乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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格好が良い、ジジババを書いてみたかった。

ちょっと長めですが、区切りの良い101話目にここの場面を持ってくることが出来た事が嬉しいです。


第90話 特別攻撃強襲陽動艦隊

 目と鼻の先の謁見の間に向かう最中、王宮の中庭に面した回廊を歩いたため、ふと立ち止まって夜空を見上げてしまう。

 

 (恐らくは明日、遅くとも明後日には始まる筈…… リュネヴィル男爵も明後日には使者としてフィールド辺境伯に面会する。これで劇的に状況が動く……)

 

 「ん? どうした? えっと、う~ん…… あぁ」

 

 リオンが俺への呼び方、言葉遣いで悩んでいるのだろう。手招きしてリオンを呼ぶ。

 

 「普段通りで構わないよ。それにお互い知らずにこの世界で友達になったんだ。それで良いだろうし、その方が自然だよ」

 

 「そうっすね。いや、そうだな…… んで、どうしたんだ空なんか見て?」

 

 リオンとは対等な関係だから、いくら互いの前世を知ったとしても、あからさまに年上ぶるつもりなんかさらさら無かった。

 

 「いや、少し息を吐き出しただけだよ。あんな話し合いをしたんだ。一息付きたくてね」

 

 「そうだな。慌ただしいよな」

 

 リオンも苦笑しながら、アンジェリカとオリヴィアさんの元に戻っていく。

 謁見の間に向かう最後尾にいた俺の横に、ルクシオン先生が薄っすらと姿を現す。

 

 「ボディの透過具合も調整できるなんて凄いね」

 

 ボソボソと周囲に聞こえないような声量で会話の口火を切ってみる。

 

 『作戦が開始されましたよ。まさか互いに視界不良になっていく日の入りと共に始めるとは驚きました』

 

 「それは…… 入念だな。だが、やれるのだろうか? そもそもルクシオン先生は良く状況把握しているね」

 

 当初案の作戦遂行開始時間は日の出を想定していた。

 視界不良で互いに激突でもしたら、十隻しかいない陽動艦隊は即座に瓦解する恐れが強いからだ。

 

 『ファンオース公国本隊の所在地に加えて進行スピードも把握済みです。次いでではありましたが、ファンオース公国も監視しています。第一段階は大成功に終わっていますよ』

 

 本家ヘルツォーク艦隊の監視と言わなかったのは優しさだろうか? ルクシオン先生は相変わらず配慮が人間臭いな。

 それにしても陽動艦隊は上手くやったか。もうこちらは全てが終わるまで連絡待ちであったため、非常に嬉しい報告だった。

 

 「我が儘を言ってもいいかな?」

 

 『聞きましょう』

 

 「もし、ルクシオン先生が僕に状況を報告出来るような状態であれば、折を見てヘルツォークの状況を聞いてもいいかな? やっぱり気になってしまって……」

 

 そう、既に作戦が始まっているとすれば、それは本家ヘルツォークの命運を掛ける作戦。失敗した場合は俺の独断専行の咎で以て、王国本土との輸出入許可ですら嫌がらせも含めて剥奪されてしまうかもしれない。最悪20年前に逆戻りする可能性もあるのだ。

 そうしない為の領主としての俺、名誉階級者としての俺のサインの発令書ではあるが、最悪はどうしても考えてしまう。

 

 『……参加、したかったのでしょう? エルンストに王宮直上防衛艦隊は暫く任せて、あなたは参加できた筈です。あの駆逐型高速輸送船であれば、作戦終了後にファンオース公国本隊が王都到着前にこちらに戻って来られた筈。何故ですか? あなたであれば絶対に参加すると予想していました』

 

 それは最初に考えた。

 ファンオース公国本隊の遅さでそれは可能だと。しかも本家ヘルツォーク艦隊は余裕を持って作戦開始時間すら調整出来るような状態。

 

 「……悪いと思ったんだ。参加したくても防衛に回されて、ヘルツォークの人間なのに参加すら出来ない者も多い。血が繋がらない僕が其処に参加する? そんな厚顔無恥な真似は出来ないさ。作戦立案と艦隊整備に()()の準備。そこまで関われただけで満足しないとね。でなければヘルツォークの怨霊に呪い殺されてしまうよ」

