乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です 作:N2
「やっぱりあの殿下達の店は人気でそうかな?」
「あの5人はしっかり教育を受けてるし、イケメンだから、あの貴公子達に接待されるなら、女の子なら飛び付くんじゃないかな?」
「あんな高い値段でも?」
「うん、通うと思う。みんなダンジョン頑張ってたし、それに…… 男の子達にも援助してもらうんじゃないかなぁ」
「女の子に援助したお金で、殿下達の喫茶店に行かれるとか泣けてきちゃうなぁ。イーゼちゃんも行きたい?」
「……やっぱり興味と憧れはあるかも。私は友達離れてダンジョン挑めなかったから無理だけど…… あはは……」
「それは…… 聞いてるような派手な接客は無理かもだけど、僕で良ければするよ」
「え!? ホントにホント? うそ、凄い嬉しい!」
きゃっ、と笑顔を見せてくれるのは、ヘロイーゼちゃん。やっぱりこの子可愛いしポイント高いわ。
「あっ!?」
「おっ、と。大丈夫?」
嬉しかったのか弾みで躓いたので、腕を差し込み支えてあげた。あまりパッドが入っていないのか、柔らかな胸の感触にドキドキする。エロうぃーね!
ラッキー。
「あ、ありがとう。リックさんって優しいし紳士ですよね…… マルティーナさんが羨ましいな」
「何だかんだで妹でもあるしね。僕は、こうして買い物のアドバイスをくれる、優しくて可愛いイーゼちゃんに感謝してるよ」
ちゃんと褒めるのを忘れずにしておく。
女子に対する婚活力は、他の男子に負けていられないのだ。マルティーナの事は、まぁ兄であり妹だから誰よりも優先しちゃうしね。
しかし、1学期は全く成果がなかったから、もう婚活はいっそ止めて、こっそり寄子か平民の女の子を嫁に貰い、子供は養子にだして、俺一代で潰してしまおうかとも考えていた。
でも、やはりまだまだ学園生活は長いから、いけるかもしれない。
そう、結局あの後は、リオン達の喫茶店に戻り準備をし、終わった後にヘロイーゼちゃんを誘って買い物に来てる。念のためヘロイーゼちゃんに殿下達の喫茶店の事を教えて意見を聞いてみたのだった。
☆
「何ですか…… あれは……」
人混みや建物を利用してエーリッヒ達を観察する人影があった。ご丁寧に気配も抑えている。
「あんまり覗き見はよくないよ。エーリッヒ君に見つかったらどうするの?」
「私は興味あるな…… あの娘ってリュネヴィル家の娘よね。いつの間にエーリッヒ君と仲良くなったんだろう? 確かあの決闘騒ぎで、エーリッヒ君やティナと揉めた娘じゃなかったっけ?」
ミリーはマルティーナを注意するが、ジェシカは興味津々だ。
「あぁ! 2人で宝飾店に入っていきます……」
マルティーナ達は、3人で学園祭をどう楽しむかを話すために、たまたま繁華街で待ち合わせしたところ、偶然エーリッヒとヘロイーゼの2人を見つけたのである。そして尾行を開始していた。
「ねぇ、ティナ、あんまり良くないよこういう事。も、もしどこか御休憩しちゃうような場所に入るところを見かけたら、後が気まずいじゃない…… 」
ミリーが頬を添染め躊躇いがちに言うが、1年生のうちに婚約を果たした男女は、2年生になるまでに大概がそういう関係へと進んでいる。
まだ1学期が終わったばかりといえども、長期休暇で済ませた男女も1年生に若干数存在する。
ミリーとジェシカは、まだヴィムやクルトといった婚約とまではいかないが、良い仲と言える男子とそこまでの関係には進んでいない。
「そ、そんなところに入ったら、あの女の股を引き裂いてやるわ!!」
「こ、怖いよ…… でも、もしかしたらあの娘、エーリッヒ君に謝罪でもしたんじゃない? エーリッヒ君もほら、優しいから闘技場での件で罪悪感を持って、単にあの娘にお詫びとか……」
