父の再婚により出来た義理の兄は、日夜悪の怪人と戦う魔法少女でした。
その可憐な姿に一目惚れした少女と兄(魔法少女)が繰り広げる歪なラブコメディ。
そんな感じの話です。

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私の兄さんは世界一かわいい魔法少女

 

 

 

 皆さん御機嫌よう。

 私の名前は双葉(フタバ) 真央(マオ)。14歳。花も恥じらうJCです。

 

 私事で恐縮ですが、この度、早くに妻―――つまり私の母を亡くした父が再婚することになりました。

 激務な社長業の傍ら、男手一つで私を育ててくれた自慢の父です。自分の幸せを見つけたのなら、私としては応援することもやぶさかではありません。お相手の女性は非常に上品且つたおやかな方で、先妻の娘である私にも優しい方だったので文句はありません。

 

 

 ―――但し、一つだけ些細な問題は有りました。

 

 

「今度ともよろしくお願いいたします。兄さん」

「……ふん」

 

 

 新しい母の連れ子である男の子……私の義理の兄が少し気難しそうな方であることでしょうか。

 

 

「ユウト兄さん。突然、こんな可愛い妹が出来てドギマギするのは分かりますが、これからは家族なんですから、もう少し慣れていただかないと」

「いきなりすげえ事を言いだしたな」

「白薔薇女学院"抱かれたい女"中等部部門No.1の私を"(メス)"として見てしまう気持ちは分かりますが……」

「勝手に人の気持ちを捏造すんじゃねえっ!」

 

 

 彼の名前は双葉(フタバ) 悠斗(ユウト)。16歳。近くの市立高校に通う極々平凡な男子高校生です。DKです。

 御顔立ちは端正な部類かもしれませんが、ぶっきらぼうな態度と眼つきの悪さでプラマイゼロな感じの男の子です。下手に身長が高いのが、周囲に威圧感を与えてしまうのか、何もしてないのに小さな子供を泣かせてしまっている場面を何回か見た事があります。しかし、見た目に反して粗暴な方ではなく、どちらかというと人とのコミュニケーションが苦手な陰の者に近い空気を感じています。

 

 

「……今、何か失礼なことを考えてなかったか?」

「いいえ? 新しい兄が陰キャっぽいとは考えていましたが」

「それを失礼なことって言うんだよ!」

 

 

 私達の心温まるやり取りを、父とnew母が微笑ましく見守っています。

 

 

「はっはっは。もうユウト君と打ち解けているようだなマオ」

「うふふ、ユウトとマオちゃんが上手くやっていけそうで良かったわ」

「俺、いきなり新しい妹にディスられてるんですけどっ!?」

 

 

 久しぶりに賑やかな家の様子に、私も思わず微笑んでしまいます。これからの家族4人での新生活が楽しみです。

 

 

 

 **********

 

 

 

「エービッビッビ! 遂に見つけたぞ! 我らが主、偉大なる魔王様の転生体を!」

「はぁ」

 

 

 翌日、私は通学路で巨大な二足歩行するザリガニに捕まっていました。ザリガニなのにエビとはどういうことなのでしょうか。

 

 

「さあ来い小娘! 貴様の肉体を生贄にして、魔王様復活の儀式を執り行うのだ!」

「すいません。今日は帰ったら寝る前に歯を磨かなければいけないので、また後日でもよろしいでしょうか?」

 

 

 駄目でした。巨大ザリガニはひょいと私を肩に担ぐと、のっしのっしと何処かへ歩いていきます。ちなみに通報を受けてやって来た警察の方々は既にザリガニにのされて地面に倒れています。お仕事お疲れ様です。

 

 

 

 

 

「待ちやがれっ!!」

「エビッ? ぬぅっ! き、貴様は……!?」

 

 

 凛とした声にザリガニが振り返ると、そこには一人の少女が立っていました。

 

 

 

 漆黒のゴシックドレスを身に纏い、黒曜石の様に艶やかな黒髪を腰まで伸ばした小柄な少女。

 

 柔らかさと瑞々しさを感じさせる白い肌に、繊細な芸術品を思わせる華奢な身体。

 