 

 個人的な欲で言えば、俺自身がこの手で作戦完遂までやり遂げたいが、そもそも資格がない。血という資格が。

 

 『感情、それに感傷の機微は理解出来ません。ヘルツォークであなたに文句を言う人間がいるとは思えませんが?』

 

 俺は首を横に振って否定する。

 

 「僕自身が許せないだけさ。皆は僕に優しいから……」

 

 謁見の間の扉が近づいてくる。既にバーナード大臣は手を掛けていた。

 

 『あなたの要望は聞きましょう。どちらにしろ暫くは、王都も時間的余裕はありますので』

 

 「助かるよ」

 

 謁見の間へと身体を滑らせるように入室した。

 

 『手の施しようはあるのでしょうか……』

 

 ルクシオン先生の言葉は聞こえなかった。

 

 

 

 

 夜の帳が降り始め、目視では確認が困難な頃合いを迎え出した時間帯。ファンオース公国第二都市を背後に抱えた防衛用港湾軍事施設に、公国軍籍の小規模な艦隊が近付いてくるのを、管制官の監視員が捉えた。

 

 「あれ? 公国所属艦十隻がこちらに引き返して来るぞ」

 

 「よく見ろ。日が落ちて見辛いが、小さい浮島を三島運んでいる。大方資源浮島を王国から強奪して、艦隊から離脱させたんじゃないか?」

 

 「ヘルトラウダ様のモンスター群もあるから、本隊に影響はないってことか」

 

 ファンオース公国第二都市を背後に抱えた防衛用港湾軍事施設の管制塔からは、十隻に及ぶ公国製軍艦級飛行船が小さい浮島を牽引しているように見える。

 

 「三つとはいえ、あんな小さい浮島を態々?」

 

 管制官の内1人は疑問を抱くが、同僚の1人は軽く答えた。

 

 「入電されてきた信号にも、資源用浮島強奪せり、と繰り返し連絡してきているぞ。それにヘルトラウダ殿下のモンスター群がいれば、二、三十隻が本隊から離れようが問題ないだろうよ」

 

 「そうだな。信号も問題無さそうか……」

 

 彼等が話をしている間も、公国製軍艦級飛行船十隻とその背後から浮島が近付いて来る。

 

 「な、なぁ、浮島を牽引しているんだよな…… 何で飛行船の巡航スピードと同じなんだ?」

 

 慌て気味に言う管制官の言葉で、その場にいた管制官達も慌て始めた。

 

 「空母型か!?」

 

 「ば、馬鹿な! 速すぎるぞ!」

 

 「と、止まれっ! そこの十隻、一度停止しなさい!」

 

 管制官の1人が拡声用魔道具で呼び掛けるが、軍艦級飛行船の速度は落ちない。

 彼等は慢心していたのだろう。公国軍本隊を百五十四隻揃え、且つ万を超えるモンスター群を従えて王国本土上陸を果たした。

 ホルファート王国王都すら見据える状況、管制官として従事しているとはいえ、まさか公国の浮島が攻撃に曝されよう等とは、考えてすらいなかったのであった。

 

 

 

 

 「どうやら信号のパターンは変わっていないようじゃの。甘いのぉ」

 

 「鹵獲された飛行船には必ず通信員のマニュアルが隠されておる。鹵獲品で生き長らえた我々には常識じゃわいな。変化パターンまでエーリッヒ様が解読済み…… まぁ、3パターンあったから、当たるも八卦ではあったがの」

 

 「じゃが、公国のあの様子じゃぁ、黙って突っ込んでも問題無かったじゃろ」

 

 老人達の陽気な笑い声が、十隻のブリッジが何処も似たり寄ったりの様相である。

 

 「もう目と鼻の先じゃというのにスクランブルが掛からんのぉ。止まれとか悠長に言って来ておる」

 

 「中途半端に若くて、中途半端に年食っとるのじゃろうのぉ。それに――」

 

