乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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鷺ノ宮様、ネモス様、懺悔する人様、誤字報告ありがとうございます。
15話の誤字指摘、【痩せぎす】については、誤字としてではなく表現上そのままで記載致します。
ご指摘ありがとうございます。


第106話 リビアの力

 王家秘匿のロストアイテム、王家の船であるヴァイスの艦橋では、震えるオリヴィアを心配そうに見つめているアンジェリカの姿があった。

 

 「リビア、少し休め」

 

 涙を流しながら両手で頭を押さえ、更には呼吸も乱れているオリヴィアをアンジェリカは抱きしめて支えた。

 アンジェリカの気遣いの言葉に首を振るオリヴィアは、この戦場に溢れている兵士達の感情の奔流が自身に流れ込んでくるのをヴァイスに乗り込んでから必死に受け止めている。

 

 「苦しい…… こんな苦しい思いまでして、皆…… どうして、こんなに辛い思いまでして戦うんですか!? どうして……」

 

 「……どうして、だろうな」

 

 アンジェリカは答えを知っている。

 その立場上、答えを学んで来てはいるが、実際に戦場に立って目の当たりにしてしまうと、その答えが正しいのか、若しくは間違っているのかさえも分からなくなってしまった。

 

 「ちょ、ちょっと!? この船の周りにも敵が集まってきているんですけど! ヤバイんですけど!?」

 

 胸を押さえて(うずくま)るオリヴィアを心配しながら支えていたアンジェリカに対し、マリエの焦った叫び声が、余計にアンジェリカの苛立ちを募らせていく。

 

 「静かにしろ!」

 

 「は、はい!」

 

 聖女の格好をしているマリエにアンジェリカは一喝し、その迫力にマリエは背筋を伸ばして畏縮するという、器用な態勢を取ってしまう。

 

 「周囲に護衛艦もいる。それに、この船は簡単には落ちん」

 

 アンジェリカとオリヴィアの周囲を浮遊していたリオンが持つもう一つの人工知能、クレアーレが頷くような仕草でレンズを下方に傾けてから戻した。

 

 『一番の脅威はマスターの真上にいる超大型と呼ばれているモンスターね。それ以外にこの船は落とせないわよ。それよりも二人の準備はいいかしら? あ、あとマリエも』

 

 まるでオマケのように扱われたマリエは、少し不機嫌そうな表情を浮かべるが、アンジェリカの迫力に気圧されて黙ってしまう。

 

 「リビア、こんな戦いは早く終わらせよう。出来るな?」

 

 優しく語りかけてくるアンジェリカに応えようとオリヴィアは頬を涙で濡らしながらも頷き、両手を胸の前で組み祈りを捧げる。その姿から荘厳なものを感じ取ったアンジェリカは、自然とオリヴィアと同じ動作で祈りを捧げるべく胸の前で腕を組んだ。

 オリヴィアからの力が自身の身体に流れ込むような感覚を受け取ったアンジェリカは、戦場全体からの声が心の中に入り込み、戸惑いと苦しさがアンジェリカ自身を襲い掛かる。

 

 《ひぃ、来るな、来るなぁぁああ!》

 《た、助け、ぐわぁぁぁあああ》

 《逃げちゃ駄目だ…… 逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ!》

 《うわぁぁああ!? 何機の敵がいるんだよぉぉおお!》

 《王国民だけを殺すモンスターかよ!?》

 《ファンオース人は、ファンオースにいればよかったんだよ!》

 

 《ファンオース、バンザァァアアイッ!》

 《死に土産を頂く!》

 《赤い鎧に見えたが、あ、赤い奴だと!?》

 《姫様、ヘルトルーデ姫様、助けてよ。ヘルトルーデ姫様ぁぁああ!》

 《南無三!》

 《我々の意地を見よ!》

 

 (ぐ、胸が締め付けられる…… 涙が、止まらない。リビア、お前はすっとこんなものを感じ取っていたのか)

 

 戦いに身を置く者達の叫びに悲痛な心情、散々(ちりぢり)に掻き消されていく命が、止めどなく自らの中に入り込んでいく。

 

 『共鳴とでも言えばいいのかしら? オリヴィアの能力に反応しているわね。王家の船のマニュアルには、こんな機能は説明されていなかったわ』

 

