乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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第94話 三者会議

 「もう最悪だ! あぁ、助けてヘロイーゼちゃん」

 

 謁見の間でのあの異様な集会が終わった後、俺は頭を抱えながらもバーナード大臣に呼び出された一室に向かっている。

 あの後は、サッと退出した陛下のせいで騒然としたままであり、貴族達は俺の事を遠巻きに見ながらもひそひそ話をそこかしこで始めだした。

 驚愕しながら俺を見るアンジェリカは、オリヴィアさんに連れられてリオンの元に向かい、そのまま退出していった。

 

 「失礼します」

 

 ノックをして入室するとそこには、バーナード大臣の他にレッドグレイブ公爵も鎮座している。

 バーナード大臣は王宮付きのメイドにお茶と軽食の用意を頼んで、早速呼び出した本題に入っていった。

 

 「これを見てくれ。ご丁寧に封蝋を施された封筒を先程渡されたよ。よくもまぁ、既に書類を揃えているものだ。普段は仕事をしないというのに」

 

 分厚い書類が紐で括られてある。100ページはありそうなボリュームだ。

 一先ずは流し読みをしていく。

 

 「これって、王族、ラファへの認可証書類ですか!? 私の出生経緯まで…… 要所要所に既に陛下のサインと王家の国璽が……」

 

 「加えて王家直轄領の内の一つで、代々管理長官の任に就いているラファ、公爵家のサインと紋章印まで陛下の上の欄に付されている。そこの家は長官職のみであり、公爵家としてはかなり低位ではあるが、形式として公爵家と王の了承があればラファ、所謂王族の一員として認められるのだ。王にサインして押せと言われたら、まず断れんような形だけの公爵家だがな」

 

 レッドグレイブ公爵が書類を読んでいる俺に補足説明をしてくれる。

 

 「ラファの件は完璧に王家とラファを冠する家々の専決事項だからね。後はもう王宮内で正式に発表するだけだ。明日には関係各所に書面は渡るだろう。まったく、嫌がらせにしては手が込み過ぎているね」

 

 バーナード大臣はこめかみをヒクつかせながら説明してくれている。

 

 「ラファなのに子爵家とか、私に笑い者にでもなれと言うのですかね。実例が無いでしょう」

 

 「伯爵家というのは大昔にあったがな。結局その後には王家直轄領となり、今では別の王家直轄領の所管に関する長官をやっている。そこも今では役職のみの形だけの公爵家だ」

 

 爵位は長年で上げたか、上げさせられたのだろうが、領地も無く王宮内での権威も何も無いような公爵家だ。レッドグレイブ公爵も胸中の苛立ちを吐き出すように教えてくれた。

 ノックが響きメイドがお茶と軽食を運んできたので、一時的に重要な話し合いを中断する。メイドも弁えているのだろう、手早く配膳をしたらそのまま退出して行く。

 

 「それに付随して腹立たしいことに、リック君の婚約の件が全て保留になったよ。既提出の受理書に全て保留印が押されている」

 

 は? バーナード大臣の言葉に思考が停止してしまった。

 レッドグレイブ公爵が追随するように言葉を引き継いでいく。

 

 「ラファを冠する者の婚約、結婚に関しては慎重にならざるを得ん。王国法で他のラファを冠する者の推薦に加えて、王宮議会内での決議事項となっている」

 

 「で、では、婚約は一旦白紙ですか? そんな馬鹿な……」

 

 「うちのクラリスは問題なく通せるだろう。というよりも必ず通す。しかしマルティーナ嬢とヘロイーゼ嬢は、フランプトン侯爵派閥が一掃されたとはいえ、相当な根回しが必要だろうね。いや、寧ろヘロイーゼ嬢は通りやすいかもしれないが、ヘルツォークが絡むマルティーナ嬢がね…… 単純な根回しでは難しそうだ。せめて最低でも王妃様辺りの推薦が必要だろう」

