乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です 作:N2
ローランドは光を浴びて混乱している。
ミレーヌをパフパフし出した。
混乱していたミレーヌは正気に戻ってローランドをひっぱたいた。
ローランドは正気を取り戻した。
王家の船、ヴァイスからオリヴィアの力を増幅して放たれた天使の光輪とでも呼ぶべき慈愛の光は、戦場全体に影響を及ぼしている。
現世から前世、そしてまた現世へと情景がエーリッヒの中で浮かんでは消えていく。
そして骨髄を今もなお蝕み続ける根源が去来してくる。
『馬鹿な!? 毎年十二家からだと! ロクリスがされた仕打ちのほうが、まだ情けがあるじゃないか!?』
ここはヘルツォークにある秘匿されている地下
『はて、ロクリスとは? エーリッヒ坊っちゃま。もう、80年も前に終わった事なのです。フュルストの先々代ですら幼く、徹底的に隠匿されたので、もうこの老骨しか当事者、もはや知る者もすらもいないのです――』
ロクリス人は前世での歴史、神話に近しい話だが思わず声に出てしまった。
『――何故、坊っちゃまが知る事になったのか…… もはや直系のホルファート王家とて知らない秘事だと言うのに。この
この霊廟は祭殿の地下、ヘルツォークでは年に二度祭事が行われるが、この霊廟は誰にも知られていない。
地下を構成する建材が、準ロストアイテムクラスの含有魔力石材に加え、古く複雑で高度化された魔術式が刻まれている。既存の魔力を扱う法則化されているものではなく、術者が己の才覚で魔力の術式を構成したものだ。
これは土中や大気から魔素を吸収してこの場を保つ事が半永久化されているのだろう。
外界から魔力的に遮断された結界のようでもあり、管理厳正されているダンジョンのような状態とも言えた。
『……日記です。ヘルツォークを取り巻く環境を探る過程で、古い十二家の婦女子達の日記に空白の期間があった。そして、その婦女子達は全て自死している。しかも空白の期間後の記述は、気でも触れていたのだろう。まるで読めた物じゃなかった』
廃人と化していても何かを訴えたかった事ぐらいは俺だって理解した。心を壊さなきゃ生き抜けないぐらいの仕打ちがあった筈。
『生きて帰れた者は極僅かだというのに。それも棄てられるように見せしめで戻された娘達ですね…… しかし日記だけで?』
『……僕の身にはラファの血が流れている。怨敵を呪う為、そこに
俺の視線を釘付けにする霊廟の主とでも、いや間違いなく主であろうエルンストやマルティーナ、そしてマルガリータの
疑問と疑問を情報化して現存の物を繋いで行き、彼女と実母の存在があって初めてここに辿りつけた。
『
『さぁ、知っていることを全て話して頂きましょう。80年前に完結した、呪われた約定を』
その結果、もはや過去の遺物と化しているにも関わらず、
☆
大陸の裏側では、海の守護神と呼ばれる超大型モンスターが消え去ったことにより、ルクシオンは船体を一度海水に沈めて放熱を促している。回復する超大型を足止めするためにビーム兵器の多様で船体から煙が出るほどの熱を貯めこんでしまったためであった。
ルクシオンは船体を冷やしつつゆっくりと動きながら、子機とのリンクの回復を待つ間、この後の予定の考察をしていく。
☆
自身の情景から戻ったエーリッヒは、ほんの刹那とはいえ、戦闘から意識が切れた事に己を叱咤する。
「はっ、その者の心をその者の心に投げ返し、情に溺れさせるとでも? これほどまでにこちらの神経を逆撫でにしてくるものだとはな」
戦場のほぼ全てが動きを止めており、酷い船や鎧等は徐々に高度まで落としていっている。
まるで乗組員や搭乗者の意識が失ってしまったかのように思える。
しかし、そのような中でも、ある一定以上の信念や心の強度を持つ者に対してヴァイスから放たれる光は、エーリッヒのように不快どころか怒りすら沸き起こらせていた。
「えぇぃ! 一体何だというのだ? 何!? 守護神様が…… モンスター達まで消えているだとっ!」
黒騎士も問題なく動けており、辺りの異質な様子に戸惑いを見せている。
「黒騎士にもあの光は効いていないか」
辺りを見回すと緩慢ではあるが、ファンオース艦隊の一部が王国軍領主軍合同艦隊に攻撃を再開させようと動き出している。
