乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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百合、それは艶めいた甘美なひと時……

私個人はそこまで百合の世界は好きというわけではないのですが(笑)


第101話 魔人

 王都直上での戦闘及び公国軍の残党制圧が終了し、要人の避難含めた残務は、直属の副長であるエルンストに任せつつも俺自身は旧世代の赤い訓練機で、総司令官のリオンへの報告のためパルトナーに来ていた。

 王都郊外の上空のパルトナーの甲板上には、領地から軍艦級飛行船に乗って戻ってきたダニエルやレイモンドたちの姿も見受けられた。

 

 「新貴族街の一部のみで被害が済んだのは、一先ず運が良かったのかな?」

 

 レイモンドがリオンに話しかけているのが聞こえてきた。ブリッジにリオンの姿が無く見下ろしたら甲板に見知った顔がいくつもあったので、俺も甲板上に出向いた所だった。

 

 「三十隻の強襲があったけど、リックやヘルツォークのエト君、リックの義弟だけど上手く対処していたよ」

 

 リオンが憮然とした表情でレイモンドに答えている。

 

 「報告に来たよ総司令官殿」

 

 「……リックか」

 

 リオンは俺に対して、何か釈然としないような感情を表情に浮かべている。

 

 「ん? リオンとリックは何かあったのか?」

 

 ダニエルが俺とリオンの間に生じている微妙な空気を感じ取って疑問を口にした。レイモンドも訝しむように交互に俺とリオンを見ている。

 

 「あぁ、少し、……ね。リオン、あれは僕の業でありヘルツォークにも必要な事だったんだ。お前が責任を感じることは無いよ。それに、そろそろ()()を紹介してくれよ」

 

 俺は低空をこちらに向かって航行してくる白く輝く飛行船の事をリオンに告げた。

 

 「……わかった。全部が終わったら、一度ちゃんと説明してもらうからな。レイモンド達も見ろ。あれが俺の秘策、王家所有の秘匿ロストアイテムの飛行船だ」

 

 あれが王家の船か。しっかりと動いたんだな。

 

 「あの飛行船が秘密兵器?」

 

 「パルトナーより小さいぞ」

 

 「何か凄い武器でも積んでいるのか?」

 

 辺境男爵グループ所属の友人達が興味を示しているが、パルトナーより小さいなどと文句が出ていた。

 

 「王家の船か、名前はあるのか? 後はやっぱりオリヴィアさんとマリエが乗艦しているのかい?」

 

 リオンと俺は互いに忙しくしていたせいもあって、軍務的な報告ばかりで王家の船に関して報告は聞いていなかったな。

 ヘルツォークは要人を詰め込んで、最悪逃げようと考えていたこともあったから詳しい確認を忘れていたよ。

 

 「ルクシオンが名付けたが、ヴァイスだ。あの船にはお似合いだろう? アンジェとリビアが起動させて乗艦している。マリエはこれからパルトナーに乗艦させる。モンスター群に突っ込むからバリア代わりにさせるよ」

 

 ん? 確か王家の船って愛で起動するんだっけか…… えっ!? あの二人が!

 

 「百合!? まさかっていうか、やっぱりあの二人って…… マジかぁ」

 

 俺がギョッと驚いた後、呆然とする姿を他の友達連中は、一体何事かと唖然としながら見てきているが、そちらを構うことは衝撃の事実で出来なかった。

 

 「わかるか? この俺のやるせない気持ちを…… 一体どこにぶつければいいんだ?」

 

 「いや、まぁ…… う~ん」

 

 決闘や修学旅行時のファンオース遭遇戦で、リオンは確実にあの二人の王子様になってたと思ったが、いや待てよ。百合同士で一人の男の事が好きな場合ってどうなんだろ?

 パラダイスか? パラダイスなのか!?

 クラリスとマルティーナが百合だと、だいぶ俺が助かるような気がするのは気のせいだろうか。

 

 「平和なのかな? っていうよりもちょっと待て! おい、アンジェリカがあれに乗ってるのか? あの子は公爵令嬢っていうだけで、まだ学生の女の子だぞ! 戦場に出すというのか!?」

 

 オリヴィアさんは本当の聖女らしいし、その力が必要だというのはわかる。マリエも偽物だが聖女っぽい力も神殿に認められてもいるのでわかる。マリエは死罪を免れるためにも名誉挽回が必要だから、最前線に赴くパルトナーに乗艦させるのは都合もいいだろう。

 しかし、アンジェリカが最前線に出る必要はあるのか? 王家の船を起動させた後に退艦ではいけないのか?