 

 ヘルツォークが単純に嫌われているという理由では無さそうだが、バーナード大臣が危惧する理由……

 

 「客観的に見て、あそこがラファの外戚になるのが恐ろしいだろうな。王国にとってプラスの面も大きかろうが影響が読めん。やはり議会は慎重に成らざるを得んだろう」

 

 ファンオース公国が無くなったとしても、フレーザー侯爵家は引き続き王家からヘルツォークの空域の監視役は継続されるだろう。

 しかしそうか、ヘルツォークがラファの外戚となれば、フレーザー侯爵家との和解や緊密な関係を築く道筋も見えてくる。これは本家ヘルツォークにとっては計り知れないメリットだ。

 この際フレーザー侯爵家を盟主としても構わないから、あの空域の共栄圏に組み込めばレッドグレイブ公爵家はまず超えられる。武力だけで言えば、モンスター群を除いたファンオース公国でさえ凌駕出来るかもしれない。

 ほう、悪くないじゃないか。

 議会か…… まぁ、何とか出来るだろう。

 流石にここに来てマルティーナの側室入りが否決されでもしたら、本家ヘルツォークも黙ってはいられない。新ヘルツォーク領の浮島すべてを本家ヘルツォーク領に移動させて、徹底抗戦も辞さない覚悟を見せる事も考慮しなければならない。

 ラファの件、悪くないとはいえ、最悪の事態も考慮しなければならないのか。これは気が重いし胃も痛くなる。

 

 「リック君がラファとして認可される。それ自体は今後を見据えて喜ばしいことだとも思うが、如何せん急すぎる。この戦いの後は王国本土も混乱する。本来であれば我々のタイミングで認可させたい所だがね…… 君個人の手柄になるであろう此度の戦争での働きを、王家の求心力の低下を阻むためのプロパガンダにしようとでも言うのだろう」

 

 例え俺が死んでも王家の面子は立つだろうしね。寧ろあの糞陛下は、俺が死んでくれたほうが喜びそうだな。

 お涙頂戴の演説をあいつは嬉々として行いそうだ。死ねばいいのに。

 

 「全ては対ファンオース公国が片付いてからですね。依然として厳しい状況は変わりません。王家の船、動くといいんですがね」

 

 リオンが言うような状況であれば、この王家の船が動かなければ現状は詰み。ラファや何だと言っている暇はそもそも無い。俺も逃げの一択で行動するしかなくなるからな。

 

 「私自身、王家の船が起動に際してどういう物かは知ってはいるが、陛下達以外であれば可能性はあるのかもしれないな…… あぁ、それと子爵のラファの件だが、全てのラファを冠する家には、子爵の出生経緯は公開される。そこでだ、アンジェリカへの説明はどうする? 私が行うつもりではある。だがあの子は子爵とも懇意にさせて貰っている。それで構わないか?」

 

 「えぇ、先に私から伝えるとそちらで角が立つでしょう。彼女であれば公爵から説明されれば、直ぐにでも私の所に話を聞きに来そうです。その時に改めて私の口から説明しますよ。王家の船に関しては、もうリオン任せですね」

 

 「あの子ならそう動きそうだな。すまないがその時は任せる」

 

 俺は肩を竦めながらレッドグレイブ公爵に頷いて答えた。

 

 「やれやれ、決戦前に王宮内でも面倒な仕事が増えるね。ただでさえ人員が少なくなっているというのに」

 

 バーナード大臣が天井を見上げながら息を吐き出している。

 フランプトン侯爵派閥はいても足を引っ張られるだけだろうが、王宮内の下っ端役人でも逃げ出している者が出てきているので、単純に役人の数が少ないことを嘆いているのだろう。

 

 「ラファ、そして婚約保留の件。クラリスには今夜中に手紙をしたためて、朝一には直行の速達便を手配しますよ。明日中には無事に届くでしょう。流石に今、王都を離れるわけには行かないでしょうし」

