乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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名無しの過負荷様、霧空様、誤字報告ありがとうございました。


第104話 迫る公国軍本隊

 新ヘルツォーク子爵領艦隊要人収容艦内では、ローランドがミレーヌ相手にちょっとした不満をぶつけていた。

 

 「くそ、本来なら今こそ隠し部屋にある、あの変身セットで男の浪漫を存分に発揮できたというのに…… エーリッヒの小僧めが!」

 

 ローランドは自室に設置された隠し部屋に仮面にマント、そして特注鎧のキーを置きっぱなしで避難していた。

 

 「あぁ、あの隠し部屋ですか…… それより、何故リック君に対して怒っているのですか? 私達が一時的にでも避難するのは妥当でしょうに」

 

 「あの小僧にはエンドレスで嫌がらせをしてやる! え? お前は私の隠し部屋を知っていたのか?」

 

 さも当然だというようにミレーヌはローランドの言葉に頷いた。

 

 「隠し部屋なら以前から知っていましたよ。中に何があるのかまでは知りませんけどね。それよりも陛下、ユリウスがこの艦に乗っていないのです。陛下はユリウスの所在に心当たりはありませんか?」

 

 「何!? 知っていただと! ぐぬぬ、私の隠し部屋が知られていたとは…… ユリウスなら私は知らないぞ。大方不貞腐れでもして、未だに城の自室にでも籠っているんじゃないか?」

 

 自分の子であるユリウスの心配をしないローランドに対し、ミレーヌは呆れ果ててしまう。

 

 「いないから尋ねているのです。あの子は陛下に似ていますからね。何かやらかしていないかと不安なのです」

 

 ローランドはミレーヌの言葉に思案し、一つの結論に思い至った。

 

 「おい、ユリウスも私の隠し部屋を知っているのか?」

 

 「当然でしょう。ユリウスが小さい頃に見つけたと報告してくれましたよ」

 

 それを聞いたローランドは愕然とするが、もはやどうしようもない。ここは軍艦級飛行船の中であり、公国軍本隊からは逆方向に退いた形で空に浮かんでいるのだ。

 ミレーヌはローランドの狼狽え具合に疑念を抱き声を掛ける。

 

 「どうされたのですか、陛下?」

 

 「ユリウスだ! あいつ、避難しないで私の変身セットと鎧を持ち出したに違いない!」

 

 驚天動地の事実に今度はミレーヌの顔が青褪めてしまった。

 

 「ど、どうして陛下がそんなものを持っているのですか!?」

 

 「男の浪漫に決まっているだろう!」

 

 ローランドは言い切ったが、もう後はユリウスの無事を祈ることしかミレーヌには出来ないのであった。

 

 

 

 

 黒騎士バンデルに救出されて公国軍旗艦に戻ったヘルトルーデは、大急ぎで指令室も兼ねている貴賓室に向かった。

 そこには目は虚ろであるが、幼い時の記憶と相違なく見える母が鎮座していた。

 

 「お、お(かあ)、さま…… お母様! お母様! お母様!」

 

 声を掛けても反応を示さない元公妃に対し、ヘルトルーデは涙を流しながら駆け寄り、何度も母と呼びながら膝元に縋りついた。

 ファンデルサール侯爵は、思う存分に泣かせてあげようとも、見ていることも忍びなく自ら恥じ入る気持ちも重なり、一度席を外す。

 そして廊下に控えていた黒騎士と対面した。

 

 「どうだ侯爵、姫様も魔笛も奪い返したぞ。後は王都を蹂躙した後にヘルトラウダ殿下を取り戻すだけだ」

 

 「今さら死に体の我々が、過酷ではあるとはいえ未来あるヘルトルーデを巻き込むというのか? 王国も公国も崩壊しつつある今、無理攻めは公国すら滅ぼすということを理解しているのか、貴様は?」

 

 公妃も自我がなく半死人のような状態、空と海の守護神を呼び出した時点で半分どころか待っているのは確実に死。ファンデルサールも娘を連れだした時点で同じ場所で散る覚悟を持っている。バンデルとて魔装を取り付けた段階で確実に遠くない死が待ち受けている。

 もはやここには死人しかいないのではないかと、ファンデルサールは滑稽にさえ思ってしまうのだ。

 