 

 「リビアが乗るんだから自分も乗って少しだけでも手助けしたいって。あの船にもルクシオンとは別のサポートがいる。それに愛し合っている二人が乗っていないとあの船に積まれている兵器が作動しないんだよ。まぁ、正直複雑な気持ちだけど」

 

 辺境男爵グループがいるから、人工知能云々の単語は暈して説明してくれたのはいいが……

 

 「王家の船の状況はわかるが…… いや、でもなぁ」

 

 今度は俺が釈然としない表情を浮かべてしまう。

 そもそもアンジェリカが王家の船に乗艦するなんて考えてもいなかった。

 

 「リックは何をそんなに慌てているんだい?」

 

 俺が葛藤を抱いているとレイモンドが不思議そうな顔をしながら覗き込んでくる。

 

 「いや、リックがシスコンっていうだけ――」

 

 「僕はシスコンじゃな―― 何だ!?」

 

 リオンが詳細を言い淀んで、俺に対する根も葉もない事を言おうとした直後、黒い物体が高速で王宮の壁に突っ込んでいった。煙まで上がり出している始末である。

 

 「何が起きた!?」

 

 『現在確認中です』

 

 リオンが慌ててルクシオン先生に確認を取るが、いつもの様子と異なり素っ気無い反応が返ってきている。

 

 「僕が確認に行くよ。王宮防衛は僕の持ち場だから適切だろう」

 

 「お前今、古い世代の鎧じゃないか! 大丈夫なのか?」

 

 そう、補給中でダビデは新ヘルツォーク領の旗艦にある。ただし、直ぐに行動しないと王宮直上防衛艦隊司令官としての不手際を後々取られそうなのが腹立たしい。

 

 「確認と状況によっては避難誘導するだけだよ。リオンはアンジェリカを気に掛けてやってくれればいい」

 

 一学期終了時の決闘では、当時アンジェリカと俺の関係は俺しか知らなかった。向こうは公爵家の出としての立場もあるし、世間的には俺との関係は存在しなかったから、俺個人としても放って置くしかなかった。立場も権力も上の立場のアンジェリカと下手に関わろうともしなかった。

 借り…… そう借りだ。 

 リオンへの一番の借りは、アンジェリカの矢面にリオンを立たせてしまった当時の俺の不甲斐無さだろう。

 

 「おい!」

 

 「不甲斐無い兄に代わってアンジェリカは任せるよ王子様。僕は僕の仕事をしてくるさ」

 

 リオンを振り返らず、俺は自らの乗ってきた訓練機の鎧へ走り出した。

 

 

 

 

 「義兄上(あにうえ)!」

 

 「エトか、そっちで確認は出来たか?」

 

 赤い訓練機で王宮に向かう途中、エルンストがエアバイクで接近してきた。

 

 「遠目でしたが、形状は恐らく鎧かと…… とんでもないスピードでしたが」

 

 「バカな!? あんなスピードで鎧が突っ込んだらバラバラになるぞ! しかも鎧であの速さはありえない……」

 

 砲筒から火薬で打ち出されて、魔力で加速でもしたのかと言いたい。

 シールドを張っても激突時のダメージは計り知れない筈だが。

 

 「エト、お前は艦に戻ってソロモンへ搭乗。要人は誰だろうが順次手早く積み込むんだ。この期に及んで喚くような輩は、物理的に黙らせても構わない」

 

 「わかりました。義兄上は?」

 

 「確認しに行くしかあるまい。艦隊指揮は預けるぞ。僕が戻らない場合は、状況次第で新ヘルツォーク方面に要人ごと撤退だ」

 

 「ご武運を。ダビデは旗艦ですので、こちらもなるべく留まります。早めのご帰還を」

 

 「了解だ」

 

 先程の衝撃でローランドぐらいは死んでてくれても構わない。寧ろ死んで欲しいくらいだが、嫌な予感がする。しかもローランドはピンピンしていそうな気がしてならない。

 憎まれっ子め!