 その幼い顔つきからして、恐らく年齢は12歳程度でしょうか。

 

 

 

「…………綺麗」

 

 

 

 その日、私は美しさに魂が震えるという感覚を初めて知りました。

 

 

 

 

 

「おのれ! またしても我々の邪魔をするか! 魔法少女ブラックサンダーよ!」

「何だか美味しそうな名前ですね」

「ザリガニ野郎。痛い目に遭いたくなかったら、その女の子を離し……」

 

 

 ザリガニの肩に担がれた私と少女の目が合います。彼女の紫水晶(アメジスト)のような紫紺の瞳の輝きに、私が思わず息を飲んでいると、ブラックサンダーさんから大量の冷や汗が噴き出していました。

 

 

「マ゛ッ……マオ……!?」

「その通り! この娘は我らが魔王(マオウ)様の生まれ変わり! しかし、その魂は未だ、この娘の奥底で眠っておられる。我々がそれを目覚めさせるのだ!」

 

 

 ザリガニが太い鋏を少女に突きつけて宣言しますが、私はそれよりも気になっていることがありました。

 

 

(この女の子、なんで私の名前(マオ)を知っているのかしら……?)

 

 

 私の不審げな視線に気づいたのか、ブラックサンダーさんの冷や汗が止まりません。視線が泳ぎまくっているし、手遊びが止まりません。挙動不審者の選手権が有ったのなら、恐らく日本代表に選ばれるぐらいオドオドしています。しかし、ザリガニはそれを自分に対する怯えだと考えたのか、戦意を漲らせて少女に襲い掛かります。

 

 

「ククク! 我らの計画に! 恐れをなしたようだな! ちょうど良い! ここで! 貴様を倒して! 魔王様復活に華を添えてくれるわーーー!!!」

 

 

 エクスクラメーション・マークを大量に出力しながら、ザリガニが凄まじい勢いで少女に突進します。ロデオマシンめいた動きに、ちょっと酔いそうなので一回私を肩から下ろして欲しいです。

 

 

「ハムッ!?」

 

 

 すると、ブラックサンダーさんの懐からハムスターの様な生き物がピョコッと顔を出しました。ハムスターはこちらに突進してくる巨大ザリガニを見て、慌てふためいた様子で少女に顔を向けます。

 

 

「何をボーっとしてるハム!? 早くアイツを倒すハムよ! ユートちゃん(・・・・・・)!!」

「ヴォワアアアアアアアアアアアッ!?!?」

「シュリンプッ!?」

 

 

 ハムスターが日本語を話していたのも衝撃的ですが、それ以上に聞き覚えのある名前と、それを掻き消すように奇声を上げながらザリガニをチョップで両断するブラックサンダーさんの姿が印象的でした。盛大に内臓と青い血液を撒き散らして絶命する巨大ザリガニは今夜の夢に出てきそうです。

 

 

「さ、流石ハムっ! やっぱりユートちゃんはこの街最強の魔法少女……むぎゅっ!」

「黙れげっ歯類! 俺が良いというまで死んでも口を開くなっ!」

 

 

 少女はドレスの胸元にハムスターを押し込むと、慌ててその場を立ち去ろうとします。

 

 

「あの、待ってください。ブラックサンダーさん」

「うぐっ……な、なんだ?」

 

 

 ギギギと音がしそうなぎこちない動きで、彼女がこちらに振り返ります。

 

 

「私、双葉(フタバ)真央(マオ)と申します。危ない所を助けて頂いてありがとうございました」

「お、おう……まあ、気にするな。それじゃ」

「あっ、待ってください。是非、何かお礼を。私、こう見えても社長令嬢なんです。現ナマはご入用ではありませんか?」

「生々しいわっ! ……別に感謝されたくてやってる訳じゃねえよ。気にしなくていいからさっさと行け」

「ですが……」

「……あーっと、そういえば、あのザリガニ野郎が妙な事言ってたよな。お前を狙ってるとか何とか」

 

 

 彼女はそう言うと、懐から小さな鈴を取り出して、私に手渡しました。

 

 

