過去に発行した同人誌『でれ☆がん』に収録した作品。HGUCブルーデスティニー1号機リバイブ版が発売されて間もなかったくらいに書いたものです。
爆死したけどね!
ガンプラというものをご存じですか。そんなプロデューサーの問いかけに、私は露骨に目を丸くしていたことだろう。
「ガンプラって……ええと、ガンダムだっけ? 名前ぐらいは聞いたことあるけど」
ガンプラ。
生真面目と堅苦しさが服を着ているような、仕事が趣味なんじゃないかと思えるくらい無愛想な私のプロデューサー。そんな彼の口から発せられるとは夢にも思わなかった四文字の響き。それだけで、私の中にはこの男を巡る想像の世界が果てしなく広まっていくように感じられた。
早い話が、プロデューサーってガンダム好きなの?
「はい、『機動戦士ガンダム』というアニメ作品のプラモデルです。今度の仕事で渋谷さんには、そのガンプラを作っていただこうかと」
仕事。そうだよね、仕事。
そうだった、この男がただの一度も人前で自分の趣味のことなど話した試しがあったものか。やっとその程度の進展があったのかと期待した反動で内心肩を落とす自分がいた。
いや、というか。
「え、私が作るの? その……ガンプラを?」
「はい。『プラモデル経験のない初心者でもガンプラは作れる』というPRということで……」
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待ってよ」
いつも通りの無表情でつらつらと述べるプロデューサー。さすがに私は待ったをかける。
そりゃガンダムといえば名前ぐらいは知っているし、今でもかなりのファンが存在する作品、ぐらいの認識はある。けれどもこの渋谷凛、これまで生きてきた十五年でそのアニメを見たことも、ましてやプラモデルを作ったことなど一度もなかった。
それが遊びでもなく仕事で、いきなりガンプラを作れなどと言われても、正直まだバラエティ番組の無茶ぶりの方がこなせそうなものだ。
「あのさ、プロデューサー。私ガンダムとかよく知らないし、プラモデルなんて触ったことすらないよ。第一そういう仕事だったら、ほかに向いてる人がいると思うけど」
ぱっと思いつくところでは亜季さん、比奈さん。ひょっとしたら光とか紗南あたりも詳しいかもしれない。そういえば奈緒もアニメ好きだけれど、ロボットものは守備範囲外だろうか。
一方私の困惑の声をその巨躯で弾き返すように、眉一つ動かさずプロデューサーは続ける。
「ガンプラはニッパーさえあれば、未経験でも完成させられる手軽さをセールスポイントにしています。それをよりアピールするため、むしろまったく経験のない渋谷さんこそが、この仕事の主旨に最も適していると判断したのです」
未経験だからこそ。言わんとしていることはわからなくもないけど、なんというか複雑だ。
「実際、渋谷さんに製作していただくのは対象年齢八歳以上のもので、塗装も接着剤も不要です。極論、パーツをニッパーで切り離し、説明書に沿って組み上げていくだけで完成します」
「プラモデルっていうか、ちょっとパズルみたいだね」
「通ずるものはあると思います。お引き受けいただけますか」
うーん、と無意識に唸る声を漏らしてしまう。仕事は仕事、やれと言われればやるけど、基本的にうちのプロデューサーはそんな強い命令形でもって私たちに接することはない。あくまでもこちらの意思を可能な限り尊重してくれる。
その懇切さはありがたいのだけれど、この場合に関してはいまひとつ踏ん切りのつかないところだった。
別にこの仕事が嫌なわけではない。ただ自分にこなせるか自信がないだけ。プラモデルを作ったこともなければ、ガンダムすらろくに知らない私が手を出したりして、ひょっとしたら反感を持つ人もいるのではないだろうか。
「……もし、プラモデルの製作において不安があるのでしたら、私でよろしければお手伝いさせていただきます。ガンプラなら過去に何度か作ったこともありますので……」
トーンを変えずやはり淡々とした調子ながら、しかしその台詞に私は唸るのをやめた。目が覚めたような気すらした。
「……プロデューサーが、手伝ってくれるの?」