 本家ヘルツォーク陪臣筆頭のフュルスト家の先々代が、妖怪染みた笑みで以て言葉を続けた。

 

 「――自分達が相手にやっとる事を、同時進行で自分達が相手にやられるとは思わんものじゃ。特に集中し過ぎて視野が狭くなっとる時はのぉ」

 

 「げぇっふぇっふぇっふぇ! 目ぇ自体が見えてんのかどうかわからん爺がよう言うわい」

 

 艦艇員には珍しい女性、しかもフュルスト家先々代とさして歳の変わらなく見える老女が、艦長席に堂々と座していた。

 

 「わしゃ、鎧試験に合格したんじゃぞ婆! わしゃ、今でもお前が艦長やるんは反対じゃ」

 

 品無く笑っていた老女の表情が、哀しみを帯びた眼の光に変化していく。

 

 「公国の首都付近にゃ、私らの孫が眠っとる。一人じゃ寂しかろうて…… せめて私とあんたで甘やかしに行こうじゃないさね」

 

 20年前のファンオース公国侵攻、首都手前では多くのヘルツォークの軍人が散っていた。フュルスト家の現当主の兄も其処で眠っている。

 フュルスト家先々代夫婦の眼の光は、同じものを湛え出すのであった。

 

 「わかっとるわい。フュルストの特権で首都陽動四隻側に回してもらったんじゃ。立派な花火を上げにゃ、他の者達に申し訳ないしの。それに独りではないじゃろ。ここには仰山(ぎょうさん)ヘルツォークの仲間が眠っておる」

 

 「そうだったね…… 歳取ると感傷的になっちまうもんさ。さぁ! 高度上げるよ爺共! 六隻に信号、男なら盛大にやってから散ってみせな!」

 

 四隻と浮島一つは、高度を上げて首都方面に前進を見せる。

 ファンオース公国も速度を下げない自国の軍艦級飛行船に対し、慌てながらも漸くスクランブルが掛かり始めた。港湾都市防衛用軍艦級飛行船が浮きだそうとした時、港湾軍事施設にこの世界の住人では、決して想像すらしない脅威が迫るのであった。

 

 

 

 

 管制官達に港湾で務めている者、飛行船のブリッジからも何処か夢を見ているかのような光景であった。

 ファンオース公国製の軍艦級飛行船六隻が、牽引していたと思われた浮島二つが飛行船と同様のスピードで、港湾軍事施設の後方にある都市部へ向かって落下体勢を取っていった。

 そしてもう一つの浮島が港湾軍事施設、其の物に落下していく。

 

 「う、浮島が…… 本島に墜ちる、だと……」

 

 管制官が呟いた瞬間、盛大な音と衝撃を響かせながら施設と周辺を圧し潰し、さらには大爆発を起こしながら爆発の衝撃と破砕された破片が降り注ぐ。

 その破砕された破片は、管制塔にも無慈悲に飛来して薙ぎ倒していた。

 

 「う、浮島に爆薬積んでやがるのかっ!? 司令部からの指示は?」

 

 「わ、わかりません! け、煙がすご――」

 

 濛々と煙が立ち込める中、ある軍人は瓦礫で押し潰され、またある者はそのまま気付かずに破壊された建物の下敷きになり、爆発の衝撃で粉微塵にされた者など、軍事港湾施設は、その港部分含めて阿鼻叫喚の坩堝と化すのであった。

 待機していたファンオース公国飛行船、それに浮き上がり掛けていた飛行船にも破砕片が降り注ぐ。

 そして、ファンオース公国軍籍の飛行船六隻、偽装した本家ヘルツォーク陽動艦からは、次々と砲撃の嵐を港湾軍事施設、そして背後の都市部に見舞っているのであった。

 

 

 

 

 ファンオース公国防衛用港湾軍事施設背後の第二都市部にも浮島が落下し、大爆発と巨大な煙が噴き上がった。

 

 「おぉ、おぉ! 盛大にやれたの。フュルストの婆さん達も満足じゃろう。四隻はぐるっと都市部を周りながら爆薬投下。儂らは迎撃じゃ、鎧発進後はどん臭い敵さんが来るまで艦上待機じゃぞ!」

