを——理子の死を貫いた。

 刀身が砕き割られ、宙に銀色の粒がぱらぱらと舞う。

 

 

「えっ——」

 

 驚きの声を上げたのは俺だったのか理子だったのか、それとも両方だったのか。それはわからないが、誰が撃ったのか、それだけはハッキリとわかる。

 階段上にいるソイツの姿を視線に収めた俺は自然と笑みを浮かべていた。

 

「——遅ぇんだよ、ソラ!」

「わりぃ。ちと手間取ってた」

 

 防弾制服とガントレットを着用したソラは鞘から抜かれている刀と銃を持ち、ゆっくりと階段を降りてくる。

 強襲科Sランク武偵の天草空。今のこの状況は、最強のはずのSランク武偵でも打破するのは難しいだろうが、それでも俺はソラならなんとかしてくれると思っていた。

 ソラは俺の側に来て、ワイヤーを刀で切る。

 

「うおっ!? 危ねえな!!」

 

 刀が俺の肌スレスレをかすめていく。

 ソラは、肌を切らず、肌にほぼ密着しているワイヤーだけを切るという離れ技をさも当たり前のように行う。

 瀕死のアリアを一瞥すると、俺に向かって言った。

 

「早く上に行って応急処置してこい」

「あ、ああ」

 

 俺は上手く返事が出来なかった。それはとある不安によるモノからきている。

 アリアを早く治療しなければ、死んでしまう。けど、今ここには正体不明の男と武偵殺しがいるんだぞ。

 

「ソラ、大丈夫なのか?」

 

 流石にお前でも死んでしまうかもしれない。

 ——だと言うのに、この男は笑っていた。

 

「男に心配されても嬉しくねえって、どうせなら可愛い子ちゃんを連れて来てくれ」

 

 ニヤニヤと人相の悪い笑みを浮かべながら、ソラは俺に促してくる。

 あーもうっ! クソッタレめ!

 

「絶対死ぬなよ『親友』!」

「おう!」

 

 俺はアリアを治療するために階段を駆け上がった。

 

   *

 

 一階のバーの部屋。

 そこは今、世界で一番危ない場所である。

 

「そ、ソーくん……理子は……理子は……!」

「ああ、わかってるよ」

 

 キンジとアリアがバーから立ち去った後、天草空の登場で少し落ち着いていた空気がピリピリと張り詰めた空気に一変した。

 

「お前は、自分という存在が欲しいんだろ? どうしてなのかはわからないがお前にとってこれは絶対に譲れないことなんだろ?」

「うん……うんっ……!」

 

 頷く理子を見て、ソラは彼女に笑みを見せる。

 

「だから俺もお前の事を分かったうえで放っていた。だったら、俺も共犯みたいなもんだ。お前を一人になんかさせねえよ」

 

 ——絶対に、とソラは付け加える。そして、理子を庇うように彼女の前に立つ。

 

「んで——お前は誰だ?」

 

 ソラは茶色のスーツとソフト帽を着た男に視線を向ける。

 

「おお、これは申し遅れました。私の名は『ダキュラ・クラウディ』と申します。以後お見知り置きを」

 

 男は恭しく頭を下げて自分の名前を告げる。

 

「『クラウディ』……か」

「ほう。私の名前の『意味』が分かりますか?」

 

 ソラが小さく男のラストネームを呟くと、男はそれを興味深そうにソラを観察する。

 

「ああ。つまるところ、お前がここにいるのは『俺』関係だってことか」

「素晴らしいですね。私の名前だけでそこまで導けるとは……それで、そこまでわかった貴方は私をどうします?」

「んなもん決まってる——」

「……ほう」

 

「——俺はお前を倒す」

 

 ソラは短くそう言う。それを期に、空気がまた一変する。ピリピリとした緊迫状態から何もない沈黙の空間へと。

 誰も喋らない。誰も息をする音を奏でない。そんな静寂。

 それを壊したのは、ダキュラだった。

 

「——ふふっ。イイ……実にイイ……! 貴方、とても素晴らしい……! 愉快だ。とても愉快だ! 流石はSランク武偵天草空だ!」

 

 静寂——その中にダキュラ・クラウディの笑いが轟く。

 

「——だからこそ、酷く残念だ」

 

 しかし、すぐにダキュラ・クラウディの笑みは乾いた砂のように無くなった。

 ダキュラは理子を指差す。

 

「なぜ、こんな小娘(理子)に肩入れする? お前は、この小娘がバカな事をしていると知っていたのだろう? だというのに何故止めない?」

 

 ダキュラはソラの後ろにいる理子に嘲りを込めた視線を向ける。彼にとって理子は既に用済みの道具として見ていた。

 

「………………」

 

