乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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神薙改式様、誤字報告ありがとうございます。


1年生編 1学期
第12話 最底辺男爵達の集まり


 リオン・フォウ・バルトファルトは、港に停泊した超弩級戦艦を呆れた目で見ている。

 

 「は?…… なぁ兄貴、豪華客船ならまだわかるけど、何で軍艦がこの港に来てるの? 戦争じゃないよね?」

 

 「いや、そんな雰囲気じゃないぞ。あの家紋どっかで……」

 

 バルトファルト家の次男であるニックスは普通クラスであり、学園にて主要な王国本土に領地を持つ貴族の家紋は、頭に叩き込んではいたが、辺境や自領と縁のない家はまだ覚えきれていない。

 

 「あんたたち馬鹿じゃないの。あれはほら、昔から悪い意味で有名な家よ」

 

 「あっ、思い出した。普通クラスの同じ学年にあそこの騎士家の女子がいた」

 

 バルトファルト家の次女であるジェナの言葉に対し、家紋ではなく昔から悪いという評価で、ニックスは思いだすに至った。

 学園女子のネットワークは、自分達の結婚に関わるのでこの手の事に関しては異様に詳しい。

 

 「ほらリオン、親父からも言われただろ。お前は貴族の娘さんをもらわないとヘルツォーク子爵家みたいになるぞって」

 

 「あぁ、あの先代が寄子の娘さんとだけ結婚したっていう」

 

 「そうよ。今の当主は貴族の娘を嫁にもらったからマシな扱いだけど、国境沿岸の危ない所らしいわ。うちの学年でも少し噂になったけど、まぁ辺境でしかも国境沿岸だなんて人気はないわね」

 

 リオンは、そのヘルツォークの先代は勇者だな。などとつい心の中で尊敬してしまう。

 

 「じゃあ、相当他から総スカンくらったんじゃない?」

 

 「酷かったらしいぞ。ただ今の代になってようやく信用は回復してきてるらしい。ほら、うちには情報が遅れてただろうが、ラーシェル神聖王国との戦争でも活躍してたみたいだ」

 

 リオンは、俺は聞いてないぞと心中で思うが、そもそもリオンは()()()()()()と自分の家族以外は、今の時点であまり興味を持っていない。

 

 リオン・フォウ・バルトファルトは、5歳の時にバルトファルト家の三男に転生? はたまた憑依したとでもいうのか、令和になる直前の日本の記憶を持つ異世界転生を果たした人物だ。

 彼はこの世界が、自らがプレイしていた乙女ゲームの世界だと知っている。

 同学年にゲームの主要人物が入学するので、それをせっかくだから脇から眺めていようとしているだけだった。

 

 (今後は王国も大変な事になっていくしな。巻き込まれたら堪らない)

 

 「でもそんな不遇な奴、あのゲームにいたかな?」

 

 「ん、何ぶつぶつ言ってるんだ?」

 

 「何にしてもあんたの世代は、王太子殿下達もいるんだから気を付けなさいよ。私に迷惑かけたら許さないからね」

 

 自分の事しか考えてない姉に苛ついてしまう。

 そこに例の軍艦のタラップから降りてくる、高めの身長にサラリとしたミディアムヘアの金髪碧眼の青年が、隣の女性とエスコートをするように上品に腕を組んで歩くのが視界に入った。

 隣の女性は、顔立ちは少しキツめだが綺麗な美人である。

 亜麻色の綺麗な髪を髪飾りで彩っており、貴金属で束ねて胸元に流している。歩く度に軽くその髪を弾ませている姿に色気を感じる。

 

 「ったくイケメン様はもう女連れかよ。物憂げな表情をしても様になるとか。てか何あれ? あの制服って同じ学年だろう!? なのにもう婚約者連れてんの? 勝ち組とか許せないんだけど」

 

 こちらはこれから上級クラスで、貴族女性の我が儘な嫁を探さなくちゃ行けないというのに、入学前に勝ち抜けをするという事は、それだけで学園男子にとっては憎悪の対象である。

 

 「大貴族以外でも辺境とかだと稀に、仲良い親同士で婚約させるじゃない。あの娘も美人なのに可哀想よね。あんな家に嫁がさせられるんだもの。しかも専属使用人もいないじゃない。いやねぇ、貧乏って」

 

 ジェナが片方の口角を持ち上げて人の悪い笑みを浮かべているが、リオンはその言葉に衝撃を受ける。

 

