行別ここすき者数
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(0)「さ、刺身!」
(0)「はいお兄様!」
(0)「ええと……その……」
(0) 脳をフル回転させて、刺身に言うべき言葉を考える。
(0) しかし、状況が状況。
(0) 焦れば焦るほど脳の活動パフォーマンスは空回りして、適切な言葉が浮かばない。
(0) ……こうなったら、もう吹っ切れるしかない!
(0) 胸の中にある伝えたい気持ちを、正直に言おうじゃないか!
(0) 俺は深く息を吸い込むと、目の前の刺身の大きな両眼をまっすぐ見つめる。
(0) そして、そのまま大きな声で言い放った。
(0)「俺は……刺身のことが大切だ。だから……たとえお前がこの地球を滅ぼしてみんなの敵になろうとも、俺だけはずっと刺身の味方で居続ける! ずっと一緒にいてくれ、刺身!」
(0)「お、お兄様……!」
(0) 言い終わって、急激に羞恥が押し寄せてくる俺。
(0) リノに聞いた刺身の危険性をそのまま口にしたら、ラブソングの歌詞みたいになってしまった。当の刺身は、驚きつつも嬉しかったようで目に涙を浮かべて微笑んでいる。
(0) ああ、すごく恥ずかしかった……。
(0) でも、伝えられてよかったな。
(0) 普段言えない本当の気持ちを口に出す。
(0) これって、案外難しいけれど本当はすごくスッキリする、大切なことなんだと思う。
(0) ……まあ、実際はまだ言い残したことがあったりするんだけどね。
(0) なんて、恥ずかしさの余韻に浸っていると。
(0) パチパチパチパチパチ……!
(0) どこからか、まばらな拍手が聞こえてくる。
(0) 近くで大道芸でもやっているんだろうか。
(0) 辺りを見回してみる。
(0) すると、そこには目を疑うような景色が広がっていた。
(0) ワアアアアアアアアアアッ!
(0) 気が付くと、俺と刺身が大勢の人に囲まれている。
(0) ドーナツの穴に入れられたかのような威圧感だ。
(0) そしてはじめのまばらな拍手に端を発して、観衆が一気に拍手喝采。
(0) 次の瞬間、路上であるにもかかわらず、まるでアリーナのような賑わいをみせる観衆。
(0)「兄ちゃんやるな!」
(0)「彼女さんを幸せにしてあげてね――!」
(0)「リア充爆発しろ――!」
(0)「天網恢恢疎にして漏らさず――!」
(0) 各々が、各々の祝福の言葉を全力で叫んでくる。
(0) 最後の歓声はさっぱり意味がわからないけど。
(0) ただ、これではっきりした。
(0) これ、もしかしなくても絶対恋人と勘違いされてるやつだ――!
(0) プロポーズだと思われてるよ絶対!
(0) じゃないといくら都会でもこんな祝福ムードにならないもん!
(0) だとすると、一刻も早くここから脱しなければ!
(0) というか、囲まれてるのが精神的にすごくツラい!
(0) 人に囲まれるどころか人に慣れていない引きこもりの俺は、妹に視線で助けを求める。
(0)(頼む刺身、不甲斐ない兄貴をどうにか人のいないところに連れて行ってくれ……!)
(0) 刺身の顔を見て念じてみるが、刺身は刺身で様子がおかしい。
(0)「えへへ……お兄様がわたしのことをそんな風に……えへへ……」
(0) ああ、阿呆になってらっしゃる!
(0) きっと、大衆に囲まれたことでおかしくなってしまったんだろう。
(0) 緊張がピークになると、人はこんなに無能になってしまうのか……。
(0) 新たな知識をつけつつ、俺は困ったことになったとこめかみを掻く。
(0) 頼みの綱である刺身がこの体たらくでは、もうどうにもならない。
(0) 人っていうのはこの手の話題が大好きだからな……。
(0) しばらくは、このまま解放してもらえないんじゃないだろうか。