「もしも、また奴らに襲われそうになった時は、その鈴を鳴らして俺を呼べ。お前がいつ、何処に居ても駆け付けてやる」

「……また、助けてくれるんですか?」

「おう、任せときな」

 

 

 少女はそう言うと、その西洋人形めいた可憐な容貌に不似合いな、少年のように勝気な笑みを浮かべました。

 

 その笑顔が眩しくて、魅力的で。

 

 気が付けば、私は彼女の手を握っていました。

 

 

 

「それでは、念の為に携帯の番号も教えていただけますか? どこ住み? ご趣味は? 彼氏はいらっしゃいますか? LINEやってます?」

「怖い怖い怖い! 急にグイグイ来るの止めろっ! てか、もう俺は行くからなっ! お前も早く行かないと学校遅刻すんぞ! まだ走れば間に合うだろ! じゃあな!!」

 

 

 彼女は私の手を振り払うと、驚異的なジャンプ力で住宅の屋根に飛び移り、その場を離脱されてしまいました。アレでは流石に追う事は叶いません。

 

 

「―――黒のレース」

 

 

 少女が大ジャンプした際に、翻ったスカートの中から見えたものを復唱する。

 中々、大人な下着を付けていらっしゃる。

 

 

 ―――それにしても。

 

 

「何故、私の学校がこの近くだと、彼女は知っているのでしょうか?」

 

 

 首を傾げながら、私はテクテクと通学路を歩き始めた。

 

 

 考え事をしながら歩いていたので、学校には遅刻しました。

 

 

 

 **********

 

 

 

「ふーむ。彼女、思ったより有名人だったのですね」

 

 

 お昼休み、私は昼食を取りながらスマートフォンで"ブラックサンダー"なる彼女のことを調べていました。

 

 去年あたりから、大体週一ペースで出現し始めた怪人―――今朝、遭遇した巨大ザリガニみたいな珍獣を、彼女は不思議な力で撃退していたそうなのです。その黒に染まった出で立ちと、稲妻のようなスピードで怪人を退治することから、いつからか付いた呼び名が『魔法少女ブラックサンダー』。その正体は不明ですが、ハッシュタグで検索するとファンアートが相当数ヒットする程度には熱心なファンも多いようです。

 

 

「マオちゃんマオちゃん。今朝、怪人に襲われたって本当?」

「ええ、危うく魔王復活の生贄にされるところだったわ」

「そっかー。大変だったんだねー」

 

 

 クラスメイトのハナちゃんとそんな話をしながら、私はお弁当の筑前煮をつまむ。

 

 

「ところで、マオちゃんのお父さん再婚したんでしょう? 噂の新しいお兄さんってどんな人?」

 

 

 "ところで"程度の軽い扱いで、ハナちゃんが怪人の話題を流す。私はハナちゃんに、スマートフォンに入っている家族写真を見せた。

 

 

「この真ん中の眼つきの悪い男の子よ。双葉(フタバ)悠斗(ユウト)。16歳。DKよ」

「わあ、カッコイイ! こんな男の子と一緒に暮らすなんて、マオちゃんは緊張しないの?」

「どちらかと言えば、緊張しているのは兄さんの方かしら。女の子慣れしていなそうで、見てて可愛らしいわよ」

「流石、中等部"抱かれたい女"No.1だね~」

「それよりもハナちゃん。"ブラックサンダー"って知ってる? お菓子じゃない方よ」

 

 

 私はスマートフォンで、ブラックサンダーファンサイト『かわいさイナズマ級!』に掲載されている、有志(ファン)が撮影(盗撮)した彼女の写真をハナちゃんに見せる。

 

 

「ああ、魔法少女ちゃんね~。カワイイよね~」

「ええ、そうなの。とってもカワイイの。何とかお近づきになりたいんだけど、情報通のハナちゃんなら何か知らないかしら?」

「う~ん……ごめんね~。私も魔法少女ちゃんのこと、そんなに詳しい訳じゃないの」

「そう……残念だわ」

「……でも、ちょっと意外~。マオちゃんって、こういうの興味無いかと思ってたから」

「私って、そんな風に見えるかしら?」

「うん。マオちゃんって、隙が無いって言うか、悟りを啓いてるって言うか。アイドルとか……まあ、魔法少女ちゃんはアイドルじゃないけど、そういう俗っぽいことに関心無さそうだな~って」

