乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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薊様、誤字報告ありがとうございました。

打ち合わせ回ですが、長くなりそうで次話もそうなりそうです。


第30話 打ち合わせinリッテル商会

 エーリッヒは、自分が個人所有している駆逐艦の責任者を呼び出し、オフリー伯爵家と戦争になる旨を伝えた。

 先ずはヘルツォーク子爵領に一報を入れて、艦隊編制準備を進めるためである。

 ヘルツォーク子爵領における稼働状況等は、現在のエーリッヒには詳細が把握出来ていないため、オフリー伯爵家との開戦に至った経緯を知らせる事を優先した。

 駆逐艦は一報を届けた後にまたこちらに戻ってきてもらい、第二報をさらにヘルツォーク子爵領に持ち帰る段取りとなる。

 

 「動員可能最大数の編制に航路策定、戦闘空域想定は父上に任せるさ。また第二報を持ってくるので頼む」

 

 「大義名分を得て王国内の貴族を叩けるとなれば、御当主様も感涙を禁じ得ませんな」

 

 朗らかに笑う艦長には俺も苦笑が漏れるが仕方ない。

 王国に対して長らく溜まった鬱積とした鬱憤は、ヘルツォーク子爵領の全員がおそらく抱いているものだ。

 

 「逸るなよ。これから商会経由とバーナード大臣経由で情報を集めてくる。この艦もヘルツォークで人員を揃えるように。父上には戦働きで返すと伝えてくれ」

 

 「返すどころか、こちらが支払わなければならないでしょうな」

 

 気持ち良く笑う艦長に、頑張るさと伝えて駆逐艦が停泊している港を後にした。

 

 そして、リッテル商会王都本部にて、本部統括マネージャーとの面会に漕ぎ着けた。

 この本部はリッテル商会王都本店と同一敷地内にあるため、本店に本部とどちらも訪れた事がある。

 この統括マネージャーは、商会会頭、会頭代行、各店舗総支配人の下、No.4と言って差し支えない王都実務面のトップであり、普段からよく面会している人物であった。

 

 「急ですみません」

 

 「いえ、構いません。何やら火急の案件との事のようで」

 

 50代中頃の苦みばしった大人の男性が、腰を低くして対応してくれるのは、こちらが貴族でもあり、互いに利益をもたらす関係だからであろう。

 リッテル商会で、この人より上位の人間には会った事がない。実務面で不都合がなかったので、俺自身も特に気にしていなかった。

 まだ王都で取引許可が出ない間、他貴族の浮島内にある支店経由で王都に卸すという、三角貿易の手筈を整えて取引してくれた人物だ。

 ヘルツォークの恩人の1人と俺は思っている。

 何故、自国内取引でこんな面倒臭い事をと、何度王宮に実弾をぶち込みたいと思ったか。

 

 「ええ、もしかしたら、そちらにも利益になるやもと思い、情報を頂きたい件があるのです」

 

 「我が商会にも益が出ると…… 先ずはお聞かせ下さいますか?」

 

 付き合いも4年以上になるためこの辺りはスムーズだ。

 

 「ヘルツォークとオフリー伯爵家で戦争になります」

 

 目を見開き固まる統括マネージャーだが、直ぐに何かを思案して口を開いた。

 

 「会頭代行と話をして頂いても宜しいですか? 欲しい情報とはオフリーの件でしょう? そちらに関しては私も同席致しましょう」

 

 「構いませんが、確か代行は……」

 

 「貴族の方が苦手ですがね…… それを無視する案件でしょうし、まぁ、エーリッヒ卿であれば大丈夫でしょう。一応確認して参ります」

 

 そう、会頭や代行が会わなかった理由は主にそれ。もちろんお得意先には顔を出すのであろうが、ヘルツォークのような仕入れ先には、そこまで気は使わなくていいとこちらが伝えていた事もあり、その分この統括マネージャーがかなり便宜を諮ってくれていた。

 其方のほうがこちらも有り難かったため、今さら会いたいとは思わないが、オフリーは商人上がりで商会も持っているだろう。

 この戦争で商会の力関係や商圏バランスも崩れる可能性もあるかもしれない。そこを統括マネージャーは見越してという事か。

 統括マネージャーが会頭代行の執務室で確認を取り、直ぐに俺も通された。

 

 「初めまして、ヘルツォーク男爵。今まで挨拶もせずに失礼しました。当商会の会頭代行をしておりますカトリナと申します」

 

 若い女性、20歳ぐらいだろうか。

 後ろには護衛が2人控えている。まあまあ程度の力量だが。

 貴族は基本的に出来た人物以外は、商人を低く見る傾向がある。根本的に平民であるからだが、商人で若い女性なら尚更貴族には、低く、そして色を含んだ目で見られるだろう。貴族嫌いも納得だ。

 

 「いえ、誠意ある取引をして頂いてます。ヘルツォークとしてはそれが一番有難い事ですので」

 

 「そうですか。統括マネージャーのトーマスが取引を勧めた方なだけありますね。ヘルツォーク子爵領からは、各物資の購入も当商会を通して頂いております。本当にありがとうございます」

