乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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第112話 手柄の所在

 終戦後の翌日の午後からは、王宮に戻ったミレーヌや閣僚に上級官僚から下級官僚が、疲れと眠気を押し殺しながら働き始めている。

 

 「目が覚めたと聞いてな」

 

 俺が寝かされている王宮の治療用の個室、その部屋を無遠慮にノックも無しにその男は入室してきた。

 身を起こしていた俺は、頭痛に吐き気と目眩が酷く顔を向けるだけで精一杯だった。

 

 「陛下、いくら何でも重症者の病室に、宮廷医を伴わず入室してくるのはお止めください」

 

 クラリスが糞陛下へ苦言を呈しているので、そのまま対応を任せよう。

 今は余り頭が働かないしね。

 

 「すまん。一応医師からは許可を取っている。色々と忙しくてな」

 

 ローランドの後ろからレッドグレイブ公爵が入室してきた。

 この国の男として実質ナンバーワンとナンバーツーが、重体から意識が戻った直後の俺に会いに来るとか…… 止めでも刺されるのだろうか?

 

 「戦果の確認に来たのだよ。私はまぁ、それなりに暇だからな。これぐらいはやってやろうと思ったというわけだ」

 

 やっぱりこいつは、どさくさに紛れて死んでくれていたほうが良かったんではないかと思う。

 レッドグレイブ公爵は、疲労の濃い顔で歯ぎしりしながらローランドを睨みつけている。

 クラリスは氷の視線を投げつけ、マルティーナは焼けるような殺気交じりの視線で糞陛下を射貫いている。

 ヘロイーゼちゃんは二人の入室で、緊張してわちゃわちゃしていたが、視線を二人に合わせないようにしていたナルニアと共に、ローランドに対してこの国の王だという事を無視するかのように蔑みの目を向けていた。

 

 「……陛下、余り私の婚約者達を値踏みしないで頂きたいですね」

 

 ローランドは、クラリスとマルティーナは怖いのか一切視線を合わせず、その代わりにヘロイーゼちゃんとナルニアを嘗めるように見ていた。

 

 「おや? お前の婚約者はクラリスとマルティーナ嬢、それにそこのヘロイーゼ嬢だけだと思ったが、秘書兼副官もそうなのか?」

 

 あ!?

 そろぉっと、クラリスとティナを覗き見るが、特に反応している様子が無い…… 何で?

 

 「頭が異様に重く怠いんです。受け答えがあやふやで良ければ、何でも聞いてください」

 

 何故か明確に否定の言葉を言いたくなかった俺は、一先ずは誤魔化して糞陛下の要件を促した。

 

 「ふ~む、その若さで倒錯的な遊びは――」

 

 「陛下、彼も重症の身。さっさと我等の要件を済ませて頂きたいのですがね」

 

 俺とナルニアの関係を邪推するようなローランドの言葉をレッドグレイブ公爵は遮ってくれた。

 ただ、例のごとくクラリスやティナ、ヘロイーゼちゃんまでローランドの言葉をスルーしている。慌て気味なのはニアと俺だけ。

 解せぬ。

 

 「わかっているヴィンス。エーリッヒ、お前の戦果の確認だ。バルトファルトの小僧はあの超大型モンスターに最初から対峙、ついには消滅させたのも確認できている。お前がファンオースの強襲艦隊で撃沈させた艦と敵鎧の数も把握できている。加えてローズブレイドのディアドリーから一個中隊を撃墜したことも先ほど確認できた。要は黒騎士バンデルの件だ。遺体や鎧、あの大剣すら存在しないのはどういうことかと思ってな」

 

 ん? う~ん…… 遺体や鎧に大剣すら無い?

