乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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今話も褒章授与関連の間の幕間のような感じです。
そのうち、既出の戦後の一幕を並べ替えるかもしれません。


第113話 束の間の休息

 衛兵に金を握らせて、意図的に人払いをさせた王宮の地下収容施設の最奥に向かって俺は歩いている。ミドルネームのラファは、衛兵局には有効だという証左だろう。

 この収容施設の最奥にいる人物に誰かが来ていると知らせるためにも、俺は足音を態とたてていた。

 略式の騎士服で履くブーツの小気味良い音が、薄暗くジメジメした空間に鳴り響く。

 

 「やぁ、フランプトン侯爵。退屈していると思ってね。差し入れを持ってきたよ」

 

 牢内でやつれ果てたマルコム・フォウ・フランプトンに、俺はワインの瓶とグラスを二つ掲げながら語り掛けた。

 

 「……毒か?」

 

 「まさか、貴方達には処刑というパフォーマンスを担って頂かなくてはね。こんな薄暗い所でひっそりと死なすなんて勿体無い。そんな無駄な事をあのミレーヌ様がするわけがないでしょう? 御家断絶に系譜は連座制だそうだ。ミレーヌ様も怖い、怖い」

 

 笑みを浮かべながら伝えてやるが、覚悟は決していたのか侯爵は全く動じていない。

 親や子、まだ小さな孫も処刑されるというのに。その覚悟には敬意を評してやろうじゃないか。

 

 「……ふん、過去にも失敗した貴族の典型例としてある。勝負に負けるという事はそういう事なのだろうよ。さて、バーナードの奴が自慢するワインを持ってきてどうしようというのだ? まさか談笑しにきたわけではあるまいて」

 

 「そのまさかだよ侯爵。末期の酒だ。取り調べでは黙秘を続けているそうじゃないか。ただ、あの謁見の間でリオンが暴いた内容とヘルトルーデの証言だけで充分だが…… 酒で舌を湿らせてはどうだ? なぁに、ただの談笑だ。ここを出たら僕もこの酒のせいで忘れるだろうさ」

 

 二つのワイングラスにヘルツォーク産、100年物のワインをそそいでその一つをフランプトン侯爵に渡した。

 

 「これは…… これほどの物は成人の記念以来だな」

 

 「乾杯だ侯爵。僕自身は、貴方の政治的手腕は嫌いではなかったよ。要はこの世は結果が全てだからね。純粋に残念だとは思う」

 

 互いにグラスを合わせると、キィンという乾いた高い音が薄暗い地下収容施設に反響した。

 

 「(さか)しい事を言う。それに…… ふん、まさかヴィンスの奴ではなく、その異端の子供と酒を酌み交わす事になるとは…… 世界というのは、真っ事不可解ではあるな」

 

 「その不可解というものを過剰に恐れたのが侯爵、貴方達だ。まぁ、気持ちはわかりますがね」

 

 「バルトファルトか…… あんなのを野放しにする意味がわからん! 貴様は純粋に恐怖だ。バーナードの娘と一緒になるなど、宮廷貴族は武力まで持つアトリーに恐怖する。それは王宮内でロビー活動をする領主貴族にしてもそうだ。ただし、世界の理として理解の範疇に及ぶ恐怖ではある。だが、あのバルトファルトは何だ? あれだけの事が出来ながら、ただ学園に通うだけ。かと思えば、大勢が見ている中でユリウス殿下達を痛めつけた。だというのにその後はあの五人に各々手柄を譲り、結果としてその家々に支持される…… 理解できるわけがあるまい! 調べたが、学園での政治及び経済の知識は平均より少し上程度。手の者の配下に学園の辺境グループの人員への聞き込みで、バルトファルトの為人(ひととなり)を調べさせたが、奴の行動と頭の中身が乖離し過ぎていた。あんな異端を表舞台に立たせていいわけがない!」

 

 リオンの政経における知識は平均程度、本人には経験すらない。だが、この世界から見たリオンは、基本的にプッツンの典型だ。唯々諾々としてるかと思えば、いきなりゲーム盤をひっくり返す。

 かなり高度に完成された前世では、所詮ただの普通人の範疇だ。そもそもゲーム盤をひっくり返す場などは容易には存在しない。

 暴力が罷り通るこの世界だと、そこが異質で異様に際立つ。

 要はこの世界では、意外と生き方が下手くそな奴という事だ。

 

