——これはダキュラ・クラウディの記憶。
自分と比べて年端もいかない少女との記憶。
『お嬢様……』
『どうしたの、ダキュラ?』
『お嬢様こそ、どうして外に出ていらっしゃるのですか』
普段は人を食ったような掴みどころがない性格と評されるダキュラだが、その少女にだけは正直であった。
『久しぶりに外に出るのよ? 少しだけ恋しくなっちゃったのよ——ってどうして笑ってるのよダキュラ……!?』
その少女にだけは忠実に接していた。
『おっと……これは失礼。お嬢様もまだまだ幼いのだと思いまして』
『幼っ——!? 私もう17歳になるんだけど——ッ!』
その少女にだけは他人にも自分にすらも抱いていない、愛を抱いていた。
『あ……。雨が…降ってる……』
『雨…でございますか……? どこにも降ってはいないようですが……』
『あっ……ごめんね。気のせいだったみたい……』
『そうですか……しかし、これから雨が降るとの予報がありました。そろそろ中に戻りましょう』
『……うん!』
——これはダキュラ・クラウディの記憶。
自分と比べて年端もいかない少女との『愛しい』記憶。
*
ANA600便・ボーイング737-350、ロンドン・ヒールロー空港行き——通称『空飛ぶリゾート』と呼ばれるものだ。
一階にはバーやレストランがあり、2階には一般客の搭乗室及び——高級ホテルのような12個の個室が造られている。それぞれの部屋にベッドやシャワー室などが完備した、いわゆるセレブご用達しの新型機である。
——そしてここは、2階の一般客の搭乗室。
現在、この場はとてつもなく異様な雰囲気に包まれていた。
まず、一般の搭乗客が誰一人いないということ。普通ならば有り得ない光景である。飛んでいる飛行機の中に客がいない、これほど異様な事はない。
しかし、現在はそれ以上にお互いに敵意を放つ、異質で異様な者たちが二人がいる。
一方は両手にガントレットを装着し、そのうえから鞘に納められている一本の刀を握っている。
もう一方は片手に
天草空とダキュラ・クラウディ。これが今、搭乗席にいる者たちの名前だ。
茶色のスーツとソフト帽を着こなす紳士然とした男——ダキュラ・クラウディは掴みどころのない笑みを浮かべる。
「貴方の愛するコルト・パイソンはお使いにならないのでしょうか?」
対する天草空は、無感情、無表情のまま相対している。その姿はまさしく彼の現在の相棒——レキと似ていた。
「俺は武偵だ。お前を殺すつもりはない」
それは暗に、コルト・パイソンを使えばダキュラ・クラウディを殺してしまうと言っているようなものだ。
「そうですかそうですか、私には使わないと——」
当然、ダキュラは侮辱されたと認識する。
「——舐めてんじゃねえぞックソガキッ!! 今すぐその顔面を切り傷だらけにしてやろうッ!」
「いいぜ、かかってこいよ」
激昂するダキュラにさらに挑発するソラ。ソラは手を前に差し出し、指を内側に数回曲げる——いわゆる『かかってこい』のサインをする。
その行動を見たダキュラは眉間に青筋を立て、目を見開き、犬歯を剥き出しにして
——勝負は突然始まりを迎えた。
ダキュラがダガーナイフを投擲する。
その投げられたナイフの速度は銃弾と比べても遜色がないほどの速さだ。
ソラはそのナイフを刀で弾くのではなく、避ける。
搭乗室は左右に座席がたくさんあり、ソラのような長い獲物を扱う者には不利な環境なのだ。
ナイフはソラを通り過ぎてそのまま壁に深く突き刺さった。しかし、ダキュラの攻撃は治らない。
投擲したナイフと共に、自らもソラに突っ込んでいたのだ。
右手に装着した鉤爪でソラの首を掻き切らんとする。
狭い通路の中、ソラはダキュラを迎え撃つため、刺突の態勢を取る。
「——ッ!」
——ズバンッ、と風切音が鳴るほどの刺突が繰り出された。
鞘をつけているため殺すほどの威力はないが、当たればいとも簡単に骨を砕くことが想像できるほどの速さだ。
——だが、ダキュラには当たらない。
ダキュラは刺突を避けるため、ソラの頭上を跳び越える。
その後、ダキュラが視線に収めるのは、ソラの背中。
鉤爪をソラの背中に突き立てんとその手を伸ばす。
ガキンッ! と金属同士がぶつかる音が鳴った。