「はい。仕事の合間に少しずつ、二人で進めていければと。私で不安でしたら、多少手間を要しても適任者を探しますが……」
「う、ううん! 私やる、やってみるから……だからその、プロデューサーに教えてほしいな、ガンプラのこと」
何であれ、そうして背中を押してくれたことに気力が満ち満ちるものを覚えた。正直、ガンプラのことはわりとどうでもよかったりするけど。
ただ、最近忙しくてじっくり二人きりでいる時間も減った、この人と一緒に過ごせるきっかけができたというあたりで。
*
事務所、シンデレラプロジェクトのいつもの部屋。
ソファーに座る私の前の机に、小さな箱が置かれている。
箱の上側に描かれているのは、きらびやかな光の剣を振りかざす蒼いロボット。下の方には「HG 1/144 ブルーデスティニー1号機」と印字されている。
これを作るということらしかった。
「ふーん、ブルーデスティニー……まあ、かっこいいんじゃない?」
箱を手に取り、側面の完成見本の写真を見る。しっとりと落ち着いた蒼一色、すらりとしたプロポーション。躍動感あるポージングからは、ロボットというよりどこか人間に近い印象も受ける。
「最新のキットですので組み立てやすい部類かと思います。細かく色分けもされているので、塗装しなくてもこの見本に近い形に仕上がるようですね」
「へぇ」
組み立てやすいと聞いて、どんなものかと箱を開ける。
ビニール袋に詰められた部品の数々。手、脚、頭、中にはぱっと見ではどの部分になるのかわからないものまで、所狭しとひしめき合っている。
ちょっとだけ、気が遠くなるのを感じた。
早い話、これって作るの、大変なんじゃない?
「……これ、ほんとに私でも作れるの?」
「部品数はこの規格のキットの中でも標準的、あるいはやや少なめの方だそうです。組み立て前のプラモデルを見ること自体が初めてでしたら、戸惑ってしまうのもわかりますが……」
気づけば、何かとプロデューサーが私のモチベーションを維持しようとフォローしてくれている気がした。私とて一度引き受けたからには投げ出すつもりはないけど、実際弱気になりかけているところもある。
とにかく、まずはやるだけやるしかない。作ってみたら意外と楽しいかもしれないじゃないか。それこそ、ちょっとしたパズルみたいで。
「……いいよ、作ろう。まずはパーツを切り離していけばいいんだよね?」
部品の下敷きになっていた説明書を取り出し、広げる。そこに記された工程に、どこか学校の試験問題を前にした時のような気持ちを覚えてしまったのは、まだ本当に楽しもうという心構えが備わりきっていないためだろうか。
*
「切り離しの際はパーツ本体からやや離れた位置を切ってください。その後、残ったゲートを切り離します。こうすることでパーツにかかる負担を軽減し、切り離しの痕を目立ちにくくできます」
「ええと……こんな感じ、かな?」
並んでソファーに座り、一緒に説明書を覗き込みながら、プロデューサーのアドバイスに沿って作業を進めていく。
私の手にはニッパー。千円足らずで買えるプラモデル用のものらしいが、そもそもニッパー自体まともに持ったことなどないので種類や用途の違いなど知るはずもない。
よく読めば説明書は初見の私でもそれなりにわかりやすく、イラストにパーツ番号もついているので、間違えて部品の一部まで切り取らないよう気を付けさえすれば、思ったよりも組み立てはスムーズに運んでいた。
最初に出来上がるのは胴体らしい。
胸にあたる部分の前半分に、内側から別の細かいパーツを組み込んでいく。見た感じ、首と肩の関節だろうか。それから後ろ半分のパーツをつけると、早くもひとつの塊が出来上がった。
大きさとしては手の平で転がせる程度。けれども精密な造形と細やかなデティールを備えており、これだけですでに完成された感がある。
初めて手にしたプラモデル(ほんの一部分だけど)を何気なしに見つめ続けていると、隣でこちらを窺っているプロデューサーがいることを思い起こしてはっとしてしまった。
「あ、ごめん。えっと……次はどうすればいいのかな?」
