乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です 作:N2
救護室に入室しようとしたら、看護師がまだと引き止めてきたが、面倒だなと少し俺の表情が険しくなったのだろう。そうしたら顔を真っ青にさせて身を引いた瞬間、マルティーナが扉を掴みスライドさせてしまった。
「あら、怖い顔、でも助かったわ」
クラリス先輩がおっしゃる。そんなに怖い顔だろうか?
「戦闘の直後ですからね。エーリッヒ様、殺気が漏れています」
殺気とかわかる系女子、それが我が妹。一体妹はどこに向かっているのだろうか…… もう謎過ぎる。
いや、ダンジョンに籠る男子はそりゃ、わかるようにはなるが。無論俺は既に感じることが出来る。
カッコいい女の子がドジやるから可愛いってさ。
うちの妹ドジじゃないんだよなぁ。
……君にやられる。
うん。敵をしっかり撃てる系女子が我が家の妹様だな。
「早く入ってください」
うぃッス。
入室すると処置中のジルクがベッドに寝ている。
左足に右腕、後は肋骨が折れているのだろう。ちょうどサポート器具を取り付けようとしている。
「クラリスですか……」
「ずいぶん無様ね…… 一応聞くわ。私と向かい合ってくれなかったのは何故? もっと前からの話よ」
婚約破棄の前からの事か。
「私は常にプレッシャーの中にいました。殿下のため相応しい自分になるため…… 政略結婚相手に何を向かい合えと? 弱音など言えるわけがない」
「じゃあ何であの女なのよ!? あの女には話したんでしょ!!」
「そこの彼と決闘の時に言ったように、彼女は何も言わずとも私の心労を全部理解して、私の心に寄り添ってくれました。彼女を愛するのに時間はかかりませんでした」
いや、時間かけようよ。決断早すぎるぞ!? 拙速が巧遅に勝るのは、戦争や営業ぐらいだと言いたい。
急がば廻りやがれ。
というよりもマリエはニュ○タイプか何かなのか?
あるがままを見ただけで、そのものの本質を洞察できると云われているが、信じたくなった。
いや、本質見えてたらお馬鹿ファイブ全員とねんごろにはならんよなぁ。
「何が愛よ! 私に本音を語らずに逃げてるだけじゃない!! どうして私じゃ駄目なのよ」
「わかりません。ただ彼女を愛してしまいました。だから貴女に会うのを躊躇いました」
乾いた音が部屋に鳴り響く。
医師や看護師が慌てて間に入ろうとしたが、ジルクがそれを手で制する。
「引っ叩いて清々したわ…… もう二度と関わらないで」
「申し訳ありませんでした。……ありがとう、クラリス」
やっと謝ったよこいつ。
「私の名を呼び捨てにしないでっ! もう顔も見たくないわ」
クラリス先輩が顔を背けて、ジルクに背を向けた後、またしても乾いた音が鳴り響いた。
はっ!? 何で?
クラリス先輩を見ていた俺は、急いでジルクの方を向く。
「ぐあっ」
マルティーナがジルクの頬を張り飛ばして、ジルクが折れた右手で、ベッドに手をついてしまい呻いていた。
うっわぁ、痛そう。
「マ、マルティーナ!? 何でお前が?」
「この緑虫は、まだエーリッヒ様を侮辱した事を謝罪していません」
クラリス先輩もビックリ…… してないな、あれ? 俺がおかしいのだろうか。
「いいよ別に。ジルクが言った事もまぁ、一部捏造だが本当の事だしな」
捏造と聞いてジルクは目を逸らした。おい!