 「何その高物件!? あんな細身なのに胸も大きいし美人だし、泪ボクロも色っぽいし、胸も大きいし」

 

 「こら、リオン! あまり騒ぐなっ!! 相手に聞こえるだろっ!! 胸ばかりジロジロ見るな、恥ずかしい」

 

 「これだから男って。いい、ヘルツォークの人間なんかに関わるんじゃないわよ」

 

 やはりまだヘルツォークの評価は学園女子には高くないのだろう。小さなバスのような飛行船に乗り込んでいくのであった。

 

 

 

 

 「さあ、エーリッヒ様」

 

 浮島な港に着き、タラップを降りようとするとマルティーナが何を要求しているかを察して、左手の手の平を上に向けて差し出す。

 

 「はいはい、我が家のお姫様」

 

 左肘を軽く曲げそこに誘う。

 

 「フフ」

 

 機嫌よく微笑むマルティーナだが、周囲に視線を配ると徐々に機嫌が低下していった。

 

 「騒がしいですね。それに……」

 

 俺も見てみると、何やら黒髪黒目の兄弟だろうか? 仲良さげに騒いでいるのが見える。

 おぉ黒髪黒目は珍しいな。なんか前世を思い出すから懐かしい。

 その横にいる茶髪のキツそうな女子の後ろには、獣人の亜人種が控えている。

 周りを見渡すと、大勢取り巻きを連れた貴族やそこかしこに亜人種の専属使用人が目立っていた。

 亜人種とは子供が出来ないんだったか? 複数人連れている女子もいるじゃないか!? 

 こんな乱交プレイを楽しんでいる女子を嫁にしなきゃならないとか、マジでブッ飛んでるなこの世界。

 ついげんなりした顔になってしまう。

 

 「本当に学園の貴族女性は酷い…… 恥ずかしげもなく」

 

 「うちは先代のせいもあって厳格だし、お前のその感性は嬉しいが、学園じゃあれが普通だ。まぁそれでも男爵から子爵家の女子で、専属使用人がいない子もいるかもしれないから、そういう子とは仲良くな」

 

 「はい、じゃないと感覚が合わなさすぎておかしくなりそうです」

 

 だろうな。あぁ、俺も苦労しそうだが、来年はこんなところにエルンストを入れなきゃならないのか。

 嫌になるな。

 1年先輩として俺もいるし、何とかフォローしてあげよう。

 

 

 

 

 王都内の学園の大きさに、俺もマルティーナも圧倒される。仕事で王都に来たときも学園は見ていなかった。

 

 「都市全体に電気や下水が配備されているのにも驚きましたが、これは……」

 

 うちの領は港湾施設や工場、軍事施設にしか電力配備はなされてないからね。

 我が家である領主の屋敷にも通ってない。

 まぁ辺境の貧乏貴族ならそんなものだろう。

 

 校舎もとんでもなくでかいし、学生寮が高級ホテルみたいだ。しかもさらに上位貴族用のスイートルームみたいな部屋もあるらしい。

 

 「これだけの財力がある王国には、そりゃうちの先祖も逆らわないわけだ」

 

 いくら辺境の貧乏貴族が、王国死ねっ! て思っても王都やこの学園を見てしまうと、こりゃ逆らえないわ、と変に納得してしまう。

 

 「入学前には数日ありますので、王都を案内してくださいね」

 

 マルティーナは気を取り直したみたいだな。

 

 「あぁ、じゃあ今日はゆっくり休んで明日出掛けよう」

 

 女子寮は別棟になるので、俺達はここで別れてそれぞれの寮に手続きに行った。

 

 受付を済ましたが、金持ちなのか大貴族の子息なのかはわからなかったが、受付の対応が違っている。荷物を持ってくれるのは羨ましい。

 

 鍵を空けて部屋に入ると実家から送った荷物が既に置かれていた。

 書棚や机には各種教科書やノートが揃っている。

 魔法は親父に直接習ったのと、家にある古い教本で弟と一緒に勉強していた。

 軽く流し読みしたが、基本は同じだがやはり更新されていた。所々に微妙な違いというか新しい点が散見された。

 

 「とりあえず1年の範囲は問題なさそうだな」

 

 荷物をほどいていると、ノック音が聞こえてきた。

 

 

 

 

 学生の先輩達に学園外の洒落た居酒屋に連れられてきたが、親睦を兼ねて他にも新入生を誘っているらしい。

 

 「僕ら上級生や今日集めた新入生達も皆が、似たような境遇に立場だろうから、話も合うはずだよ」

 