 

 新ヘルツォーク領であれば日帰りで十分余裕を持って行けるが、こちらでやることも多いので日中を潰すのは厳しい。かといって夜間を移動に使用すると書類仕事に差し障りが出る。睡眠はそれなりに取っておきたい。

 

 「さらに大臣や公爵には面倒事が増えるでしょうが、リオンがフランプトン侯爵を糾弾した時の偽造書類の件、あれはお二方でご用意した事にしたほうがいいですよ。あの映像はロストアイテムや魔道具で誤魔化せたとしても、原始的な書類関係の誤魔化しは無理でしょう」

 

 2人を見ると苦笑している。

 

 「子爵が入室する前に大臣とも話をしたが、子爵の言う方向で話は纏めたよ。後は王妃と陛下にも口裏を合わせてもらう予定だ」

 

 無駄な気遣いだったか。

 

 「であれば、口裏合わせとでも言いましょうか。御2人にお願いがあります」

 

 「リック君から直接的な願い事とは珍しいね。何だい?」

 

 俺は2人に本家ヘルツォークの作戦、そして完遂後のフィールド辺境伯への艦隊出動要請に関する件を話した。

 

 「フィールド辺境伯も国境からファンオース公国の哨戒をしている筈です。御2人からの要請があれば流石にフィールド辺境伯も動くと思います。疲弊したファンオース公国への牽制、ラーシェル神聖王国への牽制と防衛に素早く動かせる所は、現状無傷ともいえるフィールド辺境伯領しかないでしょう」

 

 俺が話をした本家ヘルツォークの軍事作戦に2人は目を見開いて絶句している。

 大丈夫? フィールドの件、聞いているかな?

 

 「き、君がファンオース公国との不意遭遇戦の後に忙しく動いていたのはこのためだったのか……」

 

 「黙っていてすいません。本来なら本家ヘルツォークからの作戦遂行結果に関する報告を受けてから、バーナード大臣にお知らせしようかとも思ったのですが。陛下に相談した時には、暗に独断専行しろと言われてしまいましてね。公の許可が頂けなくて…… レッドグレイブ公爵も此度の決戦では名誉大将として出陣なさるとの事。本作戦が失敗した場合は、甘んじて陛下からの罰でも何でも受けますが、成功した場合は口添え頂けないでしょうか? しかもこれは相当成功の確度が高い作戦です」

 

 あの糞陛下は作戦が成功しても俺への嫌がらせで、独断専行の件を罰して来そうだからな。

 あっ!? 成功したら俺のラファの立場を利用して、王家の手柄に持っていかれそうだ!

 

 「ローランドの奴、その作戦の件も加味して子爵をラファとして認可したのかもしれんな。良いだろう、陛下達への牽制も含めてその作戦の件は、レッドグレイブ公爵家も後ろ盾となっておこう。無論当家を気遣う事は無い。アンジェリカの件の借りを返すだけだ」

 

 え? 俺は別に大したことしていないけど。リオンをチョロっと助けただけなんだけど、対価が発生しないいのならいいや。あの作戦への投資で表のお金に余裕も無いしね。

 

 「君は想像以上に凄まじいね。ヘルツォークの本家もだ。なるほど、あれだけの金額が必要だったのはこの作戦のためか」

 

 王国本土端防衛戦でのダミー飛行船二十隻にも使用しましたがね。まぁ、これは黙っていた方が良いだろう。あの二十隻の特攻はヘルツォークへの同情と軍部内での賛辞に繋がっているし。

 

 「良いのを捕まえたじゃないかバーナード。羨ましい限りだな」

 

 「彼の出生を知る私としては、そこで公爵に嬉々として上から申されるのは少々腹が立ちますがね。リック君の婚約に関する議会への根回しの件、貴方にも相当骨を折って頂きますよ」

 

 何だ? 笑顔での応酬が始まりだした!? 2人は派閥が違うからね。

 

 「……そうだな。ヘルツォークへの借りを返そうではないか。子爵、婚約の件は心配しなくてもいい。私もラファだ、私の推薦と王妃の推薦含めて議会もこちらに任せてくれて構わない」

 

 俺自身がレッドグレイブ公爵に思うところはそう無い。あれは俺の実母のザナが一方的に悪いと思うが、これから事実を知るエルザリオ子爵はどうなのだろうな? 