「事実だとしても言って良いことと悪い事があります!!」
「いや、こいつに謝られてもなんかムカつくしな。ただ、もうお前に対して丁寧な言葉は使わないぞ。それでいいかジルク? それと今、妹が叩いた件は勘弁して」
「えぇ、いいでしょう。負けた身ですし、自分が言った言葉を無かった事には出来ませんからね」
だからその潔さをもっと他の事に使えと言いたい。
クラリス先輩も呆れた表情をしているじゃないか。可愛い。
「ティナも叩いて気は済んだろ?」
「う、うぅ…… わかりました。エーリッヒ様が言うならもう文句は言いません」
唸る妹、チョロ可愛い。
「邪魔したな。リオンの試合を見に行く。まぁ…… いや、もういいや」
マリエの件を俺が言っても無駄だろう。当人同士と各家で何とかして貰おう。俺自身も色々と動かなくちゃ行けないし。
それにマルティーナが叩いてくれた事で、溜飲が下がったのも事実だ。本当に良くできた妹だよ。
「ティナ、ありがとう」
「何ですか? いきなり」
それには答えず、軽く微笑んで頭を撫でて救護室を出る。
「何ですかもう…… 全く」
キツい目ををしていたマルティーナの表情が、やっと目尻の下がった柔らかい笑みに戻った。
俺よりもマルティーナに心労を与えたのは申し訳なかったな。
マルティーナとクラリス先輩を連れてアンジェリカさん達の観客席に行くと……
「最高だね!!」
リオンが殿下を罵倒していた。あれっ、他の3人は?
☆
舞台袖で、グレッグはバラバラになった鎧の前で項垂れており、クリスは特注品の専用ブレードが折られ、心も一緒に折られたかのように茫然自失状態だ。
マリエは必死に2人に声をかけつつ、リオンの鎧、アロガンツを睨み付けていた。
あれっ!? ブラッドは…… 寝てる!! いや、気絶させられたのか? 鎧にも目立った傷はないんだがなぁ。しかも幸せそうな寝顔だ。
あいつは一番あの中で偉そうだったけど、パーティー会場でも一番最初にアンジェリカさんを罵倒してたし。
でも綺麗にやられたのか。
お前は最初の頃のマシュマ○かと言いたい。
いい鎧だ。まるで薔薇のように(笑)。
「し、しかしあれはスコップですか!?」
マルティーナはアロガンツが装備しているスコップに驚きつつも懐疑的な目を向けている。まぁわからんでもない。
「ティナ、スコップは全天候型万能近接武器だ。中々いいチョイスだと思うぞ」
「そうなのですか? いやまさか……」
「殴ってよし、水平に刃を立てるように振るったら脳漿を吹き飛ばし、倒れた相手の腹に突き刺したら必死、最後に埋める。戦いの最初から最後まで通ずる武器はスコップだな。白兵戦最強武器だ」
訓練もいらない持たせた瞬間に兵士の完成だ。親父に言ってヘルツォーク子爵領でも採用レースに乗せよう。
ふふ、まるで兵士が畑から取れるようじゃないか!
めちゃくちゃ安いし。刃毀れなんか意にも介さない。
リオンはわかっているな。あの決闘前の自信にも頷けるものだ。
「ねぇ、本気で言っているのかしら……」
「ああいう時は、大抵アホな事を考えている時です……」
クラリス先輩は懐疑的な表情で妹に耳打ちし、妹は呆れた目をこちらに向けて、クラリス先輩とひそひそ話をしている。
いたたまれなくなったので、試合に集中しよう。
オリヴィアさんとアンジェリカさんは、リオンと殿下の戦いに集中している。アンジェリカさんは、涙が溢れ落ちないように必死に耐えている姿が痛ましい。
リオンの声が聞こえてきた。
「もう最高の気分だよ! あれだけ威張り散らしていた威勢の良いお前らを、圧倒的な力でねじ伏せて説教すると気分が晴れる。言い返せないお前のお仲間もどうかと思うけどさ。まぁ、負けた癖に言い返すしか出来ない姿も惨めさを誘うだけだよな! そして教えてやるよ。俺は確かに傲慢かも知れないが、お前らはそんな俺にも勝てない訳だ。その辺の気持ちはどうだ? 格下に見ていた奴に負ける気分はどうですか、王子様!」
お、おう…… リオンも色々と溜まっていたんだな。まぁパーティー会場でのグレッグとか酷かったしな。目障りだ雑魚が! みたいに言われていたし。よく見ると王太子殿下の機体は損傷が目立つが、リオンのアロガンツは無傷か!? 近接戦闘なのに!!