 「王国から奪い尽くせばよいではないか! そして公国は何度でも蘇るのだ! もはや和平派だなんだと喚いても詮無いぞ侯爵。お前に出来るのは艦隊を指揮して姫様を守ること。公国の復興も公宮貴族たるお前の仕事だ! 俺の仕事は王国の奴原(やつばら)を殺すことのみ。いざとなれば、魔笛も姫様の手にあるのだ。公国は勝つよ、侯爵。ふはははははは!」

 

 高笑いをしながら廊下を歩きだす黒騎士。おそらく出撃して宣言したとおりに王国軍と戦いに赴くのだろうが、その後姿を侯爵は、諦観を湛えた瞳で眺めるだけであった。

 

 「自国の姫に死を強要する作戦を厭わない貴族達…… 正統な後継は二人しかいないというのにだ。十年前のあの時から、ルーデとラウダは使い潰される運命だとでも? 公国か、あの時既に終わっていたということか。」

 

 娘である公妃を助け出した時にまで思いを馳せる。

 政争で負けたファンデルサール自身の責任に起因するのであろうという後悔を改めて抱くが、諦観という泥がへばり付いた己が両足を動かそうにも、未来という足が沈んでいく様を見ていることしか出来そうにはなかった。

 

 

 

 

 「ギハハハハハハ! さっさと出せよ赤いのをよぉ! おらぁ!」

 

 鬼灯(ほおずき)型戦闘船正面下部に設置されている砲塔から、大出力の魔力砲が発射された。

 エルンストの駆る蒼い鎧のソロモンは即座に回避するが、背後に布陣している王宮直上防衛艦隊の一隻にその魔力砲は吸い込まれていく。

 

 「馬鹿な!? 魔力シールドを一撃で貫通だと!――」

 

 背後を確認したエルンストは驚愕で自然と声を上げていた。

 しかし魔力シールドで減衰したおかげで、精々が小破といった被害状況でもあった。

 

 「――各機距離を置いて布陣しろ! くそ、砲塔を艦隊側に向けるわけには」

 

 エルンストから遅れて布陣された鎧の二個大隊が慌てて間隔を取り出した。シークパンサー側からも鎧一個大隊が出撃しており、こちらに攻め上がることはせずに遠巻きに撃ち合うという、少々異様な戦場様相を表していた。

 

 「突っ込んでこない? こちらは有り難いがどういう意図だ?」

 

 エルンストはライフルを撃ちながら迂回飛行を取るが、鬼灯型戦闘船もそれを避けながらエルンストを意識した飛行を継続している。

 

 「けっ、場を俯瞰していやがる。ガキのくせに生意気なんだよぉ!」

 

 飛行スピードを上げながら正面を向く鬼灯型戦闘船は、小型魔力弾頭を十発撃ち放ちつつも上昇をしていった。

 

 「私に喰らい付いてくれるなら好都合だぞ」

 

 この相手は放っておけないが、踏み込んでこないラーシェルの艦隊であれば、防衛艦隊のほうが数では勝っている。

 そう判断してエルンストはこの鬼灯型に注力する。

 

 「ククク、ゲハハハハハハ! あめぇんだよガキ! 魔力操作はてめぇらの専売特許じゃぁねえんだよ!」

 

 エルンストも上昇してライフル射撃を行っているが、鬼灯型の固い魔力シールドに阻まれて攻撃が通っていない。

 

 「そんなに魔力シールドに回して…… 何っ!? 魔力追尾!」

 

 上昇したエルンストを左右から小型魔力弾頭が追いかけてくる。

 右回りに上昇から直角九十度に側面旋回しても追尾してくる魔力弾頭には舌を巻いてしまう。

 

 「追いかけっこが止まったら撃ち抜いてやるぜ」

 

 鬼灯型の下部に備えられた砲塔が、己に狙いを定めているのをエルンストも感じ取っていた。

 

 「直線スピードは向こうが上、しかし反転に旋回は? ふん、オート挙動とマニュアルの差を見せてやる」

 

 エルンストは鬼灯型の砲塔を掻い潜る様に魔力弾頭を引き連れながら急上昇して、鬼灯型に急接近を開始した。

 

 「魔力弾頭引っ付けながら! げぇ、自爆する気かよ!」

 

