乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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第105話 激突

 エルンストが放った小型魔力弾頭の爆発の煙が晴れていくと、そこには無事な姿の鬼灯型の戦闘艇が姿を現した。

 

 「硬すぎるな。やはりシールド要員と航行要員に攻撃…… 三人か!」

 

 「四人だガキィィィイイイ!!」

 

 鬼灯型小型戦闘艇の上部から鉄筒が飛び出し、そこから魔力が込められた銃弾の連射がエルンストの駆る鎧、ソロモンへ襲い掛かる。

 

 「くっ、あれは!? 対空鎧迎撃用ヘルツォーク式魔力弾マシーネンゲヴィェア(マシンガン)! ファンオースも完成させて運用しているだと!? ならば下から!」

 

 身をかわしながら下方へ潜り込むように飛行しつつライフルをソロモンが構えようとすると――

 

 「甘ぇぇええ!」

 

 魔力砲塔とは別に下部からも同様の鉄筒が飛び出し、銃弾の雨がソロモンを襲った。

 エルンストは鎧を反転させて回避する。流石に急制動で反転飛行する鎧を捉えきることは出来なかったが、上部と下部から更に三門ずつ鉄筒が生え、上下前後左右という360度近くをカバー範囲可能な体制をシークパンサーの首領は構築する。

 

 「ちっ、これをやると魔力の消費が半端ねぇが贅沢は言えねぇか…… しかもさっきの攻撃で、魔力シールド要員が干からびる寸前まで追い込まれちまった。糞がっ! 弟の方でこうも手強いなんてな…… ヘルツォークは悪魔でも量産しているっていうのかよ」

 

 「義兄上が言う、戦争を真面目にやっている所は似通ってくる…… 技術的にも収束していくという事か。しかし、どうにも弾が勿体無いと感じてしまうのは、ヘルツォークが貧乏であったのを子供心に覚えているせいか……」

 

 エルンストが鬼灯型戦闘艇から距離を取り、向こうも高度と角度で優位性を確保しようと魔力シールドを展開し直し、一瞬場が静まったその時、エルンストの側面、新ヘルツォーク艦隊側から魔力が収束していく兆候をエルンストは感じ取った。

 

 『速く(シュネル)力強く(クラフトフォル)貫け(ドゥヒトリンゲン)!』

 

 ガギィィィイイイン!!

 未だ目視だと捉えきれないような距離から魔力が放出された瞬間、鬼灯型戦闘艇から甲高い金属音が戦場に鳴り響いた。

 

 「ぬぅぉっ!? んだ、一体…… げっ!? 貫通して一人吹き飛んでいやがるだと!」

 

 魔法を重ね掛けした高威力魔力ライフル弾が、鬼灯型小型戦闘艇全体を包み込むように展開しなおした魔力シールドを意図も容易く貫通し着弾。

 更には魔力要員として固定されている元黒騎士部隊の騎士一人の上半身を吹き飛ばしつつ、鬼灯型戦闘艇そのものも貫通して弾は抜けていった。

 

 「ライフルを錫杖に見立てた魔弾(マギーフライクーゲル)!? 義兄上(あにうえ)っ!」

 

 光学魔力映像を拡大展開して照準及び戦場を見据えていたエーリッヒは、射撃後急スピードでエルンストの下へ向かった。

 

 

 

 

 「正直、口径のせいで使いどころが中々に難しかった魔法が役に立ったな」

 

 軍艦級飛行船の耐物耐魔力シールドを貫通しても、豆鉄砲過ぎて大勢に影響を与えられない代物。誘爆処理まで考慮しないと軍艦級飛行船には使用できず、速さと貫通力が高くてその処理をする間もなく抜けていってしまう。

 敵艦砲筒内を魔力弾頭やスピアをするりと突入させて爆発させるほうがよっぽど効果的だ。

 

 「来たな、来たなぁぁああ! 会いたかったぜっ! 道化師(ピエロ)のガキィィイイ!!」

 

 鬼灯型戦闘艇が魔力を濃縮した砲撃とマシンガンで魔力弾を乱射しながら迫ってきた。

 

 「大盤振る舞いじゃないか。羨ましい限りだな」

 

 魔力砲と乱射されるマシンガンを身を捻りながら交わしつつ、ダビデは鬼灯型戦闘艇の下方に滑り込む。

 

 「義兄上! 挟みます」

 

 「魔力弾頭、併せろ!」

 

 エーリッヒの駆るダビデとエルンストの駆るダビデから小型の魔力弾頭が鬼灯型戦闘艇を上下から襲い掛かる。

 

 「うおっ!? っと、やべぇ! もう一人ダウンだと!?」

 