 俺がうんうん唸っているとクラリスが、ベッド上で身を起こしている俺の上半身に身体を寄せてきて――

 

 「貴方、陛下の前です。ほんの少しでも身支度を整えたほうが――」

 

 俺は枕を支えに上半身を起こしており、下半身は布団の上掛けが掛かっている。

 クラリスは俺のシャツのボタンを着けて髪を手櫛で整えながら、俺だけに聞こえるように囁いた。

 

 (あの大剣はエト君が回収してヘルツォークに持って行く手筈よ。黒騎士の遺体に関しては知らないわ)

 

 (流石だエト、素晴らしい判断だ。ありがとうクラリス)

 

 あんなヤバいものは、王宮の宝物庫よりもヘルツォークにある方が安心だ。王宮の宝物庫は一回盗まれているしね。仕方ないね。

 そういえば、地上に降りてフラフラになりながら空を眺めている時、割と近くでピカッと光ったんだよなぁ。あれって何だったんだろ?

 

 「……う~ん」

 

 大剣の件は取り敢えず誤魔化さなきゃいけないし、上半身と下半身をバン/デルした後は、自爆しようと突っ込んできた黒騎士を縦に真っ二つにした。

 だからこそ、遺体や鎧は残っているよなぁ…… 

 

 「あっ!」

 

 自爆できなかったから、あの禍々しい鎧そのものはまだどこかにあるのだろうか?

 いや、でも…… 縦に両断した直後には、あの禍々しい魔力は完璧に消えてた筈だ。確実に殺した事は間違いないだろう。

 頭がぐわんぐわんしてきた。

 

 「思い出したか? バルトファルトの小僧が、あの大魔法で超大型モンスターを消滅させた後は、王都から迎撃した湖周辺での魔力と磁気嵐が酷くてな。光で一時的に目をやられた者も多く、誰も確認できていないのだ。しかもバルトファルトの鎧が湖に着水してから、細い光の柱をもう一度目視したという証言も複数あった。確かあれは奴のロストアイテムの力だった筈だ。ユリウスの奴が公国軍の旗艦に向かう時に、光の柱がモンスターを駆逐して助けられたと言っていたからな」

 

 あぁ、という事はピカッと光ったのは、ルクシオン先生の本体の攻撃かな?

 何か必要があったのだろう。大剣の件もあるし、それに便乗させてもらおうかな。

 

 「う~ん…… では、リオンが黒騎士を()()させたんじゃないですかね?」

 

 知らんけど。

 勝ったのは俺だけど! 倒したのは俺だけどね!

 あ、目眩がしてきた……

 

 「お、お兄様!?」

 

 「リック君それは……」

 

 お、久々にクラリスに名前を呼んで貰った。

 何でそんなに慌ててるの?

 

 「そうか。バルトファルトの小僧は、超大型モンスターだけでなく黒騎士も消し去ったか…… とんでもない小僧だな。まぁいい、あいつは甘さが際立ち人が良過ぎる部分があるから御しやすい…… だが今回の件で、王家も奴もロストアイテムを失ったのが厳しいな」

 

 「王家の船の損失も超大型モンスターを消滅させたことでお釣りが来るでしょうな」

 

 レッドグレイブ公爵は王家の船を失った事をあまり気にしていないようだ。

 暗にその件でリオンに咎は無いと言うレッドグレイブ公爵を、ローランドは忌々しげに舌打ちをしていた。

 

 「黒騎士が戦場を縦横無尽に動かれていたと思うとゾッとする。私やギルバートも墜とされていたかもしれん。黒騎士を好き勝手にさせず、あの場で釘付けにしたエーリッヒ卿の功績も大きい。本当に感謝している」

 

 レッドグレイブ公爵は俺に目礼してくれたが、これって……

 

 「こうも確認した者がいない場合、面倒事を嫌がるバルトファルトの奴は、クリスの時のように今度はお前にでも黒騎士討伐の手柄は譲っただろうがな。爵位もあり、間近にいたお前が証言してくれて手間が省けた」

 

 しょ、証言?

