乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です 作:N2
いつも助かります。
リオンを巻き込んで床に叩きつけられてしまった。
「ちょ、何だ何だ!?」
「すまんリオン、僕も何がなんだか……」
俺とリオンがムクリと起き上がり状況を確認する。
「あ、殿下」
いつのまにか殿下が蹴りをいれたポーズで、俺達を睨み付けていた。
「人の母親を口説くとはいい度胸だなお前達。特にバルトファルト、貴様を今ここで斬り捨てる事が出来ないのが残念だ」
かなり本気で怒っている。まぁ少し悪ノリが過ぎてしまった。我を忘れてしまったとも言うが。
「だ、大丈夫!? 2人とも」
駆け寄って手を差し伸べてくれるミレーヌ様、マジ女神! あぁ、リオンにその手を取られた!!
「ち、違うのよ、ユリウス! こ、これはその……」
「母上もいい加減に手なんか差し伸べないでください! バルトファルト、お前も手を取るんじゃない!」
「え、嫌だ」
そこで拒否するリオンに驚愕してしまった。
リオンはバカ殿下に殴られてまた吹き飛んだ。
「リ、リオン君!?」
ミレーヌ様は慌てて駆け寄ろうとするが、バカ殿下に手を引かれて店を出ていってしまう。
「母上もいい加減にしてください。隣に俺達の店がありますので、そこで話を聞きます。何で学園にいるんですか!」
リオンく~ん、く~ん、~ん、ん。とミレーヌ様の声がドップラー効果で響いていた。俺の名前も呼んで!
☆
ユリウス殿下に頬を殴られたリオンは、膝を抱えながら椅子に座っている。
「めっちゃ好みだったのに」
悔しがるリオンにアンジェリカは呆れながらも責め始めた。
「この阿呆が! どこの国に自国の王妃を口説く騎士がいるのか!」
リオンは、前世で聞いたことのある夫の出征中に妃や主君の妻と浮気をするという、騎士の話などしても仕方がないとは思いつつも、悔しくて仕方がないようである。
「そうですよ! リオンさん、めっ! ですから」
何それ可愛い、などとリオンは思いつつも納得のいかない事がある。
「どうして俺ばかり!? リックも同罪だ!」
アンジェリカとオリヴィアが、自分だけを責めるのは理不尽だと感じ、リオンは抗議の声をあげた。
「お前はあっちのほうがいいのか? ならば交ざってくればいい。私とリビアだからこんな程度で済んでいるのだぞ」
「ま、まぁあちらは…… そろそろ止めたほうがいいのかも」
アンジェリカは部屋の隅を見て溜め息を付き、オリヴィアは苦笑しつつも、止めるべきだと心配している。
「あれはあっちのコミュニケーションの一つだからね。口を挟むのは野暮だよ。うん。リビアは見ちゃいけない」
「あ、あはは…… 後で治癒魔法してあげます」
アンジェリカとオリヴィアの間には、気まずい雰囲気が流れているのをリオンも感じ取ってはいるが、この瞬間だけは、エーリッヒを見る事により、一時的に払拭していたのだった。
☆
「ふう、思えばお兄様は、学園に来てからどんどん頭が残念になっていきますね」
バカ殿下に蹴り倒されて吹き飛び、そのままミレーヌ様を立ち上がらずに見送るだけだった俺が、マルティーナに呼ばれて振り向いた瞬間、左頬を何かが掠めていき、それが壁に思い切りめり込んだ。
「へ、えっ! 脚!? 痛っ」
バカ殿下に吹き飛ばされたのが、壁際だったのか背に壁を感じるが、左頬の横にマルティーナの綺麗な右のおみ足が刺さっている。驚愕と共に自然と正座してしまった。
あ、脚が血塗れ!? これオフリー嬢の血か! 左頬を触ると血が流れている。自分の血なのかオフリー嬢の血なのかわからん。
「一体王妃様に何を口走ってるんでしょうか?」
怖いが、そのスカートだと中が見えるぞマルティーナ。そおっと覗くと赤だった…… 赤!? 何とけしからん!
「いだっ!! う、うわ」
右頬を叩かれた反動でマルティーナの脚にぶつかり、顔に血がべっとりとついてしまった。気持ち悪っ!?
赤を覗いたせいで、顔を真っ赤にされてしまった。物理的に! ただし他人の血で!!
「いや、ほら、学園の思い出っていうと女子は専属使用人とのピロートークかなぁ……熱っ!?」
「あらあら、血で汚れてるじゃない。流さないと」
あっつい!? 熱い!! クラリス先輩が紅茶を頭に笑顔でかけてきた!? 淹れたてじゃないけどまだ熱いです!
だ、誰か…… あぁ、お茶紳士先生ももういなくなっている。
「ク、クラリス先輩、あつっ…… ガボボッ」
口の中に入ってきた!? というか流し込まないで!!