 寸でのところで魔力シールドの展開に間に合ったシークパンサーの首領であったが、魔力シールド要員の一人が完全に魔力切れを起こして絶命を知らせる点灯が、操縦室内を照らす明滅によって逆に冷静さを取り戻した。

 

 (やべぇな。あっという間に魔力タンクの元黒騎士が二人オジャンかよ……)

 

 上半身が吹き飛ばされて血が噴き出している黒騎士部隊員に加えて、エルンストとの戦闘に加えて先ほどの挟み撃ちの攻撃によって限界以上に吸い取られて魔力切れを起こし、絶命しているもう一人の様子を見ながら心中で悪態をつく。

 

 「おや、魔力が切れたと思ったら質が変わった…… 今は二種類」

 

 「敵の操縦者の声を拾いましたが、四名だそうです」

 

 エルンストの言葉に、あぁ、と合点がいったかのような反応をエーリッヒは示した。

 

 「航行と攻撃に魔力シールド、そしてそれらに魔力波で指示を出すのに四名という事か。微妙な各展開時のタイムラグはそういう…… ファンオースはよく考えたものだ。僕の攻撃後に航行がやたらスムーズなのは指示を出す人物が航行も行った…… あの魔弾で一人仕留めていたという事だな」

 

 通常の鎧は一人で魔力的作業を行うので、感知できるほどのタイムラグなどは存在しない。

 元々、そこがエーリッヒもエルンストも気になっていた箇所であった。

 

 「まぁ、この鬼灯型戦闘艇(フィザリス)の性能と戦闘データは身を以て確認出来たからな。潮時ってところか――」

 

 シークパンサーの首領は後退しつつも、撤退用の魔力信号弾を味方の艦隊側に解き放ち、魔力妨害作用のある煙幕弾を己とエーリッヒ達の間の空域に散布した。

 そして拡声魔法で捨て台詞とばかりにエーリッヒ達に聞こえるように己が声を発する。

 

 「――てめぇら二人纏めて相手するのは分が悪ぃ。おい、赤い道化師(ピエロ)! てめぇは必ず俺が引き裂いてやる! んじゃぁな!!」

 

 「えぇい、魔力感知が阻害される!? ピエロ…… また何とも懐かしい呼ばれ方だな。まさかもう一度戦場で顔を合わすとは」

 

 曲芸のように飛び回るエーリッヒをそう呼んだ敵はただ一人、エーリッヒ自身が初陣で相対したあのラーシェル神聖王国の公認空賊だと気付いた。

 

 「義兄上のお知合いですか?」

 

 「あぁ、懐かしい初陣の相手だよ。鎧に乗ってた奴じゃなく、指揮していた奴だな。トーマス氏が言っていたラーシェルの政変で切り捨てられた部隊、空賊としても活動していた奴等だ。あいつらが派兵されていたか…… それにしても厄介な煙幕だな」

 

 煙幕越しに狙いを定めようとするが、鬼灯型戦闘艇(フィザリス)から発せられる搭乗者の魔力感知が暈されてしまい、ライフルの狙いを定めることが出来なかった。

 

 「引き際も鮮やか。手強いですね…… 追いますか?」

 

 エルンストは風系統の魔法で煙幕を強引に霧散させながらエーリッヒに確認を取る。

 

 「いや、退いていく方角がファンオース公国の侵攻ルートの南西…… 何処に退くのか知らんが、あちら側に我々が気にする関係先は無いからな。放っておく…… 見ろ、リオン達と超大型、それに側面を突く形で王国の迎撃艦隊が公国の侵攻艦隊に航路を取り出したぞ――」

 

 パルトナーを先頭に据え、後方に辺境男爵グループがそれぞれ率いているファンオース製の軍艦級飛行船が砲撃を開始してモンスター群を撃ち抜いている。

 その光景をエーリッヒとエルンストは、それぞれが魔力光学映像で鎧内から確認し始めた。

 

 「リオンとパルトナーは超大型の対処。後ろから砲撃をしている辺境男爵グループの目標は、周囲に無数に存在するモンスターの排除、次に公国旗艦の前方に展開された艦隊への対応っていった所か」

 

 「リオンさんの背後から撃ち込んでいる砲撃、あれってほぼヘルツォークと同じじゃ……」

 

 秒速900m、最大射程42㎞にも及ぶ46口径の主砲、ヘルツォークは金属加工技術に魔法技術を加えて製造した魔法冶金複合産物であるが――

 

 (ルクシオン先生自体は科学技術の結晶…… 金属加工技術だけで、この世界の技術ツリー上の過程における実在可能なギリギリの産物を製造したというわけか。そもそもルクシオン先生に魔法技術の工程は必要ないだろうし)

 

