乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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MAXIM様、木村長門守重成様、誤字報告ありがとうございます。


第14話 魔女のいる日常

 5月半ば、ダンジョン実習が始まった。

 

 ホルファート王国は冒険者が起こした国であり、冒険者ギルドも国の直営機関である。

 祖先の偉業に倣い、普通、上級クラス共に冒険者登録を行ってダンジョン攻略の実習授業を行う。

 

 資金の無い貴族の子弟は、冒険者稼業が稼ぎがいいので、休暇にはダンジョンアタックに精を出す生徒が多い。

 特に上級クラスの男子は、お茶会や貢ぎ物で金がかかるので力の入れ方がえげつない。

 1年も経てば、余程の身体能力や天性の差がなければ、普通クラスは上級クラスの男子には叶わなくなるのは当然といえた。

 

 今は授業で王都のダンジョンに潜っているが、リオン達とは別口でダニエルとレイモンド、マルティーナと潜っていた。

 

 「本当はリオンと挑んでみたかったがな!?」

 

 ウルフタイプのモンスターを切り下げからの切り上げで2体を倒す。

 後ろの1体をマルティーナが魔法で攻撃をしてフォローしてくれた。

 モンスター達は黒い煙となって消えていく。

 

 「リックは鎧の操縦だけじゃなくて、普通にモンスター退治もいけるんだな」

 

 俺とマルティーナの手際にダニエルが感心する。

 

 「マルティーナさんのフォローも完璧だったし」

 

 レイモンドは女性ながら、マルティーナが恐れもせずに攻撃をしたのを素直に称賛する。

 

 「うちには洞窟があって、そこでモンスター退治が出来るからな。訓練や軍事費の足しになるから」

 

 「わたくしや妹も、エーリッヒ様達の後衛で学んでおります」

 

 マルティーナが誇らしげに言いながら、手早く魔石を回収していく。

 

 「しかし、リオンも王太子殿下達のお守りは大変そうだな。ラーファンがいるから僕達は遠慮したが」

 

 「俺達は逃げてきたよ。あんな身分の方達とはあまりなぁ」

 

 「レッドグレイブ公爵家の令嬢のグループもいたからね。リオンには悪いけど一緒に行くのは、止めさせてもらったよ」

 

 ダニエルもレイモンドも酷いな。俺とマルティーナはラーファン子爵家との因縁を知られているから、学園も配慮してくれている。

 おっ鉱石を見つけた! 

 

 「でもエーリッヒ様、王太子殿下達とラーファンの娘が仲が良すぎて、ついに虐めに発展してるらしいです」

 

 「あぁ、確かに仲が良すぎるね。まさか全員に手を出してるわけじゃないだろうけど」

 

 レイモンドがマルティーナの言葉に相槌をする。

 

 「マジか!? あんな可愛らしい感じなのにえげつないな」

 

 ダニエルは想像もしていなかったのだろう。非常に驚いている。俺もだ。

 

 よくないことにならなければいいのだが。

 あっ、金属塊みっけ。

 

 

 

 

 お茶会開催用の一室で男達4人が項垂れている。

 

 「なぁ、リオン」

 

 「何だいリック」

 

 「お前は冒険者として成功したんだろ。女子には有望株な筈だ…… もう僕はこの際、お前に女子を紹介してもらおうと思ったのに……」

 

 「お前だってイケメンじゃないか!? 何で俺に紹介しない!! 79機も鎧落としてるなら女も落とせ!!」 

 

 「「てめぇっ!!」」

 

 「しかもこんないい妹がいるくせに!? 俺なんか姉に専属使用人を買わされ、妹にはねだられてるんだぞ糞がっ!!」

 

 「ぐっ…… すまん」

 

 俺とリオンが、掴みあいを始めそうな勢いになってしまうが、最後のリオンの言葉に顔を覆ってしまった。

 そんな俺達を横目に見ながら、ダニエルが衝撃を放った。

 

 「金持ちの連中、もう2人は結婚確定だって。しかも相手はミリーとジェシカ。俺達にも優しかったあの2人が…… 狙ってたのに」

 

 「僕達の実家よりも条件がよければそちらに行くのは当たり前さ。最初から無理だったんだ…… 僕はミリーが幸せならそれでいい」

 

 落ち込むダニエルに対して、ミリーの事が好きなレイモンドは冷静を装っていた。

 泣ける。

 