 シークパンサーの首領は急反転させて飛行を開始するが、反転時バランスがオートのため、ヘルツォークの面々からすれば急に遅くなったように感じる。

 

 「そっちかぁ!」

 

 エルンストは相手が方向を変えた方に調整するだけでいい。

 そして――

 

 「激突する!? ……ありゃ? ぐぉぉぉおお」

 

 驚いたが、一拍遅れてエルンストを追尾していた小型魔力弾頭が、シークパンサー首領の乗る鬼灯型戦闘船に襲い掛かった。

 激突する瞬間に九十度直角に曲がったエルンストは、曲線を描いて上昇を開始し、この戦いで初めて真上を取ることになった。

 

 「私からもお返しだ! 受け取るがいい」

 

 ソロモンから小型魔力弾頭とスピアが射出され、鬼灯型戦闘船は上下からの攻撃に晒された形となったのであった。

 

 

 

 

 這う這うの体といった状態で新ヘルツォーク子爵領艦隊の旗艦に戻った俺は、訓練機から降りて艦所属の治療魔法師を呼んで治療を優先していた。

 

 「いてててててて、黒騎士にやられた。いや参ったよ」

 

 「黒騎士!? 参ったじゃありませんよ! 負傷搬送されたって聞いてこっちは吃驚したんですから」

 

 ナルニアとパウルが駆けつけてくれた。

 艦は本家ヘルツォーク出身の副艦長がいるので、何かあっても安心だからパウルも様子を見に来たのだろう。

 ナルニアのこんな強い口調は初めてだな。

 

 「あの突入が黒騎士だったとは…… そんな訓練機でよくもまぁ。生きていてくれたから良かったですが、治療魔法師がダウンするってどんだけ深手だったんですか?」

 

 パウルも呆れた声を出していた。

 この治療魔法師は新ヘルツォーク子爵領で医者をやっている人物だが、ヘルツォーク本家の軍属の治療魔法師よりも質が悪い。彼等なら流石に潰れることはなかっただろう。

 

 「肋骨と胸骨が綺麗に斬られていたよ。出血がそれなりにあったが、肺も心臓も傷ついていない。何とか骨も肉も繋いでくれた。先ずはブリッジに行く。そこで状況説明を」

 

 「ご、ご当主様、繋いだだけです。本来なら絶対安静です。激しい衝撃を受けたりしたら傷が開いてしまうのでご注意を」

 

 息も絶え絶えといった様子で治療魔法師が注意を言ってくれた。

 

 「了解だ。無理をさせてすまない」

 

 彼に休むように言い、ブリッジに状況説明を聞きにナルニアとパウルを伴って向かった。

 新ヘルツォーク子爵領五隻に十人配置されている、本家ヘルツォーク子爵領からの人材の一人である副艦長が、魔力光学映像でエルンストに焦点を合わせていた。

 

 「何だあの、小型艇より更に小さい…… それに後ろの艦隊、旗はファンオースだが船はラーシェルだな」

 

 王宮内で慌ただしく対処している最中にこちらの状況も百八十度変化していた。

 

 「王宮に突入した例の黒騎士の直後、雲を上手く使われて回り込まれました。相当柔軟な艦隊行動ですよ」

 

 「ちっ、トーマス氏が言っていたラーシェル側からの派兵部隊か。確かラーシェルの公認空賊でもある特殊作戦部隊だったな」

 

 ここでもラーシェル神聖王国、嫌な縁がある。

 しかもあんな形を見ると、私の母親になれたかもしれない女性でも乗っているのだろうか?

 

 「飛行しながら常時魔力シールドを展開…… 攻撃とシールド展開の妙なタイムラグ…… 何だあれは?」

 

 「よくわかりますね!?」

 

 パウルが感心してくるが、距離も離れているので相当に集中してこの程度だ。こちらの前面に展開している王宮直上防衛艦隊からであれば、もう少し詳細に掴めただろう。

 今頃は対峙しているエルンストのほうが、この違和感を突き止めている筈だ。

 

 「あの小型魔力弾頭の運用!? あれは最低でも複座だな……」

 

 「もう一人乗っているっていうんですか!?」

 

 ただの小型艇であればツーマンセルで運用することも多いが、鎧と戦闘する兵器で船型というものは未だかつてない。

 複座採用している大型の鎧も勿論存在はしていなかった。

 