「説明書によると……この胸の部分にまた部品をつけ足していくようですね。それぞれランナーが違ううえに細かいものが多いので、指を怪我しないよう気を付けてください」
言われて説明書をたどれば、さらに細々としたパーツの指示が点在している。どれがどういった部分になるのか皆目見当もつかない身としては、なにもいちいち別パーツにせずまとめて成型した方が楽でいいじゃないかと思ってしまうのだが、さすがにそれは邪道というものだろうか。
そう考えてしまうのもやはり私にはまだプラモデル製作を心から楽しもうという気がないからなのかもしれないが、そうえいば先にプロデューサーも過去にガンプラを作ったことがあると話していたのを思い出した。経験者から楽しむコツを聞ければいいかもしれない。
というか、やはりこのプロデューサーがガンプラを趣味にしていたことがあったというのが、軽く信じられない自分がいる。
「ねえ、プロデューサー。さっきガンプラなら前に作ったことがあるって言ってたけど」
「もう十年以上も前になりますが……まだ小学生の頃、でしょうか」
小学生のプロデューサー。ますます信じられない気分になるが、しかし考えてみれば彼にもそういう時期があったのは至極当然のことだった。
もっと言えば、それくらい子供の頃なら、年相応にロボットアニメやプラモデルに興味を見出していたとて、何らおかしな話ではない。
その頃の話を、もっと聞きたいと思った。パーツを切る手が止まり、目は説明書ではなくプロデューサーに向けて、私は続ける。
「ガンダム、好きだったの?」
「当時放送されていたアニメを見た程度で、今はほとんど……。ガンプラ自体はその頃に親に買ってもらったような気がします」
「へえ、どんなの作ったの?」
「確か……ザクやズゴックだったかと。今渋谷さんが作っているこのHGUCという規格の初期のキットでした。主役のガンダムよりも、こういった脇役の方が好きだったようでして……」
そこまで言って、はっと気づいたように話すのを止めるプロデューサー。どこかばつが悪そうに口元を結んでいる。大方、聞かれてもいないことまでしゃべってしまったのが気まずい、とでも思っているのだろう。
だがむしろ、そうしてあれこれしゃべってくれる方こそ、いつもの沈黙や事務的会話よりもずっと面白味がある。これは私に限らず、CPのみんなでプロデューサーのプライベートな話を聞きたがらない者などそうそういるとは思えなかった。
それぐらい、日頃からもっと仕事に関係ない話だってしてくれてもいいのに。と思ったりするけど、別に今のプロデューサーの性格に不満があるというわけじゃなく、そんな感じでもいいのにな、くらいの期待とか願望程度のつもりなのだけれど。
あるいは、日頃自身のことを話さないぶん、こうして口を滑らせるような形で彼のことを聞き出せたというのは、私の中で大きな価値として受け取られるのだ。
少なくとも、この二人きりの状況なら、この話を知っているのは私だけ。
私がそこに優越感を見出すのは、いつからか彼に抱き続けている想いゆえに否定しえぬこと。
*
結局、その日は胴体だけの製作となった。不慣れさから完成がいつになるかわからないけれど、ほかにも仕事はあるのだし、その上プロデューサーと一緒に作業できる時間などごく限られてしまう。現にこの作業の後も、彼は未央の仕事の付き添いでテレビ局へと向かっていった。
しかし完成を急ぐ必要はまったくない。むしろ長引いてくれた方が、プロデューサーを独占できる時間が増えてくれるというものでもある。下世話が過ぎる思考だが、なにも彼を狙っているアイドルは私のほかにもいるだろうこと。
そこは私とて、生半可な想いのつもりもなければ、譲ろうと気後れするところもない。
「ねえねえしぶりん、プロデューサーとガンプラ作ってるんだって?」
それら私の優越感とアドバンテージを侵害するように首を突っ込んでくれる未央。翌日の事務所、部屋に顔を出すなり飛び出た台詞である。どこから知り得たのかは想像に容易い。
「……プロデューサーから聞いたの? 未央」
「しぶりんとガンプラ、この意外性というか脈絡のなさがむしろ新境地を開くってもんかもねぇ。いやはやプロデューサーの企画力にも感心させられますなぁ」