 取り敢えずは、婚約の件を心配しなくていいという事は、閣僚の娘を傷物にしている俺が助かったという事だな。

 最悪、ファンオースとの戦いで戦死した事にして、ついに仮面を被らなければならない時が来るのかと考えてしまっていたけど、その心配もなくなったという事だ。

 

 「助かります。いきなりラファだと言われてもこちらは困るのですけどね…… 先程も言ったようにラファで子爵家の当主なんて、惨めすぎて笑われて虐められるではないですか。王家は獅子身中の虫を本家ヘルツォークから、新ヘルツォークへ変更するつもりなのですかね? まったく、王家はどうしても虐げる先、不遇な家を作って他の貴族家のガス抜きをさせたいのでしょうか」

 

 その気も身構えもしていない貴族に、王族であるラファなどというものは、気苦労と物理的な苦労で胃に穴が開きそうだ。

 戦場以外での摂理では、身構えている時に死神は来るのかもしれない。

 

 「あの密約も唾棄するような物だが、アトリー家で守るようにするから、そう心配せずとも大丈夫だよ」

 

 「お願いします。新ヘルツォーク領ではあのような密約、相手先が公国では無いとはいえ、とてもではありませんが守れそうに無いでしょうから」

 

 ラファ内でのほうが俺を管理しやすいとでも思っているのかもしれないが。

 

 「……ふむ、大臣に子爵。密約とは何だ?」

 

 やれやれと肩を竦めながらバーナード大臣と共に苦笑していたら、レッドグレイブ公爵から予想外の質問が放たれた。

 

 「あれ? アンジェリカから報告は言っていないんですか?」

 

 「聞いてはいないな。寧ろアンジェが何故、私が知らんような事柄を知っているのだ?」

 

 バーナード大臣と顔を見合わせる。バーナード大臣は俺に任せるとでも言うように、首を縦に動かした。

 

 「まぁ、こちらとしてはイレギュラーだったのですがね。ファンオース公国の旗艦に捕らえられた際、話をしている内にヘルトルーデ王女殿下に見抜かれたのですよ。王家からヘルツォークへの制裁的な密約の内容を…… 監視役のフレーザー侯爵家の件は見抜かれていませんがね」

 

 俺は本家ヘルツォークの作戦成功を信じ、彼等に終戦後の外交を頑張ってもらうためにもレッドグレイブ公爵へ、ヘルツォーク家開祖から縛られている王家との密約を話したのだった。

 

 

 

 

 「本家ヘルツォーク子爵領の成立に関する情報は、レッドグレイブの書庫にある古い書類で既に確認しているが、そんな王家とのやり取りは記載されていなかった。そもそもいつからかは分らぬが、王宮の資料室にはヘルツォークとファンオースとの関わりは抹消されている。外交上もな…… 王家は手の込んだことをする」

 

 「リック君から聞いた後に私も当家の書庫を調べてみたが、確かに成立に関する情報だけはあったね。あれだけの浮島を少数のパーティーで発見して開拓したんだ。残っていないわけがない。無論、発見及び開拓者のリーダーがファンオース公爵家の継承権第二位の次男だともね」

 

 古い家には独自の資料として残っているのだろうが、古すぎてもう皆が忘れている頃なのだろう。

 そもそも辺境の国境に位置する子爵家なんて、成立当時はまだしも時間が経過していく内に王国本土の貴族達は気にも留めないだろうから。

 