 天草空は何も答えない。その表情からは何も感じ取れない。ただの無表情だった。

 

「無言ですか。それもまた一つでしょう。この小娘を大事に思うのは実に結構だ」

 

 ——しかし、と続ける。

 

「その小娘に殺されそう(・・・・・)になったというのは実に愉快なことですねぇ」

 

「ダキュラ!? 貴様何を——ッ!」

「黙っていろ小娘」

 

 理子はダキュラに対して怒鳴り声をあげようとするが、その前に、ダガーナイフを向けて遮った。

 酷く冷たい視線から一変。またしてもソラに対して微笑みを浮かべる。

 

「お忘れですか? バスジャック事件の時ですよ。『黄色のオープンカー』でバスを狙撃されたことを」

「——ッ!?」

 

 理子が何か言いたそうにするが、ダキュラはそれを一切許さず、ただ、天草空に答えを求める。

 

「貴方は今も怪我を負っていますよねぇ? 怒らないのですか? 怪我だけでなく貴方のSランク武偵としてのプライドを壊しかけたこの小娘に」

 

 男はただ答えを求める。天草空が理子に何を返すのか。怒りか、悲しみか、慈しみか、絶望か、それともナニもないのか。

 果たして天草空は何を返すというのだろうか。

 

「——あ?」

 

 ソラはダキュラに(・・・・・)対して怒りを返した。

 

「さっきから、テメェは何を言っているんだ」

 

 ソラの口調が荒々しくなっている。それは間違いなく怒りによるモノだ。しかし、その対象は理子ではなくダキュラだった。

 男もそれを受けて先ほどまで浮かべていた笑みを消して、天草空と向き合う。

 

「何を……とは? 理子お嬢ちゃんが貴方を殺そうとしたことが——」

「だから、それの意味がわからねえよ」

 

 ソラはダキュラの言葉を遮る。その表情は、普段の変態然とした緩んだ表情でも、『親友(キンジ)』を想う優しい微笑みを浮かべているのでもなく——ただただ、怒っていた。

 

「理子が俺を殺そうとする(・・・・・・・・)……? そんなはずねえだろうがッ!」

 

 確信。ソラは間違いなく確信を持ったうえでそう言っている。

 

「俺と理子はお互いを信じ合っているんだぞ……? そんな理子が俺を殺す……? 絶対にありえない(・・・・・・・・)

 

 ——違う。

 これは『妄信』だ。天草空は峰理子を『妄信』している……とダキュラは想像する。

 

「フフフフフフ、バカなのですか貴方は……? 先ほどの私の名前を出したときの理解力とはまるで違う。バカ丸出しだ」

 ダキュラはソラを嘲笑する。

 

「『黄色のオープンカー』」

 

 ——だからこそ、その単語を出されたときダキュラは眉を細めた。

 

「アレはお前が動かしていたモノだろう? ダキュラ・クラウディ」

 

 今度こそダキュラは驚いた。目を見開いて、口を開けて、ただただ驚く。しかし、すぐにその驚きは収められ、普段の紳士然とした掴みどころのない表情を浮かべる。

 

「はて? 何を言っているのかさっぱり」

「黄色のオープンカーのバスを襲った最初の弾幕——アレは理子の物だと思ったよ」

 

 ダキュラの戯けたように言う言葉を遮ってソラは告げる。そのソラの様子にまたしてもダキュラは不愉快そうに眉を細める。

 

「——でもな、最後にきた6発。アレで全てが分かった」

 

 6発——ソラが最初に放たれた弾幕を弾いた後に放たれたモノ。

 

「アレは間違いなく俺を狙っていた(・・・・・・・)。俺に『殺意』を持ったうえで狙っていたんだよ……!」

 

 最後の6発はソラの頭だけを狙っていた。ソラを殺そうとする(・・・・・・)ために放たれていた。

 

「理子は絶対に俺を殺そうとはしない——だったら、他の第3者の仕業だ」

 

 理子ではない他の者が天草空に殺意を抱いたうえで狙撃していた。

 

「そして、お前がここに来た——お前が犯人だ、ダキュラ・クラウディ!」

 

 ソラはダキュラに指差して告げる。

 

「フフフ、まるで意味がわからない……欠陥だ。こんなモノは欠陥。確証も証拠も一切ない欠陥」

 

 ダキュラは笑う。ただ、笑う。

 

「——俺が理子を信じるのに確証も証拠もいらねえだろ」

 

 またしても、そう確信して言うソラ。

 

「なるほど——信じるのに理由はない、そうですか」

 

 ダキュラは気づいた。いや、もっと早くに気づくべきだった。そうすれば、天草空を対処する方法はいとも簡単に分かり得たというのに。

 

 ——天草空は狂っている。

 

 この世に生きる全ての人間が他人を無償で信じることなんてできない。それは当然のことだ。相手は自分を裏切るかもしれないから。他人を完全には信じないことは人間として当たり前のことなのだ。

 

 ——だというのに、天草空は完全に理子を信じている。裏切られることなど微塵も考えていないようだ。

 『妄信』なんて可愛いモノじゃない。これは『狂信』だ……! 馬鹿げた信頼だ!