「質問に答えてないよ」
「ちょ、しぶりん何か顔怖いよ!」
ちょっと距離を詰めて問い質しただけのつもりなのだけど。
「ガンプラって、確かガンダムってアニメのプラモデル、でしたっけ? 凛ちゃんは今それを作ってるんですか?」
一緒にいた卯月がきょとんとした様子で聞いてくる。未央のような野次馬的な部分はほとんどなく、純粋に疑問に思っているだろう性格なあたり、ぞんざいに扱うのは気が引ける。やむなく私は仕事でガンプラを製作していることを二人に話した。
「わあ、プラモデルが作れるなんて凛ちゃんかっこいいです!」
「作れるっていうか、まだ試行錯誤しながらやってる感じだよ。初めてでも私より手先の器用な人なら、もっとうまくできるだろうし」
手先が器用、という点ではきらりなんかが意外と向いていたりするかもしれない。まあプラモデルを作ろうという気を起こすとも思えないが。あるいは可愛いデザインのものがあれば別だろうけれど。
「ガンプラねぇ、そういえばうちの弟が前に何か作ってたかも! アドバイスになるようなことでも聞い」
「いいよ、自分で少しずつやっていくつもりだから。大丈夫」
余計なことはするなという想いを乗せて、未央の言葉を遮る。だが届いていないらしく今度は未央がきょとんとした顔をしていた。
この際ガンプラの出来などどうだっていい、あくまでプロデューサーと過ごせること自体が重要なのだ。そこに第三者以上の手が加わる必要はないし、望みもしない。
「でも、さっき試行錯誤してるって言ってたし……」
「その試行錯誤しながら作るのも楽しみなんだろうなって思うし。それに初心者が作るっていう企画なんだから、あまり経験者の手が加わりすぎるのも主旨から外れちゃうんじゃないかな。ねえ、そう思わない? ねえ」
「ちょ、しぶりん何か顔怖い!」
「そうかな、そんな顔してた? ねえ卯月」
「え? さ、さあ……?」
瞳に込めた邪魔をするなという感情は少し違う形になれど伝わったらしかった。
にしても、口の軽い未央に知られたのは面白くない。ガンプラという、およそ日頃の私たちにとって縁のない存在が近くにあるというだけで、興味本位に首を突っ込みたがる者が増えてもおかしくない。つまりそれは私がプロデューサーと作業する時間・空間を阻害されることにもつながるだろう。
と懸念したけれど、さすがに未央とてそこまでミーハーというかしゃべりたがりではないかもしれない。私が仕事でガンプラを作っているという、その程度と言えばその程度のこと。
それにたった今、邪魔をするなという念を(目で)送ったのだ。私の気迫が伝わったのなら、未央とて自ら進んで私の怒りを買うようなことはすまい。
*
「凛ちゃん凛ちゃん、ガンプラってどんなの作ってるのー?」
後日プロデューサーと作業を続けていたところへ莉嘉が転がり込んできた。止める間もなく机の前までやって来る。
未央か、やはり未央がしゃべったのか。
「へー、こんななんだ! ねえねえ、今どこ作ってるの? どのくらいでできそう?」
「ちょっと莉嘉、凛は仕事でやってるんだから邪魔しないの」
続けて美嘉も部屋に入ってきた。早いところ妹を連れ帰ってほしい。あまりきっぱり言ってしまうのもなんなので、そんな期待を視線に乗せて二人に送る。
「あ、これシール貼ったりもするんだ。そうだ! アタシのコレクションも使ってキラキラにデコレーションしちゃ」
「プロデューサー、悪いけどちょっと待ってて」
それに気づく由もない莉嘉が説明書を勝手に読み始めたあたりで私は席を立つ。プロデューサーの返事も待たず、莉嘉の首根っこを掴んで部屋の外へ引きずり出した。
「いたた、痛いってば! いきなり何す」
そう喚く莉嘉を廊下まで連れ出したところで、私はずいと距離を詰め小生意気なその顔を見下ろす。目にありったけの敵意と憎悪、殺意を込めて。
困惑、哀願、恐怖、絶望と莉嘉の表情はころころ変わった。やがて私から目をそらし、俯き、どんな顔をしているのか見えなくなる。
「私、この仕事に本気だから。邪魔はしないで」
顔の代わりに向けられた金色のつむじに向かって、私は囁いた。言葉で脅そうという気はないが、これは建前として必要なこと。もとより相手を威圧するのに薄っぺらい台詞はいらない。
