乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です 作:N2
リオンはエーリッヒとジルクの戦いを闘技場内舞台袖で観戦している。
「なぁルクシオン、何あれ?」
『エーリッヒの事でしょうか? いい動きですが、ご安心下さい。アロガンツには勝てませんよ』
「いや、そもそもあいつとは戦わないが、あいつに攻撃を当てられる気ゼロなんだけど」
『そこは情けないマスターに代わり、私が操作するので問題ありません』
こいつ俺の事を付属品みたいに言いやがった! とリオンは心の中で毒づくが、エーリッヒの動きは目で追うことすら難しい軌道を描いている。
しかもリオンの目には、銀玉鉄砲で実弾銃を相手にしているように見える。
(あいつの動き吐きそう…… しかしジルクも婚約者に対して酷いな。いや、全員がそうか)
観客席を見てみると、マルティーナとアンジェリカが、号泣するクラリスを必死に宥めているように見える。
「物語の裏側を見ると酷いもんだな。アンジェリカさんだって、当然の事を言っているだけなのにそれが悪役令嬢かよ。オレには男5人に虐められているようにしか見えなかったな」
『しかし、マリエの立場にオリヴィアが納まっていたとしてもこうなったのでは?』
オリヴィアであれば、最終的に聖女として認定されて、じゃぁしょうがないよね。聖女だからね。
という感じで周囲から認められる。
それはオリヴィアがあの乙女ゲーの主人公だからだ。その血に資格がある。という設定だ。
「オリヴィアさんだからこそ、最終的に上手くいくんだよ。あいつも転生者のはずなのに、それがわかっていないのか?」
リオンがルクシオンを使って調べたが、マリエが転生者だということは判明した。物語に沿った行動で逆ハーレムルートを築いたからだ。
しかし、現実を見ると物語の選択肢など、生活上ほんの一部でしかない。かなり重要な分岐部分ではあるだろうが、マリエは普段から手練手管を用いて、骨の髄まで籠絡が完了している。
「3年近く掛かる所を3ヶ月近くでやりやがった。マリエの才能が怖すぎる。あいつ前世はどんな奴だったんだ?」
『最終的にホルファート王国が失敗してもご安心下さい。王国ごと沈めてしまいますので』
「却下だ、却下。だから、お前は怖いんだよ。それにいくらお前でもラスボスに勝つのは難しい。失敗したらそれこそ逃げるしかなくなる」
(それにゲーム公式のチートキャラ、黒騎士もいる。リックなら黒騎士と渡り合えそうだが、装備がなぁ。確か黒騎士はファンタジー金属のとんでもない武器があったはず、あいつが強すぎて課金したようなもんだし)
「スピードは防御力と同義だ、とかいう赤い人の言葉にも限度はあるだろうしな」
『……? それはさておき、あの2人の対戦、ジルクは面白い事になりますよ』
主人の言葉にルクシオンは理解が及んでいないが、いつもの転生者特有の独り言だろうと無視をした。そしてジルク機の末路を推測する。
エーリッヒとジルクの言い争いが佳境を迎えた時、ジルクの言葉が会場中に響き渡った。
「父親が誰かもわからない不義の子で、挙げ句自らの行動で実母を死に追いやった冷血な君にはっ!!」
☆
何を言うかと思えば今さらなんだがな。
「君が犯した凶行のせいで、ここにいる者達も大勢が迷惑したはずだ!!」
確かに、あれは混乱を与えただろうな。
だから何だと言いたいが。
「そ、そうよ! あんたのせいで妾の兄弟達が付け上がりだしたのよ!!」
「正妻に牙を剥くなんて最低っ! 貴族として恥を知りなさいっ!!」
「いや、でもあれはあいつの実母がわる……」
「男子は黙ってなさいっ!!」
「ジルク様に酷い事言って! あんたなんか親殺しじゃない!!」
ジルクの奴っ! 会場を味方に付けやがった!?