 「僕はジェシカがタイプだったんだよなぁ。ショックだよ」

 

 ジェシカはクラリス嬢を下位互換したようなタイプだ。酷い言い方かもしれないが、それでも可愛い。専属使用人もいないし。スタイルは普通だが。

 

 「熱っ!?」

 

 「あら、ごめんなさい。それにミリーとジェシカは王国本土を狙ってましたよ」

 

 唯一ここにいた女子であるマルティーナが、俺の手にお茶を溢した。

 にこりと微笑み謝る妹が、なぜか怖い。

 

 そりゃあれだけ好感度が高い女子は、選り取りみどりだよな。

 

 「あれ、ミリーとジェシカと仲いいの? なら1回くらいお茶会したかったよ」

 

 俺の言葉に男子4人が、ふんふんと首を縦に降る。

 はとポッポ。

 

 「彼女達も専属使用人がいませんから。それに友達だからこそ、王国本土のお金持ちの男子の希望を優遇したんです。彼女達の予定は忙しいんですよ」

 

 最大の裏切り者は我が妹だった事が判明した。

 豆鉄砲が飛んできたぜ!

 

 「はぁ、リオンさんも特待生とばかりいるから、皆から敬遠されるのですよ。結婚は諦めたのですか?」

 

 「招待状は出してるんだけど、拒否られちゃうんだよね」

 

 マルティーナの気遣う言葉にリオンは、降参したかのように手をあげる。

 

 「リックはもう余り招待状出さなくなったよね。専属使用人以外の愛人を認めさせられてもいいのかい?」

 

 女子との結婚が厳しくなると、きつい条件で結婚の約束を結ばされる。レイモンドはその事を心配してくれた。

 専属使用人含め、それ以外の愛人も王都に屋敷を構えて養えというやつだ。

 俺の実母か!? 誰の子供を生むつもりだと言いたい。

 

 「いや、何人かに色々と言われた事があってね…… 正直ちょっと間を置きたい」

 

 「何て言われたんだ?」

 

 ダニエルに聞かれたから答える。

 

 「顔はいいから王宮に仕官しなさいよ。そうしたら辺境の旦那とエーリッヒ君のお金で王都で暮らせるわ。エーリッヒ君はあんな辺境じゃダメよ」

 

 「辺境じゃねぇ…… エーリッヒ君は愛人枠よね。あっ、王都に旦那、辺境に愛人。新しい逆スタイルじゃないこれっ」

 

 「王都ばかりじゃ飽きるから半年に一度遊びにいくね」

 

 キャハ! 

 

 そっとダニエルが肩に手を置いてくれた。

 リオンは菓子を切り分けてくれた。

 レイモンドは眼鏡に落ちた水滴を必死に拭いている。

 

 何故か愛人枠に納まってしまう。モテモテだぜ!

 ラーファンの血は呪われているのかと言ってやりたい。

 

 「な、何ですかその女子達はっ!? エーリッヒ様に対して恥じらいもなく、よくもいけしゃあしゃあと」

 

 感情が高ぶってもしっかりと俺の事は名前で呼べるようになった妹。

 ガチャンと茶器を叩きつける。

 止めて! 意外と高いの、それっ!! 

 

 「ま、まぁそれにリックが拒否されるのは、いつもマルティーナさ……」

 

 「何でしょう?」

 

 「いや、何でもないです。いやぁ女子にお茶をいれて貰えるなんて嬉しいな」

 

 ダニエルが慌てて我が妹様に礼を言うが、何故かティーポットの注ぎ口がダニエルの頭に向いていた。

 怖いから気のせいという事にしておこう。

 

 「兄貴は普通クラスなんだけどさ。女子は普通に男を立ててくれるって…… それを聞いたときは殴りそうになったよ」

 

 「上級クラスの女子が顔のいい男子を持っていくから、女子のほうが男子を見つけるのが、若干大変ってやつか」

 

 ヘルツォークの騎士家の3年生の女子が、マルティーナと挨拶をした時に言ってたな。

 

 「もし宜しければ、わたくしの知り合いを紹介しましょうか? 上級クラスの女子とは違った意味で、ちょっと問題のある子達ですけど」

 

 裏切りから手の平を返した妹。マジ女神。

 

 「店の予約をしておくっ!!」

 

 「待てダニエル。貸し切りだ」

 

 「ダニエルにレイモンド、先ずはその子達の事を聞こうじゃないか?」

 

 我が偉大な妹の発言に気落ちしていたのも忘れたかのように目を輝かせる。

 

 「まあまあ、ここは妹の交遊関係を知るために僕が行こうじゃないか」

 

 「ふざけるなっ!! お前は妹とイチャコラしてりゃいいんだよ!! さあマルティーナさん、どんな女の子か教えてください」

 

 リオンに羽交い締めされて動けない!? 