間もなく美嘉が後を追って部屋から出てきた。莉嘉はといえば私の眼下で小刻みに震え始めている。私は目から力を抜いて美嘉の方に振り向く。
「凛、ごめんねー。莉嘉が見に行くって聞かなくて」
「気にしてないよ。完成したら莉嘉にも見せてあげるから」
「だってさ。ほら莉嘉、行くよ」
「ひ、ひゃい」
上ずった声で返事する莉嘉を引っ張っていく美嘉。ふと一応確認にと、私は呼び止める。
「ねえ莉嘉、このこと誰から聞いたの?」
「え? み、未央ちゃんからだけど……」
次のレッスンのストレッチで張り切って未央の背中を押してやろう。そう決心して部屋に戻った。
「お待たせ、続き作ろうか」
「はあ。城ヶ崎さんと何かあったんですか?」
「何も。それより、作ってたのは頭の部分だっけ?」
説明書の図を追う。胴体の次は頭。どうやらいくつか種類があり、差し替えで好きなものを選べるらしい。
「説明書によると、ゲーム版と漫画版のデザイン、さらに通常時とEXAM発動時の合計四パターンから選んで作れるようですね」
「えぐざむ?」
「対ニュータイプ用システム、とあります。これが発動すると性能が飛躍的に向上するとのことです」
「ふーん……」
正直、説明書を読んでも元の設定などまでは理解しきれない。ゲーム版、漫画版と言っていたけど、これはアニメのガンダムにも出てくるんだろうか。
「それで、どの組み合わせで作りますか? 渋谷さん」
不意にプロデューサーから促されて、ちょっと戸惑う。言うまでもなくその四種類のどれを選ぶかということだった。
少し考えて、アンテナのないゲーム版に、通常時の緑の目をつけることにする。そのEXAM発動時という赤い目は、血の色のような毒々しさで少し乗り気しなかった。人によっては、むしろこの方がかっこいいというのもいるんだろうけど。
やがて組み上げた頭部を、先日作った胴体へ取り付ける。頭がついただけで、無機質だったプラスチックの塊に命が吹き込まれたような気がした。人の形をしているということが、そんな意識を与えているらしい。
*
「本日より、こちらの大和さんに製作のお手伝いをしていただくことになりました」
「不肖大和亜季、凛殿の初めてのガンプラ製作を微力ながら支援させていただくであります!」
また後日。プロデューサーからガンプラ製作を促され、内心意気揚々と部屋に顔を出したところで、これである。
実際、亜季さんはプロフィールにも書くくらいにはプラモデルに対し造詣があるのだろうし、これ以上ない助っ人に違いない。しかし、だがしかし、誰が呼べと言った、誰がそれを望んだ。
「え、あの……プロデューサー、私はそこまで凝ったものを作れなくても、まず完成させられればそれで……」
「いえいえ、ガンプラは初心者でもちょっとの手間で大幅なディティールアップが見込めるのです。道具ならお貸しいたしますから、どうぞこれを機会にモデラーとしてステップアップをお勧めしますぞ」
少しの手間、という割に合わない大きさのバッグが彼女の傍らには置かれている。ありったけの道具を持ち込んでいるらしいのは想像に難くないが、それらがどんなものなのかまでは皆目見当もつかない。
いや、それよりも。
「でもあの、私はプロデューサーと一緒に作るってことになってるから……」
「それが渋谷さん、しばらく仕事の関係で、時間を合わせて作業することが難しくなってしまいまして……」
私を奈落の底へ突き落としたのは、ほかでもないプロデューサーの台詞。にわかに立ち込めた絶望に脳内が侵されていく。言葉も発せられない。
「申し訳ありませんが、今後は大和さんのご指南のもとで作業を続けていただけますか」
「で、でも私、待つよ? プロデューサーの時間が空くまで……」
「しかし納期との兼ね合いもありますので、それまでにいま作っているガンプラを完成させなければなりません。本当に申し訳ありませんが……」
せめてもの希望を寄せてやっと発したその言葉も、あくまで本題は仕事であるというプロデューサーの主張になすすべもなくかき消される。
じゃあ、じゃあ何。私は何のためにガンプラを作るの?