 

 

 ……言われてみれば、そうかもしれません。

 クラスメイトの皆さんが、アイドルやモデル、隣の学区のカッコイイ男の子等について楽しそうに話していても、私はイマイチそれに共感することが出来ませんでした。

 

 

 

 だから、こんなにも誰かに夢中になることなんて初めてで―――

 

 

 

「―――ああ、分かったわ。これが初恋なのね」

「わお。大胆発言。でも、初恋の相手が年下の女の子ってどうなの?」

「関係無いわ。だって本気で好きになってしまったんだもの。そう、彼女の―――」

 

 

 そうです。私はあの少女の―――

 

 

「彼女の顔が死ぬほどタイプなの」

「マオちゃんのそういう所、私結構好きだな~」

 

 

 そうです。本気で好きになったのなら、手段を選んでいる場合では無いのです。

 

 私は彼女から貰った鈴を握りしめると、今後の計画を練り始めるのでした。

 

 

(……確証はありませんが、まずは全ての可能性を手あたり次第に当たってみましょう。熟考するのは手詰まりになってからで良いのです)

 

 

 午後の授業を右から左へ聞き流しながら、私は窓の外に広がる青空に、艶やかな黒曜石のような少女の面影を思い浮かべて溜息を吐くのでした。

 

 

「……ご覧になって。真央さんの、あの物憂げな横顔……」

「素敵よね……まるで絵画の様だわ……」

「ああ、一体何をお考えになっているのかしら……」

 

 

 好みの顔をした女を堕とす方法です。

 

 

 

 **********

 

 

 ―――という訳で、私は早速一つ目の可能性を検証する為に行動を起こしました。

 

 

「兄さん。少しお時間よろしいでしょうか?」

「ん……どうした、マオ」

 

 

 夕食後、私は兄の部屋を訪ねました。

 

 ゲーム機に程々の数の漫画本や雑誌。ノートパソコンに、スポーツ選手やバンドのポスター。

 

 私はあまり詳しい訳ではありませんが、恐らく平均的な男子高校生の部屋なのではないでしょうか。要約すると没個性的です。

 

 

「ちょっと兄さんにお尋ねしたいことが有りまして」

 

 

 ひとまず私はベッドの上に腰かけると、兄さんが露骨に嫌そうな顔をしました。

 

 

「……ベッドの上に座るのは止めろ」

「まあ酷い。かわいい妹をバイ菌の様に扱うなんて」

「そうじゃねえよ。義理の兄妹とはいえ、この間まで他人同士だったんだぞ。ほいほい男のベッドに座るような真似は止せ」

「見た目に反して純情なのですね」

「馬鹿にしてんのか?」

「いえいえ、可愛らしいと言っているのですよ」

「馬鹿にしてるんだな?」

 

 

 ベッドの上から動こうとしない私を見て諦めたのか、兄さんは溜息を一つ吐くと話を進めた。

 

 

「……んで、聞きたい事って何だよ?」

「はい。実は私、今朝は怪人とやらに襲われまして」

「怪人って、あの去年ぐらいから出てきた奴か? おいおい、大丈夫だったのか?」

「ええ、危ない所でしたが、魔法少女のブラックサンダーさんに助けていただいたので。学校は遅刻しましたが」

そうか(・・・)。父さんや母さんには話したのか?」

 

 

 はい、ポイント1。

 

 

「ええ、父さんに話しましたら、明日からは念の為に車で登下校することになりました」

「そうか……俺が言うまでも無いとは思うが、人通りが少ない所は行かないようにしろよ? また(・・)襲われても、周りに人が居れば、その魔法少女とやらが、お前を助けに来るまで時間を稼ぎやすいだろ」

 

 

 ポイント2。

 

 