 

 「くそっ、こいつやっぱり強いじゃないか。テストや実技に手を抜きやがって」

 

 「当たり前だろ。殿下達に勝ってどうするんだ? お前だって手抜きしてるじゃないか!?」

 

 あの5人を立てて穏便に済ませようとするのは、リオンも一緒か。

 

 「教えますから慌てないでください。え~と、引きこもりの子やものぐさな子、絵ばっかり描いてる子、気弱で食べる事が好きなだけの、ぽっちゃりした子なんかですね」

 

 確かに普通に考えればちょっと問題だ。ただし、学園女子としてみれば上位の高物件! 

 専属使用人がいないのは、亜人種が怖かったりそもそも興味がない。その金を食べる事や本に回したいとかそんな理由だ。

 

 「わたくしもあまり女子のグループには入れませんし、必然的に学園内では、そういう子達と付き合うようになりました」

 

 妹も専属使用人いないしね。面倒見がいいね。

 学園外ではミリーやジェシカとたまに遊びに行くらしい。

 その3人組、学園男子に拐われそうだな。リッテル商会に声をかけておこう。

 次の休日にお洒落なバーを貸し切りで紹介がおこなわれ、まだまだ婚活戦線の男子が狂喜乱舞していたらしい。

 

 らしい…… 何故かリッテル商会にヘルツォーク子爵領内の仕事の件で、どうしてもと打ち合わせさせられた。どうしてか非常に申し訳なさそうにしていたが、帰してくれなかった。

 解せぬ。

 

 リオンはどうしてもと特待生にうるうると懇願されて、勉強した後にお茶会をしたらしい。あいつは結婚する気があるのだろうか? 

 でもいいなぁ。俺もまだそっちのほうがよかった。

 

 「何故来た?」

 

 ダニエルやレイモンド達から話を聞いたのだろう、部屋で落ち込んでたリオンの問い掛けに、こう言ってやった。

 

 「君を笑いに来た」

 

 「好きでこうなったのではない」

 

 その言葉の返しに2人で笑ってしまい。俺も参加できなかった事を伝えたら、リオンに同情された。

 何かこいつとは会話のテンポが噛み合うんだよな。

 

 その後は、リオンの部屋でジュース片手にお喋りに興じた。

 マルティーナ達から聞いた、公爵令嬢がマリエに激怒した件や取り巻きが虐めてる事を伝え、さらに殿下に公爵令嬢が激怒された事を伝えると、ジュースを吹きかけられた。

 何故だ。

 リオンもブラッドとマリエがキスしてるところを見掛けたらしい。

 ジルクとも仲がいいし、クラリス嬢の婚約者だから一度バーナード大臣に伝えておこう。何故黙ってたと怒られるの怖いし。

 伝えて怒られるのも嫌だから手土産持参で。

 

 

 

 

 朝、リオンは先程、姉が1年の状況に上の学年も慌てていると怒鳴られたばかりだ。

 1学期終わりには学年別のパーティーがあるが、お茶会での成果もないため、そのパーティーも婚活としての重要な場だ。

 ドレスで着飾った女性にアプローチ。この場で結婚相手が見つかった先輩もいるから、男子は気が抜けない。

 ただ、リオンには気掛かりな事があった。

 

 「ルクシオン、情報って集められるか?」

 

 『……公爵令嬢やマリエという女子の周辺でしょうか?』

 

 『可能ですが、スリーサイズなどの情報は教えませんよ』

 

 「アンジェリカさんのは知りたい」

 

 『却下します』

 

 マスターの命令を人工知能が拒否しやがったと、リオンは内心驚愕したが、こいつはこういう奴だったなと気にしないようにした。

 

 「なら姉貴の話が本当か調べてほしいのが一点。それにエーリッヒの事だ」

 

 『姉君の件は噂の確証がほしいということですか。ただ、何故エーリッヒの事を? マスターに関係あるのですか?』

 