ジェシカは、マルティーナの気配が不穏なものになっていくのを恐れて適当にフォローした。概ね事態を言い当てたのは、ただの偶然だ。それにヘロイーゼが闘技場で失禁して、友達が離れていったことも知っているため、同情心から口に出たのも理由の一つである。
「うぅぅ…… でも……」
「まぁ、今日にでもエーリッヒ君に聞いたら? ティナが普通に聞いたら教えてくれると思うよ。間違ってもここで突撃したら駄目。嫌われたら嫌でしょ?」
「寧ろ事前にティナに何も言ってないという事は、逆に疚しい気持ちは無いんじゃない。ほら、男の子って疚しい時って言い訳がましくなるし…… 帰ってから確認したら?」
「……うん。そうする」
ミリーに諭され、ジェシカに帰ってから確認すればいいと言われて、マルティーナは一先ず引き下がった。
正直ジェシカは適当に言っただけだ。それっぽく聞こえたためにマルティーナは引き下がるが、冷静に考えたら、疚しいから言わないのではと思うだろう。
エーリッヒからすれば、婚活は学園の男子にとって疚しいことではない、と言うだろうが。
ミリーとジェシカのおかげで、この場においてエーリッヒは、マルティーナの突撃を回避できたのであった。
☆
買い物が済んで、学生寮に戻り部屋で寛ぎながら今日の事を思い出していた。
しかし良い娘だったな、ヘロイーゼちゃん。お礼も日用品とちょっとした化粧品だけだったし。
「仕送り減らされちゃって…… じゃぁ、お言葉に甘えるね! ありがとう!!」
他の男子に話を聞いてると、贈り物を貢いでもお礼すら言われないのは日常茶飯事。挙句の果てに貴金属なんか、センスが無いだの言われて売られる始末。
ヘロイーゼちゃんマジ天使。マルティーナとクラリス先輩への贈り物の予算のお釣りで事足りた。
「私もちょっと稼ぎたいから、今度ダンジョンに連れてって!」
キャハ! だって。
スキーでも何でも連れて行きたくなってしまった。今度リュネヴィル家に贈答品でも用意しようかな? ツマラナイものですが、鹵獲品の鎧を…… 本当につまらないな。いや、まぁ喜ばれるのはわかるけどね。
辺境寄りだしね。どこも余裕ないしね。ヘルツォークだってやっぱり貰ったら嬉しい。う~ん、本格的に検討しようかな。
それに女の子の意見も参考になった。以前は店に勧められ、俺自身も悪くないというものをマルティーナに送ったが、やはり、同世代で流行にも詳しい女の子の感性には助けられた。
購入した物の金額に驚いていたけど、戦傷章銅章の一時金なので余り懐は痛くない。賭けの儲け金も白金貨300枚も残っているし、元金と合わせて400枚だ。
明日から学園祭も始まる事だし、まだ時間も遅くはない。お茶を淹れる練習も兼ねて一息つこうとすると呼び鈴がなった。
「リオン達か? 明日の件かな…… 遅くはないとはいえ、それなりの時間だが……」
事前打ち合わせかなと悩みながらも扉を開けると、暗い表情のマルティーナが立っていた。
「怖っ!? どうしたっ! とりあえず中に」
どんよりとした目つきは軽くホラーだ。
よくわからないが、リビングのソファーに座らせる。ローテーブルを挟んだその向かいの一人掛け用の袖付きソファーに俺は座り、その落ち窪んだ表情の理由を尋ねてみる。
「お兄様…… わたくし、少しクラリス先輩の気持ちがわかったかもしれません…… お兄様は今日はどちらに?」
クラリス先輩の気持ちがわかった? 何だ、どういうことだ? 俯き加減で声色がただ事じゃない…… 今日はどちらに!? あぁ、ヘロイーゼちゃんの件かな。
「ほら、闘技場で俺が一喝して、その…… 漏らしちゃった女の子がいるだろ。その子が謝罪してくれてね。ティナにも申し訳なかったって」
「な、何で謝罪してくれたからと言って、仲睦まじく宝飾店などに!?」
納得が行かないのかテーブルに身を乗り出して聞いてくる。
というか何故そこまで知っている!?