 

 四隻は先行して、都市部へ駄目押しの爆薬投下作戦に移行する。

 残った二隻も左右に別れつつ、港湾軍事施設に爆薬を投下し始めていた。

 

 「しっかし、浮島を粉微塵に爆破したり爆弾変わりに墜としたりと、エーリッヒの坊っちゃんの頭の中はどうなっとるんじゃ? 勿体無いとか思わんのかいの?」

 

 「そら恐ろしい感性じゃわい。儂らとて人が住める、資源が取れる、中継基地に使用出来るような浮島を攻撃に使う発想なんぞ持っておらん」

 

 この世界で暮らす住人達には、浮島という存在が絶対的な物である。王国本土の広大な大陸とて空の上に同じように浮かんでいる。

 浮島を大事に、そして大切にと思いながら生活、そして活用するという考え方が、誰もが皆の心奥に強く根付いているのが当然の事であった。

 

 「浮島に飛行船の動力と浮遊石を複数無理矢理くっつけて、飛行船並みの速度を出させてから落とす、さらに爆薬で噴き飛ばして破砕の雨霰(あめあられ)。エーリッヒの坊っちゃんを見ていると、ヘルツォークの先々代と先代が、可愛らしい小僧程度に思えてしまうのが恐ろしい」

 

 エーリッヒが聞いたら、絶叫しながら否定しそうではある。

 しかし、例え小さいと言えども、浮島を長い年月を掛け、本家ヘルツォークはラーシェル神聖王国から守り続け、そのラーシェルから互いに奪いあってきた浮島を、先々代や先代ですら攻撃に使用して、さらには爆散させるような狂乱染みた事はしていない。

 この作戦を行うために、オンボロ飛行船とはいえ二十隻分の動力と浮遊石まで使用している。巡航角度調整は鎧の1個中隊で行うただの力業だ。正気の沙汰を疑われるのも当然と言えた。

 

 「あの狂気に染まりながらも愕然とした目付きで、うちの蔵と地下の資料を漁っとった姿は忘れられんわい」

 

 この艦長はヘルツォーク12家の内の一つだ。家督を譲り隠棲したばかりの頃、エーリッヒに頼み込まれて蔵内と地下室の資料整理を手伝った経緯があった。

 

 「子供や若い奴等に見せちゃならん奴じゃろうが…… まぁ、12家の資料を集めてたのは有名じゃったな…… 来おったわい。艦長、お喋りはここまでじゃ」

 

 「まぁの、敵さん五隻が来おったか。まだ高度が上がりきる前に叩いとくかの…… 上から襲う。艦上待機の鎧も襲いかかれっ!」

 

 二隻が五隻に対して臆すること事無く、一隻が上空を押さえて爆薬を投下していき、もう一隻が砲弾を惜しむ事無く撃ち込み出すのであった。

 そして都市部は、浮島落下の衝撃に仕込まれていた爆薬による大爆発の混乱に加えて、四隻の爆薬投下で無慈悲に掘り返されていったのであった。

 

 

 

 

 「ホルファート王国方面司令部を警戒が薄い真っ最中に沈めたのが大きいが…… 脆いね。もう公国首都直前だよ! 気合い入れな!」

 

 「婆さん、口調が変わっとるがな。若返ったみたいで羨ましいがの。しかし確かに脆い…… 本来なら矢鱈めったら鬱陶しいファンデルサール家が邪魔しおる筈だが」

 

 ファンオース公国首都まではもう少しである。

 第二都市からは離れておらず、公国内にて経済圏を共に確立しつつも連帯している。

 

 「50年前も40年前も神憑った防衛指揮のあの家…… 20年前もヘルツォークの先代が策に絡め取られたらしいからね…… 警戒はしていた、とは言え、ここまで真っ直ぐ来られる何て、肩透かしもいいところだよ」

 

 ヘルツォーク艦隊十隻が沈んだ空域にそろそろ差し掛かる。そして、艦艇員は思い思いに敬礼をし出していた。

 