 「あんな奴は乙女ゲーにいなかったんだよ。裏公式サイトにいたかどうかも怪しい…… 高スペック過ぎる。追加パッチの攻略キャラと言われても不思議じゃないぞ」

 

 『マスターの言う乙女ゲームの世界ですか…… 学園が舞台であれば、オリヴィアやあの5人以外にも生徒は存在したはずです。マスターの言う背景のモブの1人では?』

 

 「あいつも十分に異質な公式チートレベルだからな…… まぁ好奇心が強いが」

 

 『野次馬根性ですか。度しがたい事ですね。では噂の確認に向かいます』

 

 ルクシオンはボディに周囲の風景を写し、溶け込むとそのまま部屋を出ていって情報収集に向かうのだった。

 

 「あいつは何でもできるな……」

 

 リオンはルクシオンの高性能さに、改めてドン引きしてしまうのであった。

 

 

 

 

 「今回は特に急だね。何かあったのかい?」

 

 学年別パーティーの前に王太子殿下達の件を伝えようとアトリー邸に訪れていた。

 

 「王太子殿下達の件ですが、マーモリアも関わっているので大臣の耳に入れておこうかと。クラリス様からは何か聞いてはいませんか?」

 

 「いや、最近はジルク殿も当家で持っているエアバイクのレース場に顔を出していないとは聞いてるが……」

 

 んまぁブルジョワだこと。

 まだ詳しくは知らないのか? クラリス嬢も父親には学園の様子を伝えてないという事か。

 

 「王太子殿下達5人が、マリエという1人の女生徒にいれあげてるんです。アンジェリカ様も随分お諌めしたらしいのですが、取り巻きがそのマリエに嫌がらせをした件で、アンジェリカ様に王太子殿下が激怒されて……」

 

 「何とっ!?」

 

 「本来なら乳兄弟のジルク殿が諌めるべきでしょうが…… その、ジルク殿ともマリエが、かなり深い仲に」

 

 絶句する大臣に、お前の娘の婚約者も誑かされているぞと伝える俺氏。

 胃が痛くてとてもじゃないけど、ワインなんか飲めやしない。

 

 「学園全体が混乱していて、何かあった時のために一度お耳に入れておこうかと」

 

 「5人で取り合っているということかね?」

 

 わなわなと震え出すバーナード大臣が声を振り絞る。そのほうが都合はいいだろう。ジルクが誰かに譲ればいいだけだ。

 

 「いいえ、5人に争いは無く、マリエは同時に相手に気に入られているそうです。王太子殿下とジルクに連れられて奴隷を買いにいったり、その5人がいるなかで、キスをしたりと手玉に取られているそうです」

 

 「ま、魔女かその女は!? 殿下達の遊びにしても質が悪い。遊びならまだやりようがあるが」

 

 そりゃバーナード大臣も頭が痛いだろう。政略結婚とはいえ、話に聞くとクラリス嬢はジルク殿の事を気に入ってそうだ。何より次の王の乳兄弟との縁故だ。

 バーナード大臣も今以上の権力を納めつつある所にこれだ。

 上級クラスの女子に手を出して、遊びで済ます事が出来るあいつらは本当に勝ち組だな。

 

 「どうやら遊びじゃ済まなさそうです。アンジェリカ様はお諌めし過ぎて不興を買っています。あの方の立場なら当然でしょうが、クラリス様は穏便に見定めて頂いたほうが宜しいかと…… 学園内で収拾がつかなくなりそうです」

 

 アンジェリカさんやクラリスさんが本格的に殿下達と事を構えたら、学園が荒れに荒れる。呑気に婚活なんか出来なくなりそうだ。

 公爵令嬢と大臣の娘がタッグを組んで、あの5人の王国トップの有力子弟と歪みあう。

 ふっ、大臣の尖兵にさせられた俺が一瞬で物理的に消されそう。

 マジ魔境。

 

 ていうかマリエって何なの? マルティーナが女子から聞いた話だと、あの5人と既に肉体関係もあるとかないとか。

 あいつは一体誰の子供を産もうというのか…… ラーファンめ! お前は俺の実母かと言いたい。

 

 バーナード大臣は、こちらでも情報を集めて王宮内でも対応を検討すると言った。

 情報を収集するというのがみそだな。もちろん俺程度の情報だけじゃ信用がないだろう。

 

 しかし後日、王宮内に激震が走る事になる。


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