 

(狂っていますね天草空。実に狂っている。素晴らしいほどに狂っていますよ——ならば)

 

 『ダキュラ・クラウディは笑う』。ただただ笑う。ただし今度は——

 

「いいでしょう天草空。貴方は完全に私を捕捉した。そう認識しましょう」

 

 ——獰猛な笑みを浮かべて。

 

 

「私が貴方を狙いました。黄色のオープンカーでね。これは事実です——さて貴方は私をどうする?」

 

 ダキュラ・クラウディは問う。天草空がどのような反応をするのか注目する。

 

「最初に言ったことと変わらねえ。——俺はお前を倒す。それだけだ」

 

 その言葉が開幕だった。

 

 ソラがコルト・パイソンを、ダキュラがダガーナイフを向ける。

 

「覚悟しろよクソ野郎。お前が今踏みこんでいる『その地』は俺の領域(テリトリー)だ。人の陣地を勝手に土足で荒らしといて無事に帰れると思うなよ」

 

「いいでしょう。私も貴方を敵とみなします。そのうえで————キサマを殺しッ! ワタシが生き残るッ!」

 

 ダキュラが空中に浮く(・・・・・)

 

「上に来い天草空。そこでキサマを殺してやろう」

 

 空中に浮いているダキュラの首元にはバーの天井——いや、天井であった(・・・)空洞から伸びているワイヤーが巻きついている。

 ワイヤーは縮み、ダキュラは上の階へ飛び去った。

 

 

 

 

 

 今、この部屋にいるのはソラと理子だけ。

 

「お前はまだアリアと戦うのか、理子……?」

 

 どこか躊躇っているかのようにソラは理子に尋ねる。

 

「理子…は…………」

 

 理子もまた躊躇っているように呟く。

 今、この二人はお互いに対して迷っている。ソラは理子にアリアを殺そうとすることをやめてほしい。理子はソラがやめてほしいと思っていることはわかっている。だから、『アリアと戦う』と言うことを躊躇う。

 

 でも、それは一瞬。理子はすぐに迷いを断ち切る。

 

「——戦う。ソーくん、理子は戦うよ」

 

「そう…か……そうか……」

 

 止めるべきだろうが、ソラは止めることができない。なぜなら、理子が大切だから。自分の身を捨ててでも(・・・・・・・・・・)理子が大切だから。

 

「ごめんね。ソーくん」

 

「謝るなよ。俺がもっと(みじ)めになるだろっ?」

 

 謝る理子にソラは笑いかける。しかし、その笑みは自分でもわかるほどに薄く引きつっている。また、その声も震えている。

 

 ——それでも、天草空は止まっていられない。

 

「それじゃあ……俺は行くよ」

 

 あの男——ダキュラ・クラウディと、決着を着けなければいけないのだ。

 迷ってはいけない。止まってはいけない。ソラはそう自分に言い聞かせる。

 しかし、それでも心の中にある『暗闇』は渦巻いている。

 歩みを進めながらソラは一つの結論にたどり着いた。

 

(俺に理子は止められない。『俺じゃあ理子を救えない』……)

 

 頭の中にできた図式。突然——いやずっと前から無意識に思っていたことなのかもしれない。それほど綺麗に頭の中にはまってしまった。

 

「俺は、弱い」

 

 迷ってばかりだった。全てを知っていながらこの事態を引き起こしてしまった。理子を救えず、アリアを救えず、キンジを巻き込んでしまった。

 Sランクになっても何も変わらない。今も昔も『弱い』という二文字がソラの体を蝕んでいる。

 

 ——背中から何かに抱きつかれている感触をソラは感じた。

 

「ううん。ソーくんは弱くない。ソーくんはちゃんと強いよ」

 

「理子……何してんだ……」

 

 自分の前を見ると、胸のあたりにソラを離さないように両手が巻きついてある。

 

「ソーくんは私のことを信じてくれた。ただただ信じてくれた。それはきっと、おかしなことなんだと思う。人は誰もが他人を完全に信じることなんてできない」

 

「なんだよ、俺が頭おかしい人だって言いたいのかよ?」

 

 酷い言い様だ。とソラは戯けたように言う。それはきっと、理子が自分のことを心配してくれているのがわかっているからだろう。そして、理子に自分を心配させるようなことをさせたくないというソラのただの強がりからだった。