 「どうせ儂ら陽動艦隊十隻はここが死に場所。行ける所まで行った後に逝けばよいしの。孫に首都まで攻め上がったとあの世で自慢してやるわい」

 

 「見えましたぞ! 公国城の尖塔です。距離10,000!」

 

 監視員から報告が入った瞬間、フュルスト家老夫婦の顔付きが変わった。

 

 「浮島に取り付いてる鎧に信号、角度と距離伝達。目標はファンオース公国城! 多少外れたって構いやしないよ! 急がせな!」

 

 齢80歳の老女の張りは思えないほどの声量が、ブリッジ内に響き渡った。

 

 「流石に十隻上がってきたの。どれ、先に逝ってお前を出迎えてやるわい。後程ゆっくり来ればよい」

 

 鎧部隊は既に艦上待機しているが、フュルスト家の先々代は、一人遅れて鎧に向かう。

 夫婦で志願し、且つ試験に合格して乗り込んだ者達は、流石にフュルスト家の先々代老夫婦のみであった。

 フュルスト家先々代の妻は、夫に向かって居住まいを正して微笑をその表情に浮かべ出していた。

 

 「私達は長く生きる事が出来ました。逼迫していた時代でしたが、この数年間は驚く程豊かになり、これからもなっていくのでしょう。それを見届ける事が出来た私達は幸せです。直ぐに会いに逝きます。私が貴方を待たせた事があったかしらね。歳で忘れたのかしら?」

 

 もう数十年来聞いていなかった妻の口調に、フュルストの先々代は驚きと共に赤面までしてしまった。

 

 「じゃから口調を変えるな! 卑怯じゃぞ婆めが…… お前はエーリッヒ様とマルティーナお嬢様との子供をその目で見てから、こっちに来れば良かったんじゃ!――」

 

 最期に妻へ振り返り、その目をしっかりと見詰めて言葉の続きを伝えた。

 

 「――では逝ってくる。苦労を掛けた事は申し訳なかったが、儂は満足であったぞ」

 

 「我々の旅路の終点が、ファンオース公国首都というのも乙なものですね。貴方、私も満足ですよ。逝ってらっしゃいませ」

 

 矍鑠(かくしゃく)とした足取りで、齢85歳の老人が、鎧に搭乗して艦を飛び立っていった。

 そして、現役時代を彷彿とさせる眼差しに切り替わる。

 

 「さぁ男衆共! 我々は全滅するまでファンオースを引き付ける。御当主様…… いや、エル坊とティナの嬢ちゃんに見せ付けてやんなっ!」

 

 本家ヘルツォーク艦隊は、向かってくる十隻、その後にも出てくるであろう公国首都防衛部隊を引き寄せる為、首都直前で停止して高度を上げた。

 

 

 

 

 浮島がファンオース公国城付近に向かって迫る様子に、防衛部隊としてスクランブルが掛かった十隻の艦艇員達は、箱をひっくり返すかのように上を下への大騒ぎであった。

 

 「う、浮島に向けて砲撃態勢を取れっ!」

 

 「しかし、あの公国軍籍の飛行船四隻は? 何処の部隊ですか!」

 

 「港湾軍事施設内の方面司令部と連絡が取れません!」

 

 「艦隊高度を浮島に合わせろ! と、とにかく浮島に砲撃を撃ち込むんだっ!」

 

 公国軍籍とはいえ、所属不明の四隻よりも、間近に迫り来る浮島に恐怖を抱いた艦隊指揮官は、浮島へ砲撃を命中させるために、艦隊高度を下げる指示を出してしまった。

 

 そこをヘルツォークの四隻は見逃さない。

 

 「奴等が下げたよ! ボケた奴等はいないだろうね! いつもの手順だ! ほらっ、襲い掛かんな!」

 

 四隻は隙を見逃さずに距離を詰めて、群狼のように軍艦級飛行船と鎧の3個中隊、フュルスト家先々代が率いる2個小隊が襲い掛かる。

 

 「攻めて来ただとっ! 何処の奴等だ? シ、シールドを張れっ!」

 