 「当時の王家や大身の貴族、それから王宮貴族達は、ファンオースへの憎悪の矛先をヘルツォークへ向けて、ファンオースとの戦争一直線に向かう情勢を回避したかったのでしょう。当時は浮島の領主群の力も王国本土は侮れなかった状況のはず。ファンオースとの戦争の合間に徒党を組まれて本土強襲でもされたら、王国全体を巻き込む大規模な内戦の勃発も不可避。だからこそ、ファンオースを敵国扱い、要は公国としてさっさと認めたほうが傷は浅い。不満はヘルツォークへ集中させる――」

 

 「あの時代辺りからだったな…… 男爵家から子爵家の財政基盤を削ぐための政策に王国が舵を取り始めたのは」

 

 俺はレッドグレイブ公爵の言葉に頷いて話を続ける。

 

 「――貴族家の不満は、もっと酷い状況に置かれたヘルツォークという事例で緩和されたんでしょうね。時間が経てば、ヘルツォークが何故こうも扱いが悪いのか皆も忘れてしまう。忘れたとしても大多数にとって都合も良いのでまったく問題が無い。例えヘルツォークが擂り潰されたとしても、ファンオース公国への当てつけにもなる。たかが子爵家が一つ潰れようが王国にとっては痛手にもならない。寧ろよくある事例の一つに過ぎない。いやはや、第三者的に考えると素晴らしい王家の策謀ぶりです」

 

 浮島を領地に持つ古い貴族家であれば、漠然と今の王国の施策の時期が、ファンオース公爵家独立時期に被っている事は気づいていそうだが。いや、中央から外れて年々疲弊していった浮島の代を重ねた領主達は、綺麗さっぱり忘れているか。

 

 「当時から浅い時代は、レッドグレイブ公爵家もヘルツォークに対して良い感情は当然持っていなかったそうだがな。何度もファンオース公国との戦いで轡を並べていく内に解消されていった…… 本来ならば密約はどうにもならんが、時間と共に忌避感も薄れて行く筈ではあるが」

 

 「先代と先々代が暴発してしまいましたからね……」

 

 「例の先代が貴族家から嫁を貰わず、先々代が離婚を叩きつけた件だね。ヘルツォークの先々代の正室が王宮貴族の子爵家の出身であったことが、王宮内でもヘルツォークの立場と評判を悪くした原因となっているね」

 

 バーナード大臣が言うのは結果としての事実だ。エルンストにもそう説明している。しかしそこに至るまでの過程が酷い。

 エルザリオ子爵は知らないのかもしれないが、俺がそれをやられたら間違いなくもっと酷い暴発、王城と王宮直撃をするだろう。エルザリオ子爵は、それでも歯を食いしばってでも耐えそうではある所に頭が下がる。

 

 「少し脱線しましたね。ですがアンジェリカが公爵に話していなかったのは意外です。素晴らしい口の堅さが証明されましたよ。直情的とはいえ、素直に信頼に値する人物と言えます。状況を見据えて私の考えを汲み取り、話す、話さないを選択できるクラリスは、信用と信頼に値しますが」

 

 お義父さんの前なので、娘さんのヨイショもしておかなければ。

 

 「君の役に立ってくれているのであれば、こちらとしても申し分ないよ。しかし、戦後は改革も含めて忙しくなりそうですな」

 

 「ヘルツォークの軍事作戦で本国の機能が麻痺している公国に負けたら、今後は他国も交えた群雄割拠の内乱状態となる。先ずは王都に侵攻してくるファンオースとのより良い形での停戦を目指さねばな」

 

 レッドグレイブ公爵が密約をアンジェリカから聞いていなかったのが予想外ではあったが、リオンの偽造書類の件と俺自身のラファの件、それに本家ヘルツォークの作戦に加えて、フィールド辺境伯への無断要請を二人が追認してくれたのが大きい。