 

 「さすがに卿の身体にもこれ以上は障るでしょう。陛下、我々はこれで」

 

 「そうだな。あ、そうそう、明日からは王族(ラファ)会議が始まる。王宮議会と並行してな。お前とヘルトルーデは参加するように。これからヘルトルーデとファンデルサール侯爵と終戦の調印がある。そこで公国は公爵領として併呑。寧ろ向こうから打診があったからな。こちらとしても否応は無い。終戦後の条約締結文も、こちらはお前のファンオース首都壊滅作戦成功後、早々に纏めていたのでそちらを呑ませるだけだ。明日は王宮のメイドを遣いにだす。会議は連日続く予定なので、お前は暫くここに滞在するように。ではな」

 

 あ、あいつ、いつも出ていくときに言いたい事だけ言ってからさよならしやがって!

 

 「う〜ん、まぁ、会議は座ってるだけだからいいとして、結局何だったんだ? そういえば……」

 

 二人が去った後で、回らない頭を回すと目が回りだしてしまい考えが纏まらない。

 

 「お兄様、大丈夫ですか? ――」

 

 おぉ、ティナが心配そうに目を潤ませながら俺の額に自分の手を当ててくる。

 可愛い。

 

 「――アホに一層磨きがかかっています。もうお外に一切出ず、わたくしと屋敷内でずっと籠もっていましょう」

 

 前言撤回!

 ティナがアホの子扱いしてくる! こいつは本当に俺の事を好きなのだろうか?

 

 「ねぇ、貴方。あれじゃぁ、黒騎士を倒したのはリオン君って認識されちゃうわよ。貴方の言葉を遮って、「違う」とは私としても言えないわ。貴方は参戦した貴族家の当主として、戦場での詳細を陛下に報告しているのだから」

 

 俺の頭を撫でてくれながら、おバカな後輩に説明するよう優しく語り掛けてくれるクラリス。

 癒やされる…… 

 ん? ってそういう事になるの? こんな状況でも? 

 あ、何かそんな気がしてきた。

 

 「あれ? いや、う〜ん…… でもまぁ、いいかな」

 

 俺の言葉に四人は唖然としている。

 

 「何故です? 実際に黒騎士を倒したのはご主人様ですし、相手取っていたのはバルトファルト卿もユリウス殿下達も知っている筈です。ご主人様が一言倒したと仰っしゃれば誰だって……」

 

 ナルニアは必死になりながら俺の手柄だと主張してくれる。ここにいる四人が、そう思ってくれているだけで充分だ。

 

 「ニア、ありがとう。だけど黒騎士が消滅した理由がね…… それは僕では確かに違う。それにあの大剣は僕のほうで確保しておきたかった。後は結局リオンに命を助けて貰ったしね。アロガンツも壊れてパルトナーは撃沈。王家の船を失った責任を(つつ)きそうな馬鹿もいるかもしれない。リオンを助ける材料は、少しでも多いほうがいいんじゃないかな?」

 

 笑顔で首を横に振りながらナルニアに答える。

 実際は、あの超大型モンスターを二体、いや三体葬った功績は破格過ぎるけど。

 お姫様を嫁に貰って、次の王様になれるぐらいの偉業だと思う。

 

 「旦那様はそれでいいんですか?」

 

 「それに黒騎士だって鎧のスコアで言えば1機だ。僕は二個大隊と一個中隊、併せて84機撃墜してるから充分だよ。敵艦も十二隻撃沈させたしね」

 

 ヘロイーゼちゃんは俺の回答に目を丸くしている。

 

 「いやぁ、私もリュネヴィルなので、毎回ファンオースとの戦争には実家が参陣させられるから、お父さんや領の陪臣家が、黒騎士の事を話したりしていて知ってますけど。()()黒騎士をただの1スコア扱いするとか…… アハハ、旦那様はヤバいですね☆」

 

 キャハ!

 ヘロイーゼちゃんは、お腹がペコリーヌにでもなっているのだろうか? 