 第一射を浮島に叩き込んだ艦隊は、多少浮島の軌道が変わった所で安堵した瞬間、四隻が最大スピードで突っ込みながらカーブを加えて、まるで滑り込むように砲撃態勢に移行して砲撃を撃ち込んでくる。

 

 「な、何だあの馬鹿な艦隊の動きは!? ぐわぁっ! くそっ、あの動き!? しかも日が落ちてるんだぞ! 何で味方と激突しない!? しかも旗艦と周辺を集中攻撃だとっ!」

 

 ファンオース公国首都防衛艦隊指揮官が気付いた頃には、首都ファンオース公国城側を背にされてしまい、砲撃の嵐に見舞われてしまった。

 偽装した本家ヘルツォーク陽動艦四隻の背後、浮島が視界から小さくなって行くのを、砲撃に耐えながら眺める事しか出来なかった。

 

 「ヨーイドンから悠長に止まって砲撃の態勢整えるような馬鹿を誰がするかね。男衆共よくやったよ! 鎧達は?」

 

 「砲撃と逆側に無事。ファンオースに残った奴等は20年前すら経験していないようですな」

 

 60代後半の副長が、皮肉を交えたほくそ笑みを浮かべながら、先々代の妻である艦長に答える。

 

 「そりゃそうさね。ホルファートの王都へ一大決戦を仕掛けてるんだ。ファンデルサール家が出て来ないって事は、残ってるのは腑抜け共だよ。爺共の鎧に構うんじゃない。砲撃厚くしてさっさと沈ませな! どうせ皆仲良く、お手々繋いであの世逝きなんだからね。どうせだから、うちらの爺共も多少巻き込んだって構いやしないよ!」

 

 「「「了解!」」」

 

 野太く嗄れた声が、ブリッジを反響させる程の大声量が、周囲の壁やパネルを震わせた。

 

 「うるっさいんだよ! 老い耄れ共がっ!! こっちゃ一番歳食ってんだ、耳を潰す気かいっ!?」

 

 艦長であるフュルスト家先々代の妻は、仕返しのような大声量で、ブリッジ詰めの艦艇員の耳奥に衝撃を叩き込むのであった。

 

 

 

 

 ファンオース公国防衛部隊十隻の砲撃で角度を逸らされた浮島は、ファンオース公国城を逸れて落下し激突、大爆発を巻き起こす。

 破砕された浮島の破片が降り注ぎ、ファンオース公国城の尖塔と壁面を破壊している。

 

 「あそこは…… ひゃっひゃっひゃっ! あ奴等、城を守って公宮貴族院に浮島を誘導してくれたわい! 政治に行政機構を自ら潰してくれたのには感謝しかないのぉ」

 

 偶然とはいえ、砲撃によって逸らされた浮島が象徴の城ではなく、実質的にファンオース公国の主要機構に大打撃を与えた事実はヘルツォークにとって幸運であった。

 

 「ファンオースの飛行船の格納庫、発進場所の癖は忘れておらんわい。シールドは固いがほれ、鎧が出てくるぞ。タイミング忘れたボケた奴は突貫させるでの」

 

 ファンオース公国の軍艦級飛行船は現状全力で魔法防御シールド展開に注力しているが、そう長くは持たないであろうことに加えて、鎧の発進時に魔法防御シールドを一部解除させる必要がある。

 鎧とて魔法防御シールドにぶつかってしまうからだ。

 

 「来たっ! 実弾全弾発射せい! ボヤボヤしとると第三都市の予備戦力に(つつ)かれるからの」

 

 3個中隊と2個小隊の44機から、十隻中後ろ寄り配置である浮島の爆発で浮き足立っている三隻に火力を集中させた。鎧だけであるとどうしても火力不足、そして格納庫の場所はブリッジからも動力部からも離れているので、見た目ほど被害は少ない。

 浮遊石と魔石、魔法で動く飛行船の動力部及び機関部は、ブリッジの真下に配置されることが多い。ただし、真後ろを破壊されると浮くことは出来るが航行バランスが崩れるため、以降巡航するのが容易でなくなる点は厄介だが、足を止めて撃ち合う事は依然として容易ではあった。

