乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です 作:N2
緊急警報が発令した国境側の港でたまたま鎧操縦の訓練をしていた俺もそれに耳を傾けるが、突然の事で身体が動かず呆然としてしまっていた。
「若っ! 早くご避難を」
教官として指導にあたってくれていた騎士が身体を揺さぶりながら口角泡を飛ばしている姿を見て我に返ることが出来た。
「状況は?」
「これから管制室に確認を取りませんと何とも」
そりゃそうだ。なんて言ったって俺の訓練を指導してくれていたわけだからな。
「お兄様!!」
「兄上!!」
「ティナにエト! 何故ここに?」
「リッテル商会からの商船が入港してくるのでエトと見学に来ていたんです」
エト、一つ下の弟のエルンストの愛称だ。しかし商船か……
「くそ、狙われた!!」
「若? まさか商船入港のタイミングを」
「ああそうだろう。我が領はもう数十年もこんな大々的に浮島本土間の商船とのやり取りは発生していない…… 警備体制や入港護衛なんかマニュアルでしか知らん」
完全に失念していた。商船航路なんか空賊は常に網を張っている。ヘルツォーク子爵領は国境側に館、首都のあるメインの浮島があり、本土側に各寄子の浮島や工場用の浮島があり、メインの浮島の国境側港に来るという事は、国境側やフレーザー侯爵家か我が家以外の周辺国境男爵家からの襲来といえる。
「各国境貴族家の哨戒を潜り抜けたか。我が方正面の国境付近に潜んでいたか…… ティナとエトをすぐに避難させろ。僕は埠頭先の警備隊に直接聞きに行く」
指導していた騎士に言い残し、訓練機で埠頭まで飛んで行ったが、眼下に見える港全体が混乱しており目も当てられない。
「ラーシェル神聖王国の強襲揚陸部隊に急襲される前に経験を積めると考えようか」
しかし空賊の来襲と聞いて手汗が滲み震えが止まらない。情けないがオート着陸機能を用いて埠頭に到着した。
「詳細な状況は?」
「若っ!? 何をしているんですか? 緊急避難警報に従ってください」
係留監視と警備を兼ねた施設に飛び込んで聞いたが、そこにいた施設員がぎょっとした表情で避難しろと言ってくるが、ティナとエトが来ているし、何よりここまで取引可能となった商船に被害を出させるわけには断固としていかない。
「商船を取らせるわけにはいかない。警備部隊の状況は? それと空賊の戦力を教えてくれ」
「軽巡洋艦級が5隻です。鎧も下手したら30機前後と推定されます。偵察艇からの連絡ですが、軽巡のため足は結構速いそうです。到着まで30分程度かと」
しぶしぶながらも答えてくれた監視員に感謝するが、そこまで接近されただと。鎧の搭乗者の練度よりも艦艇に関わる人間の練度が低いか。
「スクランブルだ! 出せる艦艇と鎧を出せ。商船護衛には最低でも10機の鎧と2隻の飛行船を出せ」
ここ最近の訓練で直に見ているが、ここはメインの港湾基地だ。鎧とて50機は配備されているが、如何せん古いから戦艦級などは修理ドックに突っ込まれていることも多い。
監視員が管制とやり取りをしている間に指揮系統を確認する。
「10分が勝負だ。とにかく鎧と船を上げて前面に布陣しろ。僕自身も訓練機で出る。実弾を装備させろ! ライフルもだ」
訓練機、2世代前の王国製。今流行りの高機動高威力型だがマニュアル訓練用に設定がわざとピーキーだ。スピードは最新式よりも遅いが、小回りはピーキー設定のせいで最新式と変わらない。
「戦艦一隻と護衛艦2隻がすぐに出せます。鎧は30機です。鎧は席次が3,5,7,8,9番の騎士がおります」
席次とは去年決めた例の11名の事だが、親父も入っており2番である。ヘルツォーク子爵軍12騎士と決めたが、11人しか居ないのは笑い種だがさすがは当主率先の戦争経験者。いや、あの時はまだ当主は祖父だったか。
しかし飛行船が少ないし鎧も少ない。これでは空賊と同等戦力ではないか。
「何故鎧が少ない。後は遅れてもいいから準備出来次第船を出せ」
「鉱山側作業に行っておりますので、こちらに来て装備換装まで早くて1時間。エーリッヒ様の訓練機の装備換装終了した模様です」
鉱山は浮島の反対側だ。
そもそも当家は子爵領だ。戦力が、戦艦四隻に巡洋艦二隻、軽巡洋艦四隻、その他小型偵察艇に補給艦2隻。鎧が100機。
これでは男爵家と相違ないと言える。勿論貧乏男爵家はこれの半分もないところも多々あるが。
やはり数年で倍にしていくしかないな。
「3,5,7,8,9番で小隊編成。戦艦と共に全面展開。僕と残りは護衛艦と共に商船護衛だ。管制に伝えろ」
「了解です」