「そういえば、今更ですが兄さんはブラックサンダーさんの事を御存知だったんですね。お恥ずかしながら、私は今朝、彼女に助けられるまで知りませんでした」

「ん、知り合いにファンが居るんだよ。おかげで興味もねえのに詳しくなっちまっただけだ」

「そうなんですか。あのハムスターとか可愛いですよね。私もペットを飼ってみたくなってしまいました」

アレはハムスターなのか(・・・・・・・・・・・)? まあ、そういうのは父さんに言えよ。あの人、マオを溺愛してるから二つ返事でOKしてくれるだろ」

 

 

 ……ポイント3。

 

 

「……何か話が横に逸れたが、結局俺に聞きたいことって何なんだよ?」

「いえ、もう大体聞けましたよ」

「はあ? 何を……」

「それでは、最後に一つ。―――兄さんは女装癖はお持ちでしょうか?」

「義理の妹が突然狂った」

 

 

 私の言葉に、兄さんが呆れた様な顔をします。

 

 中々の演技力ですが、如何せんそれまでの発言が迂闊過ぎます。そんな所も我が兄ながら可愛らしいとは思いますが、ダラダラとお芝居に付き合うのも面倒なので、自白を促す為に答え合わせをしてあげましょう。

 

 

「ポイント1」

 

 

 怪訝な顔をしている兄さんに向かって私は指を一つ立てます。

 

 

「私が魔法少女に助けていただいたと話した時、兄さんは『そうか』と言っただけで特に言及しませんでしたね? まあ、お友達にファンの方がいらっしゃると後でフォローはしていましたが、普通でしたら『魔法少女って何だ?』とか『ブラックサンダーって、あの怪人退治の有名人か?』とか、引っかかる部分ではないでしょうか?」

「おい、何を……」

「ポイント2」

 

 

 私は二本目の指を立てます。

 

 

「『私がまた襲われても』―――"また"って何ですか? 確かに可能性としてはゼロではありませんが、私が再び怪人に襲われると確信を持ったような言い回しに聞こえましたが?」

「……言葉の綾だろ。何をそんなに突っかかって来るんだ」

「往生際が悪いですね。ポイント3」

 

 

 私は三本目の指を立てます。

 

 

「ブラックサンダーさんが連れているハムスター。アレってファンサイトやSNSに上げられている画像の何処にも写って無いんですよね」

「…………ッ!?」

「ところで……」

 

 

 私は壁に掛けられた兄さんの学生服に視線を向けます。

 

 

「先程から気になっていたのですが、兄さんのブレザーのポケットから顔を出しているハムスターはどちらで拾われたのですか?」

「なっ……!?」

 

 

 兄さんが勢いよく背後に振り返り、学生服に視線を向けます。

 

 

「まあ、嘘ですけど」

「しまっ……!?」

 

 

 ブラフです。

 まあ、間抜けは見つかったみたいですが。

 

 

 私はニッコリと兄さんに微笑みを浮かべます。

 

 

「それじゃあ、ちょっとお話をしましょうか? ユートちゃん(・・・・・・)?」

「お前、自分がどれだけ怖いか分かってるっ!?」

 

 

 

 **********

 

 

 

「―――もう諦めるハムよ、ユートちゃん」

 

 

 兄さんの学生鞄から、一匹のゴールデンハムスターが顔を出しました。そちらに居ましたか。

 

 

「ハムスケッ! てめえ家の中では隠れてろってあれ程……!」

「もう彼女に隠し通すのは無理ハムよ。それに獣十字(ビーストクロス)の怪人達が彼女を狙っているのなら、彼女の安全の為にも事情を話した方が絶対に良いハム」

「ぐっ……それは、そうだけどよ……」

 

 

 ゴールデンハムスターさんがシュタッと跳躍して、兄さんの肩の上に乗ると、こちらに自己紹介を始めました。

 

 

「それでは改めて自己紹介するハム。僕の名前はハムスケ。ユートちゃんと契約している使い魔(ファミリア)ハム!」

「これはご丁寧に。私は双葉(フタバ)真央(マオ)です。兄がいつもお世話になっております」

 

 

 私とハムスケさんが、お互いに深々とお辞儀をすると、兄さんが割り込んできました。

 

 

