乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です 作:N2
超大型モンスター本体の動きが停滞しだしたのを見計らって、ルクシオンは上空に光学迷彩で隠匿している本体、恒星間航行移民船にエネルギーを充填させていく。
『マスター、現在エネルギー充填中。完了までは光学兵器の使用を中断します。実弾とその大型ブレードで対処して下さい』
「どのくらいで完了する? リックは?」
リオンは停滞し触手の動きが緩慢になった所を大型ブレードで断ち切り、多連装弾頭で焼き払っていく。
触手を破壊した影響でリオンは黒い霧に包まれており、周囲の状況が上手く確認出来ない。
『もう間もなくですが、マリエ達次第でしょう。エーリッヒは依然黒騎士と交戦中ですね。ただし、エーリッヒは決め手に掛けています。新人類の兵装、不完全ですがそれを使い熟している黒騎士には驚きです』
「ヘルトルーデさんと魔笛を奪ったあの禍々しい鎧か。どっかで見た記憶が…… あぁ…… この世界の鎧で魔装を装備した黒騎士と渡り合ってるとか、アイツヤバいな」
リオンは前世のゲーム時、課金アイテムの中に似たような物があったことを思い出した。
『知っていたのですか?』
「ん? あぁ、そういえば鎧で課金したアイテムにあったなぁって――」
『アレをマスターは使ったのですか!?』
ルクシオンが食い気味にリオンの言葉に被せてきた。
「さっさとクリアしたかったからな。課金した中にそういえばあったよ」
『アレをマスターは使用したと!? 何と愚かな。マスター、アレは新人類が生み出した非人道的で愚の骨頂な代物。それを使用するとは…… そもそもマスターは普段か――』
「あぁ、あぁ、もうゲームの話だから。お前は新人類の事になると我を忘れるよな。お前のそういう所が怖いんだよ」
ルクシオンの感情?
AIに感情があるのかリオンには甚だ疑問ではあったが、ルクシオンが新人類絶許モードに入ったため、そして何故か自分に対する説教にまで発展しそうな雰囲気であるので、リオンは仕返しをするようにルクシオンの言葉に自分の言葉を被せる。
『全く…… 今度マスターには、新人類がいかに卑怯で残虐、愚劣極まりないかを理解して頂きます』
「気が向いたら聞いてやる―― 何だ? 優しい、歌?」
リオンにとっては、旧人類だの新人類だのという終わった話には興味がなかった。
その時、戦場全体を優しい笛の音が鳴り響いた。
多連装弾頭を発射して一度大きく触手を攻撃し、超大型モンスターからアロガンツは距離を取り、リオンは戦場を見渡す。
「――ファンオース公国は、ホルファート王国に降服します」
ヘルトルーデの降服宣言が、両軍へ魔法による拡声で伝えられた。
「マリエの奴、やりやがった!」
学園で何度かリオンが言っていた台詞だが、意味合いは全く異なっている。その証拠にリオンは口角を釣り上げて喜色満面といった表情だ。
「いけるか、ルクシオン!」
『はい。エネルギー充電完了で―― 公国軍四隻が王国軍左翼を突破。これは…… 王都に特攻を仕掛け―― いえ、大丈夫です』
「おい、どういう事だ。ヘルトルーデさんの降服で何故止まらない?」
リオンが王国軍左翼を見ると確かに突破した四隻が向かってくる。それはエーリッヒと黒騎士が激突している方角であり、その後方には王都が広がっている。
『大体は白旗を掲げ出しましたが、そういう輩もいるという事です。大丈夫ですよ。エーリッヒの運頼みとも思える不確定要素の詰めが間に合ったようです。シュベールトエネルギーリンクモード稼働。マスター、アロガンツと本体接続完了しました。いけます』
シュベールトの翼が、機械音を奏でながら変形し、一対二翼から二対四翼へと変貌を遂げ、光り輝きアロガンツの背後に光輪が浮かび上がる。
「俺達は気にしないで大丈夫なんだな?」
『問題ありません。超大型が公国軍の旗艦目掛けて動き出してます』