「賭けで散財したり、あの件で友達が離れたりしたみたいでね。不憫だし謝罪もしてくれたから、こちらもお詫びをしていたんだよ」
俺の一喝であの娘は相当ダメージがある。きっかけはあの娘かもしれないが、彼女の受けた報いの大きさに正直心が痛むレベルだ。
「じゃ、じゃぁお兄様には疚しいことはないと?」
「疚しいこと? それにほら、ティナへの贈り物の意見を聞いていてね。どうかな?」
そもそも学園の男子が女子の機嫌を取るのは正義だ。婚活の場として一切疚しいことは無いと言える。
俺は堂々と答えることができた。
2連のチョーカーネックレスだ。白金に赤い宝石が鏤められている。
ヘロイーゼちゃん曰く。
「これなら制服のシャツの首元を開けるだけで見えますし、下品じゃないです。清楚系の服でデコルテを隠していても問題なく使用できます」
とのことだ。
クラリス先輩にもチョーカーネックレスを採用した。クラリス先輩の髪色と同じオレンジゴールドに薄めの蒼い宝石が鏤められている。
宝石の色は俺の目の色でヘロイーゼちゃんに好評だった。ただ、マリエとも同じ色だから複雑なんだよなぁ。クラリス先輩怒らないかな?
「わ、わたくしのためにですか!? またすごい高価な……」
「普段使い出来るようなものをあまりプレゼント出来ていなかったからね。一般的な女性の感性の意見をティナのために知っておきたくて、どうだろう? 気に入らなかったかな……」
不安な様子を装い、俯き気味に祈る!! 疚しくは無いんだ、ちょっと浮かれただけなんだ!!
「いえ、そんな!? あの、どうでしょうか?」
「いや、凄く似合っているよ。僕の趣味も入っているからどうかとは思ったんだけど……」
「エーリッヒ様が好まれるかどうかが問題なんです!!」
そうなのかな。とにかく名前呼びに戻ったという事は、気持ちの振れ幅はそれなりに落ち着いたという事なのだろう。きめ細かい白い肌にほっそりとした首筋を飾るのには品の良い宝飾だ。
「うん、綺麗だ。素敵だよティナ」
「は、はい! えへ、えへへ」
良し! 我が妹様の機嫌は完全復活だな。誰か勝利用BGMを流してくれ。
「あっ、お茶の準備中でしたか。ではわたくしがお淹れしますね…… お茶を飲みながら、ゆっくりとその女の事を教えてくださいね」
あれ、流れ変わったな。
「どう思っているのか? どんな会話をしたのか? 是非わたくしに教えてくださいね。お・兄・様!!」
止まるんじゃねえぞ…… 俺の心臓……
☆
学園祭当日、開催を告げる祝砲が辺りに鳴り響いている。
客となるのは主に貴族の関係者たちである。王国本土の貴族達は親兄弟が顔をだす可能性も十分にあるため、羽目を外しすぎるわけにもいかないが、一様に楽しそうではある。
王都に住まう貴族女性が愛人や専属使用人を連れ歩く姿には、違和感を覚える者のほうが少ない。
「あらあら、屋台も一杯出ているのね。楽しそう」
長いプラチナブロンドを靡かせて、ゆったりと辺りを青い瞳の優しそうな垂れ目で以て窺いながら歩いている。
グラマラスな体型を上質な踝まであるロングワンピースで包み込み、腰の辺りをリボンで引き締めている。その印象は肉感的な色気よりも清楚な雰囲気を醸し出していた。
「王妃様、お戯れが過ぎます。学園祭をご覧になるのであれば正式に訪問されれば……」
二人が会話しているようには周囲には見えない。護衛の女性は客に完璧に溶け込んでいた。
一見すると20代前半か中頃にしか見えないこの女性は、この国の王妃、ミレーヌ・ラファ・ホルファートその人であった。