俺自身も訓練機に搭乗して発進する。鎧に関する戦技教本や艦艇錬技教本も勉強済み。一先ずは大丈夫な筈だ。
ここまで港はまだバタバタとしているが、追いかけるように港から続々と鎧が上がってきた。
「管制からの指示は聞きましたよ若。若には退避して欲しいんですがね」
席次3番のヨハンから苦笑染みた溜息と共に言われるがそうはいかない。
「無理を言うな。港にはまだエトとティナがいる。4個小隊で小隊長の指示で空賊撃破に当たってくれ。僕は2個小隊と分隊で護衛に当たる。さすがに初陣でこれ以上出しゃばれないからな」
「いえ、若が急いで発進したから慌てながらも飛行船達が大急ぎで出航できました。しかし空賊の狙いは商船との読みでしょう? 場合によったら若が危険です」
「そうなれば護衛部隊と君たちで挟み撃ちにしようじゃないか。これ以上ヘルツォーク子爵領の信用を落とすわけにはいかない。いざとなれば父上とエルンストがいるから大丈夫だ」
その理由も王都で得たさ。胸糞が悪くなる事実だが親父と義母様には伝えなければならないから死ぬわけには行かないか。いや、口頭でブラックボックスに入れておくか。
駄目だ、まだこの世界には音声を録音する機械も魔法もなかった。
「戦艦の艦長は誰だ?」
「ローベルト艦長です。ベテランなので安心ですよ」
ファンオース公国との戦争経験者だったな。ならば確かに俺が気にする必要はないな。
「艦長聞こえるか?」
無線周波を戦艦級の飛行船に合わせて問いかけ直ぐに応答があった。
「エーリッヒ様、ローベルトです」
「鎧の指揮はヨハンに任せるが全体の指揮をローベルトに任せる。出しゃばってすまないが僕は護衛艦とそちらの鎧部隊の指揮をするよ。そろそろ目視出来るだろう。基本的にはローベルトの部隊で迎撃、敵が商船側に動き出したら挟撃だ。問題ないか」
「順当かと。ただしエーリッヒ様には今すぐにでも退いて頂きたいのですがね」
「心労を掛けるが、増援が来るまで下がれんよ…… 折角の初陣なんだ。楽な護衛で経験を積ませてくれ」
ははは、と笑いながら伝えたがスピーカーからはため息が漏れてきた
「今回はその護衛対象付近が一番危険なんですがね。厳しくなったら退避、被弾したら強制退避ですからな」
「了解だよ艦長」
などと格好はつけたが未だに手足が震えている。
「くそが……」
スピーカーを切った後、手を握りこみ、太ももを叩いてほぐしながら、足の指先を必死に動かして震えを取ろうとするとヘルツォーク子爵領軍に一斉通信が入る。
「空賊艦艇来ました!! 距離8,000m」
「始まる…… 初めての戦いが」
領内の魔素ダマリがある洞窟でのモンスター討伐は、訓練課程で経験済みだが鎧を使った戦闘は初めてだ。
緊張を押し隠し、商船の前に自身の機体を出しつつも敵影を見据える。
「晴天でよく見えるがそれは敵もか。いや待ち構えるなら晴天の方が助かるな」
☆
「予想通り大型の商船が来てるじゃないか。とんぼ返りせずに済んでよかったな」
ラーシェル神聖王国側に根城の浮島を持つ空賊、シークパンサーの首領が索敵からの映像に頬を緩ませている。
「数は少ないですが思ったよりも対応が早いですね」
「あそこはラーシェルのアホ貴族との小競り合いやファンオース公国との戦争経験者がまだいやがるからな。そういった鉄火場の作法は心得たもんよ。だが、ハッ……」
副官の言葉に上機嫌に答えつつも鼻で笑う。
「あそこは船も鎧もついでに人もロートルだ。こっちはラーシェル神聖王国の辺境伯から最新式を格安で払い下げてもらってるからな」
そう、この空賊シークパンサーはラーシェル神聖王国のホルファート王国側の辺境伯と裏で繋がっており、フレーザー侯爵家やヘルツォーク子爵家等の国境警備弱体化や隙を常に狙っている。
フレーザー侯爵家が王国本土での影響力や領自体の総合力も近年弱体化しており、国境防衛力に隙を晒しつつある所への今回の依頼であった。
「王国本土や他の貴族家取引を開始しだしたヘルツォーク子爵領に力を取り戻されるのは、あのアホ辺境伯も困るから俺たちにやれってことですか?」
「わかってんじゃねえか。まぁこの情報と商船には旨味があるしな…… さてホルファート王国側の略奪は初めてだが連中の出来をみてやろうじゃねぇか」
シークパンサーの首領が言ったようにここ10年は、フレーザー侯爵家は別だが、ラーシェル神聖王国の辺境伯とホルファート王国側のヘルツォーク子爵領との小競り合いは起こってないので、練度確認も依頼されている。
「しゃあっ、全機発進しつつ頭を抑え込め」
「オーライッ」
ヘルツォーク子爵領軍港湾部隊対シークパンサーの戦闘がここに始まりを告げるのであった。