「ド派手に行くぞ! ルクシオン!」
アロガンツが両手を広げ幾何学模様のような多段方陣が、アロガンツを取り囲むように動き回る。
この世界の人間には、恐ろしく高度な魔法陣が立体的且つ球体を構成しているように見える事だろう。
アロガンツの背後の光輪が膨張した後、アロガンツの広げた両の腕の中心上空で圧縮されていき、太陽がもう一つ顕現したかのような熱と光が、この王都周辺の広い範囲を満たしていく。
『レーザー核融合純水爆キャノン。範囲防御及び汚染物質除去シールド共に臨界。いつでもどうぞ!』
「よ―― えっ! か、核融合!?」
リオンのテンションもMAXであり、いざボタンを押そうとした瞬間、とても不吉な単語が聞こえてきて躊躇してしまう。
『ん? 問題ありませんよ。純水爆は核分裂を使用しないので、汚染物質は少ないです。それすらも除去、ひいてはシールドにより攻撃範囲指定も可能です。それとも反物質のほうがお好みでしたか?』
「は、反物質!? それ地上で撃っちゃダメな奴じゃねーか! 押すぞ、押しちゃうからな! フリじゃないからな!」
『早く押してください。エネルギーに耐えきれずにアロガンツの各部が損傷して火を噴き始めました。もう猶予はありませんよ。後において微塵も影響を残しませんので、さっさと押して下さい』
ルクシオンの言葉を肯定するかのように、アロガンツの各関節部分がバチバチと火花を散らしている。
「し、信じるからな!」
そして、リオンはその言葉とは裏腹に恐る恐る、ポチッとボタンを押したのであった。
☆
「遅いっ! 死ねぇぇええ! ヘルツォーク!」
「っ!? えぇぃ、一瞬で距離を潰すか、黒騎士ぃぃいい!」
魔装のこの世界の規格を超えた速さで一瞬にして間合いを潰されたエーリッヒは、己の鎧特有のマニュアル直角起動を行い、半身で交わした態勢そのままに引きながらのブレードで牽制し。さらには後退飛行でライフルを撃ち放つ。
「その空中においてさえも地についたような動きと全方位への挙動、厄介極まりないな。しかし、お陰でわかったことがある」
《……お…… 一体…… あそ…… か!?》
(この状況を遊んでいるだと!? 冗談も大概にしろ!
ブレードを大剣でいなしてライフル弾も幅広の大剣を操り防ぐ黒騎士は、あるエーリッヒの特徴を掴んだ。
「この期に及んで何を理解したんだ? 僕は既に自らの魔力を全てその禍々しい鎧に喰われているというのに、未だ己の自我を保つお前の事が理解不能だよ」
(
魔力は生命力と密接に結びついている。この世界では魔力を全て失って生きていられる者はいないからだ。
そして、黒騎士につけられていた傷口が開いたエーリッヒは、血の流出と共に魔力の減りが通常よりも加速している。
それらも含めてエーリッヒは苛つきながらも、ある人物と思念のやり取りをしていた。
(未だ死んでいないとはね。あの手の物は術者を取り込んで暴走するのが関の山だというが…… 立ち位置がよくわからない割には謎の心の強度だな。厄介な……
「お前が近接での体捌きは見事と言ってやろう。加えて鎧の操法は画期的…… だが、それは剣での物ではないな。大方、槍かそれに準ずる何かであろう?」
エーリッヒはそもそも突貫時でさえブレードを極力使用しない。本当に飛行戦上に鈍間な敵がいた時、そして残弾がいよいよ無くなった時ぐらいである。
「正直、知られて困る物ではないよ。超大型も何故か停滞している。答え合わせでもしたほうがいいかな?」
(
恐らくヘルツォーク以外では知られていないであろう、エーリッヒが得意とする獲物の話だ。
「空だから些か戸惑ったが、お前の身体の捌き方は剣ではない。体術と非常に親和性を見出だせる槍…… いや、右も左も癖が見事にない。これまた王国でも公国でも珍しすぎるが…… なるほど、杖術といった所か」
答え合わせなど不要とでも言うように、黒騎士はエーリッヒの得意な武器を当ててくる。