ソラは刺突した後、すぐに背後へ刀を移したのだ。それはダキュラの背中への攻撃を防ぐ結果となる。
ソラはすぐさま振り返り、背後に飛んでいるダキュラに刀を縦に振るう。
空中にいるダキュラは当然ながら受ける以外に選択肢はない。
しかし、飛んでいたダキュラの体が突然、何かに引き寄せられるように高速で通り過ぎていく。
ソラの攻撃は惜しくも空振りに終わった。
——二人の高速の攻防が一度落ち着く。
「その空中での高速移動……伸縮性のワイヤーによる技か……」
ソラはダキュラの手首を注視する。
「ええ、その通り。大正解でございます」
ダキュラは答え合わせと言わんばかりに、手首を上に掲げて天井に設置されているライトに照らす。すると、ダキュラの手首に銀色の糸のような何かが照り出され、それはダキュラの手首から、彼の近くの壁に深く突き刺さっているダガーナイフの持つ手の後方に空いている穴——ソングホールに巻きついている。
銀色の糸のような何か——ワイヤーだ。
「このワイヤーはお気に入りでしてね。とっても頑丈の上に、伸縮が自在なんですよ」
つまり、ダキュラは空中に飛んだまま、自分の手首とナイフに巻きついているワイヤーを縮め、身体をナイフの方へ引き寄せてソラの一撃を避けたということだ。
「お気づきでしょうが、私は『
歪んだ笑みを浮かべながらダキュラは告げる。
「それにしても、貴方の戦闘技術は実に素晴らしい。私たちと『同種族』でありながらも『異能』を使わないで、その強さ。実に尊敬に値しますよ」
ダキュラはソラを賞賛する。しかし、その表情に浮かべている笑みは、間違いなく『嘲り』が含まれている。
そして、それは事実であった。
「あぁ——これは失礼。
ダキュラが分かっていながらそれを言っていることは彼が浮かべている表情から明らかだ。
「貴方は、去年の秋頃に『あの方』に出会ってしまったのでしょう……? いえ、これもまた違いました。『出会う』ではなく『再会』でしたね」
ダキュラは、今言っていることがソラにとっての暗い過去であることを知っている。
「『あの方』と戦った貴方はボロボロにされ、今まで使っていた『異能』を失った……」
あぁ……悲しいことだ。とダキュラはわざとらしく悲しそうにする。しかし、その口元には歪んだ曲線がくっきりと映し出されていた。
ソラがとある一人の『少女』に負けた——その事実は当時の『
「しかし、『異能』を失った貴方は再び立ち上がった——そして、
ダキュラはどこか芝居がかったように激情を表す。しかし、その言葉を実際に聞いた者は、各々が無意識に熱い感情を抱いてしまうほどの熱さが込められいた。
「——だから、実に惜しい。ここまで立ち上がった貴方を今ここで殺すのは実に惜しい……」
彼の本質を知っている者全てが、彼のことをこう表す。『全てが虚構の浮雲』と。
「もう一度、『我々』の元へ帰って来ませんか、天草空」
そして、そうやって人を食ったような掴み所のない性格をしているのがダキュラ・クラウディなのである。
「現在、私たちがいる組織『イ・ウー』には、昔の貴方と同じ『異能』を持つ、私と『あの方』、他にも数名の——『運命の一族』がいます」
さぁ……! とダキュラは天草空を誘い込むように手を差し出す。
「同じ一族であるならば『あの方』——『
ダキュラは熱弁を終えた。そして、その返事を天草空に求めるが、天草空は俯いたまま何も答えない。
——そのまま数分が経つ。
ようやく、天草空は呟くように小さく言葉を発した。
「俺たち『運命の一族』とはその名の通り、運命を操作する力——『異能』を持っている」
「ええ、その通りです」
「元々の俺の力が『
「——私の力が『
運命を操る。それはつまり因果律を操作するということ。『運命』という元々あった人々が歩む道筋を強引に変えてしまうということ。そんな無茶苦茶な『異能』を持つのが『運命の一族』。
「——そうか。まぁ、俺の考えは初めっから決まっているんだけどな」
天草空は俯いていた顔を上げて、真っ直ぐダキュラの顔を見据えて言う。
「俺はお前らのとこには行かない。交渉は決裂だ。ダキュラ・クラウディ……!」
*
——高速機動。