 「あれは金属加工技術だけでリオンの工場で製造した代物だよ。でなければ逆に辺境男爵家だけで運用は難しいだろう。常態化する魔法的メンテナンスは彼等じゃ無理だ。確かメンテナンスはリオンの工場っていう話だからな。常日頃行うのは清掃や部分分解程度、冶金技術の産物でなければ彼等にはそもそも扱えない」

 

 「しかし、うちでも金属加工技術だけであれを製造するのは、まだ早くて数年掛かるというのに…… しかし砲撃の精度が高くありませんかね? 言葉は悪いですが、ナーダやバロンならまだしも辺境男爵家程度が、互いの高度を精確に読み切れるとは……」

 

 ヘルツォークは照準先の高度と互いの高度を掴むために、引退した熟練の鎧搭乗者や艦の操舵手を採用して測距手として運用している。

 互いの高さ、そして相手先の航行スピードに予測路の把握は、鎧乗りや操舵手に勝る者はいない。測距手から指示のある高度に併せて、旋回手と俯仰手が調整するという流れだ。

 

 「おそらく照準器、熟練者が不要な射撃式装置があるのだろう。興味はあるが、僕はヘルツォークの感覚を信頼しているよ。辺境男爵にはあれで十分過ぎるだろうさ。ただ、平和が長く続いた後は、あの照準器が必要になるのかもね」

 

 (搭載されている射撃式装置も、恐らくこの世界で製造可能な代物(しろもの)なのだろう。でないと途端に辺境男爵グループが持つ軍艦級飛行船は、準ロストアイテムクラスになってしまう。目立つことが一応は嫌いなリオンの胸中をルクシオン先生は汲み取っていると思いたいが……)

 

 エーリッヒとエルンストがパルトナーと辺境男爵グループが操る軍艦級飛行船を観察していると、ヘルツォーク陪臣十一家の一つ、フュルスト家の次男であるパウルが駆逐艦型高速輸送船を操り、二人の下に航行してきた。

 

 「さて、エルンストは王宮直上防衛艦隊を新ヘルツォーク艦隊の前面まで退かせて待機。王家の船が動き出して暫くした後、戦場に変化が現れなければ要人を乗せた新ヘルツォーク艦隊は後退しろ。やはりあの超大型がいる内は、降伏勧告なんか出来そうにないな」

 

 「……ふぅ、義兄上がいく必要は無いと思いますけどね。私達の任務は現状を鑑みるに終了では?」

 

 エルンストがエーリッヒのこれからの行動を予測して釘を刺してくる。鎧だけならまだしもエーリッヒがいつも運用している駆逐艦型高速輸送船が来ている段階で、エルンストも即座に察しが付くというものだろう。

 

 「名目は司令官、将官による秘密作戦の極秘通達事項の連絡といった所かな。だから佐官のお前は付いてきちゃだめだぞ。行動は先に述べた通りに。後退進路は事前策定の航路で構わないからな」

 

 「了解です…… いいですか、あまり無茶しないでくださいよ。義兄上に何かあったら私が姉上に怒られるんですから」

 

 エルンストの物言いと本気で怯えている声色にエーリッヒは噴き出してしまった。

 

 「ははは、それに僕は待っているんだよ。うちの怖~い戦女神が来るのをね…… 感じるんだ」

 

 「……何となくわかります。この魔力波が乱れに乱れた中であってさえ、予感はしますね…… だからこそ無事でいてくださいよ」

 

 魔力量はヘルツォーク家の面々に及ばずとも、特に魔力の感受性が敏感なエーリッヒからは種々雑多に乱れた魔力波が視認できる。

 王国本土端防衛戦以来の戦場の魔力の乱れ具合、恐らく王国軍も公国軍も真面に通信が行えない状態に陥っているだろう。

 

 「パウル、目標はパルトナーと王家の船の中間点だ。そこを埋める」

 

 ダビデを甲板に着地させたエーリッヒはパウルに指示をだし、駆逐艦型高速輸送船は戦場の中心地に向かうのだった。

 

 

 

 

 パルトナーの大砲及びミサイルが次々と発射されて超大型モンスターの多腕を吹き飛ばしていく。その爆発に巻き込まれた周囲を浮遊するモンスターも一緒に搔き消えていった。

 

 「ラスボスの回復が早いな。出し惜しみせずにどんどん撃て」

 

 『砲撃開始』 

 

 リオンの指示後に行動を開始するオフラインのルクシオンにも慣れてきたリオンは、目標の第一段階にあたる超大型の真下に潜り込むために奮戦する。

 

 『敵艦隊、隊列の変更を確認』

 

 「遅いし構うな。その速度じゃ親父達の船の砲撃で対処可能だ。超大型に集中しろ」

 