「……で、どうして俺がブラックサンダーだと分かったんだ?」

「今更ですけど、凄いネーミングセンスですよね」

「俺が名乗った訳じゃねえよ!? ……それで、何を根拠に俺がブラ……魔法少女だと思ったんだ?」

「別に確信が有った訳ではありませんよ? 今朝、私と出会った時に、ブラックサンダーさんが露骨に挙動不審だったので、もしかしたら知り合いなのかもしれないなー、と思った程度です。それで、手当たり次第に思い当たる可能性を当たってみようとしたら、たまたまトップバッターの兄さんが間抜けを晒したというだけで」

「うぐっ……!」

 

 

 私の指摘に、兄さんの顔が羞恥と苦悩に歪みます。正直、男性としては兄さんは全く私のタイプではありませんが、こういうすぐに顔に出る所はちょっと可愛いとは思います。

 

 

「そ、そもそも! 何でお前はブラックサンダーの事を探してたんだ!」

「それを説明する前に……兄さん、この場で魔法少女に変身することは出来ますか?」

「ああ? まあ、出来なくはないが……」

「それでは、ここでブラックサンダーの姿になっていただけますか?」

「はあ? 怪人もいねえのに、何で変身する必要が……」

「お願いします。大事な事なんです」

「…………はぁ、分かったよ」

 

 

 私の真剣な表情に、兄は溜息を一つ吐くと、立ち上がりました。

 

 

「―――変身(イグニション)

 

 

 呟きと同時に、眩い輝きが室内を満たします。

 

 あまりの眩しさに、思わず私が目を閉じた数秒間の間に、兄の姿は見慣れた男の子の姿から変貌を遂げていました。

 

 

 

 ふんだんにフリルがあしらわれた漆黒のゴシックドレス。

 

 夜の闇よりも更に深く、黒曜石の様に艶やかな腰まで伸びた黒髪。

 

 柔らかさと瑞々しさを感じさせる陶器の様に白い肌に、触れれば壊れてしまいそうなガラス細工の様に華奢な身体。

 

 保護欲を誘う丸みと仄かに赤みを帯びた頬に、幼げな顔つきは小学生の様です。

 

 

 

 その姿は寸分の違いもなく、私を巨大ザリガニから救ってくれた魔法少女そのものでした。

 

 

「……ほらよ。これでいいのか?」

「………………はい、ありがとうございます」

「それじゃあ、説明しろよ。お前は何で俺の事を探していたんだ?」

 

 

 彼女の鈴を転がすような澄んだ声に、私は胸が熱くなっていくのを感じます。

 

 私はベッドから立ち上がると、頭一つ分小さくなってしまった兄の肩に手を置きました。

 

 

「お、おい? 何を……」

「兄さん。貴方に恋をしました。一目惚れです」

「………………はあ!?」

 

 

 私の告白に、兄さんは目を見開きます。

 ああ、元の姿の時は、ただガラが悪いとしか感じなかった眼つきの悪さも、魔法少女の姿だと何故こんなにも愛らしく感じてしまうのでしょうか。恋って不思議です。

 

 

「お、お前、何を言って……! お、俺とお前は義理とはいえ兄妹なんだぞ!?」

「ああ、誤解の無いように付け加えておきますと、私が恋焦がれているのは魔法少女の兄さんであって、普段の姿()の兄さんには何の感情も抱いていないので御安心を」

「それはそれで傷つくんだがっ!?」

 

 

 私達のやり取りを見ていたハムスケさんが、取り乱す兄さんの代わりに話を進めてくれました。

 

 

「えーっと、つまりマオちゃんは、ユートちゃんに恋をしてしまったから、ユートちゃんの事を探していたハム?」

「ええ、そういうことです。さあ兄さん、愛を育みましょう。ちょうどそこにベッドも有りますし」

「頭か気がおかしいのかっ!?」

「うーん……ごめんねマオちゃん。ハムスケは愛のカタチは人それぞれだと思うハムけど、ひとまず先に君を狙う怪人―――獣十字(ビーストクロス)の事を説明してもいいハムか?」

「……そういえば、そんな話もしてたかしら?」

「初めからそっちがメインだよっ!」

 