 一番最後だったのだろう。上級生の口上が終わろうとしていた。

 気になったのが、誘ってくれた上級生が少し余所余所しかったところだ。

 若干心当たりがあるのが申し訳ない。

 似たような境遇という事は、ここにいるのが大体が王国本土じゃない辺境辺りの男爵を継ぐ者達なのだろう。正妻の実子問題は、正に今ここにいる人達に直撃した筈だから。

 それでも誘ってくれた。おそらく俺の事を知っている先輩方は、いい方達なのだろうな。

 

 俺も空いているカウンターに腰をかける。

 すると一つ空いた席の向こう側で、話をしている3人に上級生の1人が話かけてきた。

 

 「いやぁ、今年は大出世した話題の冒険者がいるから楽しみにしていたんだ。あ、俺はルクルっていうんだ。宜しく」

 

 「大出世の冒険者?」

 

 黒髪黒目の新入生が首をかしげると、眼鏡をかけたインテリチックな男子が舌打ちをした。

 

 「とぼけないで欲しいね。入学前に冒険者としてほぼ成功した男爵家の三男は君だろう? 王都どころか、僕の実家にも話は聞こえてきたよ」

 

 黒髪黒目の新入生の隣にいる日焼けしたのだろうか、小麦色の肌をした精悍な好青年が驚いていた。

 

 「あの噂の冒険者ってお前だったのかよ!」

 

 黒髪黒目の青年は、げんなりした表情で顔を伏せた。

 

 「仕方なかったんだ。金を稼がないと変態婆と見合いコースだったんだ」

 

 その青年の言葉で全員が察したのか、それ以上の追求はなかった。

 あぁ、たぶん『淑女の森』だ。

 

 「そうか、じゃあ君がリオン・フォウ・バルトファルトか。凄いものだな」

 

 俺が呟いた言葉は思いのほか聞こえたようで、ルクル先輩やリオンを含む3人もこちらを向いた。

 

 「ん、あっ!? お前、戦艦で港に乗り付けてきたイケメンか!」

 

 あれを見られていたのか、やはり目立ってしまったらしい。てか、何でそんな憎い奴を見るような目をするんだ。

 

 「そして君が、今もっとも戦果を誇る噂の騎士だね」

 

 バルトファルトの言葉に苦笑していた俺に、ルクル先輩が言葉を向けてきた。

 

 「ん、お前有名なのか?」

 

 バルトファルトが首を傾げている。

 

 「君は何も知らないのかい? 彼、エーリッヒ・フォウ・ヘルツォークのおかげで、母さん似の僕はけっこう大変だったんだ」

 

 「あぁ、1年くらい前だったか。俺は親父似だったから特に問題にはならなかったけど、けっこう騒がれてたよなぁ」

 

 あの俺が起こした正妻の実子問題に関わる事件だな。

 眼鏡の男が俺を恨めしげに見てくるが、日焼け男は頭の後ろで手を組ながら、少し思い出すように苦笑いしていた。

 バルトファルトは三男だし、特に気になっていないようだ。

 

 「公式記録合計、鎧の単独撃墜79機、共同撃墜2機、軽巡洋艦一隻中破後に拿捕だったかな。これだけの戦績で、今も現役なのは、王国でも10人もいないはずだよ。リオン君と同じく功績で男爵になるそうだよ」

 

 ルクル先輩が丁寧に紹介をしてくれた。この先輩は男爵家の跡取りで、既に結婚相手がいるとのことだ。

 

 「だからここにいるのか。だってお前、あの子爵家の戦艦から降りてきてたからてっきり子爵家かと……」

 

 そういってバルトファルトは思い出すように首を捻り、おもむろに怒りだした。

 

 「てか何だあの物凄い美人は!? 仲良さそうに腕まで組んで。同じ学年でもう婚約者がいる奴は敵だ…… カウンターでグラスなんか傾けやがって、グラサンをかけろっ!!」

 

 途端に他の学生達もざわざわしだした。

 

 「何っ! 本当かそれは!?」

 

 「殺したいぐらい妬ましいよ!!」

 

 リオンの叫びに日焼けと眼鏡が驚愕とともに睨んでくる。リオンの最後の怒りは意味がわからない!? 

 坊やだからか?  