「あ、リックさん! じゃあ私にお願いします! リックさんが専属使用人で私にピロートーク…… えへ、えへへ」
ヘロイーゼちゃんにならしてみたい。でも紅茶が注ぎ込まれて喋れないの。ごめんね。
「どさくさに紛れて何を言ってるんですか! 漏らさせますよ!!」
「ピャッ!?」
うおっ!? ヘロイーゼちゃんの足元にケーキナイフが刺さってる! ヘロイーゼちゃんが子鹿のように震え出した。漏らすのか? 漏らすのかっ!
「ねぇお兄様」
「ごぼっ、ゲホ、な、何でしょう?」
クラリス先輩が気を利かせてお茶を止めてくれた。ありがとうございます。何で俺はお礼を感じてるんだ。
「まさか本気じゃないですよね」
クラリス先輩も笑顔が消え、真面目な表情で見下ろしてくる。ヘロイーゼちゃんは持ち直したのか、おっかなビックリで様子を窺っていた。漏らしていないのが、少し残念に思ったのは内緒にしておこう。
しかし、ここは物凄く怖いので、ちゃんと間違えないようにしよう。
「も、もちろんだよ。学園祭だからね、少しお祭り気分の茶目っ気さを体感して欲しかったんだ」
ちょっと自分でも何を言ってるのか余りわからんが、否定しておこう。
「リック君は、王妃様には疚しい気持ちはないと」
クラリス先輩が念押ししてくるが問題はない。
「リオンに便乗してしまいましたが、僕がああいうふうに言う事で、冗談というか悪ふざけみたいになるでしょう? まぁ殿下が来てくれて有耶無耶にもなりましたが」
そうねぇ、と頬に手を添えて傾げるクラリス先輩。壁から脚を抜いて、腕組みをして見下ろすマルティーナ。
ヘロイーゼちゃんはがっかりしてるな。お持ち帰りしたい。
ヒッ!? ぐぬっ…… マルティーナに血塗れの脚で太腿を踏まれた! クラリス先輩には逆の太腿を踏まれた!? 痛い。思考が読まれたのか? 目が怖すぎる。
「ほ、ほら、あのままリオンを止めないと不味いのかなと…… そこで、ああやってすれば、リオンも不敬とかにならずに有耶無耶に…… おいリオンっ、僕に感謝しろっ! お前の不敬を上手く誤魔化したこの僕に!」
「うるせえ! あのままいけば口説き落とせそうだったんだぞ! チョロい感じがしたのにお前のせいだっ!」
ミレーヌ様をチョロそうだと!? くっ、不敬な、首を物理的にとばされてミレーヌ様にプレゼントされるがいい。
「リオン! お前は…… 今凄い事を口にしてるぞ」
「リオンさん、めっ!!」
え、あっち羨ましいんですけど。
☆
必死に疚しい事はないと弁明していると、ドアを開けて声をかけてくる女子が来た。
「あ、あのぅ、今いいでしょうか?」
見慣れない女子だ。学年違いか普通クラスかな。
「今日は俺の心が折れたから閉店で~す」
リオンがまだ膝を抱えていじけながら断った。
「え、えっと、それだと困るんだけど。オリヴィアさんお願いできないかな?」
ん? オリヴィアさんの知り合いなのか。
「あ、あの、カーラさんです。リオンさんに紹介して欲しいと言われて」
「そう、とりなしてもらったんですよ」
その言葉に室内の空気が変わった。アンジェリカさんの目つきが厳しくなり、オリヴィアさんは何ごとかと怯える。クラリス先輩もマルティーナもじっとそのカーラという女子を見据える。
とりなしか、オリヴィアさん以外はこの面子ならわかるだろう。
あれ、ヘロイーゼちゃんは?
あぁ、床に刺さったケーキナイフを抜こうとしてる。よほど深く刺さったのか抜けずに踏ん張っていた。
魔力を身体に纏うんだ! と心中で応援しているとそれに気づいたのか、スポッと抜けて尻餅をついた。
く、黒だとっ!? ヘロイーゼちゃんはガバッとスカートを押さえて、えへへと笑ってきた。
だ、大胆な…… エロイーゼ!! 手を振っておいた。
痛っ!? マルティーナに叩かれた。何で我が妹様は気付くんだ?
「カーラ・フォウ・ウェインです。バルトファルト男爵、お見知りおきください」
その名前、記憶にはないな。
リオンが返事をしているが、アンジェリカさんはカーラさんを睨み続けている。クラリス先輩もマルティーナもアンジェリカさんほどではないが同様だ。ヘロイーゼちゃんも空気にあてられてじっとしている。
オリヴィアさんがその様子はわからないのだろう。オロオロとしながら説明する。
「え、えっと、カーラさんは普通クラスの方です。昨日私が宣伝をしている時に、リオンさんを紹介して欲しいと言われて」
頼み事をしたい人物の知人を介して正式にか、厄介事だな。オリヴィアさんはどういう意味かはわからないだろう。
「わざわざリビアに紹介、とりなしを依頼した理由を聞いてもいいかな?」
オリヴィアさんはリオンの雰囲気が変わった事にも戸惑っている。平民の出だから仕方がない。
カーラ・フォウ・ウェインの騙し討ちだな。
「あ、分かりますか? 流石は出世頭ですね。他の男子とは大違いですよ」
「それはどうも」
嫡男が集まる上級クラスの男子なら知って当然だ。この子舐めてるな。普通クラスと同じに思うなと言いたいが。まぁ、こちらにはあまり関係の無い話だな。
アンジェリカさんがピリピリしてるのは、オリヴィアさんとリオンを巻き込もうとしている事に対してだ。
「リオンさん、いったいどうしたんですか? 何だか雰囲気がいつもと違いますよ」
「ちょっと黙っていてね。これから大事な話をしたいから」
オリヴィアさんは眼中に無しか。態度悪いなこの子。
背は少し高めのスレンダー、こげ茶のロングヘアーか。顔は悪くないが、この態度のせいで印象がよくないな。
「バルトファルト男爵。私を、ウェイン家を…… いえ、私達をどうかお救いください」
やはり厄介事か。リオンはオリヴィアさんのためにも対応するしかないか。
☆
打ち上げの話は出たが、アンジェリカさんもオリヴィアさんも帰ってしまった。
俺自身もオフリー伯爵家との戦争に向けて準備があるため帰らせてもらった。
リオンは、
今はクラリス先輩とマルティーナと共にオフリー嬢の容態を念のため確認したいと考え、医務室に向かっている。
「ティナ、暫く僕の部屋に泊まれ」
「「え、えぇぇええ!!」」
「な、どうしてリック君?」
クラリス先輩が驚いているが、マルティーナは固まっている。いや、お前けっこう既に泊まってるよね。
「いえ、オフリー嬢の怪我が重くても取り巻き達がね…… 何かしてくるかなと」
「なるほど。なら、ティナさんは私の部屋に泊まりなさい」
「な、何でですかっ!?」
あ、起動しだした。クラリス先輩の迷惑にならなければ、そちらのほうがいいか。
「女同士のほうが身の回りの品が揃っているし、楽だからよ。でしょう?」
「そ、そうですけど、わたくしはエーリッヒ様の部屋がいいです! 必要なものは持ち運びます」
もうマルティーナは願望だな。俺の言い方も悪かったか。
「クラリス先輩、ティナの事お願いします。連休までぐらいで構いませんので、それとバーナード大臣には宜しくお伝えください」
「あぁ!?」
ミレーヌ王妃からお許しは出たが、改めてバーナード大臣にも、前もって知っておいて頂いたほうがいいだろう。
上げて落としたため、マルティーナの機嫌が悪くなってしまった。
よしよしと頭を撫でておこう。まだ不貞腐れてるな。
「緊急案件ですからね。お父様には、夜にでも時間を取ってもらえるよう、私の方から伝えておくわ。22時くらいにはアトリー邸にいらっしゃい」
「助かります」
それまでに港とリッテル商会で、話を済ませないとな。
医務室に着くと喫茶店に来ていたオフリー嬢の取り巻き1人がいた。
「君だけか」
「ひっ!?」
マルティーナを見て怯え出している。あまり暇はないので容態の確認をしておこう。
「怪我の具合は?」
「あ、あの、頭を強く打っているのと眼下と鼻、頬骨の骨折で、3日は安静にと。治癒魔法はかけてますけど、歯もほとんど無いから、とりあえず喋れるようになるのは早くて明日か明後日ぐらい……」
治癒魔法は凄いな。
ヘルツォークにもいるが数が少ない。あの戦争では負傷者も多かったから、肋骨折った程度の俺は遠慮した。
前世でも経験済みだし、放っておくだけで勝手に治る。いい休養だったな。
歯がどうなるかはわからないが、完治は5日ぐらいとの事だ。
「顛末は知っているだろうが、君は身の振り方を考えておいたほうがいい」
「ちょ、ちょっと待って。本当に戦争を?」
この子は震えていただけなので、まだ実感が乏しいのだろう。一瞥して医務室を後にした。
これ以上ご丁寧に言う必要はないだろう。容態が聞けたお礼みたいなものだ。
さて、港に停泊している駆逐艦へ向かおう。そのあとはリッテル商会にアトリー邸だ。
お怒りをマイルドにしてみた。
知人を介して、社会でもけっこう厄介です。
関西は割りとそこは重たかったんですけど、関東はドライというか軽かった。そこに苛ついた事もありましたねぇ。
カーラの見た目は好きです(笑)
漫画版だとリビアやオフリー嬢より背はありそうだったので、少し高めのスレンダーとしました。
オフリー嬢が医務室送りで、カーラは焦るのかな?もう空賊とは大分前に話つけてるし(笑)