 

 私は暴れる兄さんを抱き抱えると、ハムスケさんの話を聞くことにしました。

 

 

「ところで兄さん」

「……なんだよ?」

「私、クラスの中でも発育が良い方なのですが、背中に当たる感触は如何でしょうか?」

「もうやだこのセクハラ女っ!!」

「話、始めても良いハム?」

 

 

 

 **********

 

 

 

 獣十字(ビーストクロス)

 

 

 およそ一年ほど前から、私達が暮らす街に出没し始めたローカル悪の秘密組織です。

 その活動内容は、概ね週一ペースで魚介類や昆虫、哺乳類等を二足歩行する人間サイズにした"怪人"なる珍獣を街に送り込み、様々な迷惑行為をすることを主としています。(例:ゴミ捨て場荒らし。数量限定玩具の買い占め・転売。ネズミ講。なんちゃってバンクシー等々)

 彼等の目的は、人々のネガティブな感情から発せられる"負のエネルギー"を集めて、組織の創設者である魔王を復活させることらしいです。

 

 

 

「……それで、私はその魔王の転生体で、魔王復活の儀式をする為に私の肉体が必要なんですね?」

「そういう事ハム。言い難いけど、今後も週一ペースで怪人がマオちゃんを狙ってやってくる可能性が高いハム」

「そんな………………」

 

 

 それは困りました。何が困るかというと、決まった曜日・時間に怪人が来る訳じゃないのが非常に困ります。私にも予定がありますし、平日の朝に来られたら、また学校に遅刻してしまいます。ついでに言えば、土日祝日は避けて欲しいです。

 

 

「……そんな不安そうな顔すんなよ、マオ」

「兄さん」

 

 

 私が黙っているのを、怯えているからだと思ったらしい兄さんが、私を勇気づけるように不敵な笑みを浮かべます。

 

 

「今朝も言っただろ? お前が怪人に襲われそうになったら、俺がいつでも駆け付けるってな。……まあ、考えてたのとは違う感じにはなったが、俺の正体を知ったのはある意味好都合だ。心細い時はいつでも頼れ。……その、家族なんだからよ」

「兄さん……」

 

 

 私は甘えるように、胸の中の兄さんをギュッと抱きしめる。

 

 

「それでは早速ですが、添い寝を希望します。一人寝は心細いので」

「出てけ」

「チッ」

「今、舌打ちしたかっ!?」

「そういえば、そもそも何故、兄さんは魔法少女になったのですか?」

「あー……まあ、流れで仕方なくな」

 

 

 話を聞くと、兄さんは一年前に獣十字(ビーストクロス)の怪人に襲われているハムスケさんを偶然見かけて、ハムスケさんを助ける為に、彼と契約をして魔法少女になったそうです。

 ハムスケさんは獣十字(ビーストクロス)によって改造手術を受けたゴールデンハムスターで、契約した人間を魔法少女に変身させることが出来る生物兵器なのだそうですが、改造手術によって高まった知性と自我が正義の心に目覚めて、獣十字(ビーストクロス)を脱走したそうです。

 

 

「それ以来、ユートちゃんは街を護る為、魔法少女となって獣十字(ビーストクロス)の怪人達と日夜戦っているハム!」

「常軌を逸したお人好しね」

獣十字(ビーストクロス)が壊滅すれば、俺が魔法少女を辞められるってだけだ。一度契約すると、契約者が死なない限りハムスケは別の人間と契約出来ないらしいからな。自分から首を突っ込んだ手前、途中で投げ出すのはダサ過ぎるだろう」

「常軌を逸したお人好しね。そんな所も好きよ」

「やめろっ! 顔を近づけるなっ!」

 

 

 私の頬を兄さんのプニッとした柔らかい手が押し返そうとしますが、私は意に介しません。恋とは押して押して押すものなのです。

 

 

「……あっ、ていうかマジでやばいやばい! ちょっ、離せっ! じ、時間が……!」

「時間? 夜はこれからですよ兄さん?」

「この色情魔! 俺が言ってんのは、そういうことじゃなくて……っ!」

 

 