剣の実習でクリスの実力は知っている。正直剣だけでは俺は勝てないだろう。ルール無用の何でもありなら負ける気はしないが。
それを無傷で剣を折るか…… 正直見たかったな。スコップの威力を。
「何が王族に生まれたくなかっただ。お前、変態婆に売られそうになったことがあるのかよ? 女子にペコペコ頭を下げて、嫁に来てくださいって頼んだ経験は? 田舎は嫌だとか、愛人も支援しろと言われたことは? 惨めだぞ。結婚して生活の支援を全てするのに、愛は愛人と育むとか言われた気持ちが分かるかぁぁぁ!」
ぶわっ!! 涙が…… そうなんだ。そもそも俺なんか結婚すら求められなくて、愛人としてしか求められなかったんだ。そんな事になったら、学園の友達と殺し合いになるじゃないか。
周囲では同様に男子生徒が涙を堪えている。
ちょっと
「エ、エーリッヒ様」
「大丈夫、ちょっと心に来ただけなんだ」
マルティーナが俺の様子に心配してくる。まだ、大丈夫だ。
王太子殿下がリオンに言い返す言葉も聞こえてきた。
「そ、そんな事がどうしたというのだ! お前らは自由じゃないか! 良い相手を見つければ良いだけだ!」
「自由!? 良い相手を見つけろ? 俺みたいに必死に生きてきた男が自由! 馬鹿にするなよ、このボンボンが! お前、純潔の危機を感じながら! 命がけで! 小さな船で! 空に船出が出来るのかよ! あんな美人な婚約者がいて、他の女と遊んでいるのも許されて…… 何が王族に生まれたくなかった、だ。エンジョイしまくりじゃないか! 出直してこい!」
あのままだと弟のエルンストがそうなる嵌めだったんだ。だから弟に家督を継がせるために頑張ったんだ!!
俺、もうゴールしてもいいよね……
「うぅ、もう前が見えない」
「ほら、涙を拭きなさいな」
クラリス先輩が目元にハンカチを当ててくれる。おかしいな、決闘ではダメージ受けなかったのに。
「遊びではない! 本気だ!」
「なお悪いわ!」
アロガンツはスコップのフルスイングで王太子殿下の剣を吹き飛ばした後、腕を掴んで握り潰している。
王太子殿下は瞬時に距離を取り、鎧の肩に装備しているリボルバー型のキャノン砲を放つが、リオンのアロガンツは舞台上を素早く左右に動いて回避しきった。
「あの大きさで速いな、それにあのパワーは…… あんな鎧、背中のバックパックも大きい。どれだけの装備を積んでいる?」
この一瞬の攻防だけで、アロガンツの凄まじさがわかるな。それに王太子殿下の反応も悪いものじゃない。
カラカラと撃ち尽くした音が空しく鳴り響くなか、アロガンツは王太子殿下の鎧と対峙するように向かいあっている。
「……もういいだろう? 遊びは終わり。お前の相手はあっち。分かった?」
アンジェリカさんは辛いのだろう。もう目から涙を溢しながらも目を逸らさずに2人の戦いを見ている。気丈な人だ。
アンジェリカさんといいクラリス先輩といい、政略結婚の相手、しかも結婚前にここまで想われるなんて、本当に何度も思うが羨ましい話だ。
「まだ終わっていない。マリエを奪われるくらいなら死んだ方がマシだ! 俺は絶対に負けを認めない。殺すなら殺せ! これは決闘だ! 俺かお前が死ぬまでこの決闘を止めることを禁ずる!」
リオンの勝利後の願いは、マリエと殿下は別れるだったか。じゃあ他の4人とはマリエは付き合ってもいいのか……? 何だそれ!? クラリス先輩が報われないじゃないか!!