(ファンオースは軍隊規律は徹底されていないが、貴族ではない兵士一人一人の屈強さは王国よりも上だからな。そういう意識的な部分と強さのチグハグさは、黒騎士からも感じ取れたが……)
学園という環境がある王国の貴族は異様なほど強いが、貴族ではない軍人の練度はファンオースのほうが高い。
ただし制圧下ではない戦場で、略奪や強姦を行おうとしていたファンオース軍の規律は最低レベルである。その部分はエーリッヒも強襲艦隊の残党制圧で報告も受けていたので知っている。
「貴様との勝負は一時預けてやる。あんな船はあってはならん! 必ず沈めてやる」
パルトナー側に浮いているエーリッヒとは王家の船は逆側、黒騎士の背後側にあるので、反転して急スピードに乗る黒騎士には追い付けない。そもそものスピードが魔装を駆る黒騎士のほうが圧倒的に速く、魔法と魔力弾頭の衝撃、更には体当たりに蹴りまで使用して、パルトナーに向かおうとする黒騎士を押し止めていたに過ぎなかった。
「オリヴィアさん、か…… 君の優しさと声色は個人的に好きではある…… だが、この世界は君のように優しくはないという事だよ。あえて狂うことも厭わぬほど極めた意志…… 命を絶つしか止まれない、止まらないんだ。互いにね」
駆逐艦型高速輸送船を操るパウルにエーリッヒは光魔法で信号を放つ。
「パウル、無人で構わないから小型艇を出せ。僕が魔力で操る」
パウルから了解という回答の信号が発された後、二隻の小型艇が出たかと思えば、一隻に乗り込んでいた人員を引き上げたもう一隻は、輸送船に引き返していった。
エーリッヒ側へ舵を操作された無人の小型艇一隻の背に飛び乗り、己の魔力を小型艇の浮遊石と魔石に浸透させていき、操舵から小型艇その物を掌握していく。
「さて、黒騎士には精々あの船を破壊してもらおうか。その隙にアンジェリカ達は避難させてもらうよ」
黒騎士はアダマンティアスの大剣で王家の船を守護しているシールドを引き裂いて突入を開始している。
エーリッヒは魔力回復薬を口に含ませながら、王家の船の艦橋側へ小型艇と共に向かうのであった。
☆
ファンオース公国軍の旗艦内にある指令室となっている貴賓室のテラスから、ヘルトルーデは戦場を包み込む光を目にし、頭に響き心を打つオリヴィアの声を聴いていた。
「何、この悲痛な声は!? しかも私達のために心を痛めているなんて…… 敵よ、敵なのよ! 私達は! あなた達は私達の敵でなければいけないというのに……」
オリヴィアの心の悲痛が胸中に流れ込み、胸が苦しく涙が止まらない。
周囲にいる貴族や兵士達も呆然とし、小間使いのための女中は涙を流して座り込んでしまった。
王国、公国を問わず戦意が失われていく。
そして、公妃が持っていた魔笛が砕け散る音が響き渡った。
「空の守護神様が! まさか海の守護神様も!? お母様!」
ヘルトルーデは慌てて自我が崩壊して廃人と化している公妃に駆け寄った。公妃に訪れるであろう結末を知るファンデルサール侯爵は、目を瞑りひたすら耐えている。
その時、公妃の焦点がヘルトルーデの視線と交わった。
「お母様!」
「ラウダを守ってあげなさい。貴女はお姉ちゃんなのだか…… ら……」
ファンデルサール侯爵は娘の声に驚いて目を見開いて固まってしまう。ヘルトルーデが聞いた声、その口調は子供の頃に何度も聞いた物と相違なかった。
「待って…… 逝かないで! お母様! 嫌ぁぁああ!」
ヘルトルーデの悲痛な叫びが貴賓室を満たす中、公妃の首が支えを失うように傾げていった。
「逝ったか…… 最期に意識が戻るとはの。これもこの温かな光のせいやも知れん」
「お、おかしいんですお祖父様。お母様が亡くなって悲しいのに、王国は憎いのに…… その筈なのに! 心が温かくて幸せを感じてきているんです……」
王国は本当に酷いと呟くヘルトルーデの両肩に手を置き、侯爵は正面からヘルトルーデに向かう。
「儂のような年代や常に戦に身を置く者は、先程の悲痛な感傷などは何度も己の心中で経験がある。だからこそ儂や恐らくヘルツォークは守る事に専念するのじゃ。弱い者が戦争を仕掛けて失敗した場合、その後に起こる悲劇は、守りに専念した場合よりも計り知れん。全く戦争などするものではないな…… 終わりにするぞ。戦意を双方喪失した今ならば、それも可能じゃろうて」
己の感情を超えた所に身を置ける人間は、このような状況下でさえ正常な判断を下す事が出来る。
