「さ、刺身!」
「はいお兄様!」
「ええと……その……」
脳をフル回転させて、刺身に言うべき言葉を考える。
しかし、状況が状況。
焦れば焦るほど脳の活動パフォーマンスは空回りして、適切な言葉が浮かばない。
……こうなったら、もう吹っ切れるしかない!
胸の中にある伝えたい気持ちを、正直に言おうじゃないか!
俺は深く息を吸い込むと、目の前の刺身の大きな両眼をまっすぐ見つめる。
そして、そのまま大きな声で言い放った。
「俺は……刺身のことが大切だ。だから……たとえお前がこの地球を滅ぼしてみんなの敵になろうとも、俺だけはずっと刺身の味方で居続ける! ずっと一緒にいてくれ、刺身!」
「お、お兄様……!」
言い終わって、急激に羞恥が押し寄せてくる俺。
リノに聞いた刺身の危険性をそのまま口にしたら、ラブソングの歌詞みたいになってしまった。当の刺身は、驚きつつも嬉しかったようで目に涙を浮かべて微笑んでいる。
ああ、すごく恥ずかしかった……。
でも、伝えられてよかったな。
普段言えない本当の気持ちを口に出す。
これって、案外難しいけれど本当はすごくスッキリする、大切なことなんだと思う。
……まあ、実際はまだ言い残したことがあったりするんだけどね。
なんて、恥ずかしさの余韻に浸っていると。
パチパチパチパチパチ……!
どこからか、まばらな拍手が聞こえてくる。
近くで大道芸でもやっているんだろうか。
辺りを見回してみる。
すると、そこには目を疑うような景色が広がっていた。
ワアアアアアアアアアアッ!
気が付くと、俺と刺身が大勢の人に囲まれている。
ドーナツの穴に入れられたかのような威圧感だ。
そしてはじめのまばらな拍手に端を発して、観衆が一気に拍手喝采。
次の瞬間、路上であるにもかかわらず、まるでアリーナのような賑わいをみせる観衆。
「兄ちゃんやるな!」
「彼女さんを幸せにしてあげてね――!」
「リア充爆発しろ――!」
「天網恢恢疎にして漏らさず――!」
各々が、各々の祝福の言葉を全力で叫んでくる。
最後の歓声はさっぱり意味がわからないけど。
ただ、これではっきりした。
これ、もしかしなくても絶対恋人と勘違いされてるやつだ――!
プロポーズだと思われてるよ絶対!
じゃないといくら都会でもこんな祝福ムードにならないもん!
だとすると、一刻も早くここから脱しなければ!
というか、囲まれてるのが精神的にすごくツラい!
人に囲まれるどころか人に慣れていない引きこもりの俺は、妹に視線で助けを求める。
(頼む刺身、不甲斐ない兄貴をどうにか人のいないところに連れて行ってくれ……!)
刺身の顔を見て念じてみるが、刺身は刺身で様子がおかしい。
「えへへ……お兄様がわたしのことをそんな風に……えへへ……」
ああ、阿呆になってらっしゃる!
きっと、大衆に囲まれたことでおかしくなってしまったんだろう。
緊張がピークになると、人はこんなに無能になってしまうのか……。
新たな知識をつけつつ、俺は困ったことになったとこめかみを掻く。
頼みの綱である刺身がこの体たらくでは、もうどうにもならない。
人っていうのはこの手の話題が大好きだからな……。
しばらくは、このまま解放してもらえないんじゃないだろうか。