確かに上級クラスの男子は、伯爵以上の貴族以外は正妻の嫡子だ。女性は男爵以上であれば妾の子でも上級クラス。
騒いでいるのは上級クラスの正妻の子供達だ。しかし女子の声が大きい。次第に会場を巻き込み出しているな。男子は女子に逆らってはいけないと魂に刻み付けられているから仕方がない。
普通クラスの奴等はそもそも関係ないはずなんだが……
しかしあの腹黒、沸騰した頭でよくもまぁ。
「あんた達5人がやってる事は、もっと混乱を与える嵌めになるんですがね」
「何を言う。あなたのご母堂のご友人から聞きましたよ。冷徹な目で葬儀の最中、こう言ったそうじゃないですかっ!!」
一体俺は何を言ったんだろう?
「これで金もかからない、死んでくれて助かる。とね」
ちっ、この野郎捏造しやがった。
俺が吐き捨てたのは実家に戻ってからだ。
親父たちに、これで王都の屋敷と専属使用人を処分出来るね! やったね! 皆ドン引きしていたが、今思うと俺もちょっと引く。
実際には専属使用人は処分した後だったけど。
ただ、間違いなく家族しか知らないし、他に言うわけがない。
もし妹達が「うちの兄貴(偽)マジ最悪でさぁ、母親自殺に追い込んでルンルンなの。超キモい」とか他で言ってたら、お兄ちゃん亡命するわ。
ザナの関係者にあることないこと聞いたか、言えと脅したのか?
昨日の内に俺の戦闘データを集めたり、ザナの友人をピロートークで誑かしたか。30代後半ぐらいの女性か? 若しくはマリエの姉とかか!! 実母もかなりの美人だったし、マリエも顔は可愛いからな。
随分骨を折ったな。いや、最終的に折ったのは股間の骨か。
何それ、ちょっと羨ましい。
「何それ最悪っ!!」
「女性、しかも母親に何て事を!!」
「いや、男でも擁護できないぞ……」
会場を味方につけるのが上手いな。論点がすり変わった事を会場中の誰もが指摘しないとは。
何故その能力をまともに使えない? その頭があればマリエ1人にお前達5人が溺れるのは、今後相当不味い事になるのがわからんのか。
「ふっ、言葉もないようですね」
「いや、お前達5人がマリエといるとなると、そのうち僕みたいな立場の子が生まれるんだが」
「それはありませんよ。マリエの子は慈しみを持って育てますよ。君とは違い深い愛情を与えてね」
ザナからは、確かに愛情を与えてもらった記憶はないな。当時はただのエーリッヒ君だったが、彼への接し方は普通、ちょっとドライだったか。
嫌われてる感じはなかったが、専属使用人や一度だけ顔を見てしまった愛人と過ごすほうが、ザナには大切といったようだった。
おそらくその愛人が俺の父親なのだろう。
ザナが言う「あの人」という言葉には、毎回愛情が込められていた。その言葉のニュアンスも物心が付いてから一度も変わらなかった。
もうあのお馬鹿ファイブがそうしたいならもういいか。
王の候補、息子なんかダースで他にもいるだろうし、お馬鹿ファイブの子供は幸せになりそうだし。
「……もう、お好きにどうぞ。意思は固そうですね」
「ふっ、所詮君は貴族の血を引いているだけの私生児。平民より卑しい存在だ」
おい、オリヴィアさんに謝れよ。
俺の事はそのとおりなので何とも言えないが。
元々は、ジルクに会えないというクラリス嬢のために真意を聞かせる事が目的だったし、謝罪があれば尚良しではあったが。
それにジルク機も限界だ。あいつはわかってないだろう。
穏便に済ませようとは思ったが、少し痛い目を見せてやる。もう終わりにしようか。
「えぇ、そして不用意に近づきましたね、この距離なら」
言葉と共にジルク機がブレードに手を伸ばすのだった。
☆
「な、何故、お兄様が非難されるというのですかっ!!」