 俺の目的が、想定以上に果たせたのが助かる会議となった。

 

 「あの2人に任せておけば大丈夫なのだろうけど、婚約保留は一時的にとはいえ荒れそうだなぁ…… この世界の貴族的に考えて、既に貴族家出身の全員に手を出しているけどいいんだろうか?」

 

 

 

 

 『エーリッヒ、少しいいですか』

 

 悩みながら王宮から兵舎へ戻ろうとしている道すがら、最近よく聞くようになった人間味溢れる機械合成音から呼ばれたので、壁に背を預けながら周囲を確認した。

 

 「大丈夫だよ。リオンの所はもういいのかい?」

 

 『はい。明日の朝、王宮の地下格納庫へ行って王家の船を関係者で確認しに行くそうです。今は迎撃に関する書類のサインをしている筈ですよ。明日以降も配置に関する事項や不満に思う貴族達の対処などに追われるでしょうね。王宮付近、貴族街までの防衛に関する事項はあなたに任せて宜しいでしょうか?』

 

 「リオンも大変だね。そちらの件は構わないよ。寧ろ僕の方の領分になるだろうからね。王家の船の確認か。さすがにもう深夜になるしね。謁見の間に集まった貴族達も本日は王宮に滞在するだろうし、朝であれば関係者も集まりやすいか」

 

 俺も本日は明日に備えて休ませてもらうけど。

 

 『はい、私も明日以降における関係各位への書類の準備、資料作成の手配がありますので手短に。ヘルツォークの作戦、本隊及び陽動艦隊はつい先ほど完遂させました。陽動艦隊は壊滅しましたが、見事と言っておきましょう。しかしあなたの陽動艦隊運用案とは、相当な変更があったようですが?』

 

 ルクシオン先生の報告に目を見開き、つい気色ばんでしまう表情を抑えることは出来なかった。

 謁見前にルクシオン先生も第一段階が大成功と報告してきた時は、まだ防衛用港湾軍事施設に一撃を加えた所だった筈。二撃目までが俺の案とも同じだが、その後の陽動艦隊における軍事行動は別物となっている。

 

 「エルザリオ子爵、ヘルツォーク首脳部の改定案さ。陽動艦隊壊滅も作戦内だよ。それにしても早い…… どうだい? 本物達は凄いものだろう。締めはどうだったかな?」

 

 『マルティーナがきっちりと。しかし、陽動艦隊の件。あなたは宜しかったのですか? あのような状況を避けようとしたいがための当初案だったのでは?』

 

 これで我が妹様の恐ろしさが白日の下に晒されてしまうな。

 

 「僕にも彼等の気持ちはわかる。そもそも止める事は出来ないし、止める資格すらない…… それに本隊の安全を考慮すると合理的だ。違うかい?」

 

 『早朝決行ではなく、夜間襲撃という点でかなり安全度は高まっていたと思いますが。確かに当初案だと本隊が挟撃される可能性も残っていたと言えるでしょう』

 

 防衛用港湾軍事施設と背後の第二都市を壊滅させたことで、王国からファンオース首都への航路が確保出来る。ファンオース公国は他の国境防衛と復旧活動で、王国から飛来してくる軍艦を妨げる事すら困難になるだろう。

 生き残った貴族や役人達が、王国に泣きついてくる可能性すら高い。

 

 「本隊が無事な時点で文句の付けようがない。どちらにせよ本家ヘルツォークの手柄だね。そういえば王国側の哨戒はどこの家が出ていたかな?」

 

 公爵と大臣、あの二人の口添えも見込めるが、糞陛下に直談判してでもラファ、王家にこの功績の横取りはさせない。

 

 『フィールドとリュネヴィルですね。ファンオース公国の首都は確認出来ていないでしょうが、防衛用軍事施設と第二都市壊滅は確認しているでしょう。ヘルツォークの哨戒艇が王都に向かっています。限界まで飛ばしているようですので、遅くとも明後日には詳細な報告があなたに届くでしょう――』