 モンスターを目標に砲撃していた味方の辺境男爵グループが、パルトナー側に航路変更しようとしたファンオース艦隊に砲撃を開始する。

 

 「リオンの奴、あんなのに突っ込んでいって本当に大丈夫なのかよ」

 

 ダニエルは砲撃を指示しながら前方にいるパルトナーと甲板にいるであろうアロガンツに乗るリオンを心配する。

 時を同じくしてレイモンドも同様の心配をしていた。

 

 「あ、安全とは聞いてたけど…… 何がどう動くかわからないじゃないか。リオンなんかあんな前に。くっ、とにかく撃つしかない」

 

 パルトナーはついに超大型、そして公国軍の目と鼻の先まで接近していた。

 

 「おぉ、最新式の大砲、凄いじゃないか」

 

 パルトナーの後方から味方艦が次々に砲撃を打ち込み、公国軍艦艇の魔力シールドを貫いて撃沈していく。速度と質量の暴力には、既存の砲撃を想定している魔力シールドでは耐える事が出来なかった。

 パルトナーは味方の援護射撃の隙に更に前進して、超大型の真下を捉えた。

 

 「よし、懐に入ればこっちのもんだ」

 

 リオンの予測では、真下を取れば超大型の攻撃を受けないと読んでいる。

 そしてパルトナーが潜り込んだその時、王国軍及び領主軍混成艦隊はその動きを予測され待ち構えられていた公国軍と激突したのだった。

 

 

 

 

 「誘導灯を敵艦隊に投下してモンスターで壁を作らせろ。王国軍迎撃に編成した艦隊は高度を取った後、モンスター排除のために出撃する鎧と敵艦隊を一斉射にてモンスターごと吹き飛ばせ」

 

 公国軍旗艦から全艦艇に向けて指示を出しているファンデルサール侯爵は、通信状況が悪い事を鑑みて光魔法での公国公用信号伝達へと既に切り替えていた。

 モンスターの動きをある程度誘導可能な魔道具を投下した後、侯爵の指示通りに艦隊は動き出す。

 

 「この魔力が乱れて通信が覚束無い中、各艦艇部隊への素早い指揮が可能とはな。公国の艦隊のほうが王国軍より動きの速度が勝っている。流石だな侯爵」

 

 バンデルは出陣前に戦場を俯瞰してリオンとパルトナーの位置を特定した後、ヘルトルーデに最後の挨拶を済ませようと考え、再度指令室となっている貴賓室へ顔を出した。

 

 「……最早、退けんか?」

 

 「外道騎士が戦場にいる。奴のロストアイテムの飛行船とその背後にいる軍艦級飛行船二十三隻に前線の艦隊がやられているのを確認した。だが、外道騎士とロストアイテムの飛行船さえ墜とせば瓦解するだろう」

 

 「バンデル! 魔装を植え付けた貴方では…… もう――」

 

 ヘルトルーデはバンデルの身を心配するが、バンデルはその言葉を制して覚悟を告げる。

 

 「姫様の知っての通り、この命は風前の灯火。であるならば、冥途の土産に外道騎士の首を獲ってあの世に向かいましょうぞ――」

 

 幼少期より仕えてくれた黒騎士の言葉にただ、涙を流す事しかヘルトルーデには出来ない。

 

 「――公妃様が呼び出した空と海の守護神様も未だ健在。姫様には後の公国をお任せします。侯爵、貴様は余計なことを言わず、考えずに艦隊の指揮を取れ! お前達は侯爵と姫様をよく見ておけ」

 

 「バ、バンデル、一体どういう…… お爺様?」

 

 侯爵と黒騎士の間に流れる不穏な空気をヘルトルーデも感じ取るが、周囲にいる強硬派の貴族達が侯爵を牽制するかのような動きを見せだす。

 侯爵は押し黙って、視線と思考を艦隊配置図に戻した。

 

 「い、一体どうなっているの?」

 

 公妃との対面時の感情の高ぶりもあり、先ほどの廊下での両者の話し合いを聞いていなかったヘルトルーデは、指令室の異様な空気に背筋が冷えてしまう。

 誰もが緊張な面持ちで侯爵を見据える中、物言わぬ公妃だけがヘルトルーデをその虚ろな目で捉えていたのだった。




ヘルツォーク式マシンガン、モデルは明治45年/大正元年ヴィッカースマシンガンです。冶金技術と魔法技術の複合産物ですので、マキシムのような水冷式ではないという観点から、ヴィッカースが一番近い形となっております。

削り出しで球を真球に限りなく近づける時、コンマ00以下だか000以下の単位の作業は未だに機械では不可能で、職人の手、指先の感覚で行っているという技術に脱帽です。

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