ただし、既に自暴自棄で狂っていた場合、感情が強制的に鎮められようが何をされようが、条理で動くわけはないのであろう。
その時、貴賓室に銃声が響き渡った。
何故なら、狂っているのだから……
☆
新ヘルツォーク子爵領の旗艦のブリッジで、ヘルトラウダはその光と声を聞きながら戦場を俯瞰していた。
「や、優しさで、慈愛の光と声で私の憎しみも、まだ残っていた戦意まで他人に消されていく…… こ、こんなの人間がして良いことではありません!」
「わかりますよ…… ヘルツォークがどれだけ堪え、苦しみ抜いて戦ってきたか。周りを全て強大な者達に囲まれ、それでも暴発せずに守り、抗い続けて来たのです。ここまでね…… 見てください殿下。私と副艦長を」
涙を流しながら訴えるヘルトラウダを肯定しながらも、エルンストは言う。我々は違う、退かず、折れず、屈せずと静かに訴え掛ける。
新ヘルツォーク艦隊五隻の艦長と副艦長はパウルと同様に本家ヘルツォーク出身の二十代、現在は怒りを表情に湛えながら他の艦艇員に、呆けるなと檄を飛ばしていた。
「ど、どうしてこの光の中で、あれだけの激情を? 何故……」
「あのような言葉だけで戦争は止まりません。この心の中を満たす温もりだけでは、ヘルツォークを取り巻く環境からは救えないのです。それは私のような子供でさえ周知の事実…… それを! 何も知らない女の、独り善がりな戯言で止められるなど、無礼千万にも程がありますっ! 血塗れになりながら、命を落としてなお、領民の笑顔と幸福を守り抜いてきた父祖達を馬鹿にされたも同然です。どれだけ、父祖達がこの温かな光そのものを胸中に満たす事を夢見て戦ってきたと? ヘルツォークを知らない小娘が、元凶を無視した横入りなど、ヘルツォークを汚された気分になります」
「エ、エルンスト殿……」
局所的に戦闘行為を強制的に終了させようが、戦いが起こる根幹がそのままであれば、戦争は決して終わらない。
エルンストはヘルツォークを例に出して伝えてはいるが、公国貴族の重鎮達に教育されてきただけのヘルトラウダには、彼等ほどの意志も決意も持ててはいない。まだそこまでは、一度落ち着いた状況にならなければ理解は難しいだろう。
しかしそれは仕方がない事とも言える。まだ学ぶ最中の年齢でもあろう。意志を問われそれの赴くままに決定出来る立場ではないからだ。
それは公女といえど、もうどうしようも無いと言えよう。
「……ん? 何、この感覚…… 誰? お姉様!? 駄目です! もう止めましょう! それを呼び出してはっ!?」
「殿下、どうし―― 何だ!? また異様な魔力波が戦場を充満していく」
モンスターを操る素養が当代一と言えるヘルトラウダは、即座に姉であるヘルトルーデが、超大型モンスターを呼び出そうとしている事に気付いて悲鳴を上げた。
エルンストも戦場を渦巻く異質な気配を即座に察する。
そして――
「やはり、大元を無視した一時的な心の鎮静だけでは、決して戦いは終わらない」
魔力光学映像で映しだされた湖からせり上がる山のような超大型のモンスターを見たエルンストは、冷徹さで以て言葉を口にするのであった。
☆
胸から血飛沫が舞い散り、ヘルトルーデの目にはスローモーションのようにファンデルサール侯爵が、前のめりに倒れ込む姿を見つめる。
「え? お、祖父様…… な、何で?」
床に倒れ込みながら吐血する侯爵の声で、ハッとしたのもつかの間、己の背後から侯爵が撃たれたのだと気付いた。
「貴方はっ! 何故お祖父様を撃つのですか!」
その男はこの公国軍の副司令の立場にいる公国貴族の重鎮である。
「ブリッジから様子を見にくれば、戦争を止める? 今更? 今更今更、そんな事をされても困るのですよっ!」
「守護神様達が消えた今、もう公国に戦う力は無いわ!」
「守護神? 守護神――」
よく見るとこの重鎮は目の焦点があっていない。精神に支障を来たしている事が明白だ。
「そう! 守護神! 貴女がいるじゃぁ、ありませんか。ヘルトルーデ殿下。キヒ、イヒヒヒヒヒヒ」
「先ずは治療魔法師を呼びなさい! 貴方との話はそれから――」
ヘルトルーデは女中に怒鳴りつけるように言ったそばから、その貴族の重鎮は女中を拳銃で撃ち抜く。
ヘルトルーデは目を見開いてからその男を睨む。