 興奮した侯爵は、グラスの中身を一気に煽る。そのグラスにワインを酌してから俺も応える。

 

 「……意外と無欲な奴だよリオンは。ロストアイテムと財宝の発見で満足している。それが真実だ…… ただ、黒騎士を含めたファンオースの先遣隊の半分を、リオンが単独で倒した事によって過剰に恐れたのさ。貴方達はね。それと、時期を見誤ったな…… あの先遣隊が無様に負けた時点で、計画を白紙にする度量があれば、貴方達の命運は変わっただろうに。しかし、その貴方達の強硬策のおかげで、僕は大いに利を得る事が出来た。ありがとうと言っておくよ。まぁ、鬱陶しい王族(ラファ)まで戴く事になってしまったが…… 鬱陶しいとはいえクラリスが喜んでいるから、僕は差し引きゼロで普通に受け入れてはいるけどね」

 

 俺も侯爵に合わせるようにグラスを空けて新たにワインを注ぐ。

 

 「ただ、偽の聖女とは違い、貴様を侮っていたことは認めよう。()()()の息子である貴様を甘く見るとは…… 耄碌したものだと今では思うておる」

 

 侯爵はふん、と憤りを吐き出した後は、過去の慢心を飲み込むかのようにグラスで舌を湿らせている。

 

 「……最初から表舞台に立つ事を選んだ僕をザナと同じように語られるのは我慢がならないがね。あの女は絶対に表舞台には立たない。そこがミレーヌ様やヴィクトリア公爵夫人との違いだよ。彼女等は自身の才覚を表で振るう事を良しとしている。いや、本質的に好んでいるのだろう…… だが――」

 

 「あの女は決して裏から出てこない。表の顔は平均的な下級貴族の正室として堂々と王都を闊歩していたな」

 

 フランプトン侯爵の言う通りだ。

 そう、ヘルツォークからの月の仕送りをそのまま【淑女の森】に寄付して子爵家の出で若くして幹部となっていた女だ。

 

 「淑女の森を通して間接的に下級貴族の動向を操作し、上級貴族や一見すると判りにくいが、重要なポジションに位置する宮廷貴族は、己自身で篭絡した女郎蜘蛛だ。男の貴族が喉から手が出るような()すらもあの女にとってはどうでもいい。何故か? 表舞台に出てしまうからだ」

 

 ザナは見えないところから蜘蛛の糸を張り巡らせて目と耳として使い、その糸でもって男を操る女郎蜘蛛だ。

 辺境及び中間層に位置する、浮島貴族の三男以下の子息を後夫にして戦死させた後、遺族年金を得るという手法を考案して淑女の森に実施させたのはザナだ。

 淑女の森のメンバーは単純に遺族年金が得られて嬉しいが、ザナの意図したところは、彼等の戦力や纏まりを強固にさせないという意図があった。三男以下は仕官するか自領に戻ったらその領における重要なポジション、陪臣として領に尽くすのがセオリーだからだ。

 この件は正直、リオンやコリン君に対して申し訳ないと思ってしまうよ。

 

 「ふ、ふはははは、そこまで理解しているからこそ貴様は実母を殺したのか? 今やっとザナの死に関する首謀者がわかったわ…… だが甘い。どうしてそこまでの女が、当時まだ十三歳の貴様に殺すことが出来たと思う? あの女の身一つで、王宮や上級貴族の男どもの相手が出来たはずなかろう」

 

 俺もそれは後に考えたが、淑女の森もザナの死後は、ただの馬鹿な貴族女性の烏合の衆と化してはいた筈……

 

 「言わんとするところはわかる。だがその後ザナの動きは一切ない、それは淑女の森の動向で分かるぞ! んぅ……」

 

 声を荒げてしまった為、俺は急いでグラスを煽った。

 