槍や杖は本来鎧ではとても使用が難しい獲物だ。エーリッヒのように多数を相手取る想定の場合、両手が近接武器で固定されるのは避けたい。だからこそ、鎧に装備している片手用のブレードは、軽く鋭利で硬い反面、相当に脆くなっている。
技量の高い人物が扱う槍と杖は、取廻し次第でダンジョンに於いて剣以上に使い勝手が良い。前後の歩法に円運動を加えるだけで、上下含めた180度対応が可能になるからだ。
エーリッヒにとっての剣術は、貴族、騎士としての体裁を整える為にやっているという状態である。
「正直驚いた。そもそも杖術そのものを知っている者も少ないというのに。剣もそこそこやれるつもりではある。だが、スピードの性能差がある技量の高い相手には…… ましてやその大剣と打ち合うつもりはないがね」
(
「大方、鎧では多対一に特化し過ぎた貴様は、近接ではそれを活かしきれないのだろう。そもそも鎧を使った戦いに、懐に潜られる事をその技術があるせいで想定していないということか」
(元々が両利きだが、更に癖を消した事が返って達人クラスには違和感になる…… 全く――)
「――だが、だからこそ杖術と体術による体捌きにおいて、剣術家に遅れを取る事はないと思って欲しいね。軸を振らさずに紙一重で交わす技術は圧倒的だ」
(
黒騎士はそのスピード差を活かしてエーリッヒの駆るダビデへと迫るが、空中という空間まで活用していなされてしまう。
両手持ちの大剣という取廻しの悪さが、二人のクラス間では顕著に出ていた。
「曲芸のような動きの源泉はそれか。ヘルツォークとは似ても似つかんから惑わさせられたわ」
しかし、その大剣は易々とエーリッヒの攻撃を防ぐ。
丁寧にも少し斜めに刃を立てて、大剣を傷めないように気を遣う程の技量だ。
だからこそ、そこに刹那の間が生まれる。
小型魔力多弾頭を発射して黒騎士に狙いを定める。
「またそれか、だが、引き付ければいくら操作されようとも対処は造作もない」
黒騎士には楽々防がれたが、代わりに黒騎士の動きがその場で止まったのをエーリッヒは見逃さない。
「
戦場を蔓延する魔力波の乱れに紛れるように配置していたスピア。ヘルツォークでは、その王国正式名称のスピアの穂先部分のみを小型化し、更に魔力波感知式射撃機構を搭載している。
ヘルツォークでの正式名称は、形状に加えて射撃機構もあることからクーゲルと呼称している。ただし、ヘルツォーク外では通じないためエーリッヒもスピアと呼んでいる馴染み深い武器で、黒騎士の周囲に六芒星を象るように配置する。
それらが魔力で六芒星を形成し、オリジナルの魔術式がエーリッヒの叫びと共に起動した。
「ぐ、これは!? 神殿構築による聖域結界だとっ!? ま、魔装の力が拒絶されていく…… 何だと、こ、心に平穏が訪れてくる……」
魔装を駆るバンデルはその場に拘束されてしまった。
ヘルツォークの
バンデルを神聖な力が纏わるように拘束して離さない。
「聖域? 何のことだ? これは呪いだよ。ヘルツォークによる怨讐怨嗟呪縛陣。術者の僕ですら心を蝕まれて辛いのが難点だ」
現にエーリッヒは顔を顰め、傷口からは魔力と共に先程よりも多く血液が流れ出している。
身を蝕む呪いが祓われていく感覚が、恐らく苦痛でによって表されているのだろう。
《お兄様、どいてください! 邪魔です!》
「ティナ! 撃てぇぇええ!!」
エーリッヒは空中を回転しながら上昇を開始する。
まるで、急遽慌てながら射線を空けるような飛行にバンデルは本能的な危機感を募らせた。
ポッカリと己の全面が開けた空から、謎の圧力を感じる。
「ま、まさか!? えぇぇいっ! こうも非常識な事をやってのけるか! ヘルツォークッ!!」
そして、黒騎士目掛けて秒速900m、最大射程42kmという暴力的な質量が襲い掛かった。
☆
「あぁん、もう! お兄様は一体何を遊んでいるんですか!?」
《この状況を遊んでるだと!? 冗談も大概にしろ!》
エーリッヒとバンデルの戦闘箇所より後方約20km地点上空に、本家ヘルツォーク子爵艦隊の五隻が戦場へ急速接近していた。