ミレーヌは優しそうな雰囲気を一変させて妖艶な表情を浮かべる。
「それではつまらないでしょう。可愛いユリウスを虚仮にした例の男爵には、しっかりと釘を刺さないとね。うふふ、本当に楽しみだわ」
一番近くにいた護衛は言葉を噤み護衛に徹することに努めだす。王妃の悪ふざけを本気で止める事は出来ず、また悪ふざけのようで画策を謀ることもしばしばあるからだ。
「それと案内に人を呼び出して欲しいの。アンジェと…… ヘルツォーク卿を呼んで貰えるかしら。彼と会うのも久しぶりね」
護衛の1人が人混みに消えるようにその場から消えていく。周囲の人間は、ミレーヌと護衛のやり取りなど全く気付いた様子はなかった。
校門で配られたパンフレットを広げて口元を隠す。
「バルトファルト男爵。ふふ、楽しみね」
妖しい笑みを湛えるが、パンフレットに隠れて他からはわからなかった。
屋台や学園祭の様子を見物しながら、アンジェリカとヘルツォークが来るまでの時間を潰すのだった。
☆
昨日は我が妹様への説明で遅くなってしまった。
精神力がゴリゴリと削れて正直接客したくないなぁと思っているのは、リオン達には内緒にしておこう。
マルティーナは、遅くなってしまいましたね。といって結局泊まる始末。いつの間にお泊まりセットを用意しているのだろうか? 女の子は謎だね。
「よし、学園祭の初日だ! 野郎共は気合いを入れて働け! お嬢様方は適度に休憩を挟みつつ、学園祭を楽しむように」
「うぃっす」
「俺達は最初からこき使うつもりかよ」
「バイト代はしっかり請求するからね」
俺は気の抜けた返事で返し、ダニエルとレイモンドは憤慨していた。
「お疲れですか? エーリッヒ様」
マルティーナは今日も艶々だな。例のごとく朝起きたら身支度はきちんとしていた。
ベッドを共にして、少し嬉しく感じる自分にげんなりとしてしまう。
「大丈夫。変な客がいたら直ぐに言うんだよ」
「はい、頼りにしてます」
朝から朗らかな笑みに癒される。
「ア、アンジェ、緊張してきました」
「私も未経験だが、少し楽しみだ」
いつもの2人がキャッキャウフフしてる。マルティーナに耳を引っ張られた。その時、ドアが開いてチャイムベルが鳴り響く。
「いらっしゃ……」
「アンジェリカさんにヘルツォークさん、実行委員から呼び出しです」
お客様ではなく見回りの女性教師が、アンジェリカさんとヘルツォークさん? を呼びに来た。
「私に用事ですか?」
「ヘルツォークとは、僕ですか? それともマルティーナでしょうか?」
ヘルツォークだとどちらかわからないので聞いてみる。
「とにかく急用との事で、ヘルツォークさんもどちらかは指定がなかったんです」
首を傾げるが仕方がないか。
「すまない。すぐに用事を済ませて戻ってくる」
アンジェリカさんが言うので、こちらも続こう。
「悪いリオン、ちょっと僕とティナも行ってくるよ」
「すみません皆さん」
オリヴィアさんが大丈夫です。とガッツポーズをしてる。アンジェリカさんは、リオンにあまり無茶をするなよと釘を刺していた。
「しかし、僕達を家名で呼び出すのは珍しい、というか初めてだね」
「はい、学園内では割りと知られているはずですが?」
アンジェリカさんも急いでいるし、俺達も急ごうとマルティーナと共に早歩きで向かう。
まだ学園祭初日は始まったばかりであるし、この分の埋め合わせは午後にでもしようと考えながら、実行委員の元に急ぐのだった。