 その時、オリヴィアの身体がガクンと波打つように震えた。

 

 「ぐ、かはっ! な、何これ? これが、人?」

 

 「ちょ、ちょっとあんた達大丈夫なの? しっかりして」

 

 アンジェリカにはまだ感じ取れていない異質な物にオリヴィアは倒れそうになるが、マリエは慌てながらも何とかオリヴィアを駆けよって支える事が出来た。

 

 「憎悪、憤怒、悲哀、苦悶、そこに愛? ……綯交(ないま)ぜとなって一つを形作ってるなんて!? 気持ち悪い…… もう、人じゃない」

 

 オリヴィアは甲板に吐き出してしまい、アンジェリカも(うずくま)ってしまう。

 マリエはどうしたらいいかわからずオロオロとし出すが、クレアーレは淡々とヴァイスの主砲でモンスター達を撃ち抜いていく。

 

 『マリエも働いて頂戴』

 

 「え? 何をすればいいの?」

 

 『オリヴィアとアンジェリカからの力が弱まってる。二人の真似をして、その後は聖女パワーでも何でもいいからどうにかしなさい』

 

 マリエは訳がわからず、言われた通りに二人と同じ祈る姿勢を取りながら、治療魔法で使用する魔力を放出させる。

 マリエの力が合わさったことにより、アンジェリカは今まで重苦しかった状態から解放されていくのを感じる。オリヴィアも持ち直して三人の力が共振され相乗していく、王家の船から光が満ちていき小さな振動を発生させていった。

 アンジェリカは先程とはうって変わり、胸中に温もりがひろがっていくのを感じる。

 

 (また、あの時と同じように平和で楽しく過ごしたいな)

 

 自然と思い浮かべるのは、夏季休暇のリオンの浮島で過ごした温泉帰りでの三人で仲睦まじく歩いた光景であった。

 

 

 

 

 エーリッヒはモンスターに加えてファンオースの鎧を撃ち抜いたその時、戦場を徐々に浸透していくような力を感じ取った。

  

 「何だこの不愉快な感覚…… 人の中に土足で踏み入ってくる奴がいる」

 

 恥知らずな俗物でもいるというのだろうか?

 パルトナーの背後からの砲撃で瓦解したファンオース艦隊から溢れてきた鎧達を相手取っていると、不意に胸奥を撫でられるような不快さを感じた。

 視線を向けた先には王家の船がある。

 

 「原因はあれか…… 徐々にだが、出力が増していくのを感じる……」

 

 不快過ぎて破壊したくなる衝動に駆られるな。

 その時、黒い存在感が俺、というよりもパルトナー側に向かうのを感じ取り、パルトナーとのラインに割り込みライフルを撃ち放った。

 

 「ようこそ黒騎士殿。早い再会に心が踊る気分だよ」

 

 速度と威力を重ねがけした高威力魔力ライフル弾が、そのまま黒騎士の鎧、ロストアイテムの魔装に吸い込まれていく。

 

 「魔力シールドに油断し―― 何!? 修復されただと!」

 

 黒騎士が避けずに真っ直ぐ飛来してくるため、魔力シールドを貫通して胴体中央に着弾したが、被弾した箇所が即座に修復されていくのが、魔力光学映像で確認できた。

 

 「魔力を相も変わらず小賢しく使いよる。だが、効かんよ。ふはははははは、お前ごときでは俺と相対する事叶わんと思え! ヘルツォーク!」

 

 黒騎士の魔装の目が開くと同時に恐ろしく魔力の強い火球が八つ放たれてきた。

 

 「ちぃ、オーバーキルにも程があるぞ」

 

 俺は放たれた火球の側面に魔力波を照射して、火球の進行を強引に逸らす事で回避した。その時、黒騎士の魔力に変化が見て取れた。

 なんだ? ラグのように振れたかと思えば、黒騎士を構成する魔力が別の魔力に侵食されたように見える。

 

 「手妻のように魔法を扱う。大道芸でもやっておれば長生き出来たものを!」

 

 「く、えぇぃ!?」

 

 黒騎士の斬下ろしを横に避け、逆袈裟を回転しながら交わして黒騎士を覆う魔力シールドに蹴りを加えてダビデの態勢を整える。

 