俺もジルクとマリエは別れろと条件を付けておけば良かった。
壊れた両腕を振り回して、リオンのアロガンツに殴りかかる姿は滑稽だ。もう決着はついているというのに、王太子殿下の決闘中止を禁ずるという言葉によって、審判も止める事が出来ずに右往左往している。
いや、止めろよ。決闘中に立場をかざして一方的な命令を突き付けるって禁止事項じゃなかったか?
茶番劇に成り下がりやがったよ。
「本気なのですね…… 殿下、本当にあの娘を愛しているのですね」
アンジェリカさんの目が妖しい雰囲気を湛え出している。見ているのはマリエか。
もう、マリエを殺して時間の経過でほとぼりが冷めるのを待つしかないのか。
いや、アトリー家の件は、マーモリア家をどうするかだけ。アンジェリカさんの件はリオンに任せよう。
この状況は、クラリス先輩とジルクの焼き直しを見せられているようで、俺は気分が悪くなった。
もう目を背けがちだった所にオリヴィアさんの言葉が会場中に響き渡った。
「確かに王太子殿下はマリエさんを愛しているかも知れません。でも! アンジェリカさんだって王太子殿下を愛しています! だって、ずっと苦しそうにこの戦いを見守っているんですよ! 見ているのも辛いのに、目を背けないで悲しそうに見ているんです! 愛じゃないなんて言わないでください!」
王太子殿下を応援する声にリオンを罵倒する声で、会場中が騒がしいというのに皆が一瞬で、オリヴィアさんに注目しだした。
魔法? じゃないよな?
「どうして否定するんですか! 相思相愛でなければ愛じゃないんですか?」
「良いから止めろ。オリヴィア、もう止せ!」
「いいえ、言わせて貰います。アンジェリカさんの気持ちは愛です。受け取る、受け取らないは本人の自由です。けど、否定なんてしないでください!」
学生の内から愛を語るのも凄い話だよな。しかも真剣だし、高位貴族だから家も深く関わる。
でも一般的な上級クラスの学園男子は、体裁のため愛なんかろくに考えずに、マシな結婚相手を探そうとする。もちろん俺も。女子は専属使用人や愛人で愛を育む。
しかし、学園女子が酷いから、ちょっとマシな女の子ってだけで男子は恋に落ちる。
この学園、ある意味愛に満ち溢れているな。
愛こそ全ての学園生活。これはキャッチコピーに騙されてしまうな。
愛、凄く嫌な物の代名詞になりそうだ。愛を下さいと叫んだ人には、この学園に満ち溢れた愛をお裾分けしてあげよう。
「言いたいことはそれだけかっ! 女ぁ!! 一方的に押しつけるのが愛だと? 俺を王子としか見ていないその女の気持ちが愛? 俺は…… 俺個人を見てくれる女性を見つけた。そして分かったんだ。これが愛だ。これこそが愛だ! アンジェリカ、お前は俺を理解しようとしたか? お前の気持ちは押しつけだ。愛じゃない。もう、二度と俺に関わるな! どちらかが死ぬまでこの決闘は終わらない。俺は覚悟を決めたぞ。お前はどうだ!!」
俺はアンジェリカさんを見ていられないし、クラリス先輩もまた泣き出してしまった。そりゃあ自分に置き換えられる状況だ。アンジェリカさんの肩を抱いていて、そこから2人の嗚咽が聞こえる。
「覚悟を決めた、ですか? 今まで覚悟もなく戦っていたと? 負けそうになってようやく決める覚悟ってなんですか? 馬鹿にしているんですか? というかさぁ…… 決闘ってそもそもそういうものだから。学園内の暗黙のルールがあるから命は取らないだけで、本気になったらすぐに終わっていたんだよ。気が付かなかったの? これなら4人同時に相手にしても良かったわ。その方が楽に終わったし。自分たちの方が強いって自信満々にしていたから警戒したけど、想像以上の弱さだったよ。勘弁してよ。これだと…… 俺が弱い者いじめをしているみたいじゃないか」
苛つきを抑えようとしていると、リオンがこれでもかと馬鹿にする罵声を響かせた。
「今まで覚悟が決まってなかったけど、ボロボロになって負けそうだから覚悟が出来た、ですか。自分の命を盾にして勝ちを得ようとする執念は認めますよ。こう言えば俺が引くんだろうな、って淡い期待があるのが見え見えでドン引きですけどね。流石に俺も王太子殿下は殺せないし負けを認めてあげようかな。良かったね。君は王太子殿下だから戦いに勝利するんだよ。王子として生まれたくなかったと言いながら、立場を最大限に利用するその強かさは賞賛に値しますよ」
はは、あはははは。もっと言ってやれっ! いや、もっと言ってくれ!!