 「元々の造形が似通っておれば、顔はナイフと治療魔法で対象の顔をほぼそのままに変えられる。何故雲隠れしているかは私にも分からん…… だが、役人内で話を聞いたことがある。予算案を策定している主計局の課長から局長に昇進した男がいてな。そやつが言うには、「昇進前と昇進後は、ザナの見た目は変わらんというのに雰囲気と閨での技術が格段に違う。昇進前は手を抜かれていたのだろうか? 昇進して良かった」などと呑気にほざいておったよ。本来ならあの女が相手するクラスではないのだが、国家予算案の策定に関わる所だからな。念入りに活動しておったよ」

 

 「ちょっと待て!? という事は?」

 

 「私は生きていると考えておる。尤もそれに気づいてる人間は少ないだろう。ヴィンスの奴はそもそも王宮内に疎いから知らんだろう。ミレーヌも奴の細君であるヴィクトリアも裏工作にはそこまで造詣は深くない。しいて言うなら、陛下は疑っているだろうな…… 私も陛下が貴様と王宮内で話をしたというのは確認している。いくら貴様が有能だろうが、本来なら爵位と年齢的にホルファート王が十代の子爵と一対一で話をするなどありえん。ザナに相手にされなかったからこそ、執着もしようというものだ」

 

 本来ならリオンが暴いた以外のこいつが繋がっているであろう()()()()の事が聞きたかったというのに……

 

 「ザナが生きている…… しかしこれほどの期間、王国への影響を薄れさせる意味が分からない」

 

 「あの女の思いの外、貴様が有能な人物となった。あるいは、バルトファルトの小僧が台頭して、王国の時流を読めなくなったからこそ潜伏しているとも取れるが…… それは私にも分からんよ」

 

 俺はザナに関する真実と虚構が分からぬまま、フランプトン侯爵に質問していく。まるで憑き物が落ちたかのようなフランプトン侯爵は、俺の質問する内容全てを答えていった。

 そして予てよりの目的であった、フランプトン侯爵からファンオースを通じて面識が出来たという、()()()()()()()()()()()の人物の名を最後に質問した。

 

 「……そうか。ありがとう侯爵。政治力が乏しく、派閥も弱体化したレッドグレイブ公爵なぞ放って置いて、ファンオースを使わずに立ち回っていたら、孫の代には王族(ラファ)を冠する事も出来ただろうに」

 

 「私自身が宰相となるには、博打を打たねばならなかったという事だ…… 負けた身の上には、もはやどうでもよい事だ。貴様も精々気を付けるがいい」

 

 弱者という立場のヘルツォークには、王国に対して博打を打とうという気はない。

 

 「ヘルツォークは勝つつもりも負けるつもりもない。過剰な欲でヘルツォークを危険に晒すわけにはいかないからね。だから…… もし、為さねばならぬなら、僕だけでやるよ」

 

 「……頭の中身が埒外だったか。だが、最期に談笑する相手としては面白かったぞ。地獄の巷には貴様のようなのが溢れているのだろう? 心構えには丁度よい」

 

 どいつもこいつも俺を何だと思ってるんだ。

 

 「まったく…… そんな一丁目程度に僕のようなのがいるわけがないだろう。地獄の窯を抉じ開けた更に底が僕の特等席だ。そのうち煉獄で踊り狂う貴方達を見上げるだろうよ。精々地獄の表層で炙られながら遊んでいるがいいさ」

 

 得るべき回答を得た俺は、この場を立ち去るのだった。

 

 

 

 

 「こ、これが洞窟!? 貴方は一体何を言ってるんですかっ!」

 

 ヘルトラウダは、王宮で姉であるヘルトルーデが冒険をしたと聞いて、王宮に呼ばれる前にほんの少し冒険の真似事をしたいと言い、朝早くエルンストとマルガリータに連れられてやってきたのが――

 

 「義兄上(あにうえ)が言うには、階層も無く分かれ道も無い一本道なんだから、洞窟でいいんじゃないか? と仰ってたので、まぁそのようなものかと」

 

 「大丈夫だよ、姫殿下? ヘルトラウダ様? とにかくもう既に攻略されている。定期的に兵士と作業員が魔石の収集で出入りしてる。洞窟で問題無い」

 

 装備を積んだ小型の飛空艇から見下ろすのは、兵士が物々しく常駐したポッカリと開いた大きな穴。エルンスト達が言う洞窟の入口だが、背後は背の低い岩山が連なっており、どれほどの広大さか読むことが出来ない。