今のダキュラはそういってもいいほどに素早い動きを繰り広げていた。ワイヤーを使った高速移動。
一般客の搭乗室での戦闘であるため、座席がある横には動きづらいが、この飛行機の天井は普通の飛行機よりも高い。
そこで、縦と高さを使った移動を駆使して、天草空を追い込む。
——ソラとダキュラの交渉が決裂した後、再び戦闘が始まった。
「死ねッ!」
縦横無尽に高速移動してダキュラは右手の鉤爪を振り下ろす。
「ぐぅぅ……!!」
ソラは避けようとするが、体が上手く動かせず、振り下ろされた鉤爪はソラの肩に食い込み出血する。
「——ッ!」
何とか振り払おうと刀を横薙ぎに振るう。ダキュラはすぐさまワイヤーを縮め身を引く。
「ハァ……ハァ……くそったれ……ッ」
ソラは膝を着きながら出血を確認する。
出血は、肩だけではなく、横腹、太もも、腕、足などの体の至る所から出血していた。全てダキュラのナイフと鉤爪によってやられたものである。
一方のダキュラは特に怪我もなくまだまだ健在のようだった。
最初の方は天草空とダキュラ・クラウディの実力は均衡していた。しかし、時間が経つたびにダキュラが放つワイヤー付きダガーナイフが壁中をえぐり、その度にワイヤー使いのダキュラの移動力は増していく——そして、二人の差を分けるのはそれだけではなかった。
「はぁ……はぁ……どうやら以前に負った怪我の具合が悪いようですねぇ……!」
息を切らしながらもダキュラは笑う。
ソラはここに来る前から負っていた打撲という怪我を負っていた。それが徐々にソラの体を蝕んでいたのだ。
バスジャック事件で身体中を被弾していたソラの動きが鈍るというのも当然であるだろう。
——だが、ソラは諦めるわけにはいかない。
血を撒き散らしながらも立ち上がる。その目には一切、『諦める』という文字が書き込まれていない。
「ふっ、まだやりますか……いいでしょう。いい加減、殺して差し上げますよッ!」
ダキュラがワイヤーに乗っかり、縦横無尽に飛び回る。
ソラはその姿を視線で必死に追いかけるが、徐々に間に合わなくなってしまう。
——これらは先ほどと同じこと。
ソラはダキュラを視界に収めようとすることをやめ、入り口に向かって走り出す。
「ここから逃げるつもりかッ!」
搭乗室から逃げ出すソラの姿を追うため、ダキュラは空中に張っているワイヤーを蹴って、高速で移動する。
ソラは今、背中を向けている。ならばこのまま背中を鉤爪で串刺しにしてやろうと鉤爪を後ろに引く。
二人の距離が、後1メートルというところで。
——ソラが逃げていた状態から振り返る。
「なっ!?」
ダキュラは突然のことに驚くが、ワイヤーが張り巡らされていない空中では身動きが取れず、そのままソラに向かって突っ込む。
ソラは振り返りの回転を利用して、刀を横薙ぎに振るった。
ドグッシャァッ、と人体とトラックがぶつかったような音が刀で殴打されたダキュラの顔から発生する。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
ソラはそのままメキメキと音を立てながらラリアットのように地面に叩きつけた。
地面が凹みダキュラは地に伏せる……が。
「アマクサァァアアアアアアアアアアアアアア!!」
「——ッ!?」
ダキュラは顔の至るところから血を流しながら鉤爪とダガーナイフをソラを殺さんとするため——心臓に突き立てる。
——鉤爪とダガーナイフは易々とソラの防弾制服を貫いた。
「が…はっ……!」
ソラが苦しそうに声を上げながら吐血する。
身体に鋭利なモノが突き刺さり、ジワジワとソラの制服が紅く染めていった。他でもないソラの血によって……
段々と力を失っていくように体が前へ倒れていくソラ。
ソラの手から刀が離れ、地面にカランカランッと音を立てて落ちていく。
それを見たダキュラは『天草空の死』を確信し残忍な笑みを浮かべる。
「ハ……ハハ……ハハハ! ヒャハハハハハハハハハハハハッッッ!!」
心臓を刺しながら上を向き狂ったように笑うダキュラの目は血走っており、狂人という言葉がよく合っていた。
(もう間も無く天草空は死ぬ。それは確定事項だ! ヤツは心臓を貫かれたのだ!)