「ほら、負けてくださいって言えよ。僕は大好きなマリエちゃんと離れたくないから、勝たせてくださいってお願いしろよ。負けるなんて思っていなかったんです。許してくださいってお願いしてごらん」
喝采だ! 興奮して拍手してしまった。
周囲がリオンを最低だと感じてる最中の俺の行動は、暴挙に映ったのだろう。
「あ、あんたね!!」
「黙れよくそがッ!」
「ひ、ひぃ……」
本気の本気で殺気をぶつけてやったら失禁しやがった。専属使用人にガバガバにされてるからだ。
「エーリッヒ様…… 素晴らしいです」
僕の妹はキメ顔でそう言った。
いや、注意されるかと思ったのにドン引きだよ。少し気持ちが萎えてしまった。
男を萎えさせる系女子、それが我が妹。
嫁に行けるのか心配になってきた。どこに出しても恥ずかしくないと思った淑女だったのに。
何かユリウスが反論してる。もう早く参ったしろよ。
「で、出来るわけがないだろう! これは神聖な決闘だ。互いに全力で戦うのが礼儀だ!」
「え? 気を利かせてお前が負けを認めろ、って? 王太子殿下、それはきついっすわぁ。どう見てもここで負けを認めたら神聖な決闘の侮辱じゃないですかぁ。ここからどうやっても逆転できそうにないし。それとも俺の気持ちを動かすような名演説でもはじめます? まぁ、心が動かされるとは絶対に思いませんけどね。4人が4人とも、聞いていて首をかしげたくなる戯言ばかり。俺の心は一ミリも動かされませんでしたよ。逆にここまで嘘くさい台詞をよく言えると感心しましたけどね」
闘技場内の雰囲気は最悪になっている。離れた所からは、リオンを倒せ! なんて言葉が飛び交っていた。
俺達の周囲は、先程の睨みが聞いているため静かになっていた。
「侮辱ついでに言うが、お前達はリックまで侮辱していただろうが! 各種戦技教本や国境沿岸の地理ぐらい勉強して知っているだろう! お前らが散々言ってる愛のない下賤の出がどうして国を守る!? 愛があるから命懸けなんだろうがっ!! 散々あいつに守ってもらったお前らが、あいつを侮辱するな!! お前らの愛は独り善がり過ぎて迷惑だっ!!」
ぶわわっ!! 涙が…… え、何あいつ、俺の好感度をフルMAXにして何がしたいの!? ただでさえエーリッきゅんはへたれ受けかな? オラネコじゃない? とか言われてるんだから!!