 おまけに魔素も濃く、慣れないと五感が惑わされるような感覚にヘルトラウダは陥りそうであった。

 

 「ラウダで構いませんよ。マルガリータさん、って! パ、魔物大狂乱(パンデモニウム)を引き起こしてこの島を魔物の巣窟にした元凶の迷宮(ラビュリントス)じゃないですか!! ファンオースにも文献はあります。ちょっとそこまでで行くような場所ですか!?」

 

 文献記録では、【狂気の迷宮(ヴァンゼンスラビュリンス)】と記載されたダンジョンである。

 階層も分かれ道もなく、延々と溢れてくるモンスターと立ち回りした挙げ句、魔素の濃度も加味されて方向感覚を狂わすという。直ぐにどちらに進んでいるか分からなくなる正に迷宮だ。

 ここから溢れたモンスター達が島を席巻していた所へ、後のヘルツォーク十二家となるパーティーメンバーが、冒険の末に発見したのである。

 平野部を儀式魔法でモンスターを駆逐していき、山間部などで息を殺しながら暮らしていた土着の人々に加え、ファンオースから来た後発の人員と共に平野部に都市を作っていった。

 そして最初の12人は、この迷宮を攻略して領地としたのである。ファンオース大公家の次男、ヘルツォークの開祖以外は、後発組含めてファンオースの貴族家の三男以下であった。

 

 魔石が豊富に産出されるので、ヘルツォークとその寄子達であれば、この迷宮だけで充分過ぎるほど賄えるのが魅力ではある。ただし、毎年訓練された兵であっても死人が出る危険度であった。

 

 「等間隔で洞窟に吸収されないミスリル合板で、奥←→入口と描かれた物を設置しています。迷宮の主がいる最奥までは行きませんので、取り敢えずは大丈夫ですよ。最奥までは通常二日はかかりますから。父上と義兄上、それにヘルツォーク十二騎士が2名いると24時間以内に帰ってこれるんですけどね。慣れると物凄く緩やかではありますが、右回りの形状だと気付きます。その最奥の中心に迷宮の主がいて、倒されたり復活したりと忙しそうですよ」

 

 リラックスした姿で話すエルンストが、ヘルトラウダには信じられない。

 この迷宮に関しては、ファンオース内では物語としても知られている。

 

 「前衛がエト兄様で後衛がラウダ様と私。私のことはメグでいい。モンスター相手で忙しいから愛称で呼ぶほうが都合がいい」

 

 小型の飛空艇を専用に設けられた停泊所に預けてこれから迷宮(洞窟)に入ろうとした一向は、常駐監視員に時間と魔石の回収作業員を手配した。

 

 「な、なるほど、管理は万全という事ですか……」

 

 穴は開いているが、監視所に兵の詰め所があり、周囲を石壁の外壁で覆っている。高台も設置され、そこには砲塔を備えた古い船が入口に向けて、いつでも撃てるような体制を敷いていた。

 

 「さて、では軽い冒険と行きましょう。エスコートはお任せを」

 

 「ホ、ホントに大丈夫なんですよね?」

 

 ファンオースの文献や物語にも登場する迷宮に対し、ヘルトラウダはすっかり怯えてしまっている。

 悪さをした幼少期に「ヘルツォークの迷宮に放り込むぞ」と父親に脅された記憶が、今となってはヘルトラウダには懐かしい。

 

 「大丈夫! 行きに4時間、帰りに4時間のハイキングみたいなもの。攻撃魔法は指示に従って」

 

 「は、8時間!? エ、エト殿?」

 

 「ハハハハハ、夕方には戻れるでしょう。では、行きましょうか!」

 

 魔物行進(モンスターパレード)のような洞窟内に、緊張と恐怖で顔を青褪めさせたヘルトラウダの叫び声と魔法が響き渡ったのは、言うまでも無かったのかもしれない。

 

 心身共に疲れ果てて屋敷に戻ったヘルトラウダは、昨日のヘルツォーク先代にあてられた緊張を感じる事もなく眠りに着くことが出来たのだった。

 そして王宮から各種式典参加招集、及び4月から飛び級で学園への入学要請書が届いたのであった。




リックが、「うちには洞窟があって魔石取れるよ」とか言ってましたしね。
リオンを連れてきたら騙された! とか言われそうだ。

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