心臓を貫かれればどんな人間でも死ぬ。これは常識だ。
だからダキュラは勝利の笑いを浮かべる。
「私は天草空をコロシタッ!! 私がッ! 私がッ生き残ったのだァ!! ヒャハハハハハハハハハハッッ!!」
意識を失ったようにソラは体を支える力が無くなり、前のめりに倒れていく。
そのままダキュラに体を預けるような形になり——
——足を踏みつけた。
「ハハ——ハッ!?」
大声で笑っていたダキュラは驚きのあまり呼吸が止まる。
何が起こっているのか確認するため、ヤツの身体をその瞳に収めようと視線を自分に倒れかかっている男の方へ移した。
——そこには死んだハズの敵が自分を睨みつけている姿が映っていた。
「やっと、捕まえたぞ…ダキュラ……!!」
(バ——バカなッ!? 心臓を貫いたんだぞッ!? 生きているハズがないッ!?)
そう。普通であれば生きているハズがないのだ。しかし、現実に彼は生きている。
——つまるところ彼は死ななかったそれだけのこと。
ソラはダキュラを二度離さないように足を深くにじり込むように踏みつけていく。
「——うあっ!? クッ!」
ダキュラは何とか離れようと足を動かそうとするが——
—–ズドンッ! と腹の中に深い衝撃がほとばしる。
ソラがダキュラの腹へ拳を打ち込んだのだ。
「かはっ……!」
体内の息が空気中に漏れて霧散する。吐き気のようなモノが体の芯から伝わってくる。
「——ハァ……! クッ…ソォ!! アマクサァ——ぐぼォ!?」
叫ぶダキュラの腹にソラの拳が再びめり込んだ。さらに何度も何度も繰り返し打ちつけていく。
「——グエェハァ!?」
言葉にならない叫びを上げてダキュラは嘔吐する。だがそれでも——
「ヘブハッッ!?」
天草空は手をやめない。金属製のガントレットを手に装着したまま腹を殴りつける。
「言ったはずだぜ俺は……『俺の
「ゔぇゔあぁ!?」
重い拳がダキュラの腹を打ち抜く。
腹を打ち続けられたダキュラは力尽きて、ソラに体を預けている。
——ソラはそれでも許さない。
「起きやがれッ! オラァッ!!」
ズドンッ! メキッメキッッ!!
今度は拳を打ち込んだ後、そのままグリグリと内臓を潰すように腹をめり込ませる。
「——ッブハァッ!!」
海の中から出てきたように呼吸をするダキュラに、ソラは顔を近づける。
「わかったか……? テメェは今、俺の邪魔をしてんだよ……! 俺のいる場所を土足で荒らして俺の仲間の笑顔を奪おうとするから……俺はお前を倒すんだ……!」
「キサマァ……調子に乗るなァアア——」
——ズドンッ!