「どうせ公国はもう無くなるのです。それなのに何故、王国が存在しなければならないのです? せっかく殺したと思った公妃が舞い戻って役にたったのかと思えば、結局こんな訳のわからない光に守護神様も消えてしまう始末。公王夫妻の能無しは相変わらずですね…… 実に! 実に嘆かわしい事です」
男が口走った内容にヘルトルーデは震えを抑える事が出来ない。
「な、何を…… 貴方は、何を言っているのっ!」
「イヒ、フヒヒヒヒヒ! 我々強硬派が殺したのだよ殿下! お前達の親を!」
「何て事を…… 仕える主君に、恥を知りなさい!」
ヘルトルーデの激昂と共に侯爵の血を吐き出す音が、この場を虚しく奏でている。
「恥? 恥ぃ…… 少数の和平派に
「そんな…… お父様達が、和平派?」
この局面でヘルトルーデは聞かされて育った事実との乖離に心が追いつかなくなってしまう。
「そう、だから殺した。私が主催するパーティの帰りに事故を装わせてね。フヒヒヒヒ、貴女達姉妹は優秀でした。親を殺した我々の教育を一身に受けて育ち、王国を憎む気持ちを抱いて成長したのですからぁ! アハハハハハハッ! 親の心子知らずとは正にこのこと」
「ひ、酷い…… 何て酷いことを! 貴方達には人の心が無いと言うの!」
「誰がそうさせた? どうしてこうなった? 王国ですよ殿下。王国が公国をそうさせたっ! 我等はホルファートの走狗ではない! 公国が無くなるというのに王国が存在してたまるかっ!! 死ね、死ね! 王国も売国王も和平派も! 滅びればいいのだ!」
高笑いと共に更なる銃弾が侯爵を襲う。
侯爵の呻き声にヘルトルーデがついに決壊した。
「痴れ者がっ、お前が死になさい!」
黒騎士バンデルから渡された自身の魔笛を握りしめ、公国貴族の重鎮へ感情に任せるがまま叩きつけるように吹き鳴らした。
「おぉ、おぉ! 親しき公国の隣人よ! 恨め、憎め、すべてを無に帰してしまえ! ガハハハハギョビィェ――」
呼び出せれた単一のモンスターが重鎮を咀嚼し喰らいつくしたと同時に霧散する。
「……ま、待て、ルーデ。意味はない…… 耐えて未来を見よ」
身を引きずりながらヘルトルーデに声を振り絞る侯爵に向かって、ヘルトルーデ自身は泣き笑いの表情を浮かべた。
「……私は王国は憎いです。お父様とお母様を殺した公国も信じられません。でも…… 知らずに唯々諾々と飾り物になっていた自分が一番嫌い…… 終わりにしてきます。恥知らずな公国の情けない最後の姫が、全てを終わらせてきます」
「ラウダがおる。民がおる。まだ終わりではないのじゃぞ…… 耐えるのだ…… 耐えた先にこそ…… 幸せは描け…… る……」
貴賓室を出て艦橋に向かおうとするヘルトルーデには、もう侯爵の言葉は届かなかった。
「盟主を蔑ろにする公国も! 公国を虐げる王国も! 共に滅びるがいいわ! 私の呪いの響きで、全てを沈めてやる」
艦橋から睥睨するヘルトルーデは呪歌に魔力を乗せて魔笛を口元にあてがう。
《私もまたあなた達の災いを笑うでしょう。私はあなた達に恐怖がやって来る時に嘲るでしょう。あなた達の恐怖が嵐のようにやって来る時に、そしてあなた達の滅びがつむじ風のようにやって来る時に、絶望と苦悶があなた達の上にやって来る時に。それゆえ彼等は彼等自身の道の果実を食うのでしょう。そして彼等自身の幻想にすっかり満たされるでしょう。なぜなら、愚か者の背きは彼等を殺す。そして馬鹿者共の企みは、彼等を滅ぼすのだから》
「愚か者の私達にピッタリね…… コンフターティス、マレディクティス」
そして、古い聖句を唱えた後、禍々しい音色を戦場に響き渡らせる。
黒騎士が王家の船に突入し、船の各所から火が上がり出している。
エーリッヒは小型艇で艦橋の目の前に到達したその時、ヘルトルーデが奏でる魔笛の音を聴こえてきた。
「ほう、何とも心に染みる歌じゃないか。オリヴィアさんの声よりも、よほど僕の心に癒やしが訪れているよ。ふはははは、全く、惚れてしまいそうな歌の
湖からせり出してくる超大型モンスター、そして再び動き出す軍艦の群れ。
天使の後光は失墜し、怒号に叫声、呪歌が砲撃を伴奏に加えながら、戦場を再び彩り奏でる楽団として舞い降りたのであった。
ゲ、ゲタだ!? でもこの世界でゲタって全く意味がないよなぁ。
エーリッヒ殿が、またオカシクなっておられる!?
浮気か? 浮気なのか!?
小アイアースで調べるとちょこっとロクリスが約900年された仕打ちがわかるかも。
あんな長い期間ではないんですが…… 凝縮されてます。