 「退け、退けば見逃してやろう。もはや俺には外道騎士以外に興味は無い。いや、外道騎士とあのロストアイテムは墜とさねばならん。ロストアイテムを持たん貴様では俺に相対する資格はない」

 

 「つれないことを言う。リオンが外道? 功績としては王道じゃないか。寧ろ僕やお前、お互い道を踏み外してしまっている者同士だ。鎧なんかの質に拘らず、仲良くしようじゃないか! それに、ロストアイテムの鎧しか持たないお前では、なるほど、確かにアロガンツにはその大剣があるので勝てはするのだろう…… だが、それで終いだがな」

 

 ほぼ、ワンオフ機と呼べるようなダビデやソロモンではあるが、それでもあの超大型を知ってしまうとロストアイテムの鎧だろうが汎用機だろうが、等しくどちらも蚊蜻蛉(かとんぼ)とそう変わらないだろう。

 そして、ルクシオン先生はパルトナーというロストアイテムクラスを製造可能であり、この大陸の下でもう一体の超大型を足止めしている。おそらくアロガンツもルクシオン先生が製造したのだろう。

 単体できっちりと超大型を足止めしている時点で、鎧程度のロストアイテムでは敵う道理は無さそうだ。

 俺のような年代だと、法理やシステムの穴を突いて強者となる、本来の意味でいうチート(ずる)というよりは、この世界の埒外から現れたバグのような存在と呼んだほうがしっくりとくる。

 

 「それで終いで何が悪い! 後は空と海の守護神様が王国を沈めて悲願は成就されるのだ! そしてっ!――」

 

 俺はあくまでリオン達へのラインを遮るかのように黒騎士の前に立ちはだかり、ライフル弾とスピアを二基射出させて攻撃を仕掛けた。

 スピアを黒騎士の周辺を飛行させ、スピアの尖端下部に仕込んである射撃装置で撃ち放つが、シールドに弾かれてしまう。ライフル弾は黒騎士の持つアダマンティアス製の幅広な大剣に防がれてしまった。

 やはりあの剣だけは貫けないか。本当に厄介だな。

 

 「――浮島を爆破するという、畜生に(もと)る貴様のような奴に外道などと言われる筋合いはないっ! ファンオースへのヘルツォークの所業、知らんとは言わせんぞ!」

 

 黒騎士の剣戟を身を捻りながら交わすたびに、鎧が徐々に削られる箇所が出てくるが、大勢に影響が出ない範囲であるので無視に努める。

 黒騎士に背後を抜かれないように気を付けながらも、魔法に小型魔力弾頭を爆発させて、黒騎士の視界を奪い、態勢を崩す事に専念する。

 

 「く、くはははははは! 知っているさ! 誰よりも知っているよ黒騎士殿」

 

 「何だと!?」

 

 「作戦立案者は僕だからだ」

 

 俺の言葉に黒騎士は絶句している。

 

 「作戦遂行のための準備も僕が行った。実行責任者はエルザリオ子爵だがな。あぁ、それとお前らが大好きなモンスター群も仕上げに首都に解き放った…… 何だ、知らなかったのか? 傑作だろう?」

 

 「お、およそ貴族…… いや、人間の所業とは言えんぞ!? この悪魔めがぁぁああ!!」

 

 王国本土をモンスター群で耕しておいてよくも言う。

 途轍もない速さで黒騎士は斬り込んでくるが、冷静さを欠いているのが丸分かりだな。

 エルザリオ子爵から聞いた黒騎士の戦い方、それに修学旅行での不意遭遇戦での戦い方とも違う。猪突猛進が過ぎるのが気にはなる。

 

 「只の人でヘルツォークは救えない。騎士や貴族でもヘルツォークが守れないというのであれば、僕はお前の言う悪魔にでも何にでもなろうじゃないか」

 

 体当たりで黒騎士の突進を止めた後、光魔法で刹那の時を怯ませてから、魔力弾頭で黒騎士を押し戻す。

 

 「お、王国という悪が、貴様のような巨悪を生み出した…… やはり王国は滅ぶべき存在だ!」

 

 「正義の在り処などという馬鹿馬鹿しい論理を語るつもりはないがな。だが、僕の屍の向こう側にお前にとっての其れが存在するのであれば、踏み越えて見せればいい」

 