「ぶぶぁあぁ!?」
「覚えておけ……これが俺のやり方だ。俺は俺の仲間を傷つけようとするヤツを絶対に許さない……!」
ソラは右手を後ろへと大きく振りかぶる。
「まっ——待てェ!!」
左手で肩を押さえられ、足も踏みつけられているダキュラに抵抗する術はない。故に——
「二度と俺たちの前から現れんじゃねぇぞクソ野郎ォォ!!」
ズガンッッ!! と今までの中で一際大きい打撃音と共に、ダキュラの顔に鉄の拳がめり込んだ。
ダキュラは殴り飛ばされて5メートルほど転がっていく。
そのままピクリとも動かなくなってしまったため、ソラは膝を着いて大きく息を吐いた。
「ハァ……ハァ……Sランク武偵として最低の勝利をしてしまった……!」
敵は敵でもダキュラと理子の扱いの差に、自分の身内贔屓の現実を思い知った天草空であった。
*
ソラは息を落ち着けて、痛む体を押さえながらも必死に立ち上がる。
「——っく……! 本当に痛い…ぜ……ちくしょう」
全身に打撲。そして切り傷がある。
今のソラは満身創痍といっても過言ではなかった。
「それでも生きていられるのは、『コイツ』のおかげだな……」
ソラは上着の胸ポケットから、先程の戦闘では使わなかった回転式拳銃—–コルト・パイソンを取り出す。
ソラのいつもの愛銃。しかし、その形状はいつもとは異なっていた。
「あぁ…らら……壊れてるなぁ。お気に入りだったのになぁ……」
回転式拳銃の特徴であるレンコン状の
——もう修復は不可能だ。と、ソラは
「ありがとう…な……俺がEランクの時から支えてくれて……」
Eランク時代にソラにとってこの銃は、心機一転のため買ったモノである。ソラは基本的に刀を使って戦うが、それでもこの銃を使ってきたことはたくさんあった。
「ありがとう……
ソラがダキュラにナイフと鉤爪を心臓に突き立てられても死ななかったのは、コルト・パイソンがソラの心臓のカバーになってくれたからだ。
しかし、ダキュラの鉤爪とナイフはコルト・パイソンを貫通する威力であり、彼の肉体を少し傷つけてしまうことになったが——それが功を成した。
普通であれば、自らの武器が敵の体に仕込んである金属に触れた際、何かしら金属の感触を感じるハズである。しかし、ダキュラはソラの血液が流れるのを見て、完全に殺したと誤認してしまったのである。
ソラは壊れたコルト・パイソンを胸ポケットに収める。
「——さて、ダキュラを捕縛しなきゃ…あれっ!?」
ソラは自分の目を疑った。
——どうしてか? それは……
「——ダキュラがいねえええええええええええ!?」
ダキュラ・クラウディが逃げ出していたからだ。
*
「フフフ……愚かな『
ダキュラ・クラウディの『異能』、それは—— 『悪運』である。
『悪運』とは悪い事をしても悪いむくいがなく、意外にも恵まれた強い運のことであり、よく『悪運が強い』などの言葉に用いられる『運』の一種である。
つまり、ダキュラ・クラウディは『悪運』の異能が作用して、ソラに『捕まる』という運命を回避したということなのだ。
「それにしても随分とやられてしまったようだ……こんな屈辱は初めて——ゲホッゲホッ!」
殴られた腹が痛み咳を込む。しかし咳を込んだことで再び腹が痛むという連鎖が先ほどからダキュラ・クラウディに襲っていた。
——タタタッとこちらに向かってくる足音がする。
追いかけてきましたか……とダキュラは心の中で舌打ちをする。
「見つけたぞ! ダキュラ・クラウディ!」
その正体はやはり天草空だった。
「ここは他に逃げ場のない一階のレストランだ。観念しろ」
今のレストランは食事の時間帯以外であるため、室内に何もないまっさらな空間である。つまり、なにかを仕掛ける余裕もない。
ソラは鞘の抜かれていない刀をダキュラに向ける。しかし、ダキュラは壁を背にしながらも、いつも通りの笑みを浮かべていた。
「観念? フフフ、何をバカなことを……! 私は『悪運』ですよ? この程度、なんのこともありませんなぁ……!」
そう言ってダキュラは胸ポケットから何かを取り出す。
「スイッチ……?」
それは何かを起動させるためにあるようなボタン式スイッチであった。
「そう。これは爆弾のスイッチさ!」
「なっ!?」
驚くソラを他所に、ダキュラは迷わずそれを押した。
ドカァアアアン!