別に作るのが死ぬほど嫌ってわけじゃないけど。それでも、それでも。
「ではさっそく製作に移っていきましょう! まずお勧めしたいのがこちら、デザインナイフと紙やすり! これで表面処理を行うことで、よりゲート痕を目立たなくすることができるのです! それから……」
亜季さんがバッグを開けて色々まくし立てているが、何一つ頭には入ってこなかった。
*
「やすりで磨いた後は、細目のコンパウンドでさらに磨くことにより、塗装しなくてもやすりがけの傷をかなり隠してくれるのです!」
「わぁ、凛ちゃんなに作ってるのー? みりあもやるー!」
「より完成見本に近づけるため、成型色だけでは色分けしきれていない部分をこのガンダムマーカーで部分塗装しましょう! このブルーデスティニー1号機なら足やバックパックなどをファントムグレーで塗ればそれらしくなりますな!」
「にょわー☆ 凛ちゃんがちっちゃくてかっこいいもの作ってるよぉ! かわいいのあったらきらりも作りたいにぃ!」
「そんなきらりにはプチッガイというのを勧めとこう……ああ、これブルー1号機か。HGUCだと前にもキット化されてたけど、最近リメイクされたんだね。金型は陸ジムのを流用してんのかな」
「細部に彫られたモールドという筋を、ガンダムマーカーやシャーペンなどでなぞってスミ入れすると、情報量が増え立体感とメカらしさが強調されるのです!」
「へえ、ガンプラ……。ぜんぜん凛ちゃんのイメージじゃないけど、似合わないことにあえて挑戦するのもロックだね!」
「李衣菜ちゃんはガンダムサンドロックでも作ってるといいにゃ」
「え、みくガンダム知ってんの?」
「仕上げはつや消しトップコート! これを吹き付けるとプラスチックのつやが抑えられ、まるで塗装したような落ち着きと重厚感を得ることができますぞ!」
「ブルーデスティニー、蒼き運命……さらに『蒼い死神』の二つ名……くくく、その力、我に見せてみるがいい! 宴の始まりよ!」
「今宵は酒盛りじゃ!」
「楓さん昼間から飲まないでください」
うるさい、非常にうるさい。物珍しさから次々にみんなが覗きに来る。作業に集中するどころではない。
亜季さんがあれこれ道具を繰り出し、まくし立て、その周りでアイドルのみんなが入れ替わり立ち代わる。話し声、駆け回る足音。静寂が程遠い。静寂が欲しい。
ふとすると、そんな環境にあって私はいったい何をしているのだろうと我に返ってしまうのである。
プロデューサーはここにはいないのに。
何だって私はよく知りもしないアニメのプラモデルなんて作っているのだろう。
陰鬱な気持ちは次第にどす黒い色を帯び始め、気づけばその心象を手にした人型のプラスチックに重ねるかのように、私は緑色で取り付けていた目のパーツを、血のような赤色のものと差し替えていたりする。
「凛殿、ここまで来れば完成までもう一息ですぞ! プロデューサー殿の喜ぶ顔が目に浮かびますな!」
はたと、目が覚めたように感じた。久しく俯いたままだった顔を上げ、亜季さんの方を見やる。
「……完成させたら、プロデューサー、喜んでくれるのかな?」
「もちろん。ここまでかっこよく仕上がっているのですから、プロデューサー殿も男心というものをくすぐられるというものでしょう」
果たして亜季さんの言う感情に則した反応をプロデューサーが取るかはわからないが、しかしプラモデル初心者の私が完成にまでたどり着ければ、彼からの労いくらいは望めるだろう。
この際それを唯一の頼みに、私は作業を続けることにした。そういえば一度受けた仕事を投げ出すことはしないとも思っていたし、プロデューサーを失望させるような結果も生みたくはない。
*
「で、できた……完成、これで完成……!」
それから一週間後。スローペースながらも組み立てを進めて、亜季さんのアドバイスに従って部分塗装やトップコートというのも施して、ついにその時が訪れた。
組み上げた各部位をひとつの体に結集させ、最後に武器となる銃と盾を持たせる。瞬間、手にした人型のプラスチックに魂が宿ったように思えた。
重みというほどのものはないはずなのに、これまでかけてきた時間と労力がそこに凝縮されているようで、ふと自分がこのプラモデルにそれなりの愛着を持っているらしいことにも気付いた。