 

 「あれは妹だよ。腹違いで同じ学年なんだ」

 

 腹違いどころか父も違ったが……

 

 「そうだったのか友よ!」

 

 いきなりリオンは立ち上がり、ガシッと俺の手を掴んできた。ここがチャンスだ。

 

 「あぁ、その何だ、良かったらお茶会に誘ってやってくれ」

 

 「ヘルツォーク、いやエーリッヒ君! お前いいやつだな! 是非リオンと呼んでくれ。だってあの娘専属使用人いないだろう? それともこれから買いに行くのか?」

 

 「リックでいいよ。あれ? 知らないんだな。ヘルツォーク家は専属使用人禁止だぞ。先代と先々代のあれ、けっこう有名だったはずだけど」

 

 「あぁ、そういえば親父に言われたよ」

 

 リオンが呟くが、貴族の娘を貰わないとヘルツォークみたいになるぞというあれだ。やはりうちも嫌な意味で有名だな。

 

 「ぼ、僕もいいかな。僕はレイモンド・フォウ・アーキンだ」

 

 「俺も俺も、俺はダニエル・フォウ・ダーランド、宜しくな」

 

 お前ら、現金だな。だが気持ちはわかる。

 

 暫くルクル先輩とバルトファルトが、バルトファルトの一番上の兄貴の事を話していた。

 バルトファルトに聞くと学園を卒業したが、結婚もせず実家にも戻らずに王都の屋敷にいるらしい。

 いくらなんでも酷い長男だな。

 

 ルクル先輩は面倒見がよく、俺達の質問にジョッキを傾けながら答えてくれる。

 婚約者のいる余裕か…… 羨ましい。

 しかも入学式までの間に王都を案内してくれるらしい、仕事絡みの所と土産屋ぐらいしか王都を知らないので助かる。

 デートスポットとお茶会関連の店を知りたい。

 まぁ、最悪お茶会関連は、リッテル商会の王都本店に頼むとしよう。

 

 「それと、君達の学年に特待生が入学するらしいよ。何でも優秀な人材を拾い上げるために、貴族以外も入学させるとか」

 

 ルクル先輩の話にレイモンドが眉ねを寄せ、ダニエルはあまり関心がないつまらなさそうな表情をしている。

 平民に門戸を開いて教育するのはいいことだと思うけどな。封建制度の王国では、貴族にとって面白くないと言うことか。

 普通クラスではなく上級クラスに入ると聞き、三人は驚いていた。王太子殿下含め有名子息も多数入学するというのに面倒な。

 

 せめて普通クラスにしてくれとグラスを傾けるのだった。

 

 翌日、リッテル商会本店をマルティーナに紹介し、リッテル商会の倉庫の一角に来ていた。

 

 「ご厚意でね。格安なんだ」

 

 昨日こちらに来た時に戦艦から搬入していたダビデを確認する。

 領内に置いておくとエルンストが、勝手に使用しそうだからという父上の意向で、リッテル商会の倉庫で管理する事になった。

 父上曰く「あまりにこの機体は有名になったからな。エルンストが動かして不様な姿は、見せられない」との事だ。エルンストも今は相当上手くなってる筈だけどね。

 

 「ダンジョンで稼いで少しずつ強化しようかなとは思うんだ。腕部や脚部が出力に比して少し脆いからね」

 

 「本当に殿方は鎧が大好きですわね。まぁ、空を翔ぶ姿には、わたくしにも雄壮で胸にくるものがありますが」

 

 マルティーナが多少の呆れと共に胸を押さえながら見てきた。

 1年前よりもさらに成長している。

 相変わらずの細身ながら胸は少し大きくなっていた。

 

 「(いい)、女だな」

 

 「何か」

 

 俺の呟きに小首を傾げて聞いてくる。昔からのその仕種は可愛いが、この妹も結婚を前提として、婚約を行う年齢になってきたのかと思うと感慨深い。

 多少胸がモヤるが仕方ないさ。

 

 「いや、何でもない。食事にでも行こう」

 

 妹も昨日、子爵家の女子グループの集まりに参加したらしい。今後は互いに情報交換を行うための親睦だとか。男子と一緒だな。

 ただ、妹がいうには、あんなの本質は互いの牽制だとか。男子に関する情報は話半分に聞いて、その他の事が重要そうとのご意見。

 女子は強かで怖いね。

 しかもその集まりで嫌な事があったのか、明らかに機嫌が悪い。まぁ、察するに我が家の悪口だろう。

 さて、仕事絡みで知った美味しい御店を紹介しようじゃないか。

 

 入学前だが、王都に来て最初の接待が妹のマルティーナとは。何だかなぁ、と思うのは、俺も今後の結婚を意識しだしているのかもしれなかった。


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