 

 

 

 

 王宮の一角、宝物庫の前に黒騎士バンデルの姿があった。突撃時に身体全体を覆っていた魔装を解いてはいるが、その右腕だけは異様な状態と言えた。

 右腕からは眼が複数浮かびあがっており、それぞれがギョロリと辺りを窺うように蠢いていた。

 

 「ここか」

 

 黒騎士バンデルは宝物庫の扉を、偉容を誇る魔装の右腕で強引に破壊して中に押し入っていく。

 バンデルの背後には宝物庫警備の騎士達が、物言わぬ肉塊へと既に変えられていた。

 

 「おぉ、久しいな相棒、迎えに来てやったぞ。姫様のついでだけどな」

 

 黒騎士は待ちわびたかのように、特殊金属であるアダマンティス製の大剣を右腕で迎え入れる。そして魔笛を見付けて懐に仕舞い込んだ。

 その段階で漸く、他所で警備にあたっていた騎士や鎧が、宝物庫前へ応援に駆け付ける事が出来たのであった。

 

 

 

 

 突撃坑から乗り込んだ俺は、途中に転がっている死体や侵入者が開けたであろう穴を通って行き、侵入した張本人を見付ける事が出来た。

 

 「生身!? いや、何だあの右腕は?」

 

 禿頭というよりも散切り頭の老人が、大剣を振るって騎士や鎧を斬り裂いており、周囲には切断された鎧や引き裂かれた騎士の死体が転がっている。

 散切り頭の老人の右腕は黒く膨れ上がり、多眼がギョロギョロと動いている。

 

 「おいおい、鎧まで…… 無双ゲーか何かかよ」

 

 モブへの無双は赤い人の特権だぞ! あの赤い人は名も無きエースを瞬殺するけどね。

 スピンオフのエースクラスが、画面端でどんどこ撃墜されていくのだ。

 あれは多分黒騎士だろう。

 何か良いことでもあったのかい? と聞きたいぐらい元気一杯過ぎる。

 

 「む!? まだ来るか!」

 

 王宮護衛の鎧が斬り捨てられた瞬間を狙って引き金を弾いたが、大剣に易々と防がれてしまった。

 

 「ちぃ、噂に違わず幅広で固い。厄介な」

 

 その剣を取り返しに宝物庫に押し入ったという事か。なるほど、確かに良いことがあったからこそ元気溌剌というわけか。

 しかし、こちらの鎧自体は古いとはいえ、高威力ライフルをこうも易々と防ぐとは…… 

 魔力も込めたから、通常のブレードなら破壊して貫通すら可能だというのにか。

 

 「赤い…… いや、古い鎧だから別人か。でぇぃい!」 

 

 生身とは思えないほどの鋭い踏み込みで横薙ぎに大剣を軽々と振るってきたので、天井スレスレを飛行して躱しながらライフルを撃ち込むが、身体を捻るように後ろ手に持った大剣に防がれてしまった。

 

 「年寄りのくせに反応が早い!?」

 

 着地と同時に撃ち込むも、身体を覆う大剣はびくともしなかった。

 

 「ほう、この狭い中を小器用に飛びよる。王宮内にまだこんな奴がいたのか。その古い鎧、歴戦という事か」

 

 王宮内とはいえ宝物庫は大きい。

 その分宝物庫前の廊下も天井が高く、鎧でも何とか飛行出来るが、次に同じことをしたら斬り裂かれそうだな。

 舐めプしてくれてるっぽいので、喋り掛けるのは止めておこう。

 

 「ぬぉっ!? 姑息な! 気配でバレバレだぞ!」

 

 光魔法で目潰しを狙い、ライフルを撃ち込んだが、やはりあの大剣に身体を覆われて防がれてしまう。

 

 「大剣が邪魔過ぎるっ、ぅわっ!?」

 

 突然間合いを詰められて斬り下ろしを左に躱したかと思うと、更に追撃で左斬り上げが間髪を入れずに襲ってきた。

 

 「くそっ! 目を潰せなかったか!」

 

 天井に掠りながらも背を張り付けるように飛んで、ライフル射撃を加えるが、焼き直しを見せられるかのように大剣で防がれてしまい、この軌道も二度目という事で反応されて斬り上げが襲い掛かる。

 着地するように見せ掛けてもう一度天井へ強引に軌道修正を図ってライフルを撃ち込むが、今度は見えない何かに守られるように、ライフル弾が弾かれてしまった。

 

 「えぇい、シールドか!? 何て強力な!」

 

 黒騎士は余裕の表情を崩さずに笑みを浮かべている。

 

 「随分な手練れではないか。ちょこまかとセオリーを無視して動きよる。余りこんなところで時間も掛けられん。光栄に思うがいい。本気の魔装を使う最初の相手にしてやる」

 

 ドクンと脈打つように右腕が肥大化し、かの右腕の異質な肌感が、黒騎士の全身に広がっていった。

 隙を見逃さずにライフルに加えて魔法まで撃ち込むが、例のごとく大剣が防がれてしまう。

 