 次の瞬間、兄さんの身体が眩い光に包まれたかと思うと、漆黒の女神は普通の男子高校生に戻っていました。

 

 

「魔法少女は変身から一定時間が過ぎると、元の姿に戻ってしまうんだハム」

「あ゛っ……」

 

 

 兄さんが形容しがたい声を上げながら、私の顔を見つめています。

 

 急激に質量が変わった影響なのか、抱き抱えていた筈の兄さんは、私を押し倒すような姿勢になっていました。

 

 私の頬を抑えていたプニプニの手は、男の子の筋張った硬い手に代わっていて……

 

 

「わ、悪い……」

「退いてください兄さん。いくら私が可愛いとはいえ、合意なく押し倒すなんて訴えますよ」

「その反応はおかしいだろっ!?」

 

 

 

 **********

 

 

 

「……で、今朝に俺が渡した鈴は持ってるか?」

「はい、スマホに付けてます」

 

 

 男の子に戻ってしまった兄さんに若干テンションが下がりつつ、私はスマートフォンに付いている小さな鈴を兄さんに見せる。

 

 

「朝も話したが、また獣十字(ビーストクロス)の怪人に襲われたら、その鈴を鳴らして俺を呼べ。すぐに助けに行く」

「その鈴はユートちゃんの魔力とリンクしていて、鈴がある場所ならユートちゃんは何処でもテレポートが出来るんだハム」

 

 

 ハムスケさんが兄さんの話を補足します。想像以上に何でもありですね魔法少女。

 

 

「つまり、私が密室で鈴を鳴らせば、労せずして魔法少女の兄さんと二人きりに……?」

「絶対にやるなよ? テレポートだって無制限に出来る訳じゃないし、肝心な時にガス欠とか洒落にならんぞ」

 

 

 どうやらテレポートは1日に1回しか使えないそうです。流石に私も自重します。チッ。

 

 

「今日はあのザリガニ野郎を倒したから、次にマオが襲われるまで恐らく一週間程度は猶予がある筈だ」

「その間に、僕とユートちゃんで"鈴"以外の怪人対策も考えるハム。理想を言えばマオちゃんが襲われる前に怪人を撃退したいハムね」

「それは困るわね。魔法少女の兄さんに助けられる美味しいシチュエーションが潰れてしまうわ」

「……ハッ、本当に図太い奴だな。連中(ビーストクロス)はあんなだけど一応、命狙われてんだぞ?」

 

 

 私の言葉に、兄さんが呆れた様な苦笑を浮かべます。

 

 

「まっ、お前はそれでいいさ。変に落ち込んだり、不安で憔悴するよりは全然良い。面倒事は俺がまとめて片付けといてやるからよ」

 

 

 兄さんの手が私の頭にポンと置かれます。

 

 天使の頬のように柔らかかった魔法少女の手とは違い、硬くてゴツゴツとした男の子の手で頭を撫でられても、ちっとも嬉しくありません。

 

 私は頭に置かれた兄さんの手を払うと、女性の扱い方について苦言を呈しました。

 

 

「兄さん。義理の妹とはいえ、気安く女性の頭に触るのは如何なものかと。子ども扱いされているようで不愉快です」

「中学生なんだから子供扱いでいいだろ。確かにマオは大人びてるけど、家族の前でまで"大人"をやろうとしなくてもいいだろ。すまし顔して大人ぶっても良い事ねえぞ」

「……黒レースのパンツを履いてる淫乱の癖に生意気ですよ」

「変身してる時だけだからなっ!? 誤解を招く言い方は止めろっ! そもそも俺の趣味じゃなくて変身すると勝手にあの服装になるんだよっ!」

「ブラックサンダーの時の下着を把握しているという事は確認した事があるんですね? なんて破廉恥な兄なんでしょう。妹として恥ずかしいです」

「お前がさっきまで変身してる俺にしたことの方がよっぽど恥ずかしいわっ!」

 

 

 

 

 

 これが、私と魔法少女(兄さん)が初めて出会った日の出来事。

 

 

 そして、騒がしくも楽しい私と兄さん(魔法少女)の、非日常の始まりの日でした。

 

 

 


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