 

 作戦完遂後に休まず報告を運ぼうとする彼等には脱帽物だ。律儀にファンオース国境を哨戒しているリュネヴィル男爵にも感謝だな。

 リュネヴィル男爵がフィールド辺境伯領へ使者として赴くのは明後日の予定。

 やはりフィールド辺境伯も哨戒を動かしていたか。哨戒が状況を確認したのであれば、リュネヴィル男爵には明日中にでも動いてほしいが、これはもう任せるしかないな。そもそもがフィールド辺境伯と面識が無く、辺境伯領とも関わりすらない俺の思い付きのようなもの。

 各種防衛と牽制のため、ファンオース公国首都付近での上空待機を目的とする艦隊出動要請。

 これが叶えば、ファンオース公国内に配備されている各国境の防衛、そして他都市に軍事配備されている軍隊の牽制とそのまま防衛に専念してもらうための交渉。そして目的の多くを占めるのは、ラーシェル神聖王国にハイエナ行為をさせないための牽制だ。

 フィールドとて状況は理解できる筈、出来ないというのであれば、この決戦後には当主の首を挿げ替えるレベルの失態になる可能性もある。ファンオース公国軍本隊侵攻の件で王宮内では、結果として満足な軍事力を投入しなかったフィールド辺境伯領も今後疎まれるだろうからな。

 さすがにレッドグレイブ公爵とバーナード大臣の連名の要請を断る阿呆は晒さない筈だ。

 

 『――これであなたも心置きなく戦いの準備が出来るでしょう。マスターは思う以上に繊細です。モンスター以外の迎撃は、あなたや王国軍にしっかりと担って貰いたいものです』

 

 気遣いが出来る人工知能とか凄いな。しかし、念押しするようにルクシオン先生が言うということは……

 

 「以前、絶対にリオンを死なせないと豪語していたルクシオン先生がそうまで言うって事は、本体は王都近辺に配置出来ない事情でもあるのかな?」

 

 『あなたは!? 気付いていたのですか?』

 

 ビンゴか。それでも対処のしようがあるという事か? 違うな、そうしなければ対処しようが無いという事か。

 

 「どういったものかは知らないよ。リオンから聞いているわけでもないしね」

 

 『ミレーヌ達はこの戦いの状況を知っていますし、あなたにも話をしておきましょう』

 

 俺はルクシオン先生から、海面下から侵攻してきているもう一体の超大型の存在を知る事となった。

 

 「結局、ルクシオン先生もパルトナーとアロガンツも超大型モンスターの足止めが精一杯。王家の船の機能頼りという事か…… 終わっている状況には変わらないな」

 

 『マスターに話を聞く限り、形状含めてその王家の船とやらもロストアイテムと判断します。最悪、起動が出来なければ、私の方で何とか修理と整備を行ってみますが』

 

 「明日の確認次第か…… 僕もやる事が多いからね。総司令官殿の決裁も欲しい書類もあるから、午後一にはリオンの執務室に顔でも出してみるよ。その時に状況を知りたいと伝えておいてくれ」

 

 『わかりました』

 

 そのままスイっと周囲に溶け込むように、ルクシオン先生は去っていった。




ラファになっちゃった! でも婚約は一時保留になっちゃったけど、偉いさん達が何とかするって。マジビックリだね。危うく改めて婚活を考えそうになっちゃったよ、困ったね。ハハッ!

要約するとクラリス達への手紙はこんな感じなのかな(笑)
書き方で散々不安を煽って、最後の一枚に偉いさんが何とかしてくれるから問題ないらしいよ! という、ドッキリ風の手紙にしよう(笑)
殺されそうだな…… 誰かさん達に(笑)

真面目過ぎる回となってしまいましたので、次話はちょっと息抜き回にしようかな。
早く戦えと言われてしまいそうだ。

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