 「航行と魔力シールドを全て高純度の魔石で行っている可能性も否定出来ないがな……」

 

 ちっ、ファンネルミサイルのような運用が可能なのは、俺達だけだと考えていたのは奢りだったか。

 ジルクでさえ直角に軌道変更をワンコーナー行えただけだった。ブラッドがどの程度スピアを使用できるかは不明だが。

 その時、(ざわ)りと背筋を流れる嫌な感触が伝った。

 

 「見えた! 来たぞ公国の本隊だ」

 

 感触に従って魔力光学映像を自分自身で展開させる。

 

 「超、大型…… 魔力光学映像だ! 迎撃艦隊側も展開しろ!」

 

 パウルは俺の映像を見て、一瞬たじろいでからブリッジに映像を展開させる。

 彼も王国本土端防衛戦で超大型モンスターの脅威を目にしている。怯むのは仕方がないだろう。

 

 「大陸も浮いているし我々も彼らも空だ。正確には不明だが、距離百五十kmぐらいか?」

 

 「測定しますか?」

 

 「いや、いい。それよりも駆逐艦型輸送船を光魔法信号で呼び出してくれ。王宮直上防衛艦隊のキャンプに待機させてある」

 

 要人収容艦の予備として控えさせていた俺個人のいつものだ。

 

 「了解ですが、今更何に使うんです?」

 

 「迎撃艦隊の援護だな。一応は後方に控えるつもりだよ。パウルも乗り込め、輸送船はお前に任せる。こちらに艦が来るまでエトの援護に出撃する」

 

 ギョッとした表情でパウルも副艦長、そしてナルニアもだ。

 

 「はぁっ!? 何考えてんですか! あんなの王国軍と領主軍混成迎撃艦隊に任せておけばいいじゃないですか!」

 

 パウルが持ち場の逸脱だとでも言うように呆れ返っている。

 

 「ご主、いえ閣下、危なくなったら退くとクラリス様にも言っていたじゃないですか! 怪我だって……」

 

 まだ、危なくなってはいない。

 それに向こうは五隻でこちらは人員充足させた八隻だ。エルンストが率いてもいるし、要人収容艦以外の新ヘルツォーク子爵領軍の艦もある。任せても問題ないだろう。

 

 「怪我は塞がっているしあくまで後方だ。あの王家の船とパルトナーの間を埋めておきたくてね。パウルには付き合って貰うしかないな」

 

 「はいはい、どうせ言っても聞かないんでしょう? やりますよ」

 

 パウルは首を竦めながら両の掌を上にしてお手上げといった具合だ。

 袖を掴むナルニアの手を(ほど)いて優しく言い聞かせる。

 

 「やられっぱなしは性に合わないからね。援護ついでに指揮権はエトに移譲させる。ニアはヘルトラウダ殿下の相手を頼むよ」

 

 「わかりました……」

 

 降伏を呼びかけるにも超大型がいたんじゃ話にならない。それに黒騎士、まさか大剣を取り戻しただけとは思えないしな。

 もう既にこの状況では、降伏勧告の機会が訪れるかどうかも難しい。

 

 「公国軍の本隊が見えたという事は終わりも近い。ニアはのんびりと待っていてくれればいいさ。副艦長、やられるなよ」

 

 「はい、この艦も距離を保っていつでも退けるようにしておきます。王国軍にあのラーシェル艦隊は任せますよ」

 

 冗談交じりに言った俺の言葉に、本家ヘルツォーク出身の副艦長も笑顔で答えてくれる。

 元々、新ヘルツォーク子爵領艦隊が戦闘の矢面に立たないという方針を熟知している返答に改めて安堵した。

 

 「ではパウル、駆逐艦型輸送船が着いたら信号を。援護に出る」

 

 格納庫に向かい、補給と武器換装が完了したダビデに搭乗する。

 

 「さて、正念場ももうすぐ。ここからが地獄だな…… エーリッヒだ、六芒星(ヘキサグラム)ダビデ、出撃する」

 

 布陣している王宮直上防衛艦隊を抜けて、颯爽とした飛行でエルンストの戦場へ向かうのだった。




トーマス氏が言っていたとは、第87話の実子暴露での話です。

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