とはいえこれが初めてのプラモデル製作、亜季さんのサポートがあったものの、万事がうまく運んだわけではない。細かく見ればニッパーで切り取った部分が負荷がかかって白くなっていたり、シールの貼り付けがうまくいかず剥がしてしまったり、部分塗装も少しはみ出していたり。粗を探せばきりがない。
それでも、こうしてひとつの完成に持っていけたことに何よりの達成感を覚えていた。少し調子に乗って、初めてでここまでできた私ってひょっとしてすごいんじゃないか、なんて思ってもみたりする。
「おお……! おめでとうございます凛殿! さあ、さっそくプロデューサー殿に報告しに行きましょう!」
「うん、そうだね」
まるでテストでいい点が取れて親に見せに行く小学生のよう。少し気恥ずかしくもなったけれど、足取りの軽さは抑えようもなかった。
完成したブルーデスティニーを手に、プロデューサーの部屋までやって来る。ついノックもなしにドアノブに手をかけようとしている自分がいて、いくらなんでも浮かれすぎたと自制した。
改めてドアを叩こうとしたところで、ふと中から話し声が聞こえてきた。
「……ということなのですが、いかがでしょうか」
一人はプロデューサー。その相手は……。
「うーん……でも正直私、経験ないし……そもそも私なんかで需要あるのかなぁ」
どうやら未央らしい。十中八九仕事の話だろう、でなければ未央がこのように落ち着いた調子でプロデューサーと相談していることはあるまい。
さすがに仕事の話の最中ということなら報告は後でにしようかと、踵を返しかけた時。部屋の中からプロデューサーの、どこかで聞いたことのあるような台詞が響く。
「ガンプラはニッパーさえあれば、未経験でも完成させられる手軽さをセールスポイントにしています。それをよりアピールするため、むしろまったく経験のない本田さんこそが、この仕事の主旨に最も適していると判断したのです」
……ガンプラ。どうやら未央もガンプラを作るという仕事を持ちかけられているらしい。
「実際、本田さんに製作していただくのは対象年齢八歳以上のもので、塗装も接着剤も不要です。極論、パーツをニッパーで切り離し、説明書に沿って組み上げていくだけで完成します」
うん、そうだね。私も言われた。同じことを教えてもらった。
「もし、プラモデルの製作において不安があるのでしたら、私でよろしければお手伝いさせていただきます。ガンプラなら過去に何度か作ったこともありますので」
「え、プロデューサーも手伝ってくれるの?」
「はい。仕事の合間に少しずつ、二人で進めていければと」
ふぅん。
私とは途中で時間が取れないとか言って亜季さんに任せたのに、未央にはそんなこと言うんだ。
最初に、私に言ったのと、まったく同じフレーズを。
というか、この仕事に適任だっていうの、私だけのつもりじゃなかったんだ。
私だけを選んだわけじゃなかったんだ。
ひょっとしたら私の思い込みというか、自意識過剰というか、期待しすぎていたような節はあったのかもしれない。私一人だけが、プロデューサーに見出されたような、そんなつもりでいただけかもしれない。
けれどこの気持ちを表現するのなら、ただ一つ。裏切られた、という以外に形容の仕方を思いつかなかった。
「や、やる! 私やってみるよ! プロデューサーと一緒に……え、し、しぶりん? シブリンナンデ?」
「し、渋谷さん? すみませんが今は本田さんと仕事の話を……」
気がつけば、結局ノックをしないで部屋に入ってしまっている。突然の闖入者に二人は当初困惑の表情を浮かべていたが、瞬く間それは恐怖の色に塗りつぶされていた。
その所以はほかでもなく私が抑えようもなく発してしまっている、全霊をかけた殺意の情念によるものだろう。
だが二人の顔からは、なぜ私がそうした殺意を発しているのかを知る由が感じられない。その能天気さというか、鈍感さがこと癪に障って、私の視界は赤く染まる。
二人の視点からすれば私の目は充血のあまり、手にしたままのブルーデスティニーのそれと重なって見えていたかもしれない。
また気付けば、私は廊下を逃げる未央とプロデューサーに追いすがっていた。あと少しで、未央の首根っこに手が届く。
【了】