 朝食まだなのかな?

 

 「勲章はもう貰ってるしね。ある程度の手柄は、エトにでもあげようかとも思ってるし」

 

 艦隊指揮や王国軍の立て直しの件とかは、エルンストをメインの褒章を将官の立場で推薦しておこう。

 鎧や軍艦の撃墜数は自身に計上しておかないと、油断したらエルンストに抜かれそうだしね。そうしたら全部エルンストに負けちゃう。

 お兄ちゃんの意地だからね。仕方ないね。

 

 「何でお兄様はエトに甘いんですか? 甘々で大甘です! エトをダメな子にしたいのですか!」

 

 マルティーナが酷い。

 

 「ちょっと過保護よねぇ」

 

 クラリスもマルティーナに同意している。

 

 「エトがダメな子とか、もう王国にはダメな子しかいなくなるぞ。いいんだよ二人とも。学園入学前であれだけ凄いんだから」

 

 それは確かにと、エトに厳しいティナも皆と一緒に頷いている。

 

 「さっきのリオンの件だけど、本来なら面倒事を嫌うあいつが、根回し迄行い総司令官に立候補して実際になったんだ。超大型なんて想像もつかない超常的な物より、黒騎士という皆に認知された歴史的首級を手柄とするほうが、各方面も後々分かりやすい。総司令官という一番面倒な重責を担ったリオンだ。いまさら目立つ事をわざわざ嫌がらないだろうし、それに見合う物も得て欲しいしね」

 

 さすがにあんな目立つポジションにまでなったんだから嫌がらないよな?

 面倒事を嫌い矢面に立たないようにしていたリオンが…… 何て感動的なんだ!

 うっ、頭痛い、喋り過ぎて気持ち悪い…… 

 

 「貴方は、それでいいの? 貴方自身の願望もあったのでしょうけど、国から面倒事を押し付けられたようにも見えるわ」

 

 「君を得た。ティナとも一緒になった。イーゼは僕を選んでくれた。ニアはいつも助けてくれる。これ以上はバチが(あた)ってしまうよ」

 

 「貴方……」

 

 感謝を込めてクラリスの手を握る。

 ヘルツォークも黒騎士には、過去に何度も苦渋を飲まされた。先代も負傷させられた。

 手柄云々よりも、僕の手で討ち取れた事実だけで満足だ。

 

 「……お兄様、婚約の件は?」

 

 あれ、いい事を言った筈なのに我が妹様から、凍てつく波動が漏れていらっしゃる!?

 

 「あっ!?」

 

 「ど、どうしたんですかイーゼさん?」

 

 ヘロイーゼちゃんの声の大きさに皆がビックリしてしまった。

 

 「いやぁ、あははは、ごめんねティナちゃん。あれ大丈夫なんだって。ですよね!」

 

 「ん、あぁ、婚約の件はミレーヌ様の推薦も得てバーナード大臣とレッドグレイブ公爵が意地でも通すって」

 

 三者会議でそう言ってた。

 不安を煽るような手紙を出しはしたが、命令が一時的に浮いたマルティーナへの賭けでもあったんだけど、何でニ通目を知らないんだ?

 

 「そ、そうなのですか? なら取り敢えず良かったです。折角お兄様との子供を身籠ったのですから。婚約が白紙とかありえません」

 

 「「「「は?」」」」

 

 まさかの妊娠宣言が投下された。

 

 

 

 

 病室に異様な空気が蔓延している。

 二人は上機嫌であり、一人は納得いかないとでも言うような剥れ面。そしてもう一人は少し冷めた視線を俺に向けている。

 そして俺は、嬉しさと困惑が去来していた。

 そろそろ、体調不良過ぎてぶっ倒れるかもしれない。

 

 「し、しかし、よくわかるものだな……」

 