ダキュラの背後にあった壁が粉砕する。
ヤツは、初めから壁の中に爆弾を仕込んでいたのだ。
爆発により壁がなくなったことで外の景色が見えるようになる。
「それでは天草空くん。
ダキュラは笑いながら外へ飛び出していった。
ソラは外へ飛び出してヤツを捕らえたい気持ちになるが、外は空中で、このまま落ちていったら間違いなく死んでしまう。
それにここは飛行機内であり、外は空中だ。当然、気圧差が生じる。
つまり、空気だけでなく、同時に飛行機内のものも外へ吹き飛ばされてしまう。
「うグッ!?」
ソラは身体が外へ飛んでもなく強い力で引っ張られる感覚を感じた。
すぐにその場を退こうとレストランの中の方へ走っていく。そして、固定されているカウンターを掴み、外へ引き込まれないようにする。そのまま待機していると。
——プルルルル。プルルルル。
電話が鳴った——遠山キンジからだ。
ソラはすぐに電話に出る。
「おう、どうしたキン——」
『おいソラッ! 外を見ろッ!』
開口一発目に自分の言葉を遮ったキンジに腹が立つが、ソラはキンジの異様な焦りを感じて、キンジの言う通り外を見る。
——あぁ……なるほど。
『この飛行機にミサイルが2発——いやッ! 3発飛んできてやがるッ!?』
うん。大バカだな。
*
俺——遠山キンジは天草空に電話をしていた。
先ほどまで理子が近くにいたが、彼女は飛行機を爆弾で穴を開け、外に逃げ出してしまった。
それで、俺はとある光景を見てしまい、ソラに電話をしているんだが——
『おう、どうしたキン——』
出たッ!
「おいソラッ! 外を見ろッ!」
ソラに指図したように自分も外を改めて見る。そこにはやはり、アレがあって——いや、アレが増えてッ!?
「この飛行機にミサイルが『2発』——いやッ! 『3発』飛んできてやがるッ!?」
——ミサイルが2発、少し遅れて1発来ていた。
『このミサイルの狙いは3発ともジェットエンジンのようだな。しかも狙いは全部別だ」
ソラが冷静な声で告げてくる。
ジェットエンジンとは飛行機の両翼に二基ずつ付いてあるエンジンである。
それをミサイルで狙っているとソラは言っている——絶対マズい!
2発なら片方を一個ずつ壊された場合ではまだ辛うじて飛ぶことができるかもしれないが——3発だと、どうしても片方の翼のエンジンは二基とも壊されてしまう!!
つまり俺たちはこの飛行機と共に——
『死ぬ』という単語が頭に中によぎる。
まだ死にたくない。こんなところで死にたくない。
無性に感じる死への恐怖。それは俺の身体を強く冷たく包んでいく。
誰か、この状況を……
『キンジ——』
思考に沈む俺の頭にソラの声が聞こえて来た。
『なっ——なんだ、ソラ!?』
もしかして何か打開策でも見つけたのか!? と、俺は希望を抱いてソラの話を聞こうとする。
『……レキに、「約束は絶対に守るから」と伝えといてくれ』
『——は?』
妙に冷静な声が俺の耳へ伝わってくる。
どうして今ここでレキの話が……いや、それよりも『伝えといてくれ』ってどういう——まさかアイツッ!?
俺がソラの意図を読み取れたとき……もう遅かった。
——俺の『親友』は外へ飛び出していた。