 

「うん、おかしいよ。だって『武偵殺し(理子)』なんてものを信じているんだよ……? 絶対におかしいよ……」

 

 理子の腕にさらに力が入るのがわかる。そのことによって抱きついている理子の存在をますます自覚させられた。

 

「——でもね、自分を無条件に信じてくれる存在がいることって、どれだけ嬉しく感じられるかわかる……?」

 

 理子の息がソラの耳にかかる。

 理子の体温を感じてソラは先ほどまで感じていた『暗闇』が消えていることに気がついた。

 

「理子は嬉しかったんだよ……? ソーくんに信じてもらえて、ソーくんに大切にしてもらえて……」

「……違う、俺は迷ってばっかりで」

「違わないよ。だって、ソーくんは迷ってないから(・・・・・・・)

 

 理子は再度、ソーくんは迷ってないよ。と言い聞かせるように呟く。

 

「だって、理子たち(・・・・)が迷っているだけだから。ソーくんの近くにいるキンジも理子も迷っているからソーくんも迷っているように思っただけ……ソーくんが迷っているように感じているのは、バカな理子たちと一緒に迷ってくれているからだよ」

 

 全部、理子たちのせい、と理子は言う。

 

「だけど、ソーくんの優しさはみんなにちゃんと伝わっているよ……? キンジも心の中ではちゃんと分かってる。だから、みんなはソーくんを頼りにするの……一緒に迷ってくれるソーくんを()り所にするの……」

 

(………………あぁ)

 

 

「ソーくんはその名前と同じで無条件にみんなを包んでくれる『空』のようにいつも暖かく見守ってくれてる。だから、みんな、ソーくんの優しさに包まれて暖かく笑ってる」

 

(………違うんだよ。理子)

 

「みんな、『ソラ』のこと愛しているの」

 

(暖かさを貰っていたのは俺の方なんだ……お前らが俺に優しくしてくれるから、俺もお前らに優しさを返したいと思っていただけなんだよ……俺にとってはお前らこそが『空』なんだ……)

 

 

「——ねぇ。ソーくん答えて?」

「あぁ……なんだ?」

 

「ソーくんは『アリア』と『理子』……どっちが大切?」

 

 

「……女の子に優劣なんて正直付けたくないが……俺の心は『アリア』よりも『理子』に傾いている」

 

「そっか……! えへへ、嬉しいなぁ」

「笑うなよ。恥ずかしいだろ」

 

「そんなこと言われても……えへへ」

 

 再度笑う理子に、クッとソラは唸る。

 

「理子の方が大切だと言ったけどっ! アリアにはキンジ(相棒)がいるんだからなっ!? 一人ぼっちで寂しそうな理子を見ていられなくなったから俺が理子を大切にしているだけだからなっ!?」

「はいはい、ツンデレだね。……えへへ」

「くそぉ……」

 

 まるでツンデレのようなことを言うソラ。もしかして彼はギャルゲーでいう攻略ヒロインなのかもしれないと理子は思う。

 

 ほんわりとした空間。

 これが『空』がいつも与えてくれる場所。理子の場所(・・・・・)

 

(あぁ……理子はもう自分だけの場所(・・・・・・・)があったんだ……)

 

 ギュッと理子はソラを離さないように強く抱きしめる。

 

「おっおい!? 理子さん!?」

 

(今だけ……今だけは……この『空』は理子だけのもの……)

 

 自分の胸がソラに当たっているのも気にせず、ただただ抱きしめる。

 

 彼を離せば、きっとソラは理子だけのものじゃなくなってしまう。

 

(だから、今だけは理子だけ(・・・・)のソーくんで居て……)

 

 

 

 

 

 一体どれくらいの時間が経ったのか……1時間か、30分か、15分か、1分か。そのことは二人にはずっと前からわからなくなっていたが、それでも二人には行かなければならないところがある。

 

 

「——それじゃあ行ってくるよ理子」

「うん。理子も行ってくる」

 

 言葉だけ見れば、夫婦のような会話。しかし、その言葉の中にはどれほど恐ろしい意味が含まれているのか。

 

「なぁ……理子?」

「なぁーに? ソーくん」

 

「俺のことどう思ってる?」

「ソーくんのこと? うーん……そうだねぇ」

 

「——最高かなっ!」

 

「そっか……最高か。そっかそっか……だったら」

 

 

 

「——乳揉ませてくれ」

「ごめん。それはムリ」

 

 

 

 そう言って二人は別れる。

 ソラは、俺って最高じゃないのかよ、と、ぐすっと泣く。

 

 理子は、だって恥ずかしいんだもん、と頬を赤く染めた。

 


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