「マ、マルティーナさん座って。目立っちゃいます」
あまりの罵倒にマルティーナは、開かれた場でのエーリッヒの名前呼びを忘れてしまう。
オリヴィアはマルティーナを何とか座らせようとするが、マルティーナはその忠告を聞かなかった。
クラリスは悄然としており、アンジェリカはジルク機を厳しく見ている。
「お兄様がこうも悪し様に!? 何故ですっ、母の密通を子が、王宮に我が身を省みずに行った…… 誉められこそすれ!! 恥を知りなさいっ!!」
「う……」
オリヴィアはマルティーナの形相と勢いにたじろいでしまう。
「あんたの兄貴のせいで、うちがどんだけ騒いだと思ってんのよ!!」
「そうさせたのはっ!! 領や家の事を何もせず、王都で放蕩三昧の
「マ、マルティーナさんっ!? 魔法は駄目ですっ!!」
罵倒してきた女学生に向けて、怒りのあまり魔法を放とうとしたマルティーナをオリヴィアは羽交い締めにする。
「貴女達がダンスホールで優雅に踊っている最中、お兄様はヘルツォーク領のため、360度敵機に囲まれて実弾の雨の中、ワルツを踊るほどの苦しみを味わっていたというのにっ!!」
「ひっ!?」
マルティーナの迫力にその女学生は怯え竦む。
そして、ジルクからエーリッヒに対して、卑しい存在という言葉が出た瞬間、オリヴィアは弾き飛ばされ、アンジェリカが慌てて支える。
「あの緑虫がっ!! 殺すっ!!」
「待ってマルティーナさんっ」
「あなたはまだっ!? あの緑虫を庇うのですか!!」
魔力を溜めた両手をジルク機に向けようとしたマルティーナに対し、クラリスが正面から押さえるように抱きつく。
周囲は余りの威力が込められていた事に加え、般若もかくやといった形相に恐怖し、罵倒していた口をつぐみ離れていく。
「違うの、謝りたかったの。ごめんなさい、アトリーのためにあなたのお兄様をこんな酷い状況に追い込んで……」
「ぐ…… い、いえ、お兄様が望んで行った事ですから」
兄に対しての謝罪が為されれば、マルティーナの怒りも多少は治まってくる。
「本当に…… 何であんな男の事が好きだったんでしょうね…… 来る度にエアバイクレース場に足を運んで…… バカみたい」
「好きであれば…… 仕方のない事かと」
「私の事何て考えもしないし、見すらしない…… 酷い男…… 貴族の面汚しは貴方達じゃない」
魔力は既に霧散しており、クラリスとマルティーナは2人とも泣きながら互いにすがり付いていた。
「王国なんて…… お兄様を苦しめるだけ…… いっそ滅んでしまえばいいのに」
「今の言葉は聞かなかった事にするが…… 本当に王国は、どうしてここまで…… ラファの名を持つ私も言葉がない」
オリヴィアもかける言葉が見つからなく上空を見上げる。そこには2人の機体が浮かんでおり、ジルク機がブレードを構える姿が目に映るのであった。
☆
「おい、もう動かないほうがいいぞ」
「何を言うかと思えば、このブレードには魔力推進器が付いています。立ち会いなさい」
「俺のほうが、圧倒的に優位なのですがね」
「人に逃げるなと言って逃げるんですか? 貴族なら立ち会うのが常道。あぁ、あなたは貴族のなり損ないでしたね」
まだだ、まだ終わらんよってか。そんなこと言われると赤い人みたいで、ちょっと嬉しくなるじゃないか。
それにもう終わった戦いだ。
「ふぅ、最初に忠告はしたからな」
「食らいなさいっ…… なっ!?」
ジルクが魔力を爆発させて無理矢理前進した瞬間、ジルク機の右肘に左肘、右膝に左膝の間接部から先が、機体の制動に耐えかね破壊されて落ちていった。それを見て、やっとかと俺はほくそ笑んだ。
「はい、ご苦労さん」