 

 ヘルツォークは他に手垢がついてない貴族領だからな。中堅商会なら飛び付くだろう。

 俺が王都を駆けずり回っている時に、その話を聞いたトーマス氏から逆コンタクトされたのが切っ掛けだった。バーナード大臣との面識も彼を通して得る事が出来た。俺にとってリッテル商会はもちろんとはいえ、彼の存在に恩義を感じている。

 

 「トーマス氏のおかげですね。私は彼に対して足を向けて眠れませんよ」

 

 「あら、凄いわねトーマス。会頭の椅子をあげようかしら?」

 

 凄い事を言うなこの代行。この歳で代行という事は、会頭の娘か孫か。そう言えば知らないな。

 

 「お戯れをお嬢様。私とて親戚ではありますが、お父上の総支配人もいるでしょう。私は息子に跡を譲って引退です。会頭の椅子なぞ気を使いすぎて禿げ上がってしまいますからね」

 

 「困ったわね。父様は椅子に座りたがらずに各地に飛び回るのが好きですから。私に代行を押し付けて」

 

 肘を付いて溜め息を吐いているが、家族談義は後にしてもらいたいなと思いつつも、場をなごますための言葉遊びにも近い。愛想笑いでも浮かべておこう。

 

 「さて、余り貴族の方をお待たせしてもいけませんね。でも本当にヘルツォーク男爵は物腰も低く、商売に関しては、実も利もバランスよくあらせられる。法外な要求も一度たりとて無い。トーマスから報告を聞くたびに、本当に貴族の方を相手にしているのだろうかと不思議に思ってました」

 

 今でも不思議そうにこちらを探る視線で見てくる。本当に貴族に対して、個人的に嫌な思いをしたのだろう。

 

 「名ばかりの領地無し貴族ですからね。張るべき見栄なぞありませんから」

 

 「錚々たる勲章持ちの騎士の言葉とは思えませんね。して、オフリーの何を聞きたいのでしょう?」

 

 そう、俺個人に虚飾も見栄もいらない。いるのは実だ、それが潤してくれる。

 

 「オフリーの戦力の概要と規模を。実は、恥ずかしながら私は他の貴族家に疎いのですよ。飛行船が無い男爵家があると聞いた時は唖然としてしまいましてね。学園に通い出した今でも半分嘘なのではないかと疑っております。オフリーが商人上がりとは聞いてますので、商会の方々がお詳しいのではと」

 

 いくら貧乏男爵とはいえ、飛行船を持たないとか意味がわからない。

 王国本土寄りとはいえ空賊はいるしモンスターもいる。鎧は保持しているのかも知れないが、それを聞いた時には、そいつの領を軍艦で焼いて根こそぎ奪ってやろうかと考えてしまった。

 何だ、これじゃマルティーナと変わらないな。

 ヘロイーゼちゃんのリュネヴィル男爵家だって、軽巡洋艦クラスと駆逐艦クラスの二隻があると聞いているというのにだ。

 しかもオフリーは金で陞爵だ。金に任せて戦力を保持しているのか、それともそんな金食い虫は端から抱えていないか。

 会頭代行に代わり、統括マネージャーのトーマス氏が答えてくれた。

 

 「オフリーは先代の頃に男爵家を乗っ取り、陞爵して伯爵になりました」

 

 は? 男爵家? はて、そんな家が陞爵して伯爵家とかちょっとよくわからない。

 

 「相当王宮に金額を積んだそうです。商人時代の蓄えを吐き出し、その後は、定期的に王宮の派閥の資金供与のために違法な商売にも手を出している。お陰で王宮からは手厚い保護を得てますね。他の商会や貴族家がオフリー伯爵家を訴えでた事案もありましたが、握り潰されています」

 

 オフリーは爵位や家の力ではなく、金で王宮頼りの解決をしてきたという事か。

 ヘルツォークは子爵領としては、浮島も大きく寄子もそれなりにいる。先代や先々代がぶち切れたのには、ヘルツォークが伯爵に陞爵しない件もあったからだ。

 代々当主はヘルツォークが冷遇される理由も知っているが、だからこそ我慢も限界が来ていたのだろう。学園女子はあくまで切っ掛けの一つだ。

 

 「男爵家程度を足掛かりに伯爵ですか…… 王宮から戦の招集がされたら、伯爵なら最低十隻から二十隻は出す必要がある。いや、金で雇えばいいだけか? 有事の際において、王宮から飛行船を借りるというのは聞いたことがあるが……」

 

 「いえ、ヘルツォーク男爵の言うように、当代になって浮島を買ったりして拡大傾向ですが、精々領地規模は子爵家クラスですよ。王国本土での合法、非合法商売がオフリーの財源です。戦力が必要になれば、民間護衛組織に依頼して、軍備は整えるでしょう。常時戦力保持をするのは金が掛かります。その分は派閥へ上納しています」

 

 民間護衛組織、確かリッテル商会も商船護衛に使っていたな。中には空賊紛いの所もあるとか。

 ヘルツォークが軍事訓練も兼ねて、リッテル商会との取引船に護衛を付けた事には喜ばれた。

 だから、ヘルツォークの取り分も通常取引を行う利幅よりも大きくしてくれている。

 