 マルティーナの魔力感知の精度に驚いてしまう。胎内に自身とは異なる魔力を感知して、しかも性別まで判明するとは。

 魔力の強さで本能的に妊娠の期間もわかるとか…… 高位の宮廷医クラスだな。

 そして、クラリスも妊娠しているとティナが断言したのが驚きだ。

 

 「えぇ〜、だって在学中は避妊薬を服用するって言ってたのにおかしくないですか〜?」

 

 ヘロイーゼちゃんが剥れている原因はそれだ。

 神殿と王国共同製作の魔法薬。各国にも同様の物があるが、服用したら三日間は妊娠しない優れ物。避妊用のゴムが無いので、イタす前かイタした後一日以内で服用すれば妊娠しない優れ物だ。

 遊びまくっている王都に住まう貴族女性や学園の女生徒には必須アイテム。

 あれれ~、おかしいぞぉ。

 

 「ほらあれよ。気持ちいいし嬉しいしで、つい忘れちゃうって事あるじゃない! 冬季休暇からは忙しかったし、うふっ!」

 

 マルティーナから男の子を妊娠してると言われたクラリスは上機嫌だ。

 

 「そうでしたっけ? わたくしはそのことをそもそも覚えていないんですが……」

 

 ティナは嬉しい事を目の前にすると、都合の悪い事はお空の彼方に吹き飛んじゃうからね。仕方ないね。

 

 「えぇ…… 何かズルくないですかぁ? ニアはどう思う?」

 

 「私はちゃ、んぅっ、イーゼは何で私に聞くの? 取り決めはどうであれ、家的にはいい事じゃないの」

 

 ナルニアは咳払いをして至極真っ当な事を言う。

 病室は乾燥するからね。仕方ないね。

 

 「私はちゃ? ねぇ、何て言おうとしたか気になるんだけどぉ〜?」

 

 ヘロイーゼちゃんの迫り方は可愛いけど怖い。

 別に倒錯的な何かではないんだ! ローランドの奴め!

 

 「まぁまぁ、イーゼもそれくらいに。僕は嬉しいよ。ありがとうティナ、クラリスも。身体を大事にしなきゃね」

 

 「お兄様、そこは良くやったと褒めてください!」

 

 「私もそっちのほうがいいわ」

 

 そういう感覚、というか時代や世相の世界だったな。

 

 「本当によくやった二人とも。まぁでも、やっぱり感謝もあるよ。ありがとう」

 

 二人は更に上機嫌になった。

 

 「ぶぅぅ」

 

 あぁ、ヘロイーゼちゃんが更に剥れてしまった。

 

 「二人はこれから大変だし、イーゼを頼りにさせて貰うよ。()()とね」

 

 「え? あっ! えへへへ」

 

 ヘロイーゼちゃんも気付いたか!

 それはエロエロとも言うという事は内緒にしておこう。

 おぉ、少し俺も元気になってきた気がする!

 

 「お二人の学園での事は任せて下さい」

 

 「頼むよ。ニアにそう言って貰えれば安心だ」

 

 この後看病疲れした四人は、別室で少し休みに行くといい退出していった。

 

 「さて、ティナは混乱していたみたいだから忘れているようだが…… 僕を撃った相手。エトがティナに言っていないという事は、エトも下手人を見ていないのだろう。砂埃が強かったからだろうが…… 糞陛下とレッドグレイブ公爵も口にしないという事は、ルクシオン先生も超大型に対処した後だから、こちらに目を向けていなかった。リオンが第一だから意外とそのようなものという事か」

 

 あの下手人はいわゆるただの雑魚だ。気にしなくてもいい。念の為、クラリス達の護衛を増やせば問題の無い相手。

 ただ、現時点の()()が所属出来る組織があるのかどうかがあやふやだな。

 

 「しかし、()ではなく僕を殺しに来たことは評価しよう。その生き汚さは称賛に値する――」

 

 探りは入れておくが、先ずはあの組織から。適任者は…… 

 