 

 「鎧もある程度は吹き飛ばせたが、相変わらずええ作りしとる。婆も公国製の船にゃぁ喜んどったしの…… ここは2個小隊で受け持つ。3個中隊は上空から牽制しつつ、ヘルツォーク四隻に向かう鎧共の迎撃に入れ。射線に入るなよ。あの婆ならそんな間抜けは味方も平気で墜とすからの」

 

 「……止めてくださいよ。若い時、何度尻に砲弾ぶち込まれるかと思った事か」

 

 三隻から1個大隊規模が煙の中から飛び出してきた。

 

 「どんだけ積んどったんじゃいあの三隻。ほれ、中隊は…… 老い耄れ共の癖に素早いの」

 

 既に3個中隊は、ライフルでファンオースの飛行船にハラスメント攻撃を仕掛けながら、ヘルツォーク側に飛行していた。

 

 「2個小隊で1個大隊の相手は無茶ですね。出来るだけ長引かせますか……」

 

 「何を儂より20近くも若いのが弱気なんじゃい! 一人4機墜として儂が8機墜とせばいいだけじゃ」

 

 「既に60後半なんですがね。その発想は先代や先々代と同じでしょうが……」

 

 ヘルツォーク8機とファンオース36機が、双方激しく激突するのだった。

 

 

 

 

 浮島落下被害に唖然としながらも、ヘルツォーク首都陽動艦四隻の砲撃で目を強制的に覚ます事になったファンオース公国首都防衛部隊は砲撃戦を開始していた。

 

 「トロいけれども思ったより固いさね。あちらさんは一隻大破の二隻中破、こちらは三隻が小破…… 向こうさんの鎧は?」

 

 「2個大隊と1個中隊が向かってきます!」

 

 元々陽動艦隊十隻は玉砕覚悟だが、せっかく首都まで来ている。可能であれば本当の開幕をこの目に焼き付けてから逝きたいというのが、ここにいる首都陽動艦四隻の本心だ。

 

 「対するこちらは上空から回ってきた3個中隊…… そろそろジリ貧になるね。我々の目的は達しちゃいるが、もう少し後から慌てふためいてやってくる艦隊を引き付けたいねぇ」

 

 ファンオース公国も実はジリ貧だ。

 防衛用港湾軍事施設常駐の十五隻中、十隻は開幕で破壊されており、今は残り五隻がヘルツォーク六隻と応戦中である。

 第三都市に集結している王国本土制圧用の予備戦力は三十隻だが、浮島が立て続けに落下して巻き起こした爆発の音に空気の振動、夜とはいえ魔力望遠鏡で巻きあがる煙を確認した目の良い監視員の報告により、十隻が第二都市に出動しだした頃合いであった。

 20年前の大損害から経済や生活基盤は立ち直っているが、他国間で大きな戦争の無かったこの20年間は、ファンオースの技術的特需も物資的特需も無かった為、現状は未だ往時の軍事力の半分から三分の二程度であった。

 だからこそ、王国憎しのファンオース公国貴族や国民は、幸運にも魔笛を操れる姫巫女が2人も育った事が強硬派を後押しした。あのモンスター群があれば、旗艦一隻程度でフィールド辺境伯領と互角以上、圧倒すら可能なほどに戦える。

 乾坤一擲の作戦に国の命運を賭けているファンオース公国は、国境防衛部隊すら削りに削っている状態であり、既に戦力が枯渇していた。

 

 「老人が欲を掻いても良いことないね。さぁ、ここが死に場所だよ男衆! 踏ん張んな!」

 

 浮島が落下と共に公宮貴族院を圧し潰しながら大爆発を伴った事により、騒然とし出した公国首都を間近に見据える空域にて、ファンオース公国首都防衛部隊残り七隻、そして傷付きながらもヘルツォーク首都陽動艦四隻の戦いは、双方の鎧を含めて苛烈さを増していくのであった。




このババアは、ティナの老後だな。
もうちょっとティナは、お淑やかな感じかなぁ(汗)


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