 「大剣一本で、こうまで」

 

 あの大剣相手に接近は自殺行為なので、間合いを外しながら対峙しているが埒があかない。

 攻めあぐねている間に、黒騎士は更に異様な姿へと変貌していく。

 

 「ちょ!? 嘘だろ!」

 

 現行の物よりも一回り大きい、まるでリオンが持つアロガンツとでも言うような、禍々しい鎧姿に身体そのものを変容させていったのであった。

 

 

 

 

 王宮直上防衛艦隊は、再編成を完了させて八隻上空に隊列を組んでいる。

 無事な残り三隻は、艦隊運用上の人員編成が心細かったので、八隻の人員を充足させることを優先し、少ない艦艇員でもって、低空飛行の状態で王都の治安維持に当たらせていた。

 

 「とにかく要人収用を急がせろ! 新ヘルツォーク艦隊は要人収用後は後退。旗艦はそのまま残って防衛艦隊の旗艦とする。新ヘルツォーク領の鎧一個大隊も要人収用艦の護衛だ。私が准将閣下が戻るまで王宮直上防衛艦隊の総指揮を執る」

 

 少々慌て気味なのは、別動艦隊が来襲してきたからであった。何より都合が悪かったのはその方向は新ヘルツォーク子爵領方面であり、現存艦隊の隊列を組み直し、要人収用艦の撤退方向変更を余儀なくされたからであった。 

 エルンストはソロモンに搭乗し、新ヘルツォーク艦隊旗艦艦長であり、本家ヘルツォークの陪臣家筆頭であるフュルスト家の次男、パウル・フュルストに声を掛ける。

 

 「そろそろ接敵だが、あれは我々がよく見る艦だぞ。しかもここまで接近を許すとは」

 

 「えぇ、ありゃぁラーシェル製ですね。本家ヘルツォークでも一番数の多い型ですよ。それに、雲ですね…… 上手く利用されました」

 

 来襲するラーシェル製の五隻の艦隊の背後には、広い範囲の雲が空を泳いでいた。

 

 「まさか正規軍が空賊の手法を取るとは。しかも余程上手いじゃないか…… 数ではこちらが勝るが、どう見る?」

 

 エルンストは互いの戦力予測を確認のためパウルに問うたが、背筋に額とじんわり滲む汗が己の予測を物語っている。

 

 「地力は間違いなく向こうでしょう。こちらの王国軍の奴等は、既に一度戦闘から意識が離れました。元々の士気も低い…… 壁にするぐらいしか使い途はないと思いますよ」

 

 「仕方がないか。王宮直上防衛艦隊は鎧を前面展開、砲撃態勢に移行後は、ひたすら敵艦目掛けて砲撃を行うんだ。要人収用艦と王宮を死守するために壁となれ! パウルは王宮寄りに浮かんでおいてくれ、義兄上と少しでも近いほうがいい」

 

 「了解です。余り無茶はなさいませんように。うちの次期当主様なんですから」

 

 エルンストの指示に従って王宮直上防衛艦隊は、左右四隻ずつに別れて艦隊砲撃一斉射撃態勢に移行していく。

 

 「義兄上の真似事をするだけだよ。艦隊のほうは少し頼むぞ。コードネーム五芒星(ペンタグラム)、ソロモン、突貫する」

 

 「それって本来なら、一番無茶で偉い人がやっちゃいけないやつなんですがね…… って聞かずに行っちゃいましたし」

 

 自身に敵の目を集中させるため、エルンストはパウルの溢した愚痴を聞く事なく、単独で敵艦に向かっていく。

 

 来襲するラーシェル神聖王国の艦隊からもエルンストの姿含め、王国軍の陣容は確認出来ている。

 

 「ギハハハハ! ありゃぁ、話に聞く弟君のほうじゃねぇか。勿体振りやがってよぉ。前座にゃちょうどいいか。あのクソガキにてめぇの弟のグチャグチャな死体を拝ませてやんぜ! てめぇら! 無理攻めなんかすんじゃねぇぞっ! 貰うもんはもう貰ってんだからよぉ、厭らしく突付いてやりゃぁ、それで十分だからな! 行くぞおらっ!」

 

 10m程度になる鬼灯(ほおずき)型に似た戦闘船を先頭に、蒼い鎧を駆るエルンストへシークパンサーが、嬉々としながら襲い掛かり両者激突していく。




未だに古い訓練機に乗っているなぁ。
補給中のスペア扱いなのに

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