 「……敬意を評して、僕自らの手で殺すとしようか」

 

 その翌日からエーリッヒは、憤るクラリスやマルティーナに肩身を狭くしつつも、王族(ラファ)会議に出席したりしていく事となった。

 

 

 

 

 そんな王宮が慌ただしい中、エルンストは野戦任官の任務報告と完了手続きをナルニアに一任し、回収したアダマンティアスの大剣と保護したヘルトラウダを伴い、本家ヘルツォーク子爵領に帰投していた。

 本家ヘルツォーク子爵家としての参戦という側面もあるため、領軍を纏めるという名目が取れる、名誉階級者の特権を利用した一時帰参だ。

 

 「ヘルトラウダ殿下、先ずは王宮が落ち着く、場合によっては招集されるまでは、ヘルツォークの屋敷に滞在して頂きます。便宜は図りますのでご了承下さい」

 

 「気遣いは無用です。そもそも私は当初、貴方にこの身を攫われたのです。状況の混乱も理解します。どうかお気になさらず」

 

 「感謝します」

 

 王国本土側、ヘルツォーク本島に於いて、内寄りの港から小型艇に乗って屋敷付近に降り立ったヘルトラウダは、想像と異なる光景に一瞬思考が停止してしまった。

 

 「え、こ、これが…… 屋敷?」

 

 その唖然としたヘルトラウダの表情の装いに、エルンストは素直に応えるが、その様子は少し恥ずかしげだ。

 

 「はい、実は昨年の夏にやっと電気を通す事が出来たのですよ。目立たないようにするのに苦労しました。ファンオースの姫君であらせられる貴女を迎えいれるのには…… 不相応かもしれません」

 

 ヘルトラウダの目の前にそびえるそれは、本国の物より規模が小さいとはいえ、ファンオース城を模していることが一目で見て取ることが出来た。

 

 「……こうしてみると本当にヘルツォークは、ファンオース大公家と(ゆかり)があるのだと理解しました」

 

 ヘルツォーク開祖である独立前夜に袂を分かった次男。故郷と住み慣れた城への愛着があった事が伺われる。

 

 「また直ぐにでも王宮に戻る事となるでしょう。一度、見ておいて欲しかったんです。本来ならヘルトルーデ殿下にもですが、さすがにそれは難しそうですからね」

 

 ヘルツォークの屋敷で両者を出迎えるのは、今やヘルツォークの正室であるエルンストやマルティーナ、そしてマルガリータの母であるヘルツォークの寄子、バルクホルン準男爵家出身のベルタだ。隣にはマルガリータも付き添っている。

 そして――

 

 「まさかファンオースの姫君がヘルツォークを訪れるとは…… 時代が変わったのぉ」

 

 国境防衛に出陣しているエルザリオ子爵ではなく、ヘルツォークの先代が車椅子を押されながら、エルンストとヘルトラウダを出迎えた。

 

 「お祖父様まで。御身体は大丈夫ですか?」

 

 「最近は体力が落ち始めとるが、この程度は問題はない。お前もエーリッヒも老骨に優しいが、優しすぎるのは却って毒にもなる。マルティーナやマルガリータを見習ったほうがいいのぉ」

 

 両足の膝から下が無く、加えて左腕が二の腕の途中から切断されている。

 一見すると身体の不自由な弱々しい老人だが、その威圧感と眼光に射竦められているヘルトラウダは一歩も動けない。

 

 「エルンスト殿の祖父。あれが、狂狼……」

 

 「懐かしい呼び名じゃの。さぁ、狼の群れが歓迎しよう。ようこそ、飢えた狼の棲家、ヘルツォークへ」

 

 ヘルトラウダはゴクリと生唾を飲み込み、震える足を一歩前へと踏み出したのであった。




ナルニアはちゃんと()()いるしっかりした女性です。
二学期以降の成長が目覚ましいね。

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