OH、平家BOY♂
あれ、俺に愛ってあったっけ? うんあった、あった気がする。あったことにしよう。
「リオンさんはいい方ですね。まぁここにいる学生も賭けに負けそうだから非難しているだけで、心の奥ではリオンさんが正しいとわかっていて欲しいですが」
我が妹がせっせと涙を拭いてくれるが、止まる気配がない。ヘルツォーク領以外であんなふうに言ってくれた奴は初めてだ。
BOY♂NEXT♂DOOR
「そこまでです。それは開いてはいけません」
うぃッス。我が偉大な妹様に引き戻された。
そして、「インパクト」とアロガンツから発せられて、王太子殿下の鎧が粉々となり、王太子殿下はリオンのアロガンツに受け止められるのだった。
☆
「勝者、リオン・フォウ・バルトファルト――よって、決闘の勝者はアンジェリカ・ラファ・レッドグレイブ。両者、決闘の誓いに則り――」
決闘の終了宣言が成された。空中を王太子殿下達に賭けた青い札が空中を舞うように飛び散る。勝者のリオンを称える紙吹きの様に見えた。
「金返せ!」
「インチキだ! こんな決闘が認められるものか!」
「返してよ。私のお金を返してよ!」
リオンはアロガンツのスコップを掲げ、まるで凱旋の様にゆっくりと舞台外周を飛行した。
「みんな…… 賭け事は程々にね!」
リオンの煽りに会場にいた負けた学生達からゴミが投げつけられるが、しっかりと回避している姿は、なるほど、負けた人間からしてみればたいそう悔しいのだろう。
そして着地して、舞台袖にあった大きい金属の箱のようなものに鎧をしまい、その箱だけ空中に飛んで行った。何それ? 来た時も思ったが羨ましい。俺はまたリッテル商会の倉庫に戻しに行かなければ行けないのに。
闘技場内に通ずる通路で戻ってきたリオンを俺、マルティーナ、クラリス先輩、アンジェリカさん、オリヴィアさんが出迎えた。
「よ、お疲れ、悪いな。何かリオンにばかり背負わせて」
「いや、ずっと言ってやりたくてスッキリしたからいいよ」
「そう言えるお前は凄いよ」
リオンはオリヴィアさんから上着を受け取って羽織った後、アンジェリカさんに貴族の礼で言った。
「どうですお嬢様。見事に勝ってまいりましたよ」
「そうだな。礼を言おう」
アンジェリカさんの表情は真っ青だ。どこか心あらずといった感じか。
「怪我はさせていません。気を失っているだけなのは本当ですよ」
リオンの言葉にアンジェリカさんが、少しホッとした表情になった。あれだけの事を王太子殿下は言っていたのに、まだ想いがあるということかな?
しかし、あれだけの破壊で怪我を与えていないのは、恐ろしいと感じる。アロガンツの動きもスムーズで速かった。絶対に敵に回してはいけないな。まだロストアイテムの飛行船も未知数だしな。
まぁ、あそこまで言ってくれた友達だ。寧ろ少しぐらい力になれればいいが。
「どうするんだよ! お前のせいで全財産が!」
「お願いだから返して! 借金なの…… 借金したお金で賭けたの!」
「こんな賭けが認められるかよ!」
勝負は時の運だし、あそこまで賭け金がつり上がったのには、勝った身としては嬉しい。もちろんかなりの額は使うだろうが、手元には残そう。
リオンも全財産すったのは自業自得と言ってる。そして、アンジェリカさんは駆け足で王太子殿下の所に向かった。
リオンは更衣室に向かうので、後で話をしようと約束し、俺は鎧を片付けに向かう。
「クラリス先輩、後日バーナード大臣と面会したいので、日にちと時間がわかったら教えて下さい」
「えぇ、お父様に伝えるわ。エーリッヒ、いえ、リック君、本当にありがとう」
「いえお気になさらず。じゃあマルティーナも応援ありがとう」
「本当にお疲れ様でした。お気をつけて」
鎧をリッテル商会の倉庫まで、飛行して運ぶのだった。飛行許可を取っておいてよかった。
リオンぱいせんマジ尊敬