両肘から先と両膝から下がなくなり、驚愕のまま突っ込んできた機体を受け止めてやる。
達磨とまでは言えないか。
「な、これは一体? 離せっ!!」
「気付かなかったか? 前から後ろからと間接部の同じ箇所に被弾させていたんだ。こんな弱いライフルでもさすがにダメージが溜まってボキッといったんだよ」
「そ、そんな技量など……」
「あるんだよ。こっちは戦争していたんだからな。そしてっ!」
受け止めたジルク機を俺は振り回しながら、遠心力を蓄えていく。
「そのぶっ飛んだ頭をぶつけてっ! 目を覚ましてこいっ!!」
そのまま舞台に叩きつけてやった。
衝撃と共に機体も破壊され、ジルクが舞台に倒れ込む姿を見下ろす。
「しょ、勝者、エーリッヒ・フォウ・ヘルツォーク」
審判の声が鳴り響くと王太子殿下達が飛び込んできた。
「た、担架だ! 早く持ってこい」
「大丈夫だ、息はあるぞ」
そりゃそうだ。何だかんだ手加減をしたし背中から落とした。骨はけっこう折れてるだろうが、そんだけだろう。
「さすがに気を使った。気疲れだな」
「凄いもんだな。これを最初から狙ってたのか」
「あぁ、本当は四肢がボキッと折れたと同時に、降伏を促して終了の予定だったが、さすがに頭にきた」
(ルクシオンはこれを言ってたのか。俺は気付かなかったけど)
リオンの労いの言葉に選手交代の意味も含めて、ハイタッチをしながら言葉を交わす。
「頭にきたじゃ済まないだろう?」
「いや、僕の事に関しちゃほとんど本当の事だからね。あまり頭には来てない。でもさすがにクラリス先輩が可哀想でね」
割りと呑気に喋る俺をリオンは本気かと覗いてくる。
「そうか、でも物凄く傷付いた人もいるみたいだから、フォローしておけよ」
「ん?」
闘技場内への出入り通路を見てみると、マルティーナが走ってくる。その後ろにはクラリス先輩か。
「お、おい…… と」
そのまま体当たりするように突撃してきた。
「危ないじゃないか」
抱き留めてから背中を撫で落ち着かせる。
「どうして殺さなかったんですか!?」
俺の胸に顔を押し付け、ぐすぐすとぐずりながら恐ろしい事を言う我が恐怖の妹。
リオンが引き気味で驚いてるぞ。
「いくらなんでも決闘でわざと殺しちゃだめだろう」
「お兄様なら偶然を装おって殺せました」
いや、出来るけど…… リオンがドン引きしている。
「目的は別にあるからね。クラリスさ、いえ先輩」
マルティーナの後ろで、涙の後が痛ましいクラリス先輩が、所在なさげに佇んでいたため声をかける。
「ジルクは救護室です。今ならあいつ身動きできませんからね。顔を見て話せますよ」
「エーリッヒ君、ありがとう。おかげでジルクの考えはわかったわ…… もう十分よ」
「いえ、一発くらい引っ叩いたほうがすっきりしますよ。かなり骨折してると思いますが、頬を叩くぐらいじゃ死にはしませんよ」
「ぷっ、ふふふふ、そうね。もう泣き疲れたわ、叩いて終わらせてくるわ」
この状態のマルティーナと一応クラリス先輩も心配だから、俺もついて行こう。
「じゃあリオン、少ししたら見に戻るから頑張れよ」
「俺はお前みたいに面倒くさい事はしないからな。さっさと終わらせるさ」
気負いのない言葉に笑みが浮かぶ。
4人いるからそれなりには時間がかかるだろうとは思うが、俺はマルティーナとクラリス先輩と一緒にジルクが運ばれた医務室へ向かった。
学園祭のくだりを前取りしてしまった。
クラリス先輩可愛いしね。
仕方ないね。
マルティーナ、チョロ可愛い。
マルティーナがジルク機に魔法を放っていたら、被弾箇所が破壊されてギャグになっていた…… 横やりで重罪ですが
クラリス先輩、マジストッパー