「婚約破棄の件、詳しく聞かせて貰いますよ! 今すぐに! わたくしは認めませんからね。勢い余って王宮に砲撃しますから!」
《何? この状況でかっ!? それに後追いで手紙はクラリス達に送ったぞ! それを読んで僕に確認しに来たんじゃないのかっ!?》
ブリッジに詰める艦艇員たちには、マルティーナが誰と、そして何を話しているのか全く意味不明であった。
「お、お嬢様? えぇ〜、先程から何を仰ってるんです?」
本家ヘルツォーク旗艦ブリュンヒルデの副艦長を務めるランディは、ブリッジにいる艦艇員全ての疑問を代弁した。
「何ですか? お兄様と意思交換しているに決まってるでしょう。さっさと前進、光学魔力映像でお兄様を確認後、ブリュンヒルデの主砲塔を全て向けなさい」
「「「「は?」」」」
ランディ含めた全員が、マルティーナの言動の意味が分からずに呆けてしまっている。
「え、えぇと、この距離で? お嬢様、婚約破棄がショックなのはわかりますが、戦場でそういう冗談は――」
マルティーナやヘルツォークの人員は、エーリッヒが新ヘルツォーク子爵領に送った後追いの手紙の存在を知らない。
ヘロイーゼが第一報をショックの余り、マルティーナへ書き殴って知らせ、エーリッヒからの第二報で安堵した後は、すっかりそれをマルティーナに知らせるのを忘れているためだ。
クラリスはショックで気絶してしまったため、ヘロイーゼがマルティーナに手紙を送った事すら知らない。
「冗談のわけないでしょう! わたくしとお兄様の間に空間的な距離など無意味です! お兄様めぇぇ、せっかく身籠ったというのに…… 事と次第によっては、王都に火を放つ覚悟も辞さないですからねぇぇ!」
《ば、馬鹿な真似はよせ!?》
怒髪天を衝くマルティーナは、それを表わすように漏れでた魔力で髪が揺らいでいる。
ただ、ランディ達には見過ごせない言葉が聞こえた。
「ちょ、待って下さいお嬢様、身籠ってるって?」
「えぇ、向こうを発つ時に魔力で気付きました。しかも、ふふふ、男の子と女の子の双子です! お兄様も喜ぶでしょう! だというのに! お兄様は、ぐぬぬぬぬ」
下腹部を愛おしい様で撫でながら、メキリと肘掛けを握り込んで怒りの形相を浮かべる様は、とてもシュールで周囲に得も言われぬ恐怖を与えた。
「そ、それはおめで―― じゃないっ!? 何やってるんですかお嬢様! 身重で軍艦、しかも戦場に出ちゃ駄目でしょうがっ!」
ランディは喜びも束の間、至極もっともな意見を驚愕しながら言い放つが――
「何を言ってるんですか? お兄様とわたくしの子らですよ。軍艦は揺り籠みたいな物です。砲撃音と戦場音楽は、それは良い胎教となるでしょう」
「ク、クレイジー過ぎるっ!?」
驚異の育児手法にブリッジは震え上がった。
「ん? 砲塔仰角修正、わたくしの指示通りに合わせなさい」
マルティーナの雰囲気が先程までと一変し、測距手を無視した命令を口にするが、そこは訓練され抜いた艦艇員達一同、戦慄で震えながらも軍務に関する一挙手一投足の練度は、王国内でも最高峰の出来だ。
「お兄様、どいてください! 邪魔です!」
《ティナ! 撃てぇぇええ!!》
砲撃手はわけもわからぬまま、マルティーナの指示通りに主砲四連砲塔を手順通りに撃ち込む。
「うふふふふ、やはり心地良い振動ですね」
マルティーナは左手で下腹部をさすりながら、肘掛けに右肘を掛けて頬杖を付き、指で唇をなぞる様には、異様な色気をブリッジに醸し出していた。
「お兄様を苛める悪い人には、さっさとご退場して頂かなくては…… お兄様を問い詰める事が出来ませんね」
ただし、艦艇員達は例の如くマルティーナとは視線を合わそうとはせず、震えながらも己の軍務に従事するのであった。
ヘルトルーデの降服宣言が、エーリッヒとバンデルが衝突している戦場にも響き渡る。
しかし、未だ両者の戦いは、終わりの様相を見せないでいる。