 「小僧ぉぉおおっ! 楽に死ねると思うな!」

 

 黒騎士が魔力を高めた時に気付いた。先程の妙なラグといい、黒騎士から感じる異質な魔力の存在を。

 

 「ははははは、黒騎士殿。どうやら喰われかかっているみたいじゃないか。さぁ、踊ろう黒騎士殿。お前の刃が届くのが先か? 生命が尽きるのが先か? 刻一刻とそのロストアイテムとやらの魔力に浸食されていっているぞ!」

 

 「抜かせ! 所詮はそんな鎧を駆る貴様は雑魚に過ぎん。圧倒的な性能差で圧殺してくれるわ!」

 

 ここに来て時間がこちらのアドバンテージになるのは皮肉ではあるが――

 黒騎士の大剣に鎧を削られながらも回避と同時に回し蹴り、加えて魔力弾頭を放つ。ダメージは与えられずとも黒騎士を押し戻してこの局面に固定させる。

 

 「行かせんよ。この世界の理合で()を生きている僕達は、結局のところ前座に過ぎないさ」

 

 時間稼ぎに徹する六芒星(ヘキサグラム)の赤色が、黒騎士を惑わしながら周囲を飛空する姿は、人間を唆す悪魔のようであった。

 

 

 

 

 リオンが超大型に対峙し、エーリッヒが黒騎士と戦い、その他でも戦いの激しい業火が灯されている最中、王家の船から戦場を温かく包み込んでいくような光が放出されていく。

 

 《もう争わないで。私は、こんな戦いを見たくない。お願い、戦いを止めて!》

 

 オリヴィアの心の声が戦場全体を浸透していく。

 光を浴び、その声を聞いた兵士達が操る飛行船や鎧は動きを鈍くしていき、ついには武器まで手から離して稼働を止めてしまう者まで現れ出していた。

 そして、モンスター達が次々に黒い煙になって消えていく。

 その凄まじい光景をリオンは目の当たりにし、自然と言葉が漏れ出していた。

 

 「これが…… 最終兵器か」

 

 王家の船、ヴァイスから放出された光を浴びる超大型モンスターは、まるでその光を防ぐかのように多腕を交差させて身を護るようにしているが、その男爵領の浮島よりも巨大な身体が徐々に消滅していく。

 

 「これで、終わり? は、ははっ! 愛って凄いな! っ!?」

 

 超大型モンスターが完全に消滅し、勝ったと喝采をあげようとしたリオンであったが、その身体から急速に戦意が消失していくのを感じ取った。

 自身の感情を強制的に排除される恐怖が襲う。

 

 《もう止めましょう! このままでは、多くの人達が犠牲になります。戦いを止めてください!》

 

 リオンはまたもやオリヴィアの声が聞こえた。恐らく戦場にいる全ての人がオリヴィアの声が届いている。

 リオンは決闘時にオリヴィアの声が、騒然としていた闘技場内でさえ、全ての人々に行き届いた事実を思い出した。

 

 「これがリビアの、本当の力……」

 

 特段、人の心を揺さぶる名言ではないが、人の気持ちを掴んで離さないオリヴィアの声色にリオンは逆らうことが出来ない。

 

 (そんな言葉で戦いが終われば誰も苦労はしない。しないが、本当に戦いが終わって欲しいという気持ちが心の中に入り込んでくる)

 

 『精神攻撃を確認』

 

 オフラインのまるで抜け殻のようにリオンには感じられてしまうルクシオンが報告してくる。

 

 「何て酷い攻撃だよ……」

 

 ヴァイスの性能で強化されたオリヴィアの能力は凶悪だ。王国を恨んでいる公国の騎士達がオリヴィアの声を聴いて武器まで捨てだしているのだ。

 人の心をどのような状態でも海が穏やかに凪いでいる様相に変貌させていく。そして、リオンが見ている心象風景には、懐かしい前世での光景が広がっていくのだった。




何の光!?
ラカン何とかさんが、いっぱい戦場に現れたそうな……
ビル何とかさんとか、マシュ何とかさんとか、知らない天井さんとかがいっぱい出てきた(笑)
他にも複数。

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