 そんな程度の家がヘルツォークに喧嘩を売ったのか…… 文字通り言葉も無いとはこの事だな。

 表情が険しくなっている俺に臆せずにトーマス氏は、情報を教えてくれる。

 

 「精々が保持している軍艦飛行船は十から十五隻程度、後は有事に他から雇い入れる筈です。ヘルツォーク子爵家にとって大義名分有りの戦争。オフリー伯爵は、明日には震えながら急いでかき集め始めるでしょうが、果たしてどれだけ…… 寄子の戦力と民間護衛組織含めても三十隻ぐらいでしょうか? さすがにそこまでは存じ上げませんがね」

 

 成り上がりも甚だしいじゃないか。

 王宮への陳情は、確かに爵位や宮廷階位が上の者が優先されるが、武力もそうだとか思ってんのか?

 

 「くくくく、ふふはははははっ! あーはっはっはっはっは!!」

 

 怒りを通り越して笑いが零れ落ちてしまう。いや、大笑いだな。感情すらも噴き出してしまうじゃないか。

 ガタガタと震え出すカトリナ会頭代行に対しても滑稽で笑いが止まらない。

 カトリナの後ろに控えている護衛2人も腰が引けているじゃないか。はは、身構えるなよ。弾みで殺してしまいそうだ。

 

 「ヘ、ヘルツォーク男爵…… 何がおかしいので?」

 

 トーマス氏か。年の功か、いや、単に俺の真横に座しているから、俺の怒気に当てられなかっただけか。

 

 「はっ、成り上がりは喧嘩を売る相手を間違えてるらしいな…… いや、爵位というのは馬鹿に出来んな。私とて、伯爵という爵位に身構えていたのだからな。はっ! ははは、全く内寄りの王国貴族共は本当に度しがたいな…… 嘗め腐ったその脳漿を一族郎党吹き飛ばしてやるっ!!」

 

 普通は相手の戦力が思っていたよりも少なそうな事に安堵するべきなのだろうか? いいやヘルツォークの場合は違うだろう。

 舐めすぎだ、全殺しだな。金で調子に乗って馬鹿が極まったという事か。

 普通各家には、敵対してはいけない貴族家というのがあるとは思うがな。

 ヘルツォーク子爵家でいえば、フレーザー侯爵家だ。単純に力負けするし、ラーシェル神聖王国の対応で苦しむ事にもなる。嫌いは嫌いだが、絶対に敵対してはいけない。

 他にもある程度歴史ある伯爵家や辺境伯家、戦線を共にしたことのある子爵家や男爵家だな。

 ちっ、伯爵と聞くとどうしてもモットレイやローズブレイド、セバーグ辺りを想像してしまう。

 

 父上、エルザリオ子爵からは、敵対してはいけない貴族家のリストを見せてもらったことがある。それでもそのリスト内の家だとしても、正面から喧嘩を売られたらヘルツォークは買う。

 落とし処も見据えて負けるために戦うという事も視野には入れるが…… 駄目だな、もうこれは殺るか殺られるかだ。

 爵位云々よりも、こんな家に嘗められるためにヘルツォークは長年辛酸を嘗めてきたわけじゃない。

 

 「カトリナ会頭代行」

 

 「は、はい、何でしょうか」

 

 「オフリーは潰す。必ずだ。王宮からの手も入るだろうが、オフリーがやっている商売の受け皿はお願いする事になるが、大丈夫か?」

 

 こくこくと首を縦に振りだすカトリナ会頭代行。ほう、YESマンは確かに見ていて気持ちがいいな。自分の周りを囲みたくなる気持ちがわかってしまうじゃないか。

 

 「も、もちろんです。そういう場合も見据えて面会させて頂きました。そ、その後の便宜、供用もし、しっかりと諮ります」

 

 まるで俺が脅しているようじゃないか。リッテル商会の方からそう言って貰えるのは、こちらとしては素直に助かるので構わない。

 

 「では私はこれで。このあとバーナード大臣と会いますのでね。あぁそれと、うちの30年物です。贈答用なので、販売しておりません。カトリナ会頭代行へのお近づきの印に」

 

 本来ならトーマス氏に持ってきた物だが、また今度別でお渡ししよう。

 

 「ありがとうございます。お、お気遣い頂いて」

 

 怖がらせてしまったか。

 眼帯のイケボに、感情を処理出来んゴミだと言われてしまうな。

 しかし、家の名前が欲しかった俺は当然とも言える。

 そういえばあの家も成金の成り上がりだ。オフリー家はあの家の相当下になる下位互換と言えるか…… いや、小物過ぎてあの家に失礼だな。

 

 あまりにも震え上がらせてしまったため、挨拶を交わして足早にリッテル商会王都本部を去り、アトリー邸に向かうのだった。




あの家、F91のロナ家ですね(笑)

毎日更新が途切れてしまいました。
少し残念です。

仕事→私。普段→僕。思考及